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MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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MET/Levine: Ring Cycle (1/2) - ワグネリアンの至福
私はワグネリアンと言うには中毒症状が軽いのだが、METがリング・サイクルを行うと聴いては、聴き逃さずにはいられなかった。1989年から4年ごとにMETで行われてきた、ワーグナー作曲の楽劇『ニーベルングの指環』全曲演奏会『リング・サイクル』が、今シーズンも行われている。ドイツ人の大演出家オットー・シェンクによる伝統的なプロダクションは今年で20年の歴史を終え、4年後からはより前衛的なプロダクションが予定されている。

妻は全部参詣する予定なのだが、私はどうしても外せない事情により前半2日を聴けず、非常に無念ながら後半の『ジークフリート』から聴くことになった。全部聴いたら4日間20時間ほどかかる超大作なので、演奏会に出向きでもしない限り、DVDで全曲観るなんてことは普通できない。私も『指環』をちゃんと聴くのは初めてであり、非常に楽しみだった。

指揮はBSOとMETで何度となく聴いてきたジェームズ・レヴァインであり、1989年から全ての指輪を振り続けている。驚くような斬新な解釈はないが、非常に安定感があり美しい音楽を創るので、オペラ指揮者としては素晴らしい。昨年の病気を乗り越えて、この大作を振るのだから敬服する。ニューヨーカーには超人気で、開演前の指揮者入場の時点でブラボーの嵐。

ミーメとジークフリート
そして『ジークフリート』の幕が上がる。レンブラントの絵画のような、美しくも薄暗い舞台。英雄ジークフリート役のクリスチャン・フランツは、力のあるヒロイックな歌い方が素晴らしく、明るい声色がジークフリートの無垢を表現している。育ての親(?)であるドワーフのミーメもコミカルで、苦労して育てたジークフリートに邪険にされて嘆くのがなんとも哀れで、つい同情してしまう。

ただこのミーメの扱い(下等種族に対しては、恩を仇で返しても正当化される)が、育ちより氏というアーリア人優性思想に利用されたのだろうな、とも理解できる。イスラエル帰りのせいか、それが透けて見えると、どうもジークフリートを英雄視できなくなってしまう。ちなみにワーグナーの長子の名前はジークフリートだ。

人間的なリーダー、ヴォータン
父親の形見の剣ノートゥングを再生させたジークフリートが、龍ヘフナーを退治して指環を手に入れると、運命の伴侶ブリュンヒルデを求めにいく。そこで神々の王であり、父親ジークムンデの仇であるヴォータンと対決するのだが、このヴォータン役のジェームズ・モリスがまた素晴らしい。モリスは20年ヴォータンを歌い続けているだけあり、歌も姿もヴォータンそのものだ。

ヴォータンは北欧神話では、隻眼で旅装束(帽子とマント)に身を固め、世界樹を切り出して創った神槍グングニルを片手に世界を旅し、知識と知恵を求め続ける。グングニルの力で神々の王となっても尚、答えを持っておらず、懊悩と思索の旅を続ける。それが人間のリーダーが苦悩する姿を映し出していて、畏敬とともに親しみを感じる。実際の神話でも巨狼フェンリルに飲み込まれて斃れてしまうのだが、『指環』でも神の世界ヴァルハラの混乱を収拾できず、元妻に知恵を借りようとするも拒まれ、最後は自分に対して怨みを持ち激怒した娘ブリュンヒルデのために、ヴァルハラごと滅んでしまう。

力と知恵がありながら、絶対ではない存在であるヴォータンは、『指環』ではジークフリートのノートゥングによって槍を折られてしまう。力と統率の象徴である槍の敗北は、人間による神の凋落を示し、最終話『神々の黄昏』へと繋がる。そして名歌手モリスもそこで退場となる。

戸惑いのブリュンヒルデ
そしてローゲの炎に囲まれて眠るヴァルキューレ、ブリュンヒルデを目覚めさせるジークフリート。このブリュンヒルデ役のイレーヌ・セロインは、ほの悲しくも力強い声と声量が見事。ベテランのクリスティン・ブリュワーの代役*らしいのだが、代役とは思わせない圧倒的な存在感で、父ヴォータンの罰により神性を失ったことを恐れ悲しみ、人間的な愛情の芽生えに戸惑う。その戸惑いと悲しみ、そして恥じらいが切々と歌われる。だがやがてそれが愛へと変転していき、ジークフリートと結ばれるところで幕が下りた。


歌手が皆素晴らしかったため、カーテンコールが鳴り止まない。特に主役の3人に対しては大絶賛だ。レヴァインへのブラボーも大合唱だ。一時代を築いた『指環』が終わろうとしている。だがその終わりは力強く、観客も感動しながら第3作を聞き終えた。


* NY Timesによると、やはり今年のMetの代役の多さは異常で、どうも歌手の間で病気が流行っていたようだ。本来ブリュンヒルでを歌う予定だったブリュワーも聴きたかったが、若さ・容姿・演技力がそろったセロインも素晴らしかった
by flauto_sloan | 2009-04-18 23:46 | 音楽・芸術
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