MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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ゲーム理論 - 東芝 vs サムソン電子 フラッシュメモリ戦争 -
ゲーム理論の宿題で、ゲーム理論を適用する問題を作り、自分で解くというものがあった。何を題材にしようかと思案し、ちょうど最近ニュースでよく報じられる、東芝とサムソン電子のフラッシュメモリをめぐる熾烈な競合を題材にした。

限られた情報とデータのみに基づき、かなり強い前提と粗い試算、さらに憶測も入った上での結論ではあるが、東芝の1兆8000億円の巨額投資は理に適っているように見える。小が大を飲むウェスチングハウスの買収といい、HD DVDの鮮やかな幕引きといい、西田社長は本当に喧嘩が上手い。

宿題の内容をケーススタディ風にアレンジし直して書いてみる。内容は全て公表されているものであり、コンサルティングの仕事で得た情報は含んでいないことを付記しておく。

フラッシュメモリ
今や知らず知らずのうちに2-3枚は持ち歩いているフラッシュメモリは、不揮発性メモリと呼ばれ、実用上は書き換えが何度でもでき、電源を切っていても情報が失われない記録媒体である。NOR型とNAND型という二つの構造があり、どちらも東芝によって開発された。

NAND型は小型化と大容量化が進んだ結果、デジタルカメラや携帯電話のメモリ、そしてiPodに代表される携帯音楽プレーヤーに使用され、価格下落が激しいながらも、市場は非常に高い伸びで成長している。2007年のNAND型フラッシュメモリの市場規模は139億ドルで、前年比12.5%の高い伸びを示している。Appleの発注減で市場の伸びが弱まるとの見方もあるが、今後も成長が見込まれる市場である。

サムソン電子
韓国のGDPの10%以上を占めるサムソン(サムスン)グループの中核企業であるサムソン電子は、1980年代に政府主導の積極融資(輸出産業と設備投資には非常な低利が適用された…1981年までは実質金利がマイナス)と、積極的な人材確保(東芝など日本人も多く移籍したといわれる)による、国を挙げてのハイテク産業振興策で急成長した。半導体事業はそんなサムソン電子の主力事業である。

1980年代後半に日本電気(NEC)以下日本企業が世界を制したDRAM市場でに参入すると、投資の増大と価格の乱高下に耐え切れず撤退する日本企業を横目にシェアを急拡大し、ついにはDRAMで世界トップシェアを獲得。2007年度では27%のシェアを占める

世界の半導体シェアランキングでも順位を着実に伸ばし、2007年度ではインテルに次ぎ世界第2位7.7%のシェアを占めるプロセッサのインテル、DSPのテキサス・インスツルメンツ、ファンダリのTSMCとDRAMのサムスンの4社はその徹底したフォーカス戦略により、2001年以降のハイテク不況でも巨額の利益を出し続けた数少ない半導体企業である。

DRAMに続く第二の柱としてサムソンが注力しているのがNAND型フラッシュメモリであり、先駆者の東芝を追い抜き、2007年度では42%もの圧倒的な第一位シェアを誇る。需要の拡大に押されて、フラッシュメモリの売上がサムソン電子の半導体事業に占める割合は2007年度で28%に上り、41%を占めるDRAMと双璧をなしている。

東芝(セミコンダクタ社)
東芝における半導体は、総合電機企業の一角として早くからの注力分野の一つであった。1980年代の日系DRAM全盛期には、半導体市場で世界をリードしていた。その後DRAMから撤退し、ロジックメモリの苦戦もあり、シェアを失うと共に世界ランキングでの順位を大きく下げた。ただしディスクリートと呼ばれる単機能デバイス分野で大きな利益を上げていたといわれ、収益面では他の日系大手企業よりも善戦していたとみられる。

DRAM撤退後は、フラッシュメモリおよびプロセッサに注力しており、半導体事業での営業利益が東芝全体の営業利益の半分を占めているといわれる。フラッシュメモリは東芝が発明した製品であり、舛岡富士雄氏による1980年のNOR型、1986年のNAND型の開発以降、先駆者として市場を創出していった。しかし後発のサムスン電子に追い抜かれ、2007年度のフラッシュメモリ市場では27%のシェアで2番手に甘んじている。

さらに近年ではIBM・ソニーと共同開発したCellチップ(プレイステーション3のコアチップ)の工場をソニーから買い取って完全に東芝の管理下におき、プロセッサ分野での競争力も確保しようとしている。

フラッシュメモリの投資競争
最新の半導体工場の建設に必要な費用は飛躍的に増大している。ムーアの法則と呼ばれる急速かつ継続的な技術革新と、効率化のために大口径化するシリコン(原材料)によって、半導体製造装置は高度化し、新たな生産拠点の立ち上げに必要な設備投資は数千億円規模へと急激に増えている。それだけの投資を単独で行える企業は限られており、寡占化が進んでいる。設備産業、固定費ビジネスの様相が強まったことと相まって、"Winner takes all (一人勝ちして総取り)" と呼ばれる現象が起きている。フラッシュメモリの生産も最先端技術を要するため、投資競争に残れる企業は限られている。

サムソンは拡大する市場でシェアを伸ばし、不動の地位を確立すべく、2006年に35億ドル(約4300億円)の巨額投資でテキサス州オースティンに新たに工場を建設し、月産6万枚の増産を行った。その後もDRAMと合わせて8000億円前後の投資を続け、フラッシュメモリ市場でのサムソンの優位性は揺ぎないかに見えた。

それに対して東芝は競合優位性を維持すべく、2007年後半には新たなフラッシュメモリの工場建設を1兆円規模で行うと報じられた。ところが、2008年2月19日に明らかになった東芝の投資は、1兆8000億円規模、工場も岩手と三重の二棟で、見込まれる生産量は現在の4倍という、予想を大きく上回る巨額のものであった。軌道に乗り、サムソンの出方如何では、フラッシュメモリでサムソンを追い落とし、世界トップシェアを狙える規模である。昨年東芝の西田社長は、三重の四日市工場でこう語ったと報じられている

「生産規模で世界をリードする。来年にもトップシェアが視野に入ってくる」

この東芝とサムソンの投資競争は一方で、供給過多を悪化させかねない。既に市場は過剰供給で価格下落が激しく、例えば2008年1月-3月だけで20%も下落すると見られている。フラッシュメモリの最大顧客の一つであるアップルはiPodの生産計画を下方修正したと報じられ、需要がさらに縮小する可能性さえある。

もしサムソンがさらに対抗し、新工場を建設してシェアの維持を行おうものなら、需給バランスは完全に崩れてしまいかねない。サムソンはこの東芝の大決断にどう反応するのか。

ゲーム理論的考察
今後の市場成長性、戦略に伴う2社のシェア推移、両社のコスト構造などを、いくつかの強い仮定の下で非常に粗く見積もり、両社の戦略的投資に伴う見返りを推算した。宿題に「極端に簡素化すべし」とあり、データも情報も限られているため、仕事では考えられない単純化だ。

そんな概算なので数値は省略するが、もしサムソンが同じ規模の追加投資を直ちに決断できるとすると、所謂「囚人のジレンマ」に陥る。つまり、東芝は投資を(撤回することなく)行い、サムソンは追加投資をすることがdominant strategy (相手がどういう出方をしても、合理的に判断したら採らざるを得ない戦略)であるが、双方が投資をすると供給過剰で、価格下落と投資の負担で結局両社とも利益を得られない。

実際は既に東芝が動いている。東芝の投資戦略を受けながら、もしサムソンが何もしないでいると、みすみす東芝にシェアを奪われるだけであり、高い固定費が仇となって利益は大幅に縮小しうる。結局投資をした方がまだ「まし」であり、サムソンは追加投資を考えるであろう。

2006年時点から考えると、サムソンが4300億円の投資で勝負をかけてきたところ、それを受けた東芝がさらに強力な1兆8000億円というカードを切り、サムソンにゲームを降りるか割の合わない「コール」をするかの選択を突きつけている状況だ。

これだけでも西田社長の勝負強さが伺えるが、ゲーム理論的にはサムソンはゲームを降りずにコールをすると考えられる。だが視点を広げると、サムソンはゲームを降りるかもしれないと思えてくる。

サムソン包囲網: DRAMでの苦戦
前述のように、サムソンの半導体事業は、2007年度でDRAMが41%、フラッシュメモリが28%の売上を占めている。第二の柱のフラッシュメモリで東芝に勝負を仕掛けられているが、主力のDRAMではさらに厳しい戦いを強いられている。

DRAM市場はシリコンサイクルと呼ばれる、約4年周期の激しい市場の波があり、今はやや下降局面で前年比7%減の315億ドルである。市況が悪化する中で、これまでのサムソンならばむしろシェアを拡大していたのであろうが、今回はシェアを2006年度の28.2%から2007年度の27.2%に落としている。依然シェアはトップであるのだが、競合は大きくシェアを伸ばし、同じ韓国のHynix Semiconductorは16.6%から21.3%へと大躍進し、サムソンへ肉薄する2位につけている。日本のDRAM最後の砦、エルピーダ・メモリも10.4%から12.2%へとシェアを伸ばし、4番手となっている。

サムソン電子の躍進の中核であり、市場を支配していたはずのDRAM市場は、今や上位4社の市場シェア合計が73.4%という四つ巴の混戦で、サムソンはその中でも苦戦をしている。DRAM市場で戦い続けるためには、巨額の最先端の生産設備をし続けなければならない。つまり、サムソンが中核事業でこれ以上シェアを落とさないためには、巨額の継続的な投資が絶対条件である。

実際にサムソンは2008年度でDRAMとフラッシュ合計で7700億円規模の投資をすると報じられている(2007年度は約8750億円)。これは当初予定に1800億円積み増したもので、その理由は「投資なしにこれ以上のシェア低下は免れない」と判断したからだという。

一方で2007年のサムソンの半導体事業での営業利益は約470億円で、充分な投資対効果が得られているとは考えにくく、またようやく健全化されてきた自己資本比率を悪化させてまでの大幅な投資増 (たとえばDRAMへ6000億をつぎ込みながら、フラッシュで東芝並みの1兆8000億を投資するなど) は考えにくい。

DRAMとフラッシュメモリで生産ラインを切り替えることは可能とはいえ、この投資を2つの分野へどう振り分けるかが重要である。中核のDRAMを堅持し、フラッシュを明け渡すか、DRAMを放棄し、フラッシュでも泥仕合を繰り返すか、両方へ程よく投資してジリ貧に陥るか。

東芝のレコンキスタ
サムソンがどう投資を配分するのかを推測するには、残念ながらデータが足りない。従って殆ど憶測・仮説でしかないが、プライドやブランドといった無形なものまで考慮すると、フラッシュメモリ市場での投資への見返りが先述のものから変化し得る。東芝とサムソンの意思決定は「囚人のジレンマ」ではなくなり、東芝が投資し、サムソンは投資しない(DRAMへ投資する)ことがナッシュ均衡(合理的に判断した場合に落ち着く状態)になる。

つまり東芝はフラッシュメモリ市場でサムソンに投資ゲームを降りさせることに成功し、首位を奪還することができるだろう。

喩えて言うなら、サムソンの本城(DRAM)がハイニクス(韓)-キマンダ(独)-エルピーダ(日)の連合軍に執拗に攻め立てられ、劣勢になってきたため、サムソンは支城(フラッシュメモリ)に十分な兵力(資本)を割けず、本城の兵力増強を優先する。それを見て取った東芝は、サムソンの支城へ守備兵の4倍の兵力を一気に投入し、かつての居城を奪還しようとしているように見える。

稀代の勇将、西田社長の戦略が吉と出るか凶と出るか。日本の半導体産業を応援している者としては、是非これを機に失地回復(レコンキスタ)をしてほしいし、できるのではないかと思っている。
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補筆
このレポートはチェックプラスを貰えたのだが、ゲーム理論においては、投資は必ずしも合理的に行われる訳ではない(戦略的に非合理性を持ちうる)というフィードバックを教授から受けた。そのフィードバックに対する考察までは私は行っていないが、重要な視点なので補足しておく。

参考: 東芝; サムソン電子; Gartner; iSuppli; ITMedia; その他記事検索
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by flauto_sloan | 2008-02-28 11:03 | MITでの学び(MBA)
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