MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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カテゴリ:MITでの学び(MBA)( 80 )
2年間の学びを振り返る
この2年間での学業を振り返ろうと思う。結果的に成績は悪くなかったが、そういう計れるもの以上に多くを学べたと思う。学期ごとに振り返ってみる。


1年目の秋学期
必修であった最初の学期では、以前も書いたが、学ぶことの楽しさと、拠って立つ原理原則を学んだ。つまり

1) ビジネスは複雑化し、事業の全体像を把握することは困難になる中、
2) マネージャーたるもの事実を把握するための最低限の知識・スキルを身につけたうえで、
3) 限られた情報の中で意思決定をするための原理原則を理解し、
4) その原理原則が適用できる範囲を把握して正しい判断を行うこと、が重要である

ということを、ミクロ経済、ファイナンス、組織論などを綜合して学んだ。
世の中の多くの問題に正解はない。が、不正解はある。原理原則してはならない不正解を知ることは、意思決定の幅を的確に狭めてくれるし、また一見正しそうに聞こえる案に惑わされることがなくなる。
まさに学問と実際との関連と境界を学び、この2年間の礎となった。
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1年目の春学期
春学期では、アカデミックな知見と、人間本来の性質とを理解することが、それらと一見遠そうに見えるビジネスでも強力な見識となることと、己の限界を把握することの必要性を学んだ。

アカデミックな知見は、これまでの偉大な学者の研究の積み重ねにあるため、そこに埋め込まれた知見や洞察は深く、決して疎かにはできない。学者は象牙の塔に籠っているので、生き馬の目を抜くビジネスの実際がわかっていない、とは尤もらしく聞こえる。だが特にアメリカの学者は、実践を強く意識している。

投資銀行にいたファイナンスのアスキス教授、ザラなどのオペレーション改革を主導したオペレーション入門のガリエン教授、有名なアントレプレナーであったテクノロジー・ストラテジーのアンダーソン教授らは、自ら超一流のビジネスパーソンであり、さらに理論を極めている。理論と実践を極めた彼らの含蓄ある言葉は、大きな気付きを与えてくれた。
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りごぼん教授のマクロ経済学は、初めて学ぶ内容ながら、教授の強烈なパーソナリティと、ケーススタディによる歴史との整合性とで、いかに抽象化したモデルが(限界はありつつも)社会を強力に説明できるのかを学んだ。この抽象と具体のバランスは、ともすれば抽象か具体かと対立軸で考えがちだった私に、それらを止揚した考え方があると気づかせてくれた。
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また、人間本来の性質を理解するのが、結局人間の社会を理解するのに重要だと再認識した。
テクノロジー・セールスの授業では、結局人が物を買うのはそれを売る人間を買うのであり、物を売るには、買う側の本当に求めているものを知り、買える理由を与えることが重要だと講じていた。まさに心理と人格が重要な要素だ。
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ゲーム理論では、進化論におけるESS(進化的に安定な戦略)と絡めながら理論を学ぶと同時に、教授が設計したオンライン・ゲームに毎週参加することで、賢しらなMBA生が見事に理論と整合する行動をとってしまうことを目の当たりにし、納得感を深く持てた。
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途中まで履修していた、経済学部の行動経済学の授業でも、人間がいかに理性的ではなく、バイアスにまみれているか、そしてそれを理解することで何が見えてくるのかを学んだ。
また、人間の社会は国や文化で様々でありながら、共通の行動規範や社会・経済構造があると学ぶことは、人間という種に遺伝子レベルで埋め込まれた性質があることを教えてくれる。マクロ経済学、グローバル・マーケット、グローバル戦略論の3つの授業を同時並行で受講したことで、その多様性と共通性を理解することができた。
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加えると、この学期はやる気が焦りになったのか、授業を取り過ぎて破綻をきたしかけた。やはり自分は人間の一個体でしかなく、限界を知ってその中でやりくりしないといけないのだ。これは一度失敗しているのにもかかわらず、感情や焦り、執着というものがそれを忘れさせてしまった。やはり時折、一歩下がって自分を客観的に(過小評価も過大評価もせず)見つめることが必要だ。
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2年目秋学期
この2年間の転換点であり、ものの考え方が根本から大きく変わった。言うなれば、OSを入れ替えたようなものだ。
履修していた、システム・ダイナミクス、リーダーシップ、パワー&ネゴシエーション、インダストリアル・エコノミクスの4つの授業は、途中から結びつき絡み合い、世の中の構造、集団の構造、その中の個人の行動という3つのレベルでのダイナミクスを学ぶことになり、世界を今までとは別の角度で見られるようになった

システム・ダイナミクスは全ての根幹にある考え方で、世の中の事象を因果関係とその循環で構造化する。その構造に定量的・半定量的な分析を持ちこむことで、将来のシミュレーションや、問題解決のためのレバレッジ・ポイントを発見できる。それにより、逆効果となる施策を避け、本質を見抜く力を養う。
構造を理解すると、一見逆説的(counter-intuitive)な行動が、問題解決になることがある。たとえば、売り上げが落ちて士気が下がってきたので、思い切って価格を上げる、顧客対応が追い付かず収益が悪化してきたので、あえて接客時間を長くとる、といった打ち手が、一見事態を悪化させているようで、問題の構造を理解していると実は正しい効果を生むことがある。
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ハイフェッツ教授のリーダーシップの授業は、冬の集中講義ともども、このブログで散々語ってきた。そこでは文化人類学にまで掘り下げたうえで、人間が社会および集団の中でどうダイナミクスを生み出し、それに応じて行動するか、リーダーシップはそのダイナミクスを熱したり冷ましたりすることで、人をより高い目標に導くための学習を促すのだ、と学んだ。理論(膨大な参考文献)と実践(チームセッションと授業中)とで、リーダーシップを取ることの危うさと、その向こうにある目標の崇高さ、それを推し進める矜持を学んだ。最も感動し、学びが深かった授業だった。
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パワー&ネゴシエーションは、いわゆる交渉学なのだが、個人や集団との交渉を、交渉の背後にある構造にまで踏み込んだ上で設計し実行することを強調する。それはまさに、リーダーシップを発揮するうえで必要な術であり、構造の把握が如何に重要かを、実践的に理解した。個別の交渉術もさることながら、相手の意思決定に、問題を取り巻く組織・社会・文化的構造をどう作用させるかという本質論が、大きな学びであり気付きだった。
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インダストリアル・エコノミクスで学んだ、産業別の競争環境と戦略も、これらの構造とダイナミクスを適用させるケースであった。経済活動も、購買意思決定者のレベルにまで落とし込めば交渉であり、相手の心理を「買う」という状態にまで持っていくための構造設計である。その構造には、企業という集団レベルでのダイナミクスがあり、その企業のある産業・市場の中では、市場規模の拡大・縮小や、競合環境の変化といったダイナミクスがある。これらの構造を理解し、どう戦略を建てるべきなのか、という観点で学ぶと面白かった。

これで世の中を見通せるようになった、と烏滸がましいことは言わないが、近視眼的であることと大局観を持つことの違い、事象の背後にあるものを構造化するとはどういうことかを理解できた。ダンスを踊りながらバルコニーに上がること、これを常に意識しよう。


2年目春学期
最終学期は、歴史とそこから学ぶことの重要性を学んだ。先学期では社会・集団・個人の構造を、微分的なダイナミクスで捉えたが、今学期はその時間軸をぐっと伸ばし、歴史という一段大きな構造を把握することで、見識のレベルを深めることを理解した。

フォーブズ教授の「世界経済が抱える課題(Global Economic Challenge)」の授業では、歴史をしっかりと捉えれば、この金融危機ですら古くて新しい問題であり、過去から学べるものが多いと示した。ブッシュ政権の経済諮問委員会の最年少メンバーだったフォーブズ教授は、100年に1度といわれる今回の金融危機を、まさに時間軸を100年以上に捉えて、様々な「危機」のケースを取り上げることで、危機のうちで何が人類未経験の課題で、何が既にわかっている課題かを切り分けた。大部分は未曾有でもなんでもなく、規模の大小はあれど人類が経験しているものだった。
歴史から、過去の経験から学べるからこそ、何が今新たに知を結集すべき新しい課題かを切り分け、解くことができる。それを毎度一から解いていたのでは、時間がかかるし、動員できる知は限られる。ちっぽけな頭に閉じた世界で考えるのではなく、先人の知恵を総動員することが重要だと学んだ。
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サロー教授の「経済・政治に関る課題」の授業では、歴史観の重要性を、現代のテーマを取り上げることで実感した。高齢である教授が、自分の経験(それが即ち歴史となっている)を基に、常識や通説といったものをばっさりと切り捨てる。もちろん自分の経験へのバイアスはかなり強いのだが、多くを経験してきた教授の見識には常に一定の理がある。その理を積み立てていくこともまた、実践的に学ぶということなのだろう。
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アターバック教授の「破壊的イノベーション」の授業では、テクノロジーが市場に与える影響を、歴史から共通性を紐解いて考えることで、一定の構造があることが論じられた。イノベーションによる産業の栄枯盛衰は、ごく最近現れたかのような印象を持つが、それは我々の記憶の短さと、経験によるバイアスでしかないのだろう。ボストンの氷産業から電球、自動車、最新のデジタル機器に至るまで、イノベーションによって技術・商品が世代交代し、その交代の過程での新旧両技術の動向や、一つの技術の栄枯盛衰のサイクルには法則性がある。この、技術が生み出す短期・長期のダイナミクスと、それをもたらす構造への洞察は非常に深く、印象深かった。
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マドニック教授のウェブ3.0の授業は、新たなイノベーションの萌芽となりうる技術と、その先にあると考えられるweb 3.0とはどのようなものかを議論した。最近日本でも広まりつつあるfacebookやtwitter、TripAdvisorなどを始め、Wolfram Alphaなどの先駆ける技術、そしてクラウドやセマンティック・ウェブにまで、まだ誰もよくわからないものをわからないままに、のびのびと考えるのは知的刺激に溢れ、面白い授業だった。将来のウェブやビジネスを想像するのは楽しい。
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キーガン教授のアダルト・デベロップメントの授業では、大人になっても学び続けることの重要さと、その先にある成熟した人間の姿、それに向かううえで障壁となる心理を学んだ。東洋で器を大きくすると表現されるものを考える契機となった。大器は晩成しうるのだ。
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ローゼンフィールド教授のオペレーション戦略の授業は、様々なゲストスピーカーが招かれたのだが、彼らの経験をまとめたケーススタディに、自身がコメントをすることで、何がオペレーション設計上、戦略策定上のボトルネックや課題となるのかをビビッドに感じることができた。
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こうして2年間を振り返ると、まさに視野が広がり、考え方の柔軟さや奥深さを得られたと思う。知識を見識レベルにまで深め、胆識を養う素地と実践が行えた。MBAでのテクニカルな学びはさることながら、こうした一歩引いて学んだことこそ、この2年間で得た大きな財産であり、私自身を養う得難い経験だったと思う。
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by flauto_Sloan | 2009-06-07 10:40 | MITでの学び(MBA)
母校 - Alma Mater
卒業式から一夜明けて、妻は一足先にNYへ帰っていった。私は母親にMITを案内するとともに、この学び舎に別れを告げていった。昨日は人と喜びに溢れかえっていたキリアン広場も、今日は芝生が青々と生い茂る。
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何度も通学で歩いた無限回廊(Infinite Corridor)を歩くと、面白いイベントのポスターを探した掲示板、MITHengeなどが思い出される。
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不可思議なデザインのスタータ・センターに入ると、世界を変えていく創造力の息吹を感じる。
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そしてスローンの建物に入ると、私の視野を大きく広げた学びと、350人の仲間との交友が、私の中に根付いていることを感じる。
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偉大な学者や起業家が、最先端の知見や、熱情あふれる経験を教えてくれた大講堂。好奇心を呼び覚ましてくれた。
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これでこの校舎に足を踏み入れるのも、最後かもしれない。
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様々な思い出が去来する。

だが、悲しいだとか寂しいだとか、後ろ向きな感情はない。いつでも私を迎え入れてくれ、腰を下ろして休むことができる場所だ、と感じる。

これがこのMITとSloan School of Managementを母校(Alma Mater)と呼ぶことの意味なのだろう。
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by flauto_Sloan | 2009-06-06 22:34 | MITでの学び(MBA)
Commencement
今日、MITを卒業した。

卒業をCommencementというように、これは私にとっての新しい人生の始まりであり、出発点だ。2年間友に学んできた友人も皆旅立つ。
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c0131701_15214618.jpg決して未来は薔薇色ではないかもしれないが、このケンブリッジの地で学んだこと、それにより成長した自分を信じて進んでいくしかない。

指に嵌めているGrad Ratの向きは反対になり、学舎は懐かしむ母校となり、激動の社会が棲家となった。
この手で、自分の未来を掴み取らねばならない。


c0131701_1523857.jpgスーザン・ホックフィールド総長のスピーチも、ゲストのマサチューセッツ州のパトリック知事も、先行きの見えない世界でも進む勇気と、その世界をよりよくするためのテクノロジーの重要性を強く訴えていた。

今年はMBAに限らず、エンジニアの学生も就職には苦労している。喜ぶべき門出にも不安が付きまとう。

だが、そこでまず信じるべきは自分自身であり、さらには科学技術を築き上げた人類の叡智である。


Massachusetts Institute of Technology を卒業する者は、そう決意するに相応しい人材だ、と受け取った修了証書が語りかけてくれた気がした。
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by flauto_Sloan | 2009-06-05 22:09 | MITでの学び(MBA)
Convocation
c0131701_153174.jpg今年からMIT Sloanだけでの修了式、Convocationが行われるようになり、2年間を共にした350人の旅立ちを皆で祝った。とても名誉なことに、その記念すべき初めてのConvocationで、私と妻とで演奏する機会を得られた。2年間の思い出が去来し寂しくなったが、非常に思い出に残る修了式だった

開会の宣言の後、卒業代表のイスラエル人のシミリットが答辞を述べた。コアチーム、授業でのチーム、プロジェクト、旅行… 彼女個人による周りの人々への謝辞を通じて、我々一人一人が仲間、家族、そしてMITの教員・職員に感謝の気持ちがこみ上げる。

そしてその答辞の直後に、私たちの演奏だった。曲はチャイコフスキーの『眠れる森の美女』よりワルツで、フルート、ヴァイオリン、ピアノへの編曲版だ。今は眠れる雌伏のときかもしれないが、明るく前向きに、ワルツのステップを踏むように楽しみながら前に進みたい、そんな想いで選んだ。ピアノは妻といた学生オーケストラの後輩であるMayさんにお願いした。

今までで一番の大役であり、やや緊張もしたが、舞台に上ると不思議と楽しもうという気持ちになってきた。演奏(youtubeへのリンク)は本番にしては上出来で、会場の仲間たちから大きな拍手を頂いた。後から聞くと、"ローリング・スローンズ"のロックではなくクラシック音楽であることに不満を感じた人も、私たちの演奏を聴いて喜んでくれたらしい。

c0131701_14562279.jpg席に戻ると、このすばらしい機会を成し遂げた達成感と興奮とで、その後のディーンやゲストスピーカーの話があまり頭に入ってこなかった。厳しい状況で卒業する我々を勇気付けるメッセージだったが、私にとっては、学生生活の最後で学生総代に続く大任を認められたこと自体が、最大の勇気に繋がった

修了式後は、友人やその家族に会うたびに、素晴らしい演奏だったとの言葉を頂いた。有難い限りだ。フルートを始めて20年になろうとするが、自分の能力、音楽がここまで人の感情を動かし、記憶に残ったことはなかっただろう。

この演奏をさせてくれた実行委員会、私を推薦してくれたマリー、そして何よりピアノを弾いてくれたMayさんとそのご家族と、愛する妻に感謝するばかりだ。


夜はボストン市内を見渡す、プルデンシャル・スカイウォークを貸しきっての立食パーティーだった。家族連れで皆やってきて、学生最後の夜を皆で祝った。チャールズ川の向こうにMITの校舎を見渡すと、これまであまり自覚しなかった母校愛を強く感じる。
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c0131701_1511416.jpg友人たちと将来のことやMITでの思い出を語り合い、写真をたくさん撮る。
皆もうすぐ離れ離れになってしまう。世界中に散らばるが、ここでの経験や絆はずっと保っていきたい。

明日はいよいよ卒業だ
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by flauto_Sloan | 2009-06-04 23:43 | MITでの学び(MBA)
Re-Orientation – 学問の世界から実業の世界へ
授業も終えた今日、"Re-Orientation"と題して、MBAから実社会に戻るにあたってのサバイバル術を考えるイベントがあった。といっても昨夜のFollies同様、面白いビデオ劇で笑いながら、少しずつ覚悟をしていく内容だった。
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会計で人気だったウェーバー教授が、会計という面白みのない専門でどうやって生き延びてきたかを、人生経験と自虐的ユーモアたっぷりに紹介してくれる。特に印象に残ったのは、「いつも何かを学び、そして仕事は楽しみながらやることが大事さ」というメッセージだった。会計を教えながら、教科を楽しみ、生徒の反応を楽しみ、常に前向きに学んでいく。そうするとお金もついてくる。

私は元の職場に戻るので、ともすれば新鮮な喜びを失いがちになってしまうだろう。忙しい日々に辛さを感じることもあるだろう。だが好奇心を失わずに広く学び、仕事を楽しみたい。成長やお金は、運さえあればあとできっと付いてくることだろう。

我々がもうすぐなってしまう MIT Sloan Alumni のassociationからは、VCを経営しているFeld氏が、ビジネスで生き抜く秘訣を4つにまとめていた。失敗、起業家精神、リーダーシップ、バランスだ。特に失敗は一歩下がって世の中を見つめ直し、何が起きているのかを見つめるいい機会だという。失敗の渦中にあっては、ともすれば視野が狭まり、身の不幸が世界の全てだと思ってしまうが、そういう時こそ、ステップバックすることが重要だ。氏の場合、ITバブル崩壊で最悪の状況にあった中で9/11を目の当たりにし、ふと世界で何が起きているのかを考えるいい機会になったそうだ。

バルコニーに上り、複眼的にものを観る。これは言うのは簡単だが、非常に難しい。だからこそ刎頚の交わりを持てる親友や盟友が必要なのだろう。この2年間で、数は少ないが深く信頼できる友人を持つことができた。それこそがこのボストンで築いた最大の財産であり、最も幸運だったことだといえる。

あとは "Sloan Professional Standard" と呼ばれるスローンでのお約束や、組織論で学んだことを会社で行ったらどう困るか、といった面白いビデオが次々と流れる。

10時から11時半の授業が10時5分開始11時25分終了になる「スローン・タイム」を会議でやると怒られるぞ、いちいち「ジョンの意見に付け加えると…」とケース議論のような発言はしなくていい、会議中PCを開いていてもいいんだよ、といったスローンと実社会の差をコメディーで描いていく。
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スローンは特別な場所だ、これから帰るのが実社会だ、という割り切りをしつつも、その学びは深く根ざしており、スローン生であったことを誇りに思っているのだろう。それを皆で確認し、この学舎への愛おしさと忠誠心、そして350人の友情を強め、困難な世界を乗り切る勇気を与え合おう、という覚悟を感じた。

早い人はもう1ヶ月もしないうちに仕事に就く。経済は芳しくなく、孤独ではあっても、後ろには2年間の自分と350人の友人がいる。それだけで何と心強いことか。
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by flauto_Sloan | 2009-05-15 21:01 | MITでの学び(MBA)
最後の授業
今日のオペレーション・ストラテジーの授業が、MBAでの最後の授業だった。この授業は2年生しか取らない授業なので、それをよく分かっているローゼンフェルド教授は、授業のまとめを簡単に済ませ、楽しく我々を送り出してくれた。

この授業はMBAに加えて、LFM(Leaders For Manufacturing)というMBAとMSのdual degreeの人たちも履修しているのだが、教授はLFMの担当教授でもあるため、授業は非常に家族的な温かさのあるものだった(内容はいまひとつだったが)。教授は大量のピザを注文し、みんなで熱々のピザを頬張りながらの授業。
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教授が10項目の最後のメッセージを一つ一つ伝えていき、生徒がどんどん突っ込んでいって盛り上げる。20分ほどで「私からは以上だ。諸君らの健闘を祈る!」と教授が告げたとき、私の授業は全て終わった。

試験の類は全て終わっており、レポートももう全て提出しているので、学業という点でもこれで最後だ。だがまだ、学生でなくなる実感はない。予習に教科書を読むことがなくなり、レポートに頭を悩ませることがなくなると、やがて学生でなくなることを知るのだろう。

そう予感すると、疲れや達成感でもない、そこはかとない寂しさがこみ上げてきた。
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by flauto_Sloan | 2009-05-14 19:53 | MITでの学び(MBA)
OpsSimCom - 遊びて学ぶ
MIT Sloan Operation Clubが主催する、MBA Operation Simulation Competition に、スローンのブロガーであるKazさんShintaroさんと参加した。(その様子をKazさんがブログに書いている)

一度昨年のオペレーション入門の授業で行ったシュミレーション・ゲームなのだが、今回は不況を反映して設定が変わり、キャッシュが枯渇しそうで借金もできない中、3日間フル稼働で工場運営をし、一番キャッシュを稼いだチームが優勝となる。参加チームは全世界のビジネススクールから100チームで、中国のCEIBからも多数参加している。


前回の授業の時に、かなり手ひどい失敗をしてしまい、生産計画とはどういうことか、コミュニケーションや委任・信頼とは何かを学ぶこととなった。今回はその教訓を生かして、目指せ上位、と意気込んだ。

3日間はなかなか睡眠不足で、いつも工場のことが気になるほど、3人とものめりこんでしまった。

だが結果は・・・残念ながら中の下といったところ。これはこれで学ぶことは多かったのだが、やはり周到な事前計画と、予想と現実がずれたときの思い切った判断/度胸が必要だと痛感。これを一人で行えることが望ましいが、人間にはマインド・セットやメンタル・モデルがあるので、これをカバーするチームワークはもっと重要であり、チームがワークするための、信頼とタイムリーで密度の濃いコミュニケーションは必要だ。


前回の授業の設定をベースにShintaroが素晴らしいモデルを作ってくれた。これで事前計画が進み、非常に効率的で効果的なスタートを切れたのだが、今回のゲームでは、需要の現れ方が前回と大幅に変わったり、ある機械のキャパシティが最後までなかなか把握できなかったりと、試行錯誤で修正しなければならない部分が多かった。だが工場運営に追われ、集まった運営データからモデルを修正する人を置けなかった。オペレーションの授業だからといって、オペレーションに埋没してしまっては意味がない。現場監督だけでなく、経営企画部も持たなければ、企業は大きく成長できない。

また、現場での判断は、最後は合理性の彼方にあるので、そこでは自分の性格や、過去の成功または失敗経験が知らず知らず影響してしまう。それに気が付いて補正し、できるだけ偏らない判断にすることは、一人では極めて難しい。せっかく能力的にも相性としても良い、強いチームだっただけに、ゲーム進行中に一歩引いてチームダイナミクスを観察し、経営企画を作ろう、といった方向修正を早めにすることができていれば、もう少し上位になれたかもしれない。


オペレーションで学んだことも、リーダーシップで学んだことも、実践は難しいのだが、シミュレーションというリスクのない状況だからこそ、失敗からこうして学ぶことができる。まさに参加したことに意義があった。

ともあれ、なかなか大変ではあったし、賞金は遠く逃したが、非常に面白いコンペティションだった。


ちなみに、優勝はスローンのLFM (Leaders For Manufacturing) という、MSとMBAのヂュアルプログラムの人たちのチームだった。主催校のスローンが優勝できて、まずはなにより
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by flauto_sloan | 2009-05-03 13:55 | MITでの学び(MBA)
WWWの巨人 – Sir Tim Berners Lee
MITの教授で、WWWの開発者である、Sir Tim Berners LeeWeb3.0の授業の最後のゲストスピーカーとして呼ばれた。某サイトで「憧れる有名ハッカー」に選ばれ、WWWで世界を変えた男とも言えるバーナーズ・リーは、恐ろしく頭の回転が早く、かつユーモアがあり、MITが擁する天才とはこういう人なのだな、と思わせた。
Web2.0は群雄割拠の無秩序を生み、それぞれの技術が囲い込まれてしまった。セマンティック・テクノロジーを中核とするWeb3.0はそうではなく、相互にオペレーションが可能で、一貫性を持ち秩序あるネットワークを作り上げることが必要だ。もちろん、それは全てが無料であることも、アクセスコントロールができないことも意味しない。

あらゆるデータが共通の土壌として繋がることで、あらゆる創造性がその上で開花する。一部企業がデータを独占しようとするだろうが、データを結びつけることによる価値の方が大きくなるのと、データの開示競争が引き起こされることで、あるところで閾値を超えてデータが共通化されていくだろう。

共通化されたデータが結び付けられる効果は計り知れない。たとえばWeb3.0の技術を導入している癌治療の分野では、それぞれの研究分野は狭い科学者達が、お互いのデータを結びつけたことで、既に便益が出始めている。

否が応でも、Web3.0の時代は到来するのだ。マイクロソフトが当初インターネットを毛嫌いしても、それを受け入れざるを得なかったように。
バーナーズ・リー教授は、セマンティック・ウェブによる秩序あるWeb3.0の姿を考えている。それが可能になれば、まさに人知を超えた発見が生まれる可能性がある。まさに人の創造性が自由に花開く土壌だ。

だがグーグルは力技によるセマンティック技術を進めており、教授の理想が実現できるかはまだ予断を許さない。Wolfram Alphaのような新しい技術も登場しており、いまだWebは群雄割拠である。

WWWコンソーシアムのような秩序だったアプローチが通用する規模を超えてしまっているのかもしれない。教授の推進するセマンティック技術が閾値を超えようにも、閾値自体が普及を上回るスピードで拡大しては意味がない。

無秩序から生まれる創造性と、秩序の上で花開く創造性。どちらが勝つのだろうか。


 ちなみに、質疑応答の中で「webの世界で一番驚いたことは何でしたか」と聞かれたバーナーズ・リー教授は「人々がHTMLを手で書いていたことだ」と答えていた… ちなみにこのブログも、微調整はHTMLタグを手打ちで入れ込んでいます
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by flauto_sloan | 2009-04-27 22:05 | MITでの学び(MBA)
クリステンセン教授とアターバック教授
c0131701_8102620.jpg「破壊的テクノロジー」の授業で、『イノベーションのジレンマ』の著者、クレイトン・クリステンセン教授がゲスト講演をした。
アターバック教授とは長年のライバルであり友人であり、MIT的科学的・定量的アプローチを重視するアターバック教授と、HBS的経営目線での意味合いを重視するクリステンセン教授の対比が面白い。

クリステンセン教授は、「イノベーションへの解」の内容を中心として去年4回連続講義をMITで行い、私は初回以外参加した。今回の講義も基本は同じであったが、アターバック理論を理解し、また丁度『科学革命の構造』を読んだところで批判的に聴くとまた面白い。教授のキーメッセージをいくつか。
  • 技術は周辺から興り、中心技術へ集約され、そこで破壊的イノベーションが起きて再度周辺へと分散する。その破壊的イノベーションは、利益と差別化を目的とした競合によるコスト増大やサービス範囲の拡大によって促される。いわば正しいビジネスモデルであるからこそ、破壊されてしまう
  • 破壊的イノベーションを可能にするのは、簡素化された技術、ビジネスモデルの革新、そして新しいバリュー・ネットワークである。
    • 技術は3つの段階を経る。試行錯誤、パターン認識、そして規則性の活用だ。この3段階目に入ると、破壊的イノベーションが促される
    • ビジネスモデルは、バリュー・プロポジション、リソース配分、プロセス革新、利益方程式の確立の4つのサイクルが循環するようなものである。これが循環する限り、技術は持続的である。そのとき、進化するのはビジネスモデルではなく、企業である
    • バリュー・ネットワークの確立といった相互依存性を含む構造的な問題は、「神の見えざる手」では自動的に解決されない。ロックフェラーが「見え得る手」と呼んだように、アーキテクチャーを再設計しなければ、個々の起業家の努力だけで解決するものではない。仮説を持って、構造のあり方を試行錯誤して作り変えていくことが重要だ
「破壊的イノベーション」は、その実「破壊的ビジネスモデル」のことだ、とあるCEOが言ったという。動物の進化戦略と同じで、正しい戦略だからこそ、やがてそれに付け入る戦略とそれを可能にする技術が生まれ、「破壊的」と呼ばれる。

確かにアターバック教授が指摘するように、クリステンセン教授の理論がどこまで包括的で、定量的なのかはやや疑問が残る。成立要件も色々と隠れているだろう。記述的である中に、規範的な要素を含む理論だからこそ、多くの経営者に感銘を与えたように思える。

そうなると気になるのは、クリステンセン理論やアターバック理論の裏をかくものだ。あれだけ『イノベーションのジレンマ』がベストセラーになり、技術経営の分野ではある種の常識になっている。多くの企業が彼らの理論を考慮した戦略を立てて生き残りを図るならば、新しい戦略家や起業家はさらにその裏をかくだろう。

今それが何なのかは思いつかず、また彼らの理論がどこまで常識となっているのかはわからない。だが孫子の兵法が漢の時代の兵法家の常識となった結果、三国志の頃にはそれを理解した上でその裏をかくことが優れた兵法家の証だった(孫子に注釈を入れた曹操がよい例)。

兵は詭道なり
戦略は状況に応じて千変万化し、淘汰圧に曝されて進化していく。
だから面白いし、難しい。
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by flauto_sloan | 2009-04-23 22:06 | MITでの学び(MBA)
2009 Sloan Sales Conference
昨年参加した学生カンファレンスの中でも、特に面白く印象深かったのが MIT Sloan Sales Conferenceだった(ブログ記事は書きかけだったのに気づいたので、時間があったら補足したい)。

同じく参加したShintaroが書いているが、やはりランチタイムセッションのCialdini教授の講演が秀逸だった。

セールスは売り手と買い手の間で、心理に深く食い込む活動であるが、人間の心の動き方は多かれ少なかれ似通っているから、プロセス化して管理することが一定量可能だ。私自身、いわゆる営業の経験はまだないのだが、昨年Technology Salesの授業を取ってから、面白いと感じるようになった。

今年もなかなか満足のいくconferenceであった。
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by flauto_sloan | 2009-04-17 23:36 | MITでの学び(MBA)