MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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MET/椿姫
椿姫は好きなオペラの一つで、これまで二期会、新国立劇場、ベルリン・ドイツ・オペラと3つのバージョンで聴いた。そして今回はMETだ。

なかなか好演だった。ヴィオレッタは安定感があり、清純な歌声が素晴らしい。娼婦でありながら純粋な愛に目覚めた時、そして最後に命尽きる時、それぞれ生きることへの憧れと悲しみが伝わってくる。アルフレードは立ち上がりが鈍かったため、『乾杯の歌』がやや硬かったが、第二幕からは盛り返してきた。むしろ父親の存在感が素晴らしかった。

目を見張ったのは舞台装置。退廃的な世紀末パリ、というオペラにはよくある時代設定なのだが、ここまで作りこまれた舞台はなかなか無かった。全体的にセピア色がかった色彩感でありながら、豪華絢爛さを失わない。享楽の儚さ、幸せな生活の脆さ、人生の切なさの舞台として、視覚的にも多くのメッセージが伝わってくる。

今ひとつだったのは演出と指揮者。演出はとりたてて目新しいものも、考えさせるものもない。指揮者は統率力に欠けていたし、テンポを無理に早く設定して、アンサンブルを崩してしまっていた。

だが全体としては非常に楽しめた、いい演奏だった。
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by flauto_sloan | 2008-10-31 23:44 | 音楽・芸術
Halloween
Sloanのハロウィーンパーティーに参加した。木曜が公式イベントで、ハロウィーン当日の金曜は有志主催のイベントで、二日続いている。

c0131701_715220.jpg仮装するように連絡があったので、近くのコスチューム屋(かなり衝撃を受けたお店だったが、品位を下げてしまうので詳細は略)で魔導士の衣装を$45で購入。
全身黒づくめで、結構怖い。

臆病者なので上にコートを羽織って、フェンウェイの会場に行くと、30分遅れていったのになぜか10人も人がいない…

仮装も、もっとわかりやすいものでないといけなかった。「それ何?」と聞かれてしまう。ダースモールのペイントでもすればよかった。

c0131701_7202499.jpgしばらくして、ようやくまばらに人が来た。
サラ・ペイリンも来た。

でもやはり人がいないとなかなか盛り上がらないものだ。
翌日の有志のイベントはかなり盛り上がった模様。


やや残念な魔導士を寮で出迎えてくれたのは、巨大なカボチャと骸骨だった。
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by flauto_sloan | 2008-10-30 07:08 | ボストンでの生活
ボーゲル塾始動
ボーゲル塾が始まり、分科会が本格的に動き始めた。

同じ班には、実に様々なバックグラウンドを持つ人たちがいる。ひとつのテーマについて、彼らの様々な知見を引き出し、どう成果に結び付けるか。久々に日本人を相手にしたリーダーシップの実践の場でもある。

論点となったものの一つに、漫画やアニメなどのソフトパワーが日本の国際社会における役割に与える影響があった。漫画やアニメが日本の貿易収支に貢献している割合は微々たるものであり、投資対効果を考えたら、もっと他に重視すべきものがあるはずだ、という意見があった。

ボーゲル先生の意見は、ソフトパワーは海外から見た日本の印象に大きく貢献しているため、決して軽視すべきものではない、というものだった。まだ中国が貧しい発展途上国だった頃(天安門以前)、中国国民の日本に対する印象は好ましいものだった。日本はODAなどを通じてかなりの規模で開発支援をしていたが、そうした直接的な貢献に加えて、漫画など文化が流入したことが好印象に大きく貢献していたと言う。お金がいくら返ってくるという性質ものではないが、中長期的に重要であることは間違いないと仰った。

私はボーゲル先生に同意だ。確かにソフトパワーが金銭面で経済に与える影響は少ないし、NPVを基に予算配分をしようとしたら、優先度は下がるだろう。だが国家レベルの取り組みであれば、資本の論理だけでソフトパワーを判断してはならないだろう。資本の論理のみが意思決定の指針であるなら、警察と自衛隊以外は全て民営化すべきだ*1

赤字財政なのも確かだが、損得を重視した短期的な施策だけでなく*2、中・長期的な施策も同時に行っていくことで、不確実性が高い将来でも日本が競争力を保ち続けられる可能性が高まる*3ソフトパワーの増強もそうした中長期的な施策の対象となるべきだと思う

せっかく漫画やアニメという、スケーラブルで競争力のあるビジネスを持っているのだから、その価値を最大化するための教育や法整備などの支援をし、日本文化を世界中に埋め込む、くらいの気概があってもいいのではないか*4

・・・といった考えが刺激される、面白いスタートだった。

*1 ・・・という夜警国家論は言い過ぎだし正しくないだろうが、要は非効率を吸収することが政府の大きな役割の一つであろう、と言いたい
*2 費用対効果が高い短期的な施策は国民への説明が容易だが、躊躇気的で不確実性が高いものは説明責任を果たすのが難しい。だが難しいものを避けていては国家の大計は語れないのではないか、と感じた
*3 企業においては、POI(Portfolio of Initiative)というフレームワークで、不確実性に対応するための取り組みを設計する。時間軸を短期、中期、長期ととり、企業にとっての不確実性を既知、未知、不確実ととり、3x3の象限にバランスよく施策を配置し、短期的業績と中長期的持続可能性を両立させる
*4 ITmediaの富野由悠季監督(ガンダムの監督)のインタビューは、日本がアニメで競争力を持ち続けるために必要な環境を考えるに当たり、非常に示唆に富んだ面白いものだった

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by flauto_sloan | 2008-10-29 22:10 | Harvardでの学び
ジョージ・ソロス講演 - 神は死んだ?
c0131701_5394311.jpgクォンタム・ファンドを率い、「イングランド銀行を潰した男」と呼ばれる伝説的投資家、ジョージ・ソロスがMITにて講演を行った。

物凄い人気で、ハーバードから駆けつけたものの会場に入れず、外で中継を見ることになった。講演の骨子映像はMITのサイトで見られる。
今回の金融危機の原因は、市場への過信にある。自然現象とは異なる人間の活動を介在する以上、そもそも金融市場は予測不可能だ。さらに人々は、市場が間違いを自己修正すると信じきってしまっていた。そのため、成長している間は自己増幅を続けてどんどん成長したが、内在する問題は市場が自動的に解決しているはずだと考えてしまった。だが今回のように反転し始めると、解かれていなかった問題が顕在化し、一気に崩壊に向かって加速してしまう。

今回弾けてしまったスーパーバブルは、25年間かけて信用の自己増幅が行われてきた結果であり、不動産市場の崩壊は起爆剤として働いたに過ぎない。今後さらに悪循環が加速していくだろう。

この悪循環を食い止めるためには、規制が必要だ。規制は不完全だが、市場も不完全なのだから、信用についても資本についても一定の規制が必要だろう。特に資本注入による金融機関の安定化、国際的な協力体制、信用や不動産価格の下落への歯止めが必要となるだろう。
もとが哲学者だけあって、「自分は失敗から学んできた」「市場は常に間違っている」など、含蓄の深い、そしてこのヘッジファンドの巨人だから言える言葉が印象的だった。

私は映像を通じてしか見ていないが、実際に会場に入れた友人は、「さすがに存在感があり、深い洞察に感嘆した」という肯定的なコメントから、「話の内容に斬新な視点や、裏付けるロジックがあまり感じられず、伝説で語られるような凄さは感じなかった」という否定的なものまで幅広かった。だがクレスゲ・ホールを満員にするほどの影響力の大きさは、それ自体が彼の凄さと、人々が何らかの指針を求めたがる賢さがあるのだろう。

グリーンスパン元FRB総裁(ソロスはその低金利政策と信用増幅の放置をかなり批判していた)の神話が崩壊した今、金融界において人々が神託を求める「預言者」にはバフェット、ソロス、ロジャース、クラヴィスなどのヘッジファンドのトップたちが残っている。そんな一人であるソロスが、市場が「全能の神」であるという信仰を自ら打ち壊したのが面白い。いや、彼の言によれば彼は「神の見えざる手」をそもそも信じていなかったようだが。

神は死んだのか。
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by flauto_sloan | 2008-10-28 15:03 | MITでの学び(非MBA)
チームワーク
頭で理解していても、経験してみるまで本当の価値がわからないもの、というのは至る所にある。私にとって、真のチームワークというものも実はわかっていなかったものの一つだった。

真のチームワーク
ケネディスクールでのリーダーシップの授業では、7人のチームを作り、お互いのリーダーシップの失敗経験を語り合い、その失敗が何故起きたのか、どうしたらよかったのかを分析し議論する。そのための様々なコンセプトや手段を授業で教わり、それを実際に適用してみる実験の場でもある。

このチームは人種、性別、出身大陸、教育、職業は様々だ。お互いを知っていくうちに、衝突や感情的な葛藤も生じてきた。だがそれを乗り越えたとき、お互いを信頼しあい尊重しあい、議論の深さと創造性が急激に増した。決してただ仲が良いだけではなく、批判や衝突は常にあり、居心地の悪い時もある。だが居心地の悪さを許容できるようになったことが、お互いの刺激を増幅し、人数以上の結果が出てくるようになった。

このチームワークを引き出すための様々な仕掛けや土壌は教授によって作られていたが、最も大きい要因はチーム自身にある。チームで満足できる結果を出し始めたときから、好循環が生まれ、どんどんと信頼と能力が増幅しているのを感じる。1足す1が2以上、というのはこのことなのか、と実感した。

これまでのチームワーク
これまで、仕事でいいチームに恵まれたことは多かった。優秀な同僚や先輩と組み、多くを学びあった。非常に上手くいったプロジェクトでは、いいチームワークだったと思えた。

チームの能力 = (増幅率)×Σ(個人の能力)

と仮に定義すると、チームメンバーの優秀さでは、ハーバードのチーム以上だったことはいくらでもあった。だが今のチームでは個人の総和がシナジーを生み、能力を大きく増幅した結果、素晴らしい効果を生み出している。

これまでの私は、増幅率はせいぜい2倍程度だろうから、非常に優秀な個人を集めた方がよいと思っていた。さらに恥をさらせば、中途半端な能力の人とチームを組むよりは、自分ひとりで仕事をした方が、よりよい成果が得られると思ったこともある(未だに授業のチームによっては思うことがある)。

だがこの増幅率は2倍などを大きく上回りうるのだと知った今、自分の不明を恥じると共に、もっとチームを盛り立てていればもっと素晴らしい結果が得られていたのに、との悔しさがこみあげる。

チームワークの必要性
また、実社会の問題は非常に複雑であり、個人が問題解決に必要な全てのスキルや知識を持つことは限りなく不可能だ。多くの仲間を巻き込み、方向付けをし、想像力を刺激する能力は、必須の能力になっている。

今学期の前半、システム・ダイナミックスの授業は二人チームだったのだが、結果的にほとんどの課題を実質自分一人で解いた。だが最後の課題を解いたとき、大きな間違いをしていた。複数の異なる頭が同じ問題を解いていれば、簡単に間違いに気づいていただろう。一人で仕事をする限界を学ぶと共に、なぜ多様性が重要なのかを、改めて学んだ。

自らの経験の振り返り
まだリーダーシップの授業は半ばであり、どうすればよいチームワークを発揮できるのかの結論を出すには早計だが、このクオリティは再現させ続けたい。頭で「1足す1を2以上に」と考えていたところで、実際に3や20や150にした経験がないと、クオリティはわからない。このチームワークについてのクオリティ・スタンダードを設定できただけでも、非常に学びが大きい。

授業やシミュレーションは、行動からすぐに結果が表れ、意味合いを考えられる。この時間の遅れがないことによる学習のフィードバックの効率化が、気づきや学びをもたらしてくれる。今までの経験を振り返ったときに、行動と学ぶべき結果の間を意識的につなぎ直すことができ、己の誤りや成功を客観的に振り返り、本来何を学ぶべきだったのかを、意識的に再認識し再学習できる。

本当に、このタイミングで留学したことは天の配剤ではないかと思う。まだまだ真摯に学ぶことは多い。
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by flauto_sloan | 2008-10-26 13:34 | Harvardでの学び
NYP/Robertson - 作りこまれた音楽
NYフィルで初めて聴いたDavid Robertsonの指揮は、派手さは全くないものの、実に細かいところまで解釈が行き届き、濃密で計算されつくした響きが素晴らしい、通好みの名演だった。

今ひとつだったモーツァルトと、ソリストの技量を見せ付けられたバルトークのVn協に続いたメインのブラームス交響曲第3番。

この交響曲はブラームスの4つの交響曲の中でも特に渋い一曲で、分厚い響きが柔らかい旋律を覆いながら進んでいく。演奏時間は最も短いが濃密だ。3楽章の哀愁を帯びたメロディはとりわけ有名。

卓越した解釈
ロバートソンは、この曲の特徴である「響きの分厚さ」と、構造の透明感ある立体化という、一見相反する解釈を両立させていた。

主旋律ですら、全体の調和のために敢えて響きに埋もれさせることもある。豊かな響きは様々な表情を伴い、晩年のセザンヌの油絵のような色彩感を浮き立たせていた。

響きが分厚い一方で、埋もれているはずの旋律や低弦の進行が、響きを壊さずに浮き立ち、曲の構造が立体的に浮かび上がる。普段の演奏やCDだと、殆ど聴こえて来ないような対旋律が聴こえてくる。メロディは寂しげな歌を伴って流れ、木管、弦、金管の間を継ぎ目なく遊んでゆく。

リズム感も素晴らしかった。全体にテンポは遅いのだが、静と動の使い分けが見事。たえた水のように音楽が止まったかと思えば、それが突如として生き生きと流れ出す。

そんな魅力が存分に発揮され、特に秀逸だったのが3楽章だった。非常に遅いテンポで、曲の細かいところまでしっかりと歌いこむ。全ての音の意味を引き出して、溜息の出るようなメロディに色付けをしていた。再現部のホルンのソロは、寂寥感、わびしさ、そして憧れが折重なった歌であり、ただに感動した。

全曲の終結は、静かに、時間の流れをも止めながら消えていった。最後に繰り返される冒頭のモットーは、世界の始まりと終わりとを表現しているかのようだった。

NYフィルへの期待
聴衆の評価は真っ二つ。即座に立ち上がって絶賛する人(私たち夫婦含む)と、すぐに席を立って帰る人。確かに遅くて派手さがなく、細かい作りこみの美しさがわからないと、つまらない演奏に聴こえたのかもしれない。だが私たちにとっては、終わってしまうのがもったいないほどに心に残る名演だった。

今年のNYフィルは、本当にレベルが高い。マゼールが最後の年であるとともに、コンサートマスターを始め、オーケストラが世代交代を進めているからだろう。BSOもレヴァインが復帰してから好調だ。今年のコンサートは非常に楽しみでならない。
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by flauto_sloan | 2008-10-25 21:52 | 音楽・芸術
大統領選挙テレビ討論会
c0131701_22132148.jpg大統領選挙がいよいよ大詰めになってきた。

大統領候補(3回)と副大統領候補(1回)のテレビ討論会は、学生の間でも非常に関心が高く、イベントがあっても途中で見に帰る人がいるくらいだ。

民主主義の旗手だけあり、大統領選挙に対するアメリカ国民の参加度合いは目を見張る。特に今年は8年間にわたるブッシュ政権に対する不満と、金融危機に対する不満とで、新たなリーダーに寄せる人々の期待も大きい。

c0131701_22105912.jpg私の住むAshdownでは、みんなでテレビ討論会を見ようと、ホールに集まった。アイスクリームを食べながら、二人の討論を真剣に聞いている。
リアルタイムで、一般視聴者の支持・不支持のグラフがテレビに映るのが面白い。その反応を含めて、学生たちが候補者の発言に対して皆色々と言い合っている。

大統領選挙といい、陪審員制度といい、200年かけて培ってきた民主主義の姿がある。民主主義はベトナム戦争やイラク戦争を呼び起こしたように万能ではないし*、国を最も栄えさせるのは優れた独裁者だという考え方もある(封建時代の名君のようなものか)。だがこの国民の主体性・当事者意識の高さを見ると、責任意識の源泉を見ているように思える。

さあ、オバマが優勢なまま選挙当日を迎えるのだろうか。


* チョムスキー『素晴らしきアメリカ帝国』などでも指摘されているが、反戦運動で名高いベトナム戦争も、ジョンソン大統領が開戦した時には高い国民の支持を得ていた
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by flauto_sloan | 2008-10-23 06:42 | ボストンでの生活
音楽とリーダーシップ
c0131701_13401122.jpg先日コンサートに招待してくれた、Ben ZanderのSIP特別授業 "The Leadership of Art" があった。指揮者が語るリーダーシップ論ということで、個人的にかなり非常にとても物凄く興味を持っていた。期待以上の、洞察に満ちた、元気を与えられる講演だった。

How fascinating!!!
指揮者にとってのリーダーシップとは、人々を動かして(mobilize*1)美しい音とハーモニーを引き出すことであり、演奏者の可能性を目覚めさせることなんだよね。

権威(authority)はもはやリーダーシップとは違うんだ。トスカニーニ*2のような専制君主の時代は終わった。

今求められるリーダーシップは、人々にビジョンを与え、人々を巻き込み、可能性を認識させて引き出すことなのさ。そのためには、結果が出る前に高い評価を惜しみなく与えてあげよう。高い評価を彼らに「取らせる」のではなく、こっちから与えてしまおう。そうして与えてから、人々にその高い評価の理由を自分でつけてもらう。そうして、自分の可能性を目覚めさせるのさ!

人々はいとも簡単に悪循環に陥ってしまう。情熱を持っていても、それが失望に変わり、皮肉屋へと転じてしまう。でもその悪循環は、余計な義務感や自責といったもの以外何も生み出さない。明るいビジョンに目を向けるんだ。僕のオーケストラでは、演奏中失敗したら、明るく大声で両手を挙げて
"How fascinating!!! (なんて素晴らしい!!)"
と叫ばせているんだよ!


また、「ルールその6」と呼んでいるんだけど、何か行き詰ったりいらだったりしている時に
"Don't take yourself so seriously!! (そんなに思いつめるなって。気にするなって!!)"

とお互いに言い合うと、悪循環に陥らないで済むんだ。

こうして、常に明るいビジョンに目を向けさせて、可能性を引き出すのがリーダーであり指揮者の役割なのさ。


全員をクラシック好きに!!
芸術は生存に不可欠じゃないけれど、希望を与えてくれる。クラシック音楽愛好家は人口の3%だというけれど、これを4%にするのが目標ではなく、
100%にするのが目標なんだ!

クラシック音楽は本当は、誰にでも理解でき、感動できるものなので、もしその良さがわかっていないために演奏会に行かない人がいたら、それは僕たち音楽家の責任だ。音楽はただの音のかたまりではなく、作曲家が流れるメロディに乗せたメッセージなんだよ。それを知るだけで、ぐっと楽しくなれる。

c0131701_13404018.jpgここでザンダーは本当の音楽を聴かせてくれた。まず自らピアノを弾いて、音のかたまりとメロディーの違い、ショパンが楽譜に籠めたメッセージを見事に表現すると、その明らかな違いと、美しい「音楽」に、参加者は皆感動していた。
また、ニューイングランド・コンサヴァトリーから連れてきたチェリストの生徒にバッハの無伴奏チェロ組曲を弾かせた。ザンダーのフィードバックと、ユーモア溢れる勇気付けによって、その生徒のチェロの音色と表現が見る間に深まっていく。まさに「可能性」が引き出される瞬間だった。


リーダーシップと音楽
音楽はリーダーシップの実践の場でもある。ザンダーのリーダーシップ論が、チェリストでもあるハイフェッツの論と共通しているものが多いのは、決して偶然ではないだろう。

自分のオーケストラの経験を振り返っても、素晴らしい演奏の時には、個々人の可能性がどんどん引き出され、相乗効果でハーモニーがどんどん豊かになっていった。

そんな成功時はオーケストラが一体になり、周りのあらゆる音が聴こえてくる。響きとメロディーの中での自分の役割、自分の音が他の演奏者や聴衆に与える影響、さらにそれが自分にどう跳ね返ってくるのか、リアルタイムの相互作用が手に取るようにわかる*3。まるで上からオーケストラと聴衆と、音楽の流れを俯瞰するかのようだ。

そこまでのダイナミクスが生じると、指揮者も一人の演奏家でしかない。リーダーは指揮者一人のように見えるが、個々人がリーダーであり、周りの演奏者をmobilizeしている。指揮者の役割は、その高いグループ・ダイナミックスへオーケストラを導いていくことにある。

演奏が終わると、至福にひたれるだけでなく、お客様からの賛辞でさらに嬉しくなる。この経験を一度でもすると、もうオーケストラを続けたくて仕方がなくなってしまう*4

ザンダーは勿論、ハイフェッツのリーダーシップ論や、システム・ダイナミクスを私が何の抵抗もなく受け入れられるのは、この音楽におけるグループ・ダイナミックスとリーダーシップ経験にあるのだろう。


自分の内なるリーダーシップを見つめられ、勇気と楽しさを目一杯にもらった、最高の講演だ。
そして、「全ての人をクラシック好きに」という彼のビジョンを、私は日本に持ち帰ることにする。


*1 この"mobilize"という言葉は、ハイフェッツのリーダーシップ論でも中核をなす非常に重要な言葉なのだが、対応するいい日本語がなかなかない。動員する、と訳されるが、ニュアンス的には
「刺激や鼓舞によって組織の温度を高めることで、周囲の人が励起したり、ブラウン運動が激しくなったりして、自分から創造性を発揮して動き出すようにすること」
といった感覚だろうか
*2 私の大好きな指揮者の一人(1867-1957)。圧倒的なまでに意思が凝縮された解釈と、激しく乾いた、その瞬間にしか存在できないからこその無限の生命力が籠められた響きが素晴らしい。癇癪持ちの専制君主としても有名で、ウィキペディアの逸話も豊富だが、他にも
「演奏会中に聴衆がパンフレットをめくる時に紙がこすれる音が気になったため、絹製のパンフレットを作らせた」といったものもある
*3 周りの音が全部聴こえるから、左後方の2番トランペットのミスもわかってしまう。そんな時、ちょっと目を合わせて「おう、やっちゃったな」と微笑む
*4 そしてそのままコンサート・ミストレスと結婚することになる

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by flauto_sloan | 2008-10-22 22:37 | MITでの学び(MBA)
中国への誤解
Sloanで最も人気がある教授の一人である Kristin Forbes教授の久々の授業がSIP期間にあった。昨年はサバティカルで授業がなかっただけあって、非常に楽しみにしていた。

Forbes教授は最年少で大統領経済諮問委員会のメンバーに選ばれた女傑で、若いながら著名で影響力を持っている。ちなみに彼女の教授室のドアには、「クリスティン・フォーブズ」とカタカナで大書されていて、ちょっとびっくりする(小さく漢字でも書かれている)。

大統領へのブリーフィング資料も含まれているというプレゼンテーション資料は、わかりやすくメッセージが明確だ。教授のプレゼンテーションも非常にうまい。さすがの大統領もこれなら理解したことだろう。

中国への誤解
授業の詳細はShintaroがいつもながらに的確に書いているので省略するが、フォーブズ教授は米国(特に議会)が抱いている中国への脅威や非難は的を得ていない、と断じている。

そもそも、中国の経済成長について、変化の絶対値だけ見ると空前の成長のように錯覚するが、GDPが成長期に何倍になったかといった比率を用いて比較すると、日本の高度経済成長期と同じくらい、韓国の奇跡よりはむしろ鈍い。

議員(特に中西部)は米国の雇用が中国に奪われている、と叫ぶが、雇用減少のうちで中国に起因するのはごく一部に過ぎない。むしろ自動化が主要な要因である(これは『ハイ・インパクト』や『フラット化した世界』でも指摘されている大きな労働環境の変化・変質だ)

1兆ドルを越す巨額の外貨準備高も槍玉に上がるが、むしろ問題は米国の低い貯蓄率だ。(米中の経常収支や外貨準備高のデータが示されたとき、隣のアメリカ人が「ああ・・・ 我々は貯金しないと…」と溜息をついていた)

オリンピックを終えて中国は変曲点に差し掛かっている。成長は鈍り、株価は大きく値を下げている*。米国への直接的な短期的影響は、全体として軽微とみられるが、社会福祉でもあるウォルマートの物価の上昇など、一定の影響は出る。だが中国への対応を誤ると、より大きな影響が返ってくる。

今後の米中関係は、選挙の結果と金融危機の影響(責任転嫁をしたい、といった心理的なものを含む)によっては保護貿易政策や国際社会での非難などで悪化しうる。だがむしろ中国を積極的に政治的経済的に巻き込んでいくことが重要だ、と結んだ。


舵取りの難しさ
教授は授業中、しばしば中国の成長を日本や韓国と比較して、「空前絶後」の現象ではないことを強調していた。だからこそ、今の米国の中国への反応を見ると、80年代の対日政策を思い起こす。

今回の金融危機に伴う将来への不安や雇用状況の悪化を受けて、米国社会の不満は高いレベルでくすぶっている。大統領選の行方はまだわからないが、仮にオバマが大統領になったとすると、非常に難しい舵取りを迫られるだろう。

カリスマに寄せる国民の期待は無茶なほどに高く、それを満たせない場合は、問題がオバマ個人の資質に帰せられてしまう可能性がある。特に黒人であることは、オバマへの評価をより厳しくしているだろう。最悪の場合、先日も逮捕者が出たように、暗殺の危険すらありうる。

その危険に直面した時に、ローマ帝国の昔から歴史で繰り返される最も安直な回避策は、外敵を作ることだ。武力衝突の外敵だったイラクはで既に敵はなくなったため、経済衝突の外敵として中国は格好の対象だ。同盟国の日本以上に交渉や圧力が上手くいかないだろうから、国内の不満はますます高まり、外敵作りに拍車がかかりかねない。

オバマには優秀なブレインがついているし、彼の胆力には大いに期待しているから、こんなシナリオは起きないと期待したいが、薄氷を踏むような第一期の舵取りを少し間違えると、たちまち罠に嵌りかねない。


同様のことは中国にも起こりうる。急成長に伴うひずみが顕在化してきており、悪循環が回り始めているかもしれない。すると成長にはブレーキがかかり、これまでは生活水準の向上で気がそらされていた様々な問題(環境問題、格差の拡大、急激な高齢化など)が注目されるようになり、国民の不満は一気に高まりうる。

そこにアメリカが国内問題を逸らすために貿易紛争を持ちかけてきたら、中国がそれを利用するというシナリオがありうる。尤も、米中貿易の重要性と中国のしたたかさを考えたら、中国が米国を外敵化することは考えにくいが。

ただ今後の中国の国政の舵取りも、バランスが非常に難しいものとなろう。4000年の時間軸で考えている彼らは、深く考えてゆっくりと行動する。だがこれだけ変化が激しく早い現在、その巧遅は拙速に如くだろうか。若干の不安を抱えながら、中国の動向と米国の動向を見守ることとしよう。


* 中国の最近の動向はVogel塾の昨年度の取り組みの中でも色々と知ったが、さすがに全体観があってわかりやすい
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by flauto_sloan | 2008-10-21 11:24 | MITでの学び(MBA)
N.Negroponte "One Laptop Per Child"
もうすぐクリスマス。
夢見る子供たちのために、サンタになってみませんか?



特別授業(と春学期の授業の宣伝)であるSIP(sloan innovation period)の初日である今日は、あるイベントの後に、かねてから話を聞きたいと思っていた、ニコラス・ネグロポンテ教授の "One Laptop Per Child (OLPC)" についての講演に参加した。MITの "Poverty week" の開会基調講演だった。


ネグロポンテの夢
ネグロポンテ教授は、途方もなくスケールが大きい。MITメディア・ラボの共同創立者として、マン・マシン・インターフェースの一大拠点を築き上げる。「おもちゃ箱をひっくり返した」と形容されるメディアラボのコンセプトから設計までを手がけ、天才アーキテクチャーとしての才を遺憾なく発揮している。

今はMITを休職している彼の夢は、貧困をなくすことだ。そのためにン・プロフィット機関の "One Laptop Per Child" を立ち上げ、途上国の子供にラップトップPCを配り始めた。OLPCはあくまで貧困撲滅に向けた教育プロジェクトであり、決してPCありきのプロジェクトではない。PCを手段として途上国の子供たちがより勉強を楽しみ、プログラミングを覚えて貧困から抜け出せるのではないか、そんなアイディアから生まれたプロジェクトだ。

彼の貢献は着実なインパクトを生み出し、世界中の政治・経済のリーダーの尊敬を集めている。先日MITを訪れた、ルワンダ大統領も感謝の意を表していた。多くのビジネスリーダーも賛同し、惜しみない協力を寄せている。

そんな彼の講演は、情熱に溢れた、素晴らしいものだった。


OLPC
誰しも、初めてパソコンを買って、電源を入れたときのわくわくした気持ちを覚えていることだろう。インターネットで世界につながり、写真をすぐにみんなで見られて、音楽も聴ける。

貧しく、物もない村の学校に届けられた、緑色でちょっとおどけた格好のパソコンを手にした子供たちが、どれほど目を輝かせることか、想像してほしい。想像してみたら、この記事の子供たちの写真を見てほしい。


セネガル、パキスタン、コロンビアなど一部地域から始まったOLPCの活動は、今やその規模を世界中に広げている。電気も電話もない村々でも使えるよう、省電力だし電源は手巻きだ。子供が持ち帰ってきたパソコンを見た両親が驚くのが、LCDの明かりであることが多いという。電灯がないため、夜に家で一番明るいのがパソコンなのだ。カメラもWiFiも備え付けているため、家族の写真を撮って遠くの人に送ることもできる。

OLPCは5つの原則がある。子供が実際に自分のものとすること(貸与ではない)、低学年から配布すること(児童労働を避ける)、子供たち全員に行き渡らせること、ネットワークに繋がること、そしてフリー/オープンソースを利用することだ。

OLPCが直面している課題は、コストの増加と競合だという。銅など材料費の増大やドル安のため、$100を目標にしていたPCのコストは、まだ$187だという(ただしもし4年前と同じ原材料費と為替だったら、もう$100を達成していたらしい)。

また競合が登場したことで、原則のひとつである「全員に行き渡らせる」が達成しにくくなっているという(ただし、単なるコピー品の登場は歓迎している*)。非営利でない競合が途上国の高官を口説いて先に入った場合、利益が出る地域にしか廉価PCを売らないため、普及率が高まらないまま終わってしまう。

この金融危機も逆風だろう。そんなOLPCをよく知りつつ支援する方法がある。


11月17日から、Amazonで"Give one, Get one"キャンペーンが行われる。$199を払うと、一台があなたの手許に届き、もう一台が世界のどこかの子供たちの許に届けられる、という夢のあるキャンペーンだ。

技術が子供に与える夢がある。
あなたもサンタになってみませんか。

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* 面白かったのは、ネグロポンテにも大きな誤算があったという。コピーやアイディアの盗用が予想以上に早く表れたことだ。
「あんなに早くコピー製品が表れるとは、全く誤算でした。おかげで想定した以上にPCが普及してしまっています(笑) だからこれからは新機能など、計画の早いうちからどんどん発表して、いち早くコピー製品が現れるようにしようとおもいます。
また、コピー製品の開発を加速するために、パートナーとは『秘密開示契約』を結ぶことにしました(笑)」と、器量の大きいユーモアを語っていた

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by flauto_sloan | 2008-10-20 18:27 | MITでの学び(非MBA)