MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30
タグ:Mens et Manus ( 31 ) タグの人気記事
結・MIT Sloan 遊学記を終えて
学問の四焉(修焉、蔵焉、息焉、遊焉)の境地のどこまで至っただろうか。
知識を見識に引き上げ、胆識を養うに至っただろうか。

答は、わからない。
答が出る類の問いであるのかも、わからない。

だが、好奇心をもって知識を吸収し、自分の頭でとことん考え、自分の肚で勇気を生み出し前進することを学んだ。いや、自分という袋の中をまさぐって、引き上げて向き合ったというべきか。

その過程で、遊焉とは何であり、胆識とは何であるのか、それを垣間見、そこへ進む勇気と歩みを得られた。
不要な執着から自由になり、その自由が伴う責任を受け入れる覚悟ができた。

この学びと成長が本物かどうかは、帰国して実践することで、5年ほど経ってふとわかることだろう。


この2年間を生き延び、人間として少しでも回復し成長できたのは、家族と友人に拠るところが計り知れないほど大きい。また、留学の機会を与えてくれた会社にも感謝しており、きっちり御恩返しをするつもりだ。
そして、このようなブログの約540件の記事に興味を持って読んでいただいた皆様には、書き始めたときには予期していなかったような励まし、関心、助言等を頂き、感謝の念に堪えない。

こうした、面識のあるなしにかかわらない、人と人との無限のつながりにまた、大きな可能性と学びと成長の機会を感じる*


遊学を終えたら、学ぶことが終わるわけではない。
むしろ、学ばねばならないという必要性と、学びたいという好奇心が強まるばかりだ。

遊焉の境地を想うがゆえに、遊学はまだ続く。


* 卒業後の足取りを、別のブログにするかどうかは未定だ。
仕事の内容を書くことはないだろうが、日々の学びを書き識すものは作るかもしれない
そのときは、またお目にかかれることを望みたい

[PR]
by flauto_Sloan | 2009-06-08 22:21 | Mens et Manus
2年間の学びを振り返る
この2年間での学業を振り返ろうと思う。結果的に成績は悪くなかったが、そういう計れるもの以上に多くを学べたと思う。学期ごとに振り返ってみる。


1年目の秋学期
必修であった最初の学期では、以前も書いたが、学ぶことの楽しさと、拠って立つ原理原則を学んだ。つまり

1) ビジネスは複雑化し、事業の全体像を把握することは困難になる中、
2) マネージャーたるもの事実を把握するための最低限の知識・スキルを身につけたうえで、
3) 限られた情報の中で意思決定をするための原理原則を理解し、
4) その原理原則が適用できる範囲を把握して正しい判断を行うこと、が重要である

ということを、ミクロ経済、ファイナンス、組織論などを綜合して学んだ。
世の中の多くの問題に正解はない。が、不正解はある。原理原則してはならない不正解を知ることは、意思決定の幅を的確に狭めてくれるし、また一見正しそうに聞こえる案に惑わされることがなくなる。
まさに学問と実際との関連と境界を学び、この2年間の礎となった。
関連記事1, 2


1年目の春学期
春学期では、アカデミックな知見と、人間本来の性質とを理解することが、それらと一見遠そうに見えるビジネスでも強力な見識となることと、己の限界を把握することの必要性を学んだ。

アカデミックな知見は、これまでの偉大な学者の研究の積み重ねにあるため、そこに埋め込まれた知見や洞察は深く、決して疎かにはできない。学者は象牙の塔に籠っているので、生き馬の目を抜くビジネスの実際がわかっていない、とは尤もらしく聞こえる。だが特にアメリカの学者は、実践を強く意識している。

投資銀行にいたファイナンスのアスキス教授、ザラなどのオペレーション改革を主導したオペレーション入門のガリエン教授、有名なアントレプレナーであったテクノロジー・ストラテジーのアンダーソン教授らは、自ら超一流のビジネスパーソンであり、さらに理論を極めている。理論と実践を極めた彼らの含蓄ある言葉は、大きな気付きを与えてくれた。
関連記事1, 2, 3, 4

りごぼん教授のマクロ経済学は、初めて学ぶ内容ながら、教授の強烈なパーソナリティと、ケーススタディによる歴史との整合性とで、いかに抽象化したモデルが(限界はありつつも)社会を強力に説明できるのかを学んだ。この抽象と具体のバランスは、ともすれば抽象か具体かと対立軸で考えがちだった私に、それらを止揚した考え方があると気づかせてくれた。
関連記事1, 2, 3

また、人間本来の性質を理解するのが、結局人間の社会を理解するのに重要だと再認識した。
テクノロジー・セールスの授業では、結局人が物を買うのはそれを売る人間を買うのであり、物を売るには、買う側の本当に求めているものを知り、買える理由を与えることが重要だと講じていた。まさに心理と人格が重要な要素だ。
関連記事1, 2

ゲーム理論では、進化論におけるESS(進化的に安定な戦略)と絡めながら理論を学ぶと同時に、教授が設計したオンライン・ゲームに毎週参加することで、賢しらなMBA生が見事に理論と整合する行動をとってしまうことを目の当たりにし、納得感を深く持てた。
関連記事1, 2, 3, 4

途中まで履修していた、経済学部の行動経済学の授業でも、人間がいかに理性的ではなく、バイアスにまみれているか、そしてそれを理解することで何が見えてくるのかを学んだ。
また、人間の社会は国や文化で様々でありながら、共通の行動規範や社会・経済構造があると学ぶことは、人間という種に遺伝子レベルで埋め込まれた性質があることを教えてくれる。マクロ経済学、グローバル・マーケット、グローバル戦略論の3つの授業を同時並行で受講したことで、その多様性と共通性を理解することができた。
関連記事1, 2

加えると、この学期はやる気が焦りになったのか、授業を取り過ぎて破綻をきたしかけた。やはり自分は人間の一個体でしかなく、限界を知ってその中でやりくりしないといけないのだ。これは一度失敗しているのにもかかわらず、感情や焦り、執着というものがそれを忘れさせてしまった。やはり時折、一歩下がって自分を客観的に(過小評価も過大評価もせず)見つめることが必要だ。
関連記事1


2年目秋学期
この2年間の転換点であり、ものの考え方が根本から大きく変わった。言うなれば、OSを入れ替えたようなものだ。
履修していた、システム・ダイナミクス、リーダーシップ、パワー&ネゴシエーション、インダストリアル・エコノミクスの4つの授業は、途中から結びつき絡み合い、世の中の構造、集団の構造、その中の個人の行動という3つのレベルでのダイナミクスを学ぶことになり、世界を今までとは別の角度で見られるようになった

システム・ダイナミクスは全ての根幹にある考え方で、世の中の事象を因果関係とその循環で構造化する。その構造に定量的・半定量的な分析を持ちこむことで、将来のシミュレーションや、問題解決のためのレバレッジ・ポイントを発見できる。それにより、逆効果となる施策を避け、本質を見抜く力を養う。
構造を理解すると、一見逆説的(counter-intuitive)な行動が、問題解決になることがある。たとえば、売り上げが落ちて士気が下がってきたので、思い切って価格を上げる、顧客対応が追い付かず収益が悪化してきたので、あえて接客時間を長くとる、といった打ち手が、一見事態を悪化させているようで、問題の構造を理解していると実は正しい効果を生むことがある。
関連記事1, 2, 3, 4

ハイフェッツ教授のリーダーシップの授業は、冬の集中講義ともども、このブログで散々語ってきた。そこでは文化人類学にまで掘り下げたうえで、人間が社会および集団の中でどうダイナミクスを生み出し、それに応じて行動するか、リーダーシップはそのダイナミクスを熱したり冷ましたりすることで、人をより高い目標に導くための学習を促すのだ、と学んだ。理論(膨大な参考文献)と実践(チームセッションと授業中)とで、リーダーシップを取ることの危うさと、その向こうにある目標の崇高さ、それを推し進める矜持を学んだ。最も感動し、学びが深かった授業だった。
関連記事1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, 12

パワー&ネゴシエーションは、いわゆる交渉学なのだが、個人や集団との交渉を、交渉の背後にある構造にまで踏み込んだ上で設計し実行することを強調する。それはまさに、リーダーシップを発揮するうえで必要な術であり、構造の把握が如何に重要かを、実践的に理解した。個別の交渉術もさることながら、相手の意思決定に、問題を取り巻く組織・社会・文化的構造をどう作用させるかという本質論が、大きな学びであり気付きだった。
関連記事1, 2, 3, 4

インダストリアル・エコノミクスで学んだ、産業別の競争環境と戦略も、これらの構造とダイナミクスを適用させるケースであった。経済活動も、購買意思決定者のレベルにまで落とし込めば交渉であり、相手の心理を「買う」という状態にまで持っていくための構造設計である。その構造には、企業という集団レベルでのダイナミクスがあり、その企業のある産業・市場の中では、市場規模の拡大・縮小や、競合環境の変化といったダイナミクスがある。これらの構造を理解し、どう戦略を建てるべきなのか、という観点で学ぶと面白かった。

これで世の中を見通せるようになった、と烏滸がましいことは言わないが、近視眼的であることと大局観を持つことの違い、事象の背後にあるものを構造化するとはどういうことかを理解できた。ダンスを踊りながらバルコニーに上がること、これを常に意識しよう。


2年目春学期
最終学期は、歴史とそこから学ぶことの重要性を学んだ。先学期では社会・集団・個人の構造を、微分的なダイナミクスで捉えたが、今学期はその時間軸をぐっと伸ばし、歴史という一段大きな構造を把握することで、見識のレベルを深めることを理解した。

フォーブズ教授の「世界経済が抱える課題(Global Economic Challenge)」の授業では、歴史をしっかりと捉えれば、この金融危機ですら古くて新しい問題であり、過去から学べるものが多いと示した。ブッシュ政権の経済諮問委員会の最年少メンバーだったフォーブズ教授は、100年に1度といわれる今回の金融危機を、まさに時間軸を100年以上に捉えて、様々な「危機」のケースを取り上げることで、危機のうちで何が人類未経験の課題で、何が既にわかっている課題かを切り分けた。大部分は未曾有でもなんでもなく、規模の大小はあれど人類が経験しているものだった。
歴史から、過去の経験から学べるからこそ、何が今新たに知を結集すべき新しい課題かを切り分け、解くことができる。それを毎度一から解いていたのでは、時間がかかるし、動員できる知は限られる。ちっぽけな頭に閉じた世界で考えるのではなく、先人の知恵を総動員することが重要だと学んだ。
関連記事1, 2, 3

サロー教授の「経済・政治に関る課題」の授業では、歴史観の重要性を、現代のテーマを取り上げることで実感した。高齢である教授が、自分の経験(それが即ち歴史となっている)を基に、常識や通説といったものをばっさりと切り捨てる。もちろん自分の経験へのバイアスはかなり強いのだが、多くを経験してきた教授の見識には常に一定の理がある。その理を積み立てていくこともまた、実践的に学ぶということなのだろう。
関連記事1, 2

アターバック教授の「破壊的イノベーション」の授業では、テクノロジーが市場に与える影響を、歴史から共通性を紐解いて考えることで、一定の構造があることが論じられた。イノベーションによる産業の栄枯盛衰は、ごく最近現れたかのような印象を持つが、それは我々の記憶の短さと、経験によるバイアスでしかないのだろう。ボストンの氷産業から電球、自動車、最新のデジタル機器に至るまで、イノベーションによって技術・商品が世代交代し、その交代の過程での新旧両技術の動向や、一つの技術の栄枯盛衰のサイクルには法則性がある。この、技術が生み出す短期・長期のダイナミクスと、それをもたらす構造への洞察は非常に深く、印象深かった。
関連記事1, 2

マドニック教授のウェブ3.0の授業は、新たなイノベーションの萌芽となりうる技術と、その先にあると考えられるweb 3.0とはどのようなものかを議論した。最近日本でも広まりつつあるfacebookやtwitter、TripAdvisorなどを始め、Wolfram Alphaなどの先駆ける技術、そしてクラウドやセマンティック・ウェブにまで、まだ誰もよくわからないものをわからないままに、のびのびと考えるのは知的刺激に溢れ、面白い授業だった。将来のウェブやビジネスを想像するのは楽しい。
関連記事1, 2, 3, 4

キーガン教授のアダルト・デベロップメントの授業では、大人になっても学び続けることの重要さと、その先にある成熟した人間の姿、それに向かううえで障壁となる心理を学んだ。東洋で器を大きくすると表現されるものを考える契機となった。大器は晩成しうるのだ。
関連記事1

ローゼンフィールド教授のオペレーション戦略の授業は、様々なゲストスピーカーが招かれたのだが、彼らの経験をまとめたケーススタディに、自身がコメントをすることで、何がオペレーション設計上、戦略策定上のボトルネックや課題となるのかをビビッドに感じることができた。
関連記事1


こうして2年間を振り返ると、まさに視野が広がり、考え方の柔軟さや奥深さを得られたと思う。知識を見識レベルにまで深め、胆識を養う素地と実践が行えた。MBAでのテクニカルな学びはさることながら、こうした一歩引いて学んだことこそ、この2年間で得た大きな財産であり、私自身を養う得難い経験だったと思う。
c0131701_14391228.jpg

[PR]
by flauto_Sloan | 2009-06-07 10:40 | MITでの学び(MBA)
母校 - Alma Mater
卒業式から一夜明けて、妻は一足先にNYへ帰っていった。私は母親にMITを案内するとともに、この学び舎に別れを告げていった。昨日は人と喜びに溢れかえっていたキリアン広場も、今日は芝生が青々と生い茂る。
c0131701_15561953.jpg
何度も通学で歩いた無限回廊(Infinite Corridor)を歩くと、面白いイベントのポスターを探した掲示板、MITHengeなどが思い出される。
c0131701_1555495.jpg
c0131701_1651421.jpg
不可思議なデザインのスタータ・センターに入ると、世界を変えていく創造力の息吹を感じる。
c0131701_164201.jpg


そしてスローンの建物に入ると、私の視野を大きく広げた学びと、350人の仲間との交友が、私の中に根付いていることを感じる。
c0131701_16201354.jpg
c0131701_1620282.jpg

偉大な学者や起業家が、最先端の知見や、熱情あふれる経験を教えてくれた大講堂。好奇心を呼び覚ましてくれた。
c0131701_16205958.jpg

これでこの校舎に足を踏み入れるのも、最後かもしれない。
c0131701_16224881.jpg

c0131701_16195266.jpg


様々な思い出が去来する。

だが、悲しいだとか寂しいだとか、後ろ向きな感情はない。いつでも私を迎え入れてくれ、腰を下ろして休むことができる場所だ、と感じる。

これがこのMITとSloan School of Managementを母校(Alma Mater)と呼ぶことの意味なのだろう。
c0131701_1623332.jpg

[PR]
by flauto_Sloan | 2009-06-06 22:34 | MITでの学び(MBA)
Commencement
今日、MITを卒業した。

卒業をCommencementというように、これは私にとっての新しい人生の始まりであり、出発点だ。2年間友に学んできた友人も皆旅立つ。
c0131701_15242921.jpg

c0131701_15214618.jpg決して未来は薔薇色ではないかもしれないが、このケンブリッジの地で学んだこと、それにより成長した自分を信じて進んでいくしかない。

指に嵌めているGrad Ratの向きは反対になり、学舎は懐かしむ母校となり、激動の社会が棲家となった。
この手で、自分の未来を掴み取らねばならない。


c0131701_1523857.jpgスーザン・ホックフィールド総長のスピーチも、ゲストのマサチューセッツ州のパトリック知事も、先行きの見えない世界でも進む勇気と、その世界をよりよくするためのテクノロジーの重要性を強く訴えていた。

今年はMBAに限らず、エンジニアの学生も就職には苦労している。喜ぶべき門出にも不安が付きまとう。

だが、そこでまず信じるべきは自分自身であり、さらには科学技術を築き上げた人類の叡智である。


Massachusetts Institute of Technology を卒業する者は、そう決意するに相応しい人材だ、と受け取った修了証書が語りかけてくれた気がした。
c0131701_1525980.jpg

[PR]
by flauto_Sloan | 2009-06-05 22:09 | MITでの学び(MBA)
100K Final – 熱情、拒絶、機会と忍耐
MIT恒例の100K Business Plan Competition の決勝戦が行われた。昨年から分野別になって参加チームが大幅に増え、今年も大盛況だったらしい。MIT生が参画していることがチームの参加条件だが、他校からも多く参加している。$100,000という賞金の魅力と伝統とで、ボストンの起業家の登竜門となっている。
c0131701_1940492.jpg
今年はキーノート・スピーカーにiRobotのCEOが招かれた。iRobotはMITのロボティック・エンジニアリングを下敷きに生まれたベンチャーで、日本でも販売が開始された自動走行の掃除機ロボット『ルンバ』で成長した企業だ。つい先日も会長がMITで講演しており、いまだに結びつきは強い。

ユーモアたっぷりの講演で、MITのオタクさと起業家の熱意が伝わってくる。彼が強調した4つの重要なことは、波乱万丈の人生経験に裏づけされて説得力があった。
  • Passion: 熱い情熱は前進する原動力だ
  • Rejection: 拒絶されることから学べるものはあり、また拒絶されても諦めてはいけない
  • Opportunity: 機会があったらそれを取りにいかない手はない。何としても取りにいけ
  • Persistence: 成果がすぐに現れなくても、辛抱強くいることは重要だ
c0131701_1940329.jpg
身近で偉大な起業家の言葉に刺激されて、決勝の6チームが3分間のピッチを行う。

優勝したのはTechnology Trackの、コンピューターセキュリティのソフトをリブートなしにアップデートする技術。ピッチは非常に面白かったが、どんな技術なのかが今ひとつ伝わらず、正直言って優勝するとは思わなかった。だが確かに市場性や技術は大きかったのだろう。リブートによるダウンタイムやそれに伴う機会損失は大きい。それがジャッジの評価につながったのだろう。


個人的に素晴らしいと思ったのは、緑内障予防薬を含んだ使い捨てコンタクトレンズだった。患者は現在の治療法だと、6つの点眼薬を一日に何度も注さなければならず、その面倒さから半数が半年で治療を断念してしまう。その結果、全米2番目の失明の原因になっている。MITで生まれたこの技術は、コンタクトレンズにその薬を含ませることで点眼を不要にし、治療の負担を大幅に軽減した。まさに治療プロセスにイノベーションをもたらす製品だ。

プレゼンターはクラスメートのクリスだった。クラスでは地味だった彼が、熱情を持ってプレゼンを行っていた。優勝できなかったのは残念だが、一番素晴らしい内容だったとクリスに伝えると、満足そうな笑みが返ってきた。この拒絶も糧にして、機会を追い続けてほしい。


若江君Lilacさんも書いているが、不況にあって起業熱はむしろ高まっている。仕事がないという学生の危機感、サステナビリティーやエネルギーへの社会的関心と、額はあるが投資先に困っているリスクマネーとが結びついている。友人にも在学中に起業したり、卒業後すぐに起業する人がいる。

私もクリスを始めとする彼らには随分と刺激された。会社を興すだけがアントレプレナーシップではないので、自分なりの起業家精神を育て、社会のニーズを見つめ、パッションとともに自分の原動力にしたい。勇気付けられる決勝戦だった。
c0131701_19412037.jpg

[PR]
by flauto_Sloan | 2009-05-13 23:29 | MITでの学び(非MBA)
Staatskapelle Berlin/Boulez
カーネギーホールで、マーラー・チクルス(マーラーの全交響曲連続演奏会)が行われている。オーケストラは名門シュターツカペレ・ベルリンで、指揮者ブーレーズで、総監督はバレンボイムだ。今回は私がマーラーで最も好きな交響曲第6番『悲劇的』を演奏した。素晴らしい管楽器と、ブーレーズのドラマチックな指揮が、悲運に立ち向かう英雄をドラマチックに描き出す、感動的な演奏だった。

『悲劇的』
マーラーの交響曲の中でも完成度が高い名曲である6番は、様々な逸話とともに『悲劇的』と題されている。力強い英雄の奮闘を描いたこの曲は、クライマックスの第4楽章が極めて劇的だ。カウベルで象徴される安寧から身を奮い立たせ、運命に立ち向かう英雄。苦闘をしつつも戦いに勝利が見え、勝鬨を挙げようとするその時 - 運命が英雄を激しく叩きのめす。巨大なハンマーの一撃によって曲想は一転し、狼狽する英雄と、それを嘲笑う運命。再び勇気を取り戻し、戦いに向かう英雄を待ち構えたのは、再び振り下ろされる運命の一撃だった*1。そして英雄は静かに斃れる。

この曲を聴くたびに、抗い難い運命の切なさと、それでも立ち向かう英雄への憐れみが、胸のうちから沸き起こる。自分は何度このハンマーに叩きのめされたのだろうか、それでも立ち上がる勇気を持っているだろうか、と自らに問いかける。日本ではほとんど聴かなかったマーラーに開眼して以来、狂ったようにCDを集め、聴いていた曲だ。遂にこの6番を生で聴く機会が訪れた。

指揮者によっては最後にハンマーを追加し、英雄の最後の望みも断ち切る。一方で最後の盛り上がりを華やかに明るく演奏し、3度目には勝利を勝ち取ったのだと解釈するものもある。


ブーレーズのマーラー
シュターツカペレは連日のマーラー演奏で疲れが見えるものの、管楽器のトップの目を見張るような素晴らしさ(木管とホルンは驚くべき巧さ)と、ドイツ的な厚い響きとで、重厚な英雄像を描いている。ブーレーズはラトルのような緻密さはないが、ドラマチックな表現で物語の輪郭を際立たせる。

第1楽章は深いリズムと、ここぞという時のテンポの揺らしが格好良く、胸躍る名演だった。続く第2楽章はスケルッツォで*2、スケールが大きい響きと、地から湧き上がるようなリズム。中間部の木管楽器の絡みが、のどかな牧場を思わせて美しい。第3楽章は早めのテンポだが、オケはのびのびと歌う。だが迫りくる運命を仄めかす切なさも忘れない。

そして第4楽章。低音金管が全体の構造を際立たせる。序盤の美しさも見事ながら、英雄の戦いは力強く迫力がある。そして気宇壮大な英雄の力が存分に表現されると、それを打ち砕くハンマーが振り下ろされた。
あらゆる打楽器に重ねられたハンマーの一撃は、会場を揺るがすほど大きく鋭い。心臓に直に響いてきて、その後の弦楽器の狼狽はまさに自分のうろたえる姿であった。

再び立ち上がる英雄。その先を知っているだけに、その力強さが余計に切ない。2度目のハンマーは一度目よりもさらに鋭く、胸が痛む。

最後に満身創痍となった英雄だが、ブーレーズは寧ろ明るく力強く盛り立てる。3度目のハンマーは打たれない。英雄は最後には運命に勝ったのだろうか。生き急いでいるような盛り上げ方は、勝利か、あるいはその幻想を表したのだろうか。その疑問を残しつつ、英雄の息は絶えた。

私は、この英雄が3度目の苦難に立ち向かい、ついに人生に打ち勝ち、深い達成感と満足とを感じつつ眠りに付いたのだと感じた。いや、そう感じたい。


いい演奏で、素晴らしいオケであったが、粗さがあり華やかさはなく、誰もが文句なしの名演とまではいかないのだろう。だが私の個人的経験としては、とても意義深く、胸に去来するものがある演奏だった。

*1マーラーは当初ハンマーを3度打たせるつもりだったが、それを2回に直した。バーンスタインは3度目も叩かせている(DVDでは、3度目のハンマーを打たせるバーンスタインの苦痛の表情に心打たれる)が、この3つの運命の痛ましい打撃は、マーラー自身の3つの悲劇を表していると云われる。なお、指揮者ごとにハンマーの表現をまとめた動画もある
*2 スケルッツォを第2楽章にする版と、第3楽章にする版とがある

[PR]
by flauto_Sloan | 2009-05-12 23:16 | 音楽・芸術
再起動
仕事への復帰までもう3ヶ月を切った。
2年間さんざんしてきたインプットをアウトプットにすることを考え始める。

コンサルティングの色々なスキルは、MBA中もプロジェクト等で使ったものの、まとまった形ではしばらく使っていない。特にMBA中はほとんどプレーヤーとして動くので、マネージャーとしてどう動くのかはついぞ忘れてしまう。勘を取り戻すと言うか、リハビリが必要だと思い始め、コンサルティングのものの考え方を確認・整理する機会に参加することにした。

いざやってみると、意外と頭も体もすぐに動いて驚いた。さすがに5年間修行していただけはあるのだな、と感心する。もちろん、最前線でクライアントと丁々発止のやり取りをし、仲間としてやる気を出してもらうまでのレベルには、職場復帰してからすぐに実地で取り戻すしかない。だが漠然とした「2年も離れて学生をし、インターンもしないでいて、ちゃんとすぐにプロとして戻れるだろうか」という懸念、というか不安は、比較的安全な環境の中で、意外とあっさりと拭い去ることができた。

むしろ、すぐにコンサルタントという仕事の面白さを思い出した。初心に戻り、こういうことをやりたかったんだよな、と感じた。さらに、リーダーシップやアダルト・デベロップメント等の学びを合わせると、チーム・マネジメントやコーチングの幅も広がったように思う。尤もここは引き続き鍛錬を要するのだが。

PCが凍ったり重くなったりしてきたとき、また新しいOSやアプリケーションをインストールした時は、再起動が必要だ。留学前からこの2年間にかけての経験は、一度再起動しないと、新しい自分として機能しなかったのかもしれない。そう思うと、スキルだけではなく職業観を合わせて、いい再起動の機会に恵まれた。
[PR]
by flauto_sloan | 2009-04-12 21:54 | NYでの生活
ボストン音楽談義 その2 - なぜ音楽か
ボストンで活躍している若手音楽家の友人たちと再び飲み、語り合った。今回は韓国人の音楽家もいて、アジアの話に広がる。

アジアにおけるクラシック
韓国や台湾では、音大でPh.Dまでとらないとオーケストラに入れない、など興味深い話を聴いた。アジアのクラシック音楽事情を聴いていると、日中韓(およびシンガポールなど中華系)は音楽教育も行き渡り、子供にピアノなどを習わせている家庭も多い。それも生活水準が一定以上だからだろう (もちろん中国を一括りにはできないが)。

もしエル・システマのような、音楽による人的資本開発をアジアで行うのならば、やはり中程度に発展した国が対象となるのだろう。マズローの欲求段階でいっても、音楽を通じた協調性や自信の学習は、比較的高次な自己実現であり、生理的欲求・安全の欲求が最低限担保されている程度の生活水準が必要だからだ。もっとも、まだアジア諸国のクラシック教育や業界の事情には明るくない。色々調査が必要だ。


私と音楽
そんなことを考えながら、ではアジアの中で日本のクラシック音楽界はどのように位置づけ、発展すべきかを話していると、指揮者の友人から、極めて根本的な質問を受けた。
「ふらうとさんは、なんでそんなに日本のクラシック業界をよくしようと考えているんですか。
我々音楽家は切実な問題だから色々考えますが、ビジネスの世界にいるのなら、そんな真剣に考える必要はないんじゃないですか」
思わずはっとした。ボストン2年目になって、一層音楽を聴くようになって、またハイフェッツ教授のリーダーシップの授業で自分が背負っているものや、自分の心を覗き込んでいるうちに、思った以上に自分の中で音楽の占める割合が大きいことに気づいた。

そして中長期的に、何らかの形で日本のクラシック音楽業界の発展に関わっていきたいと思うようになった。課題は多いが、ポテンシャルは大きい。(まあもう少しつめて考える必要はあるが)

ではなぜ日本の音楽業界が発展してほしいか。色々あるのだが、この場で簡単に二つだけ挙げておく。

一つは極めて個人的だが、、私自身が日本でいい音楽を聴きたい、という欲求がある。海外の大物オーケストラや歌劇場ばかりでなく、日本やアジアのオーケストラによる素晴らしい演奏を気軽に聴けるようになったら、素晴らしいと思う。そんな素直な我儘が根本にある。

もう一つは、ダニエル・ピンクの『ハイ・コンセプト』やアッターバック教授の『Design Inspired Innovation』、あるいはハイフェッツ教授の "Music Exercise"指揮者ザンダーのリーダーシップ論にあるように、イノベーションやリーダーシップといったビジネスの中核における「右脳的」な芸術や音楽の重要性が高まっている*1。どちらも日本に継続的に求められている能力であり、そこを増強するために音楽による才能強化(それは授業としての音楽ではなく、むしろ大人になってからの成長の資としての音楽)が必要だと思うからだ。

もちろん、音楽の刺激・経験は仮に必要条件であったとしても、決して十分条件ではない。だが他の芸術と同様に、非合理的や非定量的であるからこそ、合理的思考・行動によって加速されたビジネスや商品のアイディアに創造性をもたらせるのではないか。フォレスターが言うように、この世の中は定量的で合理的に判断できるものは非常に限られている。


色々な学び、私個人として持っているもの、それらがだんだんと繋がってきている。一方で、現在の社会におかれた一個体としての制約も多く見えてくるようになった。卒業までに、じっくりと将来について考えたい。今回の音楽談義はまた、その一つの刺激となった。


*1 実際は合理性・定量性に傾きすぎた社会システムに対するカウンターバランスだと思う
[PR]
by flauto_sloan | 2009-02-18 23:34 | 音楽・芸術
学び続ける大人 - Adult Development
c0131701_2028532.jpg今学期はスローンでの授業に加え、Harvard Graduate School of Education(ハーバード教育大学院)にて、名物授業をひとつ聴講している。Robert Kegan教授の "Adult Development" という授業だ。この授業でワークショップがあったのだが、これが非常に面白かった。

キーガン教授の授業
心理学者であるキーガン教授が教えるこの発達心理学の授業の主眼は、講座名の通り「いかに大人が学習し成長するか」を学ぶことにある。「子供」と「大人」という区分で考えると、子供は学び成長するものであり、大人は既に学んでおり成長しきったものと暗に了承している。だがこれは誤りであり、大人も生涯学び続け、成長し続けるものだ。では大人はどのように成長するのか。これを知ることで、人を動かす立場に就く者や人を教育する者が、人を育て、学ばせ、やる気づけるための知識やスキルを身に付けることができる。

教育大学院でも有名な授業で、スローンのセンゲ教授のリーダーシップの授業に来ていたHGSEの生徒も、一つ薦めるならこの授業だと言っていた(実際に彼はこの授業を今履修している)。またハイフェッツ教授のリーダーシップの授業でも、キーガン教授の文献は参考資料になっているし、一緒に仕事をしたことがあるハイフェッツ教授も薦めていた。何より、チームメンバーで最も親しくなったカレンの指導教官でもある。この才女をして心酔しらしめる教授であれば、相当なものだろうと確信し、履修することにした。

私の動機は、人をどう育てるのかを知ることと、それにも増して、自分自身がどうやって学ぶべきかを知ることにある*1。この1年半でだいぶ取り戻した好奇心を、どうやってメタレベルの深い学びに結びつけ、自分自身の成長の糧とするのか、その手法が最大の関心事だ。

過去の自分と将来の自分
今日のワークショップでは、学生が年代順のグループに分かれた。20代、30代、40代、50代以上のグループごとに、7-8人程度のサブグループを作る。20代が最も多く、30代がそれに次ぐ。そして仕事や家族など成長における主要な領域について、今この歳でどういう考えを持っているか、10年前とどう変わったかを考え、議論する。そして次の年代のグループに、一つだけ質問をする。

20代は野心的で、何でもできると考える一方で、自分の不安定な立場に不安を覚える。仕事が重要で、家族を意識せず、宗教など既成の価値観に反発する。

30代は自分の価値観を再認識・再構成する時期だ。仕事の目的が「達成」から「意義」へと変わり、同時に安定を志向する。家族との関わりも、子供を持つことで親への接し方も期待も変化する。古い価値観を自分なりに解釈し、受け入れ始める。

40代は仕事にしろ家族にしろ、「これが私であり、これが私が得たものなのだ」と、自分を受け入れ、そして自分に誇りを持つ。同時に周囲に死が訪れるようになり、自らの「死」が避けられないことを理解し始める。

そして50代以上になると、人生と世界をあるがままに受容し、最期までどう前進するか、という彼岸を見つめるようになっていた。

それぞれの年代でもつ様々な問も、歳を経ることで問自体を深く理解し、自分なりの答えを見出していく、あるいは答えがないことを受け入れていく。

まさに、大人になっても学び、成長し続けていくのが人間なのだと、身を以って理解せざるをえない。最後の世代の諦念には、切なさや悲しさだけではなく、穏やかさがあった。ああして幸せに学び、歳をとっていきたいと思う。


*1 このブログで繰り返し、「学ぶことを学ぶ」と書いていると、私が学習障害にある (もしくはあった) かのように思われるかもしれない。それはある意味正しく、学問を通じて会得してきた学習のやり方が、社会に出てから適合しなくなっている部分、渡米してから適合しなくなった部分が明らかになってきた。代わりのやり方を試行錯誤しているのだが、なかなかこれという学びの技術の形が見えてきていない

もともと私は、人間の生理的・心理的特性を利用して学習のやり方を考えてきた。だがインプット中心の学習から、プロセッシングとアウトプット中心の学習へと進化すべき時期に、正しい適応ができていたのか、自信がない。コンサルティングという枠組みの中での適応が、部分最適でしかないのではないか、さらにはそこにも正しく適応していないのではないかと感じていた。それは社会活動において、なにが根底にあるメカニズムであり、人間の特性なのかを理解していないことに起因しているように思えた

まさに序文に書いたように、「焉を修め、焉を蔵す」ことから「焉を息し、焉を遊す」ようにすることが私の根本の課題であり、成長すべきところだった。そのため、この授業は私の最も重要な問に、何らかの指針を与えてくれるものだと信じ、履修することを決めた

[PR]
by flauto_sloan | 2009-02-09 20:27 | Harvardでの学び
自己と役割
この記事ほぼ純粋な思索メモであり、論文ではなく随筆だ、と断っておきたい。

今回のリーダーシップの授業では、例によっていくつもの答えのない問が投げかけられている。その中心にある問が、次のものだ。

"How to distinguish Self from Role"

通常、「自分」と考えているもの(例えばMITの学生、フルーティスト、日本人、コンサルタント、等々)は「役割」でしかない。ではそんな「役割」を掻き分けていき、自分の奥底に潜むであろう「自己」とは何なのか。それが問われている。

凡そ人間が3000年前から考え続けている哲学の命題であり、すぐに答えが出るものではない。だが、答えが出ないなりに考えることに意味があると思う。また答えも、普遍性や絶対性など必要なく、自分自身が理解できる「自己」という答えが見出せれば充分なのだろう。

以前深く傷つき悩んでいた頃にも、同じような問を持ったことがあった。己は何者なのだろうか。その時の絶望と解けない苦しみを、再び胸を開いて見つめ直す機会だった。


最初の答えは、自己などない、だった。理性的論理的に自分の中身を調べていくと、それらは遍く役割であり、外部や他者に規定されてしまっている。感情すら外部刺激に対する反応であり、自分が一つの大きな機械のようにしか思えなかった。それはなかなかに絶望的な気づきだ。

だが次に、そこに絶望する自分がいるのに気づき、それが自己ではないかと思った。デカルトの『方法序説』での哲学の第一原理、「われ惟う、故にわれ在り」の意味を理解した瞬間だった。

だがここからは何故か西洋哲学の流れにはあまり乗らず、仏教、そして個人的な重要テーマである「嘘」の意味、さらにはMITで学んだシステム・ダイナミクスの概念を加えて考え続けている。


私なりに行き着いた答えは、自己とは学びの蓄積で、初期値は生物としての先天的な性向、というものだ。哲学者に聞いたら古い概念なのかも知れないが、少なくとも自分にとっては、これを手にして前に進むだけの意味がある、暫定解だ。

どんな役割のときであっても、様々な経験から、何らかの学びを得る。この学びは極めて個人的なもので、経験の性質や強度、状況や感情によって、同じ経験によっても人次第で学ぶものが全く異なる。

一方、砂漠の真ん中に衣食住を与えられて放置されたら(あらゆる役割から無縁でいたら)、おそらく私は思索にふけるだろう。その時の思索の対象は、自分自身がこれまでに蓄積した知恵や知識といった学びであろう。これは基本的に誰にも奪われない。

すると経験や学問で自己が豊かになり、喪失や忘却によって衰える。

経験から学びがなかなか得られないときの焦燥感や鬱屈とした気持ちは、自己の衰えを支えられない恐れからくるものかもしれない。学んだものが価値を失うかもしれないような大きな変化には、自己を失うという恐れが抵抗を呼ぶのかもしれない。


自己と役割は峻別できるものではなく、相互連関している。自己だけでは自閉症やソシオパスになりかねないし、役割だけではまた恐ろしい虚無感や絶望に見舞われる。この二つの連関を認め、程好い平衡に至ることが肝要だと思う。その自己の部分を意識できるようになったことで、同時に役割も意識し、心が遊ぶことができるようになったと感じられた。
[PR]
by flauto_sloan | 2009-01-11 21:25 | Harvardでの学び