MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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アジアの夜
偶然が重なることはあるもので、ハーバードのハイフェッツ教授のクラスでの日中韓の集まりと、MITスローンのアジア学生の集まりとが同じ日に行われた。やはりアジア人の中にいると、気楽でいられる。その気楽さは、違いよりも共通なものを意識する重要さを教えてくれる。

c0131701_23253377.jpg日中韓のハイフェッツ信徒
ハイフェッツ教授の、感情のジェットコースターのような授業を受けると、多くの人はハイフェッツ教授に心酔し、自らを冗談で「ハイフェッツ信者」と呼ぶ。そして残りの人は、教授のことを非常に嫌う。その中間はあまりいない。

日中韓の学生の集まりの2回目に来たのは、そんな授業を経てハイフェッツ信者となった人ばかりだ。信じるようになったきっかけの一つが、教授に暗に焚きつけられて始めた前回の集まりであり、そこでお互いを深く理解したことによる力を感じたことだろう。
理解しただけで、別に何も解決したわけではない。ただ、相手を理解し、事態は非常に複雑であると知ることで、共感するものが生まれてくる。その共感が、極論や思い込みから自分を掬い上げ、前進するきっかけを与えてくれる。

今回は、感情の非平衡状態から3ヶ月経っていたため、前回よりもトーンは抑え目だった。お互いの認識の違いを聴きあうことは勿論続けたが、前回議論した、戦争の解釈や領土問題、または戦後補償といった日中韓の間にある問題については、あまり話題に上がらなかった。むしろそれぞれの国の中で抱えている課題(中台関係、南北朝鮮、在日朝鮮人の地位など)を話し、お互いに聴きあった。聴くことの偉大な力を改めて感じつつ。

ここでも、何かを解決したり、共通の土台を作ったわけではない。だが対立を別の次元で解消するための可能性を作っていった。それは信頼であり、共感であり、憐れみ*なのだろう。

彼らとこうして集まるのも、これが最後かもしれない。国に戻れば立場があるが、こうして本音を語り合えたことは貴重な経験だった。


スローンのアジア飲み
c0131701_23285374.jpgハーバードスクエアからケンドールに向かい、スローン生のアジアン・パーティーに遅れて参加した。

公共政策大学院からビジネススクールに来たのだなあ、と感じるのは、パーティーの明るさと賑やかさだった。

フィリピン人のカップルのアパートにあるパーティー・ルームにて、40人くらいのアジア人スローン生が集まる。大半は2年生とその家族だ。ビールを片手に、楽しく談笑する。

酔っ払ってくると、飲みのゲームを皆でやったり、中国将棋に熱中する中華系がいたり、子供同士で遊んだりと、ますます宴は盛り上がった。楽しかった彼らとの時間も、あと少しと思うと寂しくなる。


相違
アメリカにいると、日中韓台泰馬新印の生徒すべてが「アジア人」と呼ばれる。渡米当初は、「いや一口にアジア人といっても、日中韓だけで風貌から考え方まで全く違う」と思っていたが、ここで暮らし、様々な国の人と話し、海外から日本のニュースや日本人の反応を見るにつけ、考えが変わってきた。

日本人も、韓国人も、中国人も大して変わりはない。特にネット上で中韓に向けての差別的な書き込みをよく見かけるが、彼らが投げかける侮蔑的表現は、程度の違いだけで現代日本人にも当てはまるものばかり。似たようなものだ。

文化といい民族性といい、9割くらいは共通もしくはよく似たものを持っているように感じる。だが日本、またアジアの中にいると、アジアの外から自分たちを相対的に見られないため、何共通しているかわからないし、またそこへの意識は限られ、違いにばかり目が向いてしまう。違いを見ているうちに、その違いがますます重要に思えてきて、隔絶ばかり自ら作ってしまう。もちろん教育や政治によって増幅されている面は大きく、そこを協調して是正する必要はある。

だがそもそも所詮はわれらは同じアジア人だ。脱亜入欧で周りとは違うという意識をもっていても、少なくとも近年の日本人の言動を見る限り、限りなくアジアへ戻っている。


自戒を籠めて述べると、海外に出ることが全て正しいとは思わないが、自らを相対化してみないと、なにが本当に強みや弱みであるか、優れ劣っているのかがわからない。そうすると、内向きで些細なことばかりが重要に見えて、世界の潮流を見失い、劣後していくばかりではないか。

日本に対する特別意識がなくなり、だが逆説的に愛おしさが増したことも、留学の成果だといえよう。

* 「憐れみ」は「哀れみ」とは全く異なる。憐れみはcompassionであり、その下地には愛がある
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by flauto_sloan | 2009-04-16 23:22 | 交友
新しい選挙戦 - David Plouffe
オバマ大統領の選挙参謀、David Plouffe氏がJFK Forumにて講演をした。オバマ氏の講演を聞くため登録して以来、彼から毎日のようにメールが届いていたので、なんだか親近感が沸く。若くしてあの大接戦を勝利に導いた参謀を一目見ようと、ケネディへ向かった。

機を逃さず、臨機応変に
プロフェ氏が語る勝因は、まずオバマ氏自身の魅力、素早い学習と臨機応変な対応、そして草の根運動とテクノロジーへの信頼だった。
今回の選挙戦略は革命的だといわれたが、いつまでも機能するモデルではない。そもそもバラク・オバマという人間への根源的な興味・関心が大きかったことがまず成功の要因だ。彼の魅力が中心になければ、ウェブなどのテクノロジーは意味がなかった。彼がChangeと訴えるのは、まさに “right message by right person” だったのだ。

オバマ陣営は、実績と知名度で圧倒的だったヒラリー陣営に対抗するには、早い勝利を挙げねばならず、それは極めて難しい道だった。大票田で勝利すれば政治的に力をもてるが、選挙戦に生き残るために指名候補を稼ぐことにした。そして、緒戦のアイオワなどの州に多くの資金をつぎ込み、ヘッドスタートを切ろうとした。

その結果から学んだことは大きく、すぐに戦略を修正した。アイオワなど緒戦の州では、「もし私がオバマを助けなければ、彼は勝てない」と人々が信じたから、無党派層が選挙に向かい、オバマに投票した。そこで実際に投票する有権者のパイを増やし、増えた分がオバマ支持者となるように草の根運動の拡大に力を注いだ。

草の根運動で人々が新しい問題を議論していったことが、「Change」という言葉に力を持たせた。Webなど新しいテクノロジーを利用した運動は、多くが実験的だったが、どんなものも歓迎した。新しい支持者が周りの人に、米国が抱える難しい問題について話し始めていった。だがその問題は、中絶容認といった古い問題ではなく、教育やエネルギーといった新しいこれからの問題だった。そして、オバマこそがその新しい問題へのビジョンを持ち、「Change」をもたらせる人物だと皆が確信していった。

同時に若者が中心の支持者は、”joy of involvement”を覚え、オーナーシップを育んでいった。彼らは支援活動を通して、オバマ氏が彼らを信頼していると実感し、自分は選挙活動とその先のこの国の変革に関わっているのだ、という喜びを自覚していった。オバマ氏が個人攻撃に曝された時も、オバマ氏自身よりも支持者が攻撃者に対抗したことで、危機を脱した。

(大統領選に対する質疑応答にて)
オバマ氏が民主党の代表候補となり、マケイン氏と戦ったときは、副大統領の人選が大きかったと思う。サラ・ペイリンは不透明なプロセスで政治的に選ばれた上に、マケイン氏以上に注目を浴びてしまい、全体としてはマケイン氏にダメージを与えてしまった。バイデン副大統領は厳正な選任プロセスで選ばれたし、ベテランの白人議員という保守的な姿はバランスとしてもよかった。「Change」はオバマ一人で既に十分だったから。

定石の裏をかく
オバマ陣営は当初からテクノロジーを駆使し、草の根運動で人気を守り立てるのを狙っていたように見える。だがそれは結果論であり、彼らも試行錯誤で臨機応変に戦略・戦術を変えていったからこその勝利だったというのが非常に面白い。ヒラリー陣営に比しての経験の少なさ、当初の弱さが逆に、定石の裏をかく勇気と熱意と柔軟さを生み出したのだろう。

プロフェ氏自身が述べたように、今回の方法が二期目の選挙戦で通用するかはわからない。共和党も学習してくるだろうし、なによりオバマ氏が今度は守る強者である。だがあくまで勝利の中心にあったのはオバマ大統領という人間の魅力である。まだそれは失われているようには見えない。その最大の強みを保ちつつ、素早い学びを繰り返していくなら、次の選挙戦はもっと革命的になるのかもしれない。
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by flauto_sloan | 2009-04-16 23:14 | Guest Speakers
夢と教育の力 - ヒスパニック女性の最高裁判事指名
(本来5月27日の記事ですが、表示の都合上4月5日に設定しています)
オバマ大統領が、連邦最高裁判事にソニア・ソトマイヨール連邦高裁判事を指名した。ヒスパニックの最高裁判事は史上初で、しかもまだ数少ない女性だ。妻とテレビで見た大統領とソトマイヨール氏の会見は、アメリカの理念を人々に思い起こさせる、素晴らしい会見だった。
(会見の様子WSJの記事)

ソトマイヨール氏は、第二次世界大戦中にプエルトリコから移住してきた両親の子で、ブロンクスのプロジェクト(貧民地区)の出身だ。他界した実の父親は英語を話せなかったという。母親は働きながらも、子供への教育に心血を注ぎ、地域で唯一の百科事典を買い与えたそうだ。やがてソトマイヨール氏は奨学金を得てプリンストン大へ進学し、最優秀で卒業した。続いて進学したイェール大学ではLaw Journalの編集委員を務めていた(極めて優秀な法学部生の証)。社会に出てからは弁護士(渉外弁護士含む)、検事補*、そして裁判官と幅広い経験を積み、現在は連邦高裁判事だ。

米国では政治と司法が複雑な関わり方をしている。連邦最高裁の判事になるためには議会の承認が必要なため、共和党保守派の抵抗が予想される。またソトマイヨール氏はリベラルだと目されるが、その指名の背後にはヒスパニック系団体の政治活動があった。


だがそんな政治的意図を超えて、大統領とソトマイヨール氏の会見は感動的だった。移住2世で貧困地区の出でありながら、優れた能力で司法の頂点に上り詰める。まさにアメリカン・ドリームであるとともに、教育の素晴らしい可能性を再認識する。

そして、黒人のオバマ大統領、ヒスパニックのソトマイヨール氏、白人のバイデン副大統領が3人並ぶ姿は、まさに人種の壁を越えたアメリカの統合を象徴していた。

ソトマイヨール氏は冒頭、自分を支えてくれた家族と友人、とりわけ母親への感謝を述べたが、その感極まる姿には心動かされた。彼女は誰もが疑わない能力の持ち主だが、「私はごく普通の人間です。ただ、素晴らしい機会と経験に恵まれました」と真摯に自らを評していた。
偽りのない言葉に、家族が招かれていた会見会場も感動していたのだろう。熱気がテレビからも伝わってきた。


オバマ大統領とソトマイヨール氏は、アメリカ国民が共有する価値観を思い起こさせていた。言葉尻を捉えた批判や、矛盾する価値観からの反対はあるだろう。色々と政治的な思惑も渦巻いていることだろう。だが、オバマ大統領は正しい判断をした、そう思わせる最高裁判事指名会見だった。


* アメリカは地区ごとに検事が一人だけ住民選挙で選ばれ、訴訟の実務は検事に任命される検事補が検事を補佐して行う。そのため、「補」がつくものの役割は日本の検事と同様
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by flauto_sloan | 2009-04-05 23:44 | NYでの生活
Visual Art for 21st century Business Leaders
c0131701_035279.jpg最後のSIP(Sloan Innovation Period)では、"Visual Art for 21st century Business Leaders" という一風変わった特別授業を履修した。
先学期のBenjamin Zanderによる"The Art of Leadership"に続く、芸術系の授業だ。

最近、MITやハーバードでは、芸術家と科学者やビジネスパーソンの対談や、芸術家によるクリエイティビティの講義など、アートから不確実な時代を生き抜くリーダーシップや即興性を学ぼうという動きが強い。この授業もその流れなのだろう。

だがこの授業は難しいことを考えるというよりも、創作活動の体験を通じて、なにか学び取ってもらおうと設計されている。会場はボストン美術館脇のSchool of the Museum of Fine Artsだ。美大特有の空気が面白い。

1日半のプログラムで、初日はアニメーション製作、楽器製作・演奏、インストレーション製作の3つを行い、二日目はアートビジネスをどうしたら発展させられるかについて考える。指導はSMFAの教授であり、気鋭のアーティスト達だ。

アニメーションは非常に面白かった。雑誌の切り抜きをコラージュにして、1コマずつ撮影していく。コマと時間の対応がなかなか掴めなかったために、猛スピードでストーリーが展開してしまったが、割と満足。だが恥ずかしいのでここには載せないでおく。

c0131701_0322099.jpg楽器製作は、ペットボトルなどありふれた素材を使って、何かを作って演奏する*。弦楽器、管楽器、打楽器は問わない。私はアルペンホルンのような、管楽器兼打楽器を作った。6人チームでそれぞれの演奏を録音し、後で重ね合わせると面白い音楽が出来上がった。

c0131701_0324587.jpgインストレーションは、一室を好きなように使って、何かを表現していく。前のチームの作ったものを壊しても、発展させても構わない。同じく参加していたHajimeのチームに建築家が集合し、調和の取れた製作をしたので、残り2チームがよさを残しつつ再構成していった。

だがどうも、私は空間美術のセンスはないようだと痛感した。わくわくしないのだ。向き不向きがわかっただけでも良しとしよう。


ものを創造する楽しさと、右脳の使い方(というより飛ばし方)を再認識した。高校の図工以来かもしれない。この統合と調和を見出し、即興的に動いていく能力は、引き続き伸ばしていきたいと思った。義務感ではなく、楽しみとして。


* 音楽準備室には、電子楽器「テルミン」があった。初めてテルミンを演奏してみたが、とても面白い。ちゃんと演奏するのは相当難しそうだが、楽しい楽器だ
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by flauto_sloan | 2009-03-18 21:02 | MITでの学び(MBA)
Global Economic Challenge- 異文化間で、異なるものと同じもの
フォーブズ教授の"Global Economic Challenges" の授業で組んだチームは、4人までで2大陸3カ国以上の混成チームであるのが条件だったのだが、この多様なチームから学んだことは多かった。私のチームは私(日本)、Mさん(アメリカ)、Iくん(エジプト系アメリカ)、Sくん(南アジア)というチームだった。

政策に対する許容幅の違い
マクロ経済の授業なので、Aggregate Demand - Aggregate Supplyモデル、IS-LMモデル、BB-NNモデルなどを使って、経済危機にある国の置かれた状況を理解し、どのような金融・財政政策を取るべきかを議論する。

1回目の課題では、好調だったロシアが2008年以降どのように経済が危機的状況に陥ったのかを分析し、どうやって経済を好ましい平衡状態に持って行くのかを検討するものだった。そこで取りうる政策は、なかなかありきたりのものしか出てこない。アメリカ人は特に、踏み込んだ財政政策があまり好きでないようだ。

だが対象国はプーチンが院政を敷くロシアだ。本当に経済を回復し、強いロシアにするならば何をするだろうか。レバーの一つに人口があり、生産レベルを維持したまま人口が減れば、好ましい平衡状態に収束し易い。グルジア侵攻や、貧しい地域の分離・独立は人口減少のために有効な政策なのではないか、と言ったところ、さすがに黙殺された。

これは極論だったが、全体に社会主義的である日本の国民として想像しうる政策は、アメリカ人からすると介入しすぎであり、個人や市場の自由を阻害すると受け取られた。柳澤教授が述べていた事前主義の日本と事後主義のアメリカ、社会や集団を重視する日本と市場と個人を重視するアメリカ、という違いを感じた

空気と村八分
逆にアメリカと日本も実は同じだと感じたのは、チームには読むべき「空気」があり、それを読めないと村八分になる、というものだ。日本特有の文化のように思われがちだが、ハイフェッツ教授のリーダーシップの授業でも学んだように、これは人間本来の行動規範であり、文化による程度の差こそあれ、共通だ。今回のチームでは、それを改めて感じた。

ひとつのケースとして紹介する。
    1回目の課題の提出直前、S君が最後の手直しをすると言ってきた。答案が返ってきてわかったのは、S君は提出直前にこれまでの議論を1から覆す大変更をし、しかもそれが間違っていて(当初のチーム議論が正しかった)、チェックプラスを逃してしまった。

    チームの努力を勝手に無駄にするS君の行動は、我々の信頼を失わせるに十分だった。もともとミーティング中に明らかに貢献していない(恐らく課題を読んできていなかった)ことで十分、場の空気が彼のチーム内のポジションを一番低いところに押しやっていた。最後の手直しを彼に任せたとき、チームの期待は校正とロジックの甘いところを埋めることであり、一から書き直すことではなかった。

    2回目の課題に向けたミーティングの日、彼は風邪を引いたので、スカイプで参加したいとメールに書いてきた。誰も返事をしない。ミーティングの時間に集まった3人は、誰もS君を呼ぼうとしない。彼は村八分になっている、という空気をひしひしと感じたし、私も彼の行動に納得がいかなかったので、結局3人で議論を進めることに。

    補足ミーティングにはS君が来たものの、彼の意見は発言時に既に割り引かれてしか受け入れられない。さすがのS君も気づいたらしく、だんだん発言が少なくなっていく。議論の後、今回は私がレポートの論旨を構成した。私の答案に対してS君から反論はあったが、存在感を増すための反論のための反論でしかなく、他の二人の支持も得られず、結局今回も彼の貢献度は非常に少なかった。
私が言いたいのは、S君を非難することでは全くない。4人の異文化のチームであっても、チーム内で生まれる空気というグループ・ダイナミクスがあり、そこで期待された平衡状態を超えてしまう「やり過ぎ」を侵した者は、空気によって無力化されてしまう、という構造が短期間で見事に発生するのが非常に興味深かった。

ハイフェッツ教授クラスのグループに比べ人数が少なく、また課題に回答するという比較的シンプルな目的しかなくても、そこで学んだものは再現された。かなり抑圧的な空気の中で私はレポートをまとめるというリーダーシップを執ってみた(「介入」した)のだが、S君の反論は悲しいくらいに予測可能であり、他の2人の私への支持もまた、予想通りであった。


一人ひとりの考え方や、価値観は異なっていても、集団の置かれた環境や構造によって、どのようなダイナミクスが生じるのかはある程度予測可能である ― これこそマクロ経済に通じる学びではないか。授業の主題も、これまでに起きた幾多の経済危機から学んだ構造と、今回の金融危機は本質的には変わらず、未曾有であり未知であると過剰反応することなく、正しい判断をすることにある。個別の企業や社会・文化を捨象してマクロ視点でモデル化するからこそ、再現性のある構造が見えてくる*

まさかフォーブズ教授が、チームワークからこれを学ぶことを期待していたとも思えないが、やはりシステムが重要なのだ、と気づくチーム経験だった。

* この考えは、システム・ダイナミクスのスターマン教授も、先日講演したマートン教授も強調している
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by flauto_sloan | 2009-03-07 21:39 | MITでの学び(MBA)
P&G McDonald COO - 実行するリーダー
c0131701_4335742.jpgMIT Sloanの Dean's Innovative Leader Seriesにて、P&GのMcDonald COOが講演を行った。
ウェストポイントから陸軍へ進んだ軍人出身であるマクドナルド氏は、組織の中でリーダーとなるには、信念(belief)を共有し、それを行動に落とし込むことが重要であると言う。
信念を率先して磨き、共有することで、リーダーの行動は部下にとって予測可能となり、それが信頼を生むという。

そのマクドナルド氏自身が共有する10の信念とは、以下のものであった。
  • 高い目的に向かい続ける人生にこそ、価値がある
    ・・・とりわけ崇高な目的は、人々の生活をよりよくすることであり、それこそがP&Gの掲げる目的である
  • 誰しもが成功を望み、成功は伝播する
    ・・・失敗したい人はいない。皆が成功しようとすると、それが勝ち馬になる
  • 適材を適所に置くことが、リーダーにとって最も重要な仕事である
    ・・・正しい場所に身を置かれると、人々はそれを好むようになる
  • キャラクター(人格、性格)がリーダーの最も重要な要素である
    ・・・リーダーは、個人的な責任・関心に先んじて、組織が結果を出すことに注力しなければならない。ウェストポイントの校訓は "Choose the harder right instead of the easier wrong" であり、ここに理がある
  • 多様な人々でグループを作れば、同質なグループよりもイノベーティブになる
    ・・・変化は連続線上にないものが、突然結びつくことによって生じる
  • 役に立たない戦略、仕組み、文化が、人々の能力よりも組織の失敗に大きく寄与する
    ・・・日本の品質管理の父、デミング博士の名言は正しい
  • 組織の中には、一緒の旅を続けられない者が必ずいる
    ・・・全員がこの会社に向いているわけではない。もし向いていないならば、別の旅を探すべきだ
  • 組織は自ら新陳代謝せねばならない
    ・・・会社の半減期は短くなっており、新たな環境へ適応していかねば、生き残れない。リーダーはそのための覚悟をさせ、変化へと導くのだ
  • 採用は最優先事項だ
    ・・・不確実な時代では、学ぶ能力が最も重要だ。常に新しいことを学ぶように心がけよ
  • リーダーとしての能力が本当に測られるのは、リーダーがいない時、または去った後にも、組織が機能するかどうかだ
    ・・・個人に頼る組織にしてはならず、組織が持つ力自体を育まねばならない


全体として、軍人出身のCOOらしく、非常にexecutional/operational なリーダーシップ論であった。一部ハイフェッツ教授の言う "adaptive challenge (組織が新たな環境に適応するための課題)" に触れるものもあるが、多くはdistributed leadership における "Inventing (ビジョンを実行するための方策を考え出す能力)" であり、その能力を磨くための洞察深い指針を与えてくれた。

ただ不確実な時代で、どこまで部下に予測可能性を与えられるのか。結局、価値観や行動の判断指針といったハイレベルな「信念」を共有することが重要であり、またそれ以上の詳細な共有は、無意味な衝突なしには難しい。信念をどう実行に落とし込むかについては、リーダーが範を示しながら、センゲのいう学習する組織へと作り変えていくしかないのだろう。

昨年秋から集中的に学んできたリーダーシップについて、もう一度考えてみるいい機会となった。
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by flauto_sloan | 2009-03-03 21:39 | Guest Speakers
Distributed Leadership - MITでのリーダーシップ論
先週までの計5ヶ月に亘るケネディスクールでのリーダーシップの授業に続き、今週はIAPでのSloanのリーダーシップの授業 "Distributed Leadership" を取った。2日半のワークショップで、MIT Sloanの教授陣が練り上げたこのコンセプトを学び、実践する。

Distributed Leadership
このモデルは、リーダーシップに必要な要素を4つに分け、ある組織でリーダーシップを発揮するためには、この要素を全て担保しなければならない、とする。リーダー一人が全ての要素を持つ必要はなく、寧ろそんな「完璧なリーダー」はいないので、仲間を含めて要素を「分散」して保持することに重点を置き、それ故に "Distributed(分散)" リーダーシップと呼ぶ。その四つとは
  • Visioning: 組織の将来像を目に浮かぶように描く能力
  • Inventing: Visionで描かれた目的を達成するための作業・方法を編み出す能力
  • Relating: 組織内外の主要な人間との関係を築き、作業に巻き込んでいく能力
  • Sensemaking: 組織と人々に働く意義を与え、主体性とやる気を促す能力
ここでVisioningとInventingは創造し実行する能力として同じ機軸の両極であり、RelatingとSensemakingはリーダーシップを実現可能にする能力としての機軸の両極にある。二つの能力の軸を十分な幅を持って対応できることが、リーダーシップ発揮に不可欠である。

四つの役割
そしてリーダーシップを発揮すべきプロジェクトのチームには4つの役割が必要であり、これらがうまく分配され実行されることが重要である。
  • Mover: 新しいアイディアを持ち込んだり、仕事を進めるための提案をする役割
  • Opposer: Moverの提案に対し反対意見を述べ、議論のペースを調整し、アイディアに深みを与える役割
  • Follower: Moverの提案に同意し、議論を推進める役割
  • Bystander: 議論と距離を置いて、新たな視点を導入したり、議論の評価をしたりする役割
これらの役割は、会議やプロジェクトの中でバランスよく実行・介入されねばならない。MoverとFollowerだけの会議は誤りに気づかず進むリスクがあるし、MoverとOpposerだけでは議論が行き詰る。

実践からの学び
ワークショップでは、ミニケースやグループディスカッションを用いて、これらのコンセプトを一つ一つ実践・理解していく。私としてはハイフェッツ教授のリーダーシップで学んだことを、実践的な深みに留めて実用的に再構成したものと移ったので、理解よりも実践を重視した。

具体的には、普段苦手意識を持っている"opposer"の役割を意識的に行った。結果的に、ミーティングの中で意見を言わず、質問を繰り返しただけで、議論に深みを与え、存在感を得ることができた。結果的に議論が誤った方向に行かなかった分生産的だったし、論議を尽くしたと言う安心感も醸成された。

またこの授業では意識的に発言を多くしてみたのだが、発言をすればするほど、発言をし易くなっていくのがわかった。周囲の好意的な評判も得られ、なるほどやはり米国なら米国流のやり方が快適であると実感した。

より実践的に
公的機関から私企業、非営利団体から営利団体まで幅広い状況を想定するケネディにくらべ、スローンは基本的に企業がリーダーシップを発揮する状況だ。条件が限定されているだけ、スローンのリーダーシップ論は実用性高く設計されているように感じる。

ただ、3日間しかないワークショップであり、また参加者の興味レベルの違いもあって、「なぜその能力が必要なのか」「そもそもなぜリーダーシップを発揮しなければならないのか」といった問に対しては、十分な検討がなされなかった。そのあたりはやや残念だったが、ワークショップの設計上仕方あるまい。

二つのリーダーシップ論を対比することで、ハイフェッツ教を盲信せずに相対化することができたことが、色々と実験して学んだことと並んで、このワークショップから得られたことか。なかなかに有用な2日半だった。
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by flauto_sloan | 2009-01-21 23:38 | MITでの学び(MBA)
チームワークと信頼
c0131701_5415992.jpgハイフェッツ教授のリーダーシップの授業では、グループによるコンサルテーションが重要な要素となる。二つの授業のチームは、メンバーだけでなく、グループダイナミックスの発生と発達の仕方も異なる。
その結果、異なる信頼関係が醸成され、非常に学ぶことが多かった。


秋学期は、チームが週に一回、10週間にかけて集まり、それぞれの失敗例をケースとして、どういった構造的要因が失敗を生み出したのか、どうしたらその構造を知り得、対処できたのかを議論した。同時に、ミーティングの中で、チームがどのような動き方をしたか*1を分析する。この過程で、ゆっくりではあるが深い信頼と、お互いを認め合い衝突も許容できる環境 (holding environment) とが培われていく。そうして、後半となると驚くほど深く生産的なミーティングとなりうる。

チームメンバーは、アメリカ人(白人とユダヤ人)、ドイツ人、フランス人、ナイジェリア人、パキスタン人、ベトナム人、日本人と、実に多様で年齢層も幅広い。この多様性によって、自分が思いつかなかったような視点が持ち込まれる。チーム内の大小様々な衝突も生産性に寄与するようになっていく。チームワークによって、陳腐な言い方だが「1+1を2以上にする」ことを実際に目の当たりにすると、その効果を信じざるを得ない。


一方この冬は、チームが毎日顔を合わせ、ミーティングを行う。火曜などは一日中コンサルテーションだ。長時間を共にすることで信頼を急速に醸成する一方、対立構造を深く考え、表に出すことはなかなか難しい。個人の内面というトラウマを曝け出すためには、かなりの信頼が必要なのだが、自然とそこまでの信頼を醸成したというよりも、お互いに自分が曝け出したから相手に曝け出させる、という、囚人のジレンマ的行動によって信頼が作り出されたのだと思う。

また、偶然とはいえ、チームメンバーの多様性も秋に比べて低かった。日本人がなんと2人、中国人、アフリカから2人(エチオピア、ケニア)、アメリカ人2人(白人、ユダヤ人)という構成で、年齢も非常に若い人が二人。他にも推測だが、信頼関係における心理学的な問題もあったと思われる*2。これでは真のholding environmentが生まれず、なかなか上手く高い生産性の議論に化けない。

後半の途中から議論が深まってきたが、秋ほどの深みではない。多様性の重要さと共に、環境作りの難しさを学んだ。最後の授業の時、何故か私は秋学期のチームメンバーと並んでいた。最後は彼らと一緒にいたい、と思ったし、彼らもそう思ってくれたのだろう。

冬のチームの中でも、教育学部のドクターであるカレンとは、それぞれの複雑さを理解した上で特に仲良くなった。Confidant (刎頚の友)を作ることが重要だ、と教授は説くが、カレンは秋のチームメンバーの数名ともども、そんなConfidantになった。


*1 どんな対立構造があったか、発言や議論への介入がどのような効果をもたらしたか、以前の行動と今週の行動とがどう影響しているか、など

*2 グループワークの中では、各人がトラウマを曝け出し、自己と組織に対する欺瞞を明らかにすることで、嫌が応にも自分を冷静に見つめることとなる。これは恐ろしいことである。
心理療法で最後まで医師を欺こうとする人がいるように、この恐ろしさから防衛や規制がはたらく人がいるのも止むを得ないだろう。私は敢えて自分を全て曝け出そうとしたが、それでも欺瞞が全くなかったかと言われると、ないと言い切る自信はない。
他のメンバーにも、恐らく全てを語っていない、或いは我々をミスリードするように情報を隠したり偏在させたりしているのではないか、と思われる人がいなかったわけではない。人はそれを感じ取ってしまう。これでは純粋な信頼関係を構築するのは難しい

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by flauto_sloan | 2009-01-17 04:32 | Harvardでの学び
ハイフェッツ教授のリーダーシップの授業を終えて
c0131701_524470.jpg密度の濃いロナルド・ハイフェッツ教授の2週間のリーダーシップの授業が終わった。
秋学期以上に、感情のジェットコースターとなる授業だった。1週目の終盤から、授業中に泣き出す人が現れ、私も最後の日は喜怒哀楽全ての感情が湧き起こり、最後は涙せずにはいられなかった。

ハイフェッツ教授自身の凄さはもちろんあるのだが、それ以上に彼が作り上げた環境(授業の設計とグループ・ダイナミクス)と、そこでお互いに刺激しあう学生のコミットメントの深さが素晴らしい。


授業や教授に対しては、心酔する人から反発する人、納得する人から懐疑的な人まで幅広い。多くが心酔することから「ハイフェッツ教」と揶揄されることもある。だがそんな価値観の幅を許容し、創造性・生産性を促す環境を作り、経験させることで、我々がリーダーシップを執る際に達すべき、環境の質についてのレファレンスを持たせてくれるのだ。

授業で教わる "holding environment" や "creative range of disequilibrium" といった抽象的な概念は、実際に経験しないことには理解できないし、それをどの程度まで持っていくと、目的を達成するための創造性を発揮できるのかについても、経験しないことには想像がつかない。授業中に様々な実験を学生に行わせることによって、自ら気づき学ぶことを促すのが、教授の役割なのだ*


c0131701_5293671.jpg特に冬学期は、自分の内面に抱えている役割や祖先への忠誠が、自分の行動や思考を如何に制約し隷属させているのかを学ぶ。
それを意識しそこからできるだけ自由になるためには、大きな苦痛を伴う。その副産物として感情の大きな起伏が個々人の中に生まれるし、それがクラスの中に共鳴し増幅して、大きな感情のうねりを生む。

その振幅がピークになる時、涙する者が現れる。

人生の様々な局面でリーダーシップを発揮すると、人々に変革を促し、喪失の痛みを始めとした大きな感情を生み出す。その感情の起伏を知ったからこそ、彼らへの憐れみを持てるし、その感情を包容することができる。その対処法と自分の許容量を知るための2週間だった。


授業が終わると、学生全員がスタンディング・オベーションを行った。自分を見つめ直し、将来を考え、傷を癒し前進するための機会を与えてくれた、素晴らしい授業だった。

だが、学びを「ハイフェッツ教」として絶対視・神聖視してしまうことは生産的ではない。彼のフレームワークにも限界はあるし、日本というコンテキストであまり有用ではないものもあろう。それを見極めて、極めて個人的な学びとして消化し昇華することが、今後求められる課題だ。


* 勿論この手法には限界がある。教授が授業の設計時に大きく参考にした心理療法の手法(教授は精神科医)にも限界があるのと同じだ。ある信念を長年かけて増強し続けてきてしまった人は、その信念を失う・変更することに対して大きな抵抗を覚え、その試みを持ちかける教授や友人を敵視しかねない。そんな学生を個別対応することは、授業を通じては行えない
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by flauto_sloan | 2009-01-16 22:44 | Harvardでの学び
CJK caucus - 赦しのためには
注: コメントを受け考えた部分を修正しました。まだ粗い作業仮説を深めるべく、コメントを歓迎します

先週の日中韓での集まりを受けて、三カ国で「お互いを聞き合う会」を行った。白黒付けることを一切せず、純粋に相手の考えとその背景にある構造を知ることを目的としている。そこでの議論から、日本が中韓の国民に届く形で謝罪をし(或いはこれまでの謝罪が届くようにし)、彼らが日本を赦せるようにすることの意義を考えさせられた。

丁度リーダーシップの授業のテーマも「赦し」で、赦しがもたらす効果について議論した後であり、日中韓の関係に「赦し」はどうやったらもたらされるのかを中心に議論を行った。

日中韓で語られていることの違い
中国や韓国が日本について知らない(よう教育されている)ことは日本でも知られているが、果たして村山談話も戦後賠償の取り決めについてもほとんど知らない。ケネディスクールに来る学生ですら知らないのだから、一般市民は当然知らないのだろう。

一方、私も中韓の中で、如何に日本が拡大思考の覇権主義国家だと信じられているのかを知らなかった。話は聴いていたが、ここまで危険国家と思われていたとは驚きだ。日本人が戦後教育の結果、戦争を毛嫌いし、自衛隊の拡張にも相当に抵抗している現実と、まるで正反対の捉えられ方である。

また、60年という歳月は戦後問題を解決するのではなく、より困難にしている側面もある。世代が変わり直接戦争を経験していない世代は、直接的なわだかまりを持っていないために、こうして同じ机で議論し、友人となれる。だが一方で、60年間繰り返し日本の残虐行為を語られ続けたために、憎しみは増幅され固定化されてもいる。南京大虐殺の犠牲者数を正確にするといったことは、政治による外敵化を防ぐために大事であるが、より深刻なのは感情の問題であり、どうやって彼らが日本を許せるようになるかである、と実感する。


今後どうするか
議論は非常に実りと気づきのある有益なものだった。だが結局、こうやって話し合って理解が進んでも、その理解は問題解決のための要素でしかなく、どうすればいいのかの答えは出てこない。

仮に将来リーダーとなるであろうケネディの学生が相互理解をしても、中国や韓国に戻れば、途方もない反日感情と祖先への忠誠心のうねりを前にしては、スケープゴートとなることを避け、日本との関係改善を図ることを諦めてしまうかもしれない。

一方、日本にしてみてもこれまでの日中・日韓との公的な取り決めを超えた行動を取ることは困難だし、ドイツとは事情も文化も異なるため、同じ行動をとれば解決するとも思えない。解決に向けた努力としては、ODAを初めドイツに劣らないほどしてきたとも思える。


だが敢えて戦略的に思考の幅を広げてみれば、今改めて日本が謝罪を行い、中国韓国の国民レベルが日本を赦せるようにするという選択肢は、考えてみる意味があると思う。尤も、国際関係や政治について素人の考えではあるし、賠償をどこまで行うか、日本の誇りをどう保つのかといった頭の痛い問題があるのも理解しているのだが、敢えてその可能性を考えてみた。

今後30年、40年を考えたとき、日中韓の経済・軍事的バランスは大きく変化すると考えられ、日本が交渉に有利な立場でいられる期間は残り少ない。日本の人口は1億人を切り、高齢化が大きく進む。経済規模も縮小し、軍備への歳出も(予算の1%枠を大きく超えない限り)縮小していくだろう。

方や中国は経済規模が今よりも拡大し、軍備も増強する。韓国も南北統一ができれば、今よりも経済・軍事規模が増大する可能性がある。勿論3カ国とも高齢化という共通の課題があり、時間差はあれどいずれ中韓も人口減少に向かうだろう(中国が一人っ子政策を廃止しない限り)。だが日本は既に人口減少しており、相対的な力は真っ先に弱まっていくだろう。

戦後問題の解決を先延ばししても、中韓の若い世代から感情や「語り継がれる記憶」を消すことはできないし、むしろユダヤ・パレスチナのように3000年間のわだかまりへと発展する可能性もある。先延ばししていずれ謝罪することになれば、それこそ日本に交渉力がなくなっており、非常に不利な条件を振られる可能性がある。過去の蓄積があり、経済的・軍事的に有利な立ち位地にある今のうちに、過去を清算しておくことは重要ではないかと思う。


逆に今清算しなければ、ますます交渉しにくくなり、日中韓ブロック経済の実現は非常に難しくなる。世界各地域でのブロック経済化が進展している中で(ゆり戻しもありうるが)、極東だけ国家単位では、じり貧となる可能性もある。

また、仮に米中の2大国が戦争することになれば、日本とその海域は戦略的重要拠点として緒戦の場となるだろう。その時までに反日感情を解消できていなければ、なかなか想像するに恐ろしい事態ともなりうる。


だが日本が影響力を弱めていくことが予想されていれば、中韓の自然な反応は、日本の謝罪を受け入れず、問題を先送りして、交渉力が有利になったところで再燃させるというものだろう。それを防ぐには、第三者である国際機関か、それよりも強力な国民を巻き込む必要がある。

外交上の枠組みをどうすればよいのかはわからないが、両国民の目に見え実感できる形で、彼らが過去と決別し、日本を赦すことによる平穏な心を得るような手助けをしなければならないと思う。それは謝罪かもしれないし、別の形かもしれない。

実際に過去を清算しようとすれば、日中韓それぞれの政治家は売国奴呼ばわりされ、政治的にも生命的にも危機にさらされかねない。だが、日本の国益を考えたとき、経済にもソフトパワーにも翳りが見えてきた今、問題解消の最後の秋であるように思えてならない。


だが今回、ケネディの中韓の学生と話して実感したのは、彼らも日本にどうして欲しいのかわかっていない、ということだ。謝るのは一つの方法だろうが、十分ではないし必要でもないかもしれない。日本がどうするべきなのかは、日本だけで考えて答えが出る性質のものではない。このCJK Caucusのような、お互いが相手を聞ける環境で、感情的な対立も適宜しながら議論していく中で、答えの仮説が出て来得るものだろう。

まだこの学生間の対話は始まったばかりだ。卒業までに答えの萌芽は見られないかもしれないが、議論していく価値はあるはずだ。
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by flauto_sloan | 2009-01-15 05:42 | Harvardでの学び