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MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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Boston Symphony Orchestra の経営
今日はコミュニケーションの授業で、5分間プレゼンをして、ビジネス関連で聞き手を説得する、というセッションがありました。
私はボストン交響楽団(Boston Symphony Orchestra; BSO)のマネジャーを演じて、ボストン在住の富裕層に寄付をお願いする、という設定でプレゼンテーションをしました。
Boston Symphony Orchestra の経営_c0131701_17111390.jpg

論理を構成し、メッセージをサポートするための下調べをする過程で知ったのですが、米国のオーケストラの財務状況は、日本のものとだいぶ違うようです。

1. 営利団体としてのオーケストラ
米国のオーケストラは、日欧と異なり自治体などにより守られていないため、会社と同じく利益創出による going concern (継続的な事業活動)が目的になっています。そのためプロの経営者が経営を行い、経営に失敗すると破綻してしまうこともあり得ます。

そのため、2005年度でNY Philharmonic (かつてL. バーンスタインが指揮をしていた米国最古のオケ)は14%の利益率、BSO(小澤征二が指揮をしていた米国で2番目に古いオケ)はなんと33%もの利益率を達成しています。
ようやく2000-2001年の不況から景気が回復し、文化にお金が回ってきたようで、2003,2004年は両オケとも利益率はほぼゼロかマイナスでした。

一方、日本のオーケストラは日本オーケストラ連盟の資料によると、2006年度でほとんどの団体で収支トントンという状況です。経営者のマインドが予算消化型なためか、それともかつてのメセナブームが復活していないためなのか、何にせよ安定的な経営であるかは疑問があります。

2. 収入構造
ロス・アンジェルス・フィルハーモニック管弦楽団で指揮者をしている篠崎靖男氏のブログでも書かれていますが、米国のオーケストラは自治体からの補助金がないため、演奏会収入に加えて寄付金を多く募り、経営を行っています。
たとえばBSOでは2004年度で演奏会収入が50%、寄付金が33%、その他が17%という構成です。2005年度になるとこの3つの収入源がほぼ1/3ずつになっています。
NY Philharmonic は演奏会収入が33%、寄付金が39%、その他が28%と、寄付金がむしろ主たる収入源となっています。

2.1 演奏会収入
演奏会収入の額で見ると、2005年でNY Phil. が$20 million なのに対し、BSO は$37 million も記録しています。この数字には驚きました。
オーケストラの格としては、正直言って NY Phil. の方が上であり(かつての Karajan/BPO, Boehm/VPO, Bernstein/NYP の3極時代の記憶の所為でしょうか)、演奏会収入もそれに準じているものと予想していました。が、実際はBSOがほぼ倍です。

Boston Pops
この理由は明確で、BSOは経営の観点からすると、BSOというブランドを持った "Boston Pops Orchestra" なのです。
Boston Pops とは、オーケストラのメンバーが年末のholiday season にジャズやポップスを演奏するプレーヤーに変身する演奏活動です。中でも大晦日のコンサートは特別で、演奏しながらカウントダウンをし、年が変わると花火が打ちあがってみんなで祝う、というお祭りを演出します(今年はガーシュインを演奏するらしい)。ボストニアンには大人気で、1ヶ月弱の活動でありながら、この時期を心待ちにしている市民も多いそうです。

また、もう一つの重要なイベントが「タングルウッド音楽祭」です。これはBSOが夏休みの間、ボストン郊外のタングルウッドでコンサートを行う活動です。ボストンおよびニューヨーク市民が多く訪れ、ピクニックをしながら野外コンサートなどを楽しむ、夏の風物詩です。
NY Phil.もセントラル・パークで野外コンサートを行いますが(今年聴きに行ってきました)、演奏回数・期間が大きく異なります。

年間146万人のBSOの来客のうち、通常のSymphony Hallでのクラシックのコンサートの来客は実に2割程度の30万人。タングルウッドが37万人で、Boston Popsはなんと半分以上の79万人を占めています。
従って、チケットの価格が同程度だとすると(実際は無料コンサートがありますが)、売り上げの半分以上はBoston Popsからあがっていることになります。
BSOとNY Phil.の集客力が同程度だとすると、まさにこのBoston Popsの存在が売り上げの差になっていると考えられます。

2.2 寄付金
前述のように、収入に占める寄付金の割合は3-4割と大きく、オーケストラは様々なfund raising 活動を行っています。米国のphilanthrophy(慈善)文化ともあいまって、好景気の時には大きく収入が増えるのですが、ひとたび不況になると苦しいのはどこも同じです。ただし米国らしいのは、Charity Navigator のような慈善活動サイトを含めて、オーケストラが財務状況(簡易Balance Sheet および簡易 Income Statement)を公開していることです。お金は出すが使途のチェックはするぞ、という米国人の要求にオーケストラ側も応えています。

日本における寄付金
一方、日本のオーケストラ全体では民間寄付による収入は10%程度で、自治体などの寄付金が35%です。オーケストラによるばらつきも大きく、例えば東京都交響楽団は東京都に収入の64%を頼っている一方で、チョン・ミュンフンを指揮者に迎えて以来人気急上昇の東京フィルハーモニー交響楽団は、演奏会収入だけで80%の収入をまかなっています。民間支援で3割、という米国型のオーケストラはまだ日本に存在していません。

私のいるコンサルティング・ファームも、プロ・ボノ活動(無報酬で非営利団体などを支援する活動)で大学、国際開発機関、障碍者支援団体や音楽団体に対してコンサルティングを行ってきましたが、結局はいかに寄付金を募るのかに尽きます。

とかく米国は個人主義だ、日本は公を大事にする、と言われがちですが、個人の活動で得た利益を社会に還元する手段である「寄付」に関しては、日本は非常に遅れています。GDPにおける個人寄付市場の割合は、米国が1.3%強であるのに対し、日本は0.02%程度で先進諸国で最低レベルにあるという試算もあります。さらには日本では収入に対する寄付金支出の割合が収入と逆相関にある(お金持ちほど財布が堅い)という分析もあります。
果たして、何を以って「米国は個人主義」で「日本は公益を志向」と言うのでしょうか。

3. 経営者
オーケストラに限らず、米国の公益性の高い団体(美術館、大学など)の経営者には必ずしも生え抜きが就任するわけではなく、事業会社の経営者だった人や、それこそMBAホルダーがなることがあります。
中には某MBAの卒業生が鳴り物入りで経営者になり、拡大路線が行き詰って破綻しかけた美術館などもありますが、多くはきちんと利益を出し、going concernを達成しているようです。

当然ここは米国なので、報酬も成果に見合ってそれなりです。BSOのManaging Directorの Mark Volpe氏への報酬は年間41万ドル、NY Phil. のPresident、Zarin Mehta氏は57万ドルと、日本の上場企業なら経営層並の報酬です。

コロンビアのサマースクールで、ヘッドハンティング会社Russel Reynoldsのパートナーで、非営利団体の経営者のヘッドハントで非常に有名な方と話す機会があったのですが、そのパートナーによれば主要な非営利団体の経営者は、半数ほどが外部から経営経験のある人物をトップに招くそうで、当然そのような人物は他にも引く手があるために、それなりの報酬が必要になるということでした。

ちょっと魅力的に映ります(笑)


雑感
民主主義国家だけに、オーケストラも自活し、一方でそれを支えるphilanthropyが存在する。その間にはチェック・アンド・バランスが働き、結果的にそれがオーケストラへのロイヤリティを育み、演奏家もファンも幸せになる、という好循環が生まれているようにみえます。
そして世界中からスタープレーヤーが集まり、素晴らしい演奏が生まれてくる。

そんなことを考えていると、NYにいる妻から電話が。
カーネギー・ホールのガラ・コンサートを聴きに行ったところ、今までに聴いたことがないくらいにオーケストラが素晴らしく感動した、と興奮して話していました。
私も今週末を含めてNYでメトロポリタン・オペラやNY Phil.をできる限り聴きにいく予定で、もちろんボストンでもBSOを聴きに行く予定です(2週間に1回くらい聴きにいく、ハードなスケジュールですが)。
学問、交友に加えて、ボストンならではの文化体験も楽しんで行こう、と思っており、今からJames Levine, YoYo Ma, Truls Mork, Sir Colin Davis, Mitsuko Uchida... といったbig name に心を躍らせています。
by flauto_sloan | 2007-10-04 03:15 | 音楽・芸術
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