<   2008年 05月 ( 22 )   > この月の画像一覧
引越しと貸し倉庫
妻が卒業したため、今いる寮から退寮することになった。そこでNYの貸し倉庫を利用することにした。

快適で(マンハッタンにしては)廉価な寮を出て、8月から妻の同級生のアパートを引き継ぐことにした。それまではボストンで夫婦共に暮らすので、荷物の一部はボストンへ運び、一部はNYの貸し倉庫"Manhattan Mini Storage"へ預けた。

貸し倉庫
NYCは土地が狭く家賃が高いため*1、溢れた荷物を一時的に置いておく為の貸し倉庫が繁盛している。中でもこの会社はサービスが良いことで知られている。冷暖房完備で、利用期間中は何度でも出入り出来、万一への保険も掛けられる。

周辺サービスも行き届いていて、必要であればトラックのレンタルや、運ぶための引越し屋も用意して貰える。今回はこの引越し屋も手配したのだが、サービスは(アメリカでは珍しく)満足がいくものだった。

最も大きい"Walk-in"型のスペースにもなると、そこに描いた絵を飾り、個展の様にする人もいると聞く。ニューヨーカーの生活に上手く組み込まれているのだろう*2

暫しさらばNY
一通り荷物を整理して、ボストンへと旅立った。一度すぐに戻るものの、暫くNYからは離れることになる。秋以降はまたNYで多くのコンサートを聴く予定であるが、それまではボストンを夫婦で楽しむことになる。夏の始まりだ。

*1 サマースクール中に滞在した、コロンビアの学部生向けの、風呂トイレ共有の狭く古い寮ですら、月$1,000もした
*2 映画"Sex and the City"でも主人公がここを利用していた

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by flauto_sloan | 2008-05-31 21:10 | NYでの生活
アメリカで手術
アメリカで手術を受けた。幸い、そんな大層なものではなかったが。

一週間ほど前から下唇に大きな脹らみができた。口内炎やよくある出来物とは明らかに違う大きさだったので、心配になってNYの東京海上診療所(日本で入ってきたAIUの保険の対象診療所だった)に診断してもらったところ、粘液嚢胞という、唾液腺の先が詰まったことによる脹らみであり、切除が必要とのことだった。口腔外科を紹介してもらい、今日がその切除の日だった。

紹介状に"oral surgery"と書かれていると、ちょっと身が引き締まる。怪我で縫ったことはあるが、病気で手術は初めて。これがアメリカ医療制度の、掛かり付け医から専門医へのreferかと思いつつ、紹介状を手に病院へ向かう。

病院はイーストビレッジのマンションの一室だった。NYではよくマンションの入り口に"XXX, MD"や"XXX, PH.D"という看板があるのを見かけていたが、こんな普通の場所に病院を構えていると言うことだったのか。

先生のDr.Shermanは大柄で優しい先生だった。インド人女性の看護婦さんも陽気で優しい。話しているうちに安心してきて、いざ手術に。

なんの躊躇いもなく刺された注射器から麻酔薬が注入され、暫くすると効いてきた。麻酔が効くのを"sleepy"というのか、などと思いながら、いざ切除… と思っていると、ほんの30秒程で切除終了。傷口を縫合して、ガーゼで押えて、トータル5分くらいで手術終了。なんと迅速で鮮やかな。日本で手術したことがないので比べられないが、非常に効率的だと感心してしまった。
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by flauto_sloan | 2008-05-30 22:30 | NYでの生活
ワシントン紀行(3/3) - 食と交友
DCでは食も充実していた。

c0131701_12595997.jpg初日の夕食はシーフードレストラン。味わい深いクラブケーキや、美味しいソフトシェルクラブを楽しむ。まずは到着の無事を祝った。

二日目は高校の同級生の銀蔵さんと再会。彼も丁度ジョージタウンのLLMを卒業したばかりであり、学びの苦労や楽しさ、米国の文化、そして司法について語り合う。そして食事はブラジル料理で、シュラスコを食べきれないくらいに食べ続けた。

三日目は大学の友人ご夫妻と、サークルの友人とその友達と、ジョージタウンにて会食した。クリントン大統領や著名アーティストなど、DCの要人が愛した店だけあり、内装、サービス、そして味全てが素晴らしかった。ワインを飲みながら久々の再会、初めての出会いを楽しむ。
ジョージタウンは古い街並みが残り、運河に囲まれ、時間が他よりもゆったりと流れているような感覚だった。そこで語らうと、数年振りの再会であっても、時の隔たりがなかったかのように親しく楽しく話に花が咲いた。

友人達のお陰で、とても楽しく実り多い旅となった。UNや世銀といった国際機関というDCの一大要素を見てはいないのだが、首都としての存在感を感じる旅だった。

追記
3日間精力的に動き続けた疲労が溜まったのか、NYに帰った日から夫婦揃って風邪でダウンしてしまった…

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by flauto_sloan | 2008-05-27 22:56 | 旅行
ワシントン紀行(2/3) - 芸術の府
DCは、NY程ではないにせよ美術館が充実している。現代美術を中心に非常に楽しめた。

ナショナル・ギャラリー
最初に入ったのは、ナショナルギャラリーの西館。ルネッサンス絵画と印象派を中心とし、イタリア、オランダ、フランス絵画をバランスよく高い質で展示をしていた。

ジョットやリッピ父子に始まるイタリア絵画は、ラファエロの美しく温かい聖母子と、米国唯一のダ・ヴィンチをクライマックスに位置づけた秀作・名作揃い。オランダ絵画は更に充実しており、中でも3点のフェルメールは観ているだけで至福。有名なレンブラント晩年の自画像は、逆にこちらが見据えられているような眼力で、思わず竦み上がった。流石にこの時代だと欧州の一流美術館と比べると見劣りするものの、空間を広々と活かした展示は見応えがあった。フランスの印象派も幅広く揃い、特にモネの「日傘の女」は構図も色使いも美しく、思わず見とれてしまう。

だが、より面白いのは現代美術を中心とした東館だった。

c0131701_12521393.jpg東館は、美術館の中央に大きな空間を取り、そこにカルダーの巨大なオブジェなどが展示され、大きなスケール感を生み出している。他にもカルダーの諸作品、ウォーホールやリヒテンシュタインなどのアメリカ現代美術の巨匠の作品、さらにはロスコ、ミロ、ポロック、モンドリアン、ジャコメッティ…溜息が出るほどに充実し、次々と表れる色彩と造形が楽しい。妻が現代美術を好きなのもあり、二人でゆっくりと堪能した。
圧巻はマティスの切紙。この為に別塔を建てた程で、溢れる色彩に心奪われた。

モール内にあるハーシュホーン美術館でも、現代美術が多く展示されており、のんびりと鑑賞できた。あいにく2階が改装中で、半分くらいしか作品を見られなかったが、充分に楽しめる。
屋外の彫刻もロダンを始め力強い作品からシンプルで工夫されたマティスの作品などバランスが取れていて素晴らしい。

博物館
c0131701_12493450.jpg美術館以外では、体力の残りを振り絞って訪れた歴史博物館の巨大ダイヤや、航空博物館がなかなかに面白かった。

変わり処は国際スパイ博物館。最初に「オペレーション・スパイ」という参加型のアトラクションを行った。実際のスパイ任務をベースとして、チームで諜報活動をし、謎を解いていく。チームの成績や判断によって結末も変わるという。訛の強い早口の英語で指示されたため、時折状況を把握できないこともあったが、なかなかに面白い体験だった。

展示は実際に使用されていたスパイ道具や技術説明が並べられている。漫画『MASTERキートン』で見た道具(傘型圧縮毒ガス銃など)の実物があり、驚くと共に戦争・冷戦時代の残酷さも感じる。ちなみに日本の忍者(伊賀の百地三太夫)も紹介されていた。

時間がもっとあったら、フィリップス・コレクションに行ったり、それぞれの美術館でもっとゆったり時間を取ったのだろうが、それでも充分DCの美術を楽しむことができた。
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by flauto_sloan | 2008-05-26 22:17 | 旅行
ワシントン紀行(1/3) - 聖地としての首都
夏休み最初の旅行は、首都ワシントンDCだった。超大国の首都だけあり、大建築で人々を畏敬させる街だった。特に二日目に廻った記念碑や記念堂では、建国時の情熱と理念に触れた。

独立宣言からゲティスバーグへ
c0131701_1201184.jpgまず早朝にワシントン・モニュメントへ。この有名な記念碑は中に展望台があり、DC市内を一望できる。ただ入場には整理券が必要で、朝早くに行かないと入れない。配布開始が8時半で、8時頃に着くが長蛇の列。しかし運よく朝のチケットを手に入れることができた*1

モニュメントからは、国会議事堂からリンカーン記念堂まで何も遮る物なく見渡せ、DCの美しさを満喫する。
「国民を纏めるには、畏敬すべき象徴が必要だ」とは、確かKLのペトロナス・タワーを建てたマハティール首相の言葉だったと思うが、このDC自体が米国における象徴であり、中でも聖塔のように聳えるこの碑は別格だ。

c0131701_1212155.jpg地上へ降りると、南のジェファーソン記念堂へと向かった。独立宣言を起草したジェファーソンが巨大な彫像となって、モールを見つめている。ギリシア神殿の様な堂の内壁には、ジェファーソンの語録、そして独立宣言が彫られている。"All Men Are Created Equal" の宣言と、この一文が辿った歴史を想うと、たかだか250年程しか歴史の無い国ながら、人間の熱い意志とその実現に向けて行動した偉大な先人たちに心打たれる。

c0131701_1225339.jpgさらに進み、リンカーン記念堂へ。ジェファーソン以上に巨大なリンカーンが、議会の行く末をじっと見つめている。そしてここには有名なゲティスバーグの演説がある。人々の間の平等が盛り込まれなかった合衆国憲法ではなく、ジェファーソンの独立宣言を指して”All Men Are Created Equal”を再び宣言し、有名な "Government of the people, by the people, for the people shall not perish from the earth"で結ぶ、短いながらも素晴らしい演説だ。首都の散策をしている内に、この歴史の繋がりを感じられるのが非常に面白い。

c0131701_1232696.jpgそしてもう一つの有名な演説、キング牧師の"I have a dream"の舞台となった場所でもある。キング牧師の立っていた場所には"I HAVE A DREAM"と彫られており、多くの人が崇高な魂を思い起こしていた。Inspirational Leadershipの授業でも、"Inspirational speech"の代表として捉えられていたこのスピーチは、中学の英語の授業で聴いて衝撃を受けて以来、何度聴いても感動する。その舞台にいるのかと思うと、感激も一入だった。

c0131701_1252364.jpgジェファーソンとリンカーンの間には、F.ルーズベルト大統領の記念公園があり、大恐慌からニュー・ディール政策による復興、第二次世界大戦への参戦と勝利への道程が、彼の言葉やブロンズ像で讃えられていた。先日生家を訪れて以来関心を持っているF.ルーズベルト大統領だけに、その功績と尊敬の大きさ、そして同じ不況に入ろうとしている今、再び求められるリーダーシップを感じた。

三権の府
c0131701_126038.jpg翌3日目には東に向かい、国会議事堂を訪問した。巨大な白亜の議事堂の中は厳かであり、訪問者が米国の歴史が判る様、彫刻や絵画で主要な出来事を描いているのが印象的であった。教会が識字率の低い中世に聖書の内容をステンドグラスや壁画で説明していたのと同じである。それは民主主義の中心地として、全米からあらゆる人が訪れるのを想定していたのだろう。
他にも各州を代表する偉人たちの銅像が立ち並び、州を束ねる立法府としての実務的・象徴的存在感があった。

c0131701_1263888.jpg議事堂内に残る旧最高裁判所を見学した後、議事堂の隣にある連邦最高裁判所へ。真っ白に眩しく光る建物の中は荘厳であり、その奥に控える法廷は法の番人の舞台として十分な風格を備えていた。あいにく開廷の時期ではなかったために傍聴はできなかったが、雰囲気を充分に感じることができた。地下には違憲立法審査権の確立を始め多くの功績を残した、第4代連邦最高裁判所長官のJohn Marshallの銅像があり、司法の行く末を見つめている*2

ちなみに連邦最高裁にはグッズ売り場があり、消しゴム二つをつけて法槌様にした鉛筆があった。面白いので思わず購入してしまった。

c0131701_12123433.jpg裁判所の更に隣の議会図書館は、質実剛健な最高裁とは逆に、絢爛豪華な建物と内装であった。独立宣言や合衆国憲法の草稿が飾られ、独立の志士たちの希望と意志が、手書きの美しい書体から伝わってくる。

三権のうち司法と立法を訪ね、首都としての奥深さを感じた。首都として設計され、機能している都市ならではの威厳と自信を感じる街であり、アメリカ人にとって崇敬の対象となるのがよく実感できる経験だった。


*1 整理券が手に入るよう願いながら並んでいると、日本人二人が声をかけてきた。今日日本へ帰るらしく、飛行機に間に合う9時の初回を狙って早朝から並んだものの、9時半のチケットしか取れなかったらしい。もう空港に行かないといけないから、と親切にもチケット2枚を譲って頂いた。何たる幸運。後で知ったが、祝日で混んでいる日だったため、9時半のチケットには6時半頃から並ばなければならなかったらしい。感謝しきりである
*2 民主党の大統領指名選挙に敗れたヒラリー・クリントン上院議員が連邦最高裁判事になるかもしれないと丁度取り沙汰されている。もしそうなれば史上二人目の女性となる

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by flauto_sloan | 2008-05-25 22:02 | 旅行
免許取得と自己アピール
もうじき国際免許証が失効する。夏休みに旅行するために自動車免許を取った。そして意外な出会いがあった。

免許取得
免許のためにウォータータウンという少し離れた街まで行くのだが、何故か書類の不備が続いて何度も通う羽目に。最後は筆記試験を受けられ、Dr.Kazuのサイトの過去問対策で難なく合格。そして問題の路上である。

時間がないこともあり、Shintaroも受講した簡易路上試験(?)を受ける。噂には聞いていたが極めて簡単。実は渡米初のハンドルだったが、それでも合格。いいのかこれで、と思いつつ安堵し、NYへ向かうべくSouth Stationへ向かった。

出会い
路上試験の最寄り駅から電車に乗ったとき、私の3人前くらいで受講していた人と知り合った。ガーナ出身でアメリカで学び、今はボストンで製薬企業の研究者をしているそうだ。丁度MIT Sloanへの出願をしようとしていて、是非今度色々と聞きたい、とのことだった。私も最近「アフリカの夜」などアフリカに興味を持っており、一緒に飲みたい、と思った。

気軽に話しかけるアメリカ
こんな風に、アメリカでは誰もが気軽に話しかけてくる。バスの中、電車の中、道端で。そして皆自然にそれに答えていく。今回のように、そんなきっかけで知り合うこともある。

それを可能にするのは、アメリカの文化的なオープンさ、相手を瞬時に見抜く力、そして必要なときには自己アピールを短時間で効果的に行えるスキルだと思う。

オープンさは様々な人種・文化を内包するが故に形成され、備わってきたものだろう。だから日本的慎ましさは尊重されても理解されない。

また、Blinkという本がベストセラーになったように、相手を瞬時に見抜く、さらには第一印象で相手に勝つ(父は猿のマウンティングに喩える)ことが重要だ。

実際には日本人が授業の中で徐々に認められていくように、第一印象を覆すことは可能ではない。ただしそれには初期値と言語のハンディを跳ね返せなければならない。

そして自己アピール力は、仕事をしていた時からアメリカ人の同僚に感じていたし、受験の時にも痛感した。いくらレジュメやエッセイで自己アピールをしたつもりでも、カウンセラーに「まだまだ」とつき返され続けた。

自己アピール
自己アピールのスキルが発揮される最たるものは、ネットワーキングである。彼らは幼い時から話す訓練をし、自己アピール力を身につける*1。著名なゲストスピーカーや、就職担当者がスローンに来ると、隙を見て近づき、短時間で自己アピールをして印象付け、次に繋げようとする。

特に起業を志している人には、死活を左右する重要スキルである。E&Iというスローンの起業家育成プログラムでは、如何にベンチャーキャピタリストを捕まえ、アピールし、ライバルとの争いに勝つのかを叩き込むらしい。100Kの前哨戦では、短時間でビジネスアイディアを魅力的に説明する「エレベーター・ピッチ・コンテスト」が行われる*2

このように、アメリカでは自己アピールが極めて重要な、基本スキルとされている。ただ彼らの自己アピールも、しばしば疑問に思うこともない訳ではない。

1-2年ほどしか居ずに転職をしても、元いた業界はこうなっている、云々と語る。短期間で、本当にそのビジネスの真髄まで分かるのだろうか*3。分かる程に集中して働き、いいビジネス機会に恵まれたのだろうか、それとも分かったつもりなのだろうか。労働流動性が低い日本出身だからか、私の学びが遅いからか、ついそう思ってしまう。

ともあれ、玉自ずから光るのは日本という土壌ででしかない。私ももっと磨かねば。

*1 所謂アメリカ的教育ではない、中華学校へ通ったアメリカ人は比較的授業中の積極性や自己アピールが少ないように見え、教育による効果をより感じさせる
*2 エレベーターでVCと乗り合わせた場合に、目的階に止まるまでにアピールをすることから来ている。コンサルティングでも、エレベーターで経営者と乗り合わせた時にプロジェクトの報告をし必要なお願いをするための必須スキルとされている
*3 コンサルタントは、数ヶ月のプロジェクトでもその業界を深く知るための様々な工夫や仕掛け、そして努力が行われている

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by flauto_sloan | 2008-05-24 20:51 | ボストンでの生活
Vogel塾 - 盃
ボストンにてVogel塾の最終勉強会と懇親会があったので、一晩だけ帰ってきた。多くの友人が卒業し、日本或いは米国で再び活躍すべく旅立つ。彼らと出会え、様々に議論できたことは素晴らしい経験だった。

他のグループの発表や、自分のグループの発表を廻る議論がやはり面白い。日本がアイデンティティを確立し、アジアの中で政治・経済でリーダーシップを執るには多くの問題が山積している。特に歴史問題は根深いが、「謝罪した」と世界中に認識されているドイツとの比較、日本が開戦した経緯を客観的に分析し再認識する学問的流れ、では日本が国レベル、個人レベルで行うべきことの議論は非常に面白くまた知らなかったことが多く、改めて塾生の見識と意識の高さに感心しきり。

c0131701_5503288.jpgその後の懇親会では、官僚や弁護士、さらには物理の院生まで幅広い顔ぶれで、酒を交わしながら日本経済を金融、サービス、ハイテクと論点を発散させながら、何が課題でどうすべきかを熱く議論する。日本で十分な業界知識・専門知識を備え、そして組織や肩書きから開放されてボストンの地でアメリカという巨大な装置に刺激を受けた上での議論は、さながら何でもありの異種格闘技。

例えばサブプライム問題に苦しむアメリカの金融機関と来るべき不況と、グレーゾーン金利の撤廃であえぐ消費者金融とその周辺(?)業界の不況とを、法律、ビジネス、政策の面で比べていくと、似ているところと似ていないところ、長短功罪が見えてきて面白い。ババ抜きを皆でしていて、場がお開きになった時、アメリカではGSだけがババを全部他所に取らせていたようなものだ、云々と、酒が入りつつも頭が様々な角度から刺激されて面白い(過激トークとなったため詳細は割愛)

ビジネスも政治も、大きな意思決定は、少人数の個人的な議論や意思決定で下されることが往々にしてある。国に帰った同胞が、何かのきっかけで再会し、「日本のためにこれをやろう」と意気投合して、新しいことをする時がきっと来るだろう。松下村塾の学びが新政府の意思決定の根底に流れていたように。
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by flauto_sloan | 2008-05-23 23:50 | Harvardでの学び
NY-Boston - バス業界の仁義なき戦い
NYとBostonは、人の行き来が多いドル箱路線なため、移動手段には以前紹介したように飛行機、電車、バスと様々な公共交通機関がある。そんな中、最近格安バスの新規参入で、とみにバス業界が波乱を含んでいる。

これまでのボストン-NY のバス業界
今年の頭まで、4社3路線がボストンとNYの間を走っていた。チャイナタウン・バスと呼ばれるLucky Star社とFung Wah社と、全米大手のPeter Pan社とGeryhound社の共同運航である。長らくチャイナタウン・バスは$15と低価格だが安全性に問題あり、Geryhoundは$33とやや高いが安全、という棲み分けだった。だがGreyhoundがウェブ予約でチャイナタウン・バスと同額の$15(後に$20)で乗車できるキャンペーンを張り、中国系以外の乗客がGreyhoundに移りつつあった*

格安バス・BoltBusの参入
そこへ今年4月、Geryhoundの子会社のBoltBus社が新規参入した。BoltBusはNYのPenn Station (W34th & 8th)とボストンのSouth Stationを繋ぎ、事前のネット予約で早い者勝ちの最安値$1というインパクトのある安さと、車内で電源と無線LANが使える快適環境、新しく清潔な車体、100時間以上の訓練を受け安全なドライバー、メンバー登録すれば8回搭乗で1回無料という顧客囲い込みで、着実に顧客を増やしている。就航当初はトラブルがあったり、まだ空いてたりしたが、1ヶ月経った現在ではもう満席だ(このブログも車内で書いている)。

チャイナタウン・バスも対抗して$1キャンペーンを打った。だが地場企業が大手に体力勝負を仕掛けるのは無謀だろうし、値下げ競争では更なる安全性の低下を招く(事故が多い話は、多少脚色されながらも学生間に広く流布されている)。

また、BoltBusは全て$1で提供しているわけでは当然なく(限界コストが$1以下である訳がない)、搭乗日が近づき残席が減るにつれ、最高$20にまで漸増する。$1の席数も数席で、いわば見せ玉である。むしろ、Greyhound社がこれまで蓄積した需要データ**に合わせて、既存のGreyhound路線を補完する形で(運行している本数はまだ1日8本程度)参入させたのだろうと想像する。平均客単価はGeryhoundと同じ$15くらいではないかと思う。このあたりの妙を見極めずに中国系が値下げすれば、猟犬の思う壺だ。

さらなる格安バス・Megabusの参入
そしてBoltBusに続いて、英米で交通機関を展開しているMegabusが5月30日にNY-ボストンに参入する。ここも最安値$1であり、無線LANと映画スクリーンがあるという(電源があるかは不明)。東海岸の主要路線でこれまで実績を上げているMegabus社が、BoltBusとどう競合していくのか、一乗客としても興味をそそられる。まさに仁義なき戦いだ。

夏休みを迎え、バス路線は5系統が併走する過当競争になり、均一価格から変動価格へと移った。老朽化したバスを多く保有する中国系が、新車両やサービスに投資するか、あるいは価格設定を需要見合いにしない限り、じりじりと値下げすればまず安全性、そして収益性で一社は市場から駆逐されることだろう。今後が見ものである。

* チャイナタウン・バスはその名の通りNYとボストンの中華街に発着するため、そこに住む中国系には便利。また車内が騒がしいことも、非中国系がGreyhoundに移った要因だと考えられる
** Greyhoundの運賃を$15に値下げしたりその後$20に上げたりしたことで、需要曲線を見積もったと思われる



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by flauto_sloan | 2008-05-23 14:29 | 旅行
Columbia Law School Commencement
c0131701_1212070.jpg昨日の全体卒業式に続き、コロンビア大学ロースクールの卒業式が行われた。一時は雨も降りはしたが、最後は晴れてLLMとJDの学生たちはbig appleへと飛び出していった。

校庭の中央に敷かれたテントの中に、数百人の水色のガウンを着た卒業生が並ぶ。その脇を父兄が囲み、この日を心から喜ぶ。

開式すると、まずは卒業生内から投票で選ばれた弁士3人(JD2人、LLM1人)が卒辞を述べる。だがここはアメリカ。みなスピーチが非常に上手く、父兄・友人・教授への謝意と強い決意とをユーモア溢れて語る。特にLLM代表のドイツ人は、コロンビアでの学びをミュンヘン大学へ持ち帰る使命感と、法によって世界をより善くしていく決意という内容の秀逸さに加え、会場を次々と沸かせていた*

最優秀の教授の表彰、学部長挨拶、ゲストスピーカーのABCコメンテーターのスピーチ(これが酷かった)と続く。最優秀生徒の表彰があり、いよいよクライマックス。

通常は学位記の授与なのだが、人数が多いこともあり、一人ずつ名前を呼んで壇上で学部長と握手をした。子供が小さい場合は子連れで壇上に上がれるところがアメリカらしい。妻も滞りなく握手をし、無事に卒業と相成った。

式後はレセプションがあり、妻の友人と挨拶をした後、会場を後にした。途中でコロンビアの象徴である「アルマ・マター」と写真を撮り、校章の王冠があしらわれた鉄門をくぐると、いよいよ妻の忙しく刺激的なLLM生活も終わった。

夜は二人でミッドタウンの寿司屋で祝杯を挙げる。来年も妻はNYに残ることが決まったので、ボストンとの別居生活は続く。それまでは二人きり、水入らずの夏。楽しく意義深く過ごしたい。

* 特に次のフレーズは傑作だった。「同期には様々な人がいて、多くをお互いに学びあった。ある者は結婚しており、ある者は独身ですらない。ある者は子持ちで、ある者は子作りの仕方も分からない。ある者は美しくて、ある者はドイツ出身だ」
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by flauto_sloan | 2008-05-22 12:05 | NYでの生活
Columbia University Commencement
c0131701_657229.jpg妻が卒業した。コロンビアのロースクール(LLM)は一年のプログラムであるため、もう修了である。卒業式は二日間に亘り、今日はコロンビア大学全体の卒業式(Commencement: 始まりの意)だった。暑いくらいに晴れ渡った空の下、コロンビアの水色が清々しく映えた。


University
威風堂々第一番が流れる中、コロンビアの象徴・法学部図書館のドームの前に学部ごとに入場してきた。コロンビアはUniversityというだけあり、理系では医学や工学、文系は法学、国際関係学からジャーナリズムまで幅広く備えている。

c0131701_6551654.jpg学部ごとに特色を出そうとしており、歯学部は超巨大な歯ブラシを掲げ、工学部は風船で作ったハンマー、法学部はゴムの法槌(写真参照)、国際関係学部は各国の国旗、教育学部は生の林檎(教師の象徴)、ジャーナリズムは新聞の切れ端で作った旗を手に持っていた。

名誉教授や各表彰の受賞、総長挨拶に続いて、学部ごとに修了の承認が行われた。面白いのは、各学部長が簡単なスピーチの後に
「ここにいるXX学部の2008年度ファカルティー候補達は、用意されたカリキュラムを学び上げ、社会に貢献する準備ができました。総長、彼らに学位を許可して頂くことを望みます」
といった旨のことを総長に述べることだ。自ら認めた学生を、総長と交渉して学位を獲得する様子は、人民の代表たる代議員が大統領と交渉して権利を得るという、民主主義の縮図のようであった。

また、卒業生ではなくファカルティー候補と呼んでいるのも面白く、卒業はコロンビアというコミュニティーの正式な一員になることを意味している。まさにCommencement=始まりである。

医学部は上記のやりとりの後、有名な「ヒポクラテスの誓い」を斉唱した。噂には聞いていたが、医学への情熱と真摯な誓いが伝わり、感動的だった。
理系しかない(故にUniversityではなくInstituteの)MITとは異なる幅広さが、歴史の重みと共にコロンビアらしさを体現していた。

Make your University
そして総長の演説がまたよかった。特に印象的だった一節は
「今日この大学の門から外へ出ることは、学びの終わりを意味するのではない。社会の中で自ら学ぶことが始まることを意味するのだ。広く興味を持ち、学び続けて欲しい。書物は学ぶ一つの手段だが、仕事や友人など様々な経験から学ぶことができる。
一人一人が自分のカリキュラムを作り、知識を綜合し、自分自身の大学を作って欲しい(make your University)」
c0131701_7132885.jpgこの言葉は、まさに私が理系からビジネスへ転進し、今MBAに来ている動機と目的である。幅広い教養と知識を身につけたいからこそ、今までに学ばなかったことを次々と学ぼうとしている。それが自分という煉瓦を積み上げている感覚で、非常に楽しい。そうか、これはmake my Universityだったのか、と気づかせてくれるメッセージだった(私宛ではないのだが)

卒業
そうして一通りの訓示と「交渉」が終わると、総長がおもむろに学位授与を許可し、卒業が決まった。歓声が沸き起こり、帽子が投げられた。ゲスト席ではお互いに「おめでとうございます」と言い合い、皆が喜び合う最良の一日となった。


c0131701_7125111.jpg余談: ガウンと帽子
欧米の卒業式といえば、ガウンと角帽である。もとは暖房のない講堂で寒さをしのぐために配布されたそうだ。ガウンはスクールカラーで染められ、コロンビアは水色、イェールは黒、ハーバードは臙脂色である。教授になっても出身校のガウンを着るため、意外とイェール閥が強いな、などと見て取れる。そして、学位に対する敬意がそのまま衣裳に表れる。

ガウンは学部生と大学院生で豪華さが大きく異なり、学部生は短い袖で襟もなく、割烹着のようでいささか格好悪い。これが院生となると袖は校章入りの黒いベルベット、そして各学部の色で区別される襟を巻く。例えば法学部は紫、教育学部は青、といった具合だ。

c0131701_73950.jpgちなみに、介護犬には専用のガウンもあるらしい。

帽子もしっかり区別され、学部生は水色の帽子だが、院生は黒いベルベットに金の房がついた美しい帽子だ。ここまで違うと見栄えが全く異なる。

来年は自分がガウンを着ることになる。楽しみでもあるが、残り一年と思うと寂しくもある。
ともあれ、一年間頑張った妻の卒業は喜ばしい。正に佳き日であった。
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by flauto_sloan | 2008-05-21 06:43 | 家族