MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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2200年にどう思い出されるのか
昨日のRed Sox観戦で11時過ぎまで半袖でいたら、風邪を引いてしまいました…

そんな今日、JaRANというボストン在住の研究者ネットワークの会合に出席してきました。
パネリストとして、5人の日本人研究者の方がいらしたのですが、大きな感銘を受けたのはMIT Media Labの石井裕教授でした。

39歳の時にMITに招聘されて以来、「タンジブル・ビッツ」という全く独創的な概念を研究・実践し世界をリードする石井教授は、非常に厳しく真剣な方で、妥協を許さず人生を駆け抜けているその生き様からのメッセージは重く、自戒させられるものでした。備忘のため、心に残ったいくつかのメッセージを書きとめておきます。(参考)。

1. 姿勢について
独創

全く新しい、本質的なものを発することが重要。Incremental な研究が多すぎる。改良や編集による研究には限界がある。

協創
分業するのではなく、各人が分野を跨いでこそ意味がある。各々がartist, engineer, businessman, architect となる

プロセス
Imagin/realize, critique/reflect, iterate のプロセスを真剣にやり続ける。宮沢賢治の詩集の本質は、9ポイントの活版印刷にではなく、苦悩に満ちた手書き原稿にある

競創
出すぎた杭は誰も打てない
。出る杭はうたれる、が、どう打たれ続けても生き残れなければいけない。頭蓋骨を強くするだけでなく、徹底したスパイクを作る

飢餓
生き残るための燃料は飢餓である。飽食の環境で研究はできない。命の最後のぎりぎりの飢餓感を持てていない日本人は負けてしまう

屈辱
屈辱をエネルギーに変えることが重要。屈辱を感じるためには、誇りが必要
誇りを持って屈辱に耐え、最後までやりきるためには情念(パッション)が要る

何故
常に何故なのか、と問い続け、本質まで辿り着くことが重要。3回、5回と何故かと繰り返し粘着質のように自問することで、何を聞かれても大丈夫なレベルにまで達する
換言すれば、考えを哲学のレベルにまで引き上げないといけない

未来
2200年の未来の人たちに何を残すのか。どう思い出されたいか

未来について真剣に考えれば、何をすべきかが見えてくる


2. プロセスについて
Visual Thinking
高度な知的作業には、「見る・書く・考える」が一体化できる環境がないと、本質に辿り着けない。その環境には、visual, spatial, holisticという特性が必要。
本当に新しいもの、重要なものがlinearであるはずがなく、従ってテキストで書けることと本質的に異なる。常にズームイン・ズームアウトができ、ダイナミックに表現できることが必要。
そのような、知的作業のための方法論を自ら確立することが重要

コミュニケーション
自分のアイディアを人に伝え、理解してもらえない限り何も始まらない。
相手の価値観、思考、ベクトルを理解した上で、相手に自分の考えがわかるような形に、自分の考えを変換(コンバート)する

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特に、2200年の人類に何を残すのか。その問いが重いものでした。
立命館の木棚先生が最後に Max Planckの言葉を引用していました。
「学問の真の勝負は、論敵を負かすことではない。後世が自分の為したことを当然の前提として考えてくれるようにすることである」

研究者の道から、実業の世界へと転進した今、2200年の人類に何を残せるのでしょうか。
研究者を志していたときは、まさにMax Planckの言う通りのことを考えていました。物事の本質を捉え続け、名を残す。後世が自分の肩に乗って、少しでも遠くまで見晴らせるような礎を作る、そう信念を持っていました。

それが今実業をし、長くても3年程度しか見通せないと言われる現代の市場を相手に奮戦し、2000年初頭の人類のみを相手にして毎日を過ごしています。
自ら研究をしなくなり、音楽の道も諦め、何か残せるのでしょうか。

まだ答えは見出せていませんが、必ずあるはずです。
そのために、日々を消費するのではなく、投資し続け、真剣に己を深めなければ。
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by flauto_sloan | 2007-09-30 02:23 | Guest Speakers
Let's go Red Sox!!
松坂が15勝目でレッドソックスは12年ぶりの地区優勝です!
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今日、Fenway Park に行き、Boston Red Soxの試合を見てきました。
同級生のH君に「今日は松坂が登板なので、当日券で見に来るといいよ」と誘われ、S君の家族と一緒にFenwayへ。

19時プレイボールで、17時ごろに到着すると、長い長い当日券待ちの行列があり、席が残るか不安ながらも並びました。
18時半ごろに、急に列が動かなくなり、「さては当日券がなくなったか?」と不安に思っていると、球場の人が「$150以上のチケットしか残っていない」と言ってきたので、構わず買って無事入場しました(以前ヤンキースの試合をブローカーから買ったときは$200くらいしました…)。
並んでいるときに、日本の某テレビ局の取材を受け、「今日レッドソックスが勝ってヤンキースが勝てば地区優勝ですね。どう思いますか」と聞かれて、初めて今日はそんなに重要な試合だと知りました…

c0131701_14303433.jpgFenwayは比較的小さい球場で、左翼に有名な「グリーンモンスター」と呼ばれる巨大な壁があります。マスコットのWally君は、この壁をモチーフにした、セサミストリートっぽいキャラクターです。
重要な試合だけあって、観客のほとんどは真っ赤なレッドソックスファン。松坂の好投や、初回から順調に重ねる得点で、球場はすぐに大興奮に包まれました。

c0131701_14311877.jpg米国の野球ファンは、プレーに対する賛辞と非難の差が激しく、容赦なく拍手とブーイングを使い分けます。応援しているレッドソックスの選手でさえも、打席に入るときに大歓声を送るプレーヤーと、ブーイングで迎えるプレーヤーとがはっきりと分かれます。
このあたりのメリハリが、なかなか厳しいものだと思いながら見ていました。

c0131701_1432392.jpg松坂は一失点をしたものの、8回まで安定した好投でツインズ打線を抑え込み、9回には守護神パペルボンが登場し、見事に4-1で勝利。
胸のすくような快勝に、球場は興奮と歓声で大揺れ。
そしてレッドソックスの優勝は、ニューヨーク・ヤンキースとバルチモア・オリオールズの勝負の結果次第に。

c0131701_14331593.jpgコアなファンは試合終了後も球場に残り、バックスクリーンに映し出されるヤンキースの試合を、固唾を飲んで見入っていました。そのスクリーンの横には、"Let's see if the Orioles can work some magic"の文字が。まさに皆そんな心境でした。
というのも、レッドソックスの試合終了時には、7回裏でヤンキースが9-6とリードしており、このままヤンキースが勝ってしまいそうな状況だったのです。でもレッドソックスファンは優勝を信じ、オリオールズに対して "Let's go Orioles!" の声援を遠くFenwayから送り続けました。

奇跡が起きました

9-6のまま迎えた9回裏、オリオールズがヤンキースの守護神リベラを捉えだし、ヒット、デッドボール、ヒットで2アウト満塁に。
レッドソックスファンは絶叫してオリオールズに声援を送り続けます。
そして、スクリーンに映し出されたのは鋭い長打。走者一掃、値千金のヒットでついに同点に。そしてそのまま延長戦へ。
10回表はフォアボールを許したものの見事に抑え、10回裏は先頭打者が3ベースヒット。好打順だったため敬遠で満塁策を取り、1アウト満塁という絶好のチャンス。
でもここでオリオールズはなんと三振。2アウトで、Fenwayはちょっといらだった雰囲気に…
しかしそんなムードを打ち破り、渋くスクイズで念願のサヨナラ勝ち。

この瞬間、12年ぶりのRed SoxのAmerican League East Champion が決まりました。

c0131701_14335281.jpg試合終了から1時間、みな優勝を信じて、オリオールズに声援を、ヤンキースには罵声とブーイングを送り続け、そして結実した優勝。
もう、スタジアムは大興奮です。
一体何人の人と抱き合い、ハイタッチをし、喜びを分かち合ったか。

c0131701_14342360.jpgそして選手たちがグラウンドへ現れ、シャンパンを次々と開けてかけあい、勝利に酔いしれました。
何人かの選手は客席の方まで来て、ファンに向かってシャンパンを浴びせました。私も勝利の美酒を分けてもらえ、大満足です。
日本のような胴上げはありませんが、選手とファンとが一体になって喜びあう、素晴らしい瞬間に立ち会えました。

球場の外も、もう大混乱でした。
クラクションをリズムよく鳴らして優勝を祝う車、バーから溢れて騒ぐファン。
さすがは阪神のような球団だけあり、街をあげての祝賀会でした。

ボストン一年目、それも初めてのRed Sox戦が、松坂の勝利による地区優勝とは、まさに幸運です。
このままワールドシリーズ制覇まで突っ走ってほしいです。
Let's go Red Sox!!
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by flauto_sloan | 2007-09-29 01:59 | ボストンでの生活
Sloan + HBS
Harvard Business School の人たちと飲んできました。
HBSの人たちは、Sloanよりも快活で体育会系のノリの人が多いように思いました。これは独身者の割合の違いにも起因しているのかもしれません。みな人物であり、流石に話していて面白いものがありました。これからも交流を深めていきたいものです。

様々な話をしたのですが、授業に関する話が最も興味深く、SloanとHBSの違いを良くも悪くも感じました。
授業が全てケーススタディで進められ、成績に対するプレッシャーも重いHBSでは、さすがにケースでの議論の深まり方、生徒の参加・貢献の仕方がSloanのそれとは全く異なり、深い洞察に満ちた議論になるようです。一方でSloanは定量的な分析手法なり理論なりをしっかりと学んで身につけていくのには適した授業の進め方ですが、定量分析の結果の数字にどのような意味を見出すのかについての議論は改善の余地を感じます。


HBSでは、生徒が自分のポジション(旗幟)を明確にして、互いの論点に自分の意見を重畳させながら、より深い議論へと到達していくそうです。そのためには優れたファシリテーターたる教授と、多様なバックグラウンドを持ち議論を好む生徒が必要です。HBSにはそれらを満たすための仕組みがあるようです。

ファイナンスや会計といった定量的な分野でさえもケースで授業が行われ、生徒は1つのケースに2時間以上の予習が必要だそうです。そうして事前に洞察し、自分なりの考え、ポジションを持った上で授業に臨みます。教授はSloanのような研究者肌というよりは、優れたファシリテーターであり、うまく生徒の意見を引き出し、対立する意見のグループを醸成し、対話を促して議論の質を高めていくスキルを備えています。

授業の後半ではアクション・プランと呼ばれる、「あなたならどう決断したか、行動したか」に関する議論が行われるそうで、そこでは生徒が多様なバックグラウンド・経験に基づいて、ポジションを明確にした、もしくはユニークな視点からの意見を述べていくことで、お互いから学びあい、マネージャーたるものの考え方、スキルを学んでいくそうです。

一方で定量的な分析などは、必要とされてはいますが、あくまで判断のためのツールであり、授業の本質ではなく、ゴリゴリと分析していくスキルは必ずしも十分な蓄積はされていないのではないか、との意見がありました。


方やSloanは、基本的に数量分析を多く学び、予習も重要ですがそれ以上に復習と宿題が中心で、学んだことを手を動かして身につけていくというスタンスです(まさにMens et Manus)。そこでの学び、習得知識は大きく、これまで断片的に何となく学んでいた知識も、非常に速いスピードで理解し、智慧にまで高められて血肉となっている実感があります。

反面、ケースも時折使っているのですが、そこでの議論も数量的な分析の説明や確認が多く、では分析結果をもとにどう考察するのか、マネージャーとして何を考えるべきか、どう決断を下すべきかに関する議論はHBSのような深みまでは至っていないと感じます。

お互いの意見をぶつけあい、重畳して深めていくプロセスに慣れていない生徒が多く、また教授陣もそこを十分に上手くモデレートしていないように思えます(もちろん上手い教授もいますが)。そのため、発言も単発であることが多く、たまにいいことを誰かが言っても、そこからさらに深めていくことが少ないです。発言内容も、自分のバックグラウンドや経験に基づいた重みのあるものよりも、教科書的な、あるいは前後の発言から脊髄反射的に口をついて出たものが比較的多いように思えます。ケース議論の深め方は、今後Sloanとして強化していく余地が多いと思います。

生徒もHBSはプロフェッショナル・ファーム(コンサルティングや投資銀行など)が多いのに対し、MITはエンジニア出身が多く、この構成も議論の質・スピードや数字へのこだわりに影響があると思います*

ただ、これらの授業形態、教授、生徒の違いは、授業を通じて何を身につけさせるのかという、各学校の目的意識の違いに由来するため、どちらがいい悪いというものではありません。
むしろそれぞれの学校を選ぶ生徒が、何を求めるのかによって、好き嫌いが現れるものです。
個人的には、数値をしっかりおさえて地に足の着いた議論をする方が好きなので、MITで楽んでおります。とはいえ、来年にでも一度HBSの授業を取ってみて、ケースの醍醐味も味わってみたいと思いました。
今後もケンブリッジ同士、仲良くしていきたいコミュニティでした。


* あるインテルの半導体設計技術者の友人は、統計の授業で教授が「この現象の確率分布は数学的に解けないので、シミュレーションをするしかない」と言ったところ、「いや、数学的に解ける」と主張し、授業の後で黒板に数式を書いて教授と議論していました。さすがにHBSにここまで数字・数式にこだわる人は少ないようです
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by flauto_sloan | 2007-09-28 01:54 | 交友
Indian Pelicans 飲み
毎週水曜の夜は、BHP (Beacon Hill Pub)というイベントがあり、スローン生がビーコンヒルで飲んで騒ぎます。
昨日のBHPの前に、私のチーム、Indian Pelicans(クラスがIndian Ocean で、チーム名が Pelicans)で集まり、ビーコンヒルに住んでいるPatrickの家で飲みました。
チームで集まって飲むのは初めてで、プライベートな話も色々できたいい機会でした。

レバノン系アメリカ人のPatrickは、生まれる前にお母さんが中東紛争に巻き込まれ、撃たれたことがあり(幸い銃弾は当たらなかった)、それで家族で米国に移住したという、平和な日本では想像できない家族の歴史を持っています。

実はチームにイスラエル人もいてなかなか政治的に微妙なのですが、Patrickが明るいこともあり、変に緊張することもなく、イスラエル人のItaiは大学時代にSenateだったり、徴兵時には実戦部隊にいたり(彼曰く、ビジネススクールに来るような頭脳優秀な人は、普通諜報部など情報関連部隊に行くので、10人のイスラエル人留学生で彼だけが実戦部隊出身らしい)、といった話をしていました。

中国系アメリカ人のEileenは中秋の名月を祝う話をし、チリ人のNachoはチリがいかにいい国かを力説していました。

私は、日本は単一民族の均一な社会に見えるが、その中で様々な文化や言葉、時には容姿の違いがあることなどを話していました。すると、「知ってる。アイヌという先住民がいるんだろう?」とのコメントが。「先住民」というのは南北アメリカ的発想であり正しくないのですが、果たして私は彼らの国について、アイヌの存在を知っているのと同程度までよく知っているのだろうか、と自問させられました。
いい機会なので、他国の歴史・文化を学んでいこうと思います。

このように国籍も人種も多様なため、チームミーティングでもなかなか個性豊かな発言や行動が見られ、面白いチームです。今回飲んで、さらに仲良くなったのはいい機会でした。
こうして、「語れる」関係を築き上げていきたいものです。
来週はItaiの家に呼ばれていて、とても楽しみです。
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by flauto_sloan | 2007-09-27 19:05 | 交友
Web2.0
今日のランチタイムに、Boston Consulting Group のシニアディレクターのPhilip Evans氏が来て、Web2.0 に関する講演をしました。日本でも「ウェブ進化論」など様々な本が出版された、今後のビジネスおよびテクノロジーの最重要テーマの一つであり、楽しみにしていったところ、期待を裏切らないものでした。

Web2.0が騒がれ始めてから時を経て、様々な形態、ビジネスモデルのベンチャーが登場した結果、何が本質なのかという議論がだいぶ深まった感があります。

彼によれば、Web2.0は3つの要素が複合した結果生まれてきた領域で、その3つとは
1. 基礎となるテクノロジーの発展: 特に広帯域化とコネクティビティの進化
2. 自由度の高いアーキテクチャ: "small pieces loosely joined"
3. コミュニティの発達: 特にIP(知的所有権)の共有、賛辞によるモチベーション、Reputationの可視化による信頼の醸成

特に3.のコミュニティ化が面白く、これまでは売り手と買い手だけだった関係に、中間層が登場(というよりも顕在化)し、その中間層もコンテンツやコミュニティの発展への「貢献」に対し様々なレベルで関与しています。

BCGの分類では、貢献度の低いほうからその動機付けを consumption; fun/sense of community; skill building; reputation/advertisement; stand-alone product profits としています。
Linuxのハッカーに関する動機の調査では、reputation 21%, skill-building 21%, fun 25% だったそうです。

つまり、買い手だった人が売り手にもなり、あるいはその中間の貢献者にもなりうる。このゆるやかな遷移が生じる仕組みが、Web2.0である、とのことでした。

その仕組みに重要なのが、APIといったIPの共有やモジュール化と言った、いいアイディアがあればそれを簡単かつ低コストで実現することができるアーキテクチャの存在です。

例として出されていた、trulia という不動産仲介サービスは、全国の不動産屋に対して簡単に物件情報をアップロードできるようなAPIを利用し、さらにGoogle mapを組み合わせた結果、消費者が不動産に関する様々な情報および立地を、一括で検索・比較できるようにしたものです。
これなど、様々に公開されている技術を組み合わせて、アイディアを実現したものです。そのBCGの方が
「APIの組み合わせを表にして、まだ埋まっていないところを見つけてそれをビジネスにすれば、すぐにチャンスを掴んでMBAなんて取らなくてもよくなるよ(笑)」
と言っていたのが印象的でした。

他にもebayなどのreputationシステムなどに言及しましたが、最後に彼が挙げた例が非常に興味をそそりました。

INNOcentive という企業があり、製薬会社などの大企業が、自社のR&Dで解決できない課題を"Seeker"としてINNOcentiveに登録すると、"Solver"として登録している7000人超の科学者がそれらを見て、解決法を提供するというものです(もちろんその過程には秘密保持契約や、成功報酬がありますが)。
この仕組みによって、23%の課題が解決され、しかもSolverが解決にかけた時間は平均して80時間だそうです(大企業のR&Dが長い時間をかけて解けなかった問題をです)。その結果、ROI(投資対効果)は2000%という驚異的な数字を記録しています。
その中には、製薬会社の問題を固体物理の学者が解いた、というように、バックグラウンドの多様性が為せる結果だったものもあるそうです。

ここでのポイントは、Solverが勝手に問題を見つけて、解決するということです。様々なバックグラウンドの人が、色々な興味レベルで(上記のfunからreputationまで)問題を探して取り組み、解決をする生態系を作り出しています。その結果、自由な形でinnovationが起きているのです。


私がMITで学びたいテーマである、技術(およびそれを持つ科学者・技術者)をどのように流動化し、その技術を求めている企業や研究所とマッチングする「市場」を形成するのか、そこへの重要なポイントだと思いました。非常に興味深いテーマです。
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by flauto_sloan | 2007-09-25 14:00 | Guest Speakers
Japan C-function
Japan Week と Japan C-function
9月20日の木曜の夜に、Japan C-function が盛大に執り行われました。C-functionとはMIT Sloanが毎月行う交流イベントで、毎回どこかの国または地域が主催し、食べ物や文化を紹介するというものです*1。その記念すべき第一回目の担当が日本でした。
c0131701_3193740.jpg17日からの月曜からの一週間を"Japan Week"と題して、トヨタからゲストスピーカーを呼んだり、特製Tシャツを販売したりと、様々なイベントで盛り上げていきました。一年生は浴衣姿で学校へ行き、授業ではかなり目立っていました。そのため、人によっては教授に指されやすくなるのではないかと戦々恐々としていたようです。私も浴衣で自転車通学をしましたが、友人からの受けはかなりよかったです。
このような宣伝活動と、昨年 "the best c-function" をとった実績とで、当日はSloan史上最高の900人超という来場者数を記録し*2、会場から溢れんばかりの超満員でした。c0131701_330377.jpg会場は熱気に包まれ、お寿司を楽しむ人、たこ焼きを訝しげに見ながらも食べてみる人、麒麟麦酒をあおる人、折り紙に挑戦する人、「男弐衛留(ダニエル)」のように漢字で名前を書いてもらう人… 世界中からの留学生が、日本の文化に触れて楽しみ、興奮していました。
そして盛り上がりを続ける中で、メインイベントである、我々一年生による日本文化紹介のパフォーマンスが始まりました。三部構成で日本の文化を多面的に面白く伝えようというものでした。


Class of 2009 による日本紹介
c0131701_3113969.jpg第一部は東京の最先端(?)文化紹介
で、山手線の駅々で様々な登場人物が現れ、パフォーマンスをし、日本文化に対するアメリカ人Jasonの疑問に答えながら日本を紹介するというもの。真剣な顔で電車の中で漫画を読み続ける丸の内のサラリーマン。そこへ相撲取りが入ってきて四股を踏むと、その勢いで飛び上がるサラリーマン…
ここで予期せぬ事態が発生! 飛び上がったサラリーマンが着地した瞬間、木製の椅子が勢いよく壊れてしまい、サラリーマンが尻餅をついてしまいました。大慌てで楽屋から椅子を出して置き直す日本人学生。不測の事態にもかかわらず、数秒で劇が再開するその様は、さながらF-1のピットのような手際のよさ。さすがは日本人でした。
c0131701_3312281.jpgその後は侍が登場したり、新橋の酔っ払いサラリーマンが頭にネクタイを巻いて登場したり、ヤンキーが絡んできたり(ちなみに私はヤンキー役でした。リーゼントが長すぎて友人には私だと認識してもらえなかったようです…)、アキバ系アイドルとその写真をとりまくるオタクが登場して、会場に「萌えー」と言わせたり… 次々とテンポよく現れる様々な人物とその寸劇に、会場からは大喝采でした。

第二部はNHKのコメディ「サラリーマンNEO」の人気コーナー、サラリーマン体操。3人のサラリーマンが、仕事に役立つ(?)ための動きを取り入れた体操を踊るというもの。実際にSさんがピアノを弾き、サラリーマンが前半後半の二組に分かれて出演しました。私は後半の3人のメンバーでした。
係長、課長、部長…と偉くなるほどにお辞儀の角度がどんどん大きくなり、社長には勢い余ってでんぐり返しをしてお辞儀をするという体操や、様々な名刺の渡し方… ばっちりとスーツを着て、髪を7:3に分けたサラリーマンたちが繰りなす動作に、会場は大うけでした。一糸乱れず、真剣に変な動きをし続ける日本人に対して、笑いながら感動してくれていたようです。

c0131701_31497.jpgそして第三部は、流行のBilly’s Boot Campから。Kazさんがビリー役で会場を盛り上げつつ、クラスごとにメンバーを紹介してきました。サラリーマン体操が「静」ならこちらは「動」のパフォーマンス。そしてこちらでも一糸乱れぬ統率の取れた日本人たち。各クラスの名前(Atlanticなど海の名前)を呼び上げると、会場の同じクラスの友人から大歓声。最後は万歳三唱で幕を下ろしました。

c0131701_3315859.jpgハプニングを乗り越え、会場の喝采を浴びて大成功でした。着替えて会場に戻ると、友人たちから次々と”great!” ”fantastic!” ”awesome!” 等々、大絶賛のコメントをもらいました。12月に同じくC-functionを予定している親しい韓国人達からは「日本人が最初なのに完璧すぎて、ハードルが高くなってしまったよ」と、困惑しつつも賞賛されました。


Japan C-function がもたらしたもの
この一大イベントを終えてみると、覚めやらぬ達成感と共に、二つの大事なものを得たことに気づきました。クラスの他の友人からの信頼と、日本人学生の間での信頼です。

翌日の金曜は、クラスの皆に「昨日は最高だったよ!」と次々に言われ、クラス内でのプレゼンスが一気に上がりました。二年生の先輩に「日本人は最初言葉の壁もあってクラスに打ち解けにくいかもしれないけど、この最初のC-functionで頑張れば頑張るほど、その日を境にクラスでの評価が大きく変わるよ」と言われていましたが、確かに実感。オタク役のAさんに至ってはクラスで友人に ”Moe!” と言われた程、インパクトを与えられたそうです。

6月から取り組み始めたこのJapan C-functionは、まさに一つのプロジェクトでした。皆で知恵を出し合い、どんな演目をするのか、もっと面白くできないか、真剣に議論し続け、アイディアが固まってくると、何度も練習を重ねて動きを揃え、さらに改善を重ねていく… その中では、みんなが得意分野やスキルを発揮し、お互いを信頼しあってよりよいものを作り上げていく。ピアノと体操がずれるなど、想定されるトラブルへの対処方法も検討し(それでも不測の事態が起きてしまった)、最後は本番前に円陣を組んで気合を入れる。最高のチームワークでした。ここでの活躍によって、何人かには「ビリー」「監督」「部長」といった呼び名もできました(笑)

木曜の夜は興奮冷めやらぬまま、Harvard Squareで二年生と打ち上げをし、昨日の金曜はビデオ上映会兼一年生打ち上げを行いました。Sidney-Pacific のラウンジの大画面液晶テレビに映し出される自分たちのパフォーマンスで大笑いし、感動し、これまでの努力を労いました。宿題に追われながらも練習を重ね、かなり疲労が溜まりはしましたが、一年生の間の結束を固め、クラスの他の友人との絆も深められ、その努力はまさに報われました。みな一つの大仕事を成し遂げた達成感でいっぱいです。

幸い今度の月曜はMITの休日。楽しい気分でゆっくりと休むことにします。


*1 名前は経済学の消費係数(consumption function)に由来し、一晩で酒を大量消費してしまおう、というもの
*2 飲酒年齢であることを示すリボンを受付に900本用意していたにもかかわらず、足りなくなったことから1000名近くの来場者があったと思われる

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by flauto_sloan | 2007-09-22 13:20 | 交友
米大学での勉強は週60時間
予習の手を休めて、しばし休憩(早く寝たほうがいい気もしますが)。
授業が始まって間もないのですが、MITの厳しさは評判どおりで、日々宿題と予習に追われています。

c0131701_15505137.jpgちなみに、Economicsの教授によると、コアタームの作業量(赤線)と、それによるフラストレーション(青線)は右図のようになるそうです。
指数関数的に増大する作業量、そして迎える中間試験。
一山越えても、決して楽にはならず、そのまま冬休みまで一直線。
コアチームで助け合わないと、なかなか乗り切るのが難しそうです。
そんな米国の大学の勉強についての紹介です。


初歩の初歩から一気に加速
父親がかつて米国のあるIvy League校で教鞭を執っていたため、昔から日米の大学教育の違いについては聞かされてきました。

米国の大学の一つの特徴として、授業は初歩の初歩から始まります。
DMDという統計の授業では、高校生レベルの確率の話から始まりますし、経済学も極めてベーシックなところから始まります。
そのため、多少なりとも予備知識があると、つい油断してしまいますが、授業は一気に加速していきます。

これは、教授が授業のシラバスを設計する際に、全く予備知識がない人もいることを前提に組まなければならないからです。
米国の大学は転籍が多いので、どんなバックグラウンドの生徒でも入ってこれるようにしなければなりません。そのため、基礎の基礎から入るわけです。
ただし、そこで教える基礎の基礎は直ちに習得することが求められ、次の授業ではさらに発展し、回を追うごとに一気に高度になっていきます。
そのため、生徒に求められることが二つあります。

一つは、週60時間の勉強
もう一つは、授業中での質問です。


週60時間
留学前に父から私たち夫婦が言われたメッセージは次の一言でした。
「週60時間以上勉強すること」

入学が困難で卒業が容易な日本の大学と異なり、入学が比較的容易で卒業が困難な米国の大学では、生徒に相当の勉強量を期待します。
父の言に拠ると、教授側はカリキュラムを組む際に、週60時間以上の勉強をするものとして設計するため、かなりの分量を課してきます。
そのため、授業についていけないという学生に対しては、「週に何時間勉強しているのか?」が最初の質問として尋ねられます。
そこで60時間以下の場合は、決まった答えとして「まず60時間勉強し、それでも分からないのなら改めて来なさい」と言われるそうです(少なくとも父はそうしていたらしい)

60時間とはなかなかの分量です。
Sloanの図書館は朝8時30分から夜23時まで開いているので、夜に予定がない日はだいたい籠っているのですが、たしかにそのくらい勉強しないとなかなか大変なものがあります。
MBAの目的の一つでもあるネットワーキングもしようとすると、睡眠時間に皺寄せが来てしまいます。私は睡眠は4時間半でよいのですが、それを切ることもしばしば。
とはいえ、勉強は楽しいので苦にはなっていません。
読書百遍、意自ずから通ず、と謂いますし、分厚いテキストと仲良くしています。


授業中の質問
先日、"He is quiet in the class" = "He is dull" と書きました。
各授業で新しく教える内容は、一見簡単に思えても完全に理解せねばならず、そのため勝手な思い込みを排して、質問をして徹底的にその場で習得する必要があります。
アメリカ人からの授業中の質問には、鋭いものもあれば「なんでそんな自明なことをわざわざ聞くんだろう」と思えるようなものもありますが、それは自明だろうと質問・確認しなければならないことがわかっているためです。

アジア系(韓国や中国)留学生と話していると、
「質問をするからには、高度で的を射た質問でないと」
という意識が強いです(実際私もその傾向がまだまだあります)。
ここはアメリカなのだし、意識を変えないといけませんね…


以上のような父からのアドバイスをもとに、勉学に邁進することにいたします。
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by flauto_sloan | 2007-09-18 03:31 | MITでの学び(MBA)
2週間を終えて - 経済学、組織論
授業が始まってちょうど2週間が経ちました。
噂には聞いていましたが、Sloanのコアターム(必修科目のみで構成される最初の学期)は勉強する量が半端じゃなく多く、さらにこれが今後増えていくので、なかなか身が引き締まる思いです。
学びて時に之を習う、また説ばしからずや、
ということで、そんな2週間での学びの習いです。

全般
各科目とも、非常に基礎的なことから入ったために内容的にはまだ難しくないのですが、いずれも単なる講義ではなく、ケース・スタディなどを通じて「経営者の視点」を養っているところが面白いです。
中でも面白かった科目が経済学と組織論でした。

Economics (ミクロ経済学)
今学期で一番面白い授業になりそうです。
経済学をきちんと体系立てて学ぶのは初めてなのですが、元コンサルタントのベルギー人、Van den Steen教授の語り口が明快でわかりやすく、楽しみながら授業を受けています。
驚いたのは、宿題は中身を採点せず、とりあえず提出されていれば満点をつける、と宣言したこと。通常宿題はコアチームで議論していくのですが、そこで多様な視点を誰もが持ち込めるよう、完全にrisk free な環境を提供しているのです! 素晴らしい英断です。

内容に関しては、教授の「経済学はビジネスにおける根幹であり、決して古びることはない」という信念の下に、理論(授業)と実践(課題)を組み合わせた、まさに文系における Mans et Menus を体現したシラバスとなっています。

まずは市場の定義を議論し、市場の境界を定める4つの要素(製品・サービスの差別化、情報、利用方法・環境、ゲームのルール)について議論しました。
次に完全競争市場の需要供給曲線を説明し、そのまま一気に関税の市場への影響を、アメリカ政府が輸入砂糖に課した関税(本質的には割当)のケース・スタディを通じて議論しました。
学んだことをそのままケースを使って議論することで、いかに実社会に経済学のモデルが適応できるのかを感じ取ることができ、刺激的でした。


Organization Processes (組織論)
「MIT Sloanの生徒は、数字に強いがソフトスキルに弱い」という定説を覆すべく導入された授業で、人間・組織がどのようなダイナミクスで動くのかを学ぶと共に、実際に企業に対してプロジェクトを提案し、組織課題を炙り出すという実践も伴ったものです。
髭が似合った Mortensen 教授は語り口が面白く、授業を聞いていてどんどん引き込まれ、クラスメート間の議論も活発になっていきます。

最初の授業では、組織を看る上での三つの視点=レンズである、
- 戦略的レンズ: 論理的に、組織の目標や戦略がどう定まり、動いているかを見る視点
- 政治的レンズ: 利害関係者間でどのように興味が異なり、力が作用しているかを見る視点
- 文化的レンズ: 事象に対し、文化に根ざした態度や信条によってどのような意味が与えられるのかを見る視点
を学び、実際にケースを使ってある企業の組織を分析しました。
konpeさんも書いていましたが、この視点は組織のコンサルティングで我々が使っている7Sフレームワークによく似ています。さて、両方を知った上でどうプロジェクトを進めていこうかと、楽しみにしています。

最初の授業で取り上げたケースは、MBAホルダーを重要プロジェクトのリーダーに任命したら、社内政治に全く疎く、プロジェクトが破綻寸前になりました。さてどうする? というもの。
これからMBAをとって活躍するぞ、と意気込む生徒たちに冷や水を浴びせる、このケースの選び方が好きです。
議論の中で、マネジャーたる者、職分を確実にするためには上司もマネージしなければならない。また、チームを信頼しつつも、勝手にしゃべらせて何か出てくるのを待っているだけでは職務を全うしていない、ゆえにもっと直接指示出しをしていかないとならない、と改めて考えさせられました。

次の授業では人間が判断をする上での「バイアス」に関して学びました。「人間は理性的ではない。ただしある条件下では、理性的たり得る」というメッセージに始まり、さまざまなバイアスで如何に人間が誤った判断をするのかを、実例を示しながら説明し、「これらのバイアスの存在を知ることで、利用することもできるし、同時に自分の身を守ることができる」と教わりました。
そこで示した例というのが、1週間前に授業中に行ったクイズでした。巧妙に設計されたこのクイズの結果、Sloan生でもすっかりバイアスの罠にかかっていることが示され、クラスは「あぁー、してやられた」という空気に包まれました…

たとえば、「自社製品の主要部品の価格をサプライヤと交渉することになりました。交渉にはAプランとBプランとがあります」の後に、半分の生徒には
「Aプランは必ず4億円(実際は$4M)損しますが、Bプランなら2/3の確率で6億円損をし、1/3の確率で全く損害を出さないで済みます」
もう半分には「Aプランは必ず2億円利益がでますが、Bプランなら1/3の確率で6億円の利益がでるものの、2/3の確率で利益がでません。」
さて、結果はどうなったか…

同じ事象でも、損か得かを先に「フレーミング(枠組み付け)」されてしまうと、異なる判断を示す、という例でした。つまり、損するケースでは多数がBで1/3に賭ける一方、得するケースではAの利益確定を志向しました。
このような例がどんどん示され、楽しみつつ色々な心理的陥穽を学びました。

その他のファイナンス、統計/意思決定、会計については後述します。
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by flauto_sloan | 2007-09-15 11:23 | MITでの学び(MBA)
Sodium drop顛末記
MITの文化でもっとも有名なものが "hack" です。
人に危害を加えないいたずらをするというもので、先日のMIT museumの項でも少し触れましたが、歴史的にさまざまな工夫が凝らされています(詳細は後日)。

他にも学部生のイベントには、色々なものを高いところから落とす "drop"というものがあります。
一番有名なものが毎年4月に行われる "Piano drop" というもので、Baker House という寮の屋上からピアノを落とし、みんなでわいわい観賞するというものです(音楽家の端くれの私には、見ていて切ないものがありますが)。

そして、9月の新入生歓迎の時期のとある深夜に行われるのが、"Sodium drop" です。
これはその名の通り、ナトリウム(英語でsodium)を橋の上からチャールズ川へ投げ込むという遊びです。
ナトリウムはアルカリ金属で極めて反応性に富むため、水と反応して爆発します(そして水酸化ナトリウム水溶液ができるわけですね)。
その爆発を見て騒ぐ、というイベントです。

今年も先日あったらしいのですが(残念、見にいけませんでした)、それが前代未聞の事件へ発展しました(まだ捜査中ですが)。
http://www-tech.mit.edu/V127/N37/sodiumdrop.html
"The Tech" という学内紙によると、Sodium drop の後、チャールズ川を清掃しているボランティアがボストン川の岸辺にて謎の金属片を見つけ、濡れたゴミ回収箱に入れたところ爆発し、5人が負傷したということです。その金属こそがナトリウムでした。
常識的に考えて、危険物であるナトリウムがその辺に転がっていることはあり得ないので、警察がMITのsodium dropと関係があるとして捜査しているそうです(意図的に置いたのではなく、事故だろうとしている)。
ちなみに、その爆発の映像はこちらです。毎年YouTubeに載っていたのですが、事件後すべて削除されました。

この事件がもとで、sodium dropの文化はなくなるかもしれませんね。
まあMIT生なら、新たなストレス発散のイベントを考えそうですが。
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by flauto_sloan | 2007-09-12 10:57 | MIT文化
MITでのメンタルヘルス
MIT Sloan生活(特に初期)における精神的ストレス
多くの日本人留学生にとって、言葉も文化も違うアメリカで、英語で授業を受け、チームと議論をすることはかなりのストレスです。さらには就職活動や家庭や個人の事情も加わると、自覚している以上にプレッシャーがかかり、精神的に追い込まれることもあります。

日本語であれば議論や発言に自信があるのに、英語であるためになかなか議論に参加できない、あるいはなにか発言しても意図が伝わらず、ありきたりのことに聞こえてしまう… 友達を作りに来たのに、パーティーなどでうまく立ち回れない…

これはSloanに来るほどのキャリアを積んできた人には、かなりのショックだと思います。
MIT Sloan生活の柱である授業とネットワーキングが、皮肉にもストレスの源泉となってしまっているのです。

私もこれまで何度と英語で仕事をしてきたのですが、話し方のプロトコル(決まりごと) があり、話す内容も共有できていた職場と異なり、授業ではなかなかいいタイミングでいい発言ができずに苦労しています。教材を読む時間もレポートを書く時間もネイティブの人の3倍くらいかかるため、予習復習に追われ(今後ますます追われることになると思われる)、余裕を持って思考することがなかなかできません。

一方でネットワーキングのためのパーティーや集まりも多く、そこでは米国世渡り二大要素の、コネ作りと自己アピールが求められます。英語で友人やコネを作ることも、なかなかにストレスです。あまり自分をアピールできず、存在感が示せなかった暁には、勉強の時間を割いてまで何やっていたのだろう、という暗い気持ちになります。

ある友人は英国留学したとき、授業が全然分からず、毎日寝ずに泣きながら必死に勉強した、と言っていました。私もかつて初めて海外プロジェクトに参加したとき、英語での仕事のコミュニケーションのプロトコル習得と、自分の価値のアピールができるまでの2-3週間は、自分がチームの中でのお荷物のような存在な気がして、苦悶し、挫けそうになったことがありました。そこでの免疫があるので、今の状況もある程度予測できていて、まあなんとかなっているのですが、なかなか精神的にきつい時期です。

このような辛さは同期や先輩の話を聞いている限り、殆どの日本人Sloan生が多かれ少なかれ感じており(あるいはかつて感じていた)、勉強会などの活動をして、みんなで乗り切ろうという動きもでています。とはいえ、精神の健康は自覚しにくい深刻な問題です。万が一のときのために、MITはメンタルヘルスに関する様々な対策を講じています

MITにおけるメンタルヘルス対策 (Newsweek 8/27号)
MITは1990年から2001年の11年間で11人の学生が自殺しており、残念ながら他の学校に比べ高い割合です。2000年に女学生が寮の自室で焼身自殺を図ったことで、MITはもっと手立てを講じるべきだったと訴訟を受け、MITは学内外の専門家を集め、改革に乗り出しました。

2002年にAlan Siegel氏がMIT mental-health chiefに着任すると、学内のカウンセラーが2/3の時間を教職員およびその家族へのセラピーに費やしたものを、2/3を学生のために費やすように直ちに変えるべく、スタッフを大幅増員し、より多くの学生に対応できるようにしました。相談に来ない学生の精神的な健康状態もできるだけ把握できるよう、新入生にはメンタルヘルスに関する9つの質問に答えてもらい、結果に応じては定期的にカウンセリングへの案内が送られるような仕組みを作りました。また精神的に追い込まれた学生は、身近な人に最初に相談することが多いため、教職員や寮職員が学生の自殺の危険度を把握し、正しい対処ができるよう、QPR(question, persuade, refer)というトレーニングを実施しています。
これらの施策の効果は着実に現れているとのことです。

MITから学生への呼びかけ (How to Get Around MITより)
新入生向けのMIT案内本 ”How to Get Around MIT” でも、一番最初の章が緊急連絡先と”Help”と題された緊急時の対処法です。そこには学生がバーンアウト(燃え尽き)しないよう、様々なアドバイスと相談先が書かれています。

“I’m thinking about double-majoring”と言う新入生が多く、熱意は素晴らしいのですが実際は授業とプレッシャーで回らなくなり、気がつけば燃え尽きてやる気をなくし、むしろ学業が嫌いになってしまう、さらには深刻な事態になってしまうことがあります。MIT(の学部)は、6年から8年分のカリキュラムを4年間に詰め込んでいるので、それをこなすだけでも大変だからです。学業を最大の目的と考えているMIT生は、その学業をやりきれないことで、得てして自分を無能で価値が無い人間だと思い込んでしまいがちです。そこに家族や人間関係といったプライベートな問題が重なると、一気に抑鬱状態になり、危険です。そこで以下の4つに注意するようにと書かれています

1. 授業を取るときには、できるだけ多くの先輩やクラスメートから情報収集をし、教授の質やワークロードを把握すること
2. もしも授業や、自分の専門分野が嫌いになった場合は、それにこだわる必要はなく、専攻の変更や、場合によっては転校も考えてよい
3. もし勉強内容が多すぎて回りきらないときには、授業を減らすことも考えること。特に心身に危険があるときには、必要最低限の単位に留めたり、留年してでもワークロードを減らしたりするように考えること
4. 他のMIT生も実際は同じように辛いと感じているので、助けを求めることは何も間違ったことではない。辛いときにはStudent Support Service に連絡すること。彼らはあなたを助けるためにいるのです

c0131701_11535750.jpgまた、MITには、Nightlineという学生による緊急電話があります。夜7時から朝7時までの間、つらいときに電話をかけることができ、するとカウンセリングのトレーニングを受けたMITの学生が相談に乗ってくれ、必要に応じて専門家の紹介をしてくれます。

その他
MITのカウンセラーのほかにも、ボストンには日本人の精神科医もいるため、つらいと感じた時には日本語で相談をすることができます。

せっかくのMBA生活、自ら無駄なプレッシャーを自分に与えて、楽しさを辛さが上回ってしまわないよう、時には上記のようなアドバイスやMIT内の仕組みを活用しながら、精神的にも肉体的にも健全でいたいものです。
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by flauto_sloan | 2007-09-09 14:30 | MIT文化