MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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2009 Sloan Sales Conference
昨年参加した学生カンファレンスの中でも、特に面白く印象深かったのが MIT Sloan Sales Conferenceだった(ブログ記事は書きかけだったのに気づいたので、時間があったら補足したい)。

同じく参加したShintaroが書いているが、やはりランチタイムセッションのCialdini教授の講演が秀逸だった。

セールスは売り手と買い手の間で、心理に深く食い込む活動であるが、人間の心の動き方は多かれ少なかれ似通っているから、プロセス化して管理することが一定量可能だ。私自身、いわゆる営業の経験はまだないのだが、昨年Technology Salesの授業を取ってから、面白いと感じるようになった。

今年もなかなか満足のいくconferenceであった。
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by flauto_sloan | 2009-04-17 23:36 | MITでの学び(MBA)
心理音響学 - 音楽の効果
お昼にMIT Brain and Cognitive Sciencesにて、そこの卒業生(現在はNYU所属)の研究者による、心理音響学の講演があった。音楽が人間にどのように作用するのか、科学からは何が言えるのかと思い、前から気になっていた46号館へ向かった。
なぜ人は音楽が好きなのか。この答えはまだ明確にわかっていないが、和音は聴いて心地よく、不協和音は不快だと言われる。この好みは、和音自体の性質によるものと、学習によって生まれてくると考えられる。

和音は不協和音に比べて、共鳴による振動が少なく*この振動が不快感を生み出していると考えられる。被験者に二つの音による和音を聞かせ、好き嫌いを答えさせると、和音ほど好まれ、不協和音ほど嫌がられる。音階は和音による心地よさを最大化し、優れた作曲家は和音の心地よさを最大化させていると考えられている。

細かい振動を嫌うのが本能だという論では、心臓の鼓動と関係があるとされる。また、不協和音を和音として両耳から聞かせると不快でも、一音ずつ左右の耳から聞かせると不快に思わないという結果もあり、振動が感覚に影響する。

だが響きへの感受性は個人差が大きく、この和音に対する好みは、どこまで人間の普遍の本能なのかはまだ研究中だ。異なる文化間での比較研究もなく、西欧音楽特有のものかもわからない。だが幼児でも和音を不況和音より好むという研究結果があり、本能的なものと考えられそうではある。

一方、学習によって好みが生まれたとする考え方もある。音楽経験がある被験者の方が和音に対してより強い好みを示した。おそらく経験によって和音の心地よさを学ぶのだろう。
総じて、「まだよくわからない」段階だと感じたが、どのような音楽が人を心地よくさせ、それがどこまで普遍的かというのは面白い問題だ。音楽療法などとも関わるが、音楽が心理に作用する力がどれくらい大きくなり得るのか(個人差が大きいにせよ)、あるいはただの暇つぶしなのかといった、音楽の本質的な価値がどれくらいなのかがわかると、音楽の使い方は広がっていく。

私個人は音楽の力を信じているのだが、一方で常に批判的でもある。
なにが音楽が持つ本能的な効果で、そのうちどれがクラシック音楽によってより強く得られるものなのか。
なぜ世の中の97%はクラシック音楽を聴かないのか? (この数字を見ると、特殊なのは私のほうだ)
文化や学習はどこまで音楽の嗜好に関わるのか?
音楽は本当に、人間に求められているのだろうか?

信じつつも、このあたりを冷静に考えていないと、ただの盲目的な音楽宣教師になってしまう。現在認知科学で何がどこまでわかっているのかを知るいい機会だった。

ちなみに、その後ちょっとこの建物を見学。なかなか脳を刺激される。
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* たとえばドとレの音を同時に鳴らすと、二つの音がぶつかりあって細かい振動が聞こえる。一方で純正律のピアノで和音を弾くと、このような振動はほとんど感じられない。この振動が不快感の元であるらしい
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by flauto_sloan | 2009-04-15 20:09 | MITでの学び(非MBA)
Acumen Fund創立者 ジャクリーン・ノヴォグラッツ氏 - 貧困とは収入のなさではなく、自由のなさ
c0131701_20453939.jpg貧困問題に取り組む起業家を支援するNGOのAcumen Fundの創立者、Jacqueline Novogratz氏の講演がMITのLegatum Center for Development and Entrepreneuship主催で行われた。
Legatum Centerは2007年に投資ファンドのLegatumの支援で創立された、開発支援のためのプログラムで、スローン生も何人か所属している。

ノヴォグラッツ氏はウォールストリートの投資銀行から身を転じ、貧困問題に取り組んできた。そのきっかけはドラマチックだ。
小さいとき、青いセーターがお気に入りでいつも着ていました。でも周りの子に「あの青いセーターのやつ」って呼ばれて嫌になって、衣類リサイクルの慈善団体に寄付しました。

投資銀行に勤めていた時、アフリカに休暇に行きました。ジョギング中一息ついて、風景を眺めていると、あの青いセーターを着た子供を見つけました。驚いて駆け寄り、セーターの襟元を見ると、私の名前が縫ってあったのです!! 

この偶然きっかけで、衣類のリサイクルについて調べ始めました。すると、リサイクルの衣類によって、地元の織物産業が衰退していることを知りました。好意のために貧しい人をより貧しくしてしまっていたのです。これを知った私は、現地の貧困層が本当に暮らし向きをよくするためには何ができるかを考え、一大決心をして退職し、開発支援の世界に身を投じました。
その後氏は色々な失敗に試行錯誤しながら、ロックフェラー財団を経て創業したAcumen Fundを成長させていった。ファンドは有望な起業家に資金やノウハウを提供するマイクロファイナンスを実践していく。そこからの学びは愚直で誠実だ。
アキュメン・ファンドで学んだことは3つあります。
  • 人の心には、富よりも尊厳こそが重要である…金銭的に成功することよりも、成功そのものが重要
  • 援助や慈善行為だけでは貧困問題は解決しない…腐敗や賄賂の温床になってしまう
  • 市場(メカニズム)だけでも貧困問題は解決しない…市場に依存しすぎると、却って自体は悪化する
ファンドがうまく機能するには、ペイシェント・キャピタル(長期的・社会的リターンを目的とし、市場平均よりも低いリターンでも許容できる資本)の存在が重要で、その上で金融と社会を結びつけることが成果につながります。

ただペイシェント・キャピタルだけが全てではなく、資本には様々な性格のものがあるので、目的やプロジェクトの性質に合わせてそれらを結びつけています。そうすることで、企業からも公益団体からも資金を調達できるようになりました。

支援の現場では、現地のニーズを知った上で、使い易くわかりやすいデザインが重要です。例えば安全な水を販売するスタンドを作ったとき、IDEOのチームを招き、人々の動き方を観察して設計したところ、古いスタンドよりもより効率的に水を売れるようになっただけでなく、地元の人の利用も増えました。

現地の起業家のエネルギーと行動力を決して侮ってはいけません。アフリカの蚊帳ネット(住友化学の製品)は、マラリア予防に効果的です。この事業に投資した結果、工場は拡大し、100人、1000人と雇用を創出し、しかも最先端の工場に劣らない生産性を達成しました。

一方で地元の文化に合ったやりかたを見つけていくことも必要です。この工場では最初、中国のように従業員の女性たちを寮に住まわせました。彼女らはすぐにお金を貯めて、家に仕送りしたり、買い物を楽しんだりしました。ですがその結果、家族の男性達の面子をひどく傷つけ、暴力など事件につながることもありました。この微妙なニュアンスを、現地に入って理解しなければなりません。

貧困とは収入がないことではなく、選択の余地や自由がないことです。収入レベルを上げようと議論するよりも、実際に現地に行って、目で見ることが、何が必要かを理解する近道です。

恐れや不安から人々を解き放ち、働き、希望を持ち、心を癒すためには、イノベーションと起業家精神が重要です。ただ技術もそれ自体が問題を解決するわけではなく、現地のニーズや、そこで成り立つビジネスモデルを深く理解したうえで、技術をコミュニティと結びつけることが必要です。
ノヴォグラッツ氏は、パッションの塊というような人だった。現場に飛び込み、本当に必要なものを見極めるまで、何度失敗してもくじけない。そして、恐れを脱し、瞳に希望が燈った起業家たちの写真を、嬉しそうに紹介する姿には、心打たれるものがあった。

ただ、ここまで開発に興味を持ちつつ、そして経験するチャンスが何度かあったにも関わらず、2年間結局実地で関わることはなかった。意志はあったし不運ももちろんあるのだが、結果は結果として何故何もしなかったのか、自分の何がこの結果につながったのかを考えておきたい。ノヴォグラッツ氏のように、どんなきっかけでそちらの道に進む覚悟を決めるかわからないから。
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by flauto_sloan | 2009-04-09 20:43 | Guest Speakers
スコルニコフ教授 – 科学技術と政治
先日の日本人研究者交流会での山本教授の発表でも名前が挙がった、MITのスコルニコフ教授が「科学技術と政治が出会うとき」と題して特別講演を行った。スコルニコフ教授はアイゼンハワー大統領、ケネディ大統領、カーター大統領の3政権でホワイトハウスのアドバイザーを務めた。まさに原子爆弾、アポロ計画といった科学技術と政治の関わりを間近に見てきた人物だ。

1時間の短い講演だったので駆け足ではあったが、山本教授の講演と合わせて、科学技術政策を考えるいい機会であった。以下要旨。
  • 社会が変われば、科学技術の役割も変わっていく。「技術力を持つとは、どういう意味なのか」というシンプルな問の意味するところは、社会のかたちと共に変わりゆく。国民国家という国の形はいまだ健在なものの、国際的組織の興隆とともに時代遅れになりつつある。今後は科学技術に対する、国際的な枠組みが一層必要となる。
  • 今や国際問題は科学技術の理解なしに取り扱うことはできない。だが、科学技術それ自体が政治を決めていくことはない。核兵器でさえも、政治が核をどう扱うかを決めたのであり、核兵器が政治のあり方を定めたわけではない。
  • 科学技術と政治の関わりでは、安全保障問題が3つの分野で重要な問題である。まずは諜報分野であり、次にレーガン政権のスターウォーズ計画のような宇宙技術の分野であり、そしてサイバー戦争といったIT分野である。
    • 宇宙技術は、技術と政治が絡み合う最たるものである。有人宇宙飛行をめぐる争いでソ連がアメリカに勝ったとき、アメリカは国家教育法を1957年に制定して、科学技術教育に力を入れた。そして政府が支援する宇宙計画、アポロ計画がNASAで立ち上がった。だがここで政治は対立から協調へと転じ、1962年にケネディ大統領*1は国連とソ連に対して共同研究の提案をした。
    • ITに関しては、防衛上極めて重要な課題となっている。科学技術の性質として、巨大なシステムを発展させていくことがあり、それがテロの危険を生む。Webやグリッド・コンピューティングは巨大なシステムを作っていったが、それは悪意を持ったちょっとした行動で、大きな結果をもたらすことができてしまう*2
  • 安全保障以外の分野でも、経済についてチャールズ・ベストが「イノベーションがマントラ」となっていると言ったように、科学技術がますます重要になるとともに、競争や課題が国際的になっている。
    • 現在では、気候変動が国際政治の重要なテーマである。懐疑論がいまだ根強いだけでなく、国際的協調がないと解決できない問題だ。中国からの汚染物質は中国だけの問題ではない。エネルギー問題も石油依存からの脱却を図って研究が進むが、科学技術の進歩をどこまで実現するのかは政治的問題をはらむ。
    • 食料・農業分野では、遺伝子組み換え技術の現場への導入が遅れている。科学技術を完全に安全だと証明することはできない。利用可能な技術をどこまで取り入れるのかは、技術ではなく政治が決めるのだ。
  • 国際的な枠組みを考えたとき、最先端の科学技術の管理は大きな問題となる。現在は過剰反応をとっており、技術それ自体に悪影響が出ている分野もある。
    • MITなどアメリカの科学技術教育の現場では、アメリカの学生よりも留学生が増えている。これは重要な情報をどう管理するのか、科学技術の職業にどこまで留学生を受け入れるかという問題をはらみ、特に9.11以降はテロリストに技術を与えないことが重要な課題となっている。
    • 軍事・民事問わずあらゆる技術は漏洩されうるため、重要な技術への制限は必要なのだが、今は過剰対応となっている。アメリカ人以外が出席できない職業や会議が増えたため、商業用衛星産業のように壊滅的な打撃を受けた分野すらある。技術自体を破壊してしまっては元も子もない。
MITの航空宇宙の友人が、「宇宙という夢を追って技術に専念したくても、この世界は必ず途中で政治が顔を出してくる」と嘆いていたように、アメリカ型スピンオフの構造では特に、基礎研究から政治が非常に強く絡んでくる。日本のようなスピンオン構造だと意識することは少ないが、山本教授の講演だと、実際は色々とあるようだ。

国際的な枠組みで科学技術を取り扱うのは、国民国家を維持し続ける限り、相当に難しそうだ。インターネットの敷衍によって、国家を超えて経済や政治活動が繋がっていくと、ひょっとしたら国家のありかたが変わっていくのかもしれないが、まだその閾値には達していなさそうだ。

しかも「技術それ自体が政治を定めていくことはない」のだとしたら、インターネット(或いはほかの技術)で社会が変わっていくとしても、そのペースや範囲を定めるのも、ある日各国元首が「国民国家というかたちを捨て、世界国家を作ります」と宣言するのも、政治である。

それは正しいと思うのだが、ひょっとしたら次に起こるのは、リアルな世界がバーチャルな世界に従属して、バーチャルな世界を最適化するという社会的・経済的要請が異常に高まっての、政治革命かもしれない。その時は、技術が政治を定めることになるのかもしれない。そんな世界が安定的に存在できるのか疑問だが。

*1 教授の評では、ケネディ大統領は非常に好奇心旺盛だったという
*2 コンピューター・ウィルスや安全保障関連のシステムへの侵入など、様々なレベルでのサイバー戦争が考えられる

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by flauto_sloan | 2009-04-08 06:15 | Guest Speakers
MIT vs Facebook
気楽に楽しんでいる授業、"Web3.0"SNSについて議論した。日本ではmixiが先行者のGreeを抜き、最大の会員数を誇っているが、ここ米国では何と言ってもFacebookの勢いが凄まじい。そのFacebookに対し、MITの学生たちが面白い研究を行っている。

SNSの新たな覇者、Facebook
日本へも進出したFacebookは、アメリカの学生のほとんどがアカウントを持っており、新入生の8割がオリエンテーション前にアカウントを作り、入学する大学のコミュニティに所属したという調査もある。ハーバード在学中に立ち上げた創業者のMark Zuckerbergは、今やWebの世界で最も注目されている一人だ。

かつての覇者はMySpaceだったが、ついにFacebookがSNSの利用者数でトップに躍り出た。MySpaceはむしろ人数が減少している。ネットワーク外部性が強くはたらくSNSでは、このままMySpaceが凋落してしまう可能性もない訳ではない(ただしこれまでもユーザー数は増減しており、断言はできない)。Facebook上ではユーザーがアプリケーションを登録することができ、数多く(そして玉石混交)のデベロッパーが参画している。

MIT on Facebook
世界一の技術学校であるMITでは、FacebookはSNSとしても、研究対象としても高い関心を得ている。Facebookの"Friends"の表示を"Enemies"に変換するアドオンを開発したり、MIT・ハーバード・NYU・オクラホマ大学の4校の生徒のFacebookページをクローリングしてデータをダウンロードするプログラムを作り、7万件以上の個人データを取得したり(特にMITでの成功率は80%)と、色々な試みをしている。

そして授業で聞いた衝撃的な研究は、「Facebookで繋がっている人間関係から、隠された同性愛志向を暴く」というものだった。同性愛を暴くこと自体を主眼にしたのではなく、本人のコントロールできないところで個人情報が暴かれる可能性を示した点で、SNSに潜む恐ろしさを明らかにした。

Facebookには、"Interested in"という男性と女性のどちらに性的関心を持っているかを書く欄がある。男性が「女性」としていれば異性愛者だし、「男性」としていれば同性愛者だ。「何でも」という選択肢もあるが。この欄は公開にも非公開にもできるので、同性愛者の中には、オープンにしている人もいれば、隠している人もいる。

そして、友人の繋がり=ネットワーク情報から、ある個人を中心としてどのようなネットワークが広がっているのかを分析することができる。友達の友達の友達・・・と繋げて、網の目のように複雑なネットワークを図示すると、同性愛者がある区画に偏在する。同性愛者のコミュニティで友達を持つからだ。

色々な分析手法を用いると、ある人が「友人」たちの性的関心と関係の強さから、同性愛志向を持っていても隠していることを暴くことができるという。この研究では、90%以上という高い確率で「暴いた」という。

研究対象を同性愛者にしたため、政治的正しさの面で批判を受ける可能性はあるが、この研究成果の意味合いは大きい。本人が知らないところで、公開すらしていない個人情報を悪用される可能性があるからだ。

例えばある企業が同性愛者、特定の人種、思想などで採用差別をしようとした時、Facebookを用いて志願者が差別対象かどうかを知ることがありうると実証したのだ。しかも、本人がその情報を公開していなくても。

自分のプライバシーを自分で守る*、それすらも叶わぬ理想でしかないのかもしれない

* Mixiでもプライバシーに関しては数多くの事件が起こり、日本人のプライバシー漏洩への恐怖感の高さ(と個人情報保護法に関わる狂騒)から、いまや本名を載せている人は少ない。セキュリティシステムや登録項目が異なるので、Facebookと同じ分析が可能かはわからない
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by flauto_sloan | 2009-04-06 22:36 | MIT文化
チーム・ペリカン
いよいよ最終学期の後半に入ったので、オリエンテーションの時にチーム・ペリカンと名づけられたコアチームでランチを一緒に食べた。私のコアチームは非常に仲がよく、折に触れ一緒にランチをするのだが、聞けばここまで仲のいいチームもそうはないらしい。

勉強面では必ずしもベストな組み合わせではなかったのかもしれないが、勉強よりも連帯意識を強めた結果、今でもこうして集まって、身の回りのことや将来のことを話せる仲になった。ケネディのチームとはまた一味違う、いつでも気楽に立ち戻れる母港のような感覚だ。

知らない間にチームの一人が恋人と別れてクラスメートと付き合っていたり、子育ての苦労話に花が開いたり、こうして家族ぐるみの付き合いになっていくのだろう。

卒業したら、ボストン、シリコンバレー、チリ、日本、ドバイと世界中に散らばってしまう。テクノロジーのお陰で、地理的距離ほどに心的距離は離れずに済む。彼らは、社会に戻って辛いことがあるときでも、ふと立ち戻れる母港であり続けるだろうし、私も彼らを迎え入れ続けたい。
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by flauto_sloan | 2009-04-01 22:22 | 交友
Israel Trek (9/9) - ユダヤ人
10日間をイスラエルで過ごし、ユダヤ人のルームメイトと色々に話して、ユダヤ人について、ある一面かもしれないが知ることができた。この経験だけでユダヤ人論を書くほど浅はかではないが、いくつか気づいた点を書き残しておく。
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ユダヤ教と科学
ルームメイトのマイクはMITで学部も出たエンジニアである。同時に、神を信じ、ユダヤ教の613の戒律に従って生きるユダヤ教徒である(正統派ではないが)。彼に「科学を学んでいると、ユダヤ教の世界観と矛盾することもあるだろう。どうやってその矛盾に折り合いをつけているのか」と聞いた。彼の答はこうだった。
「科学が解明し、役立とうとしているのは、『物質的世界』だ。この中で科学は体系を持ち、調和をとっている。一方、ユダヤ教が唱え、僕がいつも従っているのは、『精神的世界』といえるものだ。この世界の中ではユダヤ教が秩序を与えている。
この二つの世界を意図的に自分の中に並存させている。敢えて矛盾させようとはせず、それぞれ別のものと割り切って考えている」
また、シャバトと呼ばれる安息日(金曜から土曜にかけて)には、ユダヤ人によるビジネスはお休みである。あらゆる労働をしてはならないからだ。エレベーターのボタンを押すことも禁じられているので、ホテルだとシャバト・エレベーターという各階止まりが存在する。それを見た私は、またも不躾な質問をした。「戒律も時代に合わなくなったものや、非効率しか与えないものがあるだろう。新しい戒律を加えたり、変えようとはしないのか」という問への答はこうだった。
「もともと戒律は時代に合わせて追加していった。だから613もの多さになったんだ。今はもうこの数で固定していて、確かに中にはもう時代に合わないものがあるかもしれない。だが戒律は戒律だから、それを守った上でできるだけ時代に合わせていくしかない。このシャバト・エレベーターなんて、まさに時代に合わせたいい例だよ。
それに、細菌が見つかる何百年も前から、『食事の前には手を洗わねばならない』という戒律があった。皆ただ従っていただけだったけれども、それが実は意味のあることだと後にわかった。何が意味があるかなんて、なかなかわかりはしないものさ。」
莉恵さんのブログにもあり、私も興味を持っていた質問、「なぜユダヤ人はハイテクや教育分野で活躍しているのか」については、やはり同じ答えだった。
「結局誰にも奪えないのが、頭の中と心の中だけなのさ。僕の育ったベラルーシでも、ナチスによって強制移住させられ、無人となった村が近くにあった。あれは本当に恐ろしかった。どんな状況でも、最後まで持っていけ、信じられるのは自分しかない。だから知識や技術と、それを学ぶための教育に力を入れるしかない。
それにユダヤ人は欧米だとどうしても差別され、主要な職業には就けなかった。だから知的産業でも科学技術や学問といった実力勝負の世界か、傍流の仕事を選んでいくのは自然だった。投資銀行なんてもともと、主流の商業銀行に入れなかったユダヤ人が始めた、傍流の仕事だよ」
他にも色々と話したのだが、お互いに純粋な好奇心からの質問だったので、非常に面白かった。マイクが特に頭がよく物知りだったこともあり、ユダヤ人をより深く知った結果、かなりの親しみを持つようになった。

連日連夜のパーティー
イスラエル・トレック中に驚いたユダヤ人のもう一つの顔は、パーティー好きの顔だ。旅行中はほぼ毎晩クラブへ出かけ、飲み、踊る。私はもともとクラブがどうしても苦手なので、途中で帰ってきてしまったのだが、あのエネルギーはすごい。聞けばテルアビブはクラブが数多くあり、イスラエル人は高校生くらいからクラブ通いを始めるらしい(サンプルが偏った可能性高し)。
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最後の夜は、クラブではなくオーガーナザーのアミットのセカンドハウスでパーティーを行った。海に面した美しい別荘でのバーベキュー・パーティーだ。ホロコーストを生き延びたおばあさん、中東戦争を生き延びた父親を持つ彼の家は、生と死とが近く、それゆえに生きるための力を小さいうちから教え込んだそうだ。父親は空軍退役後にベンチャーキャピタルを興し成功し、いまこうして46人の息子の同級生を別荘に迎えて、イスラエルを最後まで楽しんでもらおうとしている。
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ここで生まれた友情や相互理解が、悲惨な経験をまだ知らない次世代のイスラエル人の原動力となるのだろう。

多様な自然、起業家精神旺盛な経済、強固な軍事力、そして全てを貫く宗教と歴史。10日間と短い間ではあったが、この上なく濃密で学びの多いイスラエル・トレックだった。
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by flauto_sloan | 2009-03-27 23:44 | Japan/Israel Trek
Israel Trek (8/9) - ガラリヤ海と死海
c0131701_23372989.jpgイスラエルの北には、イスラエルの水瓶であるガラリヤ海(湖)があり、南には有名な死海がある。同じ海といっても、一方は緑豊かな地域の住んだ湖であり、もう一方は砂漠の低地にある塩分の濃い湖だ。

ガラリヤ湖を愉しむ
イエスを一度裏切ったものの、悔い改めて教会を建て、初代法王となった使徒ペテロ。彼が漁師として住んでいたのがガラリヤ湖であり、イエスが現れて湖面を渡った奇蹟の地でもある。ペテロが生きていた頃の漁師の家の遺構が発掘され、その家を見ると漁師ペテロの存在を強く感じる。
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湖に面して、タイベリア(ティベリア)という街がある。ここは初めてユダヤ教の重要な文献が書かれた地で、ユダヤ人にとっても重要な街だそうだ。今は美しい湖を望む保養地として、土産物屋が立ち並ぶ。
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我々の泊まったホテルは、スコッチ・ホテルという有名なホテルで、かつてスコットランド人が所有していた病院を改築したものだ。ヨーロッパの古城のような趣で、非常に美しい。食事も美味しく、散歩をしていても楽しい、素晴らしいホテルだった。
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死海に浮かぶ
イスラエルとヨルダンの国境にある死海は、両国への観光では欠かせない名所だ。標高マイナス400m以下という低地にあり、塩分濃度が高いため海水の比重が大きく、人間がやすやすと浮いてしまう。
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横になると、ウォーターベッドに寝ているかのようにぷかりと浮く。他ではできない感覚で、不思議としかいいようがない。このために持ってきたEconomistを読みながら寛いでいる姿を写真に納めた。女の子が浮かびながらMITの人文字を作ったり*、浮かびながら集合写真を撮ったりと、のんびり楽しんだ。
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死海の塩を使った化粧品が名高いように、この水は肌によいらしく、浸かっていると肌がすべすべしてくる。だがその塩分は強烈で、口に入ると苦い。しょっぱいと知覚できる濃度を超えているのだ。小さな傷でも沁みるので、前日から髭などの毛は剃らないように注意する。湖底は塩の結晶なので、ビーチサンダルを履いて歩かないと、わざわざ沁みる傷を足の裏に作ることになる。目に入るともう悲惨で、全く目を開けられなくなる。ビーチまで戻って水で洗い流さねばならない。

翌朝は早起きして、マイクと朝日を見にビーチへ向かった。砂漠の向こうから昇る朝日が美しい。
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ちょうど日本からキリスト教徒のグループが死海にきていたらしく、日本人女性が一人朝日を見に来ていた。他の地域でも日本人のグループを見かけたが、ほとんどがキリスト教徒が教会単位で来ていた。やはり日本にとってのイスラエルの位置づけは、キリスト教の聖地なのだろうか。その接点と認識の少なさが、ユダヤ人をして「日本人はユダヤ人差別をしない」という好意的評価に結果的に繋がっている。これ自体はいい関係なので、損ねないようにしたいものだ。

二つの対照的な海が、イスラエルの風土の豊かさを実感させた。

* スローン生の水着姿を見る数少ない機会でもある
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by flauto_sloan | 2009-03-26 23:29 | Japan/Israel Trek
Israel Trek (3/9) - ペレス大統領: 難しい平和を追い求める
c0131701_4145650.jpgイスラエル立法府のクネセトにて、シモン・ペレス大統領に謁見した。中東和平に対する1994年のノーベル平和賞受賞者であり、パレスチナとの共存を進める左派である。2年前に84歳にて大統領に就任し、左右のバランスが難しいイスラエルの国政を執っている。

今回はスタンフォードGSBのイスラエル・トレックとの共同訪問であり、事前に選んだこちら側の質問に対し、大統領に答えてもらう形式をとった。スローンからは2名が質問したのだが、うち一人はレバノン系アメリカ人であり、アラブ側からの視点からの質問は勇気があり、かつ非常に深いものであった。
世界は善意を礎とすることも、また叩き潰すこともできる。パレスチナ人に居続けてよいと言えばよい。だが独裁者はいらない。モラルが失われれば、イスラエル人を殺せと煽るからだ。

イスラム社会は近代化と伝統の間で揺れ動き、女性などの差別や、科学技術への懐疑が助長されている。視野を広げ、差別ではなく創造に力を注ぐべきだ。ヒズボラが指導するレバノンや、ハマスが第一党のガザは、テロリストによる専制であり、そこの人々が求めている以上の過激な目標を掲げている。ガザやレバノンの未来のため、人々が自分自身で平和を得るために、違いを許容し民主主義をもたらすために、介入する必要があった。

60年のイスラエルの歴史は、奇蹟であった。国家を樹立し、ヘブライ語を復活させた。また戦争に一度でも大敗していたら、今のイスラエルはなかっただろう。戦争をするために国を創ったのではないが、ほかに選択肢はなかった。水も土地も油田も人材も持たなかったイスラエルは、生き延びるために農業とハイテクに特化し、いまや小国ながら大きな可能性を秘めた国となった。世界102カ国からユダヤ人が移り住み、不安定な社会でありながら、ハイテクではイノベーションを繰り返し、またエネルギー、水資源管理、安全保障などの新分野では大きなプレゼンスを持っている。

我々にとって重要なのは歴史であり、失敗することを学び、失敗から学びを得ることが、将来を学ぶために重要だ。構造的に見えていなかったものは何だったのかを知らねば、同じ過ちを繰り返す。我々はこの先がどうなるのかを全く知らないが、科学技術は社会を変え、対立をも変える力を持っており、そこへ力と時間を注ぐことは前進するための基となる。

そのために教育は重要であり、より賢く豊かな国民を育てなければならない。記憶を礎とし、過去を正しく扱えるようになって、はじめて自らを築くことができる。変化は若く賢い世代が生み出す。そのために、学ぶことへの投資は惜しまず、世界の将来像が見える人材を育てたい。

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イスラエルへの批判は強く、アメリカとイスラエルこそがならず者国家だと言う人もいる。誰々が悪い、と言うことは容易いが、ことは複雑であり、糾弾が解決するものは僅かだ。重要なのは何を解決しなければならないかであり、そのために相手をどう理解するかにある。

ペレス大統領の、思慮深い哲学的な一句一句は、その難しさと重要さを痛いほどに理解している深さがある。レバノン人の友人を含め、みな感銘を受けていた。ノーベル賞を受賞した他の二人はすでにこの世にいない。あの前進を記憶し、最後まで平和に向けて戦い続けている高齢の大統領は、イスラエルの精神的支柱であり、この中東に必要な人材なのだろう。

握手をした大統領の手は非常に柔らかかった。

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by flauto_sloan | 2009-03-21 22:36 | Japan/Israel Trek
Israel Trek (2/9) - 聖地エルサレム
イスラエル探訪は、聖地エルサレムから始まった。
エルサレムでは、宗教と歴史が複雑に入り組み、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教が積み重なっている。ユダヤ人は、メシアがオリーブの丘から現れ、人々を救うと信じている。その時に一刻でも早く復活できるよう、丘に墓地を築いている。
彼らにとって、オリーブの丘からやってきたイエスはメシアではなく、未だに「真の」メシアを待ち続けている。待ち続けねばならないから、去ることもできない。
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そのイスラエルは、アブラハムが息子イサクを生贄にしようとして、神に信仰を認められた地であり、キリストが磔刑に処せられた場所であり、イスラム教も聖地と定めた地である。3つの宗教が時間的にも物理的にも積み重なり、それぞれの思いが複雑に交差している。イスラム教徒が建てた岩のドームは、このイサクの生贄の為の岩があったとされる、ユダヤ教の最も神聖な地に建てられている。
イスラム教徒にとっては、ユダヤ人の預言者も、キリストも皆預言者であり、最後の預言者がムハンマドであり、歴史も宗教も2宗教に上書きしている。それが物理的に象徴的に表されているのが、このエルサレムであり岩のドームなのだ。
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嘆きの壁(西壁)には、いつもユダヤ人達が列をなし祈りを捧げている。私のような異教徒も、神に対して頭を隠すため、簡易キッパをかぶらねばならない。

普通の観光客は壁に祈りを捧げるだけだが、ユダヤ人マイクが壁の脇にある礼拝所に案内してくれた。全身黒い服を着た超正統派ユダヤ教徒が、トラーという聖書を巻物で読み、祈りを捧げている。人数が揃わないと祈れないため、グループ待ちの人々は書物を読んで教義について研究している。

超正統派ユダヤ教徒の男性は仕事をしないそうだ。教義の研究をするためであり、また「生めよ、増えよ、地を満たせ」で子沢山だ。母親が働いたとしても、裕福な暮らしはできない。だがユダヤ人のコミュニティは互恵精神が高く、社会福祉が彼らをサポートする。ウォールストリートやフロリダのユダヤ人からもお金が送られてくる。
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キリストがゴルゴタの丘に向かって十字架を背負いながら歩いた道は、今や雑然とし土産物屋が立ち並ぶ。エルサレムの城内は4つの区画に分けられ、ユダヤ教徒、イスラム教徒、キリスト教徒、アルメニア人キリスト教徒とが住み分けている。それぞれの区画では雰囲気が全く異なり、この道はイスラム教徒の区画にある。改めて、政治的な領有と、宗教上の位置づけとが複雑に絡まりあっているのを実感する。
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キリストが磔刑にあったゴルゴタの地に建てられたとされる、聖墳墓教会には、世界中のキリスト教徒が巡礼する。訪れた日も、コプト正教会の司祭が公祈祷を行っていた*2
教会内にあるキリストの石墓には、キリスト教徒が列をなしていた。ちょうどドームの窓から差し込む光が神々しい。
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あいにく今回の参加者には、人種・宗教を問わず信心深い人がいなかった。ガイドが宗教上の意味合いを説明しても、みな「そういえば聖書で読んだ気がする」という反応。口々に「エルサレムに来るなら、事前に旧約聖書と新約聖書を読んでくればよかった」と残念がっていた。

信心に関係なく楽しめるのが、城外にある市場だ。色とりどりの香辛料や、新鮮な魚、地中海の果物が賑やかに並べられている。ある女性はスカーフを買うために値切り交渉をして、8割引にしたと喜んでいた。戦利品を見て値段を聞いたガイドは「・・・ふぅん」と意味深な反応。やはり中東の交渉はタフだということか。
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エルサレムはイスラエルの「自称」首都であり、国際的には認められていない。クネセトと呼ばれる議会もあるが、各国の大使館は見做し首都のテル・アビブに置かれている。
長い歴史と宗教的背景とから、「聖地」としての位置づけすら国際的に合意が難しいのに、「首都」の役割まで認められるのは難しいのだろうか。ラクダの向こうの岩のドームを見ながら、そんなことを考えた。
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*1 キブツ出身のイスラエル人ガイドのシャナイが語る宗教観は、ユダヤ人としての視点でありつつ、バランスを取っていてわかり易い。今回得た情報の多くは彼経由なので、学問的中立性は担保しない
*2 宗教史に明るくなかった私は、次々に挙げられるキリスト教の宗派の数と、それらが複雑に思惑を交差させるこの教会に圧倒されてしまった

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by flauto_sloan | 2009-03-20 14:39 | Japan/Israel Trek