MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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夏の終わりに
3ヶ月の夏休みがついに終わる。恐らくこれだけ長い休みを妻と二人で送れるのは、もう定年までないだろう。やりたいことを色々とできた有意義な夏休みだった。振り返ると
  • 読んだ本は24冊
  • 旅に出たのはのべ40日余
  • 訪れた州は16州*1
  • 足を踏み入れた国立公園は10*2
佳書に多く恵まれ、素晴らしい友人と語らい、多くを見聞した。

旅を通じて見たもの
この機会に最もしたかったことが、アメリカという国をよりよく知ることだった。
アメリカはよく、東海岸、西海岸、中西部、五大湖周辺、南部という5つの文化圏に分けられる。まだまだ全てを回れてはいないのだが、気候風土、土壌や天然資源、地理的配置によってここまで文化や生活が異なり、それに従って人の考え方や姿勢も変わるというのが実感としてわかり始めてきた。

例えば、東海岸はやはり欧州に近い生活や嗜好を持ち、人口密度が高いためサービス業や学問が発展し易い。だが中西部へ行くと、広大だが砂漠ではない大地ゆえ牧畜中心であり、人口密度の低さから家庭教育が多く、保守的な姿勢になりやすい。

今後さらによく見たいのは、まず南部。米国に内在する貧困問題の中心地である。そして西海岸。まだ部分的に訪れただけで、シリコンバレーにも行っていない。友人もいるので、早く行かねば。

思索と反省
本をよむ時間が充分にあったので、幅広い考え方を学び、思索を深めることができたと思う。
本の選び方は、自分なりに体系立てて(NYの紀伊国屋でたまたま手に取ったものもあるが)、次の3つの問を自問し続けるための糧となるもの、とした。その問とは、
  • なぜ20世紀の終わりから物事の変化が激しく速くなったのか
  • そのような変化の時代にあって個人や組織は何を理解し何をしなければならないのか
  • 個人が必要なことを理解し行動に移すにはどうすればよいか
であった。

この3つの問のレベルをぐるぐると回りながら、自分なりの理解と仮説を深めていったのだが、それは一方で自分自身を振り返り見つめ直す(必要だが苦痛に満ちた)プロセスであった。

人生で3度ほど大きな失敗をしたのだが、その失敗の原因はどこにあったのか。改めて客観的に(自分を過度に責めずに)分析していくと、自分が思っていた程には自分は悪くなく、むしろ複合要因が悪循環で織り成した「失敗する仕組み」に嵌っていたのだと判る。

勿論、責任転嫁をしたのではない。失敗する仕組みを打破できなかったり、傷が浅いうちに仕組みを好転させたりできなかったのは自分に非がある。だが自ら能力を過小評価したり、性格性質を卑下したりするほどの非はないとわかった。


また自分にとって感動的だったのは、3つの問に答えるための考え方を学んでいくうちに、物理や化学といった、私が修士まで学んできたもの - そして就職後に捨て去ってしまったもの - が非常に重要だとわかったことだった。

微分方程式が解けるとか、統計力学を理解するという技術的なことではない。物理や化学といった体系が内包している思想のことである。体系は自然を抽象化しモデル化したものであり、人間社会を含めた自然界の基本構造パターンの一部(だが恐らく主要な一部)でありうる。ならば理系的思考法をどんどん社会の問題に適用してよいのだ、と分かったのだ。

還元主義に堕さず、システム思考を行う(平衡論・速度論の考えを掘り起こした)。ある論理やフレームワークを適用する際は、適用可能な前提を理解する。アノマリーがあれば前提を疑う。等々。

この気づきは、就職を境に自分の中で別個のものとして存在していた、理系的思考法とコンサルタント的思考法を止揚できるものだった。ようやく自分のキャリアが5年(就職後)ではなく15年(高校以降)となった。


さらに、自分の価値観が何に基づいているのか、何を美しいと思うのかを考えていくと、音楽に辿り着いた。最も愛情と熱情を以って打ち込めるものが音楽だった。

これまでも仕事が終わってからフルートを吹いたり*3、週末にオーケストラに参加したりして、自分の中のバランスを保ってきた。私にとって音楽は生命力の源泉なのだ。同時に、演奏や鑑賞から多くを学ばせてくれる教師でもある。


そうして、思索と反省を書物に書かれた知恵を糧に行っていくと、自分自身が客観的に見えてきた。自分というものを、責め過ぎず甘やかせ過ぎず、卑下し過ぎず過信せず、悲観せず楽観せずに捉えられるようになった。
もしかすると、これが中庸、というものを垣間見ているのだろうか…


そんな、夏だった。


*1 カナダ含む
*2 カナダ含む、モニュメントバレー除く
*3 幸い、職場のあった六本木には早朝まで営業している音楽スタジオがあった。12時から2時まで練習、なんてこともしばしばあった

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by flauto_sloan | 2008-09-01 12:25 | Mens et Manus
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