MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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根拠のない自信
今日はボストンを訪れているオーケストラの友人と再会した。彼は三谷先生に師事していて、先日の記事を見て、ボストンで私と三谷先生が出会ったのに驚き、是非三谷先生を囲んで食事をしよう、と誘ってくれた。

この楽しく刺激的なディナーと、続く飲みにて、「根拠のない自信」の大事さを思い出した。


ディナーは三谷先生と教え子二人、そして私の4人で、ボストン最古のレストラン Union Oyster で食べた。

三谷先生はこのボストンでVogel先生を始め様々な人との仕事を通じて、日本人(特に学者)はもっと外へ目を向け胸を開き、東アジアとしての自覚と意識を持つべきだとの考えを、より強く思うようになったそうだ。

また、ハーバードと比べた時の東大生の不甲斐無さと勉強量の少なさを嘆いておられた(私も以前紹介)。安藤忠雄が東大の入学式で「猛烈に勉強していただきたい」と言ったことがニュースや話題になる事態が間違っている、と熱弁。

他にも様々な持論の展開が止まらない。さすが「駒場のサムライ」の異名をとる三谷先生だけあり、色々と学ばせてもらった。そして熱気に感化される。


ディナーの後は、友人を家に招き、さらに今ボストンに滞在している会社の後輩も呼んで家飲み。この二人は大学の歌劇団で一緒だったらしい。3人揃って演奏したことこそ無いが、共通の友人は限りなく多い。音楽の話、サークル時代の話、恋愛の話、などなど色々話し、久しぶりに学生の頃のように飲んだ(今も学生だが)

そう学生のノリで、酒をあおりながら馬鹿話や真面目な話をしていくうちに、学生の頃のような気分になっていった。根拠のない自信というか増上慢というか、「日本でもボストンでも世界ででも何でもできる」、そんな気分になった。懐かしい感覚だった。

こういう根拠のない自信は、いつ失くしてしまったのだろうか。

苦悩し挫折し打ちひしがれ、「現実を知った」とシニカルに嗤う頃には、もう失くしてしまっているのだろう。だがそれは、幼い感情だから大事なのではなく、生命の純粋な原動力だから大事なのではなかろうか、そう、ふと思った。

ちょうどディナーの席でも、三谷先生が誇らしげに「根拠のない自信」と仰っていた。それが世界中でエネルギッシュに戦い、仲間を作っている原動力だと映る。

それは「これをやった」という結果に対する自信よりも、「ここまでやれた、ここで生き延びた」という過程に対する自信なのだと思う。先生の場合はそれがゼミでありインドだったそうであるし、私も大学受験前日に、それまで使った参考書や問題集を積み上げて「ここまでやったのだから大丈夫」と言い聞かせて自信をつけた。

この「根拠のない自信」が、今の自分に必要なのだろう。せっかく思い出したのだから、忘れないようにしてみよう。結果に拘らず、ボストンで刺激的な二年間を生き延びることに拘ってみよう。


気がつくと朝だった。後輩の姿は既になく、横では友人が豪快に寝ていた。グラス類は後輩が片付けてくれたようだ。そして3人で消費したとは思えないビール瓶の数…

それはそれはヒドイ二日酔いだった……

ひとまず、肝臓への自信は早くも失った。
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by flauto_sloan | 2008-07-15 23:46 | 交友
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