MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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中国への誤解
Sloanで最も人気がある教授の一人である Kristin Forbes教授の久々の授業がSIP期間にあった。昨年はサバティカルで授業がなかっただけあって、非常に楽しみにしていた。

Forbes教授は最年少で大統領経済諮問委員会のメンバーに選ばれた女傑で、若いながら著名で影響力を持っている。ちなみに彼女の教授室のドアには、「クリスティン・フォーブズ」とカタカナで大書されていて、ちょっとびっくりする(小さく漢字でも書かれている)。

大統領へのブリーフィング資料も含まれているというプレゼンテーション資料は、わかりやすくメッセージが明確だ。教授のプレゼンテーションも非常にうまい。さすがの大統領もこれなら理解したことだろう。

中国への誤解
授業の詳細はShintaroがいつもながらに的確に書いているので省略するが、フォーブズ教授は米国(特に議会)が抱いている中国への脅威や非難は的を得ていない、と断じている。

そもそも、中国の経済成長について、変化の絶対値だけ見ると空前の成長のように錯覚するが、GDPが成長期に何倍になったかといった比率を用いて比較すると、日本の高度経済成長期と同じくらい、韓国の奇跡よりはむしろ鈍い。

議員(特に中西部)は米国の雇用が中国に奪われている、と叫ぶが、雇用減少のうちで中国に起因するのはごく一部に過ぎない。むしろ自動化が主要な要因である(これは『ハイ・インパクト』や『フラット化した世界』でも指摘されている大きな労働環境の変化・変質だ)

1兆ドルを越す巨額の外貨準備高も槍玉に上がるが、むしろ問題は米国の低い貯蓄率だ。(米中の経常収支や外貨準備高のデータが示されたとき、隣のアメリカ人が「ああ・・・ 我々は貯金しないと…」と溜息をついていた)

オリンピックを終えて中国は変曲点に差し掛かっている。成長は鈍り、株価は大きく値を下げている*。米国への直接的な短期的影響は、全体として軽微とみられるが、社会福祉でもあるウォルマートの物価の上昇など、一定の影響は出る。だが中国への対応を誤ると、より大きな影響が返ってくる。

今後の米中関係は、選挙の結果と金融危機の影響(責任転嫁をしたい、といった心理的なものを含む)によっては保護貿易政策や国際社会での非難などで悪化しうる。だがむしろ中国を積極的に政治的経済的に巻き込んでいくことが重要だ、と結んだ。


舵取りの難しさ
教授は授業中、しばしば中国の成長を日本や韓国と比較して、「空前絶後」の現象ではないことを強調していた。だからこそ、今の米国の中国への反応を見ると、80年代の対日政策を思い起こす。

今回の金融危機に伴う将来への不安や雇用状況の悪化を受けて、米国社会の不満は高いレベルでくすぶっている。大統領選の行方はまだわからないが、仮にオバマが大統領になったとすると、非常に難しい舵取りを迫られるだろう。

カリスマに寄せる国民の期待は無茶なほどに高く、それを満たせない場合は、問題がオバマ個人の資質に帰せられてしまう可能性がある。特に黒人であることは、オバマへの評価をより厳しくしているだろう。最悪の場合、先日も逮捕者が出たように、暗殺の危険すらありうる。

その危険に直面した時に、ローマ帝国の昔から歴史で繰り返される最も安直な回避策は、外敵を作ることだ。武力衝突の外敵だったイラクはで既に敵はなくなったため、経済衝突の外敵として中国は格好の対象だ。同盟国の日本以上に交渉や圧力が上手くいかないだろうから、国内の不満はますます高まり、外敵作りに拍車がかかりかねない。

オバマには優秀なブレインがついているし、彼の胆力には大いに期待しているから、こんなシナリオは起きないと期待したいが、薄氷を踏むような第一期の舵取りを少し間違えると、たちまち罠に嵌りかねない。


同様のことは中国にも起こりうる。急成長に伴うひずみが顕在化してきており、悪循環が回り始めているかもしれない。すると成長にはブレーキがかかり、これまでは生活水準の向上で気がそらされていた様々な問題(環境問題、格差の拡大、急激な高齢化など)が注目されるようになり、国民の不満は一気に高まりうる。

そこにアメリカが国内問題を逸らすために貿易紛争を持ちかけてきたら、中国がそれを利用するというシナリオがありうる。尤も、米中貿易の重要性と中国のしたたかさを考えたら、中国が米国を外敵化することは考えにくいが。

ただ今後の中国の国政の舵取りも、バランスが非常に難しいものとなろう。4000年の時間軸で考えている彼らは、深く考えてゆっくりと行動する。だがこれだけ変化が激しく早い現在、その巧遅は拙速に如くだろうか。若干の不安を抱えながら、中国の動向と米国の動向を見守ることとしよう。


* 中国の最近の動向はVogel塾の昨年度の取り組みの中でも色々と知ったが、さすがに全体観があってわかりやすい
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by flauto_sloan | 2008-10-21 11:24 | MITでの学び(MBA)
アイスランドに学ぶ
システム・ダイナミクスの授業では3人一組のチームを組む。当初は、クラスメートのインド人エンジニア、元女優のイラン系フランス人という異色の組み合わせでチームを組んでいたのだが、女優が降板してしまい、代役が見つからなかったために二人チームとなってしまった。

そのチームメンバーの友人が、この連休 "MIT Sloan Iceland Trek" に行っていた。ひとつ上の学年にアイスランド人が二人いたため、ここ数年企画されていたもので、大西洋上の金融の中心地として成長目覚しいアイスランドを訪れ、地熱発電の施設や金融街を訪問しつつ、美しい大地と温泉とを楽しむ、という通好みの旅だ。昨年はアイスランドの首相とも会ったらしい。

だが今回の金融危機で、金融一本槍のアイスランドは大打撃(金融と不動産がGDPの26%だったという)。主要3銀行だけで海外からの借入れがGDPの約6倍であり、借り換えが段々と困難になるにつれ、国債の格付けも急落。アイスランドクローネは暴落し、まさに負の連鎖。

HBSのマクロ経済の試験では、アイスランドが破綻するかを評価するのが試験問題となり、ebayには国ごと出品されてしまう程、世界から注目されていた。

そんな状況なのでトレック自体が危ぶまれていたのだが、ひとまず催行したところ、滞在中に丁度、世界に先駆けてIMFの支援を受け入れてしまった。友人は「歴史的瞬間に立ち会えた」と喜んで(?)いたが。

卵を運ぶときは分けて運べと言うが、アイスランドのように一つの産業に大きく依存するとリスクが大きい。一国の経済も第一次から第三次産業まで、バランスよく発展させることが重要だと感じてしまう。資源の最適配分は志さねばならないが、産業ポートフォリオは最悪のシナリオでも国として存続できることが組成の要件の一つではないだろうか。

日本は製造業が強いが、少子高齢化が進むとサービス業へシフトしていく必要があるだろうし、資源・食糧不足が進むと農業のてこ入れ・規制緩和も必要となるだろう。都市も地方も個性がない「均衡ある発展」ではなく、地域や人口動態に応じた多様な産業構造を内包することが、日本がそれなりのプレゼンスを維持したまま生き延びる術かと思う。

ひとまず、この激動の金融危機を乗り切らないことには始まらないが。
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by flauto_sloan | 2008-10-14 16:30 | MITでの学び(MBA)
システム・ダイナミクス
今学期は履修している授業の数が少ないのだが、どれも「濃い」授業ばかりだ。その中でも、MIT Sloanの看板授業であるJ.Sterman教授の "System Dynamics"は非常に面白い。所謂「システム思考」を身につけることが目的で、前半にシステム思考の基本的な要素とモデルの組み方を学び、後半でそれを現実世界へ応用する。

システム・ダイナミクス
システム・ダイナミクスとは、世の中のある現象の背後にある構造や関係を類推する手法だ。構造化ができれば、将来予測や持続的な成長のための要件、さらには危機の回避へと導きうる。

考え方としては、まずフィードバックを見つける。ある現象が存在する系(システム)の領域を定め、その現象を説明しうる外的要因と内的要因(定量的なもの)とを区別しながら挙げていく。それらの要因の間に介在する因果関係を仮説として立て、因果関係の連鎖が閉じたところでそれを一つのフィードバック・ループとして着目する。

フィードバック・ループを一周すると因子がより増幅するもの(元本増→利息増→さらに元本増)を "reinforcing loop"、減殺されるものを "balancing loop" と名づける。前者は好循環または悪循環を生み、因子が級数的に変化していく。後者はブレーキの役割を果たす。

また、資本や顧客数などストックとして捉える量、因果関係に伴う遅れも重要な役割を果たす。こうした考え方を駆使して、ループでぐるぐるした構造をモデル化すると、ストック量の上京、各ループの強弱、遅れの間のバランスによって、結果が様々なパターンに分かれる。携帯電話市場のように急に立ち上がりやがて飽和するもの、今の市場のように級数的に拡大したものが逆転して、級数的に縮小するもの、半導体市場のように振動するもの… システム・ダイナミクスはそれらを上手く説明する。

システム・ダイナミクスの影響
MITのForrester教授が創始したシステム・ダイナミクスは、機械工学やソフトウェアなどの制御理論、アーギリスの "double-loop learning" といった分野に発展していく。ビジネスの世界では、ピーター・センゲ教授"The Fifth Discipline (邦題: 最強組織の法則)" にてシステム思考を紹介し、世界的ベストセラーとなった。

今ではSterman教授が第一人者として、システム思考およびそれを用いた定量モデルによって企業に対しコンサルティングをしている。


教科書 "Business Dynamics"
システム思考自体は、隣の学科が「化学システム工学科」だったこともあってもともとなじみが深く、すんなりと受け入れられた。教科書もすっと読み流せるだろう… と思ったらそうはいかない。難しいというのではなく、面白いのだ。

Sterman教授の豊富なコンサルティング経験に基づいて書かれているため、システム・ダイナミクスそのものを学ぶのよりも、コンサルティング虎の巻として読めてしまう。自分の経験から照らしても、「まさにその通り!!」と何度思ったことか。いくつか紹介する
「問題を解決しようとする人が、さらに事態を悪化させる」
「自分の信念に合致するデータばかりを探してしまうことで、本当は学びを得られるはずの例外(アノマリー)を生み出したり気がついたりできなくなってしまう」
「行動や決断を取り消せない現実世界では、業績を維持する必要性が、新しい戦略から学ぶ必要性を上回り、戦略を潰してしまう。たとえ将来の危機を防ぎ、素晴らしい洞察が得られようとも、目先の業績悪化を恐れてしまう」
「(クライアントの組織が)学ぶためには、(プロジェクトの)参加者はただのシミュレーションゲームのプレーヤーとしてではなく、モデラーとして実際にモデルを作らなければならない。特に、意志決定者がモデルの作成に積極的に関わったときに、学習の効果は最大化する」
このシステム思考が身に付いて来て、さらにHeifetz教授のリーダーシップの考え方が身に付いて来ると、人の考えや動き、さらには世の中の動きが深く理解できるようになってきていると感じる(これはkonpeさんに予言されていた)。その上で、人を技術的に説得するための交渉術を学んでいる。

不思議と、今学期の授業がどんどん結びついてきているのが面白い。
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by flauto_sloan | 2008-10-07 23:17 | MITでの学び(MBA)
金融危機
アメリカの金融危機がいよいよ深刻になってきた。MITには政策機関に関わっている教授も多く、さすがに話題となることが多い(バーナンキFRB総裁もMIT卒)。ファイナンスで「リスクにはシステマティックリスクと、ノン・システマティックリスクとがある。ポートフォリオを使うと、ノン・システマティックリスクは分散できるが、システマティックリスクは回避できない」と習う。まさに今はシステマティック・リスクが主に表れている。

スローンの前学長で金融の規制当局にいたこともあるシュマレンジー教授は、「もうこの危機について触れずに授業をできない」と言い、授業の冒頭にて、十年単位だった過去の不況よりも、今回の危機は短いのではないか、またさらなる規制は必要だが、既存の規制を強化するよりも、規制の範囲を広げること(市場の透明性の確保など)が必要だろう、という彼の見解を示していた。

また、自らヘッジファンドを経営し、またかつて驚異の裁定取引手法を編み出していたAndrew Lo教授を初めとするスローンのファイナンス教授陣や不動産学科の教授による、金融危機についてのパネルディスカッションも行われた。

90年代後半から始まった「持ち家政策」による低金利のローンと、レバレッジの増大 (頭金の割合の低下) により、需要が喚起され、不動産価格はかつてないほどに高騰した*1。だが2004年に金利が上がると、その影響で2006年に不動産市場がピークを迎え下降に転じてしまう。損失は証券化・高レバレッジ・低流動性によって拡大し、"death spiral" を下り、今回の救済措置となった。

どこまで不動産価格が下がるかだが、不動産学部の教授によれば、長期的(100年以上のデータ)な平均実質価格(その価格で安定していた期間も長い)に戻るまでには、ピーク時の価格から45%も下がってしまう。だがそこで下げ止まるかどうかは分からず、デススパイラルが加速した場合、さらに価格が下がることもありうるという。

また複雑な証券化によって、資産の価値やリスクが見積もれなくなってしまっていた。証券化がいかに被害を拡大したかの説明はKazさんのブログが分かり易い。証券は平均200の別の証券化した不動産ローンから組成されているので、その200の証券それぞれが、どのくらいキャッシュを配分し、どれくらい担保を持っているか(そしてその担保がまた別の証券となっている)を追跡せねばならず、事実上価値を見積もることが不可能だ。そのためバランスシートも実質価値を反映できていない(それが時価会計の見直し論に繋がっている)。

元IMFチーフエコノミストのSimon Johnson教授は、金融危機に陥った国を多く見てきた経験から、今回の金融危機を冷徹に分析していた。やはり救済案が議会で否決されたこと(リーマンを潰してまで、ウォールストリートに対する国民の溜飲を下げようとしたにもかかわらず)が機を逸したとまず述べた上で、今回の危機は「自信に対する危機」だと位置づけた。彼は一般国民にも状況が理解できるよう、ブログを作っている。そこでの政策提言は
  • 資本の注入
  • 金利引き下げ
  • 流動性の確保
  • 財政支出
  • 不動産価値下落の吸収

が主なものである。さらに米国だけでなく、国際的な枠組みが必要だという。だがこれらを全て行うと、アメリカの財政はさらに苦しくなるだろう。

バブル期に手痛い経験をした日本は、世界的な金融危機を乗り切ることができるのだろうか。今後が心配でもある。

* 頭金が5%だけで、95%を借り入れた場合(レバレッジ20倍)、不動産価格が5%下がっただけで正味の資産価値は吹き飛んでしまう
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by flauto_sloan | 2008-10-02 12:48 | MITでの学び(MBA)
Power & Negotiation - 戦わずして勝つのが上策
今学期とっている授業に、"Power & Negotiation"というものがある。その名の通り交渉術の授業なのだが、単純な技巧を教えるのではなく、交渉の背後にある力学を教えるのが面白い。

教授はイタリア人で、ILOにて様々な労働争議に関わってきた交渉の達人。

交渉は当事者による共同の問題解決だと位置づける。論点を分解して、それぞれの論点ごとに、当事者間の利害が一致しているのか、反目しているのか、一方が勝つと一方が負けるのかを見定める。その上で、合意形成に向けた創造的な問題解決をしていく。

交渉の成否は、その交渉がおかれている構造によってほぼ定まっており、個々人の交渉能力の優劣は、その構造により与えられた合意可能範囲の中でしか発揮されない。これが前提である。

実際、利害・関心が上手く設計された交渉のロールプレイ・ケースを行うと、交渉結果は個人の能力に拠らず、一定の範囲に収まる。

だが実際の交渉においては、そもそも論点がどれだけあり、その論点について当事者(二人とは限らない)がどのような関心・利害を持っているのかを知るのは難しい。

そこでこの授業では、交渉がおかれた構造を見抜き、当事者間に構造的に与えられたパワーバランスを察知し、その上で自分にとって最適な落としどころにまで交渉で持っていくことを学ぶ。だからパワー&ネゴシエーションという名がついている。

もしも相手が論点や構造に気がついていなければ、自分に有利なようにフレーミングもできるだろう。構造での優劣は挽回しにくい。そこへ持っていければ、「戦わずして勝つ」のと同じだ。その上で、双方が交渉を通じて価値を創造し、関係を深められるようにための技術を発揮すればよい。


私は関東出身であり、値切りを含めてあまり交渉ごとの経験がない。だが例えばラテン系など、交渉できないものがないと思っている人もいる*。日本の文化・商慣習における交渉は、アメリカの交渉とは違う要素があるのはわかっている。

だが人間の行動は置かれている構造によって決定されると信じているので、どんな構造が理論的に存在するのかを知っておきたいし、そもそも交渉の技術自体を磨きたい。そんな思いから履修した。


この3連休は、4つの交渉を立て続けに行うのが課題だった。高級車を売ったり、借家をしたり、保険を買ったり、経営するホテルを合併させたり・・・
ある交渉は対面で、ある交渉はスカイプで。
 
色々なケースで、当事者になりきって、如何に有利な条件へ持っていくかの駆け引きが面白い。今回の課題は結果を数値化できるので、どれだけ交渉を上手く運べたのかを授業にて知るのが楽しみだ。


* 以前、最初の授業の課題として「今から1時間外に出てきて、何でもいいから値切ってくること」というのがあったらしい。「そんな難しいことを!」と躊躇する学生がいた一方、「それのどこが課題なんですか」といぶかしむ学生もいたという
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by flauto_sloan | 2008-09-23 12:55 | MITでの学び(MBA)
Japan C-function - ダンスフロアとバルコニー
c0131701_5444659.jpg今年もC-functionの先駆けとして、Japan C-functionが行われた。相変わらずの大盛況で、2700個の寿司はすぐに売り切れ、1000人は来たであろう会場は熱気に包まれていた。

一年生が主導権をとって日本の紹介をしながら観客を楽しませるパフォーマンス。昨年猛練習した「サラリーマン体操」を思い出す。あれからもう一年とは早いものだ。留学が後半戦になったと実感する。

オペレーション・スシ
今回は前半に食事担当となった。1000人に食事を振舞うとなると、オペレーションが難しい。先学期のオペレーション・マネージメントの授業を思い出す。

中でも大変なのが寿司。寿司は3貫ずつ紙皿に取分ける(一人で大量に取っていく人を防ぐため)

取分け→予備テーブル上に保管→配膳テーブルに補充→お客に渡す

というプロセスで、事前にどれだけ寿司皿のストックを作り保管しておけるかが重要だ。開場まで時間があまりないが、事前に900皿を作るのが当初の目標だった。

だがオペレーションの難しさに悩まされた。取分け作業に非常に時間と労力がかかり、ボトルネックになると見越していたので、奥様方を中心に人員を手厚く配置したのだが、作業に習熟してくるとどんどんペースが上がる。するとボトルネックが取分けから保管に移ってくる。特にテーブル上のスペースが足りなくなり、テーブルの調達待ちで作業が止まってしまった。借りられるテーブルを全て使っても足りなさそうなので、保管の仕方を工夫してできるだけ貯めておく。そこで目標を変更し、ラインを組み直して、お客に寿司を配りながら取分けられるようにした。

最終的には会場までに大部分の寿司皿を作ることができたのだが、改めて全体観を持ったオペレーション設計の難しさを痛感した。


バルコニーの上から
c0131701_5482269.jpg後半は照明担当として、ホールのバルコニーに上り、スポットライトを操作した。今履修しているリーダーシップのクラスで、グループ・ダイナミックスを鳥瞰することを「バルコニーから眺める」と表現されているのだが、実際にバルコニーからパーティーを眺めてみると、色々と面白いことがわかる。

話し相手を探し続けている人、常に多くの人に囲まれている人、ショーを熱心に見ている人、全く無関心でひたすらおしゃべりしている人… 人間関係が瞬間瞬間で組み変わっていくダイナミズムが見えてくる。グループの中での潜在的・顕在的なコンフリクトや権威をめぐる争いも、こんなダイナミズムの中で生じているのだろう。

では自分が先ほど関わっていた、寿司の取分けをめぐるオペレーションやそれをめぐるやり取りは、このバルコニーから見ていたらどう写ったのだろうか。私はどんなリーダーシップを発揮し、なにを見逃していたのだろうか。問題は解決していたのだろうか、新たな問題を生み出していたのだろか。そもそも解くべき問題を正しく設定できていたのだろうか・・・


などなど、2回目の主催グループということで、少し余裕のある楽しみ方をした。第一義的な目的である「スローンの友人に日本を理解し、楽しんでもらう」は達成できた、いいJapan C-functionだったと思う。
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by flauto_sloan | 2008-09-17 23:40 | MITでの学び(MBA)
因果関係
因果関係を把握するというのは難しい。難しいからこそ面白いのだが、因果関係の誤りというのはいたるところで見られる(私の文章にもきっとあるのだろう)

因果関係の難しさ
今学期履修している、MIT Sloanきっての名物授業、Sterman教授System Dynamicsでは、物事の裏に潜む因果関係の構造を把握し、効果的な打ち手を考える。だがこの因果関係というのが曲者だ。そもそも因果関係などない強弁だったり、相関関係と区別できなかったり、そもそも誤った事実認識を前提にしたり、と様々な誤りがある。

ただの強弁は、事実関係も因果関係も誤ったままの信念というようなものだが、道徳や感情・共感を絡ませると尤もらしく聴こえるから厄介だ。
教育者である父が昔よく嘆いていたが、『詰め込み教育をされると創造性が失くなる』という通念は、対偶を取りさえすれば、『創造性が高いなら、詰め込み教育をされていない*1』となり、流石におかしいと気付く。これが真なら、所謂詰め込み教育の時代、創造性ある日本人アーティストは正規の教育をきちんと受けていないことになる。


最も一般的な誤りは、相関関係を因果関係だと誤解することだろう(この相関と因果の誤解は、コアタームの統計の授業で回帰分析を学んだ時にも散々注意された)。最近読んで面白かった『ヤバい経済学(Freakonomics)』(レヴィット、ダブナー共著)に出てくる例だと、ある犯罪学者が「投獄率が高いとき犯罪発生率も高いから、投獄率を下げない限り犯罪は減らない」と主張したそうだ。牢獄を開け放し犯罪者を野に放てば、犯罪は減るらしい。

コンサルティングでも、相関関係から因果関係を意味合いとして出そうとするときは気をつけなければならない。意思決定に必要な精度での迅速な分析が求められるコンサルティングでは、学術的に因果関係を立証することは殆どない。だからこそ因果関係の推定は、多種多様なインタビュー、海千山千の上司や鋭い同僚との議論、何よりクライアントの経験からのフィードバックで補強するのが必要であり、それを怠ると牢獄開放を提言しかねない。


誤った事実認識を前提とした理由付けは、心理的なフレーミングやバイアス、あるいは認識の遅れなどで生じる。現状とは異なる状況を事実として思い込んでしまう。本当か、何故かという批判的精神や、データを押さえるという規律がないと、気付かない間に陥り易い。

例えば、「凶悪犯罪が増加しているから、警察が微罪事件に手が回っていない」という議論があるとする。これは、前提の「凶悪犯罪が増加している」が誤りであるため、結論は論理の堅固さ如何によらず誤りだ。

凶悪犯罪はもちろん、犯罪そのものが増加していないどころか、減少している。警視庁の統計によると、犯罪件数は2002年あたりをピークに、減少し続けている(犯罪総数、凶悪犯罪数共に)。司法関係者に聞いても、確かに犯罪は減っているとの実感があるという。

ここではなぜ日本で犯罪が減っているのかの考察はしないが(上記の『ヤバい経済学』の著者によると、アメリカの犯罪件数の減少は、中絶の容認が最も大きく寄与している)、なぜ犯罪減少という事実が認識されていないかについては、プロスペクト理論と、システムダイナミックスでいうperceptional delay(認識の遅れ)があるのだろう。

詳細は省くが、カーネマンとトヴェルスキーが創始したプロスペクト理論では、確率にも重み付けがあるとしている。その確率分布は心理学に基づくもので、数学的な確率とは異なり、ある事象が起きる確率pと起きない確率(1-p)を足しても、1より小さくなってしまう*2。感応度逓減性とあわせると、小さい確率は過大に、大きい確率は過少評価される。

平たく言うと、めったに起きない凶悪犯罪の件数は、主観的に実際よりも高い確率だと見積もり、頻繁に起きる駐車違反の件数は低く見積もってしまう。ニュースで見る頻度や、印象に残る度合いなどが背景にあろう。結果として、凶悪犯罪は実際よりも多いと思い込んでしまう。

また、凶悪犯は2004年まで確かに増えていた*3。だが自分で犯罪件数を調べたり、刑事・検事・弁護士・裁判官など犯罪に直接取り組む立場だったりしない限り、最新のデータや傾向は知らないのが普通だ。すると、記憶を辿って頭の中の古いデータを参照する。それは2004年以前の「凶悪犯罪が前年よりXX件増加し…」といったニュースかもしれない。その記憶を現状の正しいデータで上書きしない限り、その古いデータが今でも続いていると思い込み、それに基づいた判断をしてしまう。これが認識の遅れだ。

他にも要因はあろうが、これらが組み合わさった結果、「凶悪犯罪が増えている」という誤認が生まれる。これを防ぐには、「本当に増えているのか?」と疑問を呈し、信頼できるデータをあたってみなければならない。


学者にしろコンサルタントにしろ、およそプロフェッショナルであるならば、こうした事実に基づかない前提を使ってしまうのは致命傷だ。どんなに因果関係の論理が通っていても、いや論理が強固だからこそ、誤った前提から確実に誤った結論を出してしまう(在庫管理の「先入れ先出し(first in-first out)」になぞらえて「屑入れ屑出し(garbage in-garbage-out」という)。


このように、因果関係を事実認識まで含めて正しく把握するというのは、面白いが難しい。わかったつもり、知ったつもりにならないよう気をつけなければ。


*1 正確には、「創造性を失くす」の否定は「創造性が維持または増大される」だが、ここはレトリックとして「創造性が高い」、と書いておく
*2『行動経済学』(友野典男著、光文社新書)より
*3 凶悪犯罪の定義の変更などはひとまず置いておく

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by flauto_sloan | 2008-09-08 11:46 | MITでの学び(MBA)
再会と初対面
授業初日のランチは、コアタームのスタディ・グループで集まった。場所はイーストゲートというスローンから歩いて30秒の寮にあるナッチョの家。目的は、ナッチョの赤ちゃんに会うことと、夏の経験を語り合うこと。

ベビー・ブーム
ナッチョの赤ちゃんはとても可愛い。まだ1ヶ月ちょっとなので顔はくしゃくしゃだ。父親と同じ名前(イグナシオ)なので、ナッチートと呼んでいるらしい*1

エイミーのお腹もすっかり大きくなっていて、ナッチョの奥さんと自然分娩について話している。エイミーは自然分娩がいいのかどうか、悩んでいるようだ。話の中で、エイミーが知人に
「自然分娩なんて、動物がするものよ」
と言われたという。

うーむ、誰が言ったのか知らないが、いかにも人間と動物を区別するキリスト教らしいし、自分の体を機械的にコントロールしたがるアメリカ人らしい。

それにしても、噂には聞いていたがMBAの2年目はベビーブームだ。周りでも妊娠・出産をよく聞くようになった。


チームの夏のすごし方
チーム6人の夏の過ごし方は様々。私とナッチョは(奇しくも同じコンサルティング・ファームなのだが)のんびりと過ごし、レバノン系アメリカ人のパトリックは中東で我々と同じファームでインターン。あとの3人もそれぞれベンチャーやハイテク企業でインターンをしていた。

私が結局インターンはしなかった、と言うと皆、
「それはよかった!! それが一番賢い選択よ!!」
と。確かに人生をよく楽しんだのだが、働かないことを誉められるというのも不思議だ。

話していて一番面白かったのは中東の話だった。グローバリゼーションの授業で学んで知ってはいたが、アラブの企業家は本当に働かないらしい。石油があるため働かずしても生活に困りはせず、お金があるので優秀なインド人など外国人や、コンサルティング・ファームを雇える。

生活を見ると、サウジでは女性は顔を見せることはできないし、スターバックスでも独身男性用と家族用とで店内が完全に仕切られている。だが、男女の接点はチャットルームで実は増えていて、無線LANがそのスタバの壁をやすやすと通り抜けているそうだ。

他にもブログに書けない生々しい話もあって、面白かった。米国の価値観を持ち、アラビア語を話せる彼だからこそ見えてくるものが多いのだろう。


思えばチーム結成から1年。最初はうまくいくのか心配だったが、コアタームが終わった今でもこうして月に一回はランチを共にし、多国籍・多文化ならではの楽しい話ができる。素晴らしいチームに成熟したと思う。


MBAにおけるチーム
MBAの授業は、チームを組む必要があるものが多いが、チームの組み方、チームワークと個人の勉強のバランスは非常に難しい。巧くいくチームを作るには、課題を解くこと以上の連帯感と信頼を醸成しなければならないのだが、授業ごとにメンバーが替わるチームの組み方だと、なかなかそこまで達しない。

個人的には、理論や計算中心の定量系の授業は、チームによる相乗効果が少ないように感じていて、ただワークロードを分散するだけという色合いが強いように思える。だが単なる作業の分散は、仕事の完遂ではなく学習を目的とした場合は寧ろ逆効果だ。そんなことをするならば一人で必死にレポートを書いた方がいい。

一方で、議論・ケース中心の定性的な授業だと、多様な意見が思考を深めるので、チームを組むことが効果的だ。だが得てしてこういった授業は、ワークロードの重い定量系に対して個々人の中で優先度が低くなり、集まって十分議論をする時間がとれない。議論の質や短い時間での効率の点で、アメリカ人乃至英語のネイティブスピーカーがいることは非常に有利にはたらく。

うまく授業の特性と、求められるチーム活動の形態を合わせていかないと、チーム内での意見の行き違いや非効率ばかりを生み出してしまう。今回は定量系科目が多いので、チーム選びが難しい。慎重に選ばねば。


*1 スローンのうちの学年でイグナシオは4人いるのだが、イグナシオ、イナキ、ナッチョ、イギーと呼び分けられている
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by flauto_sloan | 2008-09-03 01:51 | MITでの学び(MBA)
'08春学期の学びを習う - ゲーム理論
今学期最も面白かった授業が、ゲーム理論(Game Theory for Strategic Advantage)だった。競合に対してどのような戦略を採るべきか、まさに「敵を知り己を知れば百戦危うからず」の「知る」内容を学んだ。

授業内容
ゲーム理論を初歩から応用まで幅広く取り上げたのだが、構成上面白いのは、最初に合理性(rationality)について議論し、それを疑問視し、その後に様々な戦略や考え方を紹介することで、最終的には、戦略的であるためには、合理性と非合理的とを使い分けることが重要なのだと悟らせる。

内容としては、囚人のジレンマをどう避けるかから始まり、混合戦略やStrategic Substitute/complimentの考え方へと発展し、コミットメントやコーディネーションの戦略的意味を学び、最後は戦略的に非合理的であることを考察した。

授業の進め方で面白かったのは、「群集は理性的か?」でも紹介したように、毎回授業前に授業のテーマを元に作られたオンラインゲームに参加し、その結果をゲーム理論に照らして考察した。そして授業の最後には生徒が実際に参加するゲームがあり、その回に学んだことを実験する。面白いことに(上手く設計されているためだが)、理論が検証される結果となることが殆どだった。この「ゲーム」によって、実践的な理解が進んだ。

教授
David McAdams教授はまだ若手の助教授だが、スローンではミクロ経済やゲーム理論を教えている。特にこのゲーム理論のクラスは、これまで半期だったものが今回初めて通期になった。そのため様々なゲームをする余裕ができ、またstrategic substitute/complimentといった応用分野を教えることができるようになった。

また、生徒との交流を大事にする教授で、生徒を家に招いたり、最後の授業の後は近くのバーで打ち上げをやったりした。打ち上げには教授の奥さんと子供も来て、アットホームな雰囲気だった。

そんなMcAdams教授は、来年別の大学でテニュアを獲得し移るため、残念ながら最後のゲーム理論のクラスとなる。TAをやりたいと思っていた授業だけに残念だ。

授業での学び
これまでのコンサルティングでも、競合の出方など様々に検討してきた。ビジネス環境が開放系になり、また単独企業ではなくクラスターや生態系が競合優位性の源泉となっていくと、ゲーム理論がそのまま当てはまるような、シンプルな業界は少なくなる。だが、ある業界でのゲームを、本質を外さない程度の単純化で見たときにどう評価できるか、そこで自社(やクライアント)はどう動くべきか、の原理原則を学ぶことができた。

特に面白かったのは、競合の戦略がstrategic substitute(積極策に対して消極的になる)かstrategic compliment(積極策に対して積極的になる)かを判断し、自社が積極的な投資を望むか望まないかで、採るべき戦略がどう変わるかの議論であった。勝ち犬(top dog)、デブ猫(fat cat)、子犬(puppy dog)、痩せ犬(lean & hungry)と戦略性を分類する名称も然ることながら、シンプルだが説得力のある戦略視点が非常に面白い。

そして理性的でないこと、正直であることと欺瞞をもつことの意味はなかなかに深い。正直であることも、詐者であることも、それが評判となると行動を制約する。激怒や理屈に合わないことも戦略たりうる。

人は何故騙すのか、人は何故騙されるのかは、昔から私が高い関心を持っているテーマであり、そこへの戦略的な視点からの大きなインプットとなった。

需要の感想
ゲーム理論は経済学の一大テーマであり続けているし、冷戦時の政策判断や生物学など様々な応用がなされている。初期の理論には、ゲーム参加者の合理性など強い前提があったため、政策など現実世界への適用が過剰適応だったのではないかとの批判はあるが*1、非合理性を取り込むなどゲーム理論の応用の幅は非常に広がっている。

だがそんな発展したゲーム理論も、歴史上の偉大な戦略家や賢人が本能的に学び取っていたものを系統立てて理論化しようとしているかのように見える。McAdams教授は碩学で、シェークスピアやカエサルから孫子や老子まで、様々な古典の箴言を挙げて、新たな理論の説明に用いていた。

するとゲーム理論は、過去の先人の偉大な知恵を、誰にでも使えるように理論化しているかのようにも見える。ゲーム理論の理論化が進むほど、それを如何に外すのかが重要になっていくのだろう。

授業でGMのコンサルティング部門が講演を行ったが、ゲーム理論でPh.Dを取得した人材を抱えて、業界や競合の分析をしているという。1990年代からのゲーム理論ブームで、同様の人材を集めている会社も多いだろう。すると業界のゲーム理論リテラシーが上がり、合理性が高まる。逆説的だが、よりゲーム理論が通用し易くなっているのかもしれない。

孫子の兵法書*2が出回り、曹操がそれに注釈まで付けた三国志の頃には、名のある将は孫子を読んでいたので、それを踏まえてどう外していくのかが戦略・戦術の妙であった。ゲーム理論もそのようなものになるのだろうか。

*1 たとえば竹田茂夫『ゲーム理論を読み解く』が批判している。だがAmazonで酷評されているように、この本自体に読む価値は無い。理論はある前提の下で構築され、現実との差を説明するために更なる理論を発展させるものだ。当然前提の外にあれば理論は適用されない。この本はそんな当たり前のことを大げさに騒ぎ立て、価値から理論を評価しようとしている。曰くゲーム理論を用いたから核軍備競争と戦争が起き、戦争が起きたからゲーム理論は誤りだ、と。およそ学者が書いたとは思えない非理性的な本であった
*2 孫子以外の三略六韜なども同様

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by flauto_sloan | 2008-08-11 13:01 | MITでの学び(MBA)
'08春学期の学びを習う - マクロ経済学
マクロ経済学(Applied Macro Economics)では、強烈な個性のりごぼん教授のおかげで、授業そのものを楽しみながら主要な考え方を学んだ。数式を殆ど使わず、概念や意味合いを考えるのが中心だったので、マクロ経済そのものというよりも、時勢を読むために不可欠な一般教養であった。

授業内容
応用マクロ経済学という授業名にあるとおり、マクロ経済の基本的な考え方の中から、ビジネス環境の理解をするのに有用な理論を取り上げ、その理論で説明できるケースを用いて学んでいった。
具体的には、インフレと不況のメカニズム、デフレ、ISLM、ソローの成長モデル、為替、国際金融、経済政策(輸入代替、自由貿易、ワシントン合意など)を一通り学んだ。日本は最終回にデフレスパイラルの例として取り上げられた。

MITにおけるマクロ経済学
MITのマクロ経済といえば、授業で取り上げられただけでも、成長モデルでノーベル賞を受賞したソロー、シンガポールの成長をただの資本蓄積だと喝破したクルーグマン(現在はプリンストン大)がいる。教科書に指定されたマンキューもMIT出身だし、何よりサミュエルソンがいた。世界有数の研究機関であるのは異論を持たない。

教授
教授は二人で、メインはベネズエラ出身のロベルト・リゴボン教授。『りごぼん語録』でそんなりごぼんのクレイジーっぷりを少し紹介したが、本当に破天荒な教授だった。だが破天荒なだけではなく、学術的な業績も高く、また子供の貧困撲滅に向けた取り組み、母国ベネズエラのチャベス政権への強い憤りなど、パッションに溢れた素晴らしい教授だ。
ちなみに、今年度の "The creepiest professor" に選ばれている。

もう一人はケニヤ出身のTavneet Suri教授。まだ教職経験は浅いが、出身地アフリカの貧困問題などを情熱を持って教える。りごぼんだけだと半期とはいえ疲れただろうから、彼女の落ち着きはちょうどバランスが取れてよい。

授業での学び
マクロ経済は全く初めて学ぶし、仕事でもミクロ経済的事象しか見ないので、この新しい学問は非常に面白く、刺激的だった。

特に経済政策を様々な国のケースと共に学ぶと、成長と衰退、好況と不況は微妙なバランスの差で生まれてくるのだと実感する。また、貿易のメカニズムもVogel塾や日本人研究者交流会の議論を理解するのに非常に役に立った。むしろ、世の中のこんなに重要なことを知っていなかったことに情けなさを感じてしまう。

マクロ経済の理論には強い前提があり(閉鎖系である、等)、原理原則としての妥当性、或いはある時点での説明能力はよく分かった。だが、グローバルに入り組んだ経済においてはどこまで適用できるのか、或いは最新の理論ではどのように説明しているのかまでは授業では取り上げ切れていない。私のような初学者もいるし、半期という時間的制約から無理はないが、非常に興味がある。

授業の感想
マクロ経済を学んでいて強く感じたのは、「これは化学だ」ということ。私は化学出身なのだが、化学では分子6x1023をひとまとまりとして、巨視的な物質の挙動を考える。

そこでの最も重要な概念は、閉鎖系における平衡状態と、開放系における定常状態だ。例えばISLMの考え方は閉鎖系なので、相図(温度を横軸、圧力を縦軸にして物質の状態を記す図法)を頭に描きながら、変数(生産量と金利)の変化で状態がどう推移するのかと理解すると、非常に分かり易かった。

するとミクロ経済は物理学なのだろうか。両者を繋ぐのは統計力学に相当するのだろうか、などと考えるとなかなか面白い。

物理化学で一番驚いた考え方は逆格子空間だった。結晶構造という"こちら"の世界を、フーリエ変換という操作によって"あちら"の世界から眺めると、複雑そうに見えるものが極めて単純な構造に見える。世界を裏側から覗いた気分だった。

材料工学出身のパートナーとのミーティング(向こうも私が材料工学出身と知っている)で、

「ビジネスの諸課題を、軸(新たな切り口)で構造化して、新たな見方や考え方を見出すというのは、フーリエ変換だ」

と言われたことがある。その言葉をふと思い出した。個別企業を対象とした経済学は、ナノ経済学とでも言えるもので、量子力学のアナロジーがあてはまるのかもしれない・・・・・・  まあ門外漢なので戯言はこのくらいにしておくが。
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by flauto_sloan | 2008-08-10 12:05 | MITでの学び(MBA)