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MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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HBS Healthcare Conference
HBS Healthcare Conference_c0131701_054418.jpgHBSでHealthcare Conference が行われ、基調講演としてジョンソン&ジョンソンの取締役Nicholas Valeriani 氏、イーライ・リリーのCEOのSidney Taurel 氏の講演があった (本当はさらにMIT の Institute Professor であるLanger 教授のスピーチもあったのだが、別件があり残念ながら聞けなかった) 。

爆発的なバイオテクノロジーの進歩、安全性に対する消費者の意識の高まりと規制の強化、増大する医療費を抑制するための圧力の増加といった、製薬業界をとりまく環境の変化、それに加えて病気を治す治療活動から、健康を維持するための活動へとヘルスケアの目的が拡張されていく中で、製薬企業はどのような姿とビジネスモデルを持つべきかについて語られた。

Johnson & Johnson, Valeriani VP
今後の製薬業界では技術と医薬関連製品(機器を含む)の融合(Convergence) を通じて、患者を中心に据えた(Patient-centric) 医療製品・サービスが必要になる。それは高度な自己診断ができるプラットフォームであり、患者が自分の健康状態に関する本当に必要な情報を知ることができ、病気治療だけでなく健康維持に必要な行動が取れるようにする。

そのような製品が必要となる背景は、デモグラフィ(人口分布)の変化、アンメットニーズの存在、実現するための技術・能力(capability)の向上である。

先進国を中心に高齢化が進み、また新興諸国の経済状況の改善により、肥満など生活習慣病が世界的に急速に広まっている。予防できる病気である肥満の蔓延は、医療費をGDPの6割にまで増加させている。

一方、発展途上国では医療品が不足しており、需要地に供給が十分行えていない。いかに安価に効果的に薬を届け、このアンメットニーズを解決するかが重要である。そのため、エイズ治療薬などいくつかの薬のロイヤリティなしの提供が行われている。標準化が進む世界で健康状態を押し上げ、より多くの患者に接することで新たな薬の研究にも貢献する。

さらにMITなど様々な研究機関が行っている技術や、新たなメディア技術(iPodなど)を応用していくと、これまで以上に効果的で廉価な自己診断が可能になる。

では高度な自己診断を行えるプラットフォームが目指すもの、それは患者が “manage diseases (病気になんとか対処する)” 状態から “master diseases (病気を乗り越える)” 状態になることである。まだこのアイディアは萌芽でしかなく、様々な機関と共に実現へ向けて進んでいく。

ジョンソン&ジョンソンでは、この新たな自己診断プラットフォーム作りのために、オフィス(部署)を新設し、様々な技術を持つ部門やベンチャーを取込んだ。このオフィスは常に外界(新たな技術や科学) に注意を払いつつも、独自の「コア」を持ち、中央集権的に研究を進めていく。


Eli Lilly CEO Sidney Taurel CEO & Chairman
(出だしを聞き逃したので一部論旨が欠けています)
FDAの規制の強化によって、新薬の開発から上市までの期間は長く、費用は高くなり、結果として新薬開発のペースは製薬業界全体で鈍っている。一方、ゲノム創薬によって新薬の研究には革命が起きており、そのスピードと影響は想像以上である。これまでのPC・インターネットがそうであったように。

この革命的な技術により、製薬企業の目的が、従来の “output” – 全体でどれ位処方され、患者を治し、いくら利益が出たか - から、患者一人ひとりの “outcome” – 個人の生活にどのような結果をもたらしたか - へと移っている。例えば主力製品のプロザック(抗鬱薬)で患者10人のうち4-5人を治せたら、これまでは残りの5-6人の生活がどうなるのかには余り注意を注がなかった。だが今後はその5-6人も含めて、治療できたかどうかだけでなく、人生を向上できたかどうかが関心事になる。

Outcomeの改善には、製薬業界全体のバリュー・チェーンを統合 (integrate) することが有効だが、 (かつて多くの企業が試み失敗した) 企業単独でのバリューチェーン統合ではなく、今後は統合されたネットワークを企業や研究機関の間に築いていくべきである。この分散化したネットワークは、イーライ・リリーを主語とすればアウトソーシングであり、4つのレベルで進めている。

レベル1はリアル世界でのR&D。R&Dに強い中国企業への研究委託を進めている。
レベル2はバーチャル世界でのR&D。イーライ・リリーはINNOcentive (以前web2.0の記事で紹介) を立ち上げ、化学やバイオテクノロジーの問題をウェブ上に掲載し、約4万人いるSolverと呼ばれる世界中の研究者(退職した研究者、空き時間のある現役研究者、学生など)がそれに取り組み、答えを得ている。
レベル3はリスクシェア。インドの企業で、必要に応じてリソース(ヒト+カネ)を提供し、顧客企業のコストを削減し、研究開発の柔軟性を増し、創薬のリスクをシェアするところがある。イーライ・リリーはそことの協業も拡大している。
レベル4は製造。よりフラットな組織で協業を進めることによって、生産期間の短縮が図れる。

患者の健康状態を維持・改善するためには、自己診断を中核としたPersonalized medicationが必要だが、実現するための技術はもはや自分で全て持つ必要はなく、「オープンソース」を採用し、ネットワーク化したグループの中に取込めばよい。もちろん知的所有権は慎重に取り扱う。ただしイーライ・リリーがネットワーク内で盟主として手綱を引くためには、ネットワーク内の企業や研究者のアイディアや技術を評価し、価値を付加できなければならない。そのため、自ら研究開発と製造のスキルを高いレベルで持ち続ける必要があり、今後もそのための施策を打っていく。


感想
両社に共通するもの: あるべきヘルスケアの姿

ジョンソン&ジョンソンとイーライ・リリーは共通して、あるべきヘルスケアのあり方は、患者が病気の治療だけではなく、病気の予防および健康維持をするために、高度な自己診断が行えることだと規定している。恐らくそれは正しいだろう、少なくともアメリカにおいては。

アメリカにおいて(そして振興国においても)、肥満は伝染病と言えるほどに急速な広まりを見せている。以前参加したボストン日本人研究者交流会でも、ハーバード公衆衛生大学院で学ぶ友人が肥満の伝染と、健康でいることの重要性を興味深く紹介してくれた(リンク先は同会に参加していた、Vogel塾の同門I氏のブログ)。

また、アメリカ人は自分の体も機能の集合体として捉え、自分で管理できると信じている節がある(ビタミン剤の隆盛や、ワークアウト依存症などは、自然治癒を重視する東洋医学に慣れた目からすると奇異に見える)。自己診断で問題点を「見える化」でき、必要な対策が明確にわかれば、みな嬉々として医者の下へ向かうだろう。

自然観が異なる日本で単純に受け入れられるかは分からないが、そんな自己診断の高度化は健康増進には間違いなく貢献し、医療費は減るだろう(予防費が減少分を上回らなければ良いが)。そのために必要な医療技術(創薬のための技術と医療機器など関連技術)は飛躍的に発展している。

両社で異なるもの: 組織的なアプローチ
ジョンソン&ジョンソンは中央集権的なアプローチで自己診断技術に取り組もうとし(戦略的パートナーシップも行う、と質疑応答では答えたが、積極的なコメントには聞こえなかった)、一方イーライ・リリーはInnocentiveが象徴的なように、分散化したネットワークで取り組もうとしている。

ジョンソン&ジョンソンのアプローチは、競合よりも早く市場に「プラットフォーム」を投入し、圧倒的なシェアを築ければ、iPod の iTunes のように、winner takes all を享受できる。その代わり必要な投資(ヒトもカネも)は大きい、ハイリスク・ハイリターンである。
イーライ・リリーのアプローチはリスクをうまく分散し、結果としてイーライ・リリーの分け前は減る。だがネットワークの組織化と、参加企業・研究者の知の構造化を上手く行えれば、ジョンソン&ジョンソンなど他の競合よりも早く、革新的なプラットフォームを作れる可能性がある。MIT Sloan のT・マローン教授の「フューチャー・オブ・ワーク」でも予言されていた「未来の仕事・組織」のあり方である(まだ究極形である「市場」には至っていないが)。

ただしリリーが自覚しているように、ネットワークの盟主と居続けるためには独自の技術・スキルと、ネットワーク全体を俯瞰し理解するための各プロセスに関する知見が必要である。トヨタはトヨタグループという世界最強のネットワークの盟主であり続けるため、逆に言えばただのアセンブリ担当企業になってしまわないために、様々な工夫と投資を行い続け、手綱を握り続けている。製薬業界は自動車以上に技術革新のスピードが速く、下克上(マイクロソフトがIBMに行ったような)がより起き易いように思える。イーライ・リリーはジョンソン&ジョンソン(や他の競合)に勝つだけでなく、ネットワークの中での影響力争いにも勝ち続けないといけないのだろう。
by flauto_sloan | 2008-01-19 22:37 | Guest Speakers
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