MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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'08春学期の学びを習う - ゲーム理論
今学期最も面白かった授業が、ゲーム理論(Game Theory for Strategic Advantage)だった。競合に対してどのような戦略を採るべきか、まさに「敵を知り己を知れば百戦危うからず」の「知る」内容を学んだ。

授業内容
ゲーム理論を初歩から応用まで幅広く取り上げたのだが、構成上面白いのは、最初に合理性(rationality)について議論し、それを疑問視し、その後に様々な戦略や考え方を紹介することで、最終的には、戦略的であるためには、合理性と非合理的とを使い分けることが重要なのだと悟らせる。

内容としては、囚人のジレンマをどう避けるかから始まり、混合戦略やStrategic Substitute/complimentの考え方へと発展し、コミットメントやコーディネーションの戦略的意味を学び、最後は戦略的に非合理的であることを考察した。

授業の進め方で面白かったのは、「群集は理性的か?」でも紹介したように、毎回授業前に授業のテーマを元に作られたオンラインゲームに参加し、その結果をゲーム理論に照らして考察した。そして授業の最後には生徒が実際に参加するゲームがあり、その回に学んだことを実験する。面白いことに(上手く設計されているためだが)、理論が検証される結果となることが殆どだった。この「ゲーム」によって、実践的な理解が進んだ。

教授
David McAdams教授はまだ若手の助教授だが、スローンではミクロ経済やゲーム理論を教えている。特にこのゲーム理論のクラスは、これまで半期だったものが今回初めて通期になった。そのため様々なゲームをする余裕ができ、またstrategic substitute/complimentといった応用分野を教えることができるようになった。

また、生徒との交流を大事にする教授で、生徒を家に招いたり、最後の授業の後は近くのバーで打ち上げをやったりした。打ち上げには教授の奥さんと子供も来て、アットホームな雰囲気だった。

そんなMcAdams教授は、来年別の大学でテニュアを獲得し移るため、残念ながら最後のゲーム理論のクラスとなる。TAをやりたいと思っていた授業だけに残念だ。

授業での学び
これまでのコンサルティングでも、競合の出方など様々に検討してきた。ビジネス環境が開放系になり、また単独企業ではなくクラスターや生態系が競合優位性の源泉となっていくと、ゲーム理論がそのまま当てはまるような、シンプルな業界は少なくなる。だが、ある業界でのゲームを、本質を外さない程度の単純化で見たときにどう評価できるか、そこで自社(やクライアント)はどう動くべきか、の原理原則を学ぶことができた。

特に面白かったのは、競合の戦略がstrategic substitute(積極策に対して消極的になる)かstrategic compliment(積極策に対して積極的になる)かを判断し、自社が積極的な投資を望むか望まないかで、採るべき戦略がどう変わるかの議論であった。勝ち犬(top dog)、デブ猫(fat cat)、子犬(puppy dog)、痩せ犬(lean & hungry)と戦略性を分類する名称も然ることながら、シンプルだが説得力のある戦略視点が非常に面白い。

そして理性的でないこと、正直であることと欺瞞をもつことの意味はなかなかに深い。正直であることも、詐者であることも、それが評判となると行動を制約する。激怒や理屈に合わないことも戦略たりうる。

人は何故騙すのか、人は何故騙されるのかは、昔から私が高い関心を持っているテーマであり、そこへの戦略的な視点からの大きなインプットとなった。

需要の感想
ゲーム理論は経済学の一大テーマであり続けているし、冷戦時の政策判断や生物学など様々な応用がなされている。初期の理論には、ゲーム参加者の合理性など強い前提があったため、政策など現実世界への適用が過剰適応だったのではないかとの批判はあるが*1、非合理性を取り込むなどゲーム理論の応用の幅は非常に広がっている。

だがそんな発展したゲーム理論も、歴史上の偉大な戦略家や賢人が本能的に学び取っていたものを系統立てて理論化しようとしているかのように見える。McAdams教授は碩学で、シェークスピアやカエサルから孫子や老子まで、様々な古典の箴言を挙げて、新たな理論の説明に用いていた。

するとゲーム理論は、過去の先人の偉大な知恵を、誰にでも使えるように理論化しているかのようにも見える。ゲーム理論の理論化が進むほど、それを如何に外すのかが重要になっていくのだろう。

授業でGMのコンサルティング部門が講演を行ったが、ゲーム理論でPh.Dを取得した人材を抱えて、業界や競合の分析をしているという。1990年代からのゲーム理論ブームで、同様の人材を集めている会社も多いだろう。すると業界のゲーム理論リテラシーが上がり、合理性が高まる。逆説的だが、よりゲーム理論が通用し易くなっているのかもしれない。

孫子の兵法書*2が出回り、曹操がそれに注釈まで付けた三国志の頃には、名のある将は孫子を読んでいたので、それを踏まえてどう外していくのかが戦略・戦術の妙であった。ゲーム理論もそのようなものになるのだろうか。

*1 たとえば竹田茂夫『ゲーム理論を読み解く』が批判している。だがAmazonで酷評されているように、この本自体に読む価値は無い。理論はある前提の下で構築され、現実との差を説明するために更なる理論を発展させるものだ。当然前提の外にあれば理論は適用されない。この本はそんな当たり前のことを大げさに騒ぎ立て、価値から理論を評価しようとしている。曰くゲーム理論を用いたから核軍備競争と戦争が起き、戦争が起きたからゲーム理論は誤りだ、と。およそ学者が書いたとは思えない非理性的な本であった
*2 孫子以外の三略六韜なども同様

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by flauto_sloan | 2008-08-11 13:01 | MITでの学び(MBA)
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