MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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音楽家とリーダー
リーダーシップの授業で "Music Exercise" を行った。リーダーシップにおける音楽の役割を追求するとは、流石はチェリストでもあるハイフェッツ教授らしい。そしてその後はハーバード音楽学部在学中の人と飲み、日本の音楽の将来を憂えた。音楽を利用したリーダー育成と、音楽家のリーダー育成、どちらも今後の日本の人材育成には重要ではないかと思う。

Music Exercise
リーダーシップにおいて、グループが内包する感情や思いを感じ取って共鳴し、さらに自ら発信して周囲を感化することは重要なスキルである。その感情や思いは決して静的でも予測可能でもないため、リーダーには即興的な判断と行動が必要になる。

音楽はまさに周囲との調和を理解し、その中で自らの演奏により周囲を引き込んでいくダイナミズムの実践の場であるし、即興性を磨く最高の場でもある。詳細は書かないが、このエクササイズでは、ソロでグループ・ダイナミクスを抱ききれるか、言語の下に響く「歌」を聞き取ることができるか、ポリフォニーの中で自らの立ち居地を理解できるか、を主に学ぶ。それぞれ教授法はやはり独特で面白い。

日本の音楽
そのエクササイズ後、研究者交流会で出会ったハーバード音楽学部に留学中の方と食事をし、日本の音楽業界の将来について語った。喫緊の課題は音大生の質の低下(意欲および技量)であり、本質的な課題は音楽教育機関における経営スキル欠如と教師・教育メソッドとにある。

日本が西洋音楽を取り入れてもう百年ほど経つのだろうが、日本における音楽の位置づけが成熟したとは言い難い。愛好家は増えたのだが、音楽を志すにあたって、これで身を立てるのだ、成功するのだと言う気概を持つ学生は思いのほか少ないという。仮にその気概があっても、意欲をスキルに転化できる教育が不十分であれば、世界の第一線で活躍できる演奏家を次々と輩出、とはいかない。活躍できるだけの才能と技量に恵まれても、結局それで食べていけなければ、そもそもの意欲が湧いてこない… 話をしていると、構造的な悪循環が見えてくる。

先日のボストン在住の音楽家との話とつき合わせても、日本の音楽業界の将来がこのままでは明るくないと思えてしまう。もちろん、西洋音楽至上主義でよいのか、という重要な問はあるのだが、課題の性質や構造に関して邦楽も大きな違いはないだろう。

だがアメリカでさえ音楽業界は持続可能な構造とはなっていない。金融危機以降、音楽団体への寄付が減ってしまい、ジュリアードやMETですら苦労しているという。オペラなど特にそうだが、コンサートの損益分岐点は会場の収容人数を超えているので、そもそもチケット収入で利益は出ない。そのため寄付に依存しており、今回のように富裕層の余裕資金が吹き飛んでしまうと脆い。

では日本の音楽業界は地盤沈下するだけなのであろうか。音楽がリーダーシップに重要な要素であるならば、リーダーが求められている現在の日本では、寧ろ音楽を盛り立てていき、リーダーシップの鍛錬に取り入れていくことが求められる。また逆に音楽家の中でも眠れるリーダーシップを発揮し、ハイフェッツ教授、ソニーの大賀元会長やFRBのグリーンスパン前議長(どちらも現在の評価はともかく、偉大なリーダーであったことに異論は少ないだろう)のように、音楽家から起業家やリーダーとなる人材が生まれるような社会にすることで、日本のリーダー不在へのひとつの解になるかもしれない。
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by flauto_sloan | 2008-11-17 22:57 | Harvardでの学び
信念 - ボストン日本人研究者交流会
日本人研究者交流会にて、友人でエコノミストのsoheiさんと、パナソニックのDVD技術者の方に発表していただいた。Soheiさんの『信念』を主軸にした協調の経済学という視点、またパナソニック(松下)の哲学に心打たれた、面白い交流会だった。

協調の経済学
Soheiさんは市場メカニズムから金融危機までを、「協調」を軸としたシンプルなモデルで説明してくれた。以下に要旨
世の中の真理を全て知識として取り込むことができないため、人は「信念」を作り出して知識の不完全性を補う。知識を増やすには情報を取り込んで蓄積しなければならないが、こと未来の現象に関しては知識に不確実性が伴う。前例・知識が十分で現象の確率がわかっていればリスクとして管理できるが、そうでない「ナイトの不確実性」が伴うものが現実の経済現象には多い。

不確実な中で行動するためには、信念を基にするしかない。行動の結果を認知することで信念が強化されたり変化したりする。その個々人の行動の総体として結果的に秩序や無秩序が生まれる。その例の一つが市場であり、「この株価はいくらくらいが適正だろう」という信念で売買を行うことで、市場が価格を形成し、結果としての価格を情報として信念を調整する。これが相互作用を起こすことによって意見が自動集約され、市場が変化していく。

一方で市場の変化スピードが、人の信念の調整スピード(認知能力)を上回ってしまった場合、状況を把握しきれずにバブルといった無秩序・パニックが生じる。また取り付け騒ぎのように、フィードバックのメカニズムによっては、予言や予測が自己実現する相互作用もある。

今回の金融危機は、「影の銀行」の取り付け騒ぎだと考えられる。「表の銀行」である商業銀行は規制があるため、大きな儲けはできないが流動性は担保されている。自然生成的な「影の銀行」である投資銀行やヘッジファンドは、CDSやMBSなどといった金融工学を利用した商品を介在して、投資家から資金を集めて個人や企業に融通していた。だが財務省がベア・スターンズを救済しながらリーマン・ブラザーズを潰して一貫性が欠けてしまったことで、信念が揺らぎ、疑心暗鬼である信用不安が引き起こってしまった。破綻は不可避であったとしても、それが危機になってしまったのはリーマン・ショックが引き金だった。

複雑なシステムは危険であり、一度問題が起こると人間の認知の限界を超えてしまい、収拾できなくなってしまう。だが規制はより複雑なシステムを生みかねない。金融機関がシンプルなシステムを構築したくなるようなインセンティブをどう設計するのかが今後の世界の金融当局の課題となろう。
信念による行動とそのフィードバックによる信念の変化、というシンプルなモデルを基に、様々な経済・社会現象を説明していくのが痛快で非常に面白い。

また「表の銀行」「裏の銀行」という表現は非常に事実をうまく単純化していてわかり易い。この裏の銀行という、人の作りし怪物は、好況時には貪欲に金を食い続けて自己肥大化し、ひとたび行き過ぎて破裂すると、ブラックホールのように希望や家や職を吸い込んでいく。人はコントロールできるかどうかで状況に対する安心感が変わるのだが、今はコントロールできない恐ろしさを皆が感じている。その恐れ自体が恐れを生み出しているのに。

Soheiさんは、フランクリン・ルーズベルトの大統領就任演説の名文句
"Only Thing We Have to Fear Is Fear Itself (我々が恐れなければならないのは、恐れそのものだ)" を引用して、希望を背に大統領に就任するオバマ次期大統領の就任演説と、それに続く施策に期待を寄せていた。

日本はこの15年で現状や将来に対する期待値が徐々に下がり、不安に麻痺してしまってきたが、今回の危機はそんな鈍化した痛覚でもはっきりとわかる規模だ。日本人もアメリカ人同様、今非常に恐れを抱いている。政府や海外に対して異常なまでに先鋭化し、スケープゴートを求めて安心しようとしている。残念ながらマスコミその他が強大な負のフィードバック(ある施策に対して、その効果を減殺する作用をもたらす)を生み出しているため、なかなか日本で希望を持つのは難しいだろう。

こういう時こそ、世の中がどうなっているのかをしっかりと国民に説明して解き明かし、恐れを取り除いて行動を取らせるリーダーと、その重要性を理解して余すところなく伝える報道が必要だ。FDRがかつてしたように。


松下哲学
パナソニック技術者の方の発表は、CDやDVDの技術についての話が中心で面白かったのだが、最後に少しだけ触れた松下の哲学が興味深かった。

パナソニックの社員は常に松下の経営哲学を毎日唱えるので、トップから現場まで同じ考え方で貫かれている。例えば、「客の言うことばかり聞いて製品を作るな。客の想像つかないものを見せないといけない」「会社は社会の公器であり、利益ばかり追求するな」といったことを、現場でも考え続けている。ひたすらに利益を追い求める会社にはならないだろうが、従業員は高い志で働いているのが、この会社の凄いところだと感じている。

松下幸之助は、欲望が自己増殖することがわかっていたので、哲学で欲望のみの追求を是としなかったのかもしれない。アメリカ的資本主義的な、定量的なわかり易さは、利益やレバレッジといった数字に落ちてくるものが、捨象された真理の一側面でしかないことを忘れ、それを信念で補っているに過ぎないことを忘れ、欲望の自己増殖に免罪符を与えたのかもしれない。この戦後70年くらいは、人類の歴史におけるバブルでしかないのかも知れない。だがバブルが弾けた先の人類の未来が暗いとは限らない。そこへの希望を与えてくれる大統領であれば、オバマは人類史に残るかも知れない。
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by flauto_sloan | 2008-11-15 19:51 | ボストンでの生活
好奇心の塊
MITの友人に紹介され、今日は非常に面白い人と知り合えた。KGCというNGOの創立者の柴田さんという方だ。世界の全てを知りたいという、人間の究極の欲求をまっすぐに追い続けている人で、知識といい交友関係といい、スケール大きい人物だった。こういう人と日本では知り合えないのに、ボストンでは出会えるのが不思議だ。

非常識な研究
この日経BPの記事が紹介しているように、KGCは非常識な研究を支援している団体だ。気功や場 (場が読めない、場の雰囲気という時の場) など、現在の科学では未解明の問題をテーマに様々な分野の研究者を集め、議論を通じて理解を進めると共に、興味を持ってくれるスポンサーを引き込んで資金援助をする。

ルネッサンス期に自らパトロンとはならずに、パトロンと芸術家を引き合わせ、文化を花開かせる役目を果たしたロレンツォ・デ・メディチをモデルにしていると言う。いまや日本内外の多くの企業(大企業から中小企業まで)や政府をスポンサーにもち、参加する研究者の規模も増えてきたそうだ。


正直言って、最初は「気功」と聞いてやや胡散臭いものを感じていた。研究室時代は強磁場の研究をしていたのだが、応用物理学会で「気功が電磁場かどうか」、といった研究があったのを見て以来、なんと変な研究をする人がいるのかと思ったものだ。私のような多くの研究者に異端視され、「非常識な研究者」達は同志や資金に苦しんでいた。

だがKGCは、既存の常識、学問体系を根底から覆すものがあるとしたら、こうした非常識な研究ではないか、と考える。今見えていない、理解できていない現実を知識として把握できれば、より完全な世界の認識ができるはずだからだ。そう聞くと、なるほど少なくとも異端であることそれ自体は、否定する理由足りえない、と思うようになった。


社会の表と裏
学問分野で世界の表と裏を探求しようとしているのと同時に、柴田さんの好奇心は社会の表と裏にも向けられている。「表」の社会である政治や経済への理解・造詣が深いのは勿論のこと、「裏」の社会である秘密結社等にも詳しく、独特のネットワークを持っている。私も「裏」の社会には個人的に興味を持っていたため、非常に話が盛り上がる。

裏社会の構成要素をどう区分するのか皆目見当もつかないが、ここは犯罪者や暴力団など裏の社会が裏の経済への影響に閉じている地価経済団体と、特定の個人・団体の目的のために表の社会の意思決定に影響力を及ぼす秘密結社と大別してみる。

地下経済の経済規模は様々に言われているが、多く見積もった説にはGDP比4-5%と看過できない規模であるとも言う。その真偽を含めて、経済の表と裏がどれ位の規模でどう係わり合っていいるのかを知ろうとするのは、社会全体を知る上で必要なのかも知れない。無論、現実を知ろうとすることと是非善悪を認めることとは全く異なる。

秘密結社が実際にどのように動いているのかは、トートロジーだが秘密なので知りえない。だが言うなればコンサルティング・ファームも、メディアや表にでることなく全世界の主要企業の意思決定に関わっている、秘密結社のようなものかも知れない。他にも大富豪の私家財団も家の維持のために政治・経済に影響力を及ぼしているという噂だが、その実態は謎だ(あまり書くと色々と問題がありそうなのでこのあたりにしておく)


人間の表と裏
私のファームの大御所がかつて、
「人間ってのは、予想もつかないような一面が垣間見えたときに、面白い人間だと思われるんだよ。単純に割り切れるような考え方を持ったり、何を言うか予想できたりするコンサルタントほど詰まらない人間はいない」
旨のことを言っていた。まったく同感だ。周りの友人を見ていても、全く意外な一面を垣間見たときに人間の奥深さを感じるし、逆もまた然り。

ではどうやって奥深い人間が生まれてくるかと言えば、幅広い知識と思慮深さにあり、その根本は知的好奇心にあると思う。研究者と話していて面白いのは、この好奇心が際限なく拡大してしまった人たちが多いからだ。だからボストン日本人研究者交流会の幹事までやって、私自身の好奇心を研究者の好奇心と共鳴させて愉しんでいる。


柴田さんという無限の好奇心を持った人物と話して、非常に共感するところがあった。ビールを飲みながら2時間ほど話しただけで、意気投合してしまった。柴田さんの好奇心に育まれた人間的魅力が、KGCを育て、世界中の表や裏の要人とネットワークを広げせしめたのだろう。

いい酒を飲んだ夜だった。
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by flauto_sloan | 2008-11-12 23:27 | 交友
BSO - カルミナ・ブラーナの変遷
今日のBSOは『カルミナ・ブラーナ』を原曲とオルフ作曲のオーケストラ版と続けて演奏する、という意欲的な演奏会だった。

カルミナ・ブラーナの原曲は男声6部だったのだが、800年前の曲だけあって和声が今とはずいぶん異なり、面白い。そして歌詞はかなり際どい。男女の赤裸々な関係や、腐敗した聖職者への皮肉、世の中への儚みに溢れていた。時にはあまりに露骨な内容で会場が大笑いすることも。

原曲を聴いた上でオルフ版を聴くと、メロディを上手く生かしつつ、近代的オーケストレーションをしているのがよくわかる。バリトンが声量豊かで表現力に富んでいたため、聴き応えがあった。

演奏はやや大仰な表現もあったが、やはりこの曲は生演奏だといつも感動してしまう。特に最後3曲の構成は素晴らしい。ここを聴くために、いつもカルミナ・ブラーナへ足を運んでいるといっても過言ではない。

愛の苦しみや喜びを巡り逡巡した末に、『愛の誘い』の章の終曲でソプラノが愛を受け入れる "Dilcissime"。そして合唱が続いて"Ave formosissima"で美の神を讃える。Venusへの賛辞が折り重なり、圧倒されるクライマックスが一転、"O Fortuna"に戻り、世界の輪廻を表現する。

人の営みが神の世界へ昇華し、世界の構造へと連なる。なんとスケールの大きい曲なのだろうか、といつも感動する。聴き終って心に残る演奏だった。
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by flauto_sloan | 2008-11-07 23:00 | 音楽・芸術
ボストン音楽談話 - 若き才能
某アマオケ*1でコンミス*2をしている友人の紹介で、ボストンで音楽活動をしている若き音楽家二人と、ビールを片手に日本のクラシック音楽界について熱く語り合った。音楽が文化・産業として成熟し成功しているボストンで活躍しているからこその、二人の日本のクラシック音楽界への問題意識と、何とかしたいという熱意がある。非常に学ぶものが多かった。オフレコも多かったので詳細は省略するが、彼らの問題意識は大きく、教育、経営、そして演奏にあった。

クオリティ・スタンダードを知るべき音楽教育
日本に決定的に欠けているのが、優れた音楽教育システムだという。ザンダーの講義でも実演があったが、欧米での音楽教育は可能性を引き出すことで、日本で一年かけたことが一瞬で学べることがある。尤も教師がいいだけでは不十分で、教育システム、多様な学生、学びの環境も重要な要素だ。

だが音楽の特性上、ただ仕組みを整備しただけでは不十分だ。本当の教育では、生徒の音がどう変わっていくのかを、経験として教師や学生に知らしめなければならない。定量化できない、教育のクオリティ・スタンダードを分からせないといけない。

だがそのためには、これまでの日本の音楽教育を支えてきた仕組みや既存の権威・信頼を揺るがさねばならない。これは大きな困難となろう。

助成金から脱却するオーケストラの経営
以前少し分析したのだが、日本のオーケストラは、一部を除いて自治体や親企業の助成金が主な収入源だ。助成金は依存し易いが、東京や大阪のように、知事の偏見裁量次第で突然支援を打ち切られることもあり、できる限り独自の収入源を模索しないといけない。

だが演奏会収入だけで成立することは欧米のオーケストラでもほぼ不可能だ。ホールの客席が限られ、チケットには相場感がある以上、BSOの集客力であってもチケット収入だけでは赤字だという。やはり寄付(特に個人)が非常に重要である。日本のオーケストラも、助成金から個人寄付へと中長期的にシフトしていくことが必要だ

だが日本は個人の寄付金市場が非常に未成熟だ。少ない寄付金市場を、ユニセフや国境なき医師団と奪い合うのが、正しいクラシック界のあり方なのだろうか。そうは思わない。クラシックへの寄付という文化を根付かせて、寄付金市場自体を増やすべきだろう。

では何故、日本人はクラシック音楽にお金をかけたがっていないのだろうか? その答えは演奏のクオリティにあると思う*3

日本人としての個性ある演奏を
日本人は本当は、クラシック音楽にお金を払うはずだと強く思う。
海外から来た一流オーケストラや歌劇場には、数万円を払って聴きにいく。CDを数百枚集める。アマチュア・オーケストラに参加して、毎週練習に参加する(金銭的出費はなくても、労働力や機会損失を考えると、かなりのコストを支払っている)。

では何故、プロの演奏家にお金が回らないか。詳細な検証が必要だが、恐らく日本のプロのオケを聴きにいっても、「この演奏には個人でお金を寄付していい」と思えるほどのクオリティになかなか達していないのだろう。それはプロ自身のレベルが不十分であるだけでなく、日本のアマオケのクオリティが高いためでもある*4

では日本のオーケストラが魅力的な音楽を奏でるにはどうすればよいか。勿論指揮者の技量は大きいが、それ以上に音楽家一人ひとりが、もっと日本の音楽を知ることが重要ではないか、というのが強い仮説だ。まず日本人として拠り所となる音楽がなければ、それとの相対として西洋音楽の良し悪しを理解できない。理解できないことには、オリジナリティを発揮できず、聴いた後に印象に残り、感動できるような演奏がなかなかできない。

また、クラシックは高尚だ芸術だ、といつまでも高いところにいないで、もっと聴衆を楽しませることを考えるべきだ。国を挙げてクラシック教育に注力したベネズエラは、世界一のユース・オーケストラを育て上げた。彼らの演奏は、クオリティが高いだけでなく、聴衆をとことん楽しませる魅力がある。ラテンと日本人の気質の違いはあれど、ひとつのカタチとして学ぶべきものは多いはずだ。


日本クラシック音楽界の未来
日本のクラシック界にはまだまだ構造的に改善すべきところが多い。だが一つ一つの問題解決がクラシック界の発展には必ずしも繋がらない。むしろ、日本人と日本というコンテキストの中で、どうやってクラシック界が成長できるのか、その好循環の構造を見出さねばならない。その為に必要な刺激と知恵を色々と得られた、実りある議論だった。

今後もボストンにいる間に何度も語り合うつもりであり、楽しみだ。

*1 アマチュア・オーケストラ
*2 コンサート・ミストレス
*3 寄付による税控除の度合いなど、技術的な問題は措いておく
*4 米国のアマオケは非常にレベルが低い。日本のアマオケのトッププレーヤーに相当する欧米のプレーヤーは、オケに所属しないフリーランサーとして活動する。フリーランサーであっても需要は多く、また演奏料が十分高いため、それだけで食べていける

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by flauto_sloan | 2008-11-06 23:18 | 音楽・芸術
Yes, we can!! - 大統領選の終結
c0131701_23424885.jpgバラック・オバマ上院議員が第44代米国大統領に当選した。

長い選挙戦の終わるこの日、ケネディースクールでは人数限定のパーティーがあり、私の住むMITアッシュダウンでは皆で選挙の行方を大画面で見ていた。


c0131701_23432711.jpg西海岸が開票され、オバマ議員の当選が決まると歓喜の声が。寮生もぞくぞく集まり、中には感極まって涙する人も。

泥沼化したイラク、金融危機と将来への不安が広まる超大国アメリカでの希望、それがオバマの体現したものだった。

深夜を回ったところで行われた、オバマ議員の勝利演説は、非常に感動的であり、アメリカ国民ではない私も涙がでる、力強い歴史に残るスピーチだった(邦訳はびじうさんを参照)。



オバマは黒人初の大統領だが、代々アメリカに住んでいる黒人ではない。そのため公民権運動を戦い抜いた黒人から、始めは「同胞」と受け入れられずに苦労したという。だが選挙戦を通じて彼が発していた「変化」「希望」「融合」のメッセージは人種を超えて受け入れられた。

そんな彼だからこそ、演説は建国の父の思いから始まり、106歳の黒人女性の目を通してアメリカの歴史を振り返り、今が大きな変曲点であると力強く宣言したのだろう。また、キング牧師の有名な"I have a dream"のスピーチと同じ盛り上げ方*1であったことは、志半ばに斃れ神格化されたキング牧師の志を継いだのが、オバマだと連想させる。

昨年にボストンでの演説を聴いたときに比べて、人間的に大きく成長し、風格が備わったことを感じた。是非とも彼のリーダーシップに期待したい。


翌日のリーダーシップの授業で議論したのだが、そんなアメリカの歴史を作った彼の歴史的演説には、大きく二つのメッセージが籠められている。

一つは、オバマ自身が変革の体現者であるということ。非常に厳しい時代に、変化と希望をもたらす者として大統領として選ばれた。そのカリスマ性で希望を一身に集め、大統領選に勝利したことで人々の期待を、彼の身体を通じて具現化したのだ。

もう一つは、人々に仕事を投げ返したこと。世紀のカリスマが全て何とかしてくれる、人々がそう思うのは容易い。そこでオバマは「変革はあなたたちが参加し、共に行っていくものだ」と作業を国民に投げ返した。新たな世界に人々を導くと、その変革に伴って価値観が変わり、失うもの(富や名声に限らず、信条や誇りなども)も多い。だがよりよいアメリカにするためには、それを受け入れて乗り越えなければならないことを、人々に思い起こさせた。

人々の期待を、このカリスマが今後どうやって利用して、アメリカを立て直していくのか。極めて難しい挑戦だ。選挙戦では新たなメディアや草の根の支援活動で力を得たカリスマ=オバマが、大統領としては政府という秩序だった組織を運営し、独断だけではない合理的な判断が必要になっていくとき、彼の本領はどこまで発揮でき、人々の求めるものをどこまで、どんなペースで具現化していくのか。

間違いなく、これからの4年間はアメリカ史に残る重要な局面である。歴史的瞬間に立ち会えたことに、カリスマ的リーダーの名演説に、それに涙するアメリカ人の友人に、心に熱いものがこみ上げて来た。


最後に、マケインの敗北演説も非常に印象的だった。テキサスの支持者(大部分が白人)の前で、彼らにゆっくりと、オバマを支持しアメリカとしてまとまっていくことを呼びかけていた。分裂していてはこの困難をアメリカは乗り越えられない。それをよくわかったが故の、敗将の最後の仕事だった。大統領選を戦い抜いた両雄を讃えたい。


*1 "I have a dream"または"Now is the Time"の繰り返しと、今夜の"Yes, we can!"は同じ興奮をもたらした
*2 ハイフェッツ教授が「この中で昨日の勝利演説を聞いた者は?」と尋ねると、文字通りクラス全員が挙手をした

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by flauto_sloan | 2008-11-04 23:12 | ボストンでの生活
War for talent
昨年同様、ボストンオフィス主催のスローン1年生向け会社説明会があった。投資銀行志望者が減った分、さらに盛況になるかと思ったが、参加者は200人と昨年とほぼ同じ。会社説明会は少しでもコンサルティングに興味がある1年生が皆来るであろうから、投資銀行の衰退とはほぼ独立事象で、その割合はだいたい一定なのだろう(実際に応募するとなると業種間の魅力の差が表れるのだろう)。

投資銀行志望者の苦難
では2年生は、となると投資銀行志望者はかなりの苦戦を強いられている。投資銀行は1年生の夏にインターンをすることが採用の必要条件となっている。だがインターンをしても不況の所為で採用のオファーが出なかった人が結構いる。昨年と比較できないので、どこまでオファーが減ったのかはわからないが、かなり減っているのだろう*1

そうして投資銀行に就職できなくなった人たち、特にプロフェッショナル・ファームを志望していたの人の中には、コンサルティングに軌道修正をする人も少なからずいる。私もスローンに限らず2年生の友人から、会社や業界について質問を受けることが多くなっている。

War for talent
"War for talent" という言葉はあるが、世界の優秀な人材を獲得するため、国や企業は熾烈な戦いを繰り広げている。優秀な人材を獲得できる人気企業は、獲得した優秀な人材がさらに企業を成長させるため、さらに優秀な人材を多く集められ、好循環になる。

それが業種で見ると、投資銀行でありコンサルティングであり、またグーグルやアップルであったのだが、一角の投資銀行が崩壊してしまった。コンサルティングは結果として人材に恵まれるだろう。また地域で見た場合、アメリカの失点により、アジアや中東など他の地域の人材獲得競争力が相対的に増した*2

そんな中で、少子高齢化の日本はどうやって人材を育成・確保していけるだろうか。益々熾烈になる War for talent にそもそも本気で参戦するのか、どのような戦略を描くのか、いつまで参戦し続けるのか。これは政府や官僚が計画して終わりになることではなく、国民が他民族を受け入れてでも成長していきたいのか、という決断をしなければならない大きな問題だ。


これから就職活動が本格化する。友人の検討を祈るのみ。


*1 噂では、リーマンを始めインターンの採用時点で危険水域に陥っていた投資銀行ほど、インターンを多く採用したという。安い労働力の投入が必要だったということだろうか…
*2 実際、コンサルティングの中東オフィスはかなりの競争率だった。チームメイトがその競争を突破した一人だったが、話を聞くと、一緒にインターンをした学生の多くは川向こうのビジネススクールでも指折りの人材だったという

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by flauto_sloan | 2008-11-03 23:30 | ボストンでの生活
景気判断
この週末は、全米最大の日本人向け就職イベントである、ボストン・キャリア・フォーラムがあった。昨年は興味本位で足を踏み入れたが、今年は特に何もせず。西海岸から来た会社の元後輩と遅くまで飲んだ。

聞くところによると、景気の後退のため昨年に比べて大分規模が縮小しているらしい。特に金融はブースの規模もぐっと小さくなり、活気も衰えているという。どこも人員削減を行っている状況では、なかなか採用も行えないのだろう。

景気判断は、データの収集・分析・判断それぞれに時間がかかるため、実質的に不況になってから不況が宣言されるまでには時間の遅れが生じる。業種によって差はあるが、採用活動の縮小は、目に見える景気の先行指標だ。来年の帰国時にどうなっているのか、なかなか気がかりではある。
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by flauto_sloan | 2008-11-02 04:01 | 交友
大統領選挙テレビ討論会
c0131701_22132148.jpg大統領選挙がいよいよ大詰めになってきた。

大統領候補(3回)と副大統領候補(1回)のテレビ討論会は、学生の間でも非常に関心が高く、イベントがあっても途中で見に帰る人がいるくらいだ。

民主主義の旗手だけあり、大統領選挙に対するアメリカ国民の参加度合いは目を見張る。特に今年は8年間にわたるブッシュ政権に対する不満と、金融危機に対する不満とで、新たなリーダーに寄せる人々の期待も大きい。

c0131701_22105912.jpg私の住むAshdownでは、みんなでテレビ討論会を見ようと、ホールに集まった。アイスクリームを食べながら、二人の討論を真剣に聞いている。
リアルタイムで、一般視聴者の支持・不支持のグラフがテレビに映るのが面白い。その反応を含めて、学生たちが候補者の発言に対して皆色々と言い合っている。

大統領選挙といい、陪審員制度といい、200年かけて培ってきた民主主義の姿がある。民主主義はベトナム戦争やイラク戦争を呼び起こしたように万能ではないし*、国を最も栄えさせるのは優れた独裁者だという考え方もある(封建時代の名君のようなものか)。だがこの国民の主体性・当事者意識の高さを見ると、責任意識の源泉を見ているように思える。

さあ、オバマが優勢なまま選挙当日を迎えるのだろうか。


* チョムスキー『素晴らしきアメリカ帝国』などでも指摘されているが、反戦運動で名高いベトナム戦争も、ジョンソン大統領が開戦した時には高い国民の支持を得ていた
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by flauto_sloan | 2008-10-23 06:42 | ボストンでの生活
BSO/Pollini/Levine - 熟練と復活
c0131701_10471018.jpgマウリッツォ・ポリーニといえば、一世を風靡した大ピアニストだ。彫刻のような端整の取れた顔立ちの彼ももう66歳。やや衰えが見えたものの、風格のある演奏は味わいがあった。続くメインの悲愴も、レヴァインの復活がよくわかる名演だった。

ポリーニ
ポリーニはひんやりとした響きと、峻厳なピアニズムが特徴的だ。曲はシューマンの協奏曲であり、シューマンの内なる情熱が、ポリーニの内省的な音楽にどう調和するのかが楽しみだった。

1楽章は遅めのテンポだったが、立ち上がりの安定感がいまひとつで、重い印象を受けた。ああ、この人も年老いてしまったのか、と思いもした。
だが、2楽章、3楽章と、徐々に音楽が活き活きとしだした。特に3楽章へアタッカ(楽章の途切れがなく続くこと)で飛び込んだときの色彩の変化は見事。その頃にはもう、ポリーニの風格が音楽から伝わってきていた。よく喩えられるように、イタリアの建築物のような端整で堅牢な音楽。それでいて堅苦しくなく、澄んでいる。全盛期は過ぎてしまっているのだろうが、熟練の音楽性が伝わる演奏だった。

レヴァインの悲愴
メインはチャイコフスキーの交響曲第6番『悲愴』。去年初めてBSOを聴いたときに、同じくレヴァインが指揮をした曲だ。だが昨年とは大きく異なる名演だった。

ダイナミクス、弦の厚みのある響き、木管の哀愁ただよう音色とアンサンブル、金管の力強さと透明感、どれをとっても「今年のBSOは一味違う」と思わせる。レヴァインの指揮も、細かい解釈まで指示が行き届いていて、立体感が素晴らしい。

特に3楽章の金管の力強さは前回以上で、それだけに4楽章の寂寥感が一層引き立っていた。4楽章の弦の歌わせ方は、くどくなるギリギリのところまで引っ張っていた。悲愴というと果てしなく沈みゆく悲しみと捉えがちだが、このレヴァインの演奏は、生や光への憧れを最後まで抱いている、そんな悲しみを表現していた。

レヴァインは大病から恢復して、一皮剥けたのだろうか。今年のBSOが楽しみになった。
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by flauto_sloan | 2008-10-17 10:24 | 音楽・芸術