MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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ゲーム理論 - 東芝 vs サムソン電子 フラッシュメモリ戦争 -
ゲーム理論の宿題で、ゲーム理論を適用する問題を作り、自分で解くというものがあった。何を題材にしようかと思案し、ちょうど最近ニュースでよく報じられる、東芝とサムソン電子のフラッシュメモリをめぐる熾烈な競合を題材にした。

限られた情報とデータのみに基づき、かなり強い前提と粗い試算、さらに憶測も入った上での結論ではあるが、東芝の1兆8000億円の巨額投資は理に適っているように見える。小が大を飲むウェスチングハウスの買収といい、HD DVDの鮮やかな幕引きといい、西田社長は本当に喧嘩が上手い。

宿題の内容をケーススタディ風にアレンジし直して書いてみる。内容は全て公表されているものであり、コンサルティングの仕事で得た情報は含んでいないことを付記しておく。

フラッシュメモリ
今や知らず知らずのうちに2-3枚は持ち歩いているフラッシュメモリは、不揮発性メモリと呼ばれ、実用上は書き換えが何度でもでき、電源を切っていても情報が失われない記録媒体である。NOR型とNAND型という二つの構造があり、どちらも東芝によって開発された。

NAND型は小型化と大容量化が進んだ結果、デジタルカメラや携帯電話のメモリ、そしてiPodに代表される携帯音楽プレーヤーに使用され、価格下落が激しいながらも、市場は非常に高い伸びで成長している。2007年のNAND型フラッシュメモリの市場規模は139億ドルで、前年比12.5%の高い伸びを示している。Appleの発注減で市場の伸びが弱まるとの見方もあるが、今後も成長が見込まれる市場である。

サムソン電子
韓国のGDPの10%以上を占めるサムソン(サムスン)グループの中核企業であるサムソン電子は、1980年代に政府主導の積極融資(輸出産業と設備投資には非常な低利が適用された…1981年までは実質金利がマイナス)と、積極的な人材確保(東芝など日本人も多く移籍したといわれる)による、国を挙げてのハイテク産業振興策で急成長した。半導体事業はそんなサムソン電子の主力事業である。

1980年代後半に日本電気(NEC)以下日本企業が世界を制したDRAM市場でに参入すると、投資の増大と価格の乱高下に耐え切れず撤退する日本企業を横目にシェアを急拡大し、ついにはDRAMで世界トップシェアを獲得。2007年度では27%のシェアを占める

世界の半導体シェアランキングでも順位を着実に伸ばし、2007年度ではインテルに次ぎ世界第2位7.7%のシェアを占めるプロセッサのインテル、DSPのテキサス・インスツルメンツ、ファンダリのTSMCとDRAMのサムスンの4社はその徹底したフォーカス戦略により、2001年以降のハイテク不況でも巨額の利益を出し続けた数少ない半導体企業である。

DRAMに続く第二の柱としてサムソンが注力しているのがNAND型フラッシュメモリであり、先駆者の東芝を追い抜き、2007年度では42%もの圧倒的な第一位シェアを誇る。需要の拡大に押されて、フラッシュメモリの売上がサムソン電子の半導体事業に占める割合は2007年度で28%に上り、41%を占めるDRAMと双璧をなしている。

東芝(セミコンダクタ社)
東芝における半導体は、総合電機企業の一角として早くからの注力分野の一つであった。1980年代の日系DRAM全盛期には、半導体市場で世界をリードしていた。その後DRAMから撤退し、ロジックメモリの苦戦もあり、シェアを失うと共に世界ランキングでの順位を大きく下げた。ただしディスクリートと呼ばれる単機能デバイス分野で大きな利益を上げていたといわれ、収益面では他の日系大手企業よりも善戦していたとみられる。

DRAM撤退後は、フラッシュメモリおよびプロセッサに注力しており、半導体事業での営業利益が東芝全体の営業利益の半分を占めているといわれる。フラッシュメモリは東芝が発明した製品であり、舛岡富士雄氏による1980年のNOR型、1986年のNAND型の開発以降、先駆者として市場を創出していった。しかし後発のサムスン電子に追い抜かれ、2007年度のフラッシュメモリ市場では27%のシェアで2番手に甘んじている。

さらに近年ではIBM・ソニーと共同開発したCellチップ(プレイステーション3のコアチップ)の工場をソニーから買い取って完全に東芝の管理下におき、プロセッサ分野での競争力も確保しようとしている。

フラッシュメモリの投資競争
最新の半導体工場の建設に必要な費用は飛躍的に増大している。ムーアの法則と呼ばれる急速かつ継続的な技術革新と、効率化のために大口径化するシリコン(原材料)によって、半導体製造装置は高度化し、新たな生産拠点の立ち上げに必要な設備投資は数千億円規模へと急激に増えている。それだけの投資を単独で行える企業は限られており、寡占化が進んでいる。設備産業、固定費ビジネスの様相が強まったことと相まって、"Winner takes all (一人勝ちして総取り)" と呼ばれる現象が起きている。フラッシュメモリの生産も最先端技術を要するため、投資競争に残れる企業は限られている。

サムソンは拡大する市場でシェアを伸ばし、不動の地位を確立すべく、2006年に35億ドル(約4300億円)の巨額投資でテキサス州オースティンに新たに工場を建設し、月産6万枚の増産を行った。その後もDRAMと合わせて8000億円前後の投資を続け、フラッシュメモリ市場でのサムソンの優位性は揺ぎないかに見えた。

それに対して東芝は競合優位性を維持すべく、2007年後半には新たなフラッシュメモリの工場建設を1兆円規模で行うと報じられた。ところが、2008年2月19日に明らかになった東芝の投資は、1兆8000億円規模、工場も岩手と三重の二棟で、見込まれる生産量は現在の4倍という、予想を大きく上回る巨額のものであった。軌道に乗り、サムソンの出方如何では、フラッシュメモリでサムソンを追い落とし、世界トップシェアを狙える規模である。昨年東芝の西田社長は、三重の四日市工場でこう語ったと報じられている

「生産規模で世界をリードする。来年にもトップシェアが視野に入ってくる」

この東芝とサムソンの投資競争は一方で、供給過多を悪化させかねない。既に市場は過剰供給で価格下落が激しく、例えば2008年1月-3月だけで20%も下落すると見られている。フラッシュメモリの最大顧客の一つであるアップルはiPodの生産計画を下方修正したと報じられ、需要がさらに縮小する可能性さえある。

もしサムソンがさらに対抗し、新工場を建設してシェアの維持を行おうものなら、需給バランスは完全に崩れてしまいかねない。サムソンはこの東芝の大決断にどう反応するのか。

ゲーム理論的考察
今後の市場成長性、戦略に伴う2社のシェア推移、両社のコスト構造などを、いくつかの強い仮定の下で非常に粗く見積もり、両社の戦略的投資に伴う見返りを推算した。宿題に「極端に簡素化すべし」とあり、データも情報も限られているため、仕事では考えられない単純化だ。

そんな概算なので数値は省略するが、もしサムソンが同じ規模の追加投資を直ちに決断できるとすると、所謂「囚人のジレンマ」に陥る。つまり、東芝は投資を(撤回することなく)行い、サムソンは追加投資をすることがdominant strategy (相手がどういう出方をしても、合理的に判断したら採らざるを得ない戦略)であるが、双方が投資をすると供給過剰で、価格下落と投資の負担で結局両社とも利益を得られない。

実際は既に東芝が動いている。東芝の投資戦略を受けながら、もしサムソンが何もしないでいると、みすみす東芝にシェアを奪われるだけであり、高い固定費が仇となって利益は大幅に縮小しうる。結局投資をした方がまだ「まし」であり、サムソンは追加投資を考えるであろう。

2006年時点から考えると、サムソンが4300億円の投資で勝負をかけてきたところ、それを受けた東芝がさらに強力な1兆8000億円というカードを切り、サムソンにゲームを降りるか割の合わない「コール」をするかの選択を突きつけている状況だ。

これだけでも西田社長の勝負強さが伺えるが、ゲーム理論的にはサムソンはゲームを降りずにコールをすると考えられる。だが視点を広げると、サムソンはゲームを降りるかもしれないと思えてくる。

サムソン包囲網: DRAMでの苦戦
前述のように、サムソンの半導体事業は、2007年度でDRAMが41%、フラッシュメモリが28%の売上を占めている。第二の柱のフラッシュメモリで東芝に勝負を仕掛けられているが、主力のDRAMではさらに厳しい戦いを強いられている。

DRAM市場はシリコンサイクルと呼ばれる、約4年周期の激しい市場の波があり、今はやや下降局面で前年比7%減の315億ドルである。市況が悪化する中で、これまでのサムソンならばむしろシェアを拡大していたのであろうが、今回はシェアを2006年度の28.2%から2007年度の27.2%に落としている。依然シェアはトップであるのだが、競合は大きくシェアを伸ばし、同じ韓国のHynix Semiconductorは16.6%から21.3%へと大躍進し、サムソンへ肉薄する2位につけている。日本のDRAM最後の砦、エルピーダ・メモリも10.4%から12.2%へとシェアを伸ばし、4番手となっている。

サムソン電子の躍進の中核であり、市場を支配していたはずのDRAM市場は、今や上位4社の市場シェア合計が73.4%という四つ巴の混戦で、サムソンはその中でも苦戦をしている。DRAM市場で戦い続けるためには、巨額の最先端の生産設備をし続けなければならない。つまり、サムソンが中核事業でこれ以上シェアを落とさないためには、巨額の継続的な投資が絶対条件である。

実際にサムソンは2008年度でDRAMとフラッシュ合計で7700億円規模の投資をすると報じられている(2007年度は約8750億円)。これは当初予定に1800億円積み増したもので、その理由は「投資なしにこれ以上のシェア低下は免れない」と判断したからだという。

一方で2007年のサムソンの半導体事業での営業利益は約470億円で、充分な投資対効果が得られているとは考えにくく、またようやく健全化されてきた自己資本比率を悪化させてまでの大幅な投資増 (たとえばDRAMへ6000億をつぎ込みながら、フラッシュで東芝並みの1兆8000億を投資するなど) は考えにくい。

DRAMとフラッシュメモリで生産ラインを切り替えることは可能とはいえ、この投資を2つの分野へどう振り分けるかが重要である。中核のDRAMを堅持し、フラッシュを明け渡すか、DRAMを放棄し、フラッシュでも泥仕合を繰り返すか、両方へ程よく投資してジリ貧に陥るか。

東芝のレコンキスタ
サムソンがどう投資を配分するのかを推測するには、残念ながらデータが足りない。従って殆ど憶測・仮説でしかないが、プライドやブランドといった無形なものまで考慮すると、フラッシュメモリ市場での投資への見返りが先述のものから変化し得る。東芝とサムソンの意思決定は「囚人のジレンマ」ではなくなり、東芝が投資し、サムソンは投資しない(DRAMへ投資する)ことがナッシュ均衡(合理的に判断した場合に落ち着く状態)になる。

つまり東芝はフラッシュメモリ市場でサムソンに投資ゲームを降りさせることに成功し、首位を奪還することができるだろう。

喩えて言うなら、サムソンの本城(DRAM)がハイニクス(韓)-キマンダ(独)-エルピーダ(日)の連合軍に執拗に攻め立てられ、劣勢になってきたため、サムソンは支城(フラッシュメモリ)に十分な兵力(資本)を割けず、本城の兵力増強を優先する。それを見て取った東芝は、サムソンの支城へ守備兵の4倍の兵力を一気に投入し、かつての居城を奪還しようとしているように見える。

稀代の勇将、西田社長の戦略が吉と出るか凶と出るか。日本の半導体産業を応援している者としては、是非これを機に失地回復(レコンキスタ)をしてほしいし、できるのではないかと思っている。
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補筆
このレポートはチェックプラスを貰えたのだが、ゲーム理論においては、投資は必ずしも合理的に行われる訳ではない(戦略的に非合理性を持ちうる)というフィードバックを教授から受けた。そのフィードバックに対する考察までは私は行っていないが、重要な視点なので補足しておく。

参考: 東芝; サムソン電子; Gartner; iSuppli; ITMedia; その他記事検索
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by flauto_sloan | 2008-02-28 11:03 | MITでの学び(MBA)
Serkin/Faust/Levine/BSO - 濃密なベルク
今週は宿題が山のようにあって大変なのだが、ラッシュチケットでBSOのコンサートに行ってしまった。目当てはかのルドルフ・ゼルキンの息子ピーター・ゼルキン

ラッシュチケットは$9でありながら、前から3列目中央という席の良さ。早めに行った甲斐があった。近くのレストランで開演までひたすらケースを読むことになったが。

レヴァインのややロマンチックなモーツァルト交響曲29番に続いて、ゼルキンとヴァイオリニストのイザベル・ファウストが登場。曲はベルクの『ピアノとヴァイオリンと13の管楽器のための室内協奏曲』。
初めて聴く曲であり、しかもベルクであるが故に極めて難解だったが、圧倒されるほど密度の濃いアンサンブルだった。

c0131701_1636647.jpgゼルキンは禁欲的な学者然とした風貌でありながら、時には激しく情熱的に、時には冷静に音楽を構築し、回りとのアンサンブルをリードしていた。かなりの迫力と実力だった。

一方ファウストも負けておらず、叙情的になりすぎず硬くならず、木管とよく溶け合いながら時に遊びを仕掛けていた。

ジェイミー(レヴァインの愛称)と13人の管楽器は、かなり高い集中力を最後まで持続させ、音色も響きも柔らかく二人のソリストを支えていた。

舞台に近いのも面白かった。ファウストが弓の背で弾く(現代曲で散見される奏法)のがよくわかったり、ゼルキンが鍵盤から離した手を震わせていたり、ホルンの人が一人だけ人間工学デザインの椅子に座っていたりしたのがよくわかった。あとジェイミーがいかにちょこまかとよく動くのかも。

寮でミーティングがあったため、後半のブラームスのセレナーデは聴けなかったが、このベルクを聴いただけで充分堪能した。

さて、この至福の1時間の代価を払うとするか。
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by flauto_sloan | 2008-02-26 23:26 | 音楽・芸術
ボストンテリア
狂おしいほどに犬が好きなのだ。
生まれた時から家にヨークシャーテリアがいたため、犬に子守をされて育った。おかげで犬の感情は大体わかる。家には「犬の系統図」ポスターを飾っていた。犬好き動物好きが昂じて、高校の時は動物行動学の道へ進もうと思っていた。

独身の頃は、女性と歩いていてもすぐ犬に目が行ってしまい、「犬か私かどっちかにして」と言われたこともあった。そんなこと言われても…

c0131701_14352913.jpgそんな犬好きの私がボストンに来るときに、真っ先に思ったのは、
ボストンテリアの本場!!」
ということだった。
ボストンテリアは、ブルドッグ系でありながら上品な顔立ちと毛並みで、好きな犬種の一つ。
漫画「ジョジョの奇妙な冒険」の「イギー」はこのボストンテリアであり、日本のボストンテリアの3割くらいは「イギー」と名づけられている気がする。

そんな期待に胸を膨らませて来たが…
ボストンテリアがいない。
一度もまだ見ていない。

そもそもボストンにはあまり犬がいない。いないわけではないのだが、犬天国のNYに比べるとずっと少ない。残念至極だ。


ではなぜNYに犬が多いのか? 知り合いのニューヨーカーに聞いてみた。
まずインフラ的に、pet-friendlyなマンションが多い。ちなみに、こちらでは犬を外に繋ぐことはまずない。おそらく虐待扱いされるのだろう。

c0131701_1459282.jpgそして、犬を飼う理由としては3つあるらしい。
  • 純粋な犬好きとして
  • 都会の孤独を紛らわせる、癒しの同居人として
  • 出会いのため
特に3つ目の出会いのため、というのは重要だそうだ。
犬は犬好きを呼ぶ。アメリカ人は初対面でも気さくに話しかけるから、c0131701_1532563.jpg
「この犬可愛いですね! 何歳ですか?」
「こう見えてもう11歳なんですよ。だいぶ足は弱ってるんですけれども、まだ食欲旺盛で」
「あら、でもまだ毛並みもいいし、元気そうじゃない」
…と続き、そこで出会いが生まれる。まして犬連れ同士なら、即友人だ。
都会人の孤独はいずこも同じようだ。

それにしても、もっとボストンで犬と戯れたい…
ボストンテリアは何処?
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by flauto_sloan | 2008-02-25 23:03 | ボストンでの生活
Quasthoff/Levine - Winterreise
今日はNYで五嶋みどりを聴く予定だったのですが、疲れが溜まっていたためボストンに残ることにした。そこで、昨日の研究者交流会で友人に誘われたBSOのコンサートに急遽行くことにした。

といっても、今回はオーケストラではなく、歌曲であり、F.Schubert の "Winterreise (冬の旅)" のみのプログラム。
友人が「歌手はQなんとかという人」と言っていたので、行ってみればなんと Thomas Quasthoff ではないか!! 確かにQ何とかではあるが。

このドイツ出身のバス・バリトンは、6年前に卒業旅行でベルリンのシンフォニーザールでラトル指揮ベルリン・フィルのヨハネ受難曲を聴いた時、イエス役で圧倒的な存在感を示していた。かなり強烈に感動し、記憶に刻み込まれた。
実はサイトウ・キネンがマタイ受難曲を演奏した時のイエス役で、日本では一躍有名になっていたが、映像でしか見たことがなかったので、生で聴くまで凄さがわかっていなかった。
そんなクヴァストホフをもう一度聴けるとは、なんとも幸運。

冬の旅は、ボストンの暗く寒い空によく合っている。クヴァストホフの張りのある声に悲壮感が漂う。だが、冬の暗さに負けるだけではなく、春を待つ心、死にゆきながらも諦めない意志を感じた。
第一曲目の"Gute Nacht"で既に引込まれ、80分ほどの歌曲は、様々な情景を描いて、あっというまに過ぎていった。

ホールの外に出ると、やはり外は寒い。

帰り道、NYで五嶋みどりを聴いている妻から電話があった。休憩時間らしい。
みどりの一曲目は、なんと私たちが友人のチェンバロ伴奏で結婚式で演奏した、J.S.Bachのフルートとヴァイオリンとチェンバロのためのトリオソナタだったらしい。
あまり演奏会で取り上げられる曲ではないのだが、そんな記念の曲が演奏されたらしい。一緒に聴けなかったのは残念だったが、嬉しそうに報告してくれた妻の笑顔が思い浮かぶ。

春ももう近づいているのだろう。
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by flauto_sloan | 2008-02-24 18:51 | 音楽・芸術
第70回 日本人研究者交流会 - 貧困層へのアプローチ -
今日は自分が幹事をし、以前発表も行ったボストン日本人研究者交流会があった。今日の発表は、「経済発展・貧困解消のための金融」と「第一部:医者はこうして作られる、 第二部:パキスタンでの災害医療支援」 と題したもので、発展途上国の現場で何が行われているのかをビビッドに知るいい機会だった。

Brandais大学の方による「経済発展・貧困解消のための金融」は、金融機関が経済発展にどう貢献しているかを論じたうえで、マイクロファイナンスに代表される途上国での金融のありかたと今後の可能性について説明していた。マイクロファイナンス・マイクロクレジットは、グラミン銀行とその創立者ユヌス氏のノーベル平和賞受賞に代表されるように、近年非常に注目を集めている開発アプローチであるが、実態を聞くのは初めてだった。

金融機関の主要機能の一つであるクレジット。それが本質的にはらむ課題である、モラルハザードと情報の非対称性は、途上国で特に大きな問題となっているそうだ。クレジットヒストリーがなく、そもそも借金という概念もない途上国の人々に対して、普通はモラルハザードと情報の非対称性を懸念してお金を貸すことができない。だがお金があれば自立でき、経済活動が生まれうるのであれば、そういう人たちへいかに効果的にお金を貸し、自立を促し、それでいて持続可能な活動をするのか(貸し倒れリスクをコントロールするか)がマイクロクレジット機関の課題意識である。

グラミン銀行を始めとして非常に効果を挙げている一方で、マイクロファイナンス機関の乱立や、収益性といった問題も抱えている。まだ揺籃期であるこの金融システムをどう安定させていくかが今後の課題だろう。


聖路加からハーバード公衆衛生大学院へ留学している先生による、「第一部:医者はこうして作られる、 第二部:パキスタンでの災害医療支援」も、共通するテーマが含まれていた。
前半は、日本の医療制度を支えている研修医をどう教育すべきかについて、聖路加の例を挙げながら議論していった。特に印象的だったのは、米国の調査によると研修医の2割は鬱病を患い、7割はバーンアウトしているという調査結果と、鬱病を患っている研修医は医療過誤を起こしやすいという話だった。昨今の医療崩壊といった話にも繋がろう。これまで精神論が主流だった医学界でも、メンタルヘルスをどう扱うかへの関心が高まっているそうだ。

また、後半ではパキスタンの大地震後に医療ボランティアとして現地で医療活動をした経験を紹介していた。災害時の救援は、災害発生からの時間によってフェーズが異なり、それぞれで求められる医療技術が変わるそうだ。発生直後は救急医療が中心だが、半年ほど経つと、内科医療や歯科治療が中心となるそうだ。そのような現地のニーズを正しく見極め、フェーズに適した人材を派遣しないと、無駄になりかねない。貧困地での災害救助の重要性とインパクトを実感した。


懇親会では、発表者を初め、活発な意見交換が行われた。私も、日本の製造業の抱える課題と近い将来に見込まれるリスクを話したり、日米の医療教育の違いを聞いたりし、知的に大きな刺激を受けた。

やはりボストンという地に集まる、優秀な日本人研究者との議論は面白いし、目線が上がる。様々なトピックにより知識の幅も広がり、刺激的だ。幹事という立場も活かして、日本の将来のリーダーとの活発な意見交換を続けたい。
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by flauto_sloan | 2008-02-23 23:23 | ボストンでの生活
Positive Thinking
ポジティブ・シンキングという言葉があり、私のいるコンサルティング・ファームではよく言われる。何事も前向きに、プラスに捉えよ、というものだ。この言葉が社内で声高に言われるのは、ビジョンとオペレーションの両方で重要だからだ。

ビジョンにおいては、Valueという強烈な価値観で統率された組織において、その価値観を積極的に肯定することを意味する。確かに素晴らしい価値観であるので、その素晴らしさを採用活動などを通じて肯定的に喧伝していくうちに、自然と愛着が増し、無意識的に一層の肯定につながる。日本で『言霊』、欧米で "consistency effect" と呼ばれるものだ。

オペレーションにおいては、ある種の自己欺瞞を誘発し、辛い仕事や状況にも耐ええる強い心を作ることを意味する。辛い状況に陥り、めげそうになる時に、「前向きに、前向きに、ポジティブに」と考える習慣をつけておくと、辛いと感じる身体や精神からの警告を受け流せ、それを超克して働ける。その意味でポジティブな自己欺瞞であり、強靭な精神力を生み出す源泉である。

自己啓発系の本でも、この手の前向きさは多かれ少なかれ奨励されているし、会社のパートナー達を見ていても、重要なのだろうなと感じる。後輩達を見ていても、先天的に楽観的な人もいるが、後天的にポジティブになった人もいる。


ただ、私はこのポジティブ・シンキングばっかりは、結局身につけられていない。特に後者のオペレーショナルな面で。
理由としては、先天的な悲観的性格、遁世への憧れ、自己欺瞞の下手さ、云々がある。特に最期の自己欺瞞の下手さが致命的であり、自分を過小評価してしまう。

本来、自分の現在価値にはポテンシャル(将来の成長)を含めて考えるべきだろう。ファイナンスで企業が将来のキャッシュフローを現在の価値に割り戻して、企業の現在価値を測るように。個人であれば、「俺は将来ビッグになるんだぜ!! だから今はこんなバイト暮らしで修行中だ」となるべきだ。

一方、年をとって将来のポテンシャルへの精度が上がり(身の程を知り)、その価値を修正すると、(心理学的には割引率が指数型ではなく双曲型で割り引かれることもあり)、ポジティブな人ですら自分の価値を大幅に下方修正することがありうる。
ドラマなどで「俺は気づいたんだよ。もうパンクの道では成功しないって」となるのは、ポテンシャルを現実に即して下方修正し、また年を取ってその精度が急激に上がったのである。

だから、若くして一廉の人物になるか、将来を大きく強く信じ続けるかしない限り、どこかで現実の矮小な自分に気づいて落胆してしまう。こんなこともできないようでは、先が知れている、と。


最近、勉強もその他の活動もうまく回っていない。周りの友人、家族、皆に迷惑をかけてしまっている。半年でだいぶ自己欺瞞をし直して、将来に期待を寄せるようになれていたが、ここのところ(文字通り)忙しさで心を亡くし、自分が今もっているポテンシャルに目を向けず、身体からの警告を受け流せずに疲労が溜まり、さらに仕事や勉強ができなくなる、という悪循環に陥っている。


なんとか再び自己を騙せるよう、仕事をしていたときのように、ぼつぼつとつぶやく。「ポジティブに、ポジティブに、、、」
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by flauto_sloan | 2008-02-23 22:43 | Mens et Manus
月蝕
Japan Trek の打ち合わせで帰りが遅くなり、10時半ごろに寮へ戻った。
すると、何やら大勢の学生が寮の前や中庭にいるではないか。聞いてみると "Moon eclipse(月蝕)" だという。

部屋に戻って荷物を置き、さっそく私も外へ出た。
ちょうど入れ違いで皆既月食の瞬間を逃してしまったが、まだ月は欠けており、怪しく紅く染まっていた。古代の人が月蝕(および日蝕)を不吉なものと捉えていたのも肯ける。(写真はスローン生が撮り、メーリングリストに流してくれたもの)
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それにしても、さすがMITだからか、さすが独身寮だからか、あんなに沢山の人が寒空の中月蝕を見つめるとは、不思議なものだ。国籍も肌の色も思想も専門も違っていようと、たった一つの月を見て、蝕に感嘆する。自然への畏敬は共通しているのだと感じる。
尤も、アプローチは詩人か物理学者か天文学者かで異なるだろうが。
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by flauto_sloan | 2008-02-20 23:13 | ボストンでの生活
世界を知る - マクロ経済学、グローバル・マーケット
今学期に履修している「マクロ経済学」と「グローバル・マーケット」では、様々な国のケース・スタディを取り扱っていて面白い。特にアフリカ諸国はこれまで浅学にして知らなかったことが多いので、様々な驚きと共に、色々と考えさせられる。これまで取り上げた国の例としては…

  • ダイヤモンドの供給制御で世界トップクラスの高成長を遂げ、アフリカの大成功例とされながら、HIVの蔓延で国力が削がれ、いまや2020年までに労働力人口が4割減ると目されているボツワナ

  • 銅資源に恵まれ高成長を遂げながら、銅価格の乱高下と周辺国の紛争による輸出コストの増大で失速し、IMFの処方箋も政権交代も効果を挙げられず苦しむザンビア

  • 小国ながら地の利を活かし、リー・クワン・ユーのリーダーシップの下で直接投資を呼び込み驚異的な成長を遂げ、生産性の低さを指摘(成長が資本蓄積のみに拠るとの指摘)されると、直ちに知識産業の育成に舵を切る柔軟さを持つシンガポール

  • 豊富な石油資源から得られる利潤を資に、少ない労働時間を補うべくサービスを国外から買い労働者を受け入れ、工業発展よりも教育(特にイスラム教育)への投資を重視する結果、ほとんど成長をしないサウジアラビア

  • 軍事政権の反動から過度な地方分権が施され、自動車産業を中心とした直接投資を各州が過剰に奪い合い、また度重なる債務整理で信用を失った結果、国全体では直接投資の利益を逸失していたブラジル
これらの国のことを知りながら、マクロ経済のフレームワークやツールを学び、またビジネスへの意味合いを考える。無論、書物と二次経験でしか情報を得ていないので、まだまだ世界の片鱗を齧っている程度だが、それでも視野が広がるのが楽しい。

先進国で、しかも大企業相手のコンサルティングをしていると、ともすればビジネス(特に金融や情報産業)はグローバル化、或いはボーダーレス化が進む、という進化の先端にばかり目をやってしまう。確かに経済活動の規模や成長性で考えると、それは正しい注意の向け方だろう。

しかしまだまだ多くの国では、資源や労働集約的な産業(非サービス産業)に頼った経済であり、地政学的な視点が重要だ。マラッカ海峡の門番たるシンガポールの発展と、内陸であるがために周辺国の紛争で銅輸出が滞ったザンビアの失速を見て強く感じる。

ではそのビジネスへの意味合いは何だろうか。まだ勉強が始まったばかりなので、答えを性急に求めはしないが、様々な国から集まったクラスメート(これらの授業は途上国出身の履修者が多い)、それに日本が誇る商社マンの同期達に色々と話を聞き、見識を広めていきたい。
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by flauto_sloan | 2008-02-19 23:17 | MITでの学び(MBA)
チームメンバーの帰郷
今学期からはコアチームが解散したので、クラスごとにスタディーチームを作る。まだ組んでいないクラスもあるが、組んだものではアジア系と組むことが多い。アメリカ人と組んだチームもあるが、どうもアジア人(それも特に韓国人)とは同胞意識が高いので、気楽に組んでしまう。経験の多様性の観点からは、これからもう少し国籍をばらして組んでみよう。

オペレーション入門のクラスでは韓国人のSL君と二人のチームを組んだ。彼は私とは別のコンサルティング会社出身(ソウルオフィス)で、職務経験が同じくらい。自然と話が合う。寮でも同じ階のすぐ近くに住んでいるので、よくご飯も一緒に食べる。

そんな彼が、ソウルへ帰郷した。この秋からめでたくMITスローンへの進学が決まった恋人と、急遽結婚式を挙げるためだ。学期の途中だが、今週一週間はソウルに滞在するらしい。

折りしも休日明けの明日は、オペレーションの宿題提出日。評価の20%と高い比重を占めるレポートなので、気合を入れないといけない。彼は忙しいから、私が分析をリードし、ドラフトを書いて送り、今朝スカイプで電話会議をし、内容を確認し議論する。はずだったのだが…

・・・連絡が取れない。
時差もあるが、おそらく親族への挨拶やら結婚式準備やらで大忙しなのだろう。式には300人くらい呼ぶと言っていた気がする。それを一週間でやってしまうのだから、まあ宿題に割ける時間はなかなかないだろう。

人生きっての慶事と、たかだか一教科の宿題一つ。その軽重を誤るようでは、むしろそちらの方が困るというもの。

とはいえ、これは引き出物の一つでも貰わないとなぁ……
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by flauto_sloan | 2008-02-18 22:34 | 交友
MET - Carmen -
METでG.Bizetの"Carmen"を聴いて来た。全体としてよかったが、初めてのMETで聴いたフィガロの結婚はまだ超えられていない。

カルメンはいつ聴いても楽しい。生まれて2枚目に手にしたCDは、バーンスタイン/NYPの「カルメン」と「アルルの女」組曲であった。小学生の時からもう何百回と繰り返し聴き、私の感性の土台の一部となっている(とはいえ、他にバーンスタインはあまり聴かないのだが)
オペラとしては中学生の時に、カラヤン/パリ・オペラ座の名演をLDで観て衝撃を受けた。年齢に若干無理がありつつも、妖艶で神秘的(というか魔性というか)なバルツァのカルメン、美青年だった3大テノールのカレーラス、そして計算された完璧な響きを織り成すカラヤンという、これ以上ない顔ぶれ。パリ・オペラ座の伸びやかな音色も素晴らしい。観ても聴いても素晴らしいこの公演を刷り込んでしまったため、初めてライブ(二期会)で観たときは、感動的だったミカエラのアリア以外はいまひとつ乗り切れなかった。


そしてMETでのカルメン。

ちょっと頼りなげなドン・ホセ(ジプシー女のカルメンに誘惑され、婚約者ミカエラも兵士の職も捨てて、密輸入者に身を落とし、挙句の果てにストーカーになる困った主人公)は、なかなか上手い。ミカエラは健気な感じが出ている。将校は助平な感じがよく出ているし、実は上手い。さあ、カルメンの出番だ・・・

あれ・・・

カルメン・・・・・・?

え、このおばさんが・・・・・・??

なんだか、巨体でずうずうしそうで、どすどすと歩いて、我が強くて、恥じらいなどまるでない、言うなれば大阪のおばちゃんみたいなカルメンが登場。
ハバネラを歌うも、あまりこの人に恋をしたいという感情は起きない。

目を瞑って聴くと、歌はかなり技術的に上手いし、声質もかなりよいのだが、役柄を意識してかねちっこく歌いすぎているし、フランス語だからといって鼻にかける発声も耳につく。上手いのに感動できないという、観客も歌手も不幸な状況だった。

話が進んでも、やはりこのカルメンには惚れられない。ミカエラ役が可愛いだけに、ミスキャストな印象が拭えなかった。いくらオペラは歌が主体とはいえ…

じゃあせめてミカエラが可憐な恋心と、一握りの勇気で婚約者を探す、第3幕のアリアに期待しよう、と待った。二期会の時は鳥肌が立つほど素晴らしいアリアで、すっかり好きな歌になっている。
・・・しかし、このミカエラは可憐じゃない。神にすがるまでもなく勇気がありすぎる。上手いのだが、やはり情感が状況にあっておらず残念。

エスカミッロはチョイ悪風なおじさん。闘牛士を現役でやるには年を取りすぎている。

カルメンの最期も、太いだけあってホセのナイフがなかなか刺さっていないようだった。


…今回のキャストは皆、歌の技術は高く、声質も良く、全体にレベルが高かった。曲の楽しさもあり、非常に楽しく満足した演奏会だった。

ただ、その中で突出するような存在感のある歌手が(カルメン含めて)いなかったのと、視覚的に感情移入できなかったのとで、若干の物足りなさはあった。主役が傑出していたフィガロの結婚の方が、キャストにムラがありながらも、感動が強かったのと対照的だ。

やはり総合芸術であるオペラは、完璧な公演に出会うのは難しいのだろう。

…それにしても、マリア・カラスのカルメンの映像が残っていて欲しかったものだ…
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by flauto_sloan | 2008-02-17 01:47 | 音楽・芸術