MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
因果関係
因果関係を把握するというのは難しい。難しいからこそ面白いのだが、因果関係の誤りというのはいたるところで見られる(私の文章にもきっとあるのだろう)

因果関係の難しさ
今学期履修している、MIT Sloanきっての名物授業、Sterman教授System Dynamicsでは、物事の裏に潜む因果関係の構造を把握し、効果的な打ち手を考える。だがこの因果関係というのが曲者だ。そもそも因果関係などない強弁だったり、相関関係と区別できなかったり、そもそも誤った事実認識を前提にしたり、と様々な誤りがある。

ただの強弁は、事実関係も因果関係も誤ったままの信念というようなものだが、道徳や感情・共感を絡ませると尤もらしく聴こえるから厄介だ。
教育者である父が昔よく嘆いていたが、『詰め込み教育をされると創造性が失くなる』という通念は、対偶を取りさえすれば、『創造性が高いなら、詰め込み教育をされていない*1』となり、流石におかしいと気付く。これが真なら、所謂詰め込み教育の時代、創造性ある日本人アーティストは正規の教育をきちんと受けていないことになる。


最も一般的な誤りは、相関関係を因果関係だと誤解することだろう(この相関と因果の誤解は、コアタームの統計の授業で回帰分析を学んだ時にも散々注意された)。最近読んで面白かった『ヤバい経済学(Freakonomics)』(レヴィット、ダブナー共著)に出てくる例だと、ある犯罪学者が「投獄率が高いとき犯罪発生率も高いから、投獄率を下げない限り犯罪は減らない」と主張したそうだ。牢獄を開け放し犯罪者を野に放てば、犯罪は減るらしい。

コンサルティングでも、相関関係から因果関係を意味合いとして出そうとするときは気をつけなければならない。意思決定に必要な精度での迅速な分析が求められるコンサルティングでは、学術的に因果関係を立証することは殆どない。だからこそ因果関係の推定は、多種多様なインタビュー、海千山千の上司や鋭い同僚との議論、何よりクライアントの経験からのフィードバックで補強するのが必要であり、それを怠ると牢獄開放を提言しかねない。


誤った事実認識を前提とした理由付けは、心理的なフレーミングやバイアス、あるいは認識の遅れなどで生じる。現状とは異なる状況を事実として思い込んでしまう。本当か、何故かという批判的精神や、データを押さえるという規律がないと、気付かない間に陥り易い。

例えば、「凶悪犯罪が増加しているから、警察が微罪事件に手が回っていない」という議論があるとする。これは、前提の「凶悪犯罪が増加している」が誤りであるため、結論は論理の堅固さ如何によらず誤りだ。

凶悪犯罪はもちろん、犯罪そのものが増加していないどころか、減少している。警視庁の統計によると、犯罪件数は2002年あたりをピークに、減少し続けている(犯罪総数、凶悪犯罪数共に)。司法関係者に聞いても、確かに犯罪は減っているとの実感があるという。

ここではなぜ日本で犯罪が減っているのかの考察はしないが(上記の『ヤバい経済学』の著者によると、アメリカの犯罪件数の減少は、中絶の容認が最も大きく寄与している)、なぜ犯罪減少という事実が認識されていないかについては、プロスペクト理論と、システムダイナミックスでいうperceptional delay(認識の遅れ)があるのだろう。

詳細は省くが、カーネマンとトヴェルスキーが創始したプロスペクト理論では、確率にも重み付けがあるとしている。その確率分布は心理学に基づくもので、数学的な確率とは異なり、ある事象が起きる確率pと起きない確率(1-p)を足しても、1より小さくなってしまう*2。感応度逓減性とあわせると、小さい確率は過大に、大きい確率は過少評価される。

平たく言うと、めったに起きない凶悪犯罪の件数は、主観的に実際よりも高い確率だと見積もり、頻繁に起きる駐車違反の件数は低く見積もってしまう。ニュースで見る頻度や、印象に残る度合いなどが背景にあろう。結果として、凶悪犯罪は実際よりも多いと思い込んでしまう。

また、凶悪犯は2004年まで確かに増えていた*3。だが自分で犯罪件数を調べたり、刑事・検事・弁護士・裁判官など犯罪に直接取り組む立場だったりしない限り、最新のデータや傾向は知らないのが普通だ。すると、記憶を辿って頭の中の古いデータを参照する。それは2004年以前の「凶悪犯罪が前年よりXX件増加し…」といったニュースかもしれない。その記憶を現状の正しいデータで上書きしない限り、その古いデータが今でも続いていると思い込み、それに基づいた判断をしてしまう。これが認識の遅れだ。

他にも要因はあろうが、これらが組み合わさった結果、「凶悪犯罪が増えている」という誤認が生まれる。これを防ぐには、「本当に増えているのか?」と疑問を呈し、信頼できるデータをあたってみなければならない。


学者にしろコンサルタントにしろ、およそプロフェッショナルであるならば、こうした事実に基づかない前提を使ってしまうのは致命傷だ。どんなに因果関係の論理が通っていても、いや論理が強固だからこそ、誤った前提から確実に誤った結論を出してしまう(在庫管理の「先入れ先出し(first in-first out)」になぞらえて「屑入れ屑出し(garbage in-garbage-out」という)。


このように、因果関係を事実認識まで含めて正しく把握するというのは、面白いが難しい。わかったつもり、知ったつもりにならないよう気をつけなければ。


*1 正確には、「創造性を失くす」の否定は「創造性が維持または増大される」だが、ここはレトリックとして「創造性が高い」、と書いておく
*2『行動経済学』(友野典男著、光文社新書)より
*3 凶悪犯罪の定義の変更などはひとまず置いておく

[PR]
by flauto_sloan | 2008-09-08 11:46 | MITでの学び(MBA)
<< Geek talk 迎える側に >>