MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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新しい選挙戦 - David Plouffe
オバマ大統領の選挙参謀、David Plouffe氏がJFK Forumにて講演をした。オバマ氏の講演を聞くため登録して以来、彼から毎日のようにメールが届いていたので、なんだか親近感が沸く。若くしてあの大接戦を勝利に導いた参謀を一目見ようと、ケネディへ向かった。

機を逃さず、臨機応変に
プロフェ氏が語る勝因は、まずオバマ氏自身の魅力、素早い学習と臨機応変な対応、そして草の根運動とテクノロジーへの信頼だった。
今回の選挙戦略は革命的だといわれたが、いつまでも機能するモデルではない。そもそもバラク・オバマという人間への根源的な興味・関心が大きかったことがまず成功の要因だ。彼の魅力が中心になければ、ウェブなどのテクノロジーは意味がなかった。彼がChangeと訴えるのは、まさに “right message by right person” だったのだ。

オバマ陣営は、実績と知名度で圧倒的だったヒラリー陣営に対抗するには、早い勝利を挙げねばならず、それは極めて難しい道だった。大票田で勝利すれば政治的に力をもてるが、選挙戦に生き残るために指名候補を稼ぐことにした。そして、緒戦のアイオワなどの州に多くの資金をつぎ込み、ヘッドスタートを切ろうとした。

その結果から学んだことは大きく、すぐに戦略を修正した。アイオワなど緒戦の州では、「もし私がオバマを助けなければ、彼は勝てない」と人々が信じたから、無党派層が選挙に向かい、オバマに投票した。そこで実際に投票する有権者のパイを増やし、増えた分がオバマ支持者となるように草の根運動の拡大に力を注いだ。

草の根運動で人々が新しい問題を議論していったことが、「Change」という言葉に力を持たせた。Webなど新しいテクノロジーを利用した運動は、多くが実験的だったが、どんなものも歓迎した。新しい支持者が周りの人に、米国が抱える難しい問題について話し始めていった。だがその問題は、中絶容認といった古い問題ではなく、教育やエネルギーといった新しいこれからの問題だった。そして、オバマこそがその新しい問題へのビジョンを持ち、「Change」をもたらせる人物だと皆が確信していった。

同時に若者が中心の支持者は、”joy of involvement”を覚え、オーナーシップを育んでいった。彼らは支援活動を通して、オバマ氏が彼らを信頼していると実感し、自分は選挙活動とその先のこの国の変革に関わっているのだ、という喜びを自覚していった。オバマ氏が個人攻撃に曝された時も、オバマ氏自身よりも支持者が攻撃者に対抗したことで、危機を脱した。

(大統領選に対する質疑応答にて)
オバマ氏が民主党の代表候補となり、マケイン氏と戦ったときは、副大統領の人選が大きかったと思う。サラ・ペイリンは不透明なプロセスで政治的に選ばれた上に、マケイン氏以上に注目を浴びてしまい、全体としてはマケイン氏にダメージを与えてしまった。バイデン副大統領は厳正な選任プロセスで選ばれたし、ベテランの白人議員という保守的な姿はバランスとしてもよかった。「Change」はオバマ一人で既に十分だったから。

定石の裏をかく
オバマ陣営は当初からテクノロジーを駆使し、草の根運動で人気を守り立てるのを狙っていたように見える。だがそれは結果論であり、彼らも試行錯誤で臨機応変に戦略・戦術を変えていったからこその勝利だったというのが非常に面白い。ヒラリー陣営に比しての経験の少なさ、当初の弱さが逆に、定石の裏をかく勇気と熱意と柔軟さを生み出したのだろう。

プロフェ氏自身が述べたように、今回の方法が二期目の選挙戦で通用するかはわからない。共和党も学習してくるだろうし、なによりオバマ氏が今度は守る強者である。だがあくまで勝利の中心にあったのはオバマ大統領という人間の魅力である。まだそれは失われているようには見えない。その最大の強みを保ちつつ、素早い学びを繰り返していくなら、次の選挙戦はもっと革命的になるのかもしれない。
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by flauto_sloan | 2009-04-16 23:14 | Guest Speakers
Robert Merton - 神の声
c0131701_5555023.jpg昨年までHBSにいた投資銀行出身の友人こっちゃんが、授業を「神の声」と呼ぶほど崇敬していた、ロバート・C・マートン教授がMIT Alumni Awardを受賞し、母校MITで講演を行った。
(講演の様子はこちら)

マートン教授は、ファイナンス理論の金字塔であるブラック・ショールズ方程式を数学的に証明し、両名とともに1997年のノーベル経済学賞を受賞している。そして伝説的ヘッジファンドのLTCMを経営し、やがて空前の規模の破綻に至る。今はHBSで教鞭を執り、今学期はスローンから日本人も一人受講している。

そのマートン教授の受賞講演は "Observations on the Science of Finance in the Practice of Finance" と題し、金融危機の構造の一端をプット・オプションの考え方を用いて解き明かし、またソヴェリン・ウェルス・ファンド(SWF)が新興国のリスクをどう分散して成長を促せるのかについて議論した。(式や図表なしには説明が難しいので、興味ある方は上記の録画を観て頂きたい) 本論の概略は以下の通り。
この金融危機は、リスクが資産価格に対して非線形に変化するという構造のために生じたものであり、強欲で利己的な連中を追い出せばいいという類の問題ではない。非線形なリスク変化は、複雑な金融工学商品に固有のものではなく、ごく普通の住宅ローンにも在る、金融に携わるものなら誰もが理解しているはずのものだ。本来はその特性をリスク管理に利用していたのだが、利用の仕方が極端になり、大きな問題を引き起こした。どんな美徳も、極端が過ぎれば悪となる

住宅ローン(企業の借入も同様だが)を貸すというのは、貸付と保険という二つの異なることを同時に行っていることを意味する。
Risky debt + Guarantee of debt = Risk-free debt
という式を変形すると、
Risky debt = Risk-free debt - Guarantee of debt
となる。右辺のRisk-free debt は貸付を意味し、Guarantee of debt は自分自身でかける保険を意味する。この保険はプット・オプションを売ったことと同じ働きをし、担保物件の資産価値が簿価を下回って初めて、保険が発生する。CDOなどのCredit Default Swap はこの保険の役割を果たし、借手資産に対するプット・オプションを売買していたのが本質だ。

オプション価値のグラフを見ればわかるように、資産価値の変化に対して、オプション価値は非線形に変化する。これは貸付側にしてみれば、リスクが増大していくことを意味する(アメリカの住宅ローンはノンリコース・ローンであり、金融機関はショートプットであるため)。そして資産価値の変化に対するリスクの増減(感応度)は、資産価値が下がるほどに大きくなっていく。また、ボラティリティが高いほどオプションの価値は高まる。

つまり、資産価値が下がり始めてボラティリティが高まると、金融機関はプットのショートポジションに伴うリスクが非線形に増大していき、どんどん損失を出していったのだ。理論上は状況はコントロール可能であるが、実際は大きな混乱が事態の収拾を難しくしている。特に、人間は馴染みのあるリスクを低く見積もり、新しいリスクを過大評価することが、誤った行動を促した。

そして政府が金融機関を支援したのだが、それはプット・オプションに対するプット・オプションを意味し、非常に感応度が高いリスキーな支援である。巨額の支援を用意しても、それがすぐに足りなくなってしまう可能性がある。

今回の危機は金融工学のイノベーションの一部が引き起こしたが、問題は金融工学ではなく、業界がおかれた構造であり、その正しい理解が出来ていなかったことにある。高度に発達した金融の世界を規制するならば、規制側は正しい構造を理解し改善するために、金融工学への深い理解が必要だ。何が起きているのかを理解するためにも、今後も金融工学へのニーズは高まるだろう。これからも金融工学の世界で活躍して欲しい。
(SWFの話は省略)
マートン教授らしい、ファイナンス理論の視点から金融危機の構造の一側面を力強く断ずる講義だった。これまで様々な経済学者による今回の危機の構造の仮説を聞いてきたが、「これはプット・オプションだ」という非常にシンプルな視点でありながら、マートン教授の論は非常に説得力があった。また、講演の端々で伺える深い洞察は、なるほどこれが「神」の視座かと感銘させられた。


今回の危機は新しいだけで、未知のものでも制御不可能なものでもない、というのは半ば同意するが、半ば同意しかねる。多くの専門家が、共通する部分が多いとは雖も、これだけ別の切り口で今回の危機を解説しどれにも理があるのを見ると、やはり危機の全体像と本質はなかなか理解できず、制御が難しいのだと実感する。

群盲象を評す、という言葉があるが、盲人どころか世界中の専門家達ですら、金融危機と言う巨象の一部しか語れないという感がある。さしずめマートン教授は象の頭を撫でているために、もっとも説得力のある象の描写をしている、ということかもしれない。

一方で市場総体として見れば、合意される部分に着目し、異なる部分の断片を繋ぎ合わせると、どうやら象という生き物のようだ、という実感が生まれてきたのだろう。不確実性は依然残るが、リーマン・ショックから半年経って市場が感じるリスクは大分落ち着いてきたように思える。ただこれが、現象の理解が進んだことによる不確実性の本質的な低下なのか、ただ新しいリスクに慣れたために過大評価しなくなっただけなのかは分からない。行動経済学や行動ファイナンスの研究者にとっては、この上なく面白い半年間だったことろう。
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by flauto_sloan | 2009-03-05 05:35 | Guest Speakers
Government 2.0?
c0131701_5424911.jpgベストセラー『ウィキノミクス』の著者である Don Tapscott氏が、ケネディスクールのJFKフォーラムで講演をした。
タイトルは "Government 2.0" であり、Web 2.0へと進化したインターネットと、ネット世代の台頭が政治をどう変えていくかについての議論だった。自由な言論の場であるWebは、まさに民主主義と相性がよく、"Democracy 2.0" を模索するのが今後の政治のあり方だ、とタプスコット氏は訴えていた。

Government 2.0というからには、電子政府のようなWeb 1.0的なものではなく、「デジタル育ち」の若者が政治に参画し始めた現在と今後の政府の姿勢が問われている。この世代は物心ついたときからPCがあり、マルチタスクで作業ができ、様々なメディアを同時に駆使する。一方上の世代は、そんな彼らを理解できないがために気味悪さを感じつつも、無視できない趨勢と受け止めている。

そのデジタル育ち世代が牽引するWeb 2.0によって、組織のあり方は階層構造から個人主体の組織となり、社会的・経済的価値の源泉は物理的・金銭的なものから知識へと推移している。その結果、この世代での個人と社会との関わり方はマッシュアップやコラボレーションへと進化している。新たな政治参加の形態もそれに沿ったものとなる。

すると政府のあり方も "g-web" へと進化せねばならない。「アイディアのマーケットプレイス」となった政府のウェブ上で有権者が自由に議論を行い、直接的に国政へ参加していく "democracy 2.0" がこれからの姿だ。そこでは政府の透明性が増し、有権者の当事者意識は高まり、集合知によってより優れた政策が生まれる可能性がある。

もちろん信頼性やプライバシーといった課題はあるが、国民を動かし、より民意に沿った優れた国政を行える可能性のある government 2.0、または g-web は積極的に検討すべきだ。

まさにWeb 2.0が大きな趨勢となり、民主主義の総本山であるアメリカらしい発想だ。ただまだ民主主義が十分根付いていない(ように見える)日本では、仮にこの "g-web" を取り入れても、不満の捌け口と新たな陳情の場となるのが関の山だろう。

現在 "Web 3.0" という、ネットの将来のあり方と、ビジネスおよび社会がどう変化していくかを議論する授業を履修している。日本においてはまだ Web 2.0がアメリカほど興隆していないが、日本はこの民主主義的な web 2.0をどう包摂し、社会を変えていくのだろうか。アメリカの「デジタル育ち」ではない世代が web 2.0をどう受け入れるのかとともに、非常に興味がある。
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by flauto_sloan | 2009-02-24 23:35 | Guest Speakers
Harvard Asia Business Conference - 中国の勢いから日本を省みる
ハーバードでAsia Business Conference があった。中国への注目と、中国人のプレゼンスに改めて驚く。特に、中国の強みが低賃金から人材へと移行しているのが需要・供給両面で感じられる。

日本の危機再考と、中国人の視野への不安
開会のkeynote speechは、HBSのベイカー・スカラー(最優等)保持者で新生銀行の前CEOのポルテ氏であり、日本のバブル崩壊後の政策からアメリカが今学ぶべきものを論じた。
政策には四つのステージがあり、まず状況把握(inspection)があり、金融機関への資金注入(injection)がある。そして不良債権を切り出して処理し(ejection)、最後に金融機関が自ら自己資本を増強できるためのビジネスモデルを作る(making profit)。アメリカは今injectionのフェーズにあり、今後日本のやり方をよく学んで、どうejection、making profitへと繋げるかを考えなければならない。

日本は村山内閣で内定し橋本内閣で導入された消費税によって、景気浮揚のチャンスを潰してしまったが、それ以外はよく非常によく検討し、危機克服への重要な事例を作り出した。日本が直面していた課題の大きさ・難しさを理解し、五里霧中ながら断行した政策とともに、もっと日本を評価するべきだ。
日本での氏の評価は措いておくにせよ、日本人としては勇気付けられる講演だった。だが会場の大半を占める中国人および中国系アメリカ人の反応は非常に薄い。PCを開く者、居眠りする者。集中力の低さが伝わってくる。講演後の周りの反応を聞いていると、「何で今後のアジアのビジネスを語る場で、過去の日本を語らねばならないのだ」といった声が聞こえる。

こうした中国人の態度にはいささか幻滅してしまった。若い時から中国古典に慣れ親しんだ所為か、中国は豊富な歴史から学ぶ能力が非常に高いと考えていた(愛読書の韓非子は、いわば法と経済のケーススタディ集だ)。今も中央の政治家はそうなのかもしれないが、この経験といい、スローンにいる一部の中国人と話した感想といい、若いビジネスリーダーに歴史への敬意があまり感じられない。

東夷を蔑ろにする気持ちもあるのだろうが、中国の歴史は改革開放から始まったわけではないし、経済危機もオランダのチューリップバブルから400年の歴史がある。歴史に加え、経済・経営の理論も、鼠を捕る猫だけを選り分けている感がある。

とはいうものの、中には教養豊かな中国人の友人もいるし、私の懸念が杞憂でいてくれる可能性もあるが、パースペクティブとレトロスペクティブがもしも深まらないならば、現代中国のビジネスリーダーが傲岸さと責任感の無自覚を生み出してしまうのではないかと心配になってしまう(尤も、日本も同じ状況だが)。


中国への期待
また、パネルディスカッションのトピックや顔ぶれを見ていても、中国のプレゼンスが高い。内容も、珠江デルタを始めとした低賃金の製造拠点としての役割よりも、R&D拠点としての中国の可能性を論じたものが目立つ。勿論、知的財産の保護や、起業家精神と裏腹の定着率の低さといった問題はある。また一大消費市場としての魅力も高まっている。

中華系の参加者も、ボストンだけでなくNYUやコーネルといった他都市の大学からも来ており、存在感とネットワークの深さを一層増している。

日本人もIMFの加藤氏やサンリオCOOの鳩山氏を初め、見識の高いビジネスパーソンが参加していたが、参加者の割合も含め、全体として存在感が薄い(韓国はそれ以上に薄かった感がある)。日本経済が今から大きな成長をするのはなかなか難しいし、良くも悪くも変化に乏しい(GDPの年率マイナス12%超は衝撃だが)。だが日本も変化していないわけではなく、様々なレベルでの革新が進んでいる。GDPといった外枠の変化の乏しさと、世界への発信力の弱さとで、日本国内の変化が実際よりも低い評価を受けている感がある。


ゲームのルール
中国の政治的な巧さは、世界中に広がる華僑ネットワークと、ゲームのルールの重要性の見極めと、少しずつルールを変えていく巧妙さにあると思う。

日本人は「良いものを作れば、いつか認められる」と考え、そのヒューリスティクスが正しかった時期があった。なまじそれが高度経済成長期という輝かしい時代に上手く機能していたため、いまだにその考えに固執しているきらいがある。完全に否定するつもりは全くないが、世界市場では「良いと思ってもらえるものを、良さを正しく伝えられれば認められる」のが現実のゲームのルールであり、マーケティングというコミュニケーションが重要である。

この良さの伝達が、国家、企業、個人レベルで日本は苦手だ。ボーゲル先生も日本の政治家やリーダーのパブリック・スピーキングの拙さを心配されている。ハイテク製造業にコンサルティングをしていると、製品は恐ろしく良いのに、マーケティングの拙さで商機を逃し、競合に負けている(それが数ラウンド続いて、もはや良い製品を作る知見や体力に翳りが出ている)。かといって、日本に有利にビジネスというゲームのルールを変更することは、自動車などを一部を除き、多くの業界ではできなかった。

一方で、中国はアメリカが設定したゲームに乗りつつ、巧みに上位プレーヤーとなっていく術を見出している。同時に、アフリカ進出や気候問題では自らがゲームのルール作りに関与し、自国に有利にもっていこうとしている。そして作ったルールが定着するまで、大きな動きをしない辛抱強さがある。日本は戦後アメリカの統治下・影響下でそのルール制定スキルを急速に失い、いまだに復興できないでいる。それには巨視的でシステム的な考え方と、相手を知らず出し抜く巧妙さが必要だが、前者の発達は教育が妨げ、後者の発達は社会が妨げている。


日本は敗戦で智慧や技術の断絶が起き、中国も文化大革命で知識の断絶が起きたのだが、なぜこの彼我の差が生じたのだろうか。民族性や文化で片付けられるものではないと思うのだが、私にはなかなかわからない。中国人コミュニティを見ていて、4000年の歴史で変わらぬもの、変わっているものを感じ、その矛盾や断絶に興味を持つ。そろそろ日本も次の世代の国民の思想や価値観を設計する時期なのだろう。それが教育分野で問題意識の高いアントレプレナーが生まれている現象の背後にある潮流だろう。
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by flauto_sloan | 2009-02-14 11:45 | Harvardでの学び
オバマ政権の外交政策
MITの政治学部にて、オバマ政権の外交政策を議論する講演会があった。講師はケネディスクールのNicholas Burns教授で、数々の大使や外交代表を歴任し、ついこの間までブッシュ政権でNATOの大使をしていた教授だ。
今後の外交政策での要諦は、中東と南アジアだという。ちょうど前日にイランが米国と対話する用意があると声明を出したが、イラク情勢にどうけりをつけ、イランとどう接するのかは引き続き重要な課題となる。また、アフガニスタンとパキスタンという南アジアは、オバマ大統領がアフガニスタンでの戦争を継続すると表明しており、今後ますます重要となる地域だ。彼は、「アフガニスタンがオバマにとってのイラクとなりかねない」と警告していた。

また、立場もあるだろうが、「ブッシュ政権はもう少し評価されてもよい」と言っていた。特にアメリカとブラジル・中国との関係は、ブッシュの外交で大きく進展したという。今後このモメンタムを維持していくことが望まれる。

また、ブッシュ政権が金融危機対策でG7をG20にしたことを、新興国の責任感を醸成するとして高く評価していた。中国・インドはその経済規模・影響力に比べて国際的な責任感に欠けている。環境問題やダルフールでの中国の対応がいい例で、大国と途上国の顔を使い分けている。氏は、日本がG7に参加していくうちに先進国としての自覚を高め、国際的責任を果たすようになったことを学びとして、中印やその他の新興国もG20の参加で責任を持つことを期待していた。
もちろん、中国など60年間も安全保障理事会の常任理事国でありながら、国際的な責任を果たしていないのに、G20に巻き込むことが本当に責任を促すのかという疑問はある。4000年の歴史で最も政治に長けた国でもあり、米国の強い影響下にあった日本と同じようにいくのか疑問が残る。だが中国のG20への巻き込みや、WTOなど国際機関・協定への巻き込みは今後先進国全体の課題となるだろう。

それにしても、金融危機と政権交代のおかげで、大物の学者、政治家、官僚が次々と講演を行っているのが素晴らしい。見識高い人々の洞察を聞くまたとない機会に、ボストンにいるのはまさに運がいいと思う。
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by flauto_sloan | 2009-02-11 12:43 | MITでの学び(非MBA)
学び続ける大人 - Adult Development
c0131701_2028532.jpg今学期はスローンでの授業に加え、Harvard Graduate School of Education(ハーバード教育大学院)にて、名物授業をひとつ聴講している。Robert Kegan教授の "Adult Development" という授業だ。この授業でワークショップがあったのだが、これが非常に面白かった。

キーガン教授の授業
心理学者であるキーガン教授が教えるこの発達心理学の授業の主眼は、講座名の通り「いかに大人が学習し成長するか」を学ぶことにある。「子供」と「大人」という区分で考えると、子供は学び成長するものであり、大人は既に学んでおり成長しきったものと暗に了承している。だがこれは誤りであり、大人も生涯学び続け、成長し続けるものだ。では大人はどのように成長するのか。これを知ることで、人を動かす立場に就く者や人を教育する者が、人を育て、学ばせ、やる気づけるための知識やスキルを身に付けることができる。

教育大学院でも有名な授業で、スローンのセンゲ教授のリーダーシップの授業に来ていたHGSEの生徒も、一つ薦めるならこの授業だと言っていた(実際に彼はこの授業を今履修している)。またハイフェッツ教授のリーダーシップの授業でも、キーガン教授の文献は参考資料になっているし、一緒に仕事をしたことがあるハイフェッツ教授も薦めていた。何より、チームメンバーで最も親しくなったカレンの指導教官でもある。この才女をして心酔しらしめる教授であれば、相当なものだろうと確信し、履修することにした。

私の動機は、人をどう育てるのかを知ることと、それにも増して、自分自身がどうやって学ぶべきかを知ることにある*1。この1年半でだいぶ取り戻した好奇心を、どうやってメタレベルの深い学びに結びつけ、自分自身の成長の糧とするのか、その手法が最大の関心事だ。

過去の自分と将来の自分
今日のワークショップでは、学生が年代順のグループに分かれた。20代、30代、40代、50代以上のグループごとに、7-8人程度のサブグループを作る。20代が最も多く、30代がそれに次ぐ。そして仕事や家族など成長における主要な領域について、今この歳でどういう考えを持っているか、10年前とどう変わったかを考え、議論する。そして次の年代のグループに、一つだけ質問をする。

20代は野心的で、何でもできると考える一方で、自分の不安定な立場に不安を覚える。仕事が重要で、家族を意識せず、宗教など既成の価値観に反発する。

30代は自分の価値観を再認識・再構成する時期だ。仕事の目的が「達成」から「意義」へと変わり、同時に安定を志向する。家族との関わりも、子供を持つことで親への接し方も期待も変化する。古い価値観を自分なりに解釈し、受け入れ始める。

40代は仕事にしろ家族にしろ、「これが私であり、これが私が得たものなのだ」と、自分を受け入れ、そして自分に誇りを持つ。同時に周囲に死が訪れるようになり、自らの「死」が避けられないことを理解し始める。

そして50代以上になると、人生と世界をあるがままに受容し、最期までどう前進するか、という彼岸を見つめるようになっていた。

それぞれの年代でもつ様々な問も、歳を経ることで問自体を深く理解し、自分なりの答えを見出していく、あるいは答えがないことを受け入れていく。

まさに、大人になっても学び、成長し続けていくのが人間なのだと、身を以って理解せざるをえない。最後の世代の諦念には、切なさや悲しさだけではなく、穏やかさがあった。ああして幸せに学び、歳をとっていきたいと思う。


*1 このブログで繰り返し、「学ぶことを学ぶ」と書いていると、私が学習障害にある (もしくはあった) かのように思われるかもしれない。それはある意味正しく、学問を通じて会得してきた学習のやり方が、社会に出てから適合しなくなっている部分、渡米してから適合しなくなった部分が明らかになってきた。代わりのやり方を試行錯誤しているのだが、なかなかこれという学びの技術の形が見えてきていない

もともと私は、人間の生理的・心理的特性を利用して学習のやり方を考えてきた。だがインプット中心の学習から、プロセッシングとアウトプット中心の学習へと進化すべき時期に、正しい適応ができていたのか、自信がない。コンサルティングという枠組みの中での適応が、部分最適でしかないのではないか、さらにはそこにも正しく適応していないのではないかと感じていた。それは社会活動において、なにが根底にあるメカニズムであり、人間の特性なのかを理解していないことに起因しているように思えた

まさに序文に書いたように、「焉を修め、焉を蔵す」ことから「焉を息し、焉を遊す」ようにすることが私の根本の課題であり、成長すべきところだった。そのため、この授業は私の最も重要な問に、何らかの指針を与えてくれるものだと信じ、履修することを決めた

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by flauto_sloan | 2009-02-09 20:27 | Harvardでの学び
早くも今年二度目の風邪
先週の後半は妻が風邪をひいてしまい、家で大人しく休んでいた。容態がどんどん悪化し、夜中に40度の高熱を出してしまった。薬を飲んでもなかなか効かず、あまりに辛そうだったので、朝4時過ぎに近くの病院のERに連れて行った。

トリアージで青色のバンドを付けられ(優先度は低いのだろう)、病室に案内される。流石になかなかお医者さんが来ず、途中検査などもしたが、最終的には3時間後に「インフルエンザかもしれませんが、おそらくただの風邪でしょう」と診断された。疲れたものの、大事でないとわかって何より。

その看病の過程で、私にも感染してしまったらしい。正月休みにも妻→私の順に風邪をひいたが、1月最後の休みにもまた同じ経路で風邪をひくとは思わなかった。


だが体調はそこまで悪くなかったので、ボストンに戻り、ハーバードの教育学部で聴講する予定の授業に出席した。Robert Kegan教授の"Adalt Development"という発達心理学の授業だ。大人になってからも人間は学び続けるのだが、どうすればその学びを促し、深めることができるかを議論していく。ハイフェッツ教授の仕事仲間でもあり、冬の授業のチームメート、カレンの博士課程の指導教官でもある。

初回なので概略の説明が主だったが、流石に面白い。ハイフェッツ教授の授業で見た顔も散見し、しかも秋学期のチームメート、ノールも出席していた。

だが、授業を受けているうちに、どんどん体調が悪化していった。頭がぼうっとし、集中できない。咳が出るし、とにかく辛い。

翌日からスローンの授業も始まるので、帰ってひたすらに眠ることにした。
あまり幸先のよくないスタートだ。
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by flauto_sloan | 2009-02-02 23:22 | ボストンでの生活
チームワークと信頼
c0131701_5415992.jpgハイフェッツ教授のリーダーシップの授業では、グループによるコンサルテーションが重要な要素となる。二つの授業のチームは、メンバーだけでなく、グループダイナミックスの発生と発達の仕方も異なる。
その結果、異なる信頼関係が醸成され、非常に学ぶことが多かった。


秋学期は、チームが週に一回、10週間にかけて集まり、それぞれの失敗例をケースとして、どういった構造的要因が失敗を生み出したのか、どうしたらその構造を知り得、対処できたのかを議論した。同時に、ミーティングの中で、チームがどのような動き方をしたか*1を分析する。この過程で、ゆっくりではあるが深い信頼と、お互いを認め合い衝突も許容できる環境 (holding environment) とが培われていく。そうして、後半となると驚くほど深く生産的なミーティングとなりうる。

チームメンバーは、アメリカ人(白人とユダヤ人)、ドイツ人、フランス人、ナイジェリア人、パキスタン人、ベトナム人、日本人と、実に多様で年齢層も幅広い。この多様性によって、自分が思いつかなかったような視点が持ち込まれる。チーム内の大小様々な衝突も生産性に寄与するようになっていく。チームワークによって、陳腐な言い方だが「1+1を2以上にする」ことを実際に目の当たりにすると、その効果を信じざるを得ない。


一方この冬は、チームが毎日顔を合わせ、ミーティングを行う。火曜などは一日中コンサルテーションだ。長時間を共にすることで信頼を急速に醸成する一方、対立構造を深く考え、表に出すことはなかなか難しい。個人の内面というトラウマを曝け出すためには、かなりの信頼が必要なのだが、自然とそこまでの信頼を醸成したというよりも、お互いに自分が曝け出したから相手に曝け出させる、という、囚人のジレンマ的行動によって信頼が作り出されたのだと思う。

また、偶然とはいえ、チームメンバーの多様性も秋に比べて低かった。日本人がなんと2人、中国人、アフリカから2人(エチオピア、ケニア)、アメリカ人2人(白人、ユダヤ人)という構成で、年齢も非常に若い人が二人。他にも推測だが、信頼関係における心理学的な問題もあったと思われる*2。これでは真のholding environmentが生まれず、なかなか上手く高い生産性の議論に化けない。

後半の途中から議論が深まってきたが、秋ほどの深みではない。多様性の重要さと共に、環境作りの難しさを学んだ。最後の授業の時、何故か私は秋学期のチームメンバーと並んでいた。最後は彼らと一緒にいたい、と思ったし、彼らもそう思ってくれたのだろう。

冬のチームの中でも、教育学部のドクターであるカレンとは、それぞれの複雑さを理解した上で特に仲良くなった。Confidant (刎頚の友)を作ることが重要だ、と教授は説くが、カレンは秋のチームメンバーの数名ともども、そんなConfidantになった。


*1 どんな対立構造があったか、発言や議論への介入がどのような効果をもたらしたか、以前の行動と今週の行動とがどう影響しているか、など

*2 グループワークの中では、各人がトラウマを曝け出し、自己と組織に対する欺瞞を明らかにすることで、嫌が応にも自分を冷静に見つめることとなる。これは恐ろしいことである。
心理療法で最後まで医師を欺こうとする人がいるように、この恐ろしさから防衛や規制がはたらく人がいるのも止むを得ないだろう。私は敢えて自分を全て曝け出そうとしたが、それでも欺瞞が全くなかったかと言われると、ないと言い切る自信はない。
他のメンバーにも、恐らく全てを語っていない、或いは我々をミスリードするように情報を隠したり偏在させたりしているのではないか、と思われる人がいなかったわけではない。人はそれを感じ取ってしまう。これでは純粋な信頼関係を構築するのは難しい

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by flauto_sloan | 2009-01-17 04:32 | Harvardでの学び
ハイフェッツ教授のリーダーシップの授業を終えて
c0131701_524470.jpg密度の濃いロナルド・ハイフェッツ教授の2週間のリーダーシップの授業が終わった。
秋学期以上に、感情のジェットコースターとなる授業だった。1週目の終盤から、授業中に泣き出す人が現れ、私も最後の日は喜怒哀楽全ての感情が湧き起こり、最後は涙せずにはいられなかった。

ハイフェッツ教授自身の凄さはもちろんあるのだが、それ以上に彼が作り上げた環境(授業の設計とグループ・ダイナミクス)と、そこでお互いに刺激しあう学生のコミットメントの深さが素晴らしい。


授業や教授に対しては、心酔する人から反発する人、納得する人から懐疑的な人まで幅広い。多くが心酔することから「ハイフェッツ教」と揶揄されることもある。だがそんな価値観の幅を許容し、創造性・生産性を促す環境を作り、経験させることで、我々がリーダーシップを執る際に達すべき、環境の質についてのレファレンスを持たせてくれるのだ。

授業で教わる "holding environment" や "creative range of disequilibrium" といった抽象的な概念は、実際に経験しないことには理解できないし、それをどの程度まで持っていくと、目的を達成するための創造性を発揮できるのかについても、経験しないことには想像がつかない。授業中に様々な実験を学生に行わせることによって、自ら気づき学ぶことを促すのが、教授の役割なのだ*


c0131701_5293671.jpg特に冬学期は、自分の内面に抱えている役割や祖先への忠誠が、自分の行動や思考を如何に制約し隷属させているのかを学ぶ。
それを意識しそこからできるだけ自由になるためには、大きな苦痛を伴う。その副産物として感情の大きな起伏が個々人の中に生まれるし、それがクラスの中に共鳴し増幅して、大きな感情のうねりを生む。

その振幅がピークになる時、涙する者が現れる。

人生の様々な局面でリーダーシップを発揮すると、人々に変革を促し、喪失の痛みを始めとした大きな感情を生み出す。その感情の起伏を知ったからこそ、彼らへの憐れみを持てるし、その感情を包容することができる。その対処法と自分の許容量を知るための2週間だった。


授業が終わると、学生全員がスタンディング・オベーションを行った。自分を見つめ直し、将来を考え、傷を癒し前進するための機会を与えてくれた、素晴らしい授業だった。

だが、学びを「ハイフェッツ教」として絶対視・神聖視してしまうことは生産的ではない。彼のフレームワークにも限界はあるし、日本というコンテキストであまり有用ではないものもあろう。それを見極めて、極めて個人的な学びとして消化し昇華することが、今後求められる課題だ。


* 勿論この手法には限界がある。教授が授業の設計時に大きく参考にした心理療法の手法(教授は精神科医)にも限界があるのと同じだ。ある信念を長年かけて増強し続けてきてしまった人は、その信念を失う・変更することに対して大きな抵抗を覚え、その試みを持ちかける教授や友人を敵視しかねない。そんな学生を個別対応することは、授業を通じては行えない
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by flauto_sloan | 2009-01-16 22:44 | Harvardでの学び
CJK caucus - 赦しのためには
注: コメントを受け考えた部分を修正しました。まだ粗い作業仮説を深めるべく、コメントを歓迎します

先週の日中韓での集まりを受けて、三カ国で「お互いを聞き合う会」を行った。白黒付けることを一切せず、純粋に相手の考えとその背景にある構造を知ることを目的としている。そこでの議論から、日本が中韓の国民に届く形で謝罪をし(或いはこれまでの謝罪が届くようにし)、彼らが日本を赦せるようにすることの意義を考えさせられた。

丁度リーダーシップの授業のテーマも「赦し」で、赦しがもたらす効果について議論した後であり、日中韓の関係に「赦し」はどうやったらもたらされるのかを中心に議論を行った。

日中韓で語られていることの違い
中国や韓国が日本について知らない(よう教育されている)ことは日本でも知られているが、果たして村山談話も戦後賠償の取り決めについてもほとんど知らない。ケネディスクールに来る学生ですら知らないのだから、一般市民は当然知らないのだろう。

一方、私も中韓の中で、如何に日本が拡大思考の覇権主義国家だと信じられているのかを知らなかった。話は聴いていたが、ここまで危険国家と思われていたとは驚きだ。日本人が戦後教育の結果、戦争を毛嫌いし、自衛隊の拡張にも相当に抵抗している現実と、まるで正反対の捉えられ方である。

また、60年という歳月は戦後問題を解決するのではなく、より困難にしている側面もある。世代が変わり直接戦争を経験していない世代は、直接的なわだかまりを持っていないために、こうして同じ机で議論し、友人となれる。だが一方で、60年間繰り返し日本の残虐行為を語られ続けたために、憎しみは増幅され固定化されてもいる。南京大虐殺の犠牲者数を正確にするといったことは、政治による外敵化を防ぐために大事であるが、より深刻なのは感情の問題であり、どうやって彼らが日本を許せるようになるかである、と実感する。


今後どうするか
議論は非常に実りと気づきのある有益なものだった。だが結局、こうやって話し合って理解が進んでも、その理解は問題解決のための要素でしかなく、どうすればいいのかの答えは出てこない。

仮に将来リーダーとなるであろうケネディの学生が相互理解をしても、中国や韓国に戻れば、途方もない反日感情と祖先への忠誠心のうねりを前にしては、スケープゴートとなることを避け、日本との関係改善を図ることを諦めてしまうかもしれない。

一方、日本にしてみてもこれまでの日中・日韓との公的な取り決めを超えた行動を取ることは困難だし、ドイツとは事情も文化も異なるため、同じ行動をとれば解決するとも思えない。解決に向けた努力としては、ODAを初めドイツに劣らないほどしてきたとも思える。


だが敢えて戦略的に思考の幅を広げてみれば、今改めて日本が謝罪を行い、中国韓国の国民レベルが日本を赦せるようにするという選択肢は、考えてみる意味があると思う。尤も、国際関係や政治について素人の考えではあるし、賠償をどこまで行うか、日本の誇りをどう保つのかといった頭の痛い問題があるのも理解しているのだが、敢えてその可能性を考えてみた。

今後30年、40年を考えたとき、日中韓の経済・軍事的バランスは大きく変化すると考えられ、日本が交渉に有利な立場でいられる期間は残り少ない。日本の人口は1億人を切り、高齢化が大きく進む。経済規模も縮小し、軍備への歳出も(予算の1%枠を大きく超えない限り)縮小していくだろう。

方や中国は経済規模が今よりも拡大し、軍備も増強する。韓国も南北統一ができれば、今よりも経済・軍事規模が増大する可能性がある。勿論3カ国とも高齢化という共通の課題があり、時間差はあれどいずれ中韓も人口減少に向かうだろう(中国が一人っ子政策を廃止しない限り)。だが日本は既に人口減少しており、相対的な力は真っ先に弱まっていくだろう。

戦後問題の解決を先延ばししても、中韓の若い世代から感情や「語り継がれる記憶」を消すことはできないし、むしろユダヤ・パレスチナのように3000年間のわだかまりへと発展する可能性もある。先延ばししていずれ謝罪することになれば、それこそ日本に交渉力がなくなっており、非常に不利な条件を振られる可能性がある。過去の蓄積があり、経済的・軍事的に有利な立ち位地にある今のうちに、過去を清算しておくことは重要ではないかと思う。


逆に今清算しなければ、ますます交渉しにくくなり、日中韓ブロック経済の実現は非常に難しくなる。世界各地域でのブロック経済化が進展している中で(ゆり戻しもありうるが)、極東だけ国家単位では、じり貧となる可能性もある。

また、仮に米中の2大国が戦争することになれば、日本とその海域は戦略的重要拠点として緒戦の場となるだろう。その時までに反日感情を解消できていなければ、なかなか想像するに恐ろしい事態ともなりうる。


だが日本が影響力を弱めていくことが予想されていれば、中韓の自然な反応は、日本の謝罪を受け入れず、問題を先送りして、交渉力が有利になったところで再燃させるというものだろう。それを防ぐには、第三者である国際機関か、それよりも強力な国民を巻き込む必要がある。

外交上の枠組みをどうすればよいのかはわからないが、両国民の目に見え実感できる形で、彼らが過去と決別し、日本を赦すことによる平穏な心を得るような手助けをしなければならないと思う。それは謝罪かもしれないし、別の形かもしれない。

実際に過去を清算しようとすれば、日中韓それぞれの政治家は売国奴呼ばわりされ、政治的にも生命的にも危機にさらされかねない。だが、日本の国益を考えたとき、経済にもソフトパワーにも翳りが見えてきた今、問題解消の最後の秋であるように思えてならない。


だが今回、ケネディの中韓の学生と話して実感したのは、彼らも日本にどうして欲しいのかわかっていない、ということだ。謝るのは一つの方法だろうが、十分ではないし必要でもないかもしれない。日本がどうするべきなのかは、日本だけで考えて答えが出る性質のものではない。このCJK Caucusのような、お互いが相手を聞ける環境で、感情的な対立も適宜しながら議論していく中で、答えの仮説が出て来得るものだろう。

まだこの学生間の対話は始まったばかりだ。卒業までに答えの萌芽は見られないかもしれないが、議論していく価値はあるはずだ。
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by flauto_sloan | 2009-01-15 05:42 | Harvardでの学び