MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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最終学期
いよいよ最後の学期が始まった。必要な単位はこれまでよりも少なく、春休み以降は授業も少なくなるので、余裕ができた分を何に使おうかと思案している。ひとまず、将来やりたいことが見えてきたので、その下調べやプラン作成にでも費やそうかと思っている。

今学期の履修科目は、できるだけMITらしいものを取りたい、と思っている。エンジニアリング・スクールの学生が多い科目を取って、MITらしさを存分に味わってから卒業したい。まだ最終的にどうするか迷っているが、メディアラボの授業も取ろうかとも考えている(スローンの変な制約のため、これを取るとハイフェッツ教授の冬の授業の単位を無駄にしないといけないのだが)

あとは、スローン内での友人関係をもう少し強固にしたい。今後同僚になる連中もいるし、人間的に面白い連中も多い。時間と体力の許す限りだが、イベントへも顔を出すようにしてみよう。

時間があるうちに、妻と色々見聞きしたいものもある。ニューヨークの名所も、行きたいのにまだ行っていない所をリストアップしたら、実はかなり多かった。ボストンもまた然り。

悔いの残らない最終学期にしたい。
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by flauto_sloan | 2009-02-02 22:03 | MITでの学び(MBA)
Distributed Leadership - MITでのリーダーシップ論
先週までの計5ヶ月に亘るケネディスクールでのリーダーシップの授業に続き、今週はIAPでのSloanのリーダーシップの授業 "Distributed Leadership" を取った。2日半のワークショップで、MIT Sloanの教授陣が練り上げたこのコンセプトを学び、実践する。

Distributed Leadership
このモデルは、リーダーシップに必要な要素を4つに分け、ある組織でリーダーシップを発揮するためには、この要素を全て担保しなければならない、とする。リーダー一人が全ての要素を持つ必要はなく、寧ろそんな「完璧なリーダー」はいないので、仲間を含めて要素を「分散」して保持することに重点を置き、それ故に "Distributed(分散)" リーダーシップと呼ぶ。その四つとは
  • Visioning: 組織の将来像を目に浮かぶように描く能力
  • Inventing: Visionで描かれた目的を達成するための作業・方法を編み出す能力
  • Relating: 組織内外の主要な人間との関係を築き、作業に巻き込んでいく能力
  • Sensemaking: 組織と人々に働く意義を与え、主体性とやる気を促す能力
ここでVisioningとInventingは創造し実行する能力として同じ機軸の両極であり、RelatingとSensemakingはリーダーシップを実現可能にする能力としての機軸の両極にある。二つの能力の軸を十分な幅を持って対応できることが、リーダーシップ発揮に不可欠である。

四つの役割
そしてリーダーシップを発揮すべきプロジェクトのチームには4つの役割が必要であり、これらがうまく分配され実行されることが重要である。
  • Mover: 新しいアイディアを持ち込んだり、仕事を進めるための提案をする役割
  • Opposer: Moverの提案に対し反対意見を述べ、議論のペースを調整し、アイディアに深みを与える役割
  • Follower: Moverの提案に同意し、議論を推進める役割
  • Bystander: 議論と距離を置いて、新たな視点を導入したり、議論の評価をしたりする役割
これらの役割は、会議やプロジェクトの中でバランスよく実行・介入されねばならない。MoverとFollowerだけの会議は誤りに気づかず進むリスクがあるし、MoverとOpposerだけでは議論が行き詰る。

実践からの学び
ワークショップでは、ミニケースやグループディスカッションを用いて、これらのコンセプトを一つ一つ実践・理解していく。私としてはハイフェッツ教授のリーダーシップで学んだことを、実践的な深みに留めて実用的に再構成したものと移ったので、理解よりも実践を重視した。

具体的には、普段苦手意識を持っている"opposer"の役割を意識的に行った。結果的に、ミーティングの中で意見を言わず、質問を繰り返しただけで、議論に深みを与え、存在感を得ることができた。結果的に議論が誤った方向に行かなかった分生産的だったし、論議を尽くしたと言う安心感も醸成された。

またこの授業では意識的に発言を多くしてみたのだが、発言をすればするほど、発言をし易くなっていくのがわかった。周囲の好意的な評判も得られ、なるほどやはり米国なら米国流のやり方が快適であると実感した。

より実践的に
公的機関から私企業、非営利団体から営利団体まで幅広い状況を想定するケネディにくらべ、スローンは基本的に企業がリーダーシップを発揮する状況だ。条件が限定されているだけ、スローンのリーダーシップ論は実用性高く設計されているように感じる。

ただ、3日間しかないワークショップであり、また参加者の興味レベルの違いもあって、「なぜその能力が必要なのか」「そもそもなぜリーダーシップを発揮しなければならないのか」といった問に対しては、十分な検討がなされなかった。そのあたりはやや残念だったが、ワークショップの設計上仕方あるまい。

二つのリーダーシップ論を対比することで、ハイフェッツ教を盲信せずに相対化することができたことが、色々と実験して学んだことと並んで、このワークショップから得られたことか。なかなかに有用な2日半だった。
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by flauto_sloan | 2009-01-21 23:38 | MITでの学び(MBA)
交渉古今東西
Power & Negotiation の最後の授業は、チームレポートの発表会だった。各チームが実際にあった交渉をひとつ取り上げ、どのような構造(関係者、利害、争点)があり、どういう交渉先述の下で結果が定まったかを分析する。

面白かった発表をいくつか紹介。
  • 松坂の代理人とレッドソックスとの交渉: 「悪魔」と呼ばれる代理人Scott Borasが、Agent-principal問題ぎりぎりの交渉をして100億円の移籍を実現させたもの。交渉期限当日も全くレッドソックスと交渉する気配を見せず、GMが直接彼の家を訪れ、サインしてくれるよう懇願したという。こうなると交渉力もあったものではない
  • ベルサイユ条約: 第一次世界大戦の戦後処理は、米・仏・英・日・伊の思惑が錯綜した結果、一国だけ他国の利害の外にいた日本のみが得をした。他国は中途半端な結果を得ただけで、やがて第二次世界大戦を招いただけだった
  • OPEC: 石油価格が激しく推移したここ2年、OPEC内部ではアラブ諸国(長期的視野に立ち、石油高騰による需要減を避けたい)と、ベネズエラ等(短期的に利益を叩き出すため、価格を吊り上げたい)との激しい交渉と駆け引きがあった。OPEC会合ではアラブ諸国が優勢だったが、ベネズエラは会合の隙を突いて価格吊り上げに走る。最終的にはアラブ諸国が増産に踏み切り、石油価格は安定した
他にも六カ国協議、米軍のイラク統治など興味深いテーマが多かった。また、ベルサイユ条約など日本が関わっていた過去の交渉例がいくつかあり、六カ国協議と比較して、過去の日本外交のしたたかさと、現在の不甲斐無さを痛感もした。いつからこれ程に構造把握と交渉・駆け引きに弱くなってしまったのだろうか。同級生がプレゼンの中で日本を主要プレーヤーとして取り上げるかどうかで、嫌というほどにプレゼンスの低下を感じてしまうのが悲しい。

ちなみに私のチームは… 題材選びを誤ったために、レポート提出直前に分析上の致命的な欠陥を発見。発表でも予想通り教授にそこを突かれ、最も焼かれたチームとなってしまった… 残念。
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by flauto_sloan | 2008-12-09 18:01 | MITでの学び(MBA)
幸せ - System Dynamics
システム・ダイナミックスの授業で、「幸せ(happiness)」について議論した。勿論、幸せを定量化するのは非常に難しい。人の幸福は健康、消費、家族や友人、周囲との比較、基本的欲求の充足、時間的変化率、等々多くの変数から成る関数だ。

その幸せを満たすべく人がどう行動し、その結果幸せはどう変化するのかをモデル化すると、非常に意義深い。

幸せになるメカニズム
授業では、以下のような構造を主に論じた。
より幸せになるには頑張って働く。働けば消費があがり、可処分所得が増えて消費が増え、消費欲求が満たされて幸せになる。

だが頑張って働くと、収入が増えると同時に評価が上がり昇進する。すると周囲の消費水準も上がり、消費欲求がエスカレートする。新たな欲求水準を満たすには、今まで以上に働かなければならい・・・ 「こまねずみ」の悪循環だ

また、働くほど仕事以外の時間が減り、休息したり家族や趣味に費やしたりする時間が減り、心身ともに疲弊していき、幸せが減ってしまう。この影響は時間の遅れを伴うため、気づいた頃には上記の悪循環に陥っている可能性がある。

そしてスターマン教授が最後に強調したのは、「奉仕・貢献」している実感の重要性だ。人は自分の行動が世の中の役に立っていると感じるとき、より幸せを感じる。同じ消費でも、人の為になっている消費のほうがより幸せを感じるという研究結果がある。そういった貢献に費やす時間が減ることも、幸せの増加を妨げている。
幸せと国民性
お金があれば幸せなのだろうか、という問を国民性と絡めると面白い。授業でも取り上げられた研究成果でNY Timesの記事にもなったもので、一人あたりGDPの絶対額が大きいほど幸福度が高いと結論付けたものがある*1

面白いのは、記事中のグラフで回帰曲線を引くと、その上側(収入以上に幸せを感じる)の国はラテン諸国が多く、下側(収入の割りに幸せを感じていない)の国は旧共産圏か、現状破綻している国々(ジンバブエなど)が多い。日本はその下側にある。

これだけで日本人の国民性や文化と幸せの関係を議論できるとは到底思わない。それでも何故だか考えて見ると、日本人が幸せを感じにくい要因としては、物質的・金銭的豊かさに対する幸せの相関の弱さ(或いは社会的に弱いべきだと信じられている)、極度の損失回避性向*2があるのではないかと思う。

いくらお金を儲けても、それで幸せと感じることに対して社会的な抵抗*3があり、翻って個人の感情にも「お金だけで幸せは買えない」という諦念や「お金で幸せを感じてはいけない」という義務感が生じているかもしれない。(まあ社会通念への感受性は低下していそうなので、今でもそうかはわからないが)

また、米国に住んで改めて感じるが、日本人は非常にリスクや損失に対して回避性向が大きい。徹底した品質水準、安全志向の資産ポートフォリオ、公務員・大企業志向などがいい例だ。これは、他国民以上に、損をした時に「感じる」損失が大きいのかもしれない。

この二つの仮説が正しいなら、経済成長で収入が増えても、日本人は幸せを増加することが少なく、何かのきっかけで損や不利益を被った場合の幸せの減少が大きい結果、他の国民ほど幸せになれなかったのかもしれない。

喜捨
他にも、収入の増加に比べて消費欲求水準のエスカレート度合いが非常に大きかった、或いは他人や社会に貢献する習慣や実績がなかった、ということも考えられる。前者は直感としてなさそうに感じるのだが、後者はあり得るかもしれない。

日本人は驚くほど寄付をしない*4。強度の損失回避が影響しているのだろうか。幸せになるためには、財布の中のなけなしのお金を、人のために使ったほうが良いかもしれない


そんなことを思いながら、その後のハーバードからの帰り道、いつも道行く人に声をかけ、お金を貰えなくても
"Have a good day"
と言い続けているホームレスに、少々だが恵んだ。彼の言葉はいつもと違い、
"God bless you!"
だった。偽善だろうとなんだろうと、確かにそう言われて少し幸せになった。

明日はThanksgivingだ。


*1 このNY Timesの記事は、日本が経済発展をしたにも関わらず幸福に思っていないという "Easterlin Paradox" を主軸に論じていて面白い
*2 行動経済学で、個人が感じる効用は、参照点よりも利益が増えた場合に比べ、同額減った場合の方が変化の絶対値は大きいとする(つまり、100万円利益が出るよりも、100万円損をした方が大きな変化だと感じる)。一般的に損失は利益の2倍程度に感じるというが、日本人ではこの差がもっと大きいのかもしれない
*3 ホリエモンや村上ファンドに対する社会の反発がよい例だろう
*4 金銭的余裕のなさは致し方ないが、寄付にまつわる胡散臭さも一つの阻害要因だ。詐欺まがいの寄付が少数でも目だって存在するため、正しい目的の寄付活動や、まっとうな非営利団体の寄付のお願いも単純に同一視されやすい。他にも宗教や習慣として喜捨が根付いていない(実際は托鉢も見かけるのだが)、個人よりも公共団体を通じた支援が望ましい、といった慣習が寄付の拡大を阻害している

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by flauto_sloan | 2008-11-26 05:56 | MITでの学び(MBA)
日米貿易摩擦はゆっくり交渉? - Power & Negotiation
Power & Negotiationの授業の交渉シミュレーションで、週末だが学校に集まって3人のグループで交渉をした。ハーバード・ロースクールの交渉のケースを使ったのだが、私の役は、念願の米国進出をしたが(1990年ごろの設定)、アメリカの販売代理店と上手くいかなくなってしまった日本の機械会社社長*1。相手のアメリカ代理店社長(実際にアメリカ人)と、調停役(ロシア人)の下で交渉をした。

結果的に双方の利益に適う形で収まりがつき、これまでの中でも最善の結果だったが、ケースの内容とは別の点で面白い学びがあった。

ケースの中に、その日本人社長が「たどたどしい英語で」話した、とあったため、役に入り込むために敢えて非常にゆっくり、噛締めるように話した。感覚的にはいつもの半分くらいのペースだ。すると文法や内容を英語で考えるスピードと、口が回るスピードが同期され、伝えたい内容をしっかりと伝えられる。聞く側にとっても判り易かったようだ*2

ネイティブでないからこそ、ゆっくりと話すと言うのは大事なのだなと実感した。お蔭で誤解も解け、貿易摩擦(?)も解消できた。


*1 ちなみにクラスに日本人は私のみ。TAはわかってて私に日本人役を振ったのだろう
*2 今年はVogel塾でコミュニケーションの講師を呼んでいるのだが、その講師も「日本人はゆっくり話せ」という旨のことを繰り返し強調している。その効果を強く実感した

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by flauto_sloan | 2008-11-23 15:22 | MITでの学び(MBA)
友の学びに復愁す
Sloanの友人Shintaroが、異業種交流会というSloan日本人の勉強会にて、自らの経験を発表していた。彼は私と同業の経営コンサルティングファーム出身であり、また友人としても非常に親しいので、彼の学びを聞くのが非常に楽しみだった*

彼の発表内容自体は割愛するが、同時期に似たようなプロジェクトを行っていたこともあり、聞きながら追体験すると共に自らを振り返る機会だった。


私の過去の経験を思い出すと、上手くいったもの、反省が多いものと色々あるが、個々のプロジェクトをケースとして分析することができるようになった。上手くいったときには上手くいくなりの理由があり、逆もまた然り。当時はただに自分を責めていた失敗でも、いま一歩引いて見ると、そもそも失敗ではなかったり、自分の所為ではなかったり、自分の所為であっても仕組みとして失敗するようになっていたり、というケースがある。

過剰な自己批判は自尊心を傷つけ、却って不能にしてしまう。寧ろ責めるべきは、ろくに状況を見極めずに自分を責めて満足してしまっていた、過剰な責任感という無責任さであろう。

成功しようと失敗しようと、要因を彼我に分け、再現可能なものとそうでないもの、不易と流行とに分け、そして学ぶべきものを理解ししないことには、学んだ気になっているだけで何も学んでいない。そういう意味で、学ぶに貪欲でなかったか、戦略的に学ぼうとしていなかったのかもしれない。


今回の留学で学んでいることは、学ぶとはどういうことかだと思う。日本の学校教育、アメリカの教育、社会に出てからの学習、どれも皆異なり、一長一短がある。私はそれらを相対化できずに、学ぶことや学び方の幅を畢竟十分に広げられなかった。


コアタームでは比較的日本流学習方法が通用したために、学ぶとはそもそもどういうことか、新たな知識を知り好奇心を満たす悦びを、幸いにも思い出すことができた。

その後の一年は、アメリカにおける教育に適応するために苦労し続けてきたように思う(未だ苦労している)。だがその苦労の中で、徐々に「学ぶ」とはどういうことかを体感し体得できてきたかのように思う。

残りの期間は、社会に戻る直前として、自ら経験を通じて学び続けるとはどういうことか、どうすればよいのかを学ばねばならない。そう気づかせ、覚悟させてくれた友人の発表に感謝したい。


復愁 (杜甫)
萬國尚戎馬
故園今若何
昔歸相識少
早已戰場多


* この発表を聞くために、Emanuel AxとYefim Bronfmanの夢の競演を諦めてまでボストンに残った。ちなみにこのコンサートは、聴きに行った妻が大いに感動していた。交響的舞曲などラフマニノフはCDになっていて、グラミー賞まで取った名盤となっている。非常にお勧め
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by flauto_sloan | 2008-11-21 14:05 | MITでの学び(MBA)
出口のない投資
ランチタイムに、FidelityのVC部門のパートナーの方が講演を行った。金融危機で所謂投資銀行が無くなった結果、有望なベンチャーへの投資がExitできなくなってしまい、VC業界も混迷を極めているという。そこで脚光を浴びているのが、小規模なブティックM&Aアドバイザリー・ファームだという。

新たな魅力ある技術を持ったスタートアップ企業は、次々と登場している。フィデリティはそうした企業に投資をしていきたいのだが、Exitできるかが最大の懸念となっている。これまで売却/M&Aを手がけていた大手投資銀行が消滅*したため、既存の投資案件がなかなかExitできなくなってしまった。すると投資家にリターンを配分できず、資金調達が苦しくなると共に、新たな投資案件に資金が回らなくなってしまう。だがやはりExitの王道がM&Aであることには変わりがない。そこで今は、ブティックM&Aアドバイザリー・ファームが引っ張りだことなっているという。

投資家やファンドには資金があり、優れたスタートアップも存在する。問題は如何にお金が流れるかであり、その媒体としてのM&Aファームが脚光を浴びている形だ。再び市場に流動性が増すまで、その希少価値と需要は高いままだろう。なかなか生々しい話を聞けて面白かった。

* 商業銀行化含む
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by flauto_sloan | 2008-11-06 14:01 | MITでの学び(MBA)
交渉人はどんな人か - Power & Negotiation
今学期履修している "Power & Negotiation" は、非常に実践的で面白い。毎週交渉をシミュレーションしていくうちに、だんだんとクラスの中に、誰がタフ・ネゴシエーターかといった評判が出来上がっていく。

では、どんな人が優れた交渉人なのだろうか。

クラスのスーパー・ネゴシエーター
授業の最初の頃は、インド人や中東系がだいたい交渉が強かった。交渉がどれだけ生活に根付いているか、という文化的側面がスキルに直結していた。時に無茶なことも言ってくるが。

だが授業にて、交渉の背後にある構造を考えるようになると、あるスローン・フェロー(スローンのエグゼクティブMBA)の女性がスーパー・ネゴシエーターとなった。


ハーバード医学部で幹細胞の研究をしている非常に優秀な女性で、物腰は柔らかくゆっくりで、話すと極めて理知的。私も一度交渉をしたが、気づくと二人の間に連帯感ができ、共に価値を最大化するための問題解決となっていた。最後はお互いに満足して交渉が終わる。そして彼女の要求は殆ど満たされる。

交渉は、参加者で如何に価値を作り出し、それをどう配分するのか、という問題解決なのだが、彼女はその術をよく理解している。そして、彼女のプランを実践するための準備を入念に行ってくる(相手の関心やその強さの分析など)。

昨日の交渉では、彼女の凄さが遺憾なく発揮され、クラス中を驚愕させた。


サボタージュの成功
シミュレーションは、ある地域開発プロジェクトを題材に、6人の利害関係者が、5つの論点について駆け引きをして、自分の利益を主張しつつ交渉をするというもの。その中で彼女の役には、隠された目的があった。議論を難航させ、交渉を座礁させてプロジェクトを頓挫させる、というサボタージュだ。

このサボタージュというのが実に難しい。妨害がばれたら、議論から強制排除されてしまう仕組みもあるため、一見議論に協力しながら、他の利害関係者を唆して議論を混迷させる。そんな絶妙で難しい役目を彼女は見事にやってのけ、クラスでそのグループのみが、プロジェクトを頓挫させた。

彼女の戦術は、まさに交渉のセオリーを理解した上での裏の書き方だった。
  • 合意し易い論点を軸に、連帯感を醸成する
    →予めその論点を特定し、それが議論になる前に紛糾する論点を持ってくる
  • distributive bargaining(一方が勝つと一方が負ける)を組合わせてintegrative bargaining(一方が勝つともう一方も勝つ)を作り出す
    →要素分解してdistributive bargainingに戻し、利害が反する人でグループを作って対抗する
など、非常に勉強になった。


優れた交渉人とは
彼女を見ていると、優れた交渉人は、交渉の理論を把握し、それを利用して交渉のシナリオを作れる人なのだと思う。押しの強さといった人間的一面も重要なのだが、構造/戦略レベルの失敗を感情や口上といった戦術レベルで挽回するのは困難だ。そして何より準備が重要。

教授と個人的に話した時に聞いたのだが、教授もまた交渉が好きではないらしい。だが仕事として「交渉人格」を作り、タフな交渉に臨むのだという。

優れた営業マンは押しが強そうな人間とは限らない、というが、優れた交渉人もまた、押しが強そうで交渉が好きでたまらなさそうな人、という訳では決してなさそうだ。自分はラテン系などに比べて交渉があまり得意でないと感じていたため、彼らを見ていると心強くなる。
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by flauto_sloan | 2008-11-05 10:45 | MITでの学び(MBA)
ピーター・センゲのトレーニング・デイ
『Fifth Discipline (最強組織の法則)』で全世界のビジネス界に影響を与えた、ピーター・センゲ教授の授業であるリーダーシップ・ラボが始まり、今日は最初ということで一日がかりのトレーニングがあった。非常に面白かったので、心に残ったことを書き留めておく。(残念ながら諸事情により結局履修しなかったのだが、もっとセンゲ教授に学びたかった)

センゲ流リーダーシップ
センゲ教授は、システム・ダイナミクスの考えを用いてリーダーシップの役割を定める。リーダーシップの能力はボス・シップ(地位や権力)とは区別され、三つの要素からなる。
  • 複雑な構造を把握する能力
  • 学びて習う・熟考し反省する能力
  • 創造性をもって人に方向を指し示す能力
特にReflection(反省)はリーダーシップを養う上で非常に重要であり、人は自らを振り返ることによってのみ過去の失敗から逃れられる、と強調していた。

また、リーダーは話をよく聞けなければならない。相槌などで相手を促す必要も無く、自然と対話が共鳴するのに任せればよい。

システムの作り手と住人
我々は、自分が作り出したシステムの中に生きている。物理的・社会的・心理的な構造がどのようになっているのか、個々人のアクションの総体としてどのようなシステムが構築されたのかを把握しなければならない。把握することで、どこを改善すると全体が上手く回りだすのか、またどのようなトレードオフが存在するのか、そしてどのようにリソース(人材など)を活用できるのかが判る。

システムの住人がシステムを作り出していることを実感するため、入学オリエンテーションの時に行った「ビア・ゲーム」の改造版を行った。さすがに2回目だから、前回とはルールの修正が入っていたにもかかわらず、いい結果がでた。だが確かにシステムが生じ、人々の行動が変わるのを実感できたのは大きな学びだった。

内省
センゲ教授が繰り返し強調したのは、内省の重要さだ。新たなことを学んだり、少人数の対話をしたら、すぐに自分が何を学んで何を感じたのかを書き留める。そのための"reflection note"という手帳も配られた。

繰り返し内省をし、人の話を聞き、組織や社会のシステムに何が起きているか把握する。同時に自分のビジョンを持ち、そこへ向けて人々をどう、どれくらいのペースで進めていけるのかを把握し、人々を導いていく。これはボスであることとは異なる。


ピーター・センゲ教授の人格も素晴らしく、温かみがある。さすがはスローンが誇るリーダーシップの泰斗であった。
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by flauto_sloan | 2008-11-01 22:26 | MITでの学び(MBA)
音楽とリーダーシップ
c0131701_13401122.jpg先日コンサートに招待してくれた、Ben ZanderのSIP特別授業 "The Leadership of Art" があった。指揮者が語るリーダーシップ論ということで、個人的にかなり非常にとても物凄く興味を持っていた。期待以上の、洞察に満ちた、元気を与えられる講演だった。

How fascinating!!!
指揮者にとってのリーダーシップとは、人々を動かして(mobilize*1)美しい音とハーモニーを引き出すことであり、演奏者の可能性を目覚めさせることなんだよね。

権威(authority)はもはやリーダーシップとは違うんだ。トスカニーニ*2のような専制君主の時代は終わった。

今求められるリーダーシップは、人々にビジョンを与え、人々を巻き込み、可能性を認識させて引き出すことなのさ。そのためには、結果が出る前に高い評価を惜しみなく与えてあげよう。高い評価を彼らに「取らせる」のではなく、こっちから与えてしまおう。そうして与えてから、人々にその高い評価の理由を自分でつけてもらう。そうして、自分の可能性を目覚めさせるのさ!

人々はいとも簡単に悪循環に陥ってしまう。情熱を持っていても、それが失望に変わり、皮肉屋へと転じてしまう。でもその悪循環は、余計な義務感や自責といったもの以外何も生み出さない。明るいビジョンに目を向けるんだ。僕のオーケストラでは、演奏中失敗したら、明るく大声で両手を挙げて
"How fascinating!!! (なんて素晴らしい!!)"
と叫ばせているんだよ!


また、「ルールその6」と呼んでいるんだけど、何か行き詰ったりいらだったりしている時に
"Don't take yourself so seriously!! (そんなに思いつめるなって。気にするなって!!)"

とお互いに言い合うと、悪循環に陥らないで済むんだ。

こうして、常に明るいビジョンに目を向けさせて、可能性を引き出すのがリーダーであり指揮者の役割なのさ。


全員をクラシック好きに!!
芸術は生存に不可欠じゃないけれど、希望を与えてくれる。クラシック音楽愛好家は人口の3%だというけれど、これを4%にするのが目標ではなく、
100%にするのが目標なんだ!

クラシック音楽は本当は、誰にでも理解でき、感動できるものなので、もしその良さがわかっていないために演奏会に行かない人がいたら、それは僕たち音楽家の責任だ。音楽はただの音のかたまりではなく、作曲家が流れるメロディに乗せたメッセージなんだよ。それを知るだけで、ぐっと楽しくなれる。

c0131701_13404018.jpgここでザンダーは本当の音楽を聴かせてくれた。まず自らピアノを弾いて、音のかたまりとメロディーの違い、ショパンが楽譜に籠めたメッセージを見事に表現すると、その明らかな違いと、美しい「音楽」に、参加者は皆感動していた。
また、ニューイングランド・コンサヴァトリーから連れてきたチェリストの生徒にバッハの無伴奏チェロ組曲を弾かせた。ザンダーのフィードバックと、ユーモア溢れる勇気付けによって、その生徒のチェロの音色と表現が見る間に深まっていく。まさに「可能性」が引き出される瞬間だった。


リーダーシップと音楽
音楽はリーダーシップの実践の場でもある。ザンダーのリーダーシップ論が、チェリストでもあるハイフェッツの論と共通しているものが多いのは、決して偶然ではないだろう。

自分のオーケストラの経験を振り返っても、素晴らしい演奏の時には、個々人の可能性がどんどん引き出され、相乗効果でハーモニーがどんどん豊かになっていった。

そんな成功時はオーケストラが一体になり、周りのあらゆる音が聴こえてくる。響きとメロディーの中での自分の役割、自分の音が他の演奏者や聴衆に与える影響、さらにそれが自分にどう跳ね返ってくるのか、リアルタイムの相互作用が手に取るようにわかる*3。まるで上からオーケストラと聴衆と、音楽の流れを俯瞰するかのようだ。

そこまでのダイナミクスが生じると、指揮者も一人の演奏家でしかない。リーダーは指揮者一人のように見えるが、個々人がリーダーであり、周りの演奏者をmobilizeしている。指揮者の役割は、その高いグループ・ダイナミックスへオーケストラを導いていくことにある。

演奏が終わると、至福にひたれるだけでなく、お客様からの賛辞でさらに嬉しくなる。この経験を一度でもすると、もうオーケストラを続けたくて仕方がなくなってしまう*4

ザンダーは勿論、ハイフェッツのリーダーシップ論や、システム・ダイナミクスを私が何の抵抗もなく受け入れられるのは、この音楽におけるグループ・ダイナミックスとリーダーシップ経験にあるのだろう。


自分の内なるリーダーシップを見つめられ、勇気と楽しさを目一杯にもらった、最高の講演だ。
そして、「全ての人をクラシック好きに」という彼のビジョンを、私は日本に持ち帰ることにする。


*1 この"mobilize"という言葉は、ハイフェッツのリーダーシップ論でも中核をなす非常に重要な言葉なのだが、対応するいい日本語がなかなかない。動員する、と訳されるが、ニュアンス的には
「刺激や鼓舞によって組織の温度を高めることで、周囲の人が励起したり、ブラウン運動が激しくなったりして、自分から創造性を発揮して動き出すようにすること」
といった感覚だろうか
*2 私の大好きな指揮者の一人(1867-1957)。圧倒的なまでに意思が凝縮された解釈と、激しく乾いた、その瞬間にしか存在できないからこその無限の生命力が籠められた響きが素晴らしい。癇癪持ちの専制君主としても有名で、ウィキペディアの逸話も豊富だが、他にも
「演奏会中に聴衆がパンフレットをめくる時に紙がこすれる音が気になったため、絹製のパンフレットを作らせた」といったものもある
*3 周りの音が全部聴こえるから、左後方の2番トランペットのミスもわかってしまう。そんな時、ちょっと目を合わせて「おう、やっちゃったな」と微笑む
*4 そしてそのままコンサート・ミストレスと結婚することになる

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by flauto_sloan | 2008-10-22 22:37 | MITでの学び(MBA)