MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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最後のボーゲル塾
c0131701_1528719.jpg2年間門下にいたボーゲル塾。今日はハーバードで講座を持つ武見敬三元参議院議員をお迎えし、最後のボーゲル邸での勉強会だった。
私の属していた、少子高齢社会での社会システム研究班が一年の討議結果を報告・議論し、ボーゲル先生からの最後の薫陶を受けた。本当に素晴らしい師であり、得難い機会であった

2050年の日本!?
討議内容の詳細は割愛するが、少子高齢社会となる2050年の日本の姿を考えるのは、非常に刺激的だった。移民政策の大きな転換がない場合、2050年には日本の人口が9000人から1億人にまで減少し、しかも高齢化が進む結果、労働力人口は半減する(現在の基準の場合)。

当然社会保障制度は現行のままでは立ち行かないし、産業も国内で若い労働力を調達することは非常に困難となる。内需は縮小していくだろうし、対外的に見れば中国はもちろん、現在の新興国にも経済規模で抜き去られる可能性が大きい。

ではどうすべきか。まずは移行の仕方や実行可能性を考えずに、どんなシナリオがあるのかをやや極端に描いて議論していったのだが、正直言って納得感のある絵はなかなか描けない。学生が10人集まって簡単に描けるようなら苦労しないのは尤もなのだが、1億人もの多大な人口(アメリカと中国ばかり気になり実感しにくいが、日本は人口大国でもある)と、縮小傾向だが巨大な経済規模を支えつつ、老いて減りゆく国民が国を成長させるというのは、非常に難しい。

人口が3/4になるなら、一人当たりGDPを4/3にしないとGDPは維持できない。だがそんなに生産性の高い仕事はなかなかないし、あってもそこに必要なスキルを国民の大半が身に付けることは難しい。グローバルな競争下ではなおさらだ。

一方で医療費や福祉関連に必要なコストは増大していく。それを賄うために増税は早晩必要なのだが、個人から取れば負担は激増するし、企業から取ろうとすれば海外移転や海外での再投資が進み、税収自体が減る。

解があるのかもわからない、複雑な連立方程式だ。


老いてますます盛んに
これが答だと言うつもりは全くないし、解決するのはごく一部の問題だとわかった上で、個人的には、2050年の日本では老人起業家が続出し、老人の、老人による、老人のためのビジネスが主流になってほしいと思う。「老人」の「老」の意味合いも変わってくるだろう。衰え、人生を閉じようとしている状態ではなく、体力と引き換えに多くの経験と知恵が蓄積した状態、と捉えるべきだろう。ただし、老人ビジネスが既得権益の確保であっては、ただでさえ貴重な若者の気鋭を殺いでしまう。老人企業を促しつつ、あくまでフェアな経済原理がはたらく制度設計が望ましい。

老人起業モデルが成功し、日本に「シルバー・バレー」が箱根の温泉街あたり(?)にできたら、やがて遅れて高齢社会を迎える他国の規範となるだろう。いつもゲームのルール作りで他国の後塵を拝している日本が、構造的に世界をリードする最後のチャンスかもしれない。

年金も、平均寿命よりも支給開始年齢を遅くするくらいの思い切りがあってもよいのかもしれない。そもそも年金制度をビスマルクが設計した時、支給開始年齢の65歳は、当時50歳以下だった平均寿命よりはるか後だったという。

半減する労働力人口を支えるには、現在就労率の低い老人、女性、子供を働かせるか、人間以外のロボット、コンピュータか牛馬を使役させるしかない。これ以上の少子化を防ぎ、教育水準を維持するなら、人間における優先度は老人であろう。もちろんそのためには、老人が働き易くなり、老人ならではのポカやミス(特に痴呆は大きなリスク)をよけるための技術やノウハウを蓄積していくことも必要だろう。

・・・云々と考えていて、はてこの定年なしに働かされ続ける2050年の老人は誰だろうと考えてみると、外ならぬ自分である。少しは休みたいと思う気持ちはあるが、一方で、その頃の老人ならば英語が話せ国際経験があり、若い頃からコンピュータに触れている。今の老人とはまた違う動き方・考え方をしていることだろう。想像(妄想?)には限りはないが、高齢社会も遣り様によっては面白いかもしれない。悲嘆ばかりしても仕方ない。


老師エズラ・F・ボーゲル
いつまでも矍鑠としていて洞察深いボーゲル先生と議論し、また2050年の高齢者とはまさに自分達だと気づいたとき、老いることの可能性、生涯学び続け成長し続けることの楽しさに触れ、それを信じたいと思った。

そしてこの2年を通じて、天下国家を語るための視点とはどのようなものか。まだまだ浅学にして未熟者でありながら、ボーゲル先生から少し学ぶことができたと思うMITで講演を依頼した時に、個人的にお話させていただく機会があったのだが、先生は日本人以上に日本と日本人を愛する、知の巨人でありリーダーだった。その先生に学んだ志と、それを一にする門下生の結びつきとは、日本に帰るにあたって一番の土産かもしれない。

このボストンにて、ハーバード松下村塾(ボーゲル塾の正式名称)に通えたことを、誇りに思う。
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by flauto_sloan | 2009-05-04 23:15 | Harvardでの学び
ダライ・ラマのMIT訪問
ダライ・ラマ14世がMITを訪問した。数年前にもMITはダライを招待し、今回が二回目となる。抽選に漏れてしまい、直接拝謁することは叶わなかったが、同時中継をする大教室で、このチベット仏教最高指導者の話を聞いた。中継会場であっても、入場時に全員起立し、最大の敬意を表す。残念なことに、中国系学生はあまり見られなかった。

禅僧のような厳しいお方かと思っていたが、ダライ・ラマはユーモアに溢れ豪放磊落であり、立場が異なる、あるいは敵対する人でさえも包み込むスケールの大きさを持っていた。英語は流暢な訳ではないが、短い一言一言は非常に考えさせられる深さを持つ。

チベット仏教の最高指導者であっても、「私は仏教を広めるつもりはなく、どんな宗教でも尊敬する」と仰ったのには、仏教徒としての共感と、その立場それ自体への尊敬を感じた。また、「チベットが独立して民主化を勝ち取っても、自分は宗教家であり政治化にはならない」とも仰り、人々への信頼と強い愛を感じる。

社会が抱える問題に対しては、「対案がなく改善のしようがなければ忘れてしまいなさい。さもなくば、ひとまず何かやってみなさい」と、前向きで勇気づけるメッセージをお送りになる。

翌日のジレット・スタジアムでの説教では、「私たちは皆同じ。違いなど取るに足らない」と始められたという。人種や派閥に区切られない、高次な世界がダライには見えている。

総じて、宗教指導者というよりも、民主主義と人々への信頼を訴える一人の人間、という姿が強く浮かび上がる。その背後の仏教的世界観や価値観が深いため、そのメッセージが一人の人間のものとしてでなく、より大きな意思として感じられた。

何より、このノーベル平和賞受賞者への非難や中傷を続ける中国共産党に対して、ダライ・ラマは恐れをまるで持たないばかりか、それを超えた敬意というか、共産党を赤子のように温かく見守り、その上で叱責する姿が印象的だった。個人攻撃を受け止めた上で気にせず、共産党の批判のようでいて、瞳の奥底に愛すら感じた。

対立や浅ましい憎しみ合いの彼岸にいるのは、このような方なのか、と感じ入った。

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by flauto_sloan | 2009-05-01 23:49 | MITでの学び(非MBA)
BSO/Davis - 最後のBSO
今シーズン最後のBSOの演奏会は、サー・コリン・デイヴィス指揮によるベルリオーズ『テ・デウム』だった。格調高く壮麗な音楽を毎回聴かせてくれるデイヴィスなので、楽しみにしていたのだが、果たして最後を飾るに相応しい名演だった。

ボストンに住んでいるだけあって、何度となく通ったBSO。デイヴィスの演奏は内田との協奏曲など、名演が多かったので、最後をどう締めくくるのかと楽しみだった。満席の会場で奏でられたテ・デウムは、スケールが大きく、かつデイヴィスらしい肌理の細かさが素晴らしい。
終曲では胸に響くフォルテッシモが迫ってくる。BSOらしい、色濃い弦と、少し重めの管が、天上へと響き渡っていく。これが、恐らくシンフォニーホールで聴く最後のBSOかと思うと、音楽と感情とが合わさって、感傷的になってしまう。

デイヴィスはやはり素晴らしかった。聴衆もスタンディング・オベーションでこの一年の演奏家たちの奮闘を讃える。レヴァインの大病と復帰もあり、今年のBSOは非常によかった。素晴らしいシーズンを締めくくる、迫力あり感動的な演奏だった。

ありがとう、ボストン・シンフォニー・オーケストラ。

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by flauto_sloan | 2009-04-30 12:29 | 音楽・芸術
音楽療法
バークリー音楽院のSuzan Hanser教授が、音楽療法についてMITで講演を行った。前から気になっている音楽療法がどのようなものなのか、夜遅いセッションだったが覗いてみた。面白いのだが、本当にどこまで実効的なのかはよくわからない。
病は気からというように、精神が身体に与える影響は大きく、だからこそプラセボが効果を持ち、ストレスが病気を引き起こす。原始時代にヒトを救った自律神経が、いまやヒトを殺そうとしている。
脳は共感する機能を持っており、自分や他人がとった行動から反応を起こす。音楽を聴くことで、脳が共感し、ストレスを開放し心身を新たな状態に持っていくことができる。

これを利用した音楽療法は医療現場でも取り入れられており、癌治療を専門とするダナ・ファーバー病院では、"Pod for Soul" というプレイリストを作り、癌患者の症状緩和に用いている。

特に痛みに関しては、メルザックのゲート理論が論じるように選択的であり、音楽が知覚を支配することで痛みを和らげられると考えられる。そのため、分娩時の鎮痛にも音楽が用いられる場合がある。他にも、免疫力を高める効果があるともいわれている。

音楽は録音されたものでも効果はあるが、生演奏の方が効果が大きいと思われる。ただし厳密な比較調査はまだ十分ではない。また、音楽の好みは人によって異なるので注意しなければならないのと、頭痛など病気によっては逆効果なこともある。
セッションの途中、参加者が目を閉じ、ハンセン教授の奏でるインディアン・フルートの音色に耳を傾ける実験を行った。いつものような批判的な聴き方ではなく、音の流れに身を任せると、癒されていくのを感じた。

音楽の効能は、先日の心理音響学の講演とあわせても、まだどこまで実証されているのかはなかなかわからない。だが「何かがありそう」だし、麻薬的な魅力は本能にプログラムされているものかもしれない。日本では音楽療法はまだ広まっていないが、アダージョ・カラヤンのヒットや、癒し効果を謳うCDを見ても、効果は実感されているのかもしれない。

音楽で人が変わる、という信念は実証にはまだ程遠い。
だがわからないからこそ、新しい動きになれるのかもしれない。
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by flauto_sloan | 2009-04-28 05:26 | 音楽・芸術
若尾さんの日本-アメリカ交流コンサート
BSOのオーボエ奏者として名高い若尾圭介さんが、日本-アメリカ交流コンサートと題して、日本からトップ演奏家を呼び、ボストンのトップ演奏家とアンサンブルをする「交流試合」を開催した。
(若尾さんご本人による記事)


BSOと若尾さん
若尾さんは、小澤征爾がいた頃からBSOで活躍し、今ではBSOの副首席奏者、ボストンポップスで首席奏者として大活躍している。彼の問題意識として、もっと日本の優れた音楽家を欧米に紹介したいし、また欧米の一流演奏家を日本人と交流させて、お互いを高めあいたいのだという。

これはボストンの地で、日本人ゆえの直接間接様々な障害や苦労をした若尾さんゆえの意識と期待なのだろう。それを結実させるステップとして、この日米交流コンサートが開かれた。

会場となったNECのジョーダン・ホールには、ボストン在住の日本人とボストニアンが多く集まり、辻井領事の姿もあった。ボストン日本人研究者交流会でお会いしている方々も結構来ている。


日米交流試合
演奏は面白く、日米双方が緊張感ある絡みあいをしていた。うまく表現できないのだが、日本人的な味付け、というか匂いといったものが、アメリカ人のそれとちょっと違う。ちょっと違うのだが、さすが皆一流だけあって、それが響きとしては豊かで明るくなる。

前半で大奮闘した若尾さんはもちろん、新日本フィルでコンマスの豊嶋さんはアメリカ勢を圧倒する存在感だ。N響首席ファゴット奏者の水谷さんも、隣で聴いていた友人が「侍のよう」と形容した、真摯で一本筋の通った音楽で日米の交流に花を添えていた。

一方米国勢では、何といってもBSO首席コントラバス奏者のエドウィン・ベーカー氏が素晴らしい。オケの中では何度も聴いていたはずだが、初めてソロで聴くと、恐ろしいほどの技術、コントラバスとは思えない暖かい音色、そして周りを深く感化していく存在感が圧倒的だった。さすが全米トップクラスのバス奏者である。感動したあまり、帰宅後すぐに彼のソロCDを買ってしまった*1
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日本が誇る演奏家
演奏後にはレセプションがあり、初めて若尾さんにご挨拶をする機会に恵まれた。若尾さんは気さくでエネルギッシュで、周りを元気にしていく。豊嶋さんと水谷さんともお話でき、日本に帰って、新日本フィルとN響を聴くのが楽しみになった。

改めて、日本の一流の音楽家が、世界を相手に活躍できる才能を持っていることを感じる*2。これが次の世代へと続く流れができ、若い才能が世界で活躍し、日本にもその果実を還流してくれる好循環ができれば素晴らしい。若尾さんの試みは、その循環のトリガーとなるだろう。

個人的には、日本を代表する管楽器奏者の若尾さんと水谷さんとに挟まれて写真をとることができ、日本人管楽器吹きのはしくれとしては大感激だった。

素晴らしい演奏会だった。


*1 このCDに収録されている、シューベルトの『アルペジョーネ・ソナタ』がまた素晴らしい。現代では絶滅した古楽器のために書かれた名曲であり、チェロではよく演奏されるのだが、コントラバスでは初めて聴いた。バスとは思えない繊細な表現力、表情豊かな音色は、私のコントラバスという楽器に対するイメージを一変させた

*2 この記事を実際に書いている6月には、樫本大進氏が、安永徹氏に続く日本人二人目のベルリン・フィルのコンサートマスターに選ばれた。妻と初めて行ったコンサートが、日本で樫本大進がチョン・ミュンフンらとチャイコフスキー『偉大な芸術家の思い出』を演奏するものだった。その時に彼の素晴らしい才能に感動し、これは大物だと思っていたのだが、ベルリン・フィルでコンマスになるとは、実に嬉しい限りだ

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by flauto_sloan | 2009-04-24 23:04 | 音楽・芸術
ボストンにいて、一年で一番日本人であることを実感するのは、この時かもしれない。チャールズ川沿いの並木にある桜が満開になった。
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MITのPh.Dの友人達と花見をした。ただマサチューセッツでは屋外で飲酒できないので、コーラで我慢。
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桜は心を浮き立たせる。長い冬がなかなか明けなかったボストンにも、ようやく春か。
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by flauto_sloan | 2009-04-23 08:34 | ボストンでの生活
2009 Sloan Sales Conference
昨年参加した学生カンファレンスの中でも、特に面白く印象深かったのが MIT Sloan Sales Conferenceだった(ブログ記事は書きかけだったのに気づいたので、時間があったら補足したい)。

同じく参加したShintaroが書いているが、やはりランチタイムセッションのCialdini教授の講演が秀逸だった。

セールスは売り手と買い手の間で、心理に深く食い込む活動であるが、人間の心の動き方は多かれ少なかれ似通っているから、プロセス化して管理することが一定量可能だ。私自身、いわゆる営業の経験はまだないのだが、昨年Technology Salesの授業を取ってから、面白いと感じるようになった。

今年もなかなか満足のいくconferenceであった。
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by flauto_sloan | 2009-04-17 23:36 | MITでの学び(MBA)
アジアの夜
偶然が重なることはあるもので、ハーバードのハイフェッツ教授のクラスでの日中韓の集まりと、MITスローンのアジア学生の集まりとが同じ日に行われた。やはりアジア人の中にいると、気楽でいられる。その気楽さは、違いよりも共通なものを意識する重要さを教えてくれる。

c0131701_23253377.jpg日中韓のハイフェッツ信徒
ハイフェッツ教授の、感情のジェットコースターのような授業を受けると、多くの人はハイフェッツ教授に心酔し、自らを冗談で「ハイフェッツ信者」と呼ぶ。そして残りの人は、教授のことを非常に嫌う。その中間はあまりいない。

日中韓の学生の集まりの2回目に来たのは、そんな授業を経てハイフェッツ信者となった人ばかりだ。信じるようになったきっかけの一つが、教授に暗に焚きつけられて始めた前回の集まりであり、そこでお互いを深く理解したことによる力を感じたことだろう。
理解しただけで、別に何も解決したわけではない。ただ、相手を理解し、事態は非常に複雑であると知ることで、共感するものが生まれてくる。その共感が、極論や思い込みから自分を掬い上げ、前進するきっかけを与えてくれる。

今回は、感情の非平衡状態から3ヶ月経っていたため、前回よりもトーンは抑え目だった。お互いの認識の違いを聴きあうことは勿論続けたが、前回議論した、戦争の解釈や領土問題、または戦後補償といった日中韓の間にある問題については、あまり話題に上がらなかった。むしろそれぞれの国の中で抱えている課題(中台関係、南北朝鮮、在日朝鮮人の地位など)を話し、お互いに聴きあった。聴くことの偉大な力を改めて感じつつ。

ここでも、何かを解決したり、共通の土台を作ったわけではない。だが対立を別の次元で解消するための可能性を作っていった。それは信頼であり、共感であり、憐れみ*なのだろう。

彼らとこうして集まるのも、これが最後かもしれない。国に戻れば立場があるが、こうして本音を語り合えたことは貴重な経験だった。


スローンのアジア飲み
c0131701_23285374.jpgハーバードスクエアからケンドールに向かい、スローン生のアジアン・パーティーに遅れて参加した。

公共政策大学院からビジネススクールに来たのだなあ、と感じるのは、パーティーの明るさと賑やかさだった。

フィリピン人のカップルのアパートにあるパーティー・ルームにて、40人くらいのアジア人スローン生が集まる。大半は2年生とその家族だ。ビールを片手に、楽しく談笑する。

酔っ払ってくると、飲みのゲームを皆でやったり、中国将棋に熱中する中華系がいたり、子供同士で遊んだりと、ますます宴は盛り上がった。楽しかった彼らとの時間も、あと少しと思うと寂しくなる。


相違
アメリカにいると、日中韓台泰馬新印の生徒すべてが「アジア人」と呼ばれる。渡米当初は、「いや一口にアジア人といっても、日中韓だけで風貌から考え方まで全く違う」と思っていたが、ここで暮らし、様々な国の人と話し、海外から日本のニュースや日本人の反応を見るにつけ、考えが変わってきた。

日本人も、韓国人も、中国人も大して変わりはない。特にネット上で中韓に向けての差別的な書き込みをよく見かけるが、彼らが投げかける侮蔑的表現は、程度の違いだけで現代日本人にも当てはまるものばかり。似たようなものだ。

文化といい民族性といい、9割くらいは共通もしくはよく似たものを持っているように感じる。だが日本、またアジアの中にいると、アジアの外から自分たちを相対的に見られないため、何共通しているかわからないし、またそこへの意識は限られ、違いにばかり目が向いてしまう。違いを見ているうちに、その違いがますます重要に思えてきて、隔絶ばかり自ら作ってしまう。もちろん教育や政治によって増幅されている面は大きく、そこを協調して是正する必要はある。

だがそもそも所詮はわれらは同じアジア人だ。脱亜入欧で周りとは違うという意識をもっていても、少なくとも近年の日本人の言動を見る限り、限りなくアジアへ戻っている。


自戒を籠めて述べると、海外に出ることが全て正しいとは思わないが、自らを相対化してみないと、なにが本当に強みや弱みであるか、優れ劣っているのかがわからない。そうすると、内向きで些細なことばかりが重要に見えて、世界の潮流を見失い、劣後していくばかりではないか。

日本に対する特別意識がなくなり、だが逆説的に愛おしさが増したことも、留学の成果だといえよう。

* 「憐れみ」は「哀れみ」とは全く異なる。憐れみはcompassionであり、その下地には愛がある
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by flauto_sloan | 2009-04-16 23:22 | 交友
NEC PHilharmonia - アジア人のプレゼンス
友人のマリーがスローンと同時に通っている(おそらく前代未聞のdual-degree)、New England Conservatory (NEC)の学生オーケストラを聴きにいった。学生オーケストラはいくつかあるらしいのだが、今回演奏するNEC Philharmoniaはマリーが1st Violinで乗っている。

曲は今年70歳を迎え、MITを始めボストン中で取り上げられているハービソン教授の小品、ラフマニノフの「パガニーニの主題によるラプソディー」、そして先週聴いたばかりのプロコフィエフの交響曲第5番だ。音大生が腕を磨くのにちょうどいい曲ばかりだ。

ハービソン教授の曲はライブでは初めて聴いた。この曲は、アイディアはよいのだが、格好良さや美しさがいまひとつだった。だが学生たちはなんとか面白くしようと頑張っていた。演奏後、客席にいたハービソン教授本人が舞台に駆け寄り、指揮者と握手しオケを讃えていた。教授も来ていたのか、と思って周りを見ると、指揮者のベン・ザンダーの姿もあった。ニュー・イングランドが音楽クラスターであることを改めて実感する。

続くラフマニノフのソリストは、一年生ながら学内コンクールで優勝したという中国系アメリカ人だった。確かに技術の切れがすごい。多少無愛想(音楽も本人も)なのを直せば、結構有望ではないかと思う。

メインのプロコフィエフは、LSOの名演がまだ耳に残っていたので、管と弦の掛け合いや、フレーズの受け渡しでの粗さは気になったが、全体としては思い切りのある気持ちのよい演奏だった。期待を大きく上回る演奏の質と楽しさだった。


そしてNECのオケを見ていて驚いたのは、アジア人の多さだ。Video Game Orchestraで感じた以上にアジア人が多い。特に弦楽器と木管楽器に。マリーやNECの友人と話すと、韓国人が非常に多く、次いで中国人が多いそうだ(それぞれ韓国系・中国系アメリカ人も含む)。日本人はここでもプレゼンスは低い。

韓国では海外の音大でドクターを取らないとプロのオーケストラに入れないらしく、また中国にはまだ音楽教育のインフラが不十分だという事情が影響しているのだろうが、こうしてボストンで通用する腕前なのだから大したものだ。

日本はアメリカよりもヨーロッパに多く留学しているのかもしれない。もしそうでないなら、日本固有のものではないクラシック音楽においてこそ、海外との交流をもっと進めていかないといけないのではないか。韓国人留学生は英語を話せなくてもアメリカに飛び込んでくるらしい。そのチャレンジ精神の差はどこからくるのだろうか。必要性の違いなのか、教育の違いなのか。

音楽においても、いまが日本の全盛期ということがないように、積極的に海外との交流をするには、どこから手を着けてよいものやら・・・
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by flauto_sloan | 2009-04-07 22:41 | 音楽・芸術
Emmanuel Music/Harbison - マタイ受難曲
J.S.バッハの『マタイ受難曲』は、音楽史上最高の名曲に挙げる人もいる素晴らしい作品だ。イエス・キリストの受難の物語を、二つのオーケストラ、独唱、混声合唱、少年合唱で描く。ドラマチックで緻密なバッハの音楽で、キリストや使徒たちの苦悩や悲しみ、群集の狂気と悔悟が生々しく描かれる。欧米では、キリストが受難した、復活祭前の聖金曜日に演奏される慣わしとなっている。

私の最も好きな曲の一つで、昨年BSOでもNYPでも聴き損ねたため、是非とも聴いておきたかった。今日、ボストンのニューベリー通りのエマニュエル教会にて、Emmanuel Musicがマタイ受難曲を演奏すると知り、聴きに行った。しかも指揮はMITのInstitute Professor(MIT最高の職位)で、現代音楽では非常に高名な作曲家であるJohn Harbison教授だ。このエマニュエル・ミュージックはハービソン教授らが創始した楽団だ。

厳粛にて神秘
今回の演奏会は復活祭の一週間前ではあったが、ボストンの音楽愛好家や経験なキリスト教徒が教会に集った。ステンドグラスが美しい。教会なので天井は高く、荘厳な雰囲気に包まれる。
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エマニュエル・ミュージックが入場し、いよいよマタイが始まった。重い足取りでゴルゴダの丘に向かうイエスの姿で始まる第一曲。音楽が次々と展開し、合唱が広がっていく。そこへ、2階席から少年合唱が加わる(・・・と思ったら少女合唱だったのは残念。やはりライブで聴くと迫力が違う。

福音詩家ものびのびと澄んだ声で歌う。他の独唱も、技術的には至らないところがあっても、気持ちがこもっている。

憐れみたまえ、わが神よ
話は進み、最後の晩餐があり、やがてペテロがイエスのことを訊ねられて「そんな人間は知らない(Ich kenne des Menschen nicht!)」と3度否定する場面に至った。鶏が鳴き、己の過ちに気づいたペテロ。そしてマタイの中でも最も美しく悲しい、アルトのアリアが続く。
Erbarme dich, mein Gott,
um meiner Zähren willen!
Schaue hier, Herz und Auge
weint vor dir bitterlich.

憐れみたまえ、わが神よ、
滴り落つるわが涙のゆえに!
こを見たまえ、心も目も汝の御前に
激しく泣くなり

(杉山好訳)
1939年のメンゲルベルク盤のすすり泣く演奏に出会って以来、絶望した時、耐え難く苦しい時に何度となく聴いた、この曲なしに今の私はなかったといえるアリアだ。ハイフェッツ教授の授業の後も、iPodで偶然この曲を聴いたとき、胸に去来するもので涙を流した。

そのアリアを聴いて、思わず手を合わせる。アルトの痛切な祈りに、胸が熱くなった。
この一曲を聴いただけでも、もう満足だった。


曲はその後も続き、イエスが磔刑に架けられ、「エリ、エリ、ラマ・サバクタニ」と神に語り息絶える。
最後は「おやすみなさい、主よ」の合唱で荘厳に、だが切なく終わる。

ハービソンは曲の魅力を引き出すことに専念する。作曲家であるだけに、余計な味付けをしなくとも、曲が自ら語りだすことを理解してのことだろうか。教会という神秘な場所とあいまって、感動的なマタイ受難曲だった。
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(参考)
Magdalena Kozenaによる"Erbarme dich, mein Gott"

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by flauto_sloan | 2009-04-05 22:50 | 音楽・芸術