<   2008年 08月 ( 17 )   > この月の画像一覧
グランド・サークル疾走記 (4/4) - パンとサーカス
最終日はRVを返却すると、ラスベガスの街に繰り出した。ずっと観たかったCirque du Soleilの"O"を鑑賞できてよかったが、ラスベガスという街は夫婦ともども好きになれなかった。

Busting Vegas!?
ラスベガスは、私も妻もそれぞれ幼い時に一度連れてこられたことがあった。成人した今なら違った楽しみ方もできると思ったのだが、どうも楽しめない。

珍しくMITが取り上げられた映画"21 (邦題: ラスベガスをぶっつぶせ)"の舞台であるし、少しカジノで少しギャンブルをしてみようとしたが、どうもわくわくしない。別に確率とか期待値とかがどうこうではなく、単純に好みの問題だろう。

ちなみに昨年、21の原作者(原作: Busting Vegas)の講演がMITであったので参加したが、なかなか面白かった(ブログ未収録)。インタビューしたブラックジャック・クラブのMIT生は汚い学生寮に住んでいて、とても大金を手にしたようには見えなかったそうだ。そこで
「本当にそんな大金をせしめたのか?」
と聞いたところ、そのMIT生は部屋の奥の洗濯物袋を取り出してひっくり返した。ばさばさと札束が床に積みあがったそうだ……

やむなく外へ出ると、さすが砂漠だけあって暑い。ひとまずホテルBellagioからCaesars Palaceへ抜け、ショッピングモールをそぞろ歩いた。

パンとサーカス
c0131701_9302280.jpgこの街は砂漠の蜃気楼のような虚構だ。ParisもNew Yok New YorkもCaesars Palaceも、パリ風、ニューヨーク風、古代ローマ風を安っぽく表現しているだけ。たまに飾ってある絵など酷い出来だ。

だがここはそういう街。ギャンブルのあぶく銭に浮かれた者が、一時の夢を見れればよい。どぎついまでに人間の欲望を掻き立てる。それでいて「人間なんてどうせ欲に塗れた醜い生き物なんだろう」「金さえあればなんでもできるぞ、楽しいぞ」と知った風な挑戦をしてくるように感じる。

古代ローマの没落した背景に、「パンとサーカス」と形容された社会的堕落がある。シーザー・パレスは古代ローマの美しさや叡智を再現することはできなかったが、この堕落だけは再現できたようだ。

水の幻影
c0131701_9342988.jpgそしてそのサーカス、Cirque du Soleilを観に行った。サーカスを芸術に高めたと言われるシルク・ド・ソレイユの中でも、特に評判が高いのが水を使った"O"だ。会社の先輩や色々な人に評判を聞いていたので、ラスベガスへ行くときは必ず観ようと決めていた。

内容は素晴らしかった。舞台が陸になったり水になったりすることで、目に見える空間と見えない水中という様に、次元が一つ増える。その奥深い空間目一杯に、肉体が美しい均衡と緊張、静止と躍動を繰り広げる。細かいところまで空間のバランスを取り、飽きさせない。

演技自体も、通常のアクロバチックな動きに加え、シンクロや飛び込みといった水の舞台ならではの動きが多彩に用いられ、常に新鮮な驚きがもたらされる。

期待を裏切らない素晴らしさだった。


ただ、舞台に時折現れる道化以上に、舞台にいる演者(元シンクロの代表などが多く雇われているという)の、肉体を使った芸術を見るのがどこか悲しい。アスリートに活躍の場があるのは素晴らしいのだが、一方でやはりサーカスである。着飾った富裕層が超人的なアクロバットに感嘆している様は、非常にラスベガス的であった。


翌朝の便でNYへ帰ると、ちょうどUSオープンで賑わうスタジアムの横を通った。人間の躍動を楽しむにしても、晴天の下だと少し違って思えるのは、観客と演者との距離感の違いだろうか。



様々な大自然、雄大な歴史の造形を楽しみつくした旅だった。夏を締めくくるに相応しい経験であり、スローンの級友とその家族との楽しい共同生活であった。
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by flauto_sloan | 2008-08-31 04:51 | 旅行
グランド・サークル疾走記 (3/4) - 絶景
一日にブライス・キャニオンとザイオン国立公園を回るという強行軍の5日目。朝7時出発という早起きだったが、その甲斐ある素晴らしい景勝だった。

レッド・キャニオン
c0131701_2341273.jpgブライス・キャニオンまで4時間ほどのドライブだったが、途中でレッド・キャニオンと呼ばれる小さい谷(実際は充分大きいが、比較対象が巨大すぎる)を通った。
赤土のモニュメント・バレーよりもさらに赤い岩石の搭が聳え立つ。

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途中には岩のトンネルがあり、ここをくぐるのがなかなか楽しい。
狭いので少しヒヤッとしたが。



奇岩に囲まれたブライス・キャニオン
c0131701_23415793.jpgようやく辿り着いたブライス・キャニオンは、奇岩に囲まれた谷だった。
遥か遠くまで広がる谷にそそり立つ岩搭。その先端には四角い岩塊が残り、なんともバランスが悪い。こんな形で残っているのが不思議であり、1万年以上かけて形られた彫像をつい眺め入ってしまう。


c0131701_234237100.jpgナバホ・ループ・トレイルというトレイルを降りていくと、谷底へ出られる。途中は奇岩と岩壁に囲まれた九十九折の坂になっており、"Wall Street"と呼ばれる。

ようやくMBA生の旅らしくなってきた。


c0131701_23431422.jpg岩しかない道を谷底へ向かうと、舞い込んだ杉の種子が芽吹いて生えた、杉の巨木がまっすぐに立っていた。深い岩の裂け目から太陽を恋焦がれて、まっすぐに天へと伸びた杉が美しい。

「この世に上り坂と下り坂のどちらが多いか」という謎々があるが、谷へ下れば上らねば帰れない。砂漠の暑い中の山登りは辛かった。途中岩でできた二本の橋を見たり、遠くまで見渡せる崖で心洗われたりしたが、登り終わるとみなぐったりとしていた。だが非常に面白いトレイルだった。

理解不能なスケール感・ザイオン国立公園
c0131701_23553855.jpgブライス・キャニオンから更に2時間程走ると、最終目的地のザイオン国立公園へ到着した。公園のゲートをくぐると、いきなり巨大な岩山が目の前に聳え立つ。

岩山、と簡単に言って済ませられない巨大さで、岩壁というのが適している。四方を岩に囲まれながら、その隙間の細い道を進んでいく。

c0131701_2355234.jpg岩を穿ったトンネルを抜けると、なんとも不思議な彩りの山々に囲まれた空間に飛び出した。ここまで巨大だと、写真などには納まらないし、大きさの感覚が狂ってくる。

経験したことのない、理解不能なスケール感だ。そんな岩の世界にある九十九折の急な坂道をゆっくりと降りていく。あいにく雨が降ってしまっていたので、滑り易く余計にひやっとした(当然私の運転ではない)。車を降りてトレッキングもしたが、もう兎に角巨大な岩山に圧倒される。

c0131701_23591296.jpg厳しい旅程だったためにやがて日没を迎え、名残惜しいままにキャンプ場へと向かった。ナローズという川を分け入るトレイルが有名なのだが、雨増水の恐れがあるのと、日没で暗いのとで断念。いつかは行ってみたい。

最後の夜は再びカレーで、ザイオンの地ビールなど飲みながら色々と語らった。強行軍だったため多少疲れたが、あっというまの旅行であり、非常に充実した経験だった。
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by flauto_sloan | 2008-08-29 23:27 | 旅行
グランド・サークル疾走記 (2/4) - 赤い谷と赤い岩
c0131701_14392.jpg少し早めに起きて、前日に充分観光できなかったグランド・キャニオンを引き続き回った。

南に下って峡谷を望むと、この地形をえぐっていったコロラド川が見える。
人類が到底及ばない自然のスケールと時間に畏れと敬いを感じる。


c0131701_15939.jpg崖の上で定番の"M I T"の人文字をしたのだが、なかなか注目されて恥ずかしい。

谷の中腹にはロッジがあるという。谷底から見上げるグランド・キャニオンはどう見えるのだろうか。さぞかし地球の中から宇宙を眺める心地だろう。


赤い奇岩モニュメント・バレー
c0131701_155335.jpgグランド・キャニオンからさらに3時間ほどドライブし、ナバホ族居留区にあるモニュメント・バレーへ。

向かう途中から地平線に見えてくる異形の赤岩が、どんどんと近づいてくる。

砂漠の空気が熱くなっている。

c0131701_162422.jpgいざ谷に着くと、ちょうど日没であり、モニュメント・バレーが最も美しい時間だった。

グランド・キャニオンとはまた違ったスケールの大きさに圧倒される。ナバホ族が聖地としていたのも頷ける神秘さだ。


c0131701_175556.jpgこの日のキャンプは、赤い壁に囲まれた所だった。赤土が靴も靴下も赤く染めるような場所。土埃に気をつけながらバーベキューを楽しんだ。

今日は男の出番とばかりに。




砂漠の迷宮
c0131701_1161958.jpg翌日は早朝にモニュメント・バレーを出発し、ユタ州の広大な人造湖レイク・パウエルへ向かった。

途中その手前のナバホ族居留地にあるアンテロープ・キャニオンへ立ち寄ったのだが、この砂漠の迷宮は幻想的だった。


c0131701_1165524.jpgアンテロープは赤い砂岩質の地形を、時折流れる土石流が削ってできた谷なのだが、所によっては人が一人やっと通れる程の狭さだ。
(ちなみに、急に水が出て遭難しても、自己責任である)

だが谷の中には水が削り磨いた岩の彫刻があり、遥か上から差し込む光に照らされて、美しい模様を織り成している。

先が全く見えない迷路のような回廊を進むのは、神秘的で幻想的で、胸も心も躍った。まだまだ地球には神秘があり、未知の経験に溢れていると改めて思う。


c0131701_1172834.jpgしばらく進むと、ダムにより出来た人造湖レイク・パウエルに到着。
白い巨大な峡谷にたえられた青い水が印象的だ。レインボー・ブリッジという岩で出来た天然の橋を見る、船の半日ツアーがあるのだが、時間が合わず断念。

この湖は水上スポーツが盛んなのだが、あまり縁のない我々はRVパークに車を停め、夕食のキムチ鍋の準備を行った。

実はアンテロープの出口を見つけられず、1時間程灼熱の砂漠を彷徨った。熱中症になったのか、妻は車に戻ると具合が悪くなってしまった。私は妻を看ていたため食事の準備には参加できなかったが、やはり美味しい食事だった。比較的余裕のある日だったこともあり、のんびりと語らいながら夜を楽しんだ。
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by flauto_sloan | 2008-08-28 00:52 | 旅行
グランド・サークル疾走記 (1/4) - RVでの生活とグランドキャニオン
c0131701_22121971.jpgこの夏最後の旅は、Sloanの友人と4夫婦8人にてキャンピングカーで巡るグランドサークルの旅だった。中規模のRV(キャンピングカー)を二台借り、4人ずつ乗り込み、5泊6日でネバダ・アリゾナ・ユタを回るツアーだ。

RV初挑戦
c0131701_044947.jpgRVはアメリカでは人気で、家として住んでいる人までいるという。車内にシャワー・トイレは勿論、キッチンやベッド、冷蔵庫にエアコンと居住空間に必要なものが全部揃っている。国立公園など主要な公園やその付近には、RVパークと呼ばれる施設があり、そこに泊まれば水や電気を供給してくれる。2日くらいで住み慣れてくると、なかなか快適で面白い。
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ただその分車が大きく、車線を目一杯に使って走る。基本は時速60マイル以下で運転するのだが、横風を受ければふらつくし、上り坂では一気に減速して運転しにくい。最初はかなり怖かったが、交通量は多くないのですぐに慣れた。

小型車以上に、ハンドルを切ってから方向が変わるまでのタイムラグが大きい。ついついハンドルを大きく切りすぎたり、ふらふらと振動してしまう。なるほど、これがシステム・ダイナミックスか、などと感心しながら運転をしていた。

生活の立ち上げ
c0131701_045837.jpgラスベガス郊外で車を借りると、生活必需品や食料を買い込んで近くのRVパークへ。最初は電源や水道の接続に戸惑ったものの、部屋を広げて(壁がせり出て1.5倍くらいのスペースになる)みると意外に居心地がいい。
早速棚に買ってきたものを積み、ベッドの準備をした。

c0131701_0452693.jpg飛行機で疲れたし、時間も遅くなってきたので、皆でラスベガス市内で食事をすることにした。エッフェル塔が目立つホテル、Parisでビュッフェを楽しみ、これからの旅の安全を祈って乾杯をした。気の合う仲間だし、なかなか楽しみだ。


雄大なり大峡谷
c0131701_0472898.jpgラスベガスをのんびり10時過ぎに出発し、最初の目的地フーバー・ダムへ向かう。フーバーダムはルーズベルト大統領が建てた巨大なダムで、乾いた岩々の間に人造湖を作り出している。このスケールの大きさはいかにもアメリカだ。


だが暑い。すぐそばに水はあるのだが、さすがは砂漠の真ん中で、陽射しがじりじりと熱い。早々に退散しようとしたが、もう一台の車の発電機が動かないトラブル。色々試したが動かなかったため、暑い中運転席のクーラーだけで走ることに。やや幸先が気になる。

c0131701_0475187.jpgずっと車を飛ばし、夕方にようやく宿泊地でもあるグランド・キャニオンに辿り着いた。

着いたときにはもう夕暮れ。
だが夕日が落ちるグランド・キャニオンは美しいと聞いているので、逃してはならないと気が焦る。
園内に車を停め、シャトルで夕日を見に行く。


c0131701_048165.jpg大峡谷は信じられないほどに大きい。見渡す限り赤茶けた大地が割けている。崖まで近寄ると、足がすくむ程に深い。そんな谷に一層の紅さで沈みゆく夕日は、息を飲む美しさだった。地球の歴史とスケールを実感する。


日が暮れたので、国立公園内のRVパークへ向かい、夕食の支度をした。キャンプといえばカレーだ。奥様チームが手分けして、てきぱきと食事を作っていく。夫どもに入り込む隙はないので、ビールを開けて外で飲み始めると、星空が美しい。ハワイのマウナケアを思い出す星空だった。

c0131701_0484855.jpgちょうどK君の細君が誕生日だったので、皆でサプライズのお祝い。歌を歌って賑やかなまま、美味しくできたカレーを頂き、まだ慣れない旅の疲れを癒すために眠りに着いた。運転席の上のベッドは、高さが50cmくらいしかないが、いかにもキャンピングカーらしくて面白い。
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by flauto_sloan | 2008-08-26 21:41 | 旅行
ニューイングランド音楽紀行
c0131701_1501298.jpgプロヴィデンスに住む友人と、サラトガ音楽祭・タングルウッド音楽祭の二大音楽祭を巡った。

ニューイングランドの深い森、その晩夏の少しくすんだ緑が秋の近さを思わせた。


プロヴィデンスでの前夜祭
c0131701_155180.jpgボストンから電車や車で1時間程にある街、プロヴィデンスはロードアイランド州の州都であり、コンチネンタル式の建物が立ち並ぶ美しい街だ。

今回旅を共にするSoheiさんTakaさんが通うブラウン大学はダウンタウンから少し離れた高台にある。

c0131701_1552454.jpgNYからAmtrakで3時間余りでプロビデンスへ到着すると、一夜泊めてもらうSoheiさんと奥さんが出迎えてくれた。夫妻に市内を案内され、大学のある丘へ。市内を望むと、美しい町並みがよく見渡せる。ニューイングランドという言葉がよく合う美しい街だ。

ブラウン大学は、小ぶりだが落ち着いたキャンパスだった。青い芝生が美しいヤードは、あと10日もすれば新入生で活気溢れることだろう。

c0131701_1554764.jpgブラウン大学のマスコット・アニマルは熊だ。スクールカラーは勿論ブラウン。赤と灰のビーバー(MIT)、水色のライオン(コロンビア)より強そうだ。

Soheiさんの通う経済学部は、大学の中でもかなり古い建物だそうで、美術館を思わせるような均整の取れた美しさだ。同じ東海岸とはいえ、学校によって本当にカラーが違う。

Soheiさんの家にお邪魔すると、ごく近所に住むTakaさんが訪れてきて、楽しいディナーが始まった。Soheiさんの奥様はとても料理の腕がよく、何を頂いても美味しい。5人全員専門分野が異なるため、様々な話に花が咲く。楽しい前夜祭だった。


Race and Opera
イギリス貴族は、昼は競馬で夜はオペラを楽しんだという。ニュー・イングランドの庶民ながらそれに似た楽しみを持てるとは、民主主義も悪くない。

c0131701_158496.jpgニューヨーク州北西部のサラトガの町には、競馬場がある。競馬には疎いのだが、今日はG1レースがあるというので、競馬場は大賑わい。我々はサラトガに住むTakaさんの友人宅に車を召させてもらったが、競馬場周辺の駐車場は超満車。駐車場の通路にまで車を泊めていた。だが全員がレース場に向かうわけではなく、競馬場の敷地内の芝生の上でピクニックをし、酒を飲みながらモニターでレースの行方を見るだけ、という人が半分ほど。アメリカ人は本当にピクニック好きだと思う。

レース場は3段階に客席が分かれているい。馬に一番近いところは一般の観客が立ち見をする。日差しは暑く、観客も熱い。女性が3分の1くらいと多く、日本のイメージとはずいぶん違う。

一段上がった席はジャケット着用で、屋根の下でニューヨーク州の富裕層がのんびりと観戦をしている(その場で馬券も買えるようだ)。

最も高い展望席には、VIPや馬主がいるのだろう。馬と同じ目の高さからは中を窺い知ることはできない。

c0131701_159249.jpg初めて馬券を買ってみた。馬券の買い方には相当戸惑ったが、とりあえず単勝をto winと言うらしいとわかったので、何レースか買ってみた。換金は機械で自動で簡単にできそうだったが、使う機会には恵まれず。レースは迫力があり、面白かった。流石このスピードは戦争史を塗り替えた移動手段だけある。

デュトワのカルミナ
夕暮れから楽しんだサラトガ音楽祭は、デュトワの指揮の面白さがスピーカーと合唱で減殺されてしまったが、それでも面白い演奏だった。

サラトガ音楽祭の最終日は、デュトワがフィラデルフィア管を振り、オルフの『カルミナ・ブラーナ』を演奏した。デュトワのカルミナは、昔N響で聴いて感動したことがあったので、非常に楽しみだった。前回のアルゲリッチとの演奏も素晴らしかったので、期待が高まる。

だが演奏が始まると、まず合唱がひどい。如何にも急ごしらえの合唱団で、デュトワの指揮に着いていけず、響きも澄んでいない。カルミナ・ブラーナの魅力は合唱であるはずなのに。

ではオケを楽しもうかと思うと、今度は舞台上部に設置されたスピーカーがうるさい(前回よりも音量が大きい)。一度スピーカーを通してしまうと、細かいニュアンスや掛け合いの妙が失われてしまうので、ライブで聴いている意味がない。タングルウッドほど大きい訳でもないし、野外とはいえ響きのよいホールなのだから、いい席では生音をしっかり聞かせて欲しかった。

歌のソロが始まる中盤から盛り返し、最後に "O Fortuna" が再現されるあたりは非常に盛り上がったのでよかったが、結果的にはN響の時の感動を越えられなかったと思う。残念。

c0131701_20822.jpgそれにしても、サラトガ音楽祭は人が少ない。演奏者は非常に素晴らしいし、ホールも優れ周辺のサラトガ市内も美しい。だが集客力がタングルウッドに遥かに及ばず、赤字に苦しんでいるという。競馬の賑わいとは対照的だ。

ニューヨーク、ボストンといった大都市からは3時間半と遠く、オケの地元フィラデルフィアからも離れている(そもそもサラトガはニューヨーク州)。ピクニック向きではない(芝生席が少ない)ため、友人とのピクニックには向いていない。演目に惹かれて車を3時間半飛ばせる、かなりのクラシック好きを対象にしたということだろうが、そんなニッチを狙えば客が少なくても仕方ない。

せめてニューヨーク市とフィラデルフィアでの知名度を向上させ、高齢クラシックファン向けにリモライナーのような高級バスでの送迎でもしないと、継続的な運営は難しそうだ。


ドホナーニの風格
c0131701_254463.jpgサラトガの隣のオールバニーに一泊し、タングルウッドへと向かった。タングルウッドの最終公演は、ドホナーニ指揮BSOの『第九』。合唱の大曲続きだが、こちらは歌のソロ以外は非常に優れた名演だった。

以前ドホナーニの『運命』が非常によかったので、今回も楽しみにしていた。ドホナーニはBSOの終身指揮者であり、相性は当然よい。

一楽章は遅いテンポで、細かいところまでよく練られている。やや重過ぎるきらいもあったが、なかなかに聴かせてくれる。ホルンが美しい2楽章を経て3楽章に入ると、これが美しい。少し早めのテンポなのだが、メロディーが生き生きと歌っていて、管と弦の絡みも美しい。響きがみずみずしく調和しており、美しい田園風景が目の前に広がる。その美しさから引き戻そうとする金管の強奏ですら美しい。素晴らしい3楽章だった。

c0131701_251046.jpg4楽章はスケールが大きく、ドホナーニの指揮が冴えていた。残念なのは歌のソロ。バリトンのソロがまず酷い音痴で、これまでの美しい響きをかき乱す。プロ失格といえる外れっぷりで、思わず妻と見合わせて顔をしかめてしまう。
「おお友よ、こんな音(程)ではない!!」

だが合唱は素晴らしく、ドホナーニのスケール感を十分に支えていた。タングルウッドを締め括るに相応しい演奏だった。

その後はプロヴィデンスへ戻り、Soheiさん行きつけのピッツェリアでディナーをし、旅の終わりを惜しんだ。充実した音楽の旅だった。
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by flauto_sloan | 2008-08-23 01:17 | 旅行
美しきAtlantic Canada (2/2) - Halifax
c0131701_1349429.jpg大英帝国の戦略拠点であったハリファックスは、古き佳き時代の香りを残す、海洋城塞都市であった。

そして英国女王を国家元首とおく英連邦の一員として、南の米国よりも東の英国にはるかに敬意を持ち続けるカナダを見た。

制海権の拠点
プリンス・エドワード島から車で3時間半南下したところにあるハリファックスは、ノヴァ・スコシア州(新しいスコットランドの意)の中心地である*1。北米大陸北東部の島嶼部にあって広く、ヨーロッパに近かったため、地政学上重要な地であった。
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大英帝国の最盛期、北大西洋の制海権はサザンプトン、ジブラルタル、バミューダ、ハリファックスの4拠点によって維持されていた。制海権の維持と同時に、ケベックのフランス軍や、独立後のアメリカ軍の北部侵攻を防ぐための重要拠点であった。そのため、英国は王族を司令官として派遣し続け(司令官の中にはヴィクトリア女王の父、ケント公エドワード*2もいた)、カナダ独立後も、ハリファックスには英国軍が駐留し拠点としていた。

c0131701_14205885.jpg二つの大戦でも欧州と米国を繋ぐ兵站上の重要拠点として機能し続けた。だが狭い入り江での大交通量が、火薬を積んだ船の衝突によるハリファックス大爆発を引き起こした。広島・長崎の原爆まで、人災による爆発事故としては最大の被害(死者2000人)だったという。

またノヴァ・スコシアは海の難所として知られ、多くの船が沈没している。その最も有名なのがタイタニック号だ。海洋博物館に行くと、タイタニックの遺品や詳細な歴史が展示されている*3

シタデル
c0131701_1423845.jpgハリファックスは重要拠点であるため、湾には4つの要塞が建てられた。そのうち最後にして最大の城塞(シタデル)は今も残っており、五稜郭のような堅牢な城塞が残っている(ハリファックスのシタデルは八芒型)。第二次大戦以降は戦略上の役目を終え、歴史的建造物としてのみ残っている。

c0131701_14233163.jpgだが毎日正午には号砲が鳴り、今でも衛兵が見張り、スコットランド兵が訓練を行う(儀式としてだが)。
旧時代の技術の粋を集めた、機能的な美しさは今でも感じられる。


英連邦としてのカナダ
c0131701_14533552.jpgアメリカもカナダも、英国の支配下から独立した北米の二大連邦国家だ。

だが宗主国と決別して独立したアメリカとは大きく異なり、カナダは英国女王を国家元首におく立憲君主制を取り続けている。そのため、特にアトランティック・カナダでは、いまだにイギリスへの心情的・政治的近さが見られる。


c0131701_14525929.jpg市庁舎を見学すると、ジョージ3世など歴代の宗主からエリザベス女王まで、英国王室の肖像画が飾られている。1970年代に女王が議会を訪れたときの写真を飾り続けている。

シタデルの歴史を説明するビデオも、「アメリカが反乱した時」「ドイツの狂人(ヒトラーのこと)」など、イギリス的視点で作られている。

他にも、街の至る所でイギリスへの敬意がみられる。街そのものも、ビクトリア風建築の美しさに溢れている。かつて西海岸のバンクーバーにホームステイしたことがあるが、その時には全く感じなかった英連邦としての自覚が、この大西洋岸の都市には確かにある。

ハリファックスの空港*4でアメリカの入国審査を受けられるほど、アメリカに安全保障上も経済上も文化上も近いカナダではあるが、心はイギリスにあるのかと、(政治形態的には当然なのだが)新鮮な驚きがあった。
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豊かな自然に溢れた赤土の島、海に囲まれた美しい街と、アトランティック・カナダの美しさを心行くまで堪能した旅だった。日程は短かったが、思い出に残ることばかりだ。


*1 実は当初プリンス・エドワード島だけに行く予定だった。だがハイシーズンのため航空券が一人往復$1000以上と高かったので、ANAのマイレージで特典航空券を予約したところ、ハリファックスまでしか取れなかった。ハリファックス-シャーロットタウン間は(飛行機で1時間もかからないのに)数百ドルと以上に高く、止むを得ずハリファックスから車で移動することにした
*2 プリンス・エドワード島は公にちなんで名づけられた
*3 実際は映画以上に階級による差が激しく、客室の差のみならず、脱出時の待遇にも大きな差があったという(一等男性客の生存率は、三等の女子供よりも高かった)のを知ると、暗澹たる気持ちになった
*4 ハリファックス国際空港は、顧客満足度北米1位を獲得した空港だ。確かに係員は皆親切で陽気であり、ユーモアに溢れていて楽しい。尤も、利用者が少ないからの余裕なのだろうが、とても気持ちのいい空港だった

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by flauto_sloan | 2008-08-19 13:40 | 旅行
美しきAtlantic Canada (1/2) - Prince Edward Island
c0131701_1141204.jpg妻の憧れの地である、カナダのプリンス・エドワード島を訪れた。

『赤毛のアン』で一躍有名になったこの小さい島は、自然に溢れ、のどかで美しい自然と人に溢れていた。物語の世界そのままに。

Anne of Green Gables
L.M.モンゴメリ著の"Anne of Green Gables"(邦題『赤毛のアン』)はあまりに有名だ。今年はちょうど出版100周年であり*1、モンゴメリの一族が経営するキャベンディッシュの本屋では、初版と同じ装丁で、著者の孫がサインをした特別版を売っていた*2
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Green Gables
c0131701_11572944.jpgモンゴメリの親戚が住んでいて、アンの家のモデルとなったGreen Gablesは、物語どおりの可愛らしい家だった。
美しい花と木々に囲まれた中の白い小さな家は、一歩踏み入れば鮮やかな花柄の内装で出迎えてくれる。

c0131701_1158132.jpg二階にあるアンの部屋は、まるでアンがついさっきまでいたかのような温かさ。

アンのカバンや、壊れた黒板など、物語を思い起こさせる小物にも溢れていて楽しい。


c0131701_11582041.jpg家のそばには、Lover's Lane(恋人の小道)がある。プリンス・エドワード島の赤土がやわらかく続く小道は、木々のアーチに覆われて明るく伸びている。

小川が流れ、白樺が立ち並ぶ小道は、たしかに想像力をかき立てる。嬉しそうに憧れの小道を歩く妻は、どんなimaginationを膨らませていたのだろうか。
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別の方角に足を向けると、Haunted Wood(お化けの森)があり、こちらは鬱蒼としていてほの暗い。

だが不気味と言うよりは、侘びというか、欠けていることによる美しさがあった。欠けているものを補うのは想像力だ。この森もまた、アンとモンゴメリの想像力を育てたのだろう。

キャベンディッシュの町
c0131701_12131797.jpgHaunted Woodからすぐ、モンゴメリの住居跡へと出られる。

途中美しい牧場が広がり、平和な風景に心奪われる。

しばらく歩くと、その住居跡があり、やがて一軒の本屋に辿り着く。

c0131701_12124523.jpgこの本屋を経営し、この付近の由緒の説明をしてくれるのが、モンゴメリの親戚の方だった*3。この土地を愛し続け、今も住み続けている。
本屋のすぐ脇には、Snow Queenのモデルとなった林檎の木が生えていた。林檎の花の盛りは過ぎていたが、時折見られる白い花が美しい。

他にも郵便局、教会、モンゴメリの眠る墓地・・・ どれもが美しく静かに平和に佇んでいる。モンゴメリが愛したのもよくわかる素晴らしい町だった。

Avonlea
c0131701_1217536.jpgキャベンディッシュから少し離れたところに、Avonleaの町がある。ここにはモンゴメリの生家がある。観光名所には地元のボランティアの方がいて、歴史や展示品について説明をしてくれる。その手作り感が心地よい。

c0131701_12205497.jpgまた、赤毛のアン美術館もあり、その向かいにあるのが Lake of Shining Water(輝く湖水)で、その美しい名の通り、日の光を受けて輝いていた。

湖を囲む低木や草花の緑と、湖の色が互いを引き立てあって、一層美しい。

紅い海岸
c0131701_12255148.jpg町を離れて海へ近づくと、国立公園として保護された海岸が広がる。

この島の赤土が織り成す海岸の風光は、白砂青松とは意を異にする美しさだ。海が浅いうちは、底の紅さが透けて見えて、海がほの赤く見える。砂浜も赤く、独特だ。

白い砂浜が美しい、という固定観念が覆される。

豊かな海
c0131701_12362991.jpgプリンス・エドワード島周辺は、水産資源が豊かでもある。

特にロブスターやムール貝は特産で、中心街シャーロットタウンのレストランでは、新鮮なシーフードが安く食べられる。

c0131701_12391750.jpgボストンもロブスターは有名だが、せっかくの名産なのでロブスターをお腹一杯に食べた(写真のロブスターは一人前)。妻は勢い余って体調を崩し、翌日
「もうロブスターは食べない・・・」
と恨めしそうに言っていたほど。

成長や発展とは距離をおいた、美しさと豊かさ
この島で感じるのは、自然の美しさ、人の優しさ、島に溢れる豊かさだ。

豊かさは物質的には先進国の地方レベルであり、人口も少ない。く若年層には近隣のハリファックスやモントリオールへ働きに出る者もいよう。島自体が経済的に大きく発展しているようには見えない。

だが農業や牧畜、漁業を営みつつ、豊かな自然を観光資源として、世界的名作の後押しを受けて多くの観光客を受け入れている結果、大きな成長をしない代わりに、島民一人ひとりは経済的・精神的に豊かな生活をし、美しい自然を残し続けている。好循環が成り立っている。

この小さい島とはスケールも世界での位置づけも全く異なるが、この島の在り方は日本の将来の一つのモデルとなりうるのではないか、と思った。

人口が減少し、余程の構造改革を国民が受け入れて成功しない限り成長しないであろう日本経済。このまま不成長が続き、衰退していくことだろう。だが横山禎徳氏が『豊かなる衰退』で語るように、衰退はそれ自体必ずしもネガティブではなく、衰退を前提としてどのような豊かな社会システムを築くのかが重要なのだ。

c0131701_1258197.jpg美しい国土を持ち、島であるが故に閉鎖的であるのは日本もプリンス・エドワード島も共通だ。自らの美しさを正しく見出し、ホスピタリティを敷衍させ、発展しないままに豊かで平和な、調和の取れた社会というものは可能ではないか。

スケーラビリティにはもちろん疑問が残るが、一つの目指すべきモデルではあるだろう、と思う。目指す価値があると思わせるほど、美しく豊かな島だった。


*1 ちょうど我々が到着した日に、100周年を祝うパレードがあったらしい。残念ながら見逃してしまった
*2 妻から英語の原書を借りて読んでいたのだが、島に上陸する前には読み終わらなかった。残念
*3 その店主の曽々祖父が、著者の祖父

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by flauto_sloan | 2008-08-18 11:03 | 旅行
引越し - 新しくて古い寮、Ashdownへ
c0131701_874226.jpgボストンの新しい寮へ引越しをした。以前紹介したように、一年間住んだSidney-Pacificの隣に新たに建てられた、New Ashdownへと短距離の引越しだ。

部屋間の直線距離は150m程だが、いざ引っ越すとなるとなかなか大変だった。15、16日の二日間で引っ越したのだが、両日とも大混雑。15日はS-Pから130世帯が退去し、16日はAshdownの開寮で大勢の入居者でごったがえしていた。するとカートの奪い合いとなり、近所のスーパーからカートを拝借する人も散見した。

Ashdown
c0131701_881995.jpgNew Ashdownでも、一人用のefficiency roomに引っ越した。オフィサーの特権を活かして、やや広めで便利な部屋だ。だがそれでもS-Pの部屋よりも一回り小さい。これを機会に色々と不要なものを捨てた(妻からの『捨てなさい』プレッシャーも大きかったが)

今度の寮では、平日の18:00-20:00の間、一回$8で夕飯を食べられるそうだ。これは非常に便利。S-Pよりも小ぶりだが、音楽室やジムもある。

全体的には、小ぶりだが必要なものを揃えつつ、昔ながらのコミュニティのつながりを重視した寮という印象だ、


寮の立ち上げに伴う混乱
c0131701_89482.jpgAshdownはまだオペレーションが整っていないどころか、まだあちこち工事中だ。日本の感覚でいうと、見切り開寮といったところか。メールボックスにはまだ鍵がついておらず、雨漏りまでしていた…

荷物が届いていない、廊下に置いてあった荷物が無くなった、共用キッチンで無断で調理している、等々、なかなかに無法地帯だ。悲しい話だが、MITの寮とはいえここはアメリカ。廊下にものを放置すれば、すぐに失くなる。寮が機能し始めると共に、こういったトラブルも減っていくと信じたい。

c0131701_8113026.jpg
ひとまず引越しも無事に終わり、もうじき新学期が始まる。新居にて心機一転、他の寮生とも仲良くしつつ過ごしていきたい。
(写真は、無線LANなどのアンテナに対して「これは虫か?」と落書きされてるもの)
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by flauto_sloan | 2008-08-16 07:28 | ボストンでの生活
Saratoga Music Festival: Dutois/Argerich/PO - ついにアルゲリッチ -
c0131701_7173748.jpgついに聴けたアルゲリッチは、神懸り的な存在感と美しい音だった。元夫君のデュトワとの息もぴったりで、フィラデルフィア管の明瞭な音色と共に、サラトガの地で時を忘れさせる演奏を奏でてくれた。

サラトガ音楽祭
ニューヨーク州北西部にあるサラトガ(Saratoga Springs)は、緑に囲まれた美しい町だ。そのSaratoga Performing Arts Center(SPAC)にて毎年夏に行われているのがサラトガ音楽祭であり、現在はシャルル・デュトワが音楽監督で、今年から常任指揮者となったフィラデルフィア管弦楽団を率いている。

NYからもボストンからも車で3時間ちょっとと、やや交通の便は悪いのだが、前回キャンセルされ聞き逃したアルゲリッチが訪れる、とあっては聴かないわけにはいかない。お弁当を作ってマンハッタンを後にした。

c0131701_7241256.jpgサラトガは敷地内に川が流れ、キャンプ場もあるほど自然に囲まれている。タングルウッドよりも遥かにのんびりとした雰囲気であり、近くの牧場から宣伝のための子ヤギまで来ている。



c0131701_23233734.jpgコンサートホールはタングルウッドよりも小ぶりだが、音があまり外に抜けないようになっていて、屋内型ホールに近い作りになっている。飲み物を持ち込める(!)ので、コーヒーやワインを飲みながら聴くことができる。

その代わり芝生席は少なく、すり鉢状になっている。傾斜がある上に土が見えているところが多いので、タングルウッドのように芝生の上でのんびり聴く、というのはあまり向いていない。


早くもアルゲリッチ
c0131701_23252653.jpg開演まで時間があったので敷地を歩いていると、ホールのほうからピアノの音が聴こえてきた。まさかと思って足を向けると、なんとアルゲリッチ本人が舞台上で練習をしているではないか!

リハーサルというよりも練習で、同じところを何度もさらっている。こんなところで早くもアルゲリッチを見られるとは。本番が待ち遠しくなる。


デュトワとフィラデルフィア管弦楽団
いよいよ幕が上がると、フィラデルフィア管の明るい音色が、デュトワの流麗な指揮とよく合っている。ユージン・オーマンディに鍛えられ、「フィラデルフィア・サウンド」と讃えられたこのオーケストラの響きは、今も健在だ。

一曲目のロッシーニからして、均整の取れた美しい音色に聞き惚れる。デュトワとの相性は非常によい。これからが楽しみな組み合わせだ。


婦奏夫随のプロコフィエフ
そして今回の目玉、アルゲリッチの弾くプロコフィエフのピアノ協奏曲第3番。これは圧巻だった。

すっかり白髪が混じったアルゲリッチは、そのタッチに衰えを見せるどころか、熱情が熟成して風格を備えていた。

溜息が出る美しさのスケールやアルペジオ
スケール感溢れるフォルテ
繊細で緻密なメロディ…

緊張が途切れる瞬間なしに奏でられるピアノの音色は、舞台上の音楽家一人ひとりを奮い立たせたのだろう。デュトワが完璧に合わせて来るタクトの下で、フィラデルフィア管はアルゲリッチをしっかり支えて、深淵な音の広がりを作り出していた。


1楽章が終わった時、感動が限界値を超えた聴衆から、盛大な拍手が沸き起こった*1。そして3楽章が終わると、観客総立ちの盛大な拍手。

素晴らしい演奏を終えたこの元夫婦は、仲良く腕を組んで舞台袖へと消えていった*2。なんとも微笑ましい。別れた後も仲がよく、音楽家として尊敬しあう二人だからこそ、あの息の合った協奏ができたのだ。


大自然の中でのアルプス交響曲
続くR.シュトラウスの『アルプス交響曲』も素晴らしい演奏だった。デュトワの表情豊かな指揮で、フィラデルフィア管が色彩感豊かに表現する(特にフルートとホルンが素晴らしかった!!)。

森の中のサラトガは、本物の小川のせせらぎや森のささやきが聴こえてくる。アルプスの豊かな自然が五感で感じられる演奏だった。

長い演奏が終わると、舞台袖でアルゲリッチがデュトワを迎えて労わっているのが見え、また微笑ましい気持ちになる。


野外演奏会でありながら、実に素晴らしい演奏会だった。


*1 本来楽章の途中では拍手をしない。だがこの時の聴衆はそれを知っていても拍手をせずにはいられなかった。2楽章の後では拍手は抑えられたことからも、敢えてした拍手だとわかる
*2 通常、指揮者はソリスト(この場合アルゲリッチ)を先に舞台に戻らせる。だがこの時は二人並んで帰っていった

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by flauto_sloan | 2008-08-14 23:22 | 音楽・芸術
美術館にて古楽を楽しむ
c0131701_2393580.jpgNYのフリック・コレクションで、古楽の演奏会に行ってきた。美術館で聴くコンサートは、コンサートホールとは違った雰囲気と客層であり、演奏は緻密で楽しかった。社交界の一部であり、音楽家を庇護するサロン、ともいえる演奏会であった。

フリック・コレクション
フリック・コレクションは、ピッツバーグの鉄鋼王フリック氏が蒐集した美術品を展示している美術館で、邸宅をそのまま改造して使っている。幅広く集められた絵画(フェルメールが3点もある! )と、美しい邸宅を見ていると、財力以上に審美眼に驚かされる。

その奥には、普段公開されていないコンサートホールがある。今日はそこで、Ensemble Capriceという古楽アンサンブルが「ルネッサンス・バロック期のジプシー音楽」と題した演奏会をした。

美術館での古楽演奏会
Ensemble Capriceは、ドイツで結成され、今はモントリオールを中心に活動している古楽アンサンブル集団で、今回はリーダーのMatthias Maute氏(ブロックフレーテおよびフラウト・トラヴェルソ)を始め、ブロックフレーテ/トラヴェルソ2人、チェロ1人、ギター1人、打楽器1人という編成だった。ちなみに、Maute氏らの演奏はこちら*1

技術的には非常に高く、5人の間の極めて緻密なアンサンブル、古楽器特有の音色と音程の揺らぎを利用した響きの変化、即興の妙技と、聴いていて楽しい*2。ジプシー音楽がテーマだけあり、変拍子やクライマックスへのアッチェレランド(加速)、激しいリズムが展開され、古楽の音色がまた妙に合っている。

特に面白かったのは、ヴィヴァルディの有名な "La Follia" だった。主題を様々に展開するこの曲を、「ヴェネチアを訪れたヴィヴァルディが、東欧から訪れたジプシー楽団の音楽に想を受けて作った曲ではないか」と、ジプシー音楽風に解釈していた。こんな聴かせ方があるのか、という驚きだった。

社交界
小さいホールだったので、観客は300人ほど。だが満員だ。

そして客層を見ると、明らかに上流階級というか富裕層といった方々。そしてお互いよく知っているらしく、あちらこちらで挨拶が始まる。フリック・コレクションという場所で、古楽という「通好み」のクラシックを鑑賞する。あまり広告もしていないようだし、自然とexclusiveになっているのだろうか(ただの音楽好き庶民には、若干の居心地の悪さがあった)

「美術館で古楽」という組み合わせは、実は昨年末に一度聴いている。メトロポリタン美術館分館のクロイスターで、ルネッサンス期の音楽を聴いた。これも非常に面白かったのだが、客層はもう少し一般人(?)が多かった。やはり場所の違いが大きそうだ。

隣の席にいた人は、カナダに住んでいてこの楽団を支援しているという。そうか、中世ヨーロッパで貴族が音楽家を庇護していたサロンのように、今でもパトロンになるというのは名誉なことであり富の象徴なのだろう。ベンチャーにおけるエンジェルと通じるものがありそうだ。

これがソーシャライトという人たちと現代のサロンなのか、と妙なところで感心しながら演奏を楽しんだ。


*1 最初の曲はヴィヴァルディのフラウティーノ協奏曲(ピッコロ協奏曲)の3楽章で、ピッコロ吹きに最も愛される曲の一つ。私もよく遊びで吹くが、やはりオリジナル楽器のフラウティーノには敵わない、と思わせる演奏だ
*2 よくクラシックは楽譜に書かれたことを指揮者の統率下で演奏するが、ジャズのセッションはリアルタイムでの自由なやり取りがあり、今後はジャズ型が求められるとのたまう御仁がいるが、たとえ比喩であるとはいえ、こういったジャズ以上に緊密で自由なアンサンブルを知らずして語られ、オーケストラを否定されると悲しい。オーケストラのプレーヤーは、こういうアンサンブルを通じてリアルタイムのやり取り能力を磨くし、アンサンブル能力のないオーケストラは指揮者の能力に関わらず下手だ。
最初にこの比喩を使い出したドラッカーは、そこを充分分かった上で論じたのだろうが、言葉が独り歩きして価値を帯びると、クラシック畑の者としては複雑な思いがある。

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by flauto_sloan | 2008-08-12 21:57 | 音楽・芸術