MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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カテゴリ:旅行( 35 )
ボストン観光
今日は一日、母を連れて妻とボストン市内観光をした。かねて行きたかったホエール・ウォッチングをしたのだが、これが面白く、母も妻も大満足だった。
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ボストン沖には鯨が棲息しているので、夏はボストンの港やケープコッドからホエール・ウォッチングの船が出る。今回は水族館の先にある埠頭から出航する船に乗り、鯨を見に向かった。出航すると、ボストンの街がだんだん小さくなっていく。ボストンは港町だったのだな、と改めて実感していると、やがてケープコッドが見える。それも越えると波が高くなり、沖合いに出る。
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1時間ちょっと船に乗っていると、鯨の棲息するポイントに達した。遠くで鯨の群れが泳いでいるのが見える。じわじわと船が近づくと、鯨が驚くほど間近に見えた。巨大な鯨が雄大に泳いでいるのを見るのは、楽しく神秘的だった。
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さらに船を走らせると、別の鯨と遭遇した。この鯨はサービス精神旺盛なのか、なにか異変が起きているのかわからないが、船のすぐ傍まで来て水面に顔を出していた。鯨の顔をこんなに近くで見るのは、生まれて初めてだ。
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あまりに近いので、潜っていても影が見える。乗客は船の上から、影を追って移動する。迫力ある鯨の泳ぎに、みな大興奮だった。

市内に戻ると、クインシー・マーケットからフリーダム・トレイルをボストン・コモン方向へと歩いた。流石に3回目のフリーダム・トレイルなので、だいぶどこに何があるか判ってきた。何度もボストンには来ていた母も、この歴史が刻まれている道を歩くのは初めてらしく、とても楽しんでもらえたようだ。私も、最後にボストンの歴史を改めて振り返ることができたのが嬉しい。
(写真はアメリカ最古のレストラン、ユニオン・オイスターにて、JFKがいつも利用していたテーブル)
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夜はグリル23という、ボストンでも有名なステーキ屋さんへ行った。去年のジャパン・トレックの参加者が、お礼にとオーガナイザーへ食事券をくれたレストランだったので、最後に予約して訪れた。さすがにアメリカの一流ステーキハウスは、肉がジューシーで最高だ。焼き加減も絶妙で、食べていて幸せになってくる。

ボストンを楽しみつくした、充実した一日だった。
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by flauto_Sloan | 2009-06-03 23:30 | 旅行
ナイアガラ大瀑布をアメリカから見る
東海岸にいるうちに観光しておこうと思いつつ、つい後回しになっていたのが、ナイアガラの滝だ。ボストンからなら車でも行けるが、ニューヨークからなので飛行機でバッファローまで飛ぶことにした。あんな失敗をするとは思わずに・・・

ナイアガラ
ナイアガラの滝はアメリカ・カナダの国境に跨るのだが、カナダ側からの景色がよいという。
私も妻もナイアガラの滝には行ったことがないのだが、双方の両親は何度か言ったことがあり、カナダ側からの眺めがいいと勧められていた。そこで、JTBの日帰りツアーに申し込み、カナダ側から観光することに。

当日、家からJFK空港までタクシーで移動し、その途中でふと気になって、I-20(超重要書類で、アメリカから出入国する際には必ず持参)をちゃんと持参しているか確認してみた。ちゃんと持ってきている。だがよく見ると・・・

MITのではなく、コロンビアの古いI-20だったのだ!

私はMIT入学前に、コロンビアのALPというサマースクールに通っていた。そのため、渡米時はMITではなくコロンビアに身分を保証するI-20を発行してもらったのだ。MIT入学後はMITのものに更新したので、これはもう古くて意味がなくなった。その古い方を持ってきてしまった・・・

恐る恐る、隣の妻にこの不始末を打ち明ける・・・ これでは、ナイアガラに行ったとしても、カナダ側に渡れない。飛行機の時間と、マンハッタンまでの距離を考えると、取りに戻る時間はない。妻がみるみる不機嫌になっていく・・・

選択肢は3つ。
  • 旅行をキャンセルし、別の日に行く
  • ひとまず行き、アメリカ側から観光する
  • 妻だけカナダに渡り、私はアメリカ側に残り、滝を挟み別々に観光する
さすがに3つ目はない・・・と思うのだが、明確な否定はない・・・ ああ、相当にご立腹だ。

空港に着き、JTBの人と話し、友人に電話をかけ、どうやらアメリカ側からでも十分観光できそう(霧の乙女号には乗船できる)とわかったので、2つ目の選択肢で強行。バッファローの空港でJTBの人に、国境手前でバスから降ろされる旨告げられ、ナイアガラへ。

ナイアガラ大瀑布
ナイアガラの滝の迫力は、聞いていたよりも凄まじい。大地が割れているようだ。全体像が見られないのはアメリカ側の難点だ。だが十分大きさは伝わる。
まずは展望台から遠景を望む。
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霧の乙女号に乗船し、滝のすぐ傍にまで近づく。今日は風向きが悪く、水しぶき(何ていうかわいらしいものではなかったが)が降りかかり、レインコートを着ていてもずぶ濡れだ。それにしても物凄い轟音と水量だ。見ているだけで滝に飲み込まれてしまいそうだ。
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下船し、滝の近くにまで続く遊歩道を歩く。上から見下ろす大瀑布は、また違った迫力。
対岸にはカナダが見える。豪華ホテルやカジノが立ち並ぶ。ああいう観光地然としたところよりも、自然あふれるアメリカ側がいいじゃないか、と自分に言い聞かせて慰める。
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アメリカ側のナイアガラ
アメリカ側のナイアガラは、インド人とヒスパニックばかりだった。日本人はもちろん、アジア人や白人はほとんどいない。

おそらく、ビザの関係でアメリカを出国できない人たちが、アメリカ側から滝を眺めるのだろう。ちゃんと出国できる人たちは、全景が見られるカナダへ渡るから。いささかの不自由がありつつも、この自然の驚異を楽しめることに感謝を覚える。

帰り道のハプニング
JTBのバスには乗れないので、帰りはタクシーに乗る。値段を交渉し、インド人のタクシードライバーが非常に良心的な価格だったので、彼の車で空港に向かった。

高速に入った途端、急に路肩に車を寄せて徐行する。ドライバーが携帯を取り出し、電話口に何かどなり続けている。電話を終えると、使われていないガソリンスタンドに車を停め、訛りの強い英語でこう話した。
 
「どうやら釘を踏んでパンクしてしまったようだ。でも大丈夫。わしの家はここから2ブロックだから、今家内が代わりの車を持ってくるよ」

驚いていると、本当に奥さんが自家用車で現れた。私たち二人はトヨタのセダンの後部座席に座り、ドライバー夫婦と一緒に空港に向かうという、なんだかよくわからない構図になっていた。奥さんと一緒になり、なんだか急にアットホームな感じになり、ドライバーさんは二人の子供の話や、貿易の仕事をしていた時に日本に行ったことなどを嬉しそうに話す。

教育熱心なインド人らしく、子ども二人は大学教育を受けさせ、一人は医者になるのだという。こうして可能性を与えるのがアメリカなのだな、と感じながら空港へと向かっていた。


ハプニング続きの珍道中だったが、さすがに勧められるだけのことはある大瀑布だった。
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by flauto_Sloan | 2009-05-21 23:40 | 旅行
Ski in Vail
渡米して初めてのスキー旅行は、北米有数のスキーリゾートとして名高い、コロラド州Vail でだった。近場のバーモントやメインではなくコロラドなのは、東海岸と西海岸とから参加者が集まったからだ。
妻のコロンビアの同級生でもあるオーケストラの後輩に誘ってもらい、私以外のほとんど全員が昨年卒業のコロンビア生というグループだった(ちなみに、スキー経験が少ない妻は、結局参加しなかった)

学生の頃は毎シーズン滑りまくり、社会人になってからも一日有給を取って平日に手ぶらでガーラ湯沢に行きまくっていたのだが、腰を痛めて以来、4シーズンほどゲレンデから遠ざかっていた。今回はリハビリなので、無理せず中級コースまでにした。


広大なヴェイル
北米でのスキーは、昔カナダのバンフの方で滑ったことがあるくらいで、長じてからはヴェイルが初めてだ。日本と違って、流石に広い。各コースの幅が日本の数倍で、しかもリフトが長距離なので一回あたりの滑る距離も長く、滑り甲斐がある。

標高が高く空気が薄いため、ちょっと動くとすぐ息が切れる。高山病に罹る人もいるというので、初日は体を慣らすように滑る。直前から気温が上がったためにパウダースノーではなかったが、雪質は悪くない。
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久々の雪の感触。動き方は意外と忘れていないものだ。スピードが上がるほどに谷に身を投げ出す、この感覚がたまらない。恐怖を意思で克服すると、楽しさと喜びが待っている。

山頂まで上ると、山の裏側の斜面に出られる。大きな盆地状になっていて "China Bowl"と呼ばれる名所だ。周りは全て銀世界で、林の中だろうがコブ斜面だろうが、どう滑っても盆底のリフト乗り場に辿り着く。
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私は弁護士の友人と二人グループを組み、全山制覇を目指してひたすらに滑った。最早リハビリということは忘れていて、すっかりスピードを愉しんでいた。1日半で、全エリアを制覇すると、なんとも言えない満足感があった。

林の中を木を避けながら滑るコースが奥山にあったのだが、そこは特に楽しかった。鹿か兎になったような感覚で、立木の間を抜け、自然と一体になる。まさにスキーの醍醐味だった。
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ロースクール生との談笑
夜はロッジ二部屋を借りて、楽しく談笑した。リゾート地らしく、ロッジは別荘のようで、2階建てで豪華。キッチンからリビングまで完備し、暖炉までついている。ソファで寛ぎながらスキーの疲れを癒し、飲みながら硬軟幅広い話題(怪談から三権分立まで)で盛り上がる。

妻の友人なので私以外はロースクール生で、ほぼ全員が法曹関係者だ。私は法知識はゼロなのだが、議論の構造をよく聞いていると、理系やビジネスの論理構成との相違が面白い。

飲みが進んだころ、一部女子が密かに台所でシャンパンを開けて飲みきってしまった。これに驚いた男性陣が、主犯格(?)の女性を元ベテラン検事に取り調べてもらった。流石ベテラン検事、取調べは見事だった。柔らかい口調で質問していき、気がつくと外堀が埋まっていて、被疑者(?)は矛盾したことを言えなくなっている。遊びではあるが、取調べなんてなかなか見られないので非常に面白かった。

皆が抱える悩み
帰りの飛行機では、3人席で一緒に滑った弁護士、前述の元検事との三人で語りこんだ。皆が非常に難しく、責任の重い仕事に就いており、同時に社会や組織といったシステムによる制約を意識的無意識的に受け、苦労している。その制約はどこまで変更可能なのか、制約の中でどこまで自分の志を貫けるか、皆悩んでいる。まさにそれがリーダーシップを発揮する悩みである。

ほんの短い飛行時間での対話ではあったが、お互いに大きな刺激をしあえた。この旅で新たな友人と知り合えた、。中でも、最後の最後にお互いの人生観や価値観に触れられる友人を得られたのは、大きな実りだった。
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by flauto_sloan | 2009-01-19 06:01 | 旅行
Puerto Rico - 海とラムと
年末の寒いニューイングランドから、カリブ海のプエルト・リコへと逃避した。スペインの文化が色濃く残りつつも、米国領であるこの島は、昨冬のカンクンともまた違ったのどかさだった。

青い海
c0131701_0404730.jpgやはりカリブの青い海は気持ちがいい。ホテルのプライベート・ビーチでのんびりと泳ぎ、疲れては読書に耽る。天気にも恵まれ、熱い陽射しの中でゆっくりと泳いでいると、海と一体化した気分だ。

滞在中、一日クルージングに申し込み、ヨットでカリブ海を颯爽と走る。
まずは無人島の白砂で休憩。
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その後、沖合でシュノーケリングをすると、色々な魚に囲まれる。
1年前はおっかなびっくりだった妻も、大分余裕がある。私も素潜りをして遊ぶ。
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ずっと海よりも山が好きだったのだが、このところは海もいいな、と思う。

クレパスで塗ったような町並み
中心地 Old San Juan は、道幅が狭く、その分賑やかさが凝縮されたような町だ。住宅地に入ると、クレパスのような淡い明るい色で塗られた家が立ち並ぶ。
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クリスマス直後だったこともあり、未だにクリスマスの飾りが多く残っている。
スペインの影響が色濃く残っており、カトリックのクリスチャンが多い。教会も立派だ。
だが、軒先に飾られた聖母子と三賢人が、どことなく中米風なのがまた可愛らしい。
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c0131701_1706.jpgサンファンは大航海時代から港として栄えており、今も多くの船舶が行き来している。

友人も何人か楽しんだカリブ海クルーズの寄港地でもあり、豪華客船が停泊していた。
意外とリーズナブルだとも聞く。いつか乗りたいものだ。


世界遺産 エル・モロ要塞
オールド・サン・ファンの先に構えるのが、世界遺産でもあるエル・モロ要塞だ。大西洋とカリブ海を睥睨するこの要塞は、実戦でも幾度と活躍している。
今は石垣に海風が歴史を刻みつつ、退役後の余生を過ごしているかのようだ。
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ちなみに海面に対して鋭角に大砲を打ち込むと、飛び石の要領で砲弾が跳ね、遠距離の敵艦船に当てることができるらしい。この要塞の大砲の配置は、その兆弾も考慮したものだったらしい。

要塞周辺は歴史的地区で、総督府カサ・ブランカなど名所がいくつもある。中でも議会は青色の建物が美しかった。
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c0131701_1501135.jpgまた、20世紀最高のチェロ奏者、パブロ・カザルスが晩年を過ごした家があり、パブロ・カザルス・ミュージアムとして公開されている。

カザルスのチェロ(ケース)や椅子、指揮棒(マルボロ音楽祭を主催していた)などの遺品、またJFKの前で演奏したホワイトハウス演奏会の写真等が飾ってあった。
彼が発掘した、J.S.Bachの無伴奏チェロ組曲が館内に響いている。
地元の人たちにも愛された、偉大なチェロ奏者への尊敬がまだ息づいていた。

ピナ・コラーダの発祥の地
c0131701_13102870.jpgプエルトリコはラム酒が名産で、バカルディの工場もある。

そしてラムとココナッツミルクを主原料としたカクテル、ピナ・コラーダもプエルトリコが発祥だ。

だが一体どこで最初にピナ・コラーダが発明されたのかと言うと、なかなかわからないようだ。

オールド・サン・ファンのバラチーナというレストランが「うちが元祖だ」と言って看板を掲げている。
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一方、カリベ・ヒルトン・ホテルも発祥の地として誇っている。どちらも試したが、まあ美味しければよいので私は気にしない。
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秋学期の疲れを癒す、のんびりとした旅だった。
一体ピナ・コラーダを何杯飲んだのだろうか・・・
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by flauto_sloan | 2008-12-29 23:40 | 旅行
Thanksgiving in Texas (3/3) - テキサス州ダラス
c0131701_8333529.jpgダラスの街は、思った以上に近代的で文化的な街だった。美術館はなかなか質が高く、改築中のオペラハウスは、来年オープンすると南部での音楽の中心たりうる設備だ。だが何と言っても、ダラスはケネディ大統領暗殺を抜きにしては語れない。

ケネディ暗殺の地
c0131701_8301818.jpgケネディが暗殺されたのは、街の中心部のディーリー・プラザで、暗殺者オズワルドが居たとされるのが、その並びにあるビルの6階だ(写真は撃たれた場所から、オレンジで囲んだ狙撃現場を見たもの)。今はその現場が保存されて、"The Sixth Floor Museum"として事件の背景を展示する場となっている*1
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展示はケネディがテキサスを訪れるに至った時代背景を、丁寧に紹介するところから始まる。『ニュー・フロンティア』精神、キング牧師の公民権運動、冷戦の激化と、社会に大きな変革と不安が渦巻く中でのケネディの台頭・・・ そして既存の安定を失うことへ最も不安を感じていた、保守的南部の象徴としてのテキサス州とダラス。ケネディはダラス訪問に際して、危険だと周囲から警告されていた。

だが大統領再選に向けて、テキサスをどうしても押えておきたかったケネディはダラスへ降り立ち、狙撃された。暗殺の瞬間の衝撃的な写真、担ぎ込まれた病院側の証言、暗殺にまつわるミステリー、そして大統領死亡の悲報に涙する国民など、映像を含めて多面的に紹介している。

全体を通じて、ケネディが非常に危険な賭けをしていた(或いは、これまでに乗り越えた危機から過信していた)ことが伝わる。彼の死は大きな喪失であったが、結果的には人々の心に、歴史に永遠に残ることとなった。JFKは神格化され、ケネディ家はいまだに全米の尊敬を集めている。だが彼も人の子だったのだ、と改めて思わせる展示だった。

ダラスにとっては非常に不名誉な事件だったが、それを極めて客観的な展示で、現場を保存しつつ歴史を刻む資料館にしたことは素晴らしいと思う。


テキサン
c0131701_8305331.jpgテキサスといえば、カウボーイで知られる。同時に、アメリカでありながら独特の文化圏として特別視されている。テキサス出身のブッシュは『ブッシュ妄言録』で散々「テキサス=田舎」としてネタにされているし、りごぼんにも「テキサスの生産はアメリカのGNPには算入されない」と揶揄されている。

ダラスの中心部には、牛の群れとそれを追うカウボーイのブロンズ像がある。この牛が、実物大でしかも実際の牧場並みの数であり、かなりの迫力だ。土産物屋にも、カウボーイハットや革製のベルトやブーツが所狭しと並ぶ。

c0131701_831302.jpgそしてテキサスといえばステーキである*2チャック・ノリス"Walker, Texas Ranger*3" の舞台になりそうな旧市街にあるステーキハウスで、牛とバッファローのステーキを頼んだ。厚手で味わい深く、肉の旨みがよく引き出されている。アメリカ人は、ステーキとハンバーガーに関しては料理が完成している。

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またメキシコとの近さから、TexMexと呼ばれる料理が有名だ。ポーラが
「テキサス以外のTexMexは、本物じゃないわよ」
と言って連れて行ってくれたレストランは、確かに美味しかった。ボリュームも満点だったが*4


Lone Star State
そんなテキサスの特異性は、歴史的背景が大きく関わっている。テキサスは全米第二の面積を持ち、天然資源にも恵まれた州で、経済的な強さから独立心が強い。だがそれ以上に、フランス領、スペイン領、メキシコ領、独立国、アメリカ領と変遷してきた歴史が、独立独歩の気概を養ったのだろう。かつて独立国でもあったことから、テキサスの州旗はアメリカ国家を一州のみであしらったもので、"Lone Star"と呼ばれている。

南北戦争では南部アメリカ連合国の供給地として活躍し、その後も保守色が強く残る。共和党が強く、マケインの敗北演説はまさにテキサスで行われた。

c0131701_8322675.jpg実際に訪れると実感できたが、テキサスは州だけで完結できる広さと生産能力があり、隣接したメキシコとの関係が最大の国際事案でそれ以外への関心は薄く、人種と密接に関わりながら階層が固定化されている(富裕層は、非常に洗練された美術コレクションを持つほど)。そう簡単に多様な価値観を受け入れることはないだろう。保守が醸成され強固に維持されるのがよくわかる。

同じアメリカでありながら、また全く文化が異なり、非常に興味深いテキサス訪問だった。


*1 ケネディの命日(1963年の11月22日)直後で、また雄弁で人気のオバマ大統領がケネディを偲ばせるのか、入場まで1時間も待つ程の混雑ぶりだった(普段はそこまで混まないらしい)
*2 テキサスっ子は皆それぞれ、お気に入りのステーキハウスがあるという
*3 不死身の人気俳優チャック・ノリス主演のドラマで、チャック演じるウォーカー警備官(テキサス州の治安維持のための警察のようなもの)が悪を叩きのめすという、いわばアメリカ流時代劇。残り15分で必ずウォーカーが悪を追い詰め、無敵の銃や格闘で敵を懲らしめ、ハッピーエンドを迎えるあたり、水戸黄門などと極めて似ている
*4 テキサス州は全米有数の肥満が多い地域で知られる(ワースト1はサウスダコタ州)
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by flauto_sloan | 2008-11-29 22:54 | 旅行
Thanksgiving in Texas (2/3) - アメリカの家庭教育
ポーラの家に二泊すると、短期ホームステイのようで、アメリカの家庭で何が行われているのかがよく分かって面白い。特に子供の教育が興味深かった。

丁寧な言葉で、自分の考えを話させる
c0131701_2325022.jpgポーラには小さい二人の娘がいるのだが、二人が丁寧な言葉遣いをするように徹底している。「オレンジジュースが欲しい?」の答え一つとっても、娘が "Yes" としか答えないと、"Yes, PLEASE." と言い直させる。(私たちもそれを見て、ちゃんと "Yes, please."と答えるようになった)

また、ポールは何でも質問をしてきて、自分の意見を述べさせる。娘が一所懸命に説明することを静かに聞いて、質問を重ねる。こうして、話すことと深く考えることを訓練しているようだ*

尤も、質問をするというのはポールの個人的な好奇心の旺盛さから来ているようで、我々二人も何かにつけポールからの質問攻めに遭った。ファクトだけ述べたり、あまり面白くないことを言うと、明らかに残念そうな顔をされるので、滞在中は四方山話でも頭を働かせなければならなかったのが若干疲れもした。

夫婦の間も、お互いを尊重しつつ、意見をぶつけあう。レンタルビデオを借りてきて皆で観るかどうかですら、議論になる。我が家なら「そうしようか」か「まあいいんじゃない」で終わりそうなところを。意見を持って戦わせることも、小さいときから習い性になれば、特別なことではないし苦痛でもないのだろう。ケースの授業でやたら発言するアメリカ人も、こうして小さいときから受けていた教育の成果だろう。

自分の歴史を知る
これは多分にポールの個人的な信条なのかもしれないが、歴史を非常に重んじている。国家レベル、家族レベル、個人レベルで歴史を積み重ねることを重視し、過去を知ることで学ぼうという姿勢が強い。

書棚には米国大統領の自伝や各国の歴史が並び、話していても、日米の歴史に強い興味を持っている。米国はたかだか230年程度しか歴史がないのだが、短い分何がどういった背景で起こり、どう帰結したのかを深く理解している。過去を正視するからこそ、アメリカに誇りを持ち、また問題点を把握している。

また、家族の歴史も重んじている。サンクスギビング中に「ターキー・トラック」という市民マラソンに参加しているのだが、これも家族の伝統行事となっているらしい。なにか上手くいくと、それが伝統となって積み重なっていく。新しいことができないとポーラがぼやきもするが、家族の結びつきを強めようとしているように見える。

さらに、個人レベルでも、ルーツがどこにあるのかを強く意識している。二人ともルーツは欧州で、先祖が何をしていたのか、よく理解している。娘の一人は中国からの養子なのだが、その子に自分のルーツである中国をよく知ってもらおうと、中国語を習わせ、中国の掛け軸や置物を多く飾っている。

歴史は成功と失敗、苦悩と歓喜の蓄積であり、そこに腰掛けることで安心や自信を得られる。歴史から未来は予測できなくても、対処するための知恵を得られる。そんな信念が、この家庭を貫いていたように思えた。


いずれ子供を持ったとき、どう育ってほしいか、そのためにどう育てるか、大いに考えるだろう。その時、アメリカでどう子供が育てられているのかは、取り入れるにせよ取り入れないにせよ、非常に参考になると思う。

色々と学ぶところの多い滞在だった。我々を温かく迎え入れてくれたポーラの家族に、感謝しきりの感謝祭だった。


* よくユダヤ人の家では、食事のときに子供がその日の出来事や、その日何を教師に質問したのかを話し、深く考えて話すことを訓練するといわれる。この家はユダヤ系ではないが、似たような光景を繰り返し見た
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by flauto_sloan | 2008-11-28 18:24 | 旅行
Thanksgiving in Texas (1/3) - アメリカ家庭での感謝祭
今年のサンクスギビングは、テキサス州ダラスにいる友人のポーラの家を訪れた。ポーラとは以前仕事でマレーシアにいた時に同じチームで、彼女が家族をクアラルンプールに呼び寄せていたために、家族ぐるみの付き合いだった。アメリカに来て以来、必ず会いに行こうと思っていてついに実現した。アメリカの家庭におけるサンクスギビングの過ごし方を一緒に経験できたのはとても面白かった。

テキサスの一軒家
c0131701_0503873.jpgポーラの家は非常に大きかった。
二階建てで、私たちは二階のゲストルームに泊めてもらったのだが、専用の洗面所もあり非常に快適。一階は居間と広いオープンキッチンを中心に、特別な食事用のダイニングルーム、さらにはサロンまであり、コーヒーはそこで寛ぐ。

庭は二人の子供が遊ぶには十分な広さで、ガレージには車が二台。庭先には小さな暖炉があり、夜はそこで温まりながら、星を見つつワインを愉しむことができる。

c0131701_0572114.jpgこれが、私の想像していたアメリカの大きな家と豊かな生活か、と思う。ボストンやニューヨークではこんな大きな家は流石にない。カリフォルニアに住んでいたことのある妻は、やはりこのくらいの大きな家に住んでいたので、懐かしいという感想だったが、私は素直に驚いた。

ここまで広いのならば、家に対する色々な拘り(設計や内装など)が生まれるのもよくわかるし、家電や調理器具の小型化が必要ないことも実感としてよく分かる。さすがはテキサス。


サンクスギビング・ディナー
c0131701_0582165.jpgサンクスギビングのメインイベントはやはりディナーで、この日だけで毎年4500万羽が消費される七面鳥がメインだ。そもそもの起こりが、マサチューセッツ州プリマスで寒さに入植者数が半減した折に、地元の食材を教えて分けてくれたインディアンに感謝した故事なので、食材はニューイングランド特産のターキーやクランベリーが中心だ。

寒いマサチューセッツに住んでいると、冬の厳しさをよく実感できるが、今年は暖かいテキサスで豊穣と互助への感謝を行った。だがポーラはイリノイ、夫のポールはマサチューセッツ出身なので、やり方はあくまで寒い北東部のものだ。

ポーラが半日かけて焼いたターキーは、詰め物をせず、付けあわせと準備していた。丸々一羽の七面鳥はとても大きい。それが小さく見えるほど大きなキッチンだった。

特別な日なので、子供たちもちゃんと着替えて、きれいな服でテーブルに着いた。一家は敬虔なクリスチャンなので、食事の前にお祈りをする。

夫のポールがポーラに「今までで一番美味しいターキーだよ!」と絶賛するところも、アメリカの家庭らしい。実際ターキーはとても柔らかく、また他の付け合せもシンプルだが非常に美味しい、特別な家庭料理だった。

フットボール
一年前、チームメートのパトリックが「サンクスギビングは七面鳥とフットボールだ」と言っていたが、食後はそのフットボール。Texas Cowboysの試合(ちゃんとCowboysが勝利!!)を見た後、続いてTexasのCollege Footballの試合をテレビで漫然と観る。

試合が終わると、庭先でワインを飲みながら、チムニーの前でおしゃべりをした。ポールは趣味人で、特に歴史が好きだ。日米の文化や歴史の違いについて、好奇心旺盛に色々と質問を投げかけてくる。

よくアメリカ人とは政治と宗教の話をしてはいけないと云われるが、逆に政治と宗教の話を随分と振られたので、色々と深い話もした。テキサスの白人家庭(で元来共和党支持)でありながら、オバマの当選を非常に喜んでいたのが印象深い。ダラスと言えば、全米有数の保守地域で、JFKが暗殺された地でもある。代々からのテキサン(テキサスっ子)ではなく北部出身だからかもしれないが、目の前の危機の大きさと、ここ40年の教育の重要性を感じた。


そんな四方山話をしながら、何もせず、のんびりと過ごす。これがアメリカ流のサンクスギビングだった。
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by flauto_sloan | 2008-11-27 22:16 | 旅行
メイプル街道にて紅葉狩り
c0131701_1683950.jpg紅葉の美しさで有名な、カナダのメイプル街道。コロンバス・デイで3連休だったので、モントリオールを中心に紅葉狩りに出かけた。

ケベック州は初めてだったが、紅葉の美しさに加え、フランス文化の影響で美しさと人生を楽しむ豊かさに溢れた街に心奪われた。

モン・トレンブラン
c0131701_16102892.jpgラガーディアから空路モントリオールに入り、車を借りて景勝地モン・トレンブランへと向かった。メイプル街道をロレンシャン地方のある西へ走ると、途中美しい紅葉が眼前に広がる。

数週間前に同地を訪れたShintaroも書いていたが、ここモン・トレンブランは見事に高級リゾート地として開発され、世界中から観光客を集めている。もう一週間もすれば雪が降り始め、本来のスキーリゾートの顔を見せるらしい。今は紅葉目当ての観光客で溢れかえっている。
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c0131701_16114425.jpg今回は街で一番高いところにあるFairmont Mont Tremblantへ宿泊した。天蓋つきのベッドで、欧州の落ち着いたホテルの趣が心地いい。この温かいホスピタリティは、アメリカではあまり出会うことがない類の美徳だ。

ケーブルカーで山の頂上へ上ると、見渡す限りの紅葉と、美しく水をたえた湖を見渡せる。カナダの国旗にあしらわれるだけあって楓が多く、燃えるような紅が広がる。
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山を降りて、紅葉を踏み分けるトレイルを歩くと、美しい木々に囲まれる。
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足元には、可愛らしい楓の若木が生えている。
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湖を望むと、水鏡が山々を映し出していた。静かでひんやりとした空気が、木々の美しさを引き立たせる。
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美しい自然から街へと戻ると、フランス語が飛び交っている。
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c0131701_16151252.jpg食事はさすがに洗練されていて、何を頼んでも美味しい。久々に食を心ゆくまで楽しんでいる。
Beaver Tailという揚げパンのお菓子もさっくりとしていてとても美味しい。この味覚の違いは、イギリス文化圏とフランス文化圏の違いなのだろうか。

午後になると、急に人が増えだした。3連休にあわせて、車でカナダやアメリカからやって来た人たちが到着したのだろう。町は一気に賑やかさを増した。

カナダの特産であるメープルシロップを雪の上にたらして、冷やして固まらせて食べるキャンデーを売っていた。子供の頃テレビで見て、いつか食べたいと思っていたお菓子についにめぐり会えて感激。子供たちに混じって琥珀色のメープルシロップをゆっくりと巻きつける。シンプルな甘さがいい。
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夕食はイタリアンのタパスのお店で食べた。彩り鮮やかな料理は、どれも洗練されていて美味。ウェイトレスの女の子も可愛くて気が利く。食事の質は、北米東海岸でも随一ではないか。

のんびりとした時間が、豊かな自然の中の豊かな暮らしをもたらしているのだろう。


モントリオール
翌朝モン・トレンブランを少しドライブして、モントリオールに戻った。モントリオールの観光は、美しいヨーロッパ風の教会や建物が立ち並ぶ旧市街が特に見所だ。

まずノートルダム大聖堂を訪れた。コバルトブルーに静かに光を放つ大聖堂は、息を飲む美しさ。荘厳さと相俟って、静かで厳粛な雰囲気がある。世界有数のパイプオルガンも美しかったが、残念ながらこの日は演奏を聴くことはできなかった。
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旧市街の中心地、ジャック・カルティエ広場には、トラファルガーの英雄、ネルソン提督の像が建てられている。子供の頃、この隻眼の提督に憧れていたのを思い出す。
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郊外にあるサン・ジョセフ礼拝堂は街を睨下に収める巨大な建造物だが、中に入ると現代的な造りであることに驚く。ステンドグラスも現代美術的な色彩感とフォルムであり、概観の重みとのアンビバレンスが面白い。
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礼拝堂の裏手にある小さな教会。その昔に、足を病んだ信者の足を直した神父を祭っており、信者が寄贈したと云われる松葉杖が並んでいる。この教会に足を踏み入れた瞬間… 何かを感じた。妻と顔を見合わせる。彼女も「何か」を感じているようだ。
超常現象など信じない方なのだが、本能的に、ただならぬものの存在を感じる。空恐ろしくなり、すぐに教会の外に出てしまった… やはり人知を超えた存在というのはあるのだろうか。

その礼拝堂のすぐそばには、NYのセントラル・パークを設計した人が作ったモン・ロワイヤル公園がある。紅葉がちょうどピークで、歩いていて楽しい。展望台まで進むと、新市街・旧市街とも一望できた。手前には燃えるような紅葉、その先には高層ビル、あなたには石造りの旧市街。自然と調和し、歴史を重ねつつも発展しているモントリオールの街を感じられた。
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最終日は午後の便だったので、パリにあるかのようなカフェでブランチを楽しむ。あやの雨ではあったが、エッグ・ベネディクトが絶妙で素晴らしい。
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c0131701_16252356.jpgモントリオールの美しさ、人々の生活の豊かさ、食事の美味しさとで、妻はこの地をすっかり気に入ってしまったようだ。冬場は雪に閉ざされる街ではあるが、長く住むならこんな街もいいだろうな、確かにそう思わせる街だった。住むにはフランス語が必要だが。
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by flauto_sloan | 2008-10-13 12:51 | 旅行
グランド・サークル疾走記 (4/4) - パンとサーカス
最終日はRVを返却すると、ラスベガスの街に繰り出した。ずっと観たかったCirque du Soleilの"O"を鑑賞できてよかったが、ラスベガスという街は夫婦ともども好きになれなかった。

Busting Vegas!?
ラスベガスは、私も妻もそれぞれ幼い時に一度連れてこられたことがあった。成人した今なら違った楽しみ方もできると思ったのだが、どうも楽しめない。

珍しくMITが取り上げられた映画"21 (邦題: ラスベガスをぶっつぶせ)"の舞台であるし、少しカジノで少しギャンブルをしてみようとしたが、どうもわくわくしない。別に確率とか期待値とかがどうこうではなく、単純に好みの問題だろう。

ちなみに昨年、21の原作者(原作: Busting Vegas)の講演がMITであったので参加したが、なかなか面白かった(ブログ未収録)。インタビューしたブラックジャック・クラブのMIT生は汚い学生寮に住んでいて、とても大金を手にしたようには見えなかったそうだ。そこで
「本当にそんな大金をせしめたのか?」
と聞いたところ、そのMIT生は部屋の奥の洗濯物袋を取り出してひっくり返した。ばさばさと札束が床に積みあがったそうだ……

やむなく外へ出ると、さすが砂漠だけあって暑い。ひとまずホテルBellagioからCaesars Palaceへ抜け、ショッピングモールをそぞろ歩いた。

パンとサーカス
c0131701_9302280.jpgこの街は砂漠の蜃気楼のような虚構だ。ParisもNew Yok New YorkもCaesars Palaceも、パリ風、ニューヨーク風、古代ローマ風を安っぽく表現しているだけ。たまに飾ってある絵など酷い出来だ。

だがここはそういう街。ギャンブルのあぶく銭に浮かれた者が、一時の夢を見れればよい。どぎついまでに人間の欲望を掻き立てる。それでいて「人間なんてどうせ欲に塗れた醜い生き物なんだろう」「金さえあればなんでもできるぞ、楽しいぞ」と知った風な挑戦をしてくるように感じる。

古代ローマの没落した背景に、「パンとサーカス」と形容された社会的堕落がある。シーザー・パレスは古代ローマの美しさや叡智を再現することはできなかったが、この堕落だけは再現できたようだ。

水の幻影
c0131701_9342988.jpgそしてそのサーカス、Cirque du Soleilを観に行った。サーカスを芸術に高めたと言われるシルク・ド・ソレイユの中でも、特に評判が高いのが水を使った"O"だ。会社の先輩や色々な人に評判を聞いていたので、ラスベガスへ行くときは必ず観ようと決めていた。

内容は素晴らしかった。舞台が陸になったり水になったりすることで、目に見える空間と見えない水中という様に、次元が一つ増える。その奥深い空間目一杯に、肉体が美しい均衡と緊張、静止と躍動を繰り広げる。細かいところまで空間のバランスを取り、飽きさせない。

演技自体も、通常のアクロバチックな動きに加え、シンクロや飛び込みといった水の舞台ならではの動きが多彩に用いられ、常に新鮮な驚きがもたらされる。

期待を裏切らない素晴らしさだった。


ただ、舞台に時折現れる道化以上に、舞台にいる演者(元シンクロの代表などが多く雇われているという)の、肉体を使った芸術を見るのがどこか悲しい。アスリートに活躍の場があるのは素晴らしいのだが、一方でやはりサーカスである。着飾った富裕層が超人的なアクロバットに感嘆している様は、非常にラスベガス的であった。


翌朝の便でNYへ帰ると、ちょうどUSオープンで賑わうスタジアムの横を通った。人間の躍動を楽しむにしても、晴天の下だと少し違って思えるのは、観客と演者との距離感の違いだろうか。



様々な大自然、雄大な歴史の造形を楽しみつくした旅だった。夏を締めくくるに相応しい経験であり、スローンの級友とその家族との楽しい共同生活であった。
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by flauto_sloan | 2008-08-31 04:51 | 旅行
グランド・サークル疾走記 (3/4) - 絶景
一日にブライス・キャニオンとザイオン国立公園を回るという強行軍の5日目。朝7時出発という早起きだったが、その甲斐ある素晴らしい景勝だった。

レッド・キャニオン
c0131701_2341273.jpgブライス・キャニオンまで4時間ほどのドライブだったが、途中でレッド・キャニオンと呼ばれる小さい谷(実際は充分大きいが、比較対象が巨大すぎる)を通った。
赤土のモニュメント・バレーよりもさらに赤い岩石の搭が聳え立つ。

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途中には岩のトンネルがあり、ここをくぐるのがなかなか楽しい。
狭いので少しヒヤッとしたが。



奇岩に囲まれたブライス・キャニオン
c0131701_23415793.jpgようやく辿り着いたブライス・キャニオンは、奇岩に囲まれた谷だった。
遥か遠くまで広がる谷にそそり立つ岩搭。その先端には四角い岩塊が残り、なんともバランスが悪い。こんな形で残っているのが不思議であり、1万年以上かけて形られた彫像をつい眺め入ってしまう。


c0131701_234237100.jpgナバホ・ループ・トレイルというトレイルを降りていくと、谷底へ出られる。途中は奇岩と岩壁に囲まれた九十九折の坂になっており、"Wall Street"と呼ばれる。

ようやくMBA生の旅らしくなってきた。


c0131701_23431422.jpg岩しかない道を谷底へ向かうと、舞い込んだ杉の種子が芽吹いて生えた、杉の巨木がまっすぐに立っていた。深い岩の裂け目から太陽を恋焦がれて、まっすぐに天へと伸びた杉が美しい。

「この世に上り坂と下り坂のどちらが多いか」という謎々があるが、谷へ下れば上らねば帰れない。砂漠の暑い中の山登りは辛かった。途中岩でできた二本の橋を見たり、遠くまで見渡せる崖で心洗われたりしたが、登り終わるとみなぐったりとしていた。だが非常に面白いトレイルだった。

理解不能なスケール感・ザイオン国立公園
c0131701_23553855.jpgブライス・キャニオンから更に2時間程走ると、最終目的地のザイオン国立公園へ到着した。公園のゲートをくぐると、いきなり巨大な岩山が目の前に聳え立つ。

岩山、と簡単に言って済ませられない巨大さで、岩壁というのが適している。四方を岩に囲まれながら、その隙間の細い道を進んでいく。

c0131701_2355234.jpg岩を穿ったトンネルを抜けると、なんとも不思議な彩りの山々に囲まれた空間に飛び出した。ここまで巨大だと、写真などには納まらないし、大きさの感覚が狂ってくる。

経験したことのない、理解不能なスケール感だ。そんな岩の世界にある九十九折の急な坂道をゆっくりと降りていく。あいにく雨が降ってしまっていたので、滑り易く余計にひやっとした(当然私の運転ではない)。車を降りてトレッキングもしたが、もう兎に角巨大な岩山に圧倒される。

c0131701_23591296.jpg厳しい旅程だったためにやがて日没を迎え、名残惜しいままにキャンプ場へと向かった。ナローズという川を分け入るトレイルが有名なのだが、雨増水の恐れがあるのと、日没で暗いのとで断念。いつかは行ってみたい。

最後の夜は再びカレーで、ザイオンの地ビールなど飲みながら色々と語らった。強行軍だったため多少疲れたが、あっというまの旅行であり、非常に充実した経験だった。
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by flauto_sloan | 2008-08-29 23:27 | 旅行