MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
タグ:交友 ( 31 ) タグの人気記事
ボーゲル塾卒業
c0131701_14262175.jpg2年間に亘り通ったボーゲル塾。
ボーゲル先生宅での勉強会は先日が最後だったが、本日は4つの分科会が1年間の研究発表と質疑応答を行い、懇親会を行った。

いわば門下生自身による卒業式だ。

日本人のアイデンティティ、少子高齢社会での日本のあり方、日本のプレゼンスと外交、日本の教育という4つのテーマは、相互連関していて非常に面白い。日本の様々な閉塞感や問題は、突き詰めていけば『成長の限界』の縮図なのではないか、と思う。

国土も資源も限られた日本が、高い教育水準(特に戦前のエリート層)と人口増加によって目覚しい成長を遂げたが、その限界を迎えて今は下降局面にある。だがこれまで成長、躍進しか経験したことがない日本国民や政治家は、成長の限界局面を迎えてどうしてよいのかがわからない。縮小均衡に陥るのが自然であっても、それを選択することは前の世代の成功を引き継げない「失敗」と見做されてしまう

では均衡を破るしかないのだが、均衡を破るには別の何かで不均衡を作らなければならない。その新しい不均衡がテーマによって、価値観だったり移民政策だったり、軍事力だったり教育の多様性だったりする。不均衡なので当然、それらの変化によって何かを失うことになり、抵抗する人がいる。抵抗に屈し続けたら、待っているのは国民総茹で蛙だ。いや、目端の利く人は一足先に逃げるか出し抜くかするだろうが。


だが地球全体がいずれ『成長の限界』を迎えるのなら(これは非常に強い仮定だが)、それを一足先に迎えた日本は、世界のロールモデル足りうる。他の世界が日本のような限界に追いついて始めて、日本が失敗していたのでなく、将来を先取りしていたのだと気がつくかもしれない。今回の金融危機でようやく、日本のバブル崩壊後の対応が理解されたように。

その時、日本が豊かなる衰退といった新しいモデルを示せるかどうかで、その時に世界の尊敬を得られるか、あるいは見直されもしない存在に甘んじるかが決まるかもしれない。

もちろん、その時までに日本が今以上に意気消沈してしまっていては意味がない。そのため、何とか日本人のアイデンティティを括弧たるものにし、少子高齢の社会システムを描き、プレゼンスを維持し、教育の建て直しをしなければならない。それぞれの局所解としては、さすがボーゲル塾だけあり、色々と面白い意見が出てきた。だがそれを俯瞰して、どう取捨選択し、対立を止揚するか。答えのない悩みが深まった。だがその悩み自体が、大きな学びであり、ボーゲル塾を卒業した証なのだろう。

答えがないが故に、日本に帰っても引き続き同門の士と議論し続けたい。志を忘れてはいけない。
[PR]
by flauto_sloan | 2009-05-31 14:28 | Harvardでの学び
自然の中で - Blue Hill
ニューヨークでビジネスをしている元同期のご夫婦と、ニューヨークでも人気のレストラン、Blue hillに行ってきた。郊外ののどかな農村地帯に突然現れるレストランは、自然食が感動的に美味しく、皆大満足だった。
c0131701_1205865.jpg
マンハッタンから車を飛ばして1時間あまり、ニューヨーク州の田園地帯にブルーヒルはある。この辺りは富裕層が住むため、途中に通る小さな町も美しい家々が立ち並ぶ。そんな豊かな地に構えるこのレストランは、近郊に農地を持ち、自分の農地で取れた有機野菜や肉のみを使った料理が魅力で、その時々の旬の素材を使うために、メニューはコース一通りのみ。
c0131701_1215711.jpg
ちょうどアスパラガスが美味しい季節なので、料理はアスパラガスづくしだった。前菜からメインまで、何をとっても美味。香りは豊かで、味わいは深い。妻が一度は行きたいと常々言っていた名店だけあって、評判に違わない料理だった。内装も納屋のようでいて花木に囲まれ、居心地が良い。またいつか来たいと思わせるレストランだった。
c0131701_126392.jpg
この2年間で何度もニューヨークの素晴らしいレストランを紹介してくれた同期に感謝しきり。友人が世界中で活躍しているのは、実に素晴らしいことだと思う。仕事面では、世界で活躍している友人に刺激されるし、プライベートではまだ見ぬ新しい世界を教えてくれる。こうした人のつながりは、まさに財産だと思う。
[PR]
by flauto_Sloan | 2009-05-17 23:36 | NYでの生活
Re-Orientation – 学問の世界から実業の世界へ
授業も終えた今日、"Re-Orientation"と題して、MBAから実社会に戻るにあたってのサバイバル術を考えるイベントがあった。といっても昨夜のFollies同様、面白いビデオ劇で笑いながら、少しずつ覚悟をしていく内容だった。
c0131701_2120279.jpg
会計で人気だったウェーバー教授が、会計という面白みのない専門でどうやって生き延びてきたかを、人生経験と自虐的ユーモアたっぷりに紹介してくれる。特に印象に残ったのは、「いつも何かを学び、そして仕事は楽しみながらやることが大事さ」というメッセージだった。会計を教えながら、教科を楽しみ、生徒の反応を楽しみ、常に前向きに学んでいく。そうするとお金もついてくる。

私は元の職場に戻るので、ともすれば新鮮な喜びを失いがちになってしまうだろう。忙しい日々に辛さを感じることもあるだろう。だが好奇心を失わずに広く学び、仕事を楽しみたい。成長やお金は、運さえあればあとできっと付いてくることだろう。

我々がもうすぐなってしまう MIT Sloan Alumni のassociationからは、VCを経営しているFeld氏が、ビジネスで生き抜く秘訣を4つにまとめていた。失敗、起業家精神、リーダーシップ、バランスだ。特に失敗は一歩下がって世の中を見つめ直し、何が起きているのかを見つめるいい機会だという。失敗の渦中にあっては、ともすれば視野が狭まり、身の不幸が世界の全てだと思ってしまうが、そういう時こそ、ステップバックすることが重要だ。氏の場合、ITバブル崩壊で最悪の状況にあった中で9/11を目の当たりにし、ふと世界で何が起きているのかを考えるいい機会になったそうだ。

バルコニーに上り、複眼的にものを観る。これは言うのは簡単だが、非常に難しい。だからこそ刎頚の交わりを持てる親友や盟友が必要なのだろう。この2年間で、数は少ないが深く信頼できる友人を持つことができた。それこそがこのボストンで築いた最大の財産であり、最も幸運だったことだといえる。

あとは "Sloan Professional Standard" と呼ばれるスローンでのお約束や、組織論で学んだことを会社で行ったらどう困るか、といった面白いビデオが次々と流れる。

10時から11時半の授業が10時5分開始11時25分終了になる「スローン・タイム」を会議でやると怒られるぞ、いちいち「ジョンの意見に付け加えると…」とケース議論のような発言はしなくていい、会議中PCを開いていてもいいんだよ、といったスローンと実社会の差をコメディーで描いていく。
c0131701_2121062.jpg
スローンは特別な場所だ、これから帰るのが実社会だ、という割り切りをしつつも、その学びは深く根ざしており、スローン生であったことを誇りに思っているのだろう。それを皆で確認し、この学舎への愛おしさと忠誠心、そして350人の友情を強め、困難な世界を乗り切る勇気を与え合おう、という覚悟を感じた。

早い人はもう1ヶ月もしないうちに仕事に就く。経済は芳しくなく、孤独ではあっても、後ろには2年間の自分と350人の友人がいる。それだけで何と心強いことか。
c0131701_21262034.jpg

[PR]
by flauto_Sloan | 2009-05-15 21:01 | MITでの学び(MBA)
Sloan Follies – 最後の馬鹿騒ぎ
スローンの年度末イベント、"Sloan Follies" が行われた。昨年われらがJapan Trekチームがベスト・チーム賞を受賞したように、活躍した生徒を表彰しつつ、学生生活をネタにしたビデオで大笑いして、一年を締めくくろうというイベントだ(会場では莉恵さんともばったり遭遇)。

今日は授業最終日だったので、昼はコアチームで最後のランチをし、夕方には "Disruptive Technology" のクラスのチームメンバーで祝杯をあげた。どちらも素晴らしいチームだった。世界中に散らばってしまうのは寂しいが、いつまでも仲良くしていきたい。

そして8時から始まったFolliesは、抱腹絶倒のまま12時まで続いた。スローンのシュミットライン学部長による真面目な賞の授与が前半で、生徒の投票によるおふざけ賞が後半だ。賞にノミネートされた学生を紹介するプロモーションビデオや、イベントの間を埋める寸劇が、色々な人気テレビ番組や映画のパロディで、しかもそれがよくできていて面白い。"Sloan Dog Millionaire", "Sloan’s Next Top Model", "Sloan Idol"等々*1
c0131701_19513580.jpg
受賞者の読み上げも、後半は学生が掛け合いコメディをしながら行う。中には名物教授のケン・モース教授の物真似をしながら読み上げる一幕も。例えば美人コンテストである”Sloan’s Next Top Model”の一幕では、イスラエル人のイタイが
「トップモデルを選ぶというから、財務シミュレーション・モデルのことかと思って、クマー(ファイナンスの授業で活躍していたインド人の学生)をノミネートしちゃったよ」
などとジョークをとばす。

日本人からは、『ヘンな留学生賞』をHajimeが受賞していた。C-functionやパーティでの彼の存在感は素晴らしかった。昨年のJapan Trekのリーダーといい、アメリカ人に認められる日本人がいるのは誇らしい。

そして最後に、スローンのロックバンド "Rolling Sloans" が2年生に捧げる歌を歌い上げてくれた。いよいよ2年間のMBA生活も終わりを迎える。楽しかった思い出が、寂しさに変わっていく。この思い出を生きた学びとして、土台とし時に立ち返り、勇気を与えてくれるのだろう。だが今は、去りゆく一瞬一瞬が、ただに愛おしい。
c0131701_19515374.jpg


* 設定はイスラエル・トレックでも一緒だったクリードの家にドロシーが遊びに来て、クリードがテレビを見ながら距離を狭め、アプローチするという、ラブコメめいたものだった。観客から「クリード、なにをぐずぐずしてるんだ!」と囃されていて面白かった
[PR]
by flauto_Sloan | 2009-05-14 23:44 | 交友
スローン日本人会の送別会
スローンの日本人コミュニティでの送別会が行われ、ついに自分が送られる身になったと実感する。チャイナタウンの中華料理に集まった約40人は、子供が多く賑やかだ。この2年で小さかった子供たちも大きくなり、言葉も多く話すようになり、成長を実感する。

子供たちが成長したように、自分も成長しただろうか。長じての成長は発育とは異なるが、大人も成長し続ける、とキーガン教授のAdult Development で学んでいる。自分の場合はどうであろうか。いよいよ卒業が近くなり、この2年を振り返ることが増え、今後の自分を考えることが多くなっている。

その折り返し点が、このMBAだった。大変だった勉強生活、課外活動などを支えてくれたのは、家族や友人である。彼ら彼女らの助けなしには、この大きな自己変革はなし得なかっただろう。

この小ぢんまりとして温かいコミュニティも、もうすぐ散らばってしまう。楽しく盛り上がった送別会であるが、一抹の寂しさが残る夜だった。
c0131701_19155570.jpg

[PR]
by flauto_Sloan | 2009-05-10 23:12 | 交友
ペリカン・ディナー - 信頼
c0131701_17192741.jpgわれらがコアチーム、"Indian Pelicans"でディナーをした。
思えば全員揃うディナーは、1年振りくらいかもしれない。素晴らしくも終わりつつある2年間の成功と、友情と、荒波に漕ぎ出すわれらの将来の栄光に祝杯をあげる。


仲がよく、お互いを信頼しあっていたこのチームは、ずっと定期的にランチを共にし、よく「仲がいいね」と言われた。そんな時、誰もが

"Because we are the best team!"

と答えて憚らなかった。そんなチーム・ペリカンが、最後にして本当の友情に辿り着いたと思う出来事があった。

アメリカでは政治と宗教の話はするな、といわれるが、私のチームではことさら政治の話は全くなかった。デリケートなチーム・ダイナミクスがあったため、皆政治の話題は避けていたのだ。

私のチームには、レバノン系アメリカ人のパトリックとイスラエル人のイタイとがいる。高校生の時に家族で米国に移ったパトリックは、小さい時にイスラエルの侵攻を経験している。両親があやうく死にかけたというから、かなり鮮烈な記憶なのだろう。だがそんな彼は、イタイが幹事をしたイスラエル・トレックに昨年参加した。一方でインターンではコンサルティング・ファームのドバイオフィスで働き、イスラム圏のアイデンティティも再認識したようだった。

そのパトリックとイタイとが、政治の話をしたのだ。私がイスラエル・トレックに行ったという話がきっかけだったが、イスラエルの政治について話し始めた。パトリックは極めて中道的なコメントなので、直情的なイタイと変な議論にならなかったが、この姿を見て、チームの姉貴分のエイミーが
「あんたたちが政治の話をするところって、初めて見たわね」
と驚いていた。

イタイは徴兵中は戦闘部隊にいた(スローンのイスラエル人の多くは諜報部隊出身で、戦闘部隊はイタイともう一人しかいない)。パトリックもイタイも、中東紛争は自分の命と直結した経験である。その二人が、信頼し合って、将来のことを話し合う。

非常に象徴的であり、友情とは、信頼とは何かを気づかせてくれる夜だった。
[PR]
by flauto_Sloan | 2009-05-07 23:49 | 交友
最後のボーゲル塾
c0131701_1528719.jpg2年間門下にいたボーゲル塾。今日はハーバードで講座を持つ武見敬三元参議院議員をお迎えし、最後のボーゲル邸での勉強会だった。
私の属していた、少子高齢社会での社会システム研究班が一年の討議結果を報告・議論し、ボーゲル先生からの最後の薫陶を受けた。本当に素晴らしい師であり、得難い機会であった

2050年の日本!?
討議内容の詳細は割愛するが、少子高齢社会となる2050年の日本の姿を考えるのは、非常に刺激的だった。移民政策の大きな転換がない場合、2050年には日本の人口が9000人から1億人にまで減少し、しかも高齢化が進む結果、労働力人口は半減する(現在の基準の場合)。

当然社会保障制度は現行のままでは立ち行かないし、産業も国内で若い労働力を調達することは非常に困難となる。内需は縮小していくだろうし、対外的に見れば中国はもちろん、現在の新興国にも経済規模で抜き去られる可能性が大きい。

ではどうすべきか。まずは移行の仕方や実行可能性を考えずに、どんなシナリオがあるのかをやや極端に描いて議論していったのだが、正直言って納得感のある絵はなかなか描けない。学生が10人集まって簡単に描けるようなら苦労しないのは尤もなのだが、1億人もの多大な人口(アメリカと中国ばかり気になり実感しにくいが、日本は人口大国でもある)と、縮小傾向だが巨大な経済規模を支えつつ、老いて減りゆく国民が国を成長させるというのは、非常に難しい。

人口が3/4になるなら、一人当たりGDPを4/3にしないとGDPは維持できない。だがそんなに生産性の高い仕事はなかなかないし、あってもそこに必要なスキルを国民の大半が身に付けることは難しい。グローバルな競争下ではなおさらだ。

一方で医療費や福祉関連に必要なコストは増大していく。それを賄うために増税は早晩必要なのだが、個人から取れば負担は激増するし、企業から取ろうとすれば海外移転や海外での再投資が進み、税収自体が減る。

解があるのかもわからない、複雑な連立方程式だ。


老いてますます盛んに
これが答だと言うつもりは全くないし、解決するのはごく一部の問題だとわかった上で、個人的には、2050年の日本では老人起業家が続出し、老人の、老人による、老人のためのビジネスが主流になってほしいと思う。「老人」の「老」の意味合いも変わってくるだろう。衰え、人生を閉じようとしている状態ではなく、体力と引き換えに多くの経験と知恵が蓄積した状態、と捉えるべきだろう。ただし、老人ビジネスが既得権益の確保であっては、ただでさえ貴重な若者の気鋭を殺いでしまう。老人企業を促しつつ、あくまでフェアな経済原理がはたらく制度設計が望ましい。

老人起業モデルが成功し、日本に「シルバー・バレー」が箱根の温泉街あたり(?)にできたら、やがて遅れて高齢社会を迎える他国の規範となるだろう。いつもゲームのルール作りで他国の後塵を拝している日本が、構造的に世界をリードする最後のチャンスかもしれない。

年金も、平均寿命よりも支給開始年齢を遅くするくらいの思い切りがあってもよいのかもしれない。そもそも年金制度をビスマルクが設計した時、支給開始年齢の65歳は、当時50歳以下だった平均寿命よりはるか後だったという。

半減する労働力人口を支えるには、現在就労率の低い老人、女性、子供を働かせるか、人間以外のロボット、コンピュータか牛馬を使役させるしかない。これ以上の少子化を防ぎ、教育水準を維持するなら、人間における優先度は老人であろう。もちろんそのためには、老人が働き易くなり、老人ならではのポカやミス(特に痴呆は大きなリスク)をよけるための技術やノウハウを蓄積していくことも必要だろう。

・・・云々と考えていて、はてこの定年なしに働かされ続ける2050年の老人は誰だろうと考えてみると、外ならぬ自分である。少しは休みたいと思う気持ちはあるが、一方で、その頃の老人ならば英語が話せ国際経験があり、若い頃からコンピュータに触れている。今の老人とはまた違う動き方・考え方をしていることだろう。想像(妄想?)には限りはないが、高齢社会も遣り様によっては面白いかもしれない。悲嘆ばかりしても仕方ない。


老師エズラ・F・ボーゲル
いつまでも矍鑠としていて洞察深いボーゲル先生と議論し、また2050年の高齢者とはまさに自分達だと気づいたとき、老いることの可能性、生涯学び続け成長し続けることの楽しさに触れ、それを信じたいと思った。

そしてこの2年を通じて、天下国家を語るための視点とはどのようなものか。まだまだ浅学にして未熟者でありながら、ボーゲル先生から少し学ぶことができたと思うMITで講演を依頼した時に、個人的にお話させていただく機会があったのだが、先生は日本人以上に日本と日本人を愛する、知の巨人でありリーダーだった。その先生に学んだ志と、それを一にする門下生の結びつきとは、日本に帰るにあたって一番の土産かもしれない。

このボストンにて、ハーバード松下村塾(ボーゲル塾の正式名称)に通えたことを、誇りに思う。
[PR]
by flauto_sloan | 2009-05-04 23:15 | Harvardでの学び
アジアの夜
偶然が重なることはあるもので、ハーバードのハイフェッツ教授のクラスでの日中韓の集まりと、MITスローンのアジア学生の集まりとが同じ日に行われた。やはりアジア人の中にいると、気楽でいられる。その気楽さは、違いよりも共通なものを意識する重要さを教えてくれる。

c0131701_23253377.jpg日中韓のハイフェッツ信徒
ハイフェッツ教授の、感情のジェットコースターのような授業を受けると、多くの人はハイフェッツ教授に心酔し、自らを冗談で「ハイフェッツ信者」と呼ぶ。そして残りの人は、教授のことを非常に嫌う。その中間はあまりいない。

日中韓の学生の集まりの2回目に来たのは、そんな授業を経てハイフェッツ信者となった人ばかりだ。信じるようになったきっかけの一つが、教授に暗に焚きつけられて始めた前回の集まりであり、そこでお互いを深く理解したことによる力を感じたことだろう。
理解しただけで、別に何も解決したわけではない。ただ、相手を理解し、事態は非常に複雑であると知ることで、共感するものが生まれてくる。その共感が、極論や思い込みから自分を掬い上げ、前進するきっかけを与えてくれる。

今回は、感情の非平衡状態から3ヶ月経っていたため、前回よりもトーンは抑え目だった。お互いの認識の違いを聴きあうことは勿論続けたが、前回議論した、戦争の解釈や領土問題、または戦後補償といった日中韓の間にある問題については、あまり話題に上がらなかった。むしろそれぞれの国の中で抱えている課題(中台関係、南北朝鮮、在日朝鮮人の地位など)を話し、お互いに聴きあった。聴くことの偉大な力を改めて感じつつ。

ここでも、何かを解決したり、共通の土台を作ったわけではない。だが対立を別の次元で解消するための可能性を作っていった。それは信頼であり、共感であり、憐れみ*なのだろう。

彼らとこうして集まるのも、これが最後かもしれない。国に戻れば立場があるが、こうして本音を語り合えたことは貴重な経験だった。


スローンのアジア飲み
c0131701_23285374.jpgハーバードスクエアからケンドールに向かい、スローン生のアジアン・パーティーに遅れて参加した。

公共政策大学院からビジネススクールに来たのだなあ、と感じるのは、パーティーの明るさと賑やかさだった。

フィリピン人のカップルのアパートにあるパーティー・ルームにて、40人くらいのアジア人スローン生が集まる。大半は2年生とその家族だ。ビールを片手に、楽しく談笑する。

酔っ払ってくると、飲みのゲームを皆でやったり、中国将棋に熱中する中華系がいたり、子供同士で遊んだりと、ますます宴は盛り上がった。楽しかった彼らとの時間も、あと少しと思うと寂しくなる。


相違
アメリカにいると、日中韓台泰馬新印の生徒すべてが「アジア人」と呼ばれる。渡米当初は、「いや一口にアジア人といっても、日中韓だけで風貌から考え方まで全く違う」と思っていたが、ここで暮らし、様々な国の人と話し、海外から日本のニュースや日本人の反応を見るにつけ、考えが変わってきた。

日本人も、韓国人も、中国人も大して変わりはない。特にネット上で中韓に向けての差別的な書き込みをよく見かけるが、彼らが投げかける侮蔑的表現は、程度の違いだけで現代日本人にも当てはまるものばかり。似たようなものだ。

文化といい民族性といい、9割くらいは共通もしくはよく似たものを持っているように感じる。だが日本、またアジアの中にいると、アジアの外から自分たちを相対的に見られないため、何共通しているかわからないし、またそこへの意識は限られ、違いにばかり目が向いてしまう。違いを見ているうちに、その違いがますます重要に思えてきて、隔絶ばかり自ら作ってしまう。もちろん教育や政治によって増幅されている面は大きく、そこを協調して是正する必要はある。

だがそもそも所詮はわれらは同じアジア人だ。脱亜入欧で周りとは違うという意識をもっていても、少なくとも近年の日本人の言動を見る限り、限りなくアジアへ戻っている。


自戒を籠めて述べると、海外に出ることが全て正しいとは思わないが、自らを相対化してみないと、なにが本当に強みや弱みであるか、優れ劣っているのかがわからない。そうすると、内向きで些細なことばかりが重要に見えて、世界の潮流を見失い、劣後していくばかりではないか。

日本に対する特別意識がなくなり、だが逆説的に愛おしさが増したことも、留学の成果だといえよう。

* 「憐れみ」は「哀れみ」とは全く異なる。憐れみはcompassionであり、その下地には愛がある
[PR]
by flauto_sloan | 2009-04-16 23:22 | 交友
ボストン日本人研究者交流会での学び
c0131701_555032.jpg今回のボストン日本人研究者交流会は参加者が過去最高で、124人収容の教室が満席になる程だった。
そんな人気のテーマは、ハーバード・ケネディスクールの友人二人による開発支援の話と、ハーバード公衆衛生大学院卒業生と産科医の方による妊婦さんのケアの話だ。

途上国支援を志す熱い人から、お腹の大きな妊婦さんまで、いつも以上に幅広い参加者だった。内容も素晴らしく、開発援助を通じた日本のプレゼンスについて考えさせられる素晴らしい機会だった。

私個人としても非常に意義深い回であった。1年ちょっとこの交流会の幹事を務めてきたが、今回から次期幹事グループに業務のほとんどを引き継いだ。新幹事にとっては初めてのことなので、時折サポートはしたものの、結果的には記録的な大盛況であり、幸先のいいスタートだった。

幹事としての学び
引継ぎにあたって色々とデータを眺め、思うところをまとめたのだが、この非営利団体を1年間引っ張ってきて学んだことは実に多かった。

まず、この1年の最大の成果は、参加人数を昨年に比べて倍増させたことだ。昨年はだいたい60人参加登録して40人が当日参加していたが、今年は60-80人登録してそれ以上が集まった(口コミによる飛び入り参加がいる)。しかも3回は100人越えの大盛況だ。ボストンの日本人研究者が全部で何人なのかはわからないが、ペネトレーションはかなり高いといえよう。

次の成果は、発表したいという熱意を持った方がどんどん自薦してくれるようになったことだ。ボストンの日本人は優秀な方ばかりで、最先端の研究成果を、より多くの人に知ってもらいたいと願っている。これだけ多くの日本人が集まる場は、発表にうってつけの機会だ。発表者選びに苦労していた前年度が嘘のように、長い発表者候補リストから一部しか選べないという、申し訳ない悩みを抱えることになった。

最後は、発表会の後の懇親会(飲み会)への参加率が向上したことだ。全体の参加者が増えて、懇親会への参加率も増えたのだから、毎回飲み会は大賑わいだ。そこではまさに、異業種の交流が生まれていた。

なぜこの成果を達成したかの戦略・戦術は割愛するが、スローンで学んだことが直接的に役に立った。このコミュニティを私の実験の場とさせてもらったのだが、ハイフェッツ教授のリーダーシップ、スターマン教授のシステム・ダイナミクス、シュマランゼー前学部長のインダストリアル・エコノミクス、アンダーソン教授のテクノロジー・セールスでの学びを適用してこその成功だったといえる。

それら個別の学びは大きかったが、一歩下がって、メタレベルでの学びをまとめると、以下のようになる。
  • 事前計画は重要だが、状況の変化に応じて即興的に決断と計画を変えることはもっと重要
  • ステークホルダーとその性質、相互関係を、好奇心をもって理解することが第一歩だ
    • ステークホルダーの集団が受容できる変化のペースを見極めるには、まず何らかの行動をしてみる必要がある
    • 何事、誰に対しても好奇心を失わず、色々と訊ねてみよう
    • グループとしての学習がどれくらいの早さで行われ、どれくらい永続的かによって、介入の仕方は異なる
  • 派手で目立つものだけが改革ではない。地味な変化でも、それが組織のシステム全体を大きく前に動かせる変化であれば、大きな成果につながりうる
    • 派手な変化は、正しく見えてもステークホルダーが拒否する可能性が高く、結果的に意図せざる結果になるリスクを認識していなければならない
    • なにがレバレッジ・ポイントかは試行錯誤の中から見えてくる。そのためにシステム像をより深く精確に理解しようとする努力は惜しまない
    • ただし変化を起こしてから成果が現れるまでに時間のズレがあるため、辛抱強く待ち続けなければならない
  • 自分ひとりの成果はあり得ず、信頼できる仲間を持ち、感謝の気持ちを忘れてはならない
    • 信頼は組織の礎であり、損なわないように最も気をつけねばならない。特に、感謝の念は上辺だけでなく心から持っていなければならない
    • 誰からでも、どんなグループからでも学べるものはあるし、それは自分では気づかないものであることが多い。真摯に話を聞き、耳に痛い意見にこそ耳を傾ける
    • だがリーダーとして決断すべきときは肚を括る。以後は後悔ではなく、気づきと学習を心がける
  • 自分の感情(特に好悪)は、自分が何に囚われていて、何に気づいていない可能性があるのかのバラメーターである。感情を隠す隠さないよりも、自分の感情をどう捉えてどう対処するのかが重要だ

以上は、わかっていてもなかなかできない。だが今回、どうやったら自分の心を自由に遊ばせられるのかがわかった気がする。できない自分、わかっていない自分は受け入れるしかない。自分を問題化して解決しようとし過ぎてはいけない。問題の源泉は組織内外のシステムであることも多いからだ。

むしろ、感謝と好奇心と遊び(即興)という3つの基本的な指針だけは忘れないようにしたい。
そうすれば、知識・見識に加え胆識を養え、四焉における遊に辿り着けるような気がしている。

数多くの素晴らしい人々と出会え、自らの成長の機会を与えてくれた最高のコミュニティだった。残り2回はゆっくりと楽しむことにしよう。
[PR]
by flauto_sloan | 2009-04-04 21:03 | MITでの学び(非MBA)
チーム・ペリカン
いよいよ最終学期の後半に入ったので、オリエンテーションの時にチーム・ペリカンと名づけられたコアチームでランチを一緒に食べた。私のコアチームは非常に仲がよく、折に触れ一緒にランチをするのだが、聞けばここまで仲のいいチームもそうはないらしい。

勉強面では必ずしもベストな組み合わせではなかったのかもしれないが、勉強よりも連帯意識を強めた結果、今でもこうして集まって、身の回りのことや将来のことを話せる仲になった。ケネディのチームとはまた一味違う、いつでも気楽に立ち戻れる母港のような感覚だ。

知らない間にチームの一人が恋人と別れてクラスメートと付き合っていたり、子育ての苦労話に花が開いたり、こうして家族ぐるみの付き合いになっていくのだろう。

卒業したら、ボストン、シリコンバレー、チリ、日本、ドバイと世界中に散らばってしまう。テクノロジーのお陰で、地理的距離ほどに心的距離は離れずに済む。彼らは、社会に戻って辛いことがあるときでも、ふと立ち戻れる母港であり続けるだろうし、私も彼らを迎え入れ続けたい。
[PR]
by flauto_sloan | 2009-04-01 22:22 | 交友