MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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開発と正義
MITのInternational Development GroupのBalakrishnan Rajagopal教授が、"Is development good?"という刺激的なタイトルで講演をした。昼を一緒に食べたkonpeさんと聴きに行く。開発の現場をよく知る教授の、冷徹な正義感が窺えた。

教授はカンボジアにて国連の人権高等弁務官として働き、今も人権擁護のNGO活動などをしている。そんな教授が語るに、開発は多様な意味を持つし、その善悪もまた視点によって大きく変わる。だが開発の意義と評価を考える上で重要な視点・変化として、教授は以下の5つを挙げていた。
  • 重要で意味のある干渉ができなくなったこと
  • 開発が多くの矛盾を内包し、正しい答えも転用可能な性質もないこと
  • 「これをやらねば」という政治的責任から、「これはできない」という官僚的無責任へと政府が変質してしまっていること
  • 社会的責任や道徳から、自己の利害へと関心が移ってしまったこと
  • 官僚が実行できるレベルに開発の目的が狭まってしまったことと、そんな官僚たちを説得するための手段が限られてしまったこと
それでも途上国で開発を実践するためには何がまず必要なのか、という問いに対し教授は、法や規則を整備することが重要であり、受益者や責任を持つべき者に、正しくコストやリスクを振ることがまず必要である、と答えた。

この答でふと、人類は基本的なレベルでどれくらい進化したのだろう、と思ってしまった。春秋戦国の混沌とした中原で、儒の理想に対して現実を直視した、法家の商鞅や韓非が唱えたことはまだ生きているのか。人の営みの根源とはなにで、国家の礎とはなんであろうか。問いが問いのまま深まった。
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by flauto_sloan | 2008-04-29 23:25 | Guest Speakers
篤志家の母校愛とアメリカン・ドリーム
c0131701_238417.jpgMITの卒業生で、医療系ソフトウェア大手のMedTechの創業者である Neil Pappalardo氏の講演会があった。題は"Reflect of MIT education"であり、学部生に向けてMITの教育が彼の起業家精神と技術に如何に貢献したかを説く、というものだった。

今まで色々な講演会には顔を出してきたつもりだが、今回は中でも相当の衝撃を受けた会だった。内容ははっきりいって目から鱗ではない。ただアメリカで成功し、富を築いた人が、篤志家として母校に寄付をすることによる名声(即ちリターン)とはどのようなものかを目の当たりにした。

氏はMITの物理学科在学中、卒論研究中に心臓関連の医療機器の測定と分析を自動化・効率化する技術を開発した。卒業後、MGH(マサチューセッツ総合病院)に勤め、同技術をシステムとして作り上げたところ、他の病院からの高い引き合いを見て、このシステムを販売することを決めて独立。VCからの批判を受けて、ソフトウェアだけを販売するビジネスモデルを1970年ごろに作り、現在では南北米、欧州を中心に医療系ソフトウェア*でトップシェアを誇る大企業を創り上げた。財を成した後は、母校MITに多額の寄付をし、自らは学校の監査役となって経営に関わっている。

そんなMITにとっての重要なドナーの講演である。だがMITのもてなしは想像以上だった。

c0131701_23105173.jpg狭い会場は超満員で、異様な温かい雰囲気にあふれていた。Institute Professor の Robert Langer教授や、ノーベル賞の利根川進教授といった、生命工学系の超大物教授まで来ている。

MITの総長がオープニングスピーチと、Pappalardo氏の紹介を行う。質疑応答は工学部長と理学部長が仕切る。

スピーチはユーモアに溢れ、会場は暖かく笑う。氏の家族は全員聴きに来ていて、時折奥さんや娘、孫を紹介する。

そう、成功者が晩年に名誉を讃えられるために、MITがスーパー教授陣、家族席、レセプションといたれりつくせり用意した一大イベントだったのだ。人生の成功者とは斯くあるものなのか、と、噂には聞いていたが目の当たりにして驚愕した。


成功を妬むのではなく、皆でこうして温かく讃えるのが、アメリカン・ドリームなのだなと、初めて理屈ではなく実感する瞬間だった。やはりアメリカの資本主義は強く、懐は深い。

* あまり詳しく調べていないのだが、ERPのようなものらしい
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by flauto_sloan | 2008-04-28 22:27 | Guest Speakers
デュトワ/アルゲリッチの代役/NYP - 想起
デュトワが振るNYPは、N響やBSOの時とは違うかと思いきや、やはりデュトワ色溢れる楽しい公演だった。そしてその「色」が想起される瞬間を味わう。

今シーズンのNYフィルの目玉プログラムである今回の公演は、指揮がシャルル・デュトワ、ピアノ独奏がマルタ・アルゲリッチという、元夫婦のヴィルティオーゾ・コンビであり、チケットもあっという間に売り切れる人気ぶりだった。

だが、そこはキャンセル女王のアルゲリッチ。1週間前にNYPのウェブサイトを確認すると、いつの間にかアルゲリッチではなく、ワットというピアニストに代わっているではないか!

……やられた
初めてのアルゲリッチを心底楽しみにしていたのに…

だがそれでもデュトワは楽しみなので、聴きに行った。


休憩前の前半は散々だった。
一曲目の『フィガロの結婚』序曲は可もなく不可もなし。
二曲目のベートーヴェンのピアノ協奏曲第一番は、「これがアルゲリッチだったら…」と怨めしく思い続けながら聴いたことを割り引いても、かなりピアニストが不出来。技術、音楽性、アンサンブル能力全てがひどい。


だが休憩後の後半は舞曲プログラムであり、前半とは打って変わった、デュトワの本領が発揮された楽しい演奏だった。

まずはラフマニノフ最晩年の作品、『交響的舞曲』。1楽章で主題がフォルテッシモで示された瞬間、「これは聴いたことがある!!」と急に記憶が蘇った。このリズム感、色彩感覚、デュトワの振るシンフォニック・ダンスを身体が覚えていた。
帰宅して確認すると、2004年にN響で聴いていた*。強烈な印象だっただけに、4年の時を超えて感動が呼び覚まされた**、不思議な感覚だった。

続くラヴェルの『ラ・ヴァルス』は、NYPのダイナミクスをフルに活かした迫力ある名演。最前列に近かったため、音の嵐に飲みこまれる感覚だった。その中でも、デュトワの深いリズムが胸を打つ。

やはりデュトワは素晴らしい、と改めて感じ入る演奏会だった。惜しむらくは、ああ、アルゲリッチ……

* ちなみに同じ組み合わせは1999年にもあり、その時もラ・ヴァルスが続いた
** 感覚が想起されるとき、よくかつての状況も思い出すといわれるが、残念ながら音楽以外は思い出さなかった。誰と聴きに行ったのかですら…

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by flauto_sloan | 2008-04-26 23:16 | 音楽・芸術
アフリカの夜 第一夜 - そして商社の役割
金曜は非常に盛りだくさんな一日で、Sloan Sales Conference (そのうち記事にするので割愛)、KSGの友人と「アフリカの夜」と題した飲み、そしてSloan日本人同期内でお互いの仕事経験を紹介しあう「異業種交流会」の三本立てであった。

アフリカの夜 第一夜
アフリカの夜では、こっちゃんさん達とアフリカの今後について熱く語る。特にこっちゃんさんが紹介してくれた、MFIというremittance(海外で働く人から本国への送金)とマイクロファイナンスとを組み合わせた会社、そしてその創業者である元バンカーの枋迫さんの話は非常に感銘を受けた。ビジネスモデルも素晴らしいのだが、枋迫さんの熱さと篤い志は日本人として誇るべきだと思う。

そして途上国開発に活かせる日本の強みを議論しているとき、「商社」という言葉が出た。そう、日本の商社は世界各地で大規模なプロジェクトを行い、ベンチャーを発掘し、マクロ経済とミクロ経済を繋ぐ役割を果たしているではないか。そんな商社のビジネスの詳細、途上国経済に果たしている役割、ビジネス上の限界を知ることはアフリカの未来へ大きな意味合いがあるのではないか。

これはスローン日本人が誇る商社マン、Kazさんに色々聞かねば、と思う。そこで丁度アフリカの夜第一夜はお開きとなり、異業種交流会へ向かった。

異業種交流会
遅れての参加となってしまった異業種交流会は、そのKazさんによる商社経験の紹介。ニューヨークから途上国まで、世界各地でビジネスを行うことで学んだ、商売の要諦と、途上国特有の事情の下でのビジネスの難しさ面白さ、そして気合と日本への思いを、ビビッドな語り口で紹介してくれ、とても面白い。ここまでの現場感は、コンサルティングとはまた大きく異なり、まさに異業種交流会としての学びが大きい。

そして同時に、これは是非ともケネディスクールの友人たちと引き合わせなければと思い、早速「アフリカの夜 第二夜」へ招待した。なんとも楽しみである。

そして、2年生を含めた日本人スローン生と中華を楽しむ。2年生とこうして飲めるのもあと少しと思うと寂しいものだ。
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by flauto_sloan | 2008-04-25 23:10 | 交友
Sustainable C-function - バランスある発展
c0131701_5322762.jpg今夜はBSOでベルリオーズ作曲の「トロイ」の演奏会があったのだが、どうも気が乗らなかったので、スローンの飲み会であるC-functionへ参加した。今回はサステイナビリティ・C-functionと題して、エネルギー問題、環境問題など地球の持続可能性を考えながら飲もう、という新しい試みだった。

c0131701_5325469.jpg大騒ぎのブラジル・C-functionなどとは異なり、比較的真面目な企画のため、参加者も少なめであった。自転車を漕いで発電して動かすPCや、地球環境の現実を語るパネルなどの展示に加え、ファッションショーなどのイベントも行われた。参加者は緑色の服を着てくるように言われており、会場は緑に溢れていた。

だがやはり、少し盛り上がりに欠けていた感はあった。そもそもサステイナビリティという言葉自体が抽象的で範囲が広く、一種の流行言葉となってしまっているため、全体として何を訴えたいのかが曖昧だった。とはいえ、初めての試みにしては善戦していた。


気になったのは、環境問題と食糧問題(そして貧困問題)といった地球レベルの課題に対するバランス感覚である。

出されていたフォークやスプーンが、馬鈴薯でできていた。廃棄しても自然に分解されるので地球に優しいそうだ。自然分解は結構だが、食料が不足し価格が高騰する中、穀物資源を、すぐに廃棄されるスプーンの原料に割り当てると言うのは局所最適でしかないという印象を受けた(まあ残り屑や廃棄飼料などで作られたと思いたい)。

IMFがバイオ燃料を穀物価格の高騰の一因とし、最近ではCO2削減で実用化が進むエタノール燃料のために、アメリカの農家が小麦や大豆の作付面積を減らして燃料用トウモロコシに充てた結果、穀物価格が高騰し、貧しい国に更に食料が届くなくなっているという批判がなされている。

よりエネルギー効率のよいサトウキビ(ブラジルが生産大国)ならまだしも、トウモロコシを作ってエネルギーにするというのは、地球の問題と人類の問題を併せて考えると局所解であり得、むしろトレードオフを短期的に途上国へしわ寄せが来る方向へシフトさせているのではないか(まだ検証段階ではあるが)。

サステイナビリティを単視眼的に捉えず、課題の全体像をもとに意思決定できるリーダーが、国際機関やアメリカの大統領、そしてそれらのリーダー候補生たるSloan生には必要だと思う。このサステイナビリティ・C-functionが何かの切欠になればよいのだが。

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by flauto_sloan | 2008-04-24 22:26 | ボストンでの生活
春は名のみの風の暑さや
c0131701_5113954.jpgこの月曜・火曜はアメリカの独立戦争を祝した"Patriot Day"という休みであり、MITは授業が無かった。そして、冬から夏へとボストンの気候は慌しく移り変わった。

金曜に授業の無い私などは5連休である。クラスメートにもカリブ海などへ旅行し、黒くなって帰ってきた人もいた。私は日本人研究者交流会Vogel塾があったため、NYとボストンを4日間で2往復するというハードなスケジュールだった。火曜はさすがに疲れて一日寝てしまったが。

c0131701_5122746.jpgそして驚くような暑さ。NYのコロンビア大学では金曜日にアジア学生主催のイベントがあり、相撲など日本関連の催し物を見に行ったのだが、外に出ると真夏の陽気だ。キャンパスの芝生では、水着姿になった女子学生が日光浴をしている。

つい2、3週間前はボストンでダウンジャケットを着ていたのに、気がつけば半袖一枚。春と呼べる期間が殆ど無かった。チャールズ川沿いに桜が咲いたが、とても春うららかという気分ではない。

草木は活き活きとしてきた。芝生の青も木々の緑も、強い日差しを喜んでいる。今年に入って歩いて登校することが多いのだが、冬に苦しみあえいでいた草木がここ1週間で表情を変えた。それを見る私も嬉しくなってきた。

恋焦がれた太陽。熱い夏の始まりである。
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by flauto_sloan | 2008-04-22 22:10 | ボストンでの生活
生きたアジアを知る
c0131701_5213691.jpgVogel塾で議論しているアジア経済に関する研究の最終形が見えてきたため、リーダーのIさんの呼びかけでアジアからの留学生を交えたワークショップを行った。MITはPatriots Dayで休日だったが、NYから舞い戻って参加した。

参加者は塾生8人と、韓国人、香港人、インドネシア人、インド人であり、活発な議論の応酬が非常に面白い。以下印象的だった意見(無論、参加者の個人的なもの)を記しておく。


韓国人は、NAFTA、EU、メルスコールなど世界が経済ブロックを作っていく中、日中韓がいつまでもまとまらないのは自ら状況を不利にしており、課題を一つひとつ乗り越えつつ段階的に経済自由化をしていくべきだという。


インドネシア人によると、東南アジアは発展に注力している今はよいが、やがて成長を遂げて経済的に自立が成ると、先の大戦に関する政治的な批判や日本への被害感情が表に出てくる可能性があるという。政治的要因を見定めながら経済協力を進めていくバランスが日本には必要だ。


香港人による中国の政策転換の話が一番刺激的だった。これまで中国は輸出を増やし、外貨準備高を増やしてきた。昨年あたりからその政策を大きく転換させ、輸出を抑制して輸入を増やすようにしている。その結果、貿易額の成長率は輸入が輸出を上回っている。輸出関税(輸出品価格を自分で吊り上げる)を課し、輸入関税を削減しているそうだ。さらには資本に関する政策も転換させ、FDIは高付加価値な産業への投資中心にするという。

目下の中国の悩みは、人民元の切り上げをするか、あるいは為替の自由化をするかであるが、今は人民元切り上げのチャンスであり、実際に速いペースで切り上げている。外貨準備高は割安な元で1兆ドル以上にも膨れ上がっている。元を切り上げると自ら準備高を減らすことになり、エネルギー買い付けの元手が減ると共に、市場に投機資金を呼び込むことになるので、タイミングが難しい。

だが昨今の香港市場の暴落で投機資金が引き上げられ、すぐには戻らないと見られている。これは投機筋を気にせず元を切り上げる絶好の機会であり、実際に15%の市場の暴落を受けて17%の切り上げという、これまで以上の早いペースで切り上げが行われている。ではどこまで切り上げるのか。自由化するのか。今後国際金融のトリレンマをどう解消するのかが大きな課題だが、香港人は楽観的な見方であった。


Vogel塾にはいくら国際通が集まっているとはいえ、実際にアジアの人々と議論をすると、知らなかったことや新たな視点、さらには最近の中国政策のように見えていなかったものが次々と明らかになる。とても楽しく、学びも非常に多かった。

ワークショップ後にみんなで飲んだのだが、皆でキリンビールをあおり、国を背負わずに朋友として多くを語らった。素晴らしい機会だった。
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by flauto_sloan | 2008-04-21 23:14 | Harvardでの学び
ローマ法王・ベネディクト16世のニューヨーク上陸
ローマ法王ベネディクト16世がNYを訪問している。前法王ヨハネ・パウロ2世以来30年ぶりとなる今回の訪問は、暖かくなり始めたNYを一気に熱くしている。テレビ各局は "Papal visit" (法王訪問) について流し続けていた。

最高レベルの警戒態勢にて出迎えられた法王は、土曜にドイツ系教会で式典を行い(法王はドイツ人)、続いてシナゴーグ(ユダヤ教の教会)でラバイ(ユダヤ教の司祭)と対話を行った。NYはユダヤ人コミュニティが発達しており、金融を始めビジネスでの存在感が非常に大きい。そんな街であるからこそ、法王の他宗教に寛容な姿勢は好意を以て迎えられた。

日曜にはグラウンド・ゼロ訪問後に、ヤンキー・スタジアムで5万7千人のカトリック信者を集めてのミサが執り行われた。球場の周りでチケットを求める人、フィリピンから訪れた人など、熱狂的な信者で溢れかえっている。さらにはブルームバーグ・ニューヨーク市長や、前任者のスキャンダルで副知事から昇格したばかりのパターソン・ニューヨーク州知事も訪れていた。

球場内は信者10人に警官1人はいるのではないかという超厳戒態勢。法王が現れると、信者は興奮の絶頂で、
"Be---nedi----ct!! Be---nedi----ct!!"
と叫んでいた(このノリは教会ではなく球場だからだろうか)。この様子を、テレビ局はCNNなど主要局は全てミサを中継し、スペイン語局もスペイン語で発信していた。

c0131701_4503628.jpgコロンビア大学の国際研究で名高いSIPA (School of International and Public Affairs)の建物では、イタリア国旗を大学旗と並べて掲げ、歓迎の意を表していた*

NYはやはり世界経済の中心地のひとつであり、そしてイスラエルと並ぶユダヤ人コミュニティの中心である。ドイツ人である法王が、30年振りという貴重なNY訪問でにシナゴーグを訪れたのが非常に興味深い。大きな混乱も無く無事に法王は帰国したが、何も無くて本当によかった。そう安堵してしまう自分に気づき、「世界を感じている」のだな、とふと思った。

* ちなみに、昨年SIPAはイランのアフマディネジャド大統領を招いて物議を醸していた。大統領の演説は聴けなかったのだが、抗議デモには出くわした
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by flauto_sloan | 2008-04-20 04:43 | NYでの生活
神秘なる人体と一つの地球 - ボストン日本人研究者交流会
今年度最後のボストン日本人研究者交流会は、非常に面白い内容の二本立てだった。MGH(マサチューセッツ総合病院)の先生による大腸についての発表と、HBSのこっちゃんさんによるモザンビーク奮闘記であり、どちらも活発な議論で盛り上がった。尤も、この会のためだけに法王訪問で沸くNYからボストンに日帰りで来ることになったが、

大腸について
大腸についてあまり考えたことはなかったのだが、今日の発表で最新の検査方法に非常に興味を持った。食生活の欧米化に伴い、日本人の大腸癌が増えていると言う。大腸の検診には内視鏡がこれまで主流であり、技術も医療機器も日本が世界をリードしている。ちなみに、日本人は欧米人よりも大腸が長いために、医師の内視鏡技術の腕が上がったそうだ。

一方で内視鏡は患者の負担が高いというイメージがあり(実際は熟練した医師であれば時間もリスクも少ない)、日本人の受診率は欧米に比べて低い。そこでまずは受診率を上げようと、アメリカを中心に研究が進んでいるのが、3D-CTによる検診である。この技術を使うと、事前の処置も軽く、検診自体も外部から簡単にスキャンできるために短く、負担も殆ど無いそうだ。

内視鏡のように腫瘍を見つけてもその場で切除できないが、異常のありそうな部位を自動で検出できるなど利点も多く、今後さらに研究が進むと、より機能面でも精度面でも大きく向上するだろう。日本ではまだ受診できる所が限られているそうだが、是非一度受けてみたいと思う。

ボストンはバイオ関連の研究が盛んで、医療機器の研究も非常に進んでいる。この3D-CTもそんなボストンらしい新デバイスであるが、内視鏡技術にとっては破壊的イノベーションとなり得る (勿論まだ内視鏡ならではの利点も多い)。東芝メディカルなど日本メーカーも善戦しているらしいが、大腸関連機器の今後は激しい競合が起きるのだろう。

モザンビークでの開発
こっちゃんさんの「投資銀行マンのモザンビーク奮闘記」は、本人のブログに詳細が載っているので、御一読いただきたい。彼の開発に対する熱い思いと信念が伝わってくる素晴らしい発表だった。Vogel塾の塾生も何人か聴きに来ていた。

現場を知り、金融を知り、ビジネスを知り、そして前へ突き進む情熱があるこっちゃんさんは、是非アフリカの未来を背負う日本人リーダーとして活躍して欲しい。私にも何か手伝えないか、貢献できないか、という気持ちが高まる。

幹事として
今年度の研究者交流会は、私自身の発表があり、そして幹事に加わり、ただ座して学ぶこと以上の刺激と学びがあった。同じく幹事をしているKonpeさんもいよいよ卒業してしまう。これまで築いてきたモメンタムを失わせず、むしろ加速するような次年度にしたい。
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by flauto_sloan | 2008-04-19 22:57 | 交友
Levine/BSO - Mahler 『大地の歌』
c0131701_4394438.jpgBSOの今シーズンの公演も終盤になり、今日はマーラーの「大地の歌」がレヴァイン指揮で演奏された。今シーズン3度目のBSOのマーラー。巨人はよかったが9番はひどい出来であり、9番の前に書かれた「大地の歌」はどちらかといえば9番のように失敗するのではないか、と懸念していた。

だが、そんな心配は大方裏切られ、なかなかの名演だった。まず、オーケストラが非常に調子がよい。キーシンとのレコーディングで波に乗ったのか、弦楽器も管楽器もいい音を出している。特に木管楽器が絶好調で、フルート、コールアングレ、クラリネットと美しく諧謔味溢れる表現で楽しい。

レヴァインの指揮は適度に抑制されていたが丹念に響きを作り、終楽章まではあまり東洋趣味に陥らず、明るい音色でバランスが取れた、アメリカ的演奏のプラス面がよく出た演奏だった。


ただ一方で、歌の二人がかなり足を引っ張った。テノールは代役だったために仕方がないとはいえ、硬さのため声の張りがなく、オケとの呼吸も今ひとつ合わない。だんだんよくなったが、1楽章の最初がオケに埋もれてしまっていたのは残念だった。

メゾ・ソプラノのオッターは、評価が高いベテランだったので期待したのだが、どうも声の伸びが今ひとつでしかも音程が悪い、しかも速いパッセージが歌いきれていない。4楽章ではテンポについていけず、メロディーにもなっていないひどい歌い様だった。最終楽章では持ち味と曲想が合い、素晴らしい出来となったが、全体としては不満で、観客からはブラボーとブーの入り混じった評価が飛んでいた。


とはいえ、最終楽章のコーダに入る盛り上がりなど、背筋がぞくぞくする程美しかった。「永遠に…」の歌詞が繰り返され、消え入ると、残された永遠を自らに取り込むがごとく、観客は静寂を保っていた。長い静寂の後にレヴァインがタクトを下ろすと、万雷の拍手。
恐らく歌手が違ったら、相当の名演だっただろう。そこが惜しい。


今シーズンのBSOは、ベルリオーズ作のオペラ「トロイヤ」が演奏会形式で2夜に亘って行われるのみ。ベルリオーズは個人的にあまり好きな作曲家ではないのと、このオペラ自体知らないので、個人的に楽しみにしていたBSOの公演はこの「大地の歌」が最後だった。

非常に充実したBSOシーズンだった。日記には書かなかったが、ヨーヨー・マの激しく面白い演奏や。イツァーク・パールマンの悲しき老残など、非常に盛り沢山で素晴らしい音楽経験だった。来シーズンは小澤征爾が久しぶりにBSOを振る演目もあり、BSOが小澤のタクトでどう変わるのかを聴くのも楽しみだ。まずは夏のタングルウッド音楽祭が楽しみで仕方ない。
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by flauto_sloan | 2008-04-17 22:03 | 音楽・芸術