MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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Boston Pops – GALA Concert
c0131701_16481889.jpg BSOがコリン卿のテ・デウムで今シーズンのプログラムを全て終え、白い礼服に衣替えしてボストン・ポップスとなった。シンフォニー・ホールにも「POPS」の看板が立ち、ボストンの街もPOPSの文字が躍りだした。
今日はそのボストン・ポップスのガラ・コンサートであり、着飾ったボストンの人たちが嬉しそうにホールへ集まった。ガラらしく華やかで楽しいコンサートであり、BSOのいつもと違った一面が見られた。

c0131701_16485419.jpgいつもは客席の一階は、客席を取り払いテーブル席となり、お酒を嗜みながら音楽を聴ける。私は二階席だったのでお酒は飲めなかったが、きらびやかな舞台を高みから楽しめた。

BSOの面々はいつもよりもリラックスしているように見える。指揮者のロックハートが舞台に上がり、ポップスの季節を爽やかな響きで告げた。舞台にはボストンの映像が移り、美しい街への愛おしさが、ボストン・ポップスの素晴らしい演奏で高まる。

今年新たにリリースしたCDが、昨シーズンのレッドソックスのワールドシリーズ制覇を記した、レッドソックスにちなんだ曲を集めたものだったこともあり、第一部の終わりにはその収録曲も演奏し、ボストニアンの心が躍りだした。

後半の特別ゲストには元ブロードウェイ・スターのバーバラ・クックを呼び、ミュージカルの名曲ナンバーを次々と歌い上げた。クックは大御所らしい堂々としつつ、チャーミングさも持ちながら歌う。聴衆もリラックスしてそれを楽しみつくした。

クラシックで腕を磨いているBSOが、高いアンサンブル能力と明るい音色で奏でるボストン・ポップス。いかめつらしく学問をしつつ、レッドソックスに熱狂するボストニアンと似ている。まさに地元に育てられ、愛されるオーケストラの姿がそこにあった。
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by flauto_Sloan | 2009-05-06 23:46 | 音楽・芸術
BSO/Davis - 最後のBSO
今シーズン最後のBSOの演奏会は、サー・コリン・デイヴィス指揮によるベルリオーズ『テ・デウム』だった。格調高く壮麗な音楽を毎回聴かせてくれるデイヴィスなので、楽しみにしていたのだが、果たして最後を飾るに相応しい名演だった。

ボストンに住んでいるだけあって、何度となく通ったBSO。デイヴィスの演奏は内田との協奏曲など、名演が多かったので、最後をどう締めくくるのかと楽しみだった。満席の会場で奏でられたテ・デウムは、スケールが大きく、かつデイヴィスらしい肌理の細かさが素晴らしい。
終曲では胸に響くフォルテッシモが迫ってくる。BSOらしい、色濃い弦と、少し重めの管が、天上へと響き渡っていく。これが、恐らくシンフォニーホールで聴く最後のBSOかと思うと、音楽と感情とが合わさって、感傷的になってしまう。

デイヴィスはやはり素晴らしかった。聴衆もスタンディング・オベーションでこの一年の演奏家たちの奮闘を讃える。レヴァインの大病と復帰もあり、今年のBSOは非常によかった。素晴らしいシーズンを締めくくる、迫力あり感動的な演奏だった。

ありがとう、ボストン・シンフォニー・オーケストラ。

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by flauto_sloan | 2009-04-30 12:29 | 音楽・芸術
BSO/Blomstedt/Goode - 年老いても若い情熱
今シーズンのBSOは、後半に客演指揮者が続く。常任指揮者のレヴァインがMETのリング・サイクル(ワーグナーの『ニーゲルングの指輪』を4話全曲を演奏する)でかかりきりだからだ。今回の指揮者は、かつてNHK交響楽団もよく振り、現在はN響名誉指揮者のブロムシュテット。もう高齢だが、老いを感じさせない、即興的で華やかな演奏が素晴らしかった。

中プロに、
リチャード・グードがピアノ協奏曲第18番を演奏した。グードは人気の高いピアニストで、初めて聴くので楽しみにしていた。だが演奏はどうも心に響いてこなかった。格調高く細部まで練られた演奏なのだが、全体として地味というか特徴がないように聴こえてしまう。期待が高すぎたのだろうか。何人か来ていた友人たちも、グードの演奏を残念がっていた。

一転、メインのブラームスの交響曲第4番は、BSOの良さが存分に引き出された名演だった。N響の時も感じたが、ブロムシュテットは割合に地味な演奏をする。今回も派手ではないのだが、BSOから実にいい響きを引き出していた。しかも表現を即興的に自由に変化させ、この悲劇的なシンフォニーにドラマと閃きを与えていた。老いてますます若さを感じた、ブロムシュテットの偉大さに、会場も惜しみない賛辞を贈った。

老いというと、老境という言葉が暗示するように、新しいものを取り入れず、成長よりも総括に入るように思われがちだが、ブロムシュテットのように老いてますます成長する才人を見ると勇気づけられる。最後のブラームスだけでも聴きにいった価値があるいい演奏会だった。
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by flauto_sloan | 2009-03-12 21:52 | 音楽・芸術
BSO/Gilbert - 次世代の気鋭
c0131701_329533.jpgニューヨーク・フィルで次シーズンから常任指揮者に就く、アラン・ギルバートがBSOを振った。
ギルバートの母親はNYPでヴァイオリンを弾く建部洋子氏であり(故人の父親も同じくNYPのヴァイオリン)、日系米国人である。ボストンの小澤に続き、日本人・日系人が一流オケの常任になるというのは嬉しい限りだ。

ギルバートは細部まで非常にバランスの取れた音楽を作り、BSOをぐいぐい統率していった。特にメインのアイヴズの交響曲第4番は、音楽が複雑に絡み合う難曲でありながら(指揮者が二人いて、二階の客席でもオケが演奏する)、垣間見る調和を軸に見事に纏め上げ、感動的な演奏だった。

実力は申し分ないこのギルバートを迎えて、生まれ変わるNYPが楽しみなのだが、来シーズンのそれを見届けられないのが残念だ。ユダヤ人のマゼールからアジア系のギルバートに常任が代わるのは、現代ニューヨークを象徴している。コンサートマスターの世代交代も同時に起きていて、今は演奏会によってNYPの出来の差が激しいのだが、成長するための混乱と痛みなのだろう。ギルバートによってNYPが再び盛り上がり、新生NYPとして、祖国への凱旋公演をして欲しいものだ。
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by flauto_sloan | 2009-03-06 20:50 | 音楽・芸術
BSO/Masur - メンデルスゾーンの夜
クルト・マズアを迎えたBSOの演奏会は、生誕200年のメンデルスゾーンを讃える、「オール・メンデルスゾーン・プログラム」だった。

メンデルスゾーンは私が最も好きな作曲家の一人だ。精神性や深みがないと評されることもあるが、それがまたいい。純粋に美しく楽しいのが彼の音楽であり、演奏しても聴いても爽やかな愉しさを感じる。

私が中学生の時、ブラスバンドで彼作曲の「吹奏楽のための序曲」を演奏した。当時の私にはなかなか難曲で、相当に練習しているうちに、その良さがだんだんとわかってきた。そしてこれがメンデルスゾーン弱冠15歳の時の曲だとしり、同年代だった私は天才に驚愕した。その後オーケストラで彼の交響曲も演奏したが、やはり彼の音楽に魅了され続けた。

本日のプログラムは、『フィンガルの洞窟』に始まり、交響曲第3番『スコットランド』、交響曲第4番『イタリア』と続く。ここまで来たら第5番『宗教改革』までやって欲しかったが、まあ仕方ない。

メンデルスゾーンの音楽は、怒鳴ったり叫んだりといったドラマチックな要素は不要で、美しさを美しいがままに表現するのがいい。マズアはまさにそんな美しいメンデルスゾーンを描き、フォルテシモは音を割らないよう抑制され、管楽器の絡みは音が戯れるように見事に掛け合い、繊細に美しく風景を描いていく。まるでターナーの風景画を見ているかのようだった(奇しくも彼は『フィンガルの洞窟』と題した絵も描いている)。

スコットランドの古城の寂しさや、ケルトの勝利の歌の喜びが伝わってくる。またイタリアの日差しも夕暮れの寂しさも、恋人たちの囁きも雷雨の恐ろしさも、目の前に情景が浮かぶかのようだった。管楽器がホルンを初め好調だったのもよかった。

派手さや聴衆への積極的な問いかけがなかったため、会場の評価は分かれていたが、私はとても楽しめた演奏会だった。
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by flauto_sloan | 2009-01-22 10:52 | 音楽・芸術
BSO/Barenboim/Levine - 美しきピアノ
c0131701_5463369.jpg BSOとバレンボイムとの競演を聴きにいった。バレンボイムは最近すっかり指揮者となってしまったが、バレンボイムのピアノは好きであり、楽しみにしていた。果たして彼のピアノは溜息が出るほど美しかった。


まずはレヴァインとシューベルトの連弾だった。バレンボイムは表現力豊かで、音色が非常に繊細で美しい。美しい風景画を見ているような音楽だった。だがその裏に潜む悲しみや寂しさも伝わってくる。レヴァインが時折表情を硬くしてしまっていたのがやや残念だったが、二人の呼吸はよく合っており、見事な演奏だった。

続くベートーヴェンのピアノ協奏曲3番は、昨年ドホナーニとBSOでも聴いた曲だが、今日はバレンボイムが兎に角素晴らしい。気宇壮大でかつ繊細、動と静の鮮やかな対比、聴き入ってしまう。レヴァインも上手くオケをまとめている。

c0131701_547896.jpg後半のカーターは世界初演だった。バレンボイムもオケの一員と言う位置付けのためにやや魅力が表に出てこなかったが、曲は面白い。何より100歳のカーター本人が来ていて、演奏後会場から舞台に上り、観客から暖かい拍手で初演の成功を祝った。


最後のストラヴィンスキー『春の祭典』は、バレンボイムの名演、カーターへの祝福と、既に実り多かった演奏会を締めるに相応しい、リズム感豊かで熱い佳演だった。皆気楽に原始的なリズムを楽しんでいたように思う。前の席のお爺さんもノリノリだった。

聴き終わって楽しい気持ちになれる演奏会だった。
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by flauto_sloan | 2008-12-04 23:41 | 音楽・芸術
BSO/小澤 - Welcome back to Boston!
ボストンに小澤征爾が帰ってきた。BSOを1973年から30年間指揮し、ミュンシュ以降ややぱっとしなかったBSOを再び世界水準に引き上げた小澤が、6年ぶりにBSOを振るとあって、シーズン前から評判だった。小澤らしい正統的な解釈であったが、団員との信頼から引き出された表現は流石に素晴らしかった。

この日は開演に先立って、日本人向けのレセプションがあった。私はテキサスからコンサートに駆けつけるのがやっとで参加できなかったが、サプライズで小澤本人が登場したらしい。ううむ、無理してでも行けばよかった。

メシアンとオンド・マルトノ
c0131701_22485556.jpg一曲目はメシアンの『聖なる三位一体の神秘についての瞑想』であり、電子楽器オンド・マルトノが使用された(写真はSYさん提供)

オンド・マルトノは日本人第一人者の原田節。この楽器を一度生で聴いてみたいと思ってたのだが、それを小澤と原田で聴けるとは何たる幸運。座席は最前列から二番目で、小澤も原田も表情までよくわかる。

曲はあまりよく分からなかった。神秘主義だったのだろうが、オンド・マルトノのスピーカーが目の前だったためにバランスが悪く、管の細かい表現が聴こえてこなかったのが残念。この電子楽器の面白さを体感したに留まる。

幻想交響曲
c0131701_22544975.jpg続くメインの幻想交響曲は、小澤の良さがよく表れた名演だった。一つ一つの表情が丁寧に作りこまれているだけではなく、BSOの団員一人ひとりが、小澤を信頼しており、それ故の開放的で表情豊かな響きが生まれていた。

小澤は年齢や病気による衰えを感じさせない、緊張感あり情熱溢れるタクトでオケをぐいぐい引っ張る。『舞踏会』では華やか(だがどこか懐かしい)な、彩り溢れる舞踏会を表現し、逆に『断頭台への行進』では、重い足取りで死への最後の抵抗と、周囲の狂気じみた喝采を対比させる。最後のサバトと怒りの日は、会場を巻き込む熱演だった。

妻にしてみれば実は初めてのBSOで、オーボエの若尾さんを見たかったのだが舞台上にいない。残念に思っていたのだが、何と3楽章の牧童の角笛の掛け合いの為に舞台袖にいた。最後のコールで登場して、妻も大満足。


それにしても、会場の4割くらいが日本人ではないかと思うほどの日本人主導の盛況ぶり。だが日本人以外も小澤の帰還を温かく迎えていた。いい演奏会だった。


おまけ
以前会社のトレーニングでオーストリアに行った時、オケ仲間でもあった同期と、トレーニング後にウィーンに遊びに行った。夜に小澤が音楽監督をしているウィーン国立歌劇場(ウィーン・フィルの母体)のフィガロを聴きに行った。隣にいた生粋のウィーンっ子のお婆さんと、片言のドイツ語で会話していたところ、お婆さんが
ザイー・オツァヴァはとてもいいわね」
と言ってきた。何のことか全く分からなかったのだが、しばらくして、"Seiji Ozawa"のドイツ語読みだとわかった

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by flauto_sloan | 2008-11-30 23:57 | 音楽・芸術
BSO - カルミナ・ブラーナの変遷
今日のBSOは『カルミナ・ブラーナ』を原曲とオルフ作曲のオーケストラ版と続けて演奏する、という意欲的な演奏会だった。

カルミナ・ブラーナの原曲は男声6部だったのだが、800年前の曲だけあって和声が今とはずいぶん異なり、面白い。そして歌詞はかなり際どい。男女の赤裸々な関係や、腐敗した聖職者への皮肉、世の中への儚みに溢れていた。時にはあまりに露骨な内容で会場が大笑いすることも。

原曲を聴いた上でオルフ版を聴くと、メロディを上手く生かしつつ、近代的オーケストレーションをしているのがよくわかる。バリトンが声量豊かで表現力に富んでいたため、聴き応えがあった。

演奏はやや大仰な表現もあったが、やはりこの曲は生演奏だといつも感動してしまう。特に最後3曲の構成は素晴らしい。ここを聴くために、いつもカルミナ・ブラーナへ足を運んでいるといっても過言ではない。

愛の苦しみや喜びを巡り逡巡した末に、『愛の誘い』の章の終曲でソプラノが愛を受け入れる "Dilcissime"。そして合唱が続いて"Ave formosissima"で美の神を讃える。Venusへの賛辞が折り重なり、圧倒されるクライマックスが一転、"O Fortuna"に戻り、世界の輪廻を表現する。

人の営みが神の世界へ昇華し、世界の構造へと連なる。なんとスケールの大きい曲なのだろうか、といつも感動する。聴き終って心に残る演奏だった。
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by flauto_sloan | 2008-11-07 23:00 | 音楽・芸術
Tanglewood 音楽祭 - Haitink/BSO
c0131701_1337560.jpgTanglewood Music Festival へついに行ってきた。昨年はボストンに来たのがオリエンテーション直前だったため機会がなかったが(代わりにNYフィルがNYのセントラルパークで演奏するイベントには妻と妻の友人と参加して来た)、今年は何度か行けそうだ。

タングルウッドでのピクニック
c0131701_13381270.jpg残念ながら妻は帰国中で参加できなかったが、ボストン在住の日本人の友人とピクニックを兼ねて一路ホールのあるLenoxへ。開場と同時に入場し、舞台に最も近い芝生席を陣取り、皆で持ち寄ったご飯を広げてピクニック。食後はフリスビーなどで遊んで開演を待つ。

c0131701_13385387.jpg途中で、小澤征爾ホールにてピアノ5重奏のコンサートがあった。木造の可愛らしいホールで奏でられるアンサンブルは、なかなか緻密だった。食後の心地よさを誘ってしまったが。

ハイティンクのマーラー
指揮者はベルナルド・ハイティンクで、曲はマーラー交響曲第2番「復活」だった。魂が震える程とまではいかないが、BSOも好調で名演だった。冒頭を初めとした低弦の緊張感、木管の歌わせ方と絡ませ方といい、ダイナミクスの幅といい、しっかりと作りこんでいる。大きな意外性やテンポの変化は少ないが、緻密なマーラーだった。

c0131701_13394114.jpgそしてやはり「お祭り」だ。楽団員は白服を着ており、そこもまた非日常さがあって好い。芝生席ではワインやビールを飲みながら聴いている。マサチューセッツ州は屋外での飲酒は禁止されているが、タングルウッドは例外とされているので、日本の花見感覚で皆楽しんでいる。

場所が屋外なので(私は屋根付きの席で聴いたが)、シンフォニーホールにはない雑音(駐車場からのクラクション音など)はあるが、そこはお祭りなので気にしない。ただ気になるものもある。歌のソロはマイクを使っていたため、舞台に近い席でもスピーカーから聴こえてくる。そのため音質と音量のバランスが崩れてしまい残念だった。とはいえ、歌の出番は少ないため、総じてマーラーの音楽を楽しめた。


次は来週の五嶋みどり。これも楽しみだ。
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by flauto_sloan | 2008-07-12 23:54 | 音楽・芸術