MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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ボストン観光
今日は一日、母を連れて妻とボストン市内観光をした。かねて行きたかったホエール・ウォッチングをしたのだが、これが面白く、母も妻も大満足だった。
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ボストン沖には鯨が棲息しているので、夏はボストンの港やケープコッドからホエール・ウォッチングの船が出る。今回は水族館の先にある埠頭から出航する船に乗り、鯨を見に向かった。出航すると、ボストンの街がだんだん小さくなっていく。ボストンは港町だったのだな、と改めて実感していると、やがてケープコッドが見える。それも越えると波が高くなり、沖合いに出る。
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1時間ちょっと船に乗っていると、鯨の棲息するポイントに達した。遠くで鯨の群れが泳いでいるのが見える。じわじわと船が近づくと、鯨が驚くほど間近に見えた。巨大な鯨が雄大に泳いでいるのを見るのは、楽しく神秘的だった。
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さらに船を走らせると、別の鯨と遭遇した。この鯨はサービス精神旺盛なのか、なにか異変が起きているのかわからないが、船のすぐ傍まで来て水面に顔を出していた。鯨の顔をこんなに近くで見るのは、生まれて初めてだ。
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あまりに近いので、潜っていても影が見える。乗客は船の上から、影を追って移動する。迫力ある鯨の泳ぎに、みな大興奮だった。

市内に戻ると、クインシー・マーケットからフリーダム・トレイルをボストン・コモン方向へと歩いた。流石に3回目のフリーダム・トレイルなので、だいぶどこに何があるか判ってきた。何度もボストンには来ていた母も、この歴史が刻まれている道を歩くのは初めてらしく、とても楽しんでもらえたようだ。私も、最後にボストンの歴史を改めて振り返ることができたのが嬉しい。
(写真はアメリカ最古のレストラン、ユニオン・オイスターにて、JFKがいつも利用していたテーブル)
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夜はグリル23という、ボストンでも有名なステーキ屋さんへ行った。去年のジャパン・トレックの参加者が、お礼にとオーガナイザーへ食事券をくれたレストランだったので、最後に予約して訪れた。さすがにアメリカの一流ステーキハウスは、肉がジューシーで最高だ。焼き加減も絶妙で、食べていて幸せになってくる。

ボストンを楽しみつくした、充実した一日だった。
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by flauto_Sloan | 2009-06-03 23:30 | 旅行
結婚記念日
卒業式に出るため、母親がボストンに来た。そして今日は私たち夫婦の結婚記念日。ボストンきっての名店といわれるOleanaでお祝いをした。Oleanaは、ハーバードの学部・大学院を出た友人がお勧めのレストランであり、私の結婚祝いにギフト券を貰っていたところでもある。そこで、満を持してOleanaを予約した。

ボストンに到着した母は、昨年までHotel@MITというMITの資産だった、Le Meridian に宿泊した。寮から歩いて5分ほどであり、さすがに便利だ。Hotel@MITだった頃は、ベッドカバーが数式だらけだったらしいのだが、売却された今は普通の白いシーツで残念。だが宇宙船のようなエレベーターなどにかつての名残がある。

そのホテルから車で5-6分ほどで、Oleanaに到着。時間は早めだが、すぐに混雑するのが名店らしい。
食事は流石に、どれもとても美味しい。パンは焼きたてで、オリーブオイルも味わい深い。そして料理は野菜も魚も素材が活きていて、一品一品が楽しい。ボストンにもここまで美味しいお店があるのだな、と最後になって見直した。

家族3人で、幸せな結婚記念日だった。
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by flauto_Sloan | 2009-06-02 23:18 | 家族
ナイアガラ大瀑布をアメリカから見る
東海岸にいるうちに観光しておこうと思いつつ、つい後回しになっていたのが、ナイアガラの滝だ。ボストンからなら車でも行けるが、ニューヨークからなので飛行機でバッファローまで飛ぶことにした。あんな失敗をするとは思わずに・・・

ナイアガラ
ナイアガラの滝はアメリカ・カナダの国境に跨るのだが、カナダ側からの景色がよいという。
私も妻もナイアガラの滝には行ったことがないのだが、双方の両親は何度か言ったことがあり、カナダ側からの眺めがいいと勧められていた。そこで、JTBの日帰りツアーに申し込み、カナダ側から観光することに。

当日、家からJFK空港までタクシーで移動し、その途中でふと気になって、I-20(超重要書類で、アメリカから出入国する際には必ず持参)をちゃんと持参しているか確認してみた。ちゃんと持ってきている。だがよく見ると・・・

MITのではなく、コロンビアの古いI-20だったのだ!

私はMIT入学前に、コロンビアのALPというサマースクールに通っていた。そのため、渡米時はMITではなくコロンビアに身分を保証するI-20を発行してもらったのだ。MIT入学後はMITのものに更新したので、これはもう古くて意味がなくなった。その古い方を持ってきてしまった・・・

恐る恐る、隣の妻にこの不始末を打ち明ける・・・ これでは、ナイアガラに行ったとしても、カナダ側に渡れない。飛行機の時間と、マンハッタンまでの距離を考えると、取りに戻る時間はない。妻がみるみる不機嫌になっていく・・・

選択肢は3つ。
  • 旅行をキャンセルし、別の日に行く
  • ひとまず行き、アメリカ側から観光する
  • 妻だけカナダに渡り、私はアメリカ側に残り、滝を挟み別々に観光する
さすがに3つ目はない・・・と思うのだが、明確な否定はない・・・ ああ、相当にご立腹だ。

空港に着き、JTBの人と話し、友人に電話をかけ、どうやらアメリカ側からでも十分観光できそう(霧の乙女号には乗船できる)とわかったので、2つ目の選択肢で強行。バッファローの空港でJTBの人に、国境手前でバスから降ろされる旨告げられ、ナイアガラへ。

ナイアガラ大瀑布
ナイアガラの滝の迫力は、聞いていたよりも凄まじい。大地が割れているようだ。全体像が見られないのはアメリカ側の難点だ。だが十分大きさは伝わる。
まずは展望台から遠景を望む。
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霧の乙女号に乗船し、滝のすぐ傍にまで近づく。今日は風向きが悪く、水しぶき(何ていうかわいらしいものではなかったが)が降りかかり、レインコートを着ていてもずぶ濡れだ。それにしても物凄い轟音と水量だ。見ているだけで滝に飲み込まれてしまいそうだ。
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下船し、滝の近くにまで続く遊歩道を歩く。上から見下ろす大瀑布は、また違った迫力。
対岸にはカナダが見える。豪華ホテルやカジノが立ち並ぶ。ああいう観光地然としたところよりも、自然あふれるアメリカ側がいいじゃないか、と自分に言い聞かせて慰める。
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アメリカ側のナイアガラ
アメリカ側のナイアガラは、インド人とヒスパニックばかりだった。日本人はもちろん、アジア人や白人はほとんどいない。

おそらく、ビザの関係でアメリカを出国できない人たちが、アメリカ側から滝を眺めるのだろう。ちゃんと出国できる人たちは、全景が見られるカナダへ渡るから。いささかの不自由がありつつも、この自然の驚異を楽しめることに感謝を覚える。

帰り道のハプニング
JTBのバスには乗れないので、帰りはタクシーに乗る。値段を交渉し、インド人のタクシードライバーが非常に良心的な価格だったので、彼の車で空港に向かった。

高速に入った途端、急に路肩に車を寄せて徐行する。ドライバーが携帯を取り出し、電話口に何かどなり続けている。電話を終えると、使われていないガソリンスタンドに車を停め、訛りの強い英語でこう話した。
 
「どうやら釘を踏んでパンクしてしまったようだ。でも大丈夫。わしの家はここから2ブロックだから、今家内が代わりの車を持ってくるよ」

驚いていると、本当に奥さんが自家用車で現れた。私たち二人はトヨタのセダンの後部座席に座り、ドライバー夫婦と一緒に空港に向かうという、なんだかよくわからない構図になっていた。奥さんと一緒になり、なんだか急にアットホームな感じになり、ドライバーさんは二人の子供の話や、貿易の仕事をしていた時に日本に行ったことなどを嬉しそうに話す。

教育熱心なインド人らしく、子ども二人は大学教育を受けさせ、一人は医者になるのだという。こうして可能性を与えるのがアメリカなのだな、と感じながら空港へと向かっていた。


ハプニング続きの珍道中だったが、さすがに勧められるだけのことはある大瀑布だった。
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by flauto_Sloan | 2009-05-21 23:40 | 旅行
スローン日本人会の送別会
スローンの日本人コミュニティでの送別会が行われ、ついに自分が送られる身になったと実感する。チャイナタウンの中華料理に集まった約40人は、子供が多く賑やかだ。この2年で小さかった子供たちも大きくなり、言葉も多く話すようになり、成長を実感する。

子供たちが成長したように、自分も成長しただろうか。長じての成長は発育とは異なるが、大人も成長し続ける、とキーガン教授のAdult Development で学んでいる。自分の場合はどうであろうか。いよいよ卒業が近くなり、この2年を振り返ることが増え、今後の自分を考えることが多くなっている。

その折り返し点が、このMBAだった。大変だった勉強生活、課外活動などを支えてくれたのは、家族や友人である。彼ら彼女らの助けなしには、この大きな自己変革はなし得なかっただろう。

この小ぢんまりとして温かいコミュニティも、もうすぐ散らばってしまう。楽しく盛り上がった送別会であるが、一抹の寂しさが残る夜だった。
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by flauto_Sloan | 2009-05-10 23:12 | 交友
連休一転
この月曜・火曜はMITが休日であり、水曜と金曜に授業がない私は6連休だった。妻とDCに行き、連邦最高裁の法廷見学をしようと予定していたのだが、突然妻が病気になってしまい、それどころではなくなってしまった。

代わりにアメリカの病院の救急病棟を見る機会になったのだが、ともあれ大事無く、NYでのんびりと過ごす連休となった。

NYの行きつけのレストランに、五狼液(Wu Liang Ye)という四川料理のお店がある。担々麺や麻婆豆腐が絶品で、全身から汗が出るほど辛くて美味しい。この支店がupper east にあるのだが、駄目もとでupper west の我が家へ出前を頼んだら、忙しくない時間でそれなりの量を頼むのならば来てくれるという。それからというものの、ことあるごとにそこに出前を頼むことになった。

今回も、家でのんびりしながら四川料理をついばむ休暇となった。
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by flauto_sloan | 2009-04-20 00:10 | NYでの生活
マンハッタンから一歩出て
義母は2度目のNY訪問なので、今回はマンハッタンの外にも足を伸ばした。マンハッタンとは異なる雰囲気だが、外から見つめる摩天楼も美しかった。

River Cafeから望む摩天楼
ニューヨーカーの心の故郷、ブルックリン・ブリッジ(映画版SATCでの名シーンの舞台でもある)のブルックリン側の袂にあるリーバー・カフェは、夜景の美しさで有名なレストランだ。評判どおり、窓からはエンパイア・ステート・ビルを始めとした摩天楼が夜空に映え、それがブルックリン・ブリッジと調和して、息を飲む美しさだった。
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遠くには自由の女神も見える。食事もなかなか美味しく、名物デザートはブルックリン・ブリッジを模っている。
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芸術の実験場 PS1
c0131701_20231560.jpgまた、QueensにあるMoMAの別館、PS1は現代美術の最先端をいく美術館だ。
廃校を改造した建物は、学校特有の設備を上手く活かしつつ、色々なアートを展示している。
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あまり治安のよくない地域なのだが、現代美術が好きならば一見の価値はある、非常に質の高い美術館だ。展示はあまり多くないが、一つ一つが面白いので、満足がいく。

ウッドベリー・コモン
そして日曜はレンタカーを借りて、NY郊外の世界最大規模のアウトレット・モールのウッドベリー・コモンを訪れた(実はこれで3度目)。不況のせいか、相変わらずの盛況だったが、それでも以前より人は減ったと思う。

帰国に向けて、ルクルーゼの調理器具や揃いの食器を買い集める。仕事復帰に向けては、コール・ハーンの革靴を買い貯める*。日本で買うと数倍はしてしまうものばかりだ。だがこうして帰国後の生活を考え始めると、やや寂しさも感じる。


ボストン/NY生活も1年半以上であり、だいぶ両都市を深く知ってきたと思う。今回は義母と妻と共に、ニューヨークの奥深い魅力を知った週末だった。


* 余談だが、私は足が大きい(28.5cm)ので、日本で靴を買うと高い上に種類が少ない。そのため学生の時から、海外に来るたびに靴を買い貯めていたのだが、今回は安さもあって今までで一番靴を買ってしまった
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by flauto_sloan | 2009-02-08 22:37 | 家族
早くも今年二度目の風邪
先週の後半は妻が風邪をひいてしまい、家で大人しく休んでいた。容態がどんどん悪化し、夜中に40度の高熱を出してしまった。薬を飲んでもなかなか効かず、あまりに辛そうだったので、朝4時過ぎに近くの病院のERに連れて行った。

トリアージで青色のバンドを付けられ(優先度は低いのだろう)、病室に案内される。流石になかなかお医者さんが来ず、途中検査などもしたが、最終的には3時間後に「インフルエンザかもしれませんが、おそらくただの風邪でしょう」と診断された。疲れたものの、大事でないとわかって何より。

その看病の過程で、私にも感染してしまったらしい。正月休みにも妻→私の順に風邪をひいたが、1月最後の休みにもまた同じ経路で風邪をひくとは思わなかった。


だが体調はそこまで悪くなかったので、ボストンに戻り、ハーバードの教育学部で聴講する予定の授業に出席した。Robert Kegan教授の"Adalt Development"という発達心理学の授業だ。大人になってからも人間は学び続けるのだが、どうすればその学びを促し、深めることができるかを議論していく。ハイフェッツ教授の仕事仲間でもあり、冬の授業のチームメート、カレンの博士課程の指導教官でもある。

初回なので概略の説明が主だったが、流石に面白い。ハイフェッツ教授の授業で見た顔も散見し、しかも秋学期のチームメート、ノールも出席していた。

だが、授業を受けているうちに、どんどん体調が悪化していった。頭がぼうっとし、集中できない。咳が出るし、とにかく辛い。

翌日からスローンの授業も始まるので、帰ってひたすらに眠ることにした。
あまり幸先のよくないスタートだ。
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by flauto_sloan | 2009-02-02 23:22 | ボストンでの生活
レストラン・ウィーク
今週のNYは、レストラン・ウィークだ。ボストンにもあるのだが、この期間中は普段行けないような高級店も、お得な定額コースメニューを用意してくれる。今回なら、MorimotoやMeguといった名店を含め、一人夜$35、昼$24で食べられる。これで一度雰囲気や味を知ってもらい、次に正規料金で来てもらおうという算段だ。

年に2回、1週間ずつあるのだが、今年は不況で外食産業は打撃を受けているらしく、レストラン・ウィークを2月末まで延長したらしい。せっかくなので、まだ行っていないレストランを試してみた。

まずはOne if by Land, Two if by Seaへ。ここは内装(特に1階)が温かみがありつつ豪華で、プロポーズのメッカだそうだ。確かに雰囲気はよいのだが、味はまあまあ。素材や分量で$35に抑えました、というのが伝わってきてしまった。

次にLupaへ。カジュアルだが基本がしっかりとしたイタリアンだ。素材の味が活きていて、美味しい。ここは改めて来てもいいと思わせてくれた。

あとはMorimotoのランチを予定していたのだが、妻が風邪を引いたために断念。だが期間が延長されたので、今度行ってみようと思う。
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by flauto_sloan | 2009-01-26 12:44 | NYでの生活
寝正月
この正月は、アックスのコンサートに行った以外、寝正月だった。夫婦ともども風邪をひいてしまったからだ。始めは妻が寝込んで私が動いていたが、段々と私のほうが辛くなってきた。

今日はブロンフマンのピアノ演奏会を聴いてからボストンに変える予定だったが、明日からはケネディスクールの授業だし、大事をとって早めに帰ることに。

本当にブロンフマンとは縁がない。
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by flauto_sloan | 2009-01-04 01:26 | NYでの生活
振り返りと抱負 - Cum Mens tum Manus
実り多かった2008年も終わり、いよいよ帰国の年2009年だ。この1年を振り返り、今年の目標を立てたいと思う。

2008年を省みる
学ぶことを学び、考えることを考えた一年
c0131701_039954.jpgこの一年間、授業や課外活動で、非常に多くのことを学んだ。

経済学、システムダイナミクス、リーダーシップ、交渉術、ファイナンス・・・ だがそれらを振り返ると、結局のところ学ぶとはどういうことか、ということを学んだのだと思う。

経験はそれ自体必ずしも学びではなく、そこへ自分の信じる、きわめて個人的な何らかのモデル(もしくは信念)を適用して分析し(これが反省というものだと思う)、モデルを追認するか、期待値を現実に引き寄せるか、アノマリーを見つけてその理由を考え、モデルを更新することで、学ぶことができる。その差分である学びの蓄積が、自己を形成し、社会との関わりへの自由度を増す(より広範な選択肢を持ちうる)のだと思う。

社会に出てからは、当てはめるべきモデル(価値規範、哲学、将来像等々)がしっかりしていなかったがために、コンサルティングによる豊富な経験をしておきながら、「学んだ」という実感がなかった。経験を経験として消費していただけだった*1

今は失敗も成功も、経験を糧として追体験し、学ぶだけの余裕と知見を得た。上手くいったプロジェクトを振り返って自信を取り戻し、失敗したプロジェクトを直視して、なぜ失敗を免れなかったのかへの想像力が少しばかりつくようになった。


そうして学ぶことを学ぶと、次に考えることを考えるようになった。考えるとはどういうことか、考えることの限界はどこにあるのか。まだまだこれについては考えがまとまらないが、やはり世界をある一定の前提の下で、あるモデルへと捨象することで、問題に対する答えの仮説を構築することなのだろう、と思う。だがそのモデルは二元論的、還元的であっては最早現実に追いつかず、全体知を同時に得られるものでならねばないだろう。

システム・ダイナミクスはその点で非常に優れたモデルだと思う。世の中には限りない幅があり、善悪や白黒の二元論で考えることは、効率性のために妥当性を犠牲にしている。「ポジションを取る」と謂われる強い判断を繰り返していくことは、スピードを得られる一方で、真理とのギャップが摩擦を生む*2。真実は善悪の狭間に、という単純な直観と思考の柔軟性が必要なのだろう。創造性は対立構造を止揚することで、往々にして得られるのだから。


そうして考えることを考えていくと、伝えるべきことをどう伝えるべきか、という最後の問になる。どんなに正しいと思われることを考えても、正しく伝えて人を動かせなければ、意味がない。ここで、コミュニケーションやリーダーシップからの学びが重要になってきた。

自分の考えを敷衍していくためには、自分の考えを相手が受け入れてくれるような環境・構造を作り、受け入れてくれる相手の思考や価値観を知り、効果的な手段で伝えなければならない。特に最初に揚げた環境や構造をどう作るのかというのが非常に重要だが、これが一番難しい。どうやって人の認知に入り込むか。

ここで、私の生来の興味である、嘘とは何か、という興味に立ち戻った。嘘とはなんだろうか、効能、手法、評価(社会的、宗教的)と、考え始めると興味深い。このあたりが今後の興味分野となるだろう。


真に愛するものとしての音楽
c0131701_0404724.jpgNYにボストンと、数多くの演奏会に出向いた一年でもあった。音楽を聴き続けているうちに、改めて自分が音楽を本当に愛していること、良い音楽を聴くと理屈抜きに喜びを感じていることを知った。

そしてリーダーシップの授業を通じて、音楽の持つ深く強い力を確信するようになった。人間の本能的活動を、磨き鋭くすることは、人間本来の力を強めることでもあるのだろう。そして個人としての能力を高める日々の鍛錬は感性を研ぎ澄まし、全体としての響きや表現を高めるための合奏は、理屈ではない本能的な協調能力を育むのだろう。

では私は今後音楽とどのように関わっていくべきか。それが大きな問として、今自分に投げかけられている。


漂泊の中に見出す生
c0131701_0514191.jpg妻と夏休みを中心に、数多くの旅に出た。北米・中米の大自然と、そこでの人の営みの違いを目にし、体感し、生きるとはどういうことなのかを考えさせられた。過酷な自然と豊穣な自然、その中での人々の生活と感性・価値観との関係は、単純化できないものの多くの智慧を与えてくれるように思える。

中西部の荒々しく広大な大地に対するインディオの崇敬、プリンス・エドワード島の美しく豊かな自然から生まれる文学、モントリオールの鮮やかな山々とゆったりと満ちた生活、テキサスの広大さと歴史からくる自立心・・・ 旅をすることの面白さをつくづく実感した。

そして何より、妻と素晴らしい時間を過ごせたことは、我々夫婦の忘れがたい財産だ。


恋人から伴侶へ
c0131701_0503626.jpg妻が一足先に卒業し、今年は比較的余裕を持って二人でいられる時間が長かった。恋人気分に溢れた新婚生活から、生涯の伴侶との夫婦生活へと脱皮した一年でもあった。

二人で多くの音楽を聴き、旅をし、美味しいものを作り、二人での時間を積み上げて行った。くだらないことから真面目なことまで、色々な話をして、妻の新たな一面を多く発見した。そして改めて、この人と過ごせる人生を喜び、出会えたことに感謝する。

帰国後は、一緒にいる時間は少なくなってしまうだろう。子供や健康など、色々と不確定要素もあろう。だが、この人となら乗り越えられる、そう確信できるだけの信頼をお互いに得られたと思う。


交友と好奇心
c0131701_055433.jpgボストンでは、ボストン日本人研究者交流会の幹事として、リーダーシップの実践と交友の拡大を行えた。
幸運にも今年の活動指針が大当たりして、毎回通常の2倍ほどの参加者に恵まれている。お陰で数多くの人と知り合えたし、また自分の好奇心をどんどんと育てることができた。

また、他の幹事や参加者がどれくらい変化を許容できるのかを読みながら、少しずつ会を変えていったのだが、これはまさにハイフェッツ教授のリーダーシップ論の実践に外ならなかった。今のところは大成功なのだが、今年の残りがどうなるかはまだ予断ならない。

好奇心の重要性をつくづく感じるが、こと社会に出てからは仕事に忙殺され、好奇心を失い続けていた。この一年で数多くの講演の拝聴、旅、交友をする中で、本来持っていた好奇心を取り戻し、それをさらに成長させたと思う。他の人がどんな考え方を持っているのか、それは何故私のものと違うのか、違うことをどう捉えるべきか。聞くことと訊ねることの重要性を改めて知ると共に、学び考え生きるための原動力としての好奇心を育てることができた。せっかく取り戻したのだから、仕事に戻ってもこの好奇心を再び失うことのないようにしなければ。


2009年の抱負
c0131701_0345392.jpg2009年は、いよいよ卒業し社会へ戻ることになる。最後の学期は、社会復帰する準備をするとともに、将来の布石を打っていきたい。インプットをしつつアウトプットをする、知見を行動に移す実践をしていこうと思う。日暮れて道遠しと焦り逸る気もあるが、敢えてゆっくり歩み、自らの平衡を適度に保っていきたい。

学ぶものとしてはデザインを学びたいと思う。今後コンサルティングやその先で、組織や社会といったシステムをデザインする機会は多いだろうが、デザインとはそもそも何なのかを、少しでも知っておきたいと思う。

左脳的な分析や学問から得られるものは、大抵の場合、新たなシステムを設計するための制約条件やデザインルールでしかない。それを基に創造するためには、右脳的なデザイン能力・センスが不可欠だ。私は自分のことを本来右脳的人間だと思っているので(分析的思考は訓練で身に付けている)、それを伸ばしたい、という思いもある。

同時に、プロジェクトベースの授業を履修することで、分析と創造の統合、知見と実践の接合を行おうと思う。

そして仕事に復帰したら、ひとまず自分にできることをやり切り、やりたいことをやってしまおうと思う。出世など忘れて、自らの成長と充足を優先したい。出世しないという訳ではなく、出世欲という執着によって、自らに枷を嵌め、気が逸らされたくないのだ。世界観が広がったお陰で、役割や執着を相対的に見られるようになった、ということか。


泣いても笑っても卒業が迫っている。一日一日を充実させ続けたい。


*1 MBAのエッセイを父に見せたときに、「ふらうとは哲学を学んだことがあるのか」と言われたのは、こうしたモデルの欠如を感じ取ったのだろう。モデルを通じて学ぶ教育から、自らモデルを選択し作り上げていく職業に移るにあたって、適応が十分進んでいなかったのだろう。適応しなくても技術の習得だけで数年は持ち得るから

*2 性質が悪いのは、二元論が「理論的」「理性的」という評価を得易いがために、真理を直感的に把握している人を「非論理的」「浪花節的(?)」とレッテル貼りをしてしまうことだ

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by flauto_sloan | 2009-01-02 20:26 | Mens et Manus