MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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2年間の学びを振り返る
この2年間での学業を振り返ろうと思う。結果的に成績は悪くなかったが、そういう計れるもの以上に多くを学べたと思う。学期ごとに振り返ってみる。


1年目の秋学期
必修であった最初の学期では、以前も書いたが、学ぶことの楽しさと、拠って立つ原理原則を学んだ。つまり

1) ビジネスは複雑化し、事業の全体像を把握することは困難になる中、
2) マネージャーたるもの事実を把握するための最低限の知識・スキルを身につけたうえで、
3) 限られた情報の中で意思決定をするための原理原則を理解し、
4) その原理原則が適用できる範囲を把握して正しい判断を行うこと、が重要である

ということを、ミクロ経済、ファイナンス、組織論などを綜合して学んだ。
世の中の多くの問題に正解はない。が、不正解はある。原理原則してはならない不正解を知ることは、意思決定の幅を的確に狭めてくれるし、また一見正しそうに聞こえる案に惑わされることがなくなる。
まさに学問と実際との関連と境界を学び、この2年間の礎となった。
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1年目の春学期
春学期では、アカデミックな知見と、人間本来の性質とを理解することが、それらと一見遠そうに見えるビジネスでも強力な見識となることと、己の限界を把握することの必要性を学んだ。

アカデミックな知見は、これまでの偉大な学者の研究の積み重ねにあるため、そこに埋め込まれた知見や洞察は深く、決して疎かにはできない。学者は象牙の塔に籠っているので、生き馬の目を抜くビジネスの実際がわかっていない、とは尤もらしく聞こえる。だが特にアメリカの学者は、実践を強く意識している。

投資銀行にいたファイナンスのアスキス教授、ザラなどのオペレーション改革を主導したオペレーション入門のガリエン教授、有名なアントレプレナーであったテクノロジー・ストラテジーのアンダーソン教授らは、自ら超一流のビジネスパーソンであり、さらに理論を極めている。理論と実践を極めた彼らの含蓄ある言葉は、大きな気付きを与えてくれた。
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りごぼん教授のマクロ経済学は、初めて学ぶ内容ながら、教授の強烈なパーソナリティと、ケーススタディによる歴史との整合性とで、いかに抽象化したモデルが(限界はありつつも)社会を強力に説明できるのかを学んだ。この抽象と具体のバランスは、ともすれば抽象か具体かと対立軸で考えがちだった私に、それらを止揚した考え方があると気づかせてくれた。
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また、人間本来の性質を理解するのが、結局人間の社会を理解するのに重要だと再認識した。
テクノロジー・セールスの授業では、結局人が物を買うのはそれを売る人間を買うのであり、物を売るには、買う側の本当に求めているものを知り、買える理由を与えることが重要だと講じていた。まさに心理と人格が重要な要素だ。
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ゲーム理論では、進化論におけるESS(進化的に安定な戦略)と絡めながら理論を学ぶと同時に、教授が設計したオンライン・ゲームに毎週参加することで、賢しらなMBA生が見事に理論と整合する行動をとってしまうことを目の当たりにし、納得感を深く持てた。
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途中まで履修していた、経済学部の行動経済学の授業でも、人間がいかに理性的ではなく、バイアスにまみれているか、そしてそれを理解することで何が見えてくるのかを学んだ。
また、人間の社会は国や文化で様々でありながら、共通の行動規範や社会・経済構造があると学ぶことは、人間という種に遺伝子レベルで埋め込まれた性質があることを教えてくれる。マクロ経済学、グローバル・マーケット、グローバル戦略論の3つの授業を同時並行で受講したことで、その多様性と共通性を理解することができた。
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加えると、この学期はやる気が焦りになったのか、授業を取り過ぎて破綻をきたしかけた。やはり自分は人間の一個体でしかなく、限界を知ってその中でやりくりしないといけないのだ。これは一度失敗しているのにもかかわらず、感情や焦り、執着というものがそれを忘れさせてしまった。やはり時折、一歩下がって自分を客観的に(過小評価も過大評価もせず)見つめることが必要だ。
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2年目秋学期
この2年間の転換点であり、ものの考え方が根本から大きく変わった。言うなれば、OSを入れ替えたようなものだ。
履修していた、システム・ダイナミクス、リーダーシップ、パワー&ネゴシエーション、インダストリアル・エコノミクスの4つの授業は、途中から結びつき絡み合い、世の中の構造、集団の構造、その中の個人の行動という3つのレベルでのダイナミクスを学ぶことになり、世界を今までとは別の角度で見られるようになった

システム・ダイナミクスは全ての根幹にある考え方で、世の中の事象を因果関係とその循環で構造化する。その構造に定量的・半定量的な分析を持ちこむことで、将来のシミュレーションや、問題解決のためのレバレッジ・ポイントを発見できる。それにより、逆効果となる施策を避け、本質を見抜く力を養う。
構造を理解すると、一見逆説的(counter-intuitive)な行動が、問題解決になることがある。たとえば、売り上げが落ちて士気が下がってきたので、思い切って価格を上げる、顧客対応が追い付かず収益が悪化してきたので、あえて接客時間を長くとる、といった打ち手が、一見事態を悪化させているようで、問題の構造を理解していると実は正しい効果を生むことがある。
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ハイフェッツ教授のリーダーシップの授業は、冬の集中講義ともども、このブログで散々語ってきた。そこでは文化人類学にまで掘り下げたうえで、人間が社会および集団の中でどうダイナミクスを生み出し、それに応じて行動するか、リーダーシップはそのダイナミクスを熱したり冷ましたりすることで、人をより高い目標に導くための学習を促すのだ、と学んだ。理論(膨大な参考文献)と実践(チームセッションと授業中)とで、リーダーシップを取ることの危うさと、その向こうにある目標の崇高さ、それを推し進める矜持を学んだ。最も感動し、学びが深かった授業だった。
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パワー&ネゴシエーションは、いわゆる交渉学なのだが、個人や集団との交渉を、交渉の背後にある構造にまで踏み込んだ上で設計し実行することを強調する。それはまさに、リーダーシップを発揮するうえで必要な術であり、構造の把握が如何に重要かを、実践的に理解した。個別の交渉術もさることながら、相手の意思決定に、問題を取り巻く組織・社会・文化的構造をどう作用させるかという本質論が、大きな学びであり気付きだった。
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インダストリアル・エコノミクスで学んだ、産業別の競争環境と戦略も、これらの構造とダイナミクスを適用させるケースであった。経済活動も、購買意思決定者のレベルにまで落とし込めば交渉であり、相手の心理を「買う」という状態にまで持っていくための構造設計である。その構造には、企業という集団レベルでのダイナミクスがあり、その企業のある産業・市場の中では、市場規模の拡大・縮小や、競合環境の変化といったダイナミクスがある。これらの構造を理解し、どう戦略を建てるべきなのか、という観点で学ぶと面白かった。

これで世の中を見通せるようになった、と烏滸がましいことは言わないが、近視眼的であることと大局観を持つことの違い、事象の背後にあるものを構造化するとはどういうことかを理解できた。ダンスを踊りながらバルコニーに上がること、これを常に意識しよう。


2年目春学期
最終学期は、歴史とそこから学ぶことの重要性を学んだ。先学期では社会・集団・個人の構造を、微分的なダイナミクスで捉えたが、今学期はその時間軸をぐっと伸ばし、歴史という一段大きな構造を把握することで、見識のレベルを深めることを理解した。

フォーブズ教授の「世界経済が抱える課題(Global Economic Challenge)」の授業では、歴史をしっかりと捉えれば、この金融危機ですら古くて新しい問題であり、過去から学べるものが多いと示した。ブッシュ政権の経済諮問委員会の最年少メンバーだったフォーブズ教授は、100年に1度といわれる今回の金融危機を、まさに時間軸を100年以上に捉えて、様々な「危機」のケースを取り上げることで、危機のうちで何が人類未経験の課題で、何が既にわかっている課題かを切り分けた。大部分は未曾有でもなんでもなく、規模の大小はあれど人類が経験しているものだった。
歴史から、過去の経験から学べるからこそ、何が今新たに知を結集すべき新しい課題かを切り分け、解くことができる。それを毎度一から解いていたのでは、時間がかかるし、動員できる知は限られる。ちっぽけな頭に閉じた世界で考えるのではなく、先人の知恵を総動員することが重要だと学んだ。
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サロー教授の「経済・政治に関る課題」の授業では、歴史観の重要性を、現代のテーマを取り上げることで実感した。高齢である教授が、自分の経験(それが即ち歴史となっている)を基に、常識や通説といったものをばっさりと切り捨てる。もちろん自分の経験へのバイアスはかなり強いのだが、多くを経験してきた教授の見識には常に一定の理がある。その理を積み立てていくこともまた、実践的に学ぶということなのだろう。
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アターバック教授の「破壊的イノベーション」の授業では、テクノロジーが市場に与える影響を、歴史から共通性を紐解いて考えることで、一定の構造があることが論じられた。イノベーションによる産業の栄枯盛衰は、ごく最近現れたかのような印象を持つが、それは我々の記憶の短さと、経験によるバイアスでしかないのだろう。ボストンの氷産業から電球、自動車、最新のデジタル機器に至るまで、イノベーションによって技術・商品が世代交代し、その交代の過程での新旧両技術の動向や、一つの技術の栄枯盛衰のサイクルには法則性がある。この、技術が生み出す短期・長期のダイナミクスと、それをもたらす構造への洞察は非常に深く、印象深かった。
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マドニック教授のウェブ3.0の授業は、新たなイノベーションの萌芽となりうる技術と、その先にあると考えられるweb 3.0とはどのようなものかを議論した。最近日本でも広まりつつあるfacebookやtwitter、TripAdvisorなどを始め、Wolfram Alphaなどの先駆ける技術、そしてクラウドやセマンティック・ウェブにまで、まだ誰もよくわからないものをわからないままに、のびのびと考えるのは知的刺激に溢れ、面白い授業だった。将来のウェブやビジネスを想像するのは楽しい。
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キーガン教授のアダルト・デベロップメントの授業では、大人になっても学び続けることの重要さと、その先にある成熟した人間の姿、それに向かううえで障壁となる心理を学んだ。東洋で器を大きくすると表現されるものを考える契機となった。大器は晩成しうるのだ。
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ローゼンフィールド教授のオペレーション戦略の授業は、様々なゲストスピーカーが招かれたのだが、彼らの経験をまとめたケーススタディに、自身がコメントをすることで、何がオペレーション設計上、戦略策定上のボトルネックや課題となるのかをビビッドに感じることができた。
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こうして2年間を振り返ると、まさに視野が広がり、考え方の柔軟さや奥深さを得られたと思う。知識を見識レベルにまで深め、胆識を養う素地と実践が行えた。MBAでのテクニカルな学びはさることながら、こうした一歩引いて学んだことこそ、この2年間で得た大きな財産であり、私自身を養う得難い経験だったと思う。
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by flauto_Sloan | 2009-06-07 10:40 | MITでの学び(MBA)
最後の授業
今日のオペレーション・ストラテジーの授業が、MBAでの最後の授業だった。この授業は2年生しか取らない授業なので、それをよく分かっているローゼンフェルド教授は、授業のまとめを簡単に済ませ、楽しく我々を送り出してくれた。

この授業はMBAに加えて、LFM(Leaders For Manufacturing)というMBAとMSのdual degreeの人たちも履修しているのだが、教授はLFMの担当教授でもあるため、授業は非常に家族的な温かさのあるものだった(内容はいまひとつだったが)。教授は大量のピザを注文し、みんなで熱々のピザを頬張りながらの授業。
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教授が10項目の最後のメッセージを一つ一つ伝えていき、生徒がどんどん突っ込んでいって盛り上げる。20分ほどで「私からは以上だ。諸君らの健闘を祈る!」と教授が告げたとき、私の授業は全て終わった。

試験の類は全て終わっており、レポートももう全て提出しているので、学業という点でもこれで最後だ。だがまだ、学生でなくなる実感はない。予習に教科書を読むことがなくなり、レポートに頭を悩ませることがなくなると、やがて学生でなくなることを知るのだろう。

そう予感すると、疲れや達成感でもない、そこはかとない寂しさがこみ上げてきた。
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by flauto_Sloan | 2009-05-14 19:53 | MITでの学び(MBA)
OpsSimCom - 遊びて学ぶ
MIT Sloan Operation Clubが主催する、MBA Operation Simulation Competition に、スローンのブロガーであるKazさんShintaroさんと参加した。(その様子をKazさんがブログに書いている)

一度昨年のオペレーション入門の授業で行ったシュミレーション・ゲームなのだが、今回は不況を反映して設定が変わり、キャッシュが枯渇しそうで借金もできない中、3日間フル稼働で工場運営をし、一番キャッシュを稼いだチームが優勝となる。参加チームは全世界のビジネススクールから100チームで、中国のCEIBからも多数参加している。


前回の授業の時に、かなり手ひどい失敗をしてしまい、生産計画とはどういうことか、コミュニケーションや委任・信頼とは何かを学ぶこととなった。今回はその教訓を生かして、目指せ上位、と意気込んだ。

3日間はなかなか睡眠不足で、いつも工場のことが気になるほど、3人とものめりこんでしまった。

だが結果は・・・残念ながら中の下といったところ。これはこれで学ぶことは多かったのだが、やはり周到な事前計画と、予想と現実がずれたときの思い切った判断/度胸が必要だと痛感。これを一人で行えることが望ましいが、人間にはマインド・セットやメンタル・モデルがあるので、これをカバーするチームワークはもっと重要であり、チームがワークするための、信頼とタイムリーで密度の濃いコミュニケーションは必要だ。


前回の授業の設定をベースにShintaroが素晴らしいモデルを作ってくれた。これで事前計画が進み、非常に効率的で効果的なスタートを切れたのだが、今回のゲームでは、需要の現れ方が前回と大幅に変わったり、ある機械のキャパシティが最後までなかなか把握できなかったりと、試行錯誤で修正しなければならない部分が多かった。だが工場運営に追われ、集まった運営データからモデルを修正する人を置けなかった。オペレーションの授業だからといって、オペレーションに埋没してしまっては意味がない。現場監督だけでなく、経営企画部も持たなければ、企業は大きく成長できない。

また、現場での判断は、最後は合理性の彼方にあるので、そこでは自分の性格や、過去の成功または失敗経験が知らず知らず影響してしまう。それに気が付いて補正し、できるだけ偏らない判断にすることは、一人では極めて難しい。せっかく能力的にも相性としても良い、強いチームだっただけに、ゲーム進行中に一歩引いてチームダイナミクスを観察し、経営企画を作ろう、といった方向修正を早めにすることができていれば、もう少し上位になれたかもしれない。


オペレーションで学んだことも、リーダーシップで学んだことも、実践は難しいのだが、シミュレーションというリスクのない状況だからこそ、失敗からこうして学ぶことができる。まさに参加したことに意義があった。

ともあれ、なかなか大変ではあったし、賞金は遠く逃したが、非常に面白いコンペティションだった。


ちなみに、優勝はスローンのLFM (Leaders For Manufacturing) という、MSとMBAのヂュアルプログラムの人たちのチームだった。主催校のスローンが優勝できて、まずはなにより
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by flauto_sloan | 2009-05-03 13:55 | MITでの学び(MBA)
WWWの巨人 – Sir Tim Berners Lee
MITの教授で、WWWの開発者である、Sir Tim Berners LeeWeb3.0の授業の最後のゲストスピーカーとして呼ばれた。某サイトで「憧れる有名ハッカー」に選ばれ、WWWで世界を変えた男とも言えるバーナーズ・リーは、恐ろしく頭の回転が早く、かつユーモアがあり、MITが擁する天才とはこういう人なのだな、と思わせた。
Web2.0は群雄割拠の無秩序を生み、それぞれの技術が囲い込まれてしまった。セマンティック・テクノロジーを中核とするWeb3.0はそうではなく、相互にオペレーションが可能で、一貫性を持ち秩序あるネットワークを作り上げることが必要だ。もちろん、それは全てが無料であることも、アクセスコントロールができないことも意味しない。

あらゆるデータが共通の土壌として繋がることで、あらゆる創造性がその上で開花する。一部企業がデータを独占しようとするだろうが、データを結びつけることによる価値の方が大きくなるのと、データの開示競争が引き起こされることで、あるところで閾値を超えてデータが共通化されていくだろう。

共通化されたデータが結び付けられる効果は計り知れない。たとえばWeb3.0の技術を導入している癌治療の分野では、それぞれの研究分野は狭い科学者達が、お互いのデータを結びつけたことで、既に便益が出始めている。

否が応でも、Web3.0の時代は到来するのだ。マイクロソフトが当初インターネットを毛嫌いしても、それを受け入れざるを得なかったように。
バーナーズ・リー教授は、セマンティック・ウェブによる秩序あるWeb3.0の姿を考えている。それが可能になれば、まさに人知を超えた発見が生まれる可能性がある。まさに人の創造性が自由に花開く土壌だ。

だがグーグルは力技によるセマンティック技術を進めており、教授の理想が実現できるかはまだ予断を許さない。Wolfram Alphaのような新しい技術も登場しており、いまだWebは群雄割拠である。

WWWコンソーシアムのような秩序だったアプローチが通用する規模を超えてしまっているのかもしれない。教授の推進するセマンティック技術が閾値を超えようにも、閾値自体が普及を上回るスピードで拡大しては意味がない。

無秩序から生まれる創造性と、秩序の上で花開く創造性。どちらが勝つのだろうか。


 ちなみに、質疑応答の中で「webの世界で一番驚いたことは何でしたか」と聞かれたバーナーズ・リー教授は「人々がHTMLを手で書いていたことだ」と答えていた… ちなみにこのブログも、微調整はHTMLタグを手打ちで入れ込んでいます
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by flauto_sloan | 2009-04-27 22:05 | MITでの学び(MBA)
クリステンセン教授とアターバック教授
c0131701_8102620.jpg「破壊的テクノロジー」の授業で、『イノベーションのジレンマ』の著者、クレイトン・クリステンセン教授がゲスト講演をした。
アターバック教授とは長年のライバルであり友人であり、MIT的科学的・定量的アプローチを重視するアターバック教授と、HBS的経営目線での意味合いを重視するクリステンセン教授の対比が面白い。

クリステンセン教授は、「イノベーションへの解」の内容を中心として去年4回連続講義をMITで行い、私は初回以外参加した。今回の講義も基本は同じであったが、アターバック理論を理解し、また丁度『科学革命の構造』を読んだところで批判的に聴くとまた面白い。教授のキーメッセージをいくつか。
  • 技術は周辺から興り、中心技術へ集約され、そこで破壊的イノベーションが起きて再度周辺へと分散する。その破壊的イノベーションは、利益と差別化を目的とした競合によるコスト増大やサービス範囲の拡大によって促される。いわば正しいビジネスモデルであるからこそ、破壊されてしまう
  • 破壊的イノベーションを可能にするのは、簡素化された技術、ビジネスモデルの革新、そして新しいバリュー・ネットワークである。
    • 技術は3つの段階を経る。試行錯誤、パターン認識、そして規則性の活用だ。この3段階目に入ると、破壊的イノベーションが促される
    • ビジネスモデルは、バリュー・プロポジション、リソース配分、プロセス革新、利益方程式の確立の4つのサイクルが循環するようなものである。これが循環する限り、技術は持続的である。そのとき、進化するのはビジネスモデルではなく、企業である
    • バリュー・ネットワークの確立といった相互依存性を含む構造的な問題は、「神の見えざる手」では自動的に解決されない。ロックフェラーが「見え得る手」と呼んだように、アーキテクチャーを再設計しなければ、個々の起業家の努力だけで解決するものではない。仮説を持って、構造のあり方を試行錯誤して作り変えていくことが重要だ
「破壊的イノベーション」は、その実「破壊的ビジネスモデル」のことだ、とあるCEOが言ったという。動物の進化戦略と同じで、正しい戦略だからこそ、やがてそれに付け入る戦略とそれを可能にする技術が生まれ、「破壊的」と呼ばれる。

確かにアターバック教授が指摘するように、クリステンセン教授の理論がどこまで包括的で、定量的なのかはやや疑問が残る。成立要件も色々と隠れているだろう。記述的である中に、規範的な要素を含む理論だからこそ、多くの経営者に感銘を与えたように思える。

そうなると気になるのは、クリステンセン理論やアターバック理論の裏をかくものだ。あれだけ『イノベーションのジレンマ』がベストセラーになり、技術経営の分野ではある種の常識になっている。多くの企業が彼らの理論を考慮した戦略を立てて生き残りを図るならば、新しい戦略家や起業家はさらにその裏をかくだろう。

今それが何なのかは思いつかず、また彼らの理論がどこまで常識となっているのかはわからない。だが孫子の兵法が漢の時代の兵法家の常識となった結果、三国志の頃にはそれを理解した上でその裏をかくことが優れた兵法家の証だった(孫子に注釈を入れた曹操がよい例)。

兵は詭道なり
戦略は状況に応じて千変万化し、淘汰圧に曝されて進化していく。
だから面白いし、難しい。
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by flauto_sloan | 2009-04-23 22:06 | MITでの学び(MBA)
Web3.0
今学期の授業で、Stuart Madnick教授のWeb3.0という授業をとっている。Web2.0が喧伝されて久しいが、一歩進んで「Web3.0とは何か。それが社会やビジネスに与える影響は何か」を考える。コンピューターサイエンス界の巨人Tim Berners-Leeを擁するMITという地の利を生かして、最先端の研究者を次々と呼んで、今何が考えられているのかを聞き、議論する。

Web2.0の定義も人によって様々だから、当然Web3.0が何かというのは全く定まっていない。Web3.0の定義文コンテストがあったり、Wikipediaでは記事が載っては削除されたりしている。この授業では、データのパミッションになぞらえて、以下のような枠組みで考えている
  • Web1.0="read": Web上のデータは読むことしかできず、ユーザーは定められた手順や範囲でのみ行動する
  • Web2.0="write": Web上にデータをアップロードしマッシュアップできるようになり、ユーザー参加型ビジネスがセレンディピティに介けられ主流になる
  • Web3.0="execute": セマンティック・ウェブによってデータの意味を区別した構造が出来上がり、Web上のデータは機械同士で自動でやり取りが行われるようになる
もしこれがWeb3.0であり、近い将来に実現するとなると、医療(特に診断)やコンサルティングなど知的サービス産業は大きく変わるだろう。データ収集能力や定型的な分析能力は機械(というかクラウド)によって自動化され、価値が急落する。

コンサルティング業界に喩えるなら、ファームに高いフィーを払わなくても、経営企画部では自社の経営指標と産業の構造や景気、主力製品の一般評価や地方の営業所のコンプライアンス違反まで、Web上で情報が「意味や文脈を踏まえて」自動収集される。さらに、Forces at workや3C分析といったある程度定型化された分析も為され、とるべき行動のオプションまで推薦される(その構造をパッケージ化して売り出すファームが現れるのは間違いない。例え自分の首を絞めることになっても)。コンサルタントはより高度でアーティスティックな問題解決だけを求められるようになるし、需要も減るのでコンサルタントの数自体大きく減っていくかもしれない。

産業革命と農業技術の発達が農業人口を工業人口に転化し、情報革命とオートメーションが工業人口を情報産業人口に転化した。情報産業がオートメートされ、セマンティック革命が起きると、情報産業の人口はどこにいくのだろうか。宗教か芸術に回帰するのか、或いは新しい産業が生まれるのだろうか。
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by flauto_sloan | 2009-03-15 23:55 | MITでの学び(MBA)
サロー教授の最後の授業
c0131701_538386.jpg先日紹介した、レスター・サロー教授の最終講義があった。生徒は誰も今日がこの大経済学者の最後の授業だとは知らかった。
サロー教授がいつも以上にお洒落なスーツに身を飾り、りごぼん教授など何人かのファカルティが授業を見に来たので、何だろうとは思っていたが、まさか今日を以って教鞭を下ろすとは、驚きだった。

その最後の授業は、アメリカの経済についてだった。一問一答だったのでまとまりはなかったのだが、全体のメッセージとしては、以下のようなものだった。
アメリカが豊かな国であるのはGDP per Capitaの予測を見ても当面変わらないが、経済成長は労働ではなく技術進歩に頼らなくてはいけない。今回の不況も、構造的な変化というよりも、コモディティ価格が下がったことに起因する景気循環であろう。
最終授業によくある、教授から学生へのメッセージがあるかと思えば、授業は30分ほどであっさり終了。テストの連絡をすると、そっけなく教授は教室を去ってしまい、生徒も慌てて拍手をして見送った。

もう高齢の教授は一度大病を患ったため、言葉があまり明瞭でなくなってしまい、耳の遠さも相俟って、なかなか授業は難しそうであった。それでも最後まで気焔を吐いていた意志は素晴らしい。彼の議論は納得いかないものも多かったし、かつての切れ味はなかったとしても*、非常に刺激的だった。

去り際も、飾った言葉が似合わない彼らしい、背中で語るものだった。
MITスローンの一時代の終わりであった。


* 噂だが、彼がスローンの学部長だった頃、GMの将来がないことを見通したサロー教授は、学校の名前からスローン(GM創業者 Alfred P. Sloan)の名を外そうとしたことがあったそうだ。法的制約など諸般の事情で断念したそうだが、今にしてみれば慧眼であった
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by flauto_sloan | 2009-03-10 05:06 | MITでの学び(MBA)
TripAdvisor Stephen Kaufer CEO - Web 3.0
c0131701_7231739.jpg今や旅行をする時には必ずチェックするサイトが、TripAdvisorだ(日本語版)。そのCEOのKaufer氏が、Web3.0の授業に招かれた。カウファー氏はきさくなエンジニアといった外見と、人当たりの良い話し方で、非常に魅力的だった。自分のビジネスの良さを曲げない信念と、一方で臨機応変に気づきに対処する柔軟さが見事だった。

トリップアドバイザーの成功
トリップアドバイザーは、Web 2.0の代表で、旅行の口コミサイトである。メンバーが世界各地の旅行情報(ホテル、レストラン、観光名所等々)を書き込み、それがメンバー同士で評価される。評価ページで気に入ったホテルやレストランがあると、そこからexpediaなどの予約サイトへ直接移動できる*

トリップアドバイザー社の収入はこの予約サイトから得ていて、どれだけサイトへ移動(リード)し、どれくらいが実際に予約したかで売上が決まる。実際に予約状況を確認しようとするユーザーは、既にその場所へ強い興味を持っているため、リードからの成約率は高い。

Web 2.0の他のサイトと同じように、ユーザーは自分からコンテンツを作成していく。例えば築地市場は何故か外人の書き込みばかりなのだが(確かに東京に住んでてもなかなか行かない)、全部で20件あり、「寿司が美味しいし市場も面白いので是非行くべき」から「ぼられるから注意しろ」まで色々に書き込まれている。トリップアドバイザーは、差別的など非常に問題がある書き込み以外、否定的なものも肯定的なものも残す。それがユーザーの総意であり、結果として秩序と便益が保たれるのだという。

今や幅広いパートナーを持ち、旅行サイトでは圧倒的な便利さと人気を持つようになり、2004年に2億ドル以上でIACに買収された。買収以後もカウファー氏はCEOで残り続け、facebookの"cities I've visited"アプリによって更に顧客層を拡大するなど、積極的な拡大を続けている。

カウファーCEO
CEOのカウファー氏はシリアル・アントレプレナーで、いくつか起業をした後にコンピューター・エンジニアとして勤めていた。ある日奥さんとの旅行を計画した時、既存のガイドブックでは知りたいことが載っていない、載っていても実際がどうなのかわからない、と不満を持ち、実際にその地を訪れた人の口コミがまとまっていれば便利なのに、とぼやいた。すると奥さんが「ならあなたがそれをやったら」と背中を押して、起業を決意したという。

難航したのは、旅行サイトとのパートナーシップだそうだ。エクスペディアに「トリップアドバイザーから来て旅行が成約したら、紹介料をください」と持ちかけようとしたが、反応は「うちの名前を貸してあげるのだから、むしろうちがお金を貰うべきだろう」と全く逆。そこでカウファー氏は、まず数ヶ月間試してみて、その結果を見て判断してくれと大見得を切る。必死の努力と相俟って、これが成功し、どんどん売上もパートナーも拡大していった。

新しい機能は、試行錯誤で進めていく。当たると予想して外れたり、予想外のものが人気を集めることなどざらで、臨機応変に即興的に意思決定をしていくことが重要だ。競合はいくつか現れているが、競合を気にするよりも顧客のことを理解することに専念している。顧客が何を欲しがっているかを探り続け、いかにトリップアドバイザーに居ついてくれるかが最も重要だと語っていた。


決して驕らず、真面目さとユーモアを忘れずにいるカウファー氏は、あまりCEOには見えない。だがその柔軟さと人懐こさが、この成長企業を率いる人徳なのだろう。常に試行錯誤し続けて、うまく行った偶然が続いたことが成功につながったのだ、と言わんばかりの謙虚さは、成功を呼び込むための努力を容易に窺わせるし、また謙虚になれるだけの自信を感じさせる。

ガースナーやウェルチといった成熟した大会社のカリスマ経営者から学べるものも多いが、カウファー氏のようなしなやかなタイプのスタートアップ経営者の成功談は、非常に刺激になった。ビジネスモデルの面白さと共に、実感を持って学べるものが多く、なかなか色々と考えさせられた。


* たとえば、東京の英文ページを開くと、お勧めホテルの1位にThe Prince Park Towerが出る。ここで"Check Rate"をクリックすると、Expedia、Orbitz、Hotels.com、agataの4つの旅行代理店サイトが立ち上がる。トリップアドバイザーはこれらの価格比較を直接行わないが、ユーザーは容易に比較できるため、事実上アグリゲーター的役割も果たしている
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by flauto_sloan | 2009-03-09 22:13 | MITでの学び(MBA)
Global Economic Challenge- 異文化間で、異なるものと同じもの
フォーブズ教授の"Global Economic Challenges" の授業で組んだチームは、4人までで2大陸3カ国以上の混成チームであるのが条件だったのだが、この多様なチームから学んだことは多かった。私のチームは私(日本)、Mさん(アメリカ)、Iくん(エジプト系アメリカ)、Sくん(南アジア)というチームだった。

政策に対する許容幅の違い
マクロ経済の授業なので、Aggregate Demand - Aggregate Supplyモデル、IS-LMモデル、BB-NNモデルなどを使って、経済危機にある国の置かれた状況を理解し、どのような金融・財政政策を取るべきかを議論する。

1回目の課題では、好調だったロシアが2008年以降どのように経済が危機的状況に陥ったのかを分析し、どうやって経済を好ましい平衡状態に持って行くのかを検討するものだった。そこで取りうる政策は、なかなかありきたりのものしか出てこない。アメリカ人は特に、踏み込んだ財政政策があまり好きでないようだ。

だが対象国はプーチンが院政を敷くロシアだ。本当に経済を回復し、強いロシアにするならば何をするだろうか。レバーの一つに人口があり、生産レベルを維持したまま人口が減れば、好ましい平衡状態に収束し易い。グルジア侵攻や、貧しい地域の分離・独立は人口減少のために有効な政策なのではないか、と言ったところ、さすがに黙殺された。

これは極論だったが、全体に社会主義的である日本の国民として想像しうる政策は、アメリカ人からすると介入しすぎであり、個人や市場の自由を阻害すると受け取られた。柳澤教授が述べていた事前主義の日本と事後主義のアメリカ、社会や集団を重視する日本と市場と個人を重視するアメリカ、という違いを感じた

空気と村八分
逆にアメリカと日本も実は同じだと感じたのは、チームには読むべき「空気」があり、それを読めないと村八分になる、というものだ。日本特有の文化のように思われがちだが、ハイフェッツ教授のリーダーシップの授業でも学んだように、これは人間本来の行動規範であり、文化による程度の差こそあれ、共通だ。今回のチームでは、それを改めて感じた。

ひとつのケースとして紹介する。
    1回目の課題の提出直前、S君が最後の手直しをすると言ってきた。答案が返ってきてわかったのは、S君は提出直前にこれまでの議論を1から覆す大変更をし、しかもそれが間違っていて(当初のチーム議論が正しかった)、チェックプラスを逃してしまった。

    チームの努力を勝手に無駄にするS君の行動は、我々の信頼を失わせるに十分だった。もともとミーティング中に明らかに貢献していない(恐らく課題を読んできていなかった)ことで十分、場の空気が彼のチーム内のポジションを一番低いところに押しやっていた。最後の手直しを彼に任せたとき、チームの期待は校正とロジックの甘いところを埋めることであり、一から書き直すことではなかった。

    2回目の課題に向けたミーティングの日、彼は風邪を引いたので、スカイプで参加したいとメールに書いてきた。誰も返事をしない。ミーティングの時間に集まった3人は、誰もS君を呼ぼうとしない。彼は村八分になっている、という空気をひしひしと感じたし、私も彼の行動に納得がいかなかったので、結局3人で議論を進めることに。

    補足ミーティングにはS君が来たものの、彼の意見は発言時に既に割り引かれてしか受け入れられない。さすがのS君も気づいたらしく、だんだん発言が少なくなっていく。議論の後、今回は私がレポートの論旨を構成した。私の答案に対してS君から反論はあったが、存在感を増すための反論のための反論でしかなく、他の二人の支持も得られず、結局今回も彼の貢献度は非常に少なかった。
私が言いたいのは、S君を非難することでは全くない。4人の異文化のチームであっても、チーム内で生まれる空気というグループ・ダイナミクスがあり、そこで期待された平衡状態を超えてしまう「やり過ぎ」を侵した者は、空気によって無力化されてしまう、という構造が短期間で見事に発生するのが非常に興味深かった。

ハイフェッツ教授クラスのグループに比べ人数が少なく、また課題に回答するという比較的シンプルな目的しかなくても、そこで学んだものは再現された。かなり抑圧的な空気の中で私はレポートをまとめるというリーダーシップを執ってみた(「介入」した)のだが、S君の反論は悲しいくらいに予測可能であり、他の2人の私への支持もまた、予想通りであった。


一人ひとりの考え方や、価値観は異なっていても、集団の置かれた環境や構造によって、どのようなダイナミクスが生じるのかはある程度予測可能である ― これこそマクロ経済に通じる学びではないか。授業の主題も、これまでに起きた幾多の経済危機から学んだ構造と、今回の金融危機は本質的には変わらず、未曾有であり未知であると過剰反応することなく、正しい判断をすることにある。個別の企業や社会・文化を捨象してマクロ視点でモデル化するからこそ、再現性のある構造が見えてくる*

まさかフォーブズ教授が、チームワークからこれを学ぶことを期待していたとも思えないが、やはりシステムが重要なのだ、と気づくチーム経験だった。

* この考えは、システム・ダイナミクスのスターマン教授も、先日講演したマートン教授も強調している
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by flauto_sloan | 2009-03-07 21:39 | MITでの学び(MBA)
Forbes教授、ホワイトハウスで奮闘す
c0131701_5285478.jpg今学期で一番面白い授業、"Global Economic Challenges" を教えるクリスティン・フォーブズ教授が、CEA (Council of Economic Advisers)の最年少メンバーとして、ホワイトハウスにいた頃のことを話す特別セッションを行ってくれた。


CEAがどのように機能しているのか、そして大統領や政府首脳にどうブリーフィングを行うのか、そしてブッシュやチェイニーの反応はどうだったか、などのアメリカの舞台裏を、非常に明快な語り口で、ユーモアを交えながら覗かせてくれるとあって、教室から溢れんばかりの大人気だ。
いくつか興味深かった発言を書き留めておく。
「ブッシュ大統領は、頭がいいナイスガイで、問題点をよく理解している。でもカメラの前では硬直してしまうせいで、実際とは異なる、誤ったイメージが描かれてしまった。
彼はいつでも、米国のために何が正しいかを考え、よく働いていたわ。でもポリティカル・アニマルでは決してなかったし、確かに彼自身テキサスでバイクを磨いている方が、大統領の仕事より好きだったと思う」

「チェイニーはとても頭が切れて、口数は少ないけれども、何か喋る時はいつも鋭い質問だった。コンディ・ライスは驚くほど頭が良くて、チャーミングで、人の緊張を解いてしまう才能があった。そして彼女の発言は、データや正しい現状理解に基づいていて、非常に濃い内容だった」

「大統領の諮問機関は複数あるけれども、それぞれが分析を基に提言をし、意思決定は当事者のいる場で最終検討をして決められる。ただオバマ政権では取りまとめ役のNSCにサマーズがいて、CEA議長が押しの強くないローマーなので、うまくバランスが取れるか心配」

「経済面でブッシュ政権の失敗は、鉄鋼に関税をかけたこと。ブッシュ大統領は自由貿易主義者だったのに、逆のメッセージを送ることになってしまった。議会をなだめることに必死で、どんな反発がくるかを過小評価していたのでしょう。
安全保障やイラク政策は、経済学者としては正しかったとはいえないけれども、ホワイトハウスで議論を尽くすと、経済学的に誤っていても正しい判断かもしれない、と最後は納得した。ホワイトハウスは経済的正しさと政治的実行可能性を、常に考えないといけないから、それでいいのです」
先日のバーンズ教授の講義でも感じたが、ブッシュ政権は評価されてもいい政策をしており、メディアによって悪い方にばかりイメージを歪められているのかも知れない。イラク戦争の決断も、当時のブッシュが置かれた状況と情報の中で、本当に誤った決断だったのだろうか。ブッシュ政権が無能の代名詞になったために、ブッシュのせいでないものも彼らの失策になっているのではないか(ちょうど今の麻生政権のように)。

彼らがブッシュ政権にいたことを差し引いても、あの8年間を正しく再評価する必要はあるだろう。世界最高レベルの優秀なスタッフと妥当な組織を以ってしても、リーダーの能力で国家が危機になるのであれば、これは組織論上の重要なケーススタディになるだろう。


不思議と、この2年間で日本の自民党と米国の共和党への支持が、自分の中で高まった(元が低かったというのもあるが)。それこそ友人や教授など特定個人への私のロイヤルティーの所為かもしれないが、多様な価値観や意見の幅を常に考えることで、メディア等による偏向を取り除いて考えることができるようになってきたのかもしれない。
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by flauto_sloan | 2009-03-04 04:45 | MITでの学び(MBA)