MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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BSO/小澤 - Welcome back to Boston!
ボストンに小澤征爾が帰ってきた。BSOを1973年から30年間指揮し、ミュンシュ以降ややぱっとしなかったBSOを再び世界水準に引き上げた小澤が、6年ぶりにBSOを振るとあって、シーズン前から評判だった。小澤らしい正統的な解釈であったが、団員との信頼から引き出された表現は流石に素晴らしかった。

この日は開演に先立って、日本人向けのレセプションがあった。私はテキサスからコンサートに駆けつけるのがやっとで参加できなかったが、サプライズで小澤本人が登場したらしい。ううむ、無理してでも行けばよかった。

メシアンとオンド・マルトノ
c0131701_22485556.jpg一曲目はメシアンの『聖なる三位一体の神秘についての瞑想』であり、電子楽器オンド・マルトノが使用された(写真はSYさん提供)

オンド・マルトノは日本人第一人者の原田節。この楽器を一度生で聴いてみたいと思ってたのだが、それを小澤と原田で聴けるとは何たる幸運。座席は最前列から二番目で、小澤も原田も表情までよくわかる。

曲はあまりよく分からなかった。神秘主義だったのだろうが、オンド・マルトノのスピーカーが目の前だったためにバランスが悪く、管の細かい表現が聴こえてこなかったのが残念。この電子楽器の面白さを体感したに留まる。

幻想交響曲
c0131701_22544975.jpg続くメインの幻想交響曲は、小澤の良さがよく表れた名演だった。一つ一つの表情が丁寧に作りこまれているだけではなく、BSOの団員一人ひとりが、小澤を信頼しており、それ故の開放的で表情豊かな響きが生まれていた。

小澤は年齢や病気による衰えを感じさせない、緊張感あり情熱溢れるタクトでオケをぐいぐい引っ張る。『舞踏会』では華やか(だがどこか懐かしい)な、彩り溢れる舞踏会を表現し、逆に『断頭台への行進』では、重い足取りで死への最後の抵抗と、周囲の狂気じみた喝采を対比させる。最後のサバトと怒りの日は、会場を巻き込む熱演だった。

妻にしてみれば実は初めてのBSOで、オーボエの若尾さんを見たかったのだが舞台上にいない。残念に思っていたのだが、何と3楽章の牧童の角笛の掛け合いの為に舞台袖にいた。最後のコールで登場して、妻も大満足。


それにしても、会場の4割くらいが日本人ではないかと思うほどの日本人主導の盛況ぶり。だが日本人以外も小澤の帰還を温かく迎えていた。いい演奏会だった。


おまけ
以前会社のトレーニングでオーストリアに行った時、オケ仲間でもあった同期と、トレーニング後にウィーンに遊びに行った。夜に小澤が音楽監督をしているウィーン国立歌劇場(ウィーン・フィルの母体)のフィガロを聴きに行った。隣にいた生粋のウィーンっ子のお婆さんと、片言のドイツ語で会話していたところ、お婆さんが
ザイー・オツァヴァはとてもいいわね」
と言ってきた。何のことか全く分からなかったのだが、しばらくして、"Seiji Ozawa"のドイツ語読みだとわかった

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by flauto_sloan | 2008-11-30 23:57 | 音楽・芸術
Thanksgiving in Texas (3/3) - テキサス州ダラス
c0131701_8333529.jpgダラスの街は、思った以上に近代的で文化的な街だった。美術館はなかなか質が高く、改築中のオペラハウスは、来年オープンすると南部での音楽の中心たりうる設備だ。だが何と言っても、ダラスはケネディ大統領暗殺を抜きにしては語れない。

ケネディ暗殺の地
c0131701_8301818.jpgケネディが暗殺されたのは、街の中心部のディーリー・プラザで、暗殺者オズワルドが居たとされるのが、その並びにあるビルの6階だ(写真は撃たれた場所から、オレンジで囲んだ狙撃現場を見たもの)。今はその現場が保存されて、"The Sixth Floor Museum"として事件の背景を展示する場となっている*1
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展示はケネディがテキサスを訪れるに至った時代背景を、丁寧に紹介するところから始まる。『ニュー・フロンティア』精神、キング牧師の公民権運動、冷戦の激化と、社会に大きな変革と不安が渦巻く中でのケネディの台頭・・・ そして既存の安定を失うことへ最も不安を感じていた、保守的南部の象徴としてのテキサス州とダラス。ケネディはダラス訪問に際して、危険だと周囲から警告されていた。

だが大統領再選に向けて、テキサスをどうしても押えておきたかったケネディはダラスへ降り立ち、狙撃された。暗殺の瞬間の衝撃的な写真、担ぎ込まれた病院側の証言、暗殺にまつわるミステリー、そして大統領死亡の悲報に涙する国民など、映像を含めて多面的に紹介している。

全体を通じて、ケネディが非常に危険な賭けをしていた(或いは、これまでに乗り越えた危機から過信していた)ことが伝わる。彼の死は大きな喪失であったが、結果的には人々の心に、歴史に永遠に残ることとなった。JFKは神格化され、ケネディ家はいまだに全米の尊敬を集めている。だが彼も人の子だったのだ、と改めて思わせる展示だった。

ダラスにとっては非常に不名誉な事件だったが、それを極めて客観的な展示で、現場を保存しつつ歴史を刻む資料館にしたことは素晴らしいと思う。


テキサン
c0131701_8305331.jpgテキサスといえば、カウボーイで知られる。同時に、アメリカでありながら独特の文化圏として特別視されている。テキサス出身のブッシュは『ブッシュ妄言録』で散々「テキサス=田舎」としてネタにされているし、りごぼんにも「テキサスの生産はアメリカのGNPには算入されない」と揶揄されている。

ダラスの中心部には、牛の群れとそれを追うカウボーイのブロンズ像がある。この牛が、実物大でしかも実際の牧場並みの数であり、かなりの迫力だ。土産物屋にも、カウボーイハットや革製のベルトやブーツが所狭しと並ぶ。

c0131701_831302.jpgそしてテキサスといえばステーキである*2チャック・ノリス"Walker, Texas Ranger*3" の舞台になりそうな旧市街にあるステーキハウスで、牛とバッファローのステーキを頼んだ。厚手で味わい深く、肉の旨みがよく引き出されている。アメリカ人は、ステーキとハンバーガーに関しては料理が完成している。

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またメキシコとの近さから、TexMexと呼ばれる料理が有名だ。ポーラが
「テキサス以外のTexMexは、本物じゃないわよ」
と言って連れて行ってくれたレストランは、確かに美味しかった。ボリュームも満点だったが*4


Lone Star State
そんなテキサスの特異性は、歴史的背景が大きく関わっている。テキサスは全米第二の面積を持ち、天然資源にも恵まれた州で、経済的な強さから独立心が強い。だがそれ以上に、フランス領、スペイン領、メキシコ領、独立国、アメリカ領と変遷してきた歴史が、独立独歩の気概を養ったのだろう。かつて独立国でもあったことから、テキサスの州旗はアメリカ国家を一州のみであしらったもので、"Lone Star"と呼ばれている。

南北戦争では南部アメリカ連合国の供給地として活躍し、その後も保守色が強く残る。共和党が強く、マケインの敗北演説はまさにテキサスで行われた。

c0131701_8322675.jpg実際に訪れると実感できたが、テキサスは州だけで完結できる広さと生産能力があり、隣接したメキシコとの関係が最大の国際事案でそれ以外への関心は薄く、人種と密接に関わりながら階層が固定化されている(富裕層は、非常に洗練された美術コレクションを持つほど)。そう簡単に多様な価値観を受け入れることはないだろう。保守が醸成され強固に維持されるのがよくわかる。

同じアメリカでありながら、また全く文化が異なり、非常に興味深いテキサス訪問だった。


*1 ケネディの命日(1963年の11月22日)直後で、また雄弁で人気のオバマ大統領がケネディを偲ばせるのか、入場まで1時間も待つ程の混雑ぶりだった(普段はそこまで混まないらしい)
*2 テキサスっ子は皆それぞれ、お気に入りのステーキハウスがあるという
*3 不死身の人気俳優チャック・ノリス主演のドラマで、チャック演じるウォーカー警備官(テキサス州の治安維持のための警察のようなもの)が悪を叩きのめすという、いわばアメリカ流時代劇。残り15分で必ずウォーカーが悪を追い詰め、無敵の銃や格闘で敵を懲らしめ、ハッピーエンドを迎えるあたり、水戸黄門などと極めて似ている
*4 テキサス州は全米有数の肥満が多い地域で知られる(ワースト1はサウスダコタ州)
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by flauto_sloan | 2008-11-29 22:54 | 旅行
Thanksgiving in Texas (2/3) - アメリカの家庭教育
ポーラの家に二泊すると、短期ホームステイのようで、アメリカの家庭で何が行われているのかがよく分かって面白い。特に子供の教育が興味深かった。

丁寧な言葉で、自分の考えを話させる
c0131701_2325022.jpgポーラには小さい二人の娘がいるのだが、二人が丁寧な言葉遣いをするように徹底している。「オレンジジュースが欲しい?」の答え一つとっても、娘が "Yes" としか答えないと、"Yes, PLEASE." と言い直させる。(私たちもそれを見て、ちゃんと "Yes, please."と答えるようになった)

また、ポールは何でも質問をしてきて、自分の意見を述べさせる。娘が一所懸命に説明することを静かに聞いて、質問を重ねる。こうして、話すことと深く考えることを訓練しているようだ*

尤も、質問をするというのはポールの個人的な好奇心の旺盛さから来ているようで、我々二人も何かにつけポールからの質問攻めに遭った。ファクトだけ述べたり、あまり面白くないことを言うと、明らかに残念そうな顔をされるので、滞在中は四方山話でも頭を働かせなければならなかったのが若干疲れもした。

夫婦の間も、お互いを尊重しつつ、意見をぶつけあう。レンタルビデオを借りてきて皆で観るかどうかですら、議論になる。我が家なら「そうしようか」か「まあいいんじゃない」で終わりそうなところを。意見を持って戦わせることも、小さいときから習い性になれば、特別なことではないし苦痛でもないのだろう。ケースの授業でやたら発言するアメリカ人も、こうして小さいときから受けていた教育の成果だろう。

自分の歴史を知る
これは多分にポールの個人的な信条なのかもしれないが、歴史を非常に重んじている。国家レベル、家族レベル、個人レベルで歴史を積み重ねることを重視し、過去を知ることで学ぼうという姿勢が強い。

書棚には米国大統領の自伝や各国の歴史が並び、話していても、日米の歴史に強い興味を持っている。米国はたかだか230年程度しか歴史がないのだが、短い分何がどういった背景で起こり、どう帰結したのかを深く理解している。過去を正視するからこそ、アメリカに誇りを持ち、また問題点を把握している。

また、家族の歴史も重んじている。サンクスギビング中に「ターキー・トラック」という市民マラソンに参加しているのだが、これも家族の伝統行事となっているらしい。なにか上手くいくと、それが伝統となって積み重なっていく。新しいことができないとポーラがぼやきもするが、家族の結びつきを強めようとしているように見える。

さらに、個人レベルでも、ルーツがどこにあるのかを強く意識している。二人ともルーツは欧州で、先祖が何をしていたのか、よく理解している。娘の一人は中国からの養子なのだが、その子に自分のルーツである中国をよく知ってもらおうと、中国語を習わせ、中国の掛け軸や置物を多く飾っている。

歴史は成功と失敗、苦悩と歓喜の蓄積であり、そこに腰掛けることで安心や自信を得られる。歴史から未来は予測できなくても、対処するための知恵を得られる。そんな信念が、この家庭を貫いていたように思えた。


いずれ子供を持ったとき、どう育ってほしいか、そのためにどう育てるか、大いに考えるだろう。その時、アメリカでどう子供が育てられているのかは、取り入れるにせよ取り入れないにせよ、非常に参考になると思う。

色々と学ぶところの多い滞在だった。我々を温かく迎え入れてくれたポーラの家族に、感謝しきりの感謝祭だった。


* よくユダヤ人の家では、食事のときに子供がその日の出来事や、その日何を教師に質問したのかを話し、深く考えて話すことを訓練するといわれる。この家はユダヤ系ではないが、似たような光景を繰り返し見た
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by flauto_sloan | 2008-11-28 18:24 | 旅行
Thanksgiving in Texas (1/3) - アメリカ家庭での感謝祭
今年のサンクスギビングは、テキサス州ダラスにいる友人のポーラの家を訪れた。ポーラとは以前仕事でマレーシアにいた時に同じチームで、彼女が家族をクアラルンプールに呼び寄せていたために、家族ぐるみの付き合いだった。アメリカに来て以来、必ず会いに行こうと思っていてついに実現した。アメリカの家庭におけるサンクスギビングの過ごし方を一緒に経験できたのはとても面白かった。

テキサスの一軒家
c0131701_0503873.jpgポーラの家は非常に大きかった。
二階建てで、私たちは二階のゲストルームに泊めてもらったのだが、専用の洗面所もあり非常に快適。一階は居間と広いオープンキッチンを中心に、特別な食事用のダイニングルーム、さらにはサロンまであり、コーヒーはそこで寛ぐ。

庭は二人の子供が遊ぶには十分な広さで、ガレージには車が二台。庭先には小さな暖炉があり、夜はそこで温まりながら、星を見つつワインを愉しむことができる。

c0131701_0572114.jpgこれが、私の想像していたアメリカの大きな家と豊かな生活か、と思う。ボストンやニューヨークではこんな大きな家は流石にない。カリフォルニアに住んでいたことのある妻は、やはりこのくらいの大きな家に住んでいたので、懐かしいという感想だったが、私は素直に驚いた。

ここまで広いのならば、家に対する色々な拘り(設計や内装など)が生まれるのもよくわかるし、家電や調理器具の小型化が必要ないことも実感としてよく分かる。さすがはテキサス。


サンクスギビング・ディナー
c0131701_0582165.jpgサンクスギビングのメインイベントはやはりディナーで、この日だけで毎年4500万羽が消費される七面鳥がメインだ。そもそもの起こりが、マサチューセッツ州プリマスで寒さに入植者数が半減した折に、地元の食材を教えて分けてくれたインディアンに感謝した故事なので、食材はニューイングランド特産のターキーやクランベリーが中心だ。

寒いマサチューセッツに住んでいると、冬の厳しさをよく実感できるが、今年は暖かいテキサスで豊穣と互助への感謝を行った。だがポーラはイリノイ、夫のポールはマサチューセッツ出身なので、やり方はあくまで寒い北東部のものだ。

ポーラが半日かけて焼いたターキーは、詰め物をせず、付けあわせと準備していた。丸々一羽の七面鳥はとても大きい。それが小さく見えるほど大きなキッチンだった。

特別な日なので、子供たちもちゃんと着替えて、きれいな服でテーブルに着いた。一家は敬虔なクリスチャンなので、食事の前にお祈りをする。

夫のポールがポーラに「今までで一番美味しいターキーだよ!」と絶賛するところも、アメリカの家庭らしい。実際ターキーはとても柔らかく、また他の付け合せもシンプルだが非常に美味しい、特別な家庭料理だった。

フットボール
一年前、チームメートのパトリックが「サンクスギビングは七面鳥とフットボールだ」と言っていたが、食後はそのフットボール。Texas Cowboysの試合(ちゃんとCowboysが勝利!!)を見た後、続いてTexasのCollege Footballの試合をテレビで漫然と観る。

試合が終わると、庭先でワインを飲みながら、チムニーの前でおしゃべりをした。ポールは趣味人で、特に歴史が好きだ。日米の文化や歴史の違いについて、好奇心旺盛に色々と質問を投げかけてくる。

よくアメリカ人とは政治と宗教の話をしてはいけないと云われるが、逆に政治と宗教の話を随分と振られたので、色々と深い話もした。テキサスの白人家庭(で元来共和党支持)でありながら、オバマの当選を非常に喜んでいたのが印象深い。ダラスと言えば、全米有数の保守地域で、JFKが暗殺された地でもある。代々からのテキサン(テキサスっ子)ではなく北部出身だからかもしれないが、目の前の危機の大きさと、ここ40年の教育の重要性を感じた。


そんな四方山話をしながら、何もせず、のんびりと過ごす。これがアメリカ流のサンクスギビングだった。
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by flauto_sloan | 2008-11-27 22:16 | 旅行
幸せ - System Dynamics
システム・ダイナミックスの授業で、「幸せ(happiness)」について議論した。勿論、幸せを定量化するのは非常に難しい。人の幸福は健康、消費、家族や友人、周囲との比較、基本的欲求の充足、時間的変化率、等々多くの変数から成る関数だ。

その幸せを満たすべく人がどう行動し、その結果幸せはどう変化するのかをモデル化すると、非常に意義深い。

幸せになるメカニズム
授業では、以下のような構造を主に論じた。
より幸せになるには頑張って働く。働けば消費があがり、可処分所得が増えて消費が増え、消費欲求が満たされて幸せになる。

だが頑張って働くと、収入が増えると同時に評価が上がり昇進する。すると周囲の消費水準も上がり、消費欲求がエスカレートする。新たな欲求水準を満たすには、今まで以上に働かなければならい・・・ 「こまねずみ」の悪循環だ

また、働くほど仕事以外の時間が減り、休息したり家族や趣味に費やしたりする時間が減り、心身ともに疲弊していき、幸せが減ってしまう。この影響は時間の遅れを伴うため、気づいた頃には上記の悪循環に陥っている可能性がある。

そしてスターマン教授が最後に強調したのは、「奉仕・貢献」している実感の重要性だ。人は自分の行動が世の中の役に立っていると感じるとき、より幸せを感じる。同じ消費でも、人の為になっている消費のほうがより幸せを感じるという研究結果がある。そういった貢献に費やす時間が減ることも、幸せの増加を妨げている。
幸せと国民性
お金があれば幸せなのだろうか、という問を国民性と絡めると面白い。授業でも取り上げられた研究成果でNY Timesの記事にもなったもので、一人あたりGDPの絶対額が大きいほど幸福度が高いと結論付けたものがある*1

面白いのは、記事中のグラフで回帰曲線を引くと、その上側(収入以上に幸せを感じる)の国はラテン諸国が多く、下側(収入の割りに幸せを感じていない)の国は旧共産圏か、現状破綻している国々(ジンバブエなど)が多い。日本はその下側にある。

これだけで日本人の国民性や文化と幸せの関係を議論できるとは到底思わない。それでも何故だか考えて見ると、日本人が幸せを感じにくい要因としては、物質的・金銭的豊かさに対する幸せの相関の弱さ(或いは社会的に弱いべきだと信じられている)、極度の損失回避性向*2があるのではないかと思う。

いくらお金を儲けても、それで幸せと感じることに対して社会的な抵抗*3があり、翻って個人の感情にも「お金だけで幸せは買えない」という諦念や「お金で幸せを感じてはいけない」という義務感が生じているかもしれない。(まあ社会通念への感受性は低下していそうなので、今でもそうかはわからないが)

また、米国に住んで改めて感じるが、日本人は非常にリスクや損失に対して回避性向が大きい。徹底した品質水準、安全志向の資産ポートフォリオ、公務員・大企業志向などがいい例だ。これは、他国民以上に、損をした時に「感じる」損失が大きいのかもしれない。

この二つの仮説が正しいなら、経済成長で収入が増えても、日本人は幸せを増加することが少なく、何かのきっかけで損や不利益を被った場合の幸せの減少が大きい結果、他の国民ほど幸せになれなかったのかもしれない。

喜捨
他にも、収入の増加に比べて消費欲求水準のエスカレート度合いが非常に大きかった、或いは他人や社会に貢献する習慣や実績がなかった、ということも考えられる。前者は直感としてなさそうに感じるのだが、後者はあり得るかもしれない。

日本人は驚くほど寄付をしない*4。強度の損失回避が影響しているのだろうか。幸せになるためには、財布の中のなけなしのお金を、人のために使ったほうが良いかもしれない


そんなことを思いながら、その後のハーバードからの帰り道、いつも道行く人に声をかけ、お金を貰えなくても
"Have a good day"
と言い続けているホームレスに、少々だが恵んだ。彼の言葉はいつもと違い、
"God bless you!"
だった。偽善だろうとなんだろうと、確かにそう言われて少し幸せになった。

明日はThanksgivingだ。


*1 このNY Timesの記事は、日本が経済発展をしたにも関わらず幸福に思っていないという "Easterlin Paradox" を主軸に論じていて面白い
*2 行動経済学で、個人が感じる効用は、参照点よりも利益が増えた場合に比べ、同額減った場合の方が変化の絶対値は大きいとする(つまり、100万円利益が出るよりも、100万円損をした方が大きな変化だと感じる)。一般的に損失は利益の2倍程度に感じるというが、日本人ではこの差がもっと大きいのかもしれない
*3 ホリエモンや村上ファンドに対する社会の反発がよい例だろう
*4 金銭的余裕のなさは致し方ないが、寄付にまつわる胡散臭さも一つの阻害要因だ。詐欺まがいの寄付が少数でも目だって存在するため、正しい目的の寄付活動や、まっとうな非営利団体の寄付のお願いも単純に同一視されやすい。他にも宗教や習慣として喜捨が根付いていない(実際は托鉢も見かけるのだが)、個人よりも公共団体を通じた支援が望ましい、といった慣習が寄付の拡大を阻害している

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by flauto_sloan | 2008-11-26 05:56 | MITでの学び(MBA)
日米貿易摩擦はゆっくり交渉? - Power & Negotiation
Power & Negotiationの授業の交渉シミュレーションで、週末だが学校に集まって3人のグループで交渉をした。ハーバード・ロースクールの交渉のケースを使ったのだが、私の役は、念願の米国進出をしたが(1990年ごろの設定)、アメリカの販売代理店と上手くいかなくなってしまった日本の機械会社社長*1。相手のアメリカ代理店社長(実際にアメリカ人)と、調停役(ロシア人)の下で交渉をした。

結果的に双方の利益に適う形で収まりがつき、これまでの中でも最善の結果だったが、ケースの内容とは別の点で面白い学びがあった。

ケースの中に、その日本人社長が「たどたどしい英語で」話した、とあったため、役に入り込むために敢えて非常にゆっくり、噛締めるように話した。感覚的にはいつもの半分くらいのペースだ。すると文法や内容を英語で考えるスピードと、口が回るスピードが同期され、伝えたい内容をしっかりと伝えられる。聞く側にとっても判り易かったようだ*2

ネイティブでないからこそ、ゆっくりと話すと言うのは大事なのだなと実感した。お蔭で誤解も解け、貿易摩擦(?)も解消できた。


*1 ちなみにクラスに日本人は私のみ。TAはわかってて私に日本人役を振ったのだろう
*2 今年はVogel塾でコミュニケーションの講師を呼んでいるのだが、その講師も「日本人はゆっくり話せ」という旨のことを繰り返し強調している。その効果を強く実感した

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by flauto_sloan | 2008-11-23 15:22 | MITでの学び(MBA)
職業人格
c0131701_1521293.jpg昨年同様、ボストンの留学生向けに、東京オフィスの説明会があり、スーツを身に纏って職業人格モードに入った。同僚でSloan後輩のLilacさんとで現地参加だ。折りしも寒波が到来し、ボストン・コモンの池には氷が張っていた。

Sloan、HBS、Tuckといったビジネススクールに加え、HKSやHSPHなど他のプロフェッショナル・スクールからも参加者が集まる。コンサルティング経験を語り、質問に答えていくのだが、非常に奇妙な気持ちだった。昨年以上に、コンサルティングの経験を上手く語れない。正確には、コンサルティングの経験と、留学での学びとを綜合した自分の考えを述べてしまう。そのため、生の経験を一次情報として参加者に共有できないでいた。しかもそんな考えに限って、抽象的で判り難くなってしまう。

まあそれでも好評だったし、自分の成長も実感できたし、善しとしよう。


説明会後は、莉恵さんらHBSの1年生やHSPHの友人とお茶を楽しむ。ここからは職業人格ではなく、ただの一人の苦悩するビジネススクール生だ。女性ばかり5人に囲まれたことも、本当の人格を出し易くしていたかもしれない(虚飾の無い本当の人格かはわからないが)

皆非常に快活で頭の回転が速く、話していて楽しい。これまでなかなか接する機会がなかっただけに、こうした場であっても知り合えたのは幸運だった。これからも同じケンブリッジで語りたいものだ。


そして夜、東京から来ているパートナーや先輩の方々と激しく(?)飲んだ。ホテルの一室で何時間も飲み、語り続けたのだが(時差ぼけのために東京組はいつまでも元気だった)、思えばパートナークラスと、ここまで腹を割って飲んで話したことは殆どなかった。戯言までストラクチャーされているあたり、職業病的なものを感じもしたが、勉強になることも多かった。これも図らずもいい機会だった。

すっかり、与えるものよりも得るものの方が多くなってしまった、久々の仕事(的なもの)だった。
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by flauto_sloan | 2008-11-22 23:56 | 交友
友の学びに復愁す
Sloanの友人Shintaroが、異業種交流会というSloan日本人の勉強会にて、自らの経験を発表していた。彼は私と同業の経営コンサルティングファーム出身であり、また友人としても非常に親しいので、彼の学びを聞くのが非常に楽しみだった*

彼の発表内容自体は割愛するが、同時期に似たようなプロジェクトを行っていたこともあり、聞きながら追体験すると共に自らを振り返る機会だった。


私の過去の経験を思い出すと、上手くいったもの、反省が多いものと色々あるが、個々のプロジェクトをケースとして分析することができるようになった。上手くいったときには上手くいくなりの理由があり、逆もまた然り。当時はただに自分を責めていた失敗でも、いま一歩引いて見ると、そもそも失敗ではなかったり、自分の所為ではなかったり、自分の所為であっても仕組みとして失敗するようになっていたり、というケースがある。

過剰な自己批判は自尊心を傷つけ、却って不能にしてしまう。寧ろ責めるべきは、ろくに状況を見極めずに自分を責めて満足してしまっていた、過剰な責任感という無責任さであろう。

成功しようと失敗しようと、要因を彼我に分け、再現可能なものとそうでないもの、不易と流行とに分け、そして学ぶべきものを理解ししないことには、学んだ気になっているだけで何も学んでいない。そういう意味で、学ぶに貪欲でなかったか、戦略的に学ぼうとしていなかったのかもしれない。


今回の留学で学んでいることは、学ぶとはどういうことかだと思う。日本の学校教育、アメリカの教育、社会に出てからの学習、どれも皆異なり、一長一短がある。私はそれらを相対化できずに、学ぶことや学び方の幅を畢竟十分に広げられなかった。


コアタームでは比較的日本流学習方法が通用したために、学ぶとはそもそもどういうことか、新たな知識を知り好奇心を満たす悦びを、幸いにも思い出すことができた。

その後の一年は、アメリカにおける教育に適応するために苦労し続けてきたように思う(未だ苦労している)。だがその苦労の中で、徐々に「学ぶ」とはどういうことかを体感し体得できてきたかのように思う。

残りの期間は、社会に戻る直前として、自ら経験を通じて学び続けるとはどういうことか、どうすればよいのかを学ばねばならない。そう気づかせ、覚悟させてくれた友人の発表に感謝したい。


復愁 (杜甫)
萬國尚戎馬
故園今若何
昔歸相識少
早已戰場多


* この発表を聞くために、Emanuel AxとYefim Bronfmanの夢の競演を諦めてまでボストンに残った。ちなみにこのコンサートは、聴きに行った妻が大いに感動していた。交響的舞曲などラフマニノフはCDになっていて、グラミー賞まで取った名盤となっている。非常にお勧め
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by flauto_sloan | 2008-11-21 14:05 | MITでの学び(MBA)
セブン・イレブン - 世界から日本、そして世界へ
セブン・イレブン米国法人のCEOのDelPinto氏、COOの朝倉氏がジャパン・クラブの招きで講演を行った。詳細は企画者であるShintaroのブログに載っているが、非常に面白い内容だった。大盛況だったが、中でもJapan Trekに参加した友人たちが、日本でのセブン・イレブンの経験から興味を持って参加してくれていたのが嬉しい。

講演会後、お二人と昼食を共にする機会があり、日本人数人で朝倉氏を囲んだ。アメリカで成功したビジネスモデルを日本で進化させ、アメリカに再輸出したのがセブン・イレブンなのだが(日本法人はフランチャイジーでありながら親会社となっている)、「日本流」を如何にアメリカに落とし込むのかのお話が非常に面白かった。

食生活が違えば、食に対する価値観も異なる。働き方が違えば、職業観も異なる。より良い価値観を受け入れられるように顧客を教育していかねばならず、そのために従業員がまずセブン・イレブンのコンセプトを理解しなければならない。特に二つの話が心に残った。

一つは食品の鮮度の教育。日本ではもはや当たり前だが、セブンイレブン米国でも鮮度を維持するために、作った日のうちに生鮮食品を廃棄することにした。品質期限表示はその当日になるのだが、アメリカ人にとって一見それは「非常に古い」と映ってしまう。アメリカの食品は保存期間が長いので、人々は日付ができるだけ先の商品を選ぶ、という購買行動をとるからだ。

そのため、如何にセブンイレブンの商品が新鮮か、そして日付が当日なことがそれを証明している、と顧客を教育し、買ってもらい、納得してもらわねばならなかった。だがようやく認知が進み、信用が生まれてきているとのことだ。

もう一つは現場の従業員への権限委譲。日本のセブンイレブンでは商品の発注は各店舗の従業員が行っており、地元の微妙な事情の違いが反映されるようにしている。だがアメリカでは本社が販売数量を中央管理していた。アメリカにおいて現場の従業員であるレジ打ち係は、スキルが必要な職だとは見做されておらず、階層社会の中であまり高く見られてはいない。そのため現場への信頼はあまり大きくなく、重要な判断をさせることは稀だ。

だがセブンイレブンで実際に現場に判断をさせていくと、効果が着実に現れ、米国の幹部も納得していった。勿論ITを利用して補助をし、トレーニングもしっかり行っている。

文化の違い、習慣の違いはすぐに埋まらないが、善い価値は必ず浸透し得る。だが過程を慎重に設計することが肝要だ。顧客や従業員が価値を認識し、理解し、行動を取って、その価値を実感してさらに深く認識するプロセスを造りこまねばならない。そこは信念とオペレーションがものをいう。当たり前のことをしっかりと行えば、日米の差をも越えるのだ、とお話を伺いながら思った。

日本のサムライの強さを見た会食だった。
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by flauto_sloan | 2008-11-20 22:51 | Guest Speakers
金融再規制 - スティグリッツ他
c0131701_5545049.jpgケネディスクールのJFK Forumで、ノーベル賞経済学者のジョセフ・スティグリッツ コロンビア大教授らが、金融業界の再規制についてパネルディスカッションを行った。

進行役はケネディの教授で、パネリストはスティグリッツの他に米国銀行協会、上院顧問弁護士と、経済学会・業界・法曹界がバランスよく組まれていた。立場は違えども、市場の自己調整機能が迷信だったとわかった今、信用回復のために、世界規模での規制強化による透明性の担保が必要だとの見解で一致していた。

ハーバード学内紙の記事はこちら

G7ではなくG20
スティグリッツは規制緩和とグローバリゼーションが途上国に与えた影響を重く見、犠牲を分かち合う包括的な規制の必要性を説いた。
まず、今回の金融危機対策がG7ではなくG20で行われたことを絶賛し、資本がアメリカから中東やアジアへと世界中に拡散した今、対策は新興国を含めなければいけない、と述べた。彼の懸念は、今回の金融危機の影響が、震源地の米国から先進諸国、新興国、途上国へと増幅しながら拡散していることだ。

市場が完全だと信じて、アメリカやWTOが規制緩和を世界中で押進めた結果、市場の不完全性(透明性を欠き、偏ったインセンティブで人が行動し*、誤った会計基準が主な原因だとする)が世界規模で悪影響を及ぼしている。金融機関はイノベーションによって成長したが、それは異常な高給取りを生んだだけで、実体経済への波及効果がなく、大きな非効率を生み出したに過ぎない。

ここでアメリカが再規制を行うと、他国との規制とのバランスによっては資本がアメリカから逃げていくこともありうる。だが今となってはクイック・ウィン(即効性のある打ち手)はない。グローバルな規模で、包括的な規制を行う必要があり、それは(新興国や途上国に犠牲を押し付けるのではなく)犠牲を分かち合うものでなければならない。
流石はグローバリゼーション批判の急先鋒だけあり、かねて予見していた弊害が顕在化したことに対する憤りがある一方、国際的な取り組みが始まったことへの希望を語っていた。

ウォールストリートの信用
ウォールストリート代表の銀行協会のDugger氏は、信用を取り戻すことを繰り返し強調していた。今回ウォール街が失ったものは、利益や職だけではなく、むしろ誇りと信用であり、それらを取り戻すためのモラル再建の必要性が、悲痛なまでに彼の言葉から伝わってくる。
ウォール街は素晴らしいところだった。だが高すぎるレバレッジ(自己資本に対する借金の割合)と、(資本が)自己増幅する仕組みとで、安定性を維持するための原則や枠組みを忘れてしまった。その結果が証券化とその世界へのばら撒きだった。

いまやウォール街の信用は雲散霧消してしまった。信用こそがウォール街のインフラであったのに。その事実を重く受け止め、再び信用されるように自ら新しい環境に適応していかなければならない。オバマ次期大統領は信用回復の重要性を理解しているように思える。時間はかかるがこの本質的な「信用」問題を解決していかねばならない。
逃げ道を作らない包括性
弁護士のBlum氏は、規制の抜け道を塞ぐためにも国際的な取り組みが必要だ、と論じた。
銀行は貸付の利益率が低下した結果、裏書をアウトソースすることを思いついた。これが証券化なのだが、およそ最悪の判断ミスだった。高リスクの商品が、規制の外で自己増殖していった。

さらに、規制の鞘を抜くためにケイマン諸島などでオフショアが拡大した結果、未だに実態が見えなくなってしまっている。実際は大量の塵が孤島に堆積しているのだろう。あるタックスヘイブンの島国では、ご島民一人が1000社の取締役になっており、異常としかいえない。この抜け道を塞ぎ、資本の透明性を確保するには、国際的で包括的な規制が必要だ。

最後に、破産法も修正する必要があるだろう。この事態で破産をする企業は増えるが、それが経済を停滞させないように、法律を再設計する必要があろう。

3つの異なる視点からの金融再規制論だったが、問題の根深さ、世界的な規制の必要性では共通していた。アメリカ、特にウォールストリートが構造的に優位であったシステムは破綻したが、そのシステムが世界中を巻き込んでいたために世界各地で経済を不安定にしている。

最大の加害者のアメリカが一番責任を取れ、と被害者諸国は言いたくなるが、システムを立て直すためにはそう単純にはいかない。犠牲分担の公平性を担保しつつ、経済のアーキテクチャーの再設計をするというのは、ちょっと考えても相当に困難が予想される。アメリカがどうリーダーシップを取るのか、国内経済保護とのバランスをどう取るのか、まさにそこにアメリカが、ウォール街が「信用」をどう回復するのかが懸かっている。


* 投資銀行などの社員は、巨額の利益を上げれば莫大な報酬があったが、巨額の損失を出しても馘だけで済んだ。これはアップサイドだけに偏ったインセンティブであり、市場の自動調整が利かない要因の一つとなった
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by flauto_sloan | 2008-11-19 22:27 | Guest Speakers