MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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Sailing
私の会社のボストンオフィスからメールが届き、Sloanに社費で来ている社員、およびサマージョブ(学生に内定を出す前に、2ヶ月ほど仕事を経験させること)参加者で懇親会を行うということでしたので、行って来ました。

場所はロードアイランド州の、Newportというリゾート地で、ちょうどボストンとNYの中間くらいの小さな港町でした。Sloan生の参加者は30人ほどで、日本人は私とkonpeさんと、サマージョブ参加の2年生の3人でした。Sloanの一年生も私を含め5人が参加しました。

クラムチャウダーの有名なレストランでランチをとり、ボストンオフィスの人やSloan在学中の他の生徒(多くはラテン諸国)と談笑。シーフードの美味しいレストランの話から、日本の公定歩合引き上げについてまで硬軟様々な話題でした。

c0131701_2224350.jpgさらにバスで移動すると、メインイベント会場であるハーバーに到着。4人ずつ12チームに分かれて、ヨットレースを開催しました。さすがに負けず嫌いの集まった会社だけあり、みな真剣です。
うちのチームは地元のヨット乗りのおじさんがskipper(キャプテンのようなもの)で加わり、セイリングのライセンスを持つイタリア人の2年生と、初セイリングのベルギー人の2年生と私でした。

風がちょうどよく吹いていたこともあり、ヨットは結構なスピードを出して快走… と思いきや、一時はコントロールを失い、すわ転覆かという冷や汗の瞬間もありました。海水がボートの中に入るほど傾いたときは、何せ初めてのことだけあり、かなり怖いものがありました。

後半はペースを取り戻し、順位を徐々に上げていき、最終的にはちょうど中間の6位でした。konpeさんのチームは、昔トレーニングを一緒に受けたボストンオフィスの友人が特別参加でskipperをやり(高校時代からセイリングをやっていたらしい)、見事2位を取っていました。

チームが一丸となって、それぞれの職分を責任を持って果たし、予想外の環境変化に対処しつつ、ゴールに向かって走る。自然と連帯感と信頼がチームに生まれ、非常に楽しいセイリングでした。
社員だけではなく内定者の人たちも、会話やこのセイリングによって弊社とのつながりを強く感じてくれたのではないでしょうか。来年以降も(セイリングとは限りませんが)あるということで、楽しみです。
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by flauto_sloan | 2007-09-08 23:37 | 交友
Registration Day
昨日はRegistration Dayでした。
つまるところ入学式なのですが、こちらはひっそりと、入学同意書にサインをして終わりでした。
卒業式(Commencement)はガウンを着て派手にやるのですが、入るのは地味に。
日本だと入学試験が大変なので、入学式が華々しいのですが、こちらは卒業が大変なので卒業式が派手なのでしょうかね。

さっそく"Communication for managers"の授業(といってもガイダンス程度)があり、自己紹介とケーススタディを軽くやりました。
トリニダード出身のクラスメートが、これまで30回も転職したらしく(というよりも、余計なことを言ってクビになり続け)、
「俺は新しい仕事を見つけるプロだから、職探しのときは何でも聞いてくれ」
「あと、何を言っちゃあいけないのかも、知りたかったら聞いてくれ」
と話したのが面白かったです。
MIT Sloanはとにかく "something different" なものを持つ人を好む(これはMITのカルチャーでしょうが)ため、様々な面々がいて楽しいです。

そんな面々と、夕方からはC-functionと呼ばれる飲み会。
これは経済学の consumption function (消費係数)になぞらえて、ビールを消費しまくろう、という趣旨で名づけられた、MIT Sloanの公式(?)飲み会です。

1970年代にSloanを卒業し、その後ずっと米国で働いている女性もいらして、色々と興味深いお話をお伺いしました。
その後は韓国人と喋ったり、インド人たちとなぜすぐに転職するのかなどを話しているうちに、すっかり酔っ払い、部屋に帰るといつの間にか寝てしまいました。

こうして、初日は平和に過ぎ去ったのでありました。
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by flauto_sloan | 2007-09-05 21:10 | MITでの学び(MBA)
オリエンテーション
盛りだくさんだったオリエンテーションが終わりました。水曜にはWarrren Centerという、ボストン郊外のNortheastern大学の教育施設に行き、体を使いながらチームワークを学び、木曜にはホテルにてNikeのコンプライアンス担当役員の方のレクチャーでグローバル化の陥穽を議論し、続けてBeer Gameと呼ばれるsystem dynamicsの教材ゲームでは社会的なシステム・構造が個人の意思決定に与える影響を学びました。

Warren Center
c0131701_14551395.jpg今後特に半年間を密に過ごすコアチーム”Pelican”のお互いをよく知り、ハイパフォーマンスなチームを作るため、コアチームで一日を共に過ごし、4つのアクティビティを行いました。
アクティビティではうちのチームは失敗を色々としましたが、お互いに赦し合い、さらになぜ失敗が起きたのか、どうすれば回避できたのかを議論し、学ぶ前向きな環境が築けました。チーム内で、どうすればよりよいチームを築けるのかの議論で、優れたチームにするために必要な二つの主要素があるという結論になりました。その二つは "Supportiveness""Openness"です。これはチームワークに関する研究でも同じ結論が出たそうです。

Supportiveness: お互いにお互いを扶け、リスクを取って成長する機会を与え、成功するための支援を惜しまない。そのようなsupportivenessがあって始めて、お互いを高めあえるチームになります。私のいたコンサルティング会社でも、世界中のどこから問い合わせが来てもサポートする、相互扶助の精神があり、そのために各プロジェクトチームが上手く機能していました。

Openness: ともすれば人にものを尋ねる、お願いをするというのは、プライドが邪魔をしてなかなか素直にできません。また、尋ねても偏狭な相手だったり、他人と知見を共有するのを厭う人だったりすると、何も得るものがありません。やはり優れたチームには、お互いが躊躇せずに質問をし合い、意見を述べ合える環境と(明示的でなくとも)合意が必要です。

また、アクティビティを通じてのフィードバックをお互いにし、巧遅は拙速に如かずという孫子の言を思い出しました。残念ながら、私へのフィードバックは会社のトレーニング等でいつも言われることと変わらず、もっと成長しなければという焦燥感が生まれました。「ひとたび何かを言ったりやったりすると、正確かつ優秀な結果を出すのだから、もっと早く積極的に発言したり行動したりすべきだ」というものでした。どうも英語環境だと、ちょっと傍観しがちです。やはりここはリスクをどんどん取って、正確性を下げてでも行動を早めなければなりません。まさに拙速です。


Beer Game
オリエンテーション最終日の木曜は、GMがスポンサーでOperationsのJ. Sterman 教授が教鞭を取り、いかにシステム(構造、立場、それらを結び付ける仕組み)によって人の意思決定が決まってくるのかを実践しました。
サプライチェーン上の4つの役割(小売、卸、物流、工場)にチームが分かれ、消費者の需要を見ながらビールを生産し、いかに在庫と欠品を最小化するかというゲームでした。結果は会場の43チームのほぼ全てで同じであり、サプライチェーンのどこかで(量にこそ差はあれ)莫大な在庫を抱えるか、大幅な欠品が生じました。その在庫/欠品量は周期的で、サプライチェーンの下流に行く程周期が遅れ、振幅が増大します。
この現象自体はかなり理論で説明がつくことであり、私が関わってきた半導体業界ではシリコン・サイクル*としてよく知られている現象でもあります。ただそこからの意味合い出しが教授の妙でした。

c0131701_1456047.jpg能力・地位の多少に関わらず、どの役割でどのような環境にあるのか、つまりどのようなシステムに置かれているのかで、人の行動は自ずと決まってきます。多くの人は自分の置かれている状況を客観的に多面的に見ることができないために、自分の行動が引き起こす結果や副作用(得てして悲劇)を予期できず、結果が起きてからは「これは自分の所為ではない」と訴えます。その通り行動はシステムで実際は規定されているのですが、それに気づかないと、ある自分に不利益な行動をした人に対して、反感を持ってしまいます。そしてそこに肌の色、人種、宗教といった違いが介在すると、差別へと繋がるのです。
教授はアブグレイブの拘置所で米兵がイラク人捕虜を虐待した例を取り上げ、いかに人がある(誤った)システムの中に置かれると、愚かなことでもしてしまうのかを訴えました。

個々人の感情、経験、思想は様々でも、システムによって結果は決まってくる。為政者の施策・法・コミュニケーションで臣下・人民の行動が決まる、と解く韓非子に心酔していた私には、非常に納得のいく、意味深い教授のメッセージでした。非常に面白く、素晴らしい講義でした。


いよいよ来週からは授業が始まります。忙しくなるのでしょうが、気心の知れたチームと共に乗り越えられるでしょう。楽しみです。


* 半導体業界が数年周期で市場が浮沈すること。また、半導体市場に比べ、下流である半導体素材業界、半導体製造装置業界の方が市場の振幅は大きく、位相もずれる(装置のほうが半導体市場を先取りする)
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by flauto_sloan | 2007-09-01 23:47 | MITでの学び(MBA)
MIT Songs
MITの新入生には、”How to Get Around MIT”という冊子が配られます。MITで学び、生活するうえでの様々な注意事項やアドバイスが載っているのですが、巻末に非常に面白いものがあったのでご紹介をば。
学部生の間で唄い継がれている歌です。バーのある寮もあるので、そこではきっとビール片手に唄っているのでしょう。そんな中から二つほど抜粋。


The Engineers’ Drinking Song (Lady Godiva)
Godiva was a lady who through Coventry did ride
To show the royal villagers her fair and pure white hide.
The most observant man of all, an engineer of course,
Was the only man who noticed that Godiva rode a horse.

(Chorus)
We are, we are, we are, we are, we are the engineers.
We can, we can, we can, we can demolish forty beers.
Drink rum, drink rum, drink rum all day and come along with us.
For we don’t give a damn for any old man who don’t give a damn for us!

She said “I’ve come a long, long way, and I shall go as far
With the man who takes me from this horse and leads me to a bar.”
The men who took her from her steed and lead her to her beer
Were a bleary eyed surveyor and a drunken engineer.

(概訳)
ゴディバ夫人はコヴェントリーを馬に乗っていた
領民に誠実さと白い肌を見せるために*1
一番観察眼が鋭い男、言うまでもなくエンジニア、
彼だけはしっかりと確認していた – ゴディバが馬に乗っていることを

我ら、我ら、我ら、我ら、我らこそはエンジニア
我ら、我ら、我ら、我ら、我らにゃビール40杯くらい軽いや
ラムを、ラムを、ラムを日がな一日飲んで一緒にいようぜ
どうせ誰も気にしちゃいないさ

彼女が「ずっとずっと乗ってきたから、どなたか馬から下ろしてバーへ連れて行って」と言ったところ
馬から下ろしてビールに誘ったのは
しょぼしょぼな目の測量士とぐでんぐでんのエンジニアさ

こんなのがずっと続く歌です


M.I.T. (To the tune of “Let It Be”)
When I find myself in times of trouble,
Charles Vest*2 comes to me,
Speaking words of wisdom: MIT.
And now I find I’m losing
What’s remaining of my sanity.
I’m told that that’s expected: MIT.
MIT, MIT, what have you done to me?
I think that I’m OD’ing; too much technology.

And even though the night is cloudy
There’s a light that shines to me.
It must be a laser: MIT.
And if the light proves dangerous
I’ll go to the infirmary
Provided it is open: MIT.
MIT, MIT, computer running free
Athena’s*3 at the stem of everything I see

I wake up to the sound of lectures
Some professor’s telling me
Du/dh = BS –du(dt)

Although the course seems difficult
The catalogue says it’s elementary
Everything’s so simple: MIT.
MIT, MIT, you weren’t true to me.
You promised me an education, and gave me misery.

And when I’m doing a problem set
I find they’re all too hard for me.
There will be an answer: MIT.
I’ll go and threaten the tool next door
And he will do them all for me.
Cheating is so simple: MIT.
MIT, MIT, I’m as desperate as can be
If a B’s a bit too much I’ll settle for a C.

I gaze at the towering building
And emotion sweeps all over me,
Standing on the campus: MIT.
How many times I’ve thought of jumping
From the building that I see*4.
That is not the answer: MIT.
MIT, MIT, you don’t agree with me.
A dome is not a home: MIT.

ビートルズの"Let It Be"の替え歌です。
訳は省略しますが、悲哀が滲み出ていますね…
こんな歌を作るあたりもオタク(Nerd)文化のMITらしい…


*1 ゴディバ夫人(チョコレートのブランドの由来でもある)の故事より。重税に悩むコヴェントリーの領民を救うべく、ゴディバ夫人が領主である夫に負担を軽くするよう求めたところ、夫に「裸で馬に乗って領内を周ったら考えてやる」と言われたため、実際に裸で街を周った、というもの。領民は感動して皆家にこもり窓を閉めて夫人を見なかったが、ただ一人ピーピング・トムという男が覗き見をし、天罰を受けて失明したとされる(歌に出てくる測量士のことだと思われる)
*2 1990年から2004年までのMIT学長
*3 MITが開発し、校内で実験しているネットワーク・システムの名称
*4 MITは不幸にも全米トップクラスの自殺率で知られています。この冊子にも、生徒がバーンアウトしないための心構えや、メンタルヘルスのサポートについて詳細かつ豊富に載せています

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by flauto_sloan | 2007-08-24 23:53 | 音楽・芸術
International Food Party
8月7日からの2週間弱、Communication and Culture Workshop (CCW) という、米国滞在経験の無い、もしくは少ない留学生向けのオリエンテーションがありました。ここでは異文化によるコミュニケーションギャップとその埋め方を皆で議論し、同時にビジネススクールで基本となるグループワークやケーススタディを実践し、9月からのコアタームへの準備を行いました。

この2週間のCCWでの学びは、クラスの中で自分が貢献できる分野を知ったことでした。ですがこの学びは別トピックで書き留めることにします。

CCW最終日だった木曜の夜に、CCW参加者で “International Food Party” を行いました。クラスメートがそれぞれの国の料理やお酒を持ち寄り、みんなで騒ぐ、というものです。もとはMIT生協のフードコートでのランチ中に、みなで日本食(もどき)、中華(もどき)、イタリアン(のアメリカ風)を食べながら、「それぞれの国のauthenticな料理を持ち寄ったら、面白いよね」という話になったことから始まりました。そこから、じゃあ場所はどこがいいか、せっかくだからクラス全員に呼びかけよう、と話が進み、ミゲルというクラスメートがリーダーになって、このIFPが企画されました。

会場には、施設の新しさ、共有キッチンの存在、アルコール許可の多目的スペースの広さで、我が寮Sidney-Pacificが選ばれました。

c0131701_13571734.jpgちょうど同じ寮なので、私は味噌汁を鍋一杯に作ることにしました。スープ類は遠くから運ぶことが難しく、また運んでも冷めやすいので、寮生である私が作るのに適していると考えたためです。さらに、作るのが簡単で美味しい。
幸い近くの韓国食材店で味噌とわかめを手に入れ、スーパーで豆腐と葱(こっちの葱は白い部分が少ないので多目に買いました)を購入し、鰹節でしっかりと出汁をとって豆腐の味噌汁を作りました。


夜7時に宴が始まると、徐々に人が増えていき、最終的には部屋から溢れるほど。60人のCCW参加者の大半が来た上に、Significant Others (同伴者)や子供も来たため、大賑わいでした。料理は手まり寿司、お好み焼き、チジミ、ブルコギ、水餃子、ロシア風ラビオリ、メキシコのチーズパン、レバノン風ちまき、ダール豆のカレー、トルコのケーキなど盛り沢山。お酒も日本酒、焼酎、マッコリ、ウォッカ、コロンビアの”Fire water”という蒸留酒、メキシコのビール(塩、ライム、タバスコを入れる)などなど、まさにグローバル。ロシア勢とラテン勢が強いお酒を一気し続け、私も時折混ざっては強烈な酒精に喉を焼きました。

私の味噌汁は好評だったのですが、二回ほどおたまがロシア勢に奪われてしまい(彼らはラビオリを掬うためのおたまを持参しなかった) 、「美味しいそうだけど飲めない…」と言う人がいるうちに、段々と冷めていってしまいました… 残念。でも最終的には、みんなに喜んでもらえました(北方領土と異なり、おたまは奪還できました)。

c0131701_13544350.jpg宴も盛りのころ、巨体のロシア人セルゲイが「静粛に!」と号令を発すると、企画をしたミゲルがスピーチ。みんな来てくれてありがとう云々と話していると、突然、
「今日は実は僕の25歳の誕生日なんだ。ケーキを買ってきたのでみんな食べて欲しい」
と告白。みんなで大喝采で “Happy birthday” を歌い、ミゲルの顔にケーキのクリームを塗りたくってお祝いしました。
それにしても、もともと水曜に予定されていたこのパーティーを、会場がとれないと木曜にわざわざ延期して、自分で盛大な誕生パーティーにしてしまうとは、ミゲル、なかなかの策士でした。


度重なる一気や、大勢の人々の熱気で、少しずつ疲れを見せる人が現れ、10時過ぎには大分人が減ってしまいました。ただ、敗退していくアジア勢に比べ、ラテン勢の元気なこと。彼らは一晩中でも飲める勢いでした。日本勢は子連れの家族が多かったこともあり、比較的早く前線縮小。寮なので帰り道の心配がなかった私も、11時ごろには顔を真っ赤にして、ふらふらしながら退散しました。

c0131701_13555414.jpgやっぱり仲良くなるには、アルコールが効きます! これは世界の真理らしいです。
ウォッカの一気のとき、セルゲイが言っていました。
“We are all different, but we are all together!”

こんな仲間たちとの、楽しい2年間が始まりそうです。
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by flauto_sloan | 2007-08-19 16:20 | 交友