MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30
タグ:MIT生活 ( 185 ) タグの人気記事
Israel Trek (1/9) - イスラエル入国
イスラエル。
c0131701_6534712.jpg
この中東の小国が、なぜこの地に生まれたのか。なぜアラブ諸国と戦い続けているのか。なぜ科学技術で存在感を増しているのか。そして学問やビジネスで活躍し、同時に差別も受け続けているユダヤ人とは何者なのか。

ベネズエラ・トリップが中止されたのち、MITスローンのイスラエル・トレックに参加したのは、そんな問を少しでも深く考えるため、この目でイスラエルの地を見てみたい、そんな動機からだった。日本からではなかなか行けないし、何よりイスラエル人に案内されてこそ知ることができることも多い。

折りしもガザ紛争が沈静化した直後であり、また2月の総選挙の結果を受けてオルメルト首相が退陣するかという政治的に不安定な時期ではあった。だがそれだからこそダイナミズムを感じることができ、面白いのではと思った。3人の1年生イスラエル人が務めるオーガナイザーも頼りがいがあった。

厳戒態勢のイスラエル入国
イスラエルは、アメリカの後ろ盾を得てパレスチナ問題に対して強硬な姿勢を示し、むしろ加害者であり非難の対象ともなっている。ガザ紛争前のMENA会議では、チョムスキーらがガザにおける抑圧を強く批判していた。イスラム過激派にとってイスラエルは憎悪の対象であり、テロへの警戒態勢が非常に高い。

空港でのセキュリティーも別格で、ニューアーク空港のテルアビブ行きのゲートは、(通常のセキュリティー・チェックを受けた後に)もう一度セキュリティー・チェックを通らなければならない。パスポートもチェックされる。

長旅を経てテルアビブの空港に降り立つと、さっそく職員に「ちょっとこっちへ来い」と呼ばれ、パスポート検査と渡航目的の確認などを尋問された。髭がいけなかったのだろうか・・・*1

入国審査は当然のように厳しい。プロジェクトで3ヶ月滞在したマレーシアの入国スタンプが特に問題だったようで、あまりに詳細に質問されるので、最後はトレックのハンドブックを渡して「このために来ています」と示す羽目に。

パスポートへのスタンプは拒否した。イスラエルの入国スタンプがあると、紛争中の中東諸国への入国が拒否されるからだ。代わりに紙にスタンプを押してもらう。ある参加者のアメリカ人は、問答無用でスタンプを押されてしまっていたから、押印拒否を認めるかは入国審査官の性格にもよるのだろう。

参加者にレバノン系アメリカ人がいたのだが、彼に至っては入国審査に1時間も要していた。別室に連れて行かれ、何人もの審査官に色々と聞かれたそうだ。遅れて集合場所に彼が到着した時、トレック参加者は盛大な拍手で出迎えた。

ここまでしないと安全を保てない、その緊張感をさっそく感じさせられた。


ケネディスクールと遭遇
丁度同じ日程で、ケネディスクールもイスラエルトレックを催行するらしい。飛行機で偶然隣り合った女の子が、ケネディスクールで、しかも秋のハイフェッツ教授の授業のクラスメート。大いに盛り上がる。

聞けば彼らはオルメルト首相に会うらしい。こっちはペレス大統領に謁見予定であり、ビジネススクールながら行政大学院といい勝負だ。スローンの方が人数も多く、また若いので、賑やかな楽しさはビジネススクールならではだろう。真面目さは負けるかもしれないが・・・

そんな出会いを経て足を踏み入れたイスラエル。初日の夜はテルアビブ空港からバスでエルサレムへ移動して、ホテルに宿泊した。


ルームメイトはユダヤ人
c0131701_6552194.jpgトレック中はホテルの部屋をルームメイトとシェアするのだが、私のルームメイトはロシア系ユダヤ人アメリカ移民(つまり今はアメリカ国籍)のマイク。トレック前に一度飲んだのだが、きさくで非常に面白い。学部生からMITで、ベンチャーで働いた後に、今はSDMというエンジニアリングのプログラムで学んでいる。マイクとは年も近く気が合った。

彼はオーソドックス*2なユダヤ教徒ではないが、MITらしくユダヤ教やキリスト教の知識は豊富で、しかもこの東洋人にそれを説明するのが大好きだ。私もユダヤ教について興味を持っているので、ぶしつけなまでに色々と質問し、彼もそれに快く答えてくれる。ルームメイトに恵まれたのは幸運だった。

いよいよ、聖地エルサレムだ。


*1 結局、イスラエルに到着したら髭を剃ってしまった
*2 ユダヤ教の教義を忠実に守るユダヤ人で、ニューヨークでも時折見かける、黒尽くめの衣装と帽子に長いもみあげと髭が特徴的

[PR]
by flauto_sloan | 2009-03-19 22:44 | Japan/Israel Trek
Visual Art for 21st century Business Leaders
c0131701_035279.jpg最後のSIP(Sloan Innovation Period)では、"Visual Art for 21st century Business Leaders" という一風変わった特別授業を履修した。
先学期のBenjamin Zanderによる"The Art of Leadership"に続く、芸術系の授業だ。

最近、MITやハーバードでは、芸術家と科学者やビジネスパーソンの対談や、芸術家によるクリエイティビティの講義など、アートから不確実な時代を生き抜くリーダーシップや即興性を学ぼうという動きが強い。この授業もその流れなのだろう。

だがこの授業は難しいことを考えるというよりも、創作活動の体験を通じて、なにか学び取ってもらおうと設計されている。会場はボストン美術館脇のSchool of the Museum of Fine Artsだ。美大特有の空気が面白い。

1日半のプログラムで、初日はアニメーション製作、楽器製作・演奏、インストレーション製作の3つを行い、二日目はアートビジネスをどうしたら発展させられるかについて考える。指導はSMFAの教授であり、気鋭のアーティスト達だ。

アニメーションは非常に面白かった。雑誌の切り抜きをコラージュにして、1コマずつ撮影していく。コマと時間の対応がなかなか掴めなかったために、猛スピードでストーリーが展開してしまったが、割と満足。だが恥ずかしいのでここには載せないでおく。

c0131701_0322099.jpg楽器製作は、ペットボトルなどありふれた素材を使って、何かを作って演奏する*。弦楽器、管楽器、打楽器は問わない。私はアルペンホルンのような、管楽器兼打楽器を作った。6人チームでそれぞれの演奏を録音し、後で重ね合わせると面白い音楽が出来上がった。

c0131701_0324587.jpgインストレーションは、一室を好きなように使って、何かを表現していく。前のチームの作ったものを壊しても、発展させても構わない。同じく参加していたHajimeのチームに建築家が集合し、調和の取れた製作をしたので、残り2チームがよさを残しつつ再構成していった。

だがどうも、私は空間美術のセンスはないようだと痛感した。わくわくしないのだ。向き不向きがわかっただけでも良しとしよう。


ものを創造する楽しさと、右脳の使い方(というより飛ばし方)を再認識した。高校の図工以来かもしれない。この統合と調和を見出し、即興的に動いていく能力は、引き続き伸ばしていきたいと思った。義務感ではなく、楽しみとして。


* 音楽準備室には、電子楽器「テルミン」があった。初めてテルミンを演奏してみたが、とても面白い。ちゃんと演奏するのは相当難しそうだが、楽しい楽器だ
[PR]
by flauto_sloan | 2009-03-18 21:02 | MITでの学び(MBA)
Web3.0
今学期の授業で、Stuart Madnick教授のWeb3.0という授業をとっている。Web2.0が喧伝されて久しいが、一歩進んで「Web3.0とは何か。それが社会やビジネスに与える影響は何か」を考える。コンピューターサイエンス界の巨人Tim Berners-Leeを擁するMITという地の利を生かして、最先端の研究者を次々と呼んで、今何が考えられているのかを聞き、議論する。

Web2.0の定義も人によって様々だから、当然Web3.0が何かというのは全く定まっていない。Web3.0の定義文コンテストがあったり、Wikipediaでは記事が載っては削除されたりしている。この授業では、データのパミッションになぞらえて、以下のような枠組みで考えている
  • Web1.0="read": Web上のデータは読むことしかできず、ユーザーは定められた手順や範囲でのみ行動する
  • Web2.0="write": Web上にデータをアップロードしマッシュアップできるようになり、ユーザー参加型ビジネスがセレンディピティに介けられ主流になる
  • Web3.0="execute": セマンティック・ウェブによってデータの意味を区別した構造が出来上がり、Web上のデータは機械同士で自動でやり取りが行われるようになる
もしこれがWeb3.0であり、近い将来に実現するとなると、医療(特に診断)やコンサルティングなど知的サービス産業は大きく変わるだろう。データ収集能力や定型的な分析能力は機械(というかクラウド)によって自動化され、価値が急落する。

コンサルティング業界に喩えるなら、ファームに高いフィーを払わなくても、経営企画部では自社の経営指標と産業の構造や景気、主力製品の一般評価や地方の営業所のコンプライアンス違反まで、Web上で情報が「意味や文脈を踏まえて」自動収集される。さらに、Forces at workや3C分析といったある程度定型化された分析も為され、とるべき行動のオプションまで推薦される(その構造をパッケージ化して売り出すファームが現れるのは間違いない。例え自分の首を絞めることになっても)。コンサルタントはより高度でアーティスティックな問題解決だけを求められるようになるし、需要も減るのでコンサルタントの数自体大きく減っていくかもしれない。

産業革命と農業技術の発達が農業人口を工業人口に転化し、情報革命とオートメーションが工業人口を情報産業人口に転化した。情報産業がオートメートされ、セマンティック革命が起きると、情報産業の人口はどこにいくのだろうか。宗教か芸術に回帰するのか、或いは新しい産業が生まれるのだろうか。
[PR]
by flauto_sloan | 2009-03-15 23:55 | MITでの学び(MBA)
サロー教授の最後の授業
c0131701_538386.jpg先日紹介した、レスター・サロー教授の最終講義があった。生徒は誰も今日がこの大経済学者の最後の授業だとは知らかった。
サロー教授がいつも以上にお洒落なスーツに身を飾り、りごぼん教授など何人かのファカルティが授業を見に来たので、何だろうとは思っていたが、まさか今日を以って教鞭を下ろすとは、驚きだった。

その最後の授業は、アメリカの経済についてだった。一問一答だったのでまとまりはなかったのだが、全体のメッセージとしては、以下のようなものだった。
アメリカが豊かな国であるのはGDP per Capitaの予測を見ても当面変わらないが、経済成長は労働ではなく技術進歩に頼らなくてはいけない。今回の不況も、構造的な変化というよりも、コモディティ価格が下がったことに起因する景気循環であろう。
最終授業によくある、教授から学生へのメッセージがあるかと思えば、授業は30分ほどであっさり終了。テストの連絡をすると、そっけなく教授は教室を去ってしまい、生徒も慌てて拍手をして見送った。

もう高齢の教授は一度大病を患ったため、言葉があまり明瞭でなくなってしまい、耳の遠さも相俟って、なかなか授業は難しそうであった。それでも最後まで気焔を吐いていた意志は素晴らしい。彼の議論は納得いかないものも多かったし、かつての切れ味はなかったとしても*、非常に刺激的だった。

去り際も、飾った言葉が似合わない彼らしい、背中で語るものだった。
MITスローンの一時代の終わりであった。


* 噂だが、彼がスローンの学部長だった頃、GMの将来がないことを見通したサロー教授は、学校の名前からスローン(GM創業者 Alfred P. Sloan)の名を外そうとしたことがあったそうだ。法的制約など諸般の事情で断念したそうだが、今にしてみれば慧眼であった
[PR]
by flauto_sloan | 2009-03-10 05:06 | MITでの学び(MBA)
Global Economic Challenge- 異文化間で、異なるものと同じもの
フォーブズ教授の"Global Economic Challenges" の授業で組んだチームは、4人までで2大陸3カ国以上の混成チームであるのが条件だったのだが、この多様なチームから学んだことは多かった。私のチームは私(日本)、Mさん(アメリカ)、Iくん(エジプト系アメリカ)、Sくん(南アジア)というチームだった。

政策に対する許容幅の違い
マクロ経済の授業なので、Aggregate Demand - Aggregate Supplyモデル、IS-LMモデル、BB-NNモデルなどを使って、経済危機にある国の置かれた状況を理解し、どのような金融・財政政策を取るべきかを議論する。

1回目の課題では、好調だったロシアが2008年以降どのように経済が危機的状況に陥ったのかを分析し、どうやって経済を好ましい平衡状態に持って行くのかを検討するものだった。そこで取りうる政策は、なかなかありきたりのものしか出てこない。アメリカ人は特に、踏み込んだ財政政策があまり好きでないようだ。

だが対象国はプーチンが院政を敷くロシアだ。本当に経済を回復し、強いロシアにするならば何をするだろうか。レバーの一つに人口があり、生産レベルを維持したまま人口が減れば、好ましい平衡状態に収束し易い。グルジア侵攻や、貧しい地域の分離・独立は人口減少のために有効な政策なのではないか、と言ったところ、さすがに黙殺された。

これは極論だったが、全体に社会主義的である日本の国民として想像しうる政策は、アメリカ人からすると介入しすぎであり、個人や市場の自由を阻害すると受け取られた。柳澤教授が述べていた事前主義の日本と事後主義のアメリカ、社会や集団を重視する日本と市場と個人を重視するアメリカ、という違いを感じた

空気と村八分
逆にアメリカと日本も実は同じだと感じたのは、チームには読むべき「空気」があり、それを読めないと村八分になる、というものだ。日本特有の文化のように思われがちだが、ハイフェッツ教授のリーダーシップの授業でも学んだように、これは人間本来の行動規範であり、文化による程度の差こそあれ、共通だ。今回のチームでは、それを改めて感じた。

ひとつのケースとして紹介する。
    1回目の課題の提出直前、S君が最後の手直しをすると言ってきた。答案が返ってきてわかったのは、S君は提出直前にこれまでの議論を1から覆す大変更をし、しかもそれが間違っていて(当初のチーム議論が正しかった)、チェックプラスを逃してしまった。

    チームの努力を勝手に無駄にするS君の行動は、我々の信頼を失わせるに十分だった。もともとミーティング中に明らかに貢献していない(恐らく課題を読んできていなかった)ことで十分、場の空気が彼のチーム内のポジションを一番低いところに押しやっていた。最後の手直しを彼に任せたとき、チームの期待は校正とロジックの甘いところを埋めることであり、一から書き直すことではなかった。

    2回目の課題に向けたミーティングの日、彼は風邪を引いたので、スカイプで参加したいとメールに書いてきた。誰も返事をしない。ミーティングの時間に集まった3人は、誰もS君を呼ぼうとしない。彼は村八分になっている、という空気をひしひしと感じたし、私も彼の行動に納得がいかなかったので、結局3人で議論を進めることに。

    補足ミーティングにはS君が来たものの、彼の意見は発言時に既に割り引かれてしか受け入れられない。さすがのS君も気づいたらしく、だんだん発言が少なくなっていく。議論の後、今回は私がレポートの論旨を構成した。私の答案に対してS君から反論はあったが、存在感を増すための反論のための反論でしかなく、他の二人の支持も得られず、結局今回も彼の貢献度は非常に少なかった。
私が言いたいのは、S君を非難することでは全くない。4人の異文化のチームであっても、チーム内で生まれる空気というグループ・ダイナミクスがあり、そこで期待された平衡状態を超えてしまう「やり過ぎ」を侵した者は、空気によって無力化されてしまう、という構造が短期間で見事に発生するのが非常に興味深かった。

ハイフェッツ教授クラスのグループに比べ人数が少なく、また課題に回答するという比較的シンプルな目的しかなくても、そこで学んだものは再現された。かなり抑圧的な空気の中で私はレポートをまとめるというリーダーシップを執ってみた(「介入」した)のだが、S君の反論は悲しいくらいに予測可能であり、他の2人の私への支持もまた、予想通りであった。


一人ひとりの考え方や、価値観は異なっていても、集団の置かれた環境や構造によって、どのようなダイナミクスが生じるのかはある程度予測可能である ― これこそマクロ経済に通じる学びではないか。授業の主題も、これまでに起きた幾多の経済危機から学んだ構造と、今回の金融危機は本質的には変わらず、未曾有であり未知であると過剰反応することなく、正しい判断をすることにある。個別の企業や社会・文化を捨象してマクロ視点でモデル化するからこそ、再現性のある構造が見えてくる*

まさかフォーブズ教授が、チームワークからこれを学ぶことを期待していたとも思えないが、やはりシステムが重要なのだ、と気づくチーム経験だった。

* この考えは、システム・ダイナミクスのスターマン教授も、先日講演したマートン教授も強調している
[PR]
by flauto_sloan | 2009-03-07 21:39 | MITでの学び(MBA)
Robert Merton - 神の声
c0131701_5555023.jpg昨年までHBSにいた投資銀行出身の友人こっちゃんが、授業を「神の声」と呼ぶほど崇敬していた、ロバート・C・マートン教授がMIT Alumni Awardを受賞し、母校MITで講演を行った。
(講演の様子はこちら)

マートン教授は、ファイナンス理論の金字塔であるブラック・ショールズ方程式を数学的に証明し、両名とともに1997年のノーベル経済学賞を受賞している。そして伝説的ヘッジファンドのLTCMを経営し、やがて空前の規模の破綻に至る。今はHBSで教鞭を執り、今学期はスローンから日本人も一人受講している。

そのマートン教授の受賞講演は "Observations on the Science of Finance in the Practice of Finance" と題し、金融危機の構造の一端をプット・オプションの考え方を用いて解き明かし、またソヴェリン・ウェルス・ファンド(SWF)が新興国のリスクをどう分散して成長を促せるのかについて議論した。(式や図表なしには説明が難しいので、興味ある方は上記の録画を観て頂きたい) 本論の概略は以下の通り。
この金融危機は、リスクが資産価格に対して非線形に変化するという構造のために生じたものであり、強欲で利己的な連中を追い出せばいいという類の問題ではない。非線形なリスク変化は、複雑な金融工学商品に固有のものではなく、ごく普通の住宅ローンにも在る、金融に携わるものなら誰もが理解しているはずのものだ。本来はその特性をリスク管理に利用していたのだが、利用の仕方が極端になり、大きな問題を引き起こした。どんな美徳も、極端が過ぎれば悪となる

住宅ローン(企業の借入も同様だが)を貸すというのは、貸付と保険という二つの異なることを同時に行っていることを意味する。
Risky debt + Guarantee of debt = Risk-free debt
という式を変形すると、
Risky debt = Risk-free debt - Guarantee of debt
となる。右辺のRisk-free debt は貸付を意味し、Guarantee of debt は自分自身でかける保険を意味する。この保険はプット・オプションを売ったことと同じ働きをし、担保物件の資産価値が簿価を下回って初めて、保険が発生する。CDOなどのCredit Default Swap はこの保険の役割を果たし、借手資産に対するプット・オプションを売買していたのが本質だ。

オプション価値のグラフを見ればわかるように、資産価値の変化に対して、オプション価値は非線形に変化する。これは貸付側にしてみれば、リスクが増大していくことを意味する(アメリカの住宅ローンはノンリコース・ローンであり、金融機関はショートプットであるため)。そして資産価値の変化に対するリスクの増減(感応度)は、資産価値が下がるほどに大きくなっていく。また、ボラティリティが高いほどオプションの価値は高まる。

つまり、資産価値が下がり始めてボラティリティが高まると、金融機関はプットのショートポジションに伴うリスクが非線形に増大していき、どんどん損失を出していったのだ。理論上は状況はコントロール可能であるが、実際は大きな混乱が事態の収拾を難しくしている。特に、人間は馴染みのあるリスクを低く見積もり、新しいリスクを過大評価することが、誤った行動を促した。

そして政府が金融機関を支援したのだが、それはプット・オプションに対するプット・オプションを意味し、非常に感応度が高いリスキーな支援である。巨額の支援を用意しても、それがすぐに足りなくなってしまう可能性がある。

今回の危機は金融工学のイノベーションの一部が引き起こしたが、問題は金融工学ではなく、業界がおかれた構造であり、その正しい理解が出来ていなかったことにある。高度に発達した金融の世界を規制するならば、規制側は正しい構造を理解し改善するために、金融工学への深い理解が必要だ。何が起きているのかを理解するためにも、今後も金融工学へのニーズは高まるだろう。これからも金融工学の世界で活躍して欲しい。
(SWFの話は省略)
マートン教授らしい、ファイナンス理論の視点から金融危機の構造の一側面を力強く断ずる講義だった。これまで様々な経済学者による今回の危機の構造の仮説を聞いてきたが、「これはプット・オプションだ」という非常にシンプルな視点でありながら、マートン教授の論は非常に説得力があった。また、講演の端々で伺える深い洞察は、なるほどこれが「神」の視座かと感銘させられた。


今回の危機は新しいだけで、未知のものでも制御不可能なものでもない、というのは半ば同意するが、半ば同意しかねる。多くの専門家が、共通する部分が多いとは雖も、これだけ別の切り口で今回の危機を解説しどれにも理があるのを見ると、やはり危機の全体像と本質はなかなか理解できず、制御が難しいのだと実感する。

群盲象を評す、という言葉があるが、盲人どころか世界中の専門家達ですら、金融危機と言う巨象の一部しか語れないという感がある。さしずめマートン教授は象の頭を撫でているために、もっとも説得力のある象の描写をしている、ということかもしれない。

一方で市場総体として見れば、合意される部分に着目し、異なる部分の断片を繋ぎ合わせると、どうやら象という生き物のようだ、という実感が生まれてきたのだろう。不確実性は依然残るが、リーマン・ショックから半年経って市場が感じるリスクは大分落ち着いてきたように思える。ただこれが、現象の理解が進んだことによる不確実性の本質的な低下なのか、ただ新しいリスクに慣れたために過大評価しなくなっただけなのかは分からない。行動経済学や行動ファイナンスの研究者にとっては、この上なく面白い半年間だったことろう。
[PR]
by flauto_sloan | 2009-03-05 05:35 | Guest Speakers
Forbes教授、ホワイトハウスで奮闘す
c0131701_5285478.jpg今学期で一番面白い授業、"Global Economic Challenges" を教えるクリスティン・フォーブズ教授が、CEA (Council of Economic Advisers)の最年少メンバーとして、ホワイトハウスにいた頃のことを話す特別セッションを行ってくれた。


CEAがどのように機能しているのか、そして大統領や政府首脳にどうブリーフィングを行うのか、そしてブッシュやチェイニーの反応はどうだったか、などのアメリカの舞台裏を、非常に明快な語り口で、ユーモアを交えながら覗かせてくれるとあって、教室から溢れんばかりの大人気だ。
いくつか興味深かった発言を書き留めておく。
「ブッシュ大統領は、頭がいいナイスガイで、問題点をよく理解している。でもカメラの前では硬直してしまうせいで、実際とは異なる、誤ったイメージが描かれてしまった。
彼はいつでも、米国のために何が正しいかを考え、よく働いていたわ。でもポリティカル・アニマルでは決してなかったし、確かに彼自身テキサスでバイクを磨いている方が、大統領の仕事より好きだったと思う」

「チェイニーはとても頭が切れて、口数は少ないけれども、何か喋る時はいつも鋭い質問だった。コンディ・ライスは驚くほど頭が良くて、チャーミングで、人の緊張を解いてしまう才能があった。そして彼女の発言は、データや正しい現状理解に基づいていて、非常に濃い内容だった」

「大統領の諮問機関は複数あるけれども、それぞれが分析を基に提言をし、意思決定は当事者のいる場で最終検討をして決められる。ただオバマ政権では取りまとめ役のNSCにサマーズがいて、CEA議長が押しの強くないローマーなので、うまくバランスが取れるか心配」

「経済面でブッシュ政権の失敗は、鉄鋼に関税をかけたこと。ブッシュ大統領は自由貿易主義者だったのに、逆のメッセージを送ることになってしまった。議会をなだめることに必死で、どんな反発がくるかを過小評価していたのでしょう。
安全保障やイラク政策は、経済学者としては正しかったとはいえないけれども、ホワイトハウスで議論を尽くすと、経済学的に誤っていても正しい判断かもしれない、と最後は納得した。ホワイトハウスは経済的正しさと政治的実行可能性を、常に考えないといけないから、それでいいのです」
先日のバーンズ教授の講義でも感じたが、ブッシュ政権は評価されてもいい政策をしており、メディアによって悪い方にばかりイメージを歪められているのかも知れない。イラク戦争の決断も、当時のブッシュが置かれた状況と情報の中で、本当に誤った決断だったのだろうか。ブッシュ政権が無能の代名詞になったために、ブッシュのせいでないものも彼らの失策になっているのではないか(ちょうど今の麻生政権のように)。

彼らがブッシュ政権にいたことを差し引いても、あの8年間を正しく再評価する必要はあるだろう。世界最高レベルの優秀なスタッフと妥当な組織を以ってしても、リーダーの能力で国家が危機になるのであれば、これは組織論上の重要なケーススタディになるだろう。


不思議と、この2年間で日本の自民党と米国の共和党への支持が、自分の中で高まった(元が低かったというのもあるが)。それこそ友人や教授など特定個人への私のロイヤルティーの所為かもしれないが、多様な価値観や意見の幅を常に考えることで、メディア等による偏向を取り除いて考えることができるようになってきたのかもしれない。
[PR]
by flauto_sloan | 2009-03-04 04:45 | MITでの学び(MBA)
P&G McDonald COO - 実行するリーダー
c0131701_4335742.jpgMIT Sloanの Dean's Innovative Leader Seriesにて、P&GのMcDonald COOが講演を行った。
ウェストポイントから陸軍へ進んだ軍人出身であるマクドナルド氏は、組織の中でリーダーとなるには、信念(belief)を共有し、それを行動に落とし込むことが重要であると言う。
信念を率先して磨き、共有することで、リーダーの行動は部下にとって予測可能となり、それが信頼を生むという。

そのマクドナルド氏自身が共有する10の信念とは、以下のものであった。
  • 高い目的に向かい続ける人生にこそ、価値がある
    ・・・とりわけ崇高な目的は、人々の生活をよりよくすることであり、それこそがP&Gの掲げる目的である
  • 誰しもが成功を望み、成功は伝播する
    ・・・失敗したい人はいない。皆が成功しようとすると、それが勝ち馬になる
  • 適材を適所に置くことが、リーダーにとって最も重要な仕事である
    ・・・正しい場所に身を置かれると、人々はそれを好むようになる
  • キャラクター(人格、性格)がリーダーの最も重要な要素である
    ・・・リーダーは、個人的な責任・関心に先んじて、組織が結果を出すことに注力しなければならない。ウェストポイントの校訓は "Choose the harder right instead of the easier wrong" であり、ここに理がある
  • 多様な人々でグループを作れば、同質なグループよりもイノベーティブになる
    ・・・変化は連続線上にないものが、突然結びつくことによって生じる
  • 役に立たない戦略、仕組み、文化が、人々の能力よりも組織の失敗に大きく寄与する
    ・・・日本の品質管理の父、デミング博士の名言は正しい
  • 組織の中には、一緒の旅を続けられない者が必ずいる
    ・・・全員がこの会社に向いているわけではない。もし向いていないならば、別の旅を探すべきだ
  • 組織は自ら新陳代謝せねばならない
    ・・・会社の半減期は短くなっており、新たな環境へ適応していかねば、生き残れない。リーダーはそのための覚悟をさせ、変化へと導くのだ
  • 採用は最優先事項だ
    ・・・不確実な時代では、学ぶ能力が最も重要だ。常に新しいことを学ぶように心がけよ
  • リーダーとしての能力が本当に測られるのは、リーダーがいない時、または去った後にも、組織が機能するかどうかだ
    ・・・個人に頼る組織にしてはならず、組織が持つ力自体を育まねばならない


全体として、軍人出身のCOOらしく、非常にexecutional/operational なリーダーシップ論であった。一部ハイフェッツ教授の言う "adaptive challenge (組織が新たな環境に適応するための課題)" に触れるものもあるが、多くはdistributed leadership における "Inventing (ビジョンを実行するための方策を考え出す能力)" であり、その能力を磨くための洞察深い指針を与えてくれた。

ただ不確実な時代で、どこまで部下に予測可能性を与えられるのか。結局、価値観や行動の判断指針といったハイレベルな「信念」を共有することが重要であり、またそれ以上の詳細な共有は、無意味な衝突なしには難しい。信念をどう実行に落とし込むかについては、リーダーが範を示しながら、センゲのいう学習する組織へと作り変えていくしかないのだろう。

昨年秋から集中的に学んできたリーダーシップについて、もう一度考えてみるいい機会となった。
[PR]
by flauto_sloan | 2009-03-03 21:39 | Guest Speakers
破壊的イノベーション
今学期楽しんでいる授業に、James Utterback教授の「破壊的イノベーション」がある。アッターバック教授は『イノベーション・ダイナミクス』や近著『デザイン・インスパイアド・イノベーション』で知られるイノベーション論の大家だ。MITらしく、イノベーションを科学的アプローチで解明しようとしていて面白い。

大御所アッターバック教授
アッターバック教授はHBS学部長のキム・クラーク教授が若いころから共同で働き、、『イノベーションのジレンマ』を著し、昨年はスローンで短期集中講義を行った(ブログ未収録)HBSのクレイトン・クリステンセン教授や、スローンきっての人気教授(来年からHBSに移籍するそうだが)、レベッカ・ヘンダーソン教授らはクラークを通じた孫弟子のようなものだ。

役者が違うと思わせるのは、そのクリステンセン教授の理論の批判だった。
私がMITの学生だったとき、ある教授が授業のたびに「直線を引くときは、必ず3つ以上のデータポイントが必要だ」と口酸っぱく言っていた。
クレイの理論はこれに似て、結論を導くためのデータが、期間・業界ともに少なすぎる。拡大解釈を見事なレトリックで納得感を持たせているが、イノベーションの事例でクリステンセンの理論に合わないものはいくらでもあり、一般論とはとてもいえない。
アッターバック教授は、豊富な事例(新しいものだけではなく、19世紀のボストンの氷産業といったものもある)とデータ分析とで、イノベーションの仕組みや現象について、何が言えて何が言えないのかをきちんと切り分けて議論していく。


アバナシー・アッターバック理論
アッターバック教授と共同研究者のウィリアム・アバナシー教授(故人)のイノベーション論 "Utterback-Abernathy model" は非常に洞察深い。イノベーションには、流動期、移行期、固定期の3つのフェーズがあるとする。流動期は多くの企業がその製品・技術に流入し、多くの商品が生まれる。その中でドミナント・デザインが生まれると、プロダクト・イノベーションによる移行期へと移り、ドミナント・デザインの製品によって市場が急拡大する。やがて市場や技術が(一見)飽和すると、固定期に移り、プロセス・イノベーションによるコスト削減や、サービスへの転化が行われる。こうして市場規模はSカーブを描く。

そこで新たな機能を持った新製品が登場し、その新製品がドミナント・デザインを得ると市場が侵食される。旧製品はこの時、対抗するために往々にして既存技術に新たなイノベーションを生み、寿命を延ばすのだが、やがて新製品に市場の大部分を奪われることになる。

このメカニズムは組立産業とプロセス産業で少々異なり、プロセス産業の場合はプロダクト・イノベーション以上にプロセス・イノベーションが破壊的である。プロセスのいくつかのステップをまとめる技術が生まれると、コストは劇的に低下し、市場を席巻する。

クリステンセン教授が、破壊的イノベーションはシンプルなアーキテクチャーで、低コストなものであり、性能過剰な旧製品をローエンド市場から侵食すると理論付けたのは、一部の組立産業やプロセス産業では成り立つだろう。だがアバナシー・アッターバック理論では、低機能や低コストを破壊的イノベーションの要件とはしない。この二つの理論の差と、そこからの意味合いを考えるのが非常に面白い授業だ。


下着から視力矯正へ
この授業ではある業界を取り上げて、チームを組んでどのようなイノベーションが生み出され、業界内にどのようなダイナミクスをもたらしたのか、将来どのようなイノベーションが起こりうるのかを調査する。そのために、個々人で興味ある業界を取り上げて、一人2分でクラスに向けてセールスピッチを行い、人を集めた。

私は仕事でさんざんハイテク業界を取り扱ったので、電機やIT産業ではなく、クラスで他に誰も取り上げないであろう下着業界を選んだ。下着を馬鹿にしてはいけない。MITのイノベーション論の教授、エリック・フォン・ヒッペル教授が、私の発表の次の日の授業で次のように語ったそうだ。
「人類の進歩に最も貢献したのは、木綿の下着だ。
ヨーロッパの知識階級が着心地のいい下着を身に着けるようになって、肌ずれを気にせず集中力を上げることができ、多くの発見に結びついた*1
この発表のお蔭(?)で、クラスの人と話すと「ああ、下着の人か」と言われるようになったが…

結局チームは、視力矯正産業に加わった。眼鏡、コンタクトレンズ、視力矯正手術(レーシックなど)と、馴染み深い進歩を遂げてきた業界だ。破壊的イノベーションが生まれながら、古い製品が生き残り続けているのは何故かを考えるのが面白そうだ。

最終学期になって、ようやく日本にいた頃の問題意識である、イノベーションとは何で、それはどのような人間の活動メカニズムから生み出されるのか、という疑問に立ち戻った。色々と考えていきたい。


*1 中世ヨーロッパはコルセットなどの硬くて窮屈な下着を身に着けていたが、産業革命の頃にミュール等の柔らかい下着が生まれて普及した。機能やデザインはその頃にだいたい固まり、それ以降は素材による漸進的な発展が行われた
[PR]
by flauto_sloan | 2009-02-23 23:23 | MITでの学び(MBA)
レスター・サロー大いに吼える
2代前のMITスローンの学長、レスター・サロー教授の「経済・政治に関る課題」という授業を聴講している。現代のアメリカおよび世界が抱える諸問題を、経済学の観点で議論する授業だが、教授があまりに傲岸不遜なので面白い。

サロー教授といえば『資本主義の未来』『知識資本主義』などを著したり、ジョンソン大統領の経済諮問委員会のメンバーだったりと、世界的に著名な経済学者である。そんな彼の発言は、経済学者一流の理性的思考故か、個人的性向か、高齢ゆえの頑固さか、非常に傲岸に聞こえて面白い。

ちょうど昨年一度聴きに行った、ケネディスクールのサマーズ教授(現米国家経済会議委員長)のグローバリゼーションの授業と内容も似ていて、傲慢な経済学者であるところも似ている。世間一般で言われているような尤もらしい意見とは対極の視点が聞けるのが非常に面白く刺激される。

先日は気候変動がテーマだったのだが、教授の数々の過激な論旨に、サステナビリティへの関心の高い生徒が授業中に激高していった。例えば次のような発言が物議をかもした。
「アル・ゴアは経済学者ではない。経済学者ならあんな本は恥ずかしくてとても書けない。彼は唯一のノーベル賞とオスカー賞のダブル受賞者だが、ノーベル賞は当然経済学賞じゃないし、むしろオスカーの方が、彼がお伽噺の語り手だということをよくわかって選んでいるんじゃないか」
「今手を打たないと50年後に大問題が起こるというが、50年後の被害は現在価値に直すとゼロだ。そんなもののために金を使うわけにはいかない!!」
「直近の地球の平均気温は予測よりも寧ろ低下している。しかもボストンに至っては寒冷化が進んでいる! 少しくらい暖かくなった方がいいだろう!」
「海水面が上昇したからどうだっていうんだ。モルジブは沈むが、他にもいいダイビングスポットは世界中にいくらでもある。ケープコッドも沈むが、暖かくなったカナダはいい移住先だぞ」
「温暖化でマラリアが北上するというが、別に不治の病ではないのに、なぜそんな大騒ぎをするのだ。むしろ農作物の収穫量が増えると見られており、便益も十分大きいのではないか」
勿論ここで挙げたような説には異論があることも重々承知での発言なのだが、こう一貫して通説となりつつある論と逆の論陣が張られると、自分の考え方を相対化できて、視点が広がる。

直前のフォーブズ教授の授業とは全く趣が異なり、補完しあうので楽しんでいる。


(参考) 教授の少し前の講演の様子
[PR]
by flauto_sloan | 2009-02-17 09:09 | MITでの学び(MBA)