MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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IAP - Living an Extraordinary Life
3日間9時間にわたり、"Living an Extraordinary Life" という授業を受けた。その名が示唆する通りの自己啓発、もといリーダーシップの授業で、Handel Group というコーチング会社がSTSのスポンサーで行っている。
「自分へのルール」と「告白」とによって、自分を欺瞞・偽善から解き放ち、誠実で楽しい人生を送ろう、というのがテーマだ。この類のセミナーに出るのは初めてだが (まあ私の会社も強烈な価値観を身につけ実践する点で似ているが)、予想以上に面白かった。

Handel GroupはIAPで教えるのは3年目で、MITではSloan Fellows に授業を持ち、他に企業の経営層向けのプライベート・コーチングや、NYUなど教育機関・大学でのコーチング授業を行っている。MITではエンジニアのリーダーシップ養成のために、授業として導入したく、まずはIAPで試行しているようである。前年度参加者からの口コミで参加した人が殆どなのも特徴的。
人数は70人だったが、2日目からは40人くらいに落ち着いた。事前の宿題と、毎日宿題が出るので少し重い。

授業の詳細は省略するが、ポイントを書き残しておく。
内容は、1) 自分や他人についている嘘や言い訳を直視し、2) その言い訳を生み出したセオリー(建前、理屈)をよりよい人生の価値観へと変え、実践のための「自分へのルール」を作り、3) 嘘をついている人に真実を「告白」し、許しを請う、という3つを実践する。と書くと短いのだが、それを納得し実践の第一歩を踏むためには、強烈なキャラクターの講師と、3日間9時間が必要だった。

1) 嘘や言い訳の直視
人生における18の側面(家族、恋愛、キャリア、経済状況など)について自己採点し、点数が低い場合は理由を考える。自分を多角的に見つめると、欠点だらけで暗くなる。

そして授業で指摘されるのは、理由として挙げたのの多くは嘘(lie)または言い訳(excuse/justification)といったBS (Bullshit)だということ。尤もらしい説明がついても、所詮は自分を正当化する言い訳に過ぎない。そこで次の式が成り立つ
いい人 = 「Xという約束」+「Yという結果」
     +「その理由」+「悲しい思い」
しかし、真実はXをするはずがYしかできなかったという事実だけで、後者二つは嘘に過ぎない。

2) 新しいセオリーと自分へのルール
それら嘘や言い訳は、自分の中のセオリー(建前、信念)から来ている。そのセオリーを直視し、本当にそれが正しいのか批判し、必要に応じ変える。
セオリーを生んだのは、自分が Chicken (臆病者)かBrat (駄々っ子) だからである。だからそれを変えるには勇気と諦めが必要だが、この価値観を変えないと前に進めない。
作り出した新しいセオリーを自分に根付かせるために、アクションアイテムを作り、自分にルールを課していく。
例えばある女性の参加者がこう言った。
「自分は育った文化が違うから、友達ができない」と。ここで真実は「友達を作りたいが、できない」である。「文化が違う」は言い訳で、正当化するセオリーは「友情は同じ文化にしか芽生えない」である。
これを疑い、なぜこのセオリーをでっち上げたか自問すると、真の原因は「友達ができないのは、自分から話しかけたり、食事やイベントに誘っていないから」だと分かった。本当は自覚していたが、直面したくない自分である。
ならば新しいセオリーは「自分から積極的に周りの人を誘えば友達になれる」であり、一歩踏み出すためのアクションアイテムとして、「2日に1回は周りの人とご飯を食べる」を設定する。さらに自分へのルールとして、「もし守れなかったら$50をルームメイトに払う」を設ける
また、自信は自分がコミットした約束を守ることで生まれる。少しずつ約束を達成した領域を増やせば、自信を持った幸せな人生を作れる。
それは自分が作家となって自分の人生を執筆することであり、ただ自分を(嘘を含めて)自分に報告するだけの天気予報とは異なる

3) 真実の「告白」
自分の嘘を暴いて前に進むのと同じように、自分が他人へついている嘘もつまびらかにし、告白する。言いにくいことでも、言ったら関係を壊してしまいそうなことでも、勇気を出して言ってしまえば、お互いに偽善、誤解やわだかまりが無くなり、誠実な関係が残る。

そして多くの場合、両親とその関係が自分の性格や価値観に影響している。そこで両親に直面することが非常に大事だ。両親は自分から変わることは難しいので、子供の世代が両親を変えなければならない。


そうして自分の周りに対して全ての嘘を告白し、誠実な関係だけになれ、自分で執筆する人生で自信が持てれば、そこに "The Extraordinary Life" がある


感想
1)と2) は、コンサルティングの問題解決アプローチと似通っており(人は変化に抵抗するために、無限に言い訳を作り出す)、それ自体で目から鱗は落ちなかった。

ただ実際に自分自身を対象に、18もの角度から分析し、自分の中のセオリー集を見るのは始めてであった。当然自分の中身なので、一つ一つは分かり切っているが、俯瞰すると色々見えてくる。如何に情けない自己欺瞞をしているのかも。この授業を取らなかったら、自発的にそこまで自分の中身を(汚いところまで)覗くことはしなかっただろう

結果、いくつかのアクションアイテムとルールを作った。一辺にはできないので、少しずつ始めることにする。恥ずかしいのでここに公言はしない。

3) の告白については、若干講師個人の強烈な価値観、つまり嘘はそれ自体悪であり、また契約によって自分を縛るべきだ、という考えが感じられ、すんなり受け入れられはしなかった。ただ他の参加者が実践した結果を聞き、どれ自分も少しやってみようと思った。どうなるか不安ではある。

ただ個人的に、嘘が悪で誠実が善だとは必ずしも思わない。嘘については最近の興味分野なのでいずれゆっくり書くが、いずれにせよ嘘についての一つの信念とその帰結を知ったのは面白かった。


9時間と宿題は正直言ってかなり負担だったが、面白い体験をしたいならお勧めの授業だ。上記の手法や理屈は文字で読んでも面白くなく、授業に参加して体験することに意味があった
また、講師の強烈なキャラクターは、「ポジションを取る(旗幟を鮮明にする)」ことの重要さと威力を、嫌が応にも教えてくれた。

来年もあるはずなので、興味がある方は是非。
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by flauto_sloan | 2008-01-31 23:18 | MITでの学び(非MBA)
鍋を囲む
秋学期を振り返ると、思ったほど友人と親しくなれていないことに気がついた。
日本人とはMITの内外で随分と交流の輪を広げたが、日本人以外はいまひとつ。コアチームとは仲良くなたものの、せっかく寮にいるのに寮友とはあまり繋がれていない。

そこで、同じ寮にいるスローン生とご飯を食べることから始めようと思い、鍋をつつくことにした。まずは得意なフィールドに引き込むところから。

日本で鍋の素をいくつか買って帰り、寮の共有キッチン(私の寮室の隣にある)で鍋を作り、同じクラスで寮に住む友人に声をかけた。結果、香港人、韓国人、中華系カナダ人の3人が来てくれた。もっと呼びたかった気もするが、話は4人くらいが面白い。
寄せ鍋と胡麻仕立ての鍋をつつき、様々な話を楽しみながら楽しい時間を過ごした。やはり同じ釜(鍋)の飯を食べないと。

香港人バンカーの女性がしきりに「日本では女性は主婦として食事を作るんじゃないの? それが美徳と聞いてたけれど、若い世代は男性も料理をするの?」と聞いてくる。いまや「私作る人、僕食べる人」の時代じゃない旨伝え、自分も家でよく料理すると言うと「日本の男性を見直したわ」とのこと。

この調子で、世界ベスト60にも入っていない日本人男性の魅力向上に一役買わねば(ちなみに日本人女性は16位)。
(私も国際競争力が低いのか、一度だけしかアメリカ人女性に告白されたことがない。尤も、相手はまだ4歳の同僚の娘だったが*…)

ともあれ、準備にはそれなりに時間はかかったが、料理は作り慣れているので苦痛ではない。皆喜んでくれ、是非また食べようということになった。徐々に人数を広げ、様々なレパートリーで食事会をするのもいいものだ。

* 何人かに「紫の上」計画をすべきだったのにと言われたが、別にそこまでしなくても…
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by flauto_sloan | 2008-01-30 22:25 | 交友
スーツケースの受難再び
無事に日本から帰国した…と言いたいところだが、そうはいかない。
前回のカンクン旅行でAAによって1日半到着が遅れたスーツケースがまた災難にあってしまった。

ANAでNYのJFK空港に到着後、IAPの授業に駆けつけるため、Delta Shuttle でボストンへ。スーツケースを、日本から持ってきたキャリーバッグと共にチェックイン。NYの時点ではまだ無事だった。
そしてボストンのローガン空港に着くと、何故かキャリーバッグだけしか出てこない。あれが来ないと、妻に頼まれていたヨックモックの詰め合わせアンリ・シャルパンティエのフィナンシエ豊島屋の「きざはし」を届けられない。
夫婦の危機。

とはいえ、2度目なのであまり驚かず(もう紛失を織り込んでしまっている)、紛失窓口へ。1時間に1本飛ぶシャトルだけあり、午後には到着し、家まで送ってくれるとのこと。

夜9時過ぎに寮へスーツケースが届けられると、"Inspected" と書かれた運輸保安局のテープでぐるぐる巻きになっている・・・
不安とスーツケースを抱えて部屋に戻ると… やはり鍵を壊されていた。

c0131701_0102484.jpg後で聞いたところによると、トランスファーする場合は鍵をかけてはいけないらしい。鍵をかけずにバンドで巻いておかないと、今回のように怪しまれて鍵をこじ開けられることがあるそうだ。

「きざはし」好きの麻薬探査犬が吠えたのか、WiiがX線で起爆装置に見えたのか、何故かは分からないが検査対象になったものは仕方がない。
旅行保険が効くか調べたが、公権力の行使による損傷や紛失は対象外のようで、どうやら諦めざるを得ないようだ…

かくして、1月に2度も災難に遭った私のスーツケースは役目を終えた。
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by flauto_sloan | 2008-01-29 23:47 | 旅行
禍福は糾える縄の如し、とはよく喩えたもので、慶ばしい結婚式の日の深夜、長患いをしていた義理の祖父に不幸があった。

米寿を過ぎた大往生であった。可愛がっていた私の妻の花嫁姿を見届けて、安堵したのだろうか、式の翌月から体調を崩し始めていたという。
数日しかなかった私の滞在中に亡くなり、お通夜だけにでも参列できたのは偶然だろうか。余りお目にかかる機会はなかったのだが、最後のご挨拶を行えたのは不幸中の幸いだろう。

思えば実の祖父達は皆、私の生まれる前に他界していたので、人生での唯一の祖父であった。そんな祖父が、生前最後に私に言った言葉は、忘れられない。

「泣くんじゃないよ」

結婚式の最後、家族へ感謝の言葉を贈った際、これまでの親の苦労を偲び、感極まって涙ぐんでしまったときに、親族席で丁度私の傍にいた祖父がそう言った。小さい声ではあったが、力強い声だった。周りは気づいていなかったが、私にはしっかりと届いた。
そう、目出度い場で、これから前に進むべき場に涙は似合わない。未来を見据える目は涙に曇らせてはいけない。生きるには笑いが必要だし相応しい。そんな人生訓だったように思う。

それを私に伝えた祖父は、痩せこけたが安らかな顔で、仏になった。
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by flauto_sloan | 2008-01-28 21:34 | 家族
従妹の結婚式は、楽しく、でも少し寂しさが胸の内に残った。

c0131701_12314166.jpg2つ違いで家も近く、幼い時から妹のように可愛がっていた従妹だけに、式の前には祝福する気持ちと、実の妹を嫁に送るかのような寂しい気持ちが入り混じった、複雑な心地だった。
でも従妹のウェディングドレス姿は、贔屓目とはいえとても美しく、ベールに包まれた幸せそうな笑みを見ると、まだ記憶に新しい自分の結婚式が重なって見えて、とても幸せな心地だけが残った。

お相手は立志伝中の創業者で知られる企業のCEO秘書。性格も非常によさそうな好青年で、そのCEOの薫陶を受けていけば、一角の人物たり得るだろう。彼なら従妹を幸せにできるだろう。

初めて親族席から臨む披露宴は、いつもと景色が異なった。新郎新婦から一番遠いところにいながら、一番近くに感じる。上司や友人からの温かい言葉や余興からも、二人がいかに愛されているかが伝わる。
最後に従妹が両親に宛てた手紙を読み上げると、両親を尊敬し愛するその言葉ひとつひとつが、叔父叔母に共感する自分にも届き、胸が熱くなった。


家族は愛で構成されている。哲学者がなんと言おうと、進化論学者や生物学者がどう断じようと、統計学者がどう分析しようと、素直に胸でそう感じた。
自分の結婚式の時は、皆に祝福されて嬉しかったし、家族を創る喜びに溢れていた。その稀有な経験と感情を経て、いま従妹の結婚式を見、改めて自分を振り返ると、幸せなのだとつくづく思う。

落ち込んだり世間を恨んだりしたこともあったが、愛には恵まれていた。ある尊敬すべき親しい人に、かつて「あなたは幸せなのですが、それに気づいていませんね」と言われたことがあった。はて本当に自分は幸せなのかと、それ以来自問し続けた。漸く答えが出たと思う。

この思いを忘れず、妻を、両親を、家族を愛し、孝行していこう。
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by flauto_sloan | 2008-01-27 22:30 | 家族
元同期との集い
義姉の家にお土産を渡し、甥っ子とペットのトイプードルと遊んだ後、夜に会社の元同期4人で集まった。私が日本食が恋しかろうという計らいで、北陸料理を囲炉裏を囲んで食べる、粋なお店にしてくれた。多謝。

偶然にも美しい女性3人に囲まれた*。特にそのうち一人が近日結婚予定であり、式には参加できないため、その場を借りてお祝いを述べることが出来てよかった。今回の一時帰国は、つくづく結婚がメインテーマだ。


皆転職後も非常に頑張っていて、輝いている。凛とした美しさはやはり、内面から沸き起こるものだと思う。みな苦労をしてきたこともよく知っているだけに、今の活躍は素直に嬉しいし、刺激になる。さらに現在の仕事だけではなく、将来に何をしたいのかも、皆どんどん発展していて、益々面白く素敵だ。

思えば自分の同期は、大半の人がやりたいことと実現に向けたプランを持ち、早めに次のステップへ踏み出した人が比較的多かった。だが世界中に散らばってからも(実際、転職先職場や留学先は先進国から途上国まで多岐に渡った)、折を見ては集まり、お互いに刺激を受けながら、楽しく支えあっている。

早くから転職先で活躍している同期を見ていたため、キャリアの広がりを早くから意識でき、いつまで何をするために会社に残るべきかも意識できた。


留学と結婚を契機に自分の将来を考える今、根を共にしつつ異業種で活躍する彼女たちを見て、勇気や安心感が生まれた。私は留学後は復職するつもりだが、自分が本当は何をやりたいのかを模索する上で、彼彼女らは佳き相談相手である。ひょっとしたらいつかどこかでビジネスパートナーになるかもしれない。そんな同期を持てて、幸せだと思う。

あと、東男に京女と謂われるが、やっぱり京都弁を話す女性は色香があると思う**。


* その3人がこのブログを読むことが予想される
** 一番仲のよい同期が京都育ちで、「もう、ややわぁ」みたいな京都弁を話してもらったら…萌えた

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by flauto_sloan | 2008-01-27 02:28 | 交友
刎頚の交わり
東大訪問にて、親友とアメリカと日本の違いについて、カレーを食べながら色々と話した。彼はロシアに留学していたので、話していると東と極東と西の文化比較となり、面白い。

高校の時と同じように、猫の目のように話題は移り、硬と軟、抽象と具体、ボケと突っ込み、と会話が流転して進む。高校のときのような青臭さと反骨精神は、大分薄れたが失われず、知識と経験が増えた分、会話も面白い*

本当に知的好奇心が旺盛で、専門分野が大きく異なる友人との議論は楽しい。お互いに論点を整理しながら議論を誘発し、アイディアが深まっていく。

お互いを尊敬し合い、何でも話し合える親友は財産だ。
だがそんな親友を得るためには、自分を全て曝け出し、同時に相手の裸の考えや感情にも目を背けずに直視しないといけない。それは恥ずかしく恐ろしい過程だが、それができれば、例え一日出会えただけの友でも親友と呼べる。

ビジネスパーソンというペルソナを被り、自己顕示欲と自尊心(または真の自分を自分でも直視したくない恐怖心)が積み重なった今、そんな親友は益々得難くなっている。これまでに得た親友は大事にし、新しい親友を、日本人であろうとなかろうと、どれだけ増やせるか。菅鮑の交わり、刎頚の交わりという言葉があるように、親友の存在も生き甲斐となろう。

* 文化比較から米国の教育について触れ、そしてMBA教育の紹介としてファイナンスや経済学の話になり、そこから市場とは何かについて話す。労働市場へ転じて格差社会を論じ、今後のビジネスや社会を動かすドライバーは何かを考え、「物語」の重要性、果ては「嘘」の社会的ビジネス的意味合いまで語り合った。こう題目だけ残しても意味はないが、まるで専攻の異なる彼の興味と質問に触発されて、色々と面白い議論ができた
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by flauto_sloan | 2008-01-25 23:17 | 交友
大学にて
c0131701_1211951.jpg高校以来の大親友と会うため、彼がいる東大を訪れた。久々に訪れた東大は、創立130年を祝っていた。だが遠く昌平坂学問所から連なる歴史以上に、最高学府が誇りに思っているのは、ついに東大に訪れた科学分野でのノーベル賞であったようだ。

c0131701_1213684.jpg先日ニュートリノの項でも触れた、東大初の理系ノーベル賞受賞者、小柴教授の名を冠した「小柴ホール」が建てられ、赤門近くにはスーパーカミオカンデに使用されている光電子増倍管の実物が展示されている。嬉しさと誇りが伝わってくる。

大学も独立行政法人化で、予算獲得や研究成果の社会的・経済的意義の向上、そして何より、より優秀な学生獲得へ関心を深めている。

MITという世界有数の理系学府から見て感じる(特に数値データ等に基づくものではない)のは、日本の大学の競争力の低さである。日本が良い研究をしていない訳では決してない。が、Made in Japan の優れた工業製品が世界シェアで劣後するように、日本の大学も国際競争では、構造的優位性を確立した米国の大学に負けているのだろう。東大が世界ランキング何位だとか、日本は高校までの知的水準は世界トップクラスだが大学で逆転されるだとか、これまでも様々に議論がなされていた。

だが何より、優れた研究成果を生み出す仕組み・仕掛けで負けている。荒っぽく言うと、研究成果というアウトプットは、平衡論的には、インプット - 優秀な学生および新規アイディア - と、プロセス - より高い確度でより価値の高い結果を出す仕組み - によって決まる。
さらに速度論的には、プロセスの循環(インプット→プロセッシング→アウトプット: 次のインプット→プロセッシング→…)のスピードは、反応を促進する触媒や、熱 - 研究者の意欲 - によって決まる。
そしてある研究成果が他の研究へ次々と影響を及ぼしていくと、連鎖反応が起き、イノベーションがイノベーションを励起する。
MITのあるケンブリッジ地区は、まさにそのようなイノベーションの連鎖反応が起きうるような仕組みが出来ているように見える。先人の知恵と苦労の賜物であるが。


インプットを高める優秀な留学生獲得競争では、これまでずっと米国が最強で、日本は劣位にある。今後は中国やインドの存在感も増すだろう(特にインドのインド工科大学IITは、MITやCalTechにとって脅威となるだろう)。

日本語で大学院教育まで行える驚嘆すべき教育インフラは、日本人研究者(及びかつてはアジアからの留学生)の質と量の増加に貢献したが、逆に言語障壁となって、留学生の取り込みには不利に働きうる。東大は大学院の一部でTOEFLを入学試験に取り入れ、新たな試みを行っている。所謂「世界標準」により、少なくとも世界の学生の出願対象の俎上に乗る確率は上がるだろう。


そしてボストンでは、情報を集約し、より高いアウトプットに繋げる仕掛け・仕組みが整っている。ハーバードとMITを始め、様々な大学や研究機関がクラスターを形成し、情報が公式非公式に共有される。研究者は専門の周辺領域を俯瞰できるまでの知識を得うる。自分が知らない課題にも、大ボストンのどこかにエキスパートがいるので、協業できれば解決しやすい。

さらにこのイノベーションを加速させる仕組みが出来上がっている。MITの100Kコンテスト*などの起業家精神を刺激する仕組みや、VCやエンジェル等投資家へのアクセスの容易さ、そして研究成果を企業活動へ結びつけるブリッジング機能(メディアラボなど)がある。これらが人口400万の地域に集約され、凄まじいスピードとパワーで知的生産を促進している。

こうした、平衡論的にも速度論的にも優れた技術クラスターは、ボストン、シリコンバレー、バンガロール、ザクセンなど世界で発生している*2。豊田/名古屋も優れたクラスターだろう。だが東京は都市が巨大過ぎるためか、波及効果が大きくイノベーションを加速するようなクラスターが充分育っていないように思える。


では日本の教育機関がどうすべきか、教育の専門家ではないので上記程度の分析から提言するのはおこがましい。
ただ、より高いアウトプットが生じる平衡状態へ移るには、インプットとして質・量共に飽和している日本人に加え、優秀な留学生を惹き付けることが急務だろう。速度を速めるには、物理的な人的交流が進む仕掛けの埋め込み(具体策には創造力が験される)、触媒のようにアイディアの共有・利用を促す知的所有権の枠組みや、より実務的な企業の巻き込みなど、知的生産が早く成果を出すための障壁を押し下げる仕組みが必要だろう。


ボストンなど世界のクラスターから学べることもまだまだ多いだろう。小宮山学長が押進めた東大の改革を、後任学長がどう継続していくのかは興味深い。
ノーベル賞受賞者を記念するオブジェや建物が、今後増え続けることを切に願う。


* 学生が研究成果を活かしてビジネスモデルを考案し、競争して賞金の10万ドルを目指すコンテスト
*2 クラスターの形成要因は様々に言われる。中心となる大学や企業の存在は必要条件であろうが、他にも「住みやすさ」なども要因となりうる(バンガロールは住環境のよさでエンジニアが自然と集まり、コミュニティが出来、クラスターへ発展したといわれる)

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by flauto_sloan | 2008-01-25 22:18 | MITでの学び(非MBA)
結婚と仕事
従妹の結婚式参加のために、単身で一時帰国。ボストンでは折りしもSloan日本人生の勉強会および新年会、Vogel 塾の懇親会、日本人研究者交流会とイベントが目白押しで予定されていたが、残念ながら全て参加できず。妹同然の従妹が最優先なので仕方ない。

人生を送る上で、結婚とは、家族とは何だろうか、というのを色々と考えさせられる帰国だった。自分の結婚、周りの人の結婚、それらの人生における意義。結婚という二文字に対する千差万別な解釈と実行形態。果て自分の結婚とは如何なるものであり、如何にしていきたいのか。

到着翌日は、昨年結婚された先輩と会い、お祝いを面と向かって申し上げた。この先輩とは、色々な意味で最も過酷で苛烈なプロジェクトを生き延び、戦友といえる。8ヶ月に亘る長期プロジェクト期間中、毎日のようにご飯を一緒に食べ、色々なことを話した(愚痴も多かったが)。

そんな先輩もついに結婚を、奇しくも私と同じ会場でされ、忙しいながらも楽しい家庭を築いているようで嬉しい。尤も、PEに勤める旦那さん(この方には入社前にかなりお世話になった)が、新婚旅行中もビーチで仕事をし続けていたというエピソードには驚いたが…


四方山話をしながら、結婚がキャリアに対してどう影響するのだろうかと考えた。

結婚せずに時間を目一杯使って精力的に様々な活動をする人もいるし、結婚してもあまり何も変わらず夜遅くまで仕事をしている人もいる。これらの人たちは、自分の志が高いがゆえに、結婚がトッププライオリティではないようにも見える。それだけの志を覚悟を持って生きている様は尊敬に値する。

一方、結婚することで、家族との生活を含め自分の幸福や生き甲斐を高めることに、人生の目的を括り直す人も多い。そう括り直すと、現在の仕事への姿勢だけではなく、将来の自分の姿も変わりうる。

現在の仕事に対しては、家族との時間を作るために、仕事の質を落とさずに如何に効率的に進めるかを一層考えることになる。結果、必要以上にプロジェクトの範囲を広げすぎず、意思決定も早くかつムダを排除した結論を志向する。結果として報告書は厚くなくなるかもしれないが、質は落ちず、チームも健康的になる。結婚を機とした業務効率の見直しが上手くいくケースは、他の先輩でも散見される。効率化できるだけのスキルを既に身につけていた、というのが背景にはあるだろうが。

また将来の自分の姿も、こと共働きの場合は、範囲或いはリスク許容度を広げて考えられるように見える。苦労も喜びも分かち合えることで、新しいことにリスクをとって挑戦できる余裕が生まれるのではないか。独身者の「失うものが何もないから無茶できる」リスクのとり方ではなく、「自分のことを理解・信頼してくれる人がいるので、信念に挑戦できる」という余裕か。勿論これには配偶者の収入を当てにしている側面はあるだろう。それでもよいではないか、皆が皆、生まれついてのリスクテイカーではないのだから。

自分の結婚を振り返ると後者である。仕事と家庭の両立を志し、配偶者の存在で将来の視野が広がった。自分独りで世界を変えよう、という気概に欠けているからか、働きながら自分を育てた母親を見てきたからか。いずれにせよ、結婚で仕事への観点はさらに変わり、余裕を持って仕事をしよう、と考えるようになった。


その後は、妻の職場を訪問した。

妻の留学前の上司にご挨拶をするとともに、経理課に保険証を貰いに行った。丁度午前中に歯医者に行ったため、保険証が必要だったのだ。
(MITメディカルの歯医者に行ったところ、高い上に治療後むしろ歯が痛くなってしまい、信頼している行きつけの日本の歯医者に診てもらった。アメリカの歯医者については色々言いたいが、それは後日)
私は社費留学だが留学中は無給なので、妻の扶養家族となっている。だから保険証も妻のものなのだ。恐らく人生で二度とない(と信じたい)、この「扶養夫」の身分も、先程の「家族と仕事を併せた人生の目標設定」「将来へのリスク許容増大」に一役買っているのは間違いないだろう。意識するしないに拠らず。
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by flauto_sloan | 2008-01-24 01:58 | 家族
Law & Order
渡米して以来、最もよく観るテレビ番組は "Law & Order" という犯罪ものだ。このドラマは1990年に始まり、NYを舞台に、犯罪発生から捜査、立件、裁判、そして陪審員による評決まで、犯罪に関わる一連の流れを最後まで取り上げており、その中で奮闘する刑事や検察官を主人公にしている。徐々に人気が高まり、現在では殺人などの重大犯罪を取り扱う "Law & Order: Criminal Intent" と、性犯罪を取り扱う "Law & Order: Special Victims Unit" がスピンオフし、3シリーズで行われている。

Criminal Intent はより刑事ドラマに近くなってしまい、裁判まで描かれることは殆ど無くなったが、Special Victims Unit は未だに裁判まで描かれ、法廷で意外な事実が分かったり、陪審員による評決での逆転があったりと、単なる刑事物に納まりきらないダイナミックなドラマがある。

ストーリー自体も、アメリカが抱える様々な課題(人種差別、同性愛者差別、生命倫理、果ては人身売買まで)を取り扱い、深く面白い筋書きとなっている。登場人物の私生活は殆ど直接的には描かれず、時折明かされる真実から性格や生い立ちを覗うのもまた興味深い(主人公の警察官が実は母親がレイプされて生まれた子供であったり、別の警察官は連続犯罪者が実の父の可能性があったり等)。

ディテールは(恐らく)かなりリアルに描かれており、刑事と検察官がどのようなやりとり、協力をしていくのかもよくわかる。日本では聞き慣れない司法取引もよく出てくる。リアルさを追求するため、法律用語も頻出する。恐らく、訴訟社会の米国において、刑事裁判に関する国民の意識と知識(裁判リテラシーとでもいうべきもの)を高めるのに多大な貢献をしていたであろうことは想像できる。尤も、さらに訴訟社会が加速されたのかもしれないが。


妻の通うコロンビア大学*1ロースクールでは、刑事訴訟法の最初の授業で「"Law & Order" でこんな場面を見たことがあるでしょうが…」と教授が説明したほどに、人気があり広く知られたドラマである。いきおい、ロースクールに通う妻がファンになって観続け、私もNYにいる時は一緒になって観ている。サンクスギビングやクリスマスの時期には "Law & Order Marathon" と称して、一日中過去のエピソードを連続で流し続ける放送局もある。実際、10話くらい観続けたこともあった。意味を知らない単語は片っ端から妻に聞くので、おかげでcustody (親権) やplead guilty (罪状を認める) など、馴染みのなかった用語も大分覚えてきた。


日本にはこのような、犯罪に関する流れを分かり易く追ったドラマは殆どないが、いよいよ裁判員制度が導入される日本でも、国民が裁判をより身近なものと捉え、主体性・当事者意識を持って関わっていくために、このようなドラマ、あるいはそれに類するメディアコンテンツがあってもよいのではないか。実際、ベストセラー「裁判官の爆笑お言葉集」や、ゲーム「逆転裁判」シリーズなど*2、裁判を身近にする動きは最近活発化している。日本でさらに一歩推し進めるならば、テレビドラマと漫画だろうか。

もはや時代は遠山の金さんや大岡越前といった権力者側がお白洲で裁く時代でもなければ、裁判官だけが裁く時代でもない。国民が自ら裁判に関与し、無罪か有罪か、量刑はどれくらいかを決める時代を迎えるにあたり、裁判リテラシーをあげていく必要がある。


余談だが、裁判員制度の導入によって、新たなビジネスも生まれるだろう。特に考えられるのは、米国の陪審員コンサルタントに相当する「裁判員コンサルタント」だろう。映画「ニューオリンズ・トライアル」などにも描かれているが、弁護士と協力して、裁判員の思想や信条を調べて(法的な範囲での調査に加え、選定時の挙動や質問への返答を心理学・行動科学的に分析することも含む)、裁判の内容に合わせて誰を残し誰を外すかの助言をする仕事である。アメリカのノウハウを日本の文脈(社会背景や思想の広がりなど)に落とし込めるプロが何人かいれば、それなりのビジネスを行えるだろう。

誰かやりませんか?

*1 劇中でしばしば登場する "Hudson University" という架空の大学のモデル
*2 裁判を傍聴した方は知っていると思うが、日本の裁判で裁判長は木槌を持っていない。ゲーム「逆転裁判」は面白いのだが、たとえば重大事件でも裁判長が一人で木槌を打つなど、ディテールで誤解を生む要素があるのが残念

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by flauto_sloan | 2008-01-21 21:35 | NYでの生活