MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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コリン卿/内田/BSO - 至福のピアノ協奏曲第23番
昨夜はIAPで疲労困憊になりつつ、楽しみにしていたボストン交響楽団のコンサートへ。
なんと言っても、欧米で活躍する日本人ピアニスト、内田光子がサー・コリン・デイヴィスと競演するのだ。しかも曲はモーツァルトのピアノ協奏曲第23番。
素晴らしい演奏だった。内田の緊張感溢れ、それでいて美しく楽しいピアノと、コリン卿の端整な響きとに、BSOもいつも以上にいい音を出していた。
ボストンの地で、日本人が最高の演奏をする。日本人であることを誇りに思う一夜だった。
BSOのオーボエ奏者、若尾氏の記事にも紹介されているので、興味のある方は是非。

1曲目のモーツァルトの交響曲第36番「リンツ」は、惜しかった。
コリン卿は以前NYでロンドン交響楽団を振るのを聴いたが、力んだり興奮したりすることなく、丁寧に端整に、芳醇な響きを作り出す。それでいてアーティキュレーションには気を配り、統一感のある音楽を作る。
ただBSOが充分にコリン卿の意図を汲み取りきれず、「あ、ヨーロッパ的ないい響き」と思うと、次のフレーズで「ああ、BSOに戻ってしまった」とがっかりすることの繰り返し。
テンポもやや遅く(シューリヒト盤ばかり聴いているからそう感じただけかもしれないが)、緊張感が持続しない。
全体としてはよかったのだが、BSOにもう一息頑張ってほしかった。

c0131701_9195743.jpgしかし、23番は違った。
まず、内田光子の登場から印象的だった。内田は一見ジーンズを穿いているのかと見まがうような、軽々とし飄々とした衣装。小柄な彼女からは、舞台を楽しんでいるのが伝わってきた。
そして第1楽章が始まった。弦のアンサンブルで第一主題が始まり、木管も加わって楽しいメロディーを奏で、そして、ピアノへ引き渡す。
内田が入った瞬間、世界が変わった。優れたソリストの協奏曲をライブで聴くといつも感じる、一瞬にして会場の空気が塗り変わる、あの感覚。シンフォニーホールは内田色になった。
消え入るようなピアニッシモ、軽やかなタッチ、絶妙な色彩感覚、そして何より、厳しいが温かみのある緊張感。あまりに美しくて、金縛りにあったかのように惹きつけられた。

コリン卿はそんな内田の演奏を決して殺すことなく、しっかりと支える。流石である。そしてBSOは内田が創り出す緊張感に引っ張られ、さらにコリン卿のタクトの下で、いつも以上に豊かな響きを織り成していた。これがBSOの本気なのか。
もちろんミスもあるし個々の技術は欧州の一流オケには敵わない。が、昨日のBSOは一味違った。

1楽章のカデンツァは、モーツァルトの自筆のものを演奏。非常に即興的で、内田が如何にモーツァルトを愛し楽しんでいるのかが伝わる。

2楽章は悲壮というより、明るい悲しさというべき演奏。ハーモニーも絶妙。
そして3楽章。喜びを爆発させるかのような管楽器に支えられて、内田も軽快で流れるように演奏する。ロンドの主題も、時折疲れは見られたが、自在に強弱や音色を変え、まさに闊達で即興的な演奏。
惜しまれつつロンドが終わると、会場は割れんばかりの大拍手と、スタンディング・オベーション。もともとボストンの聴衆は演奏者に寛大(NYと比べてスタンディング・オベーションが多くブーイングが少ない)なのだが、昨日は明らかな大賛辞だった。

隣にいたおじさんが「素晴らしい。是非アンコールが聴きたいからしっかり拍手しよう」と話しかけてきた。同性愛者とユダヤ人でないと成功できないとの噂もある欧米クラシック界だが、喝采を浴びる日本人ピアニストを見て、なんだか、日本人であることが誇らしく思えた。

休憩時間、同じく聴きに来ていたKO君夫妻とバーラウンジで感想を言い合っていると、バーに見慣れた人物が。ファイナンスの Stewart Myers 教授ではないか。
近寄って挨拶をすると、名前はともかく顔は覚えていてくれたようで(何せ最終授業は20人くらいしか出席していなかったので)、奥様を紹介していただき、演奏について話した。二人とも内田光子の名は知らなかったが(目当てはコリン卿だった)、非常に感動したとのこと。また、二人曰く「BSOはコリン卿が好きだから、いつも彼のときはいい演奏が聴ける」とのこと。覚えておこう。
こうして学校を離れたところで教授と接すると、人間的な面が見られて興味深い。途中からさぼらずに、名前を覚えてもらう程真面目に授業へ出ればよかったと、学問と関係ないところで反省。

休憩後のシューベルトの交響曲第2番は、佳演だった。
シューベルト初期の交響曲の魅力(構成がどう、オーケストレーションがどう、ではなくメロディーの美しさや管楽器の楽しさ)が充分に伝わってきた。特に悲壮感溢れる3楽章と、諧謔的な終楽章はよかった。
ただ演奏会のメインはやはり協奏曲であった。


全体に、個人的に馴染みやすい構成だったので、素直に楽しめた。
オーケストラでは古典ばかりやっていたので、モーツァルトは交響曲は38番以降すべて吹いたし、ピアノ協奏曲第23番は初めて吹いたピアノ協奏曲だった。シューベルトは「普通の」人ならば、8番*「未完成」か9番*「グレイト」くらいしか演奏しないが、私は何故か1番、5番、6番のみ吹いたというマイナーっぷり。いわばこのプログラムは私のホームグラウンド。
それだけに満足できない演奏会も多いが、今回は非常に楽しかった。

ちなみに、私が演奏したときの23番はピアノソロがオケの後ろに配置され、管楽器は指揮者右手観客前の最前列(ストコフスキー配置で2nd Violin の位置)に配置され、フルートの私はコンサートミストレスと対面するという、超重要な位置だった。しかも立ち吹き。色々な意味で強烈な印象に残っている曲で、それゆえスコアも知り尽くしていた。

* 異説はあるが、一般的な順番として8番、9番とする

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by flauto_sloan | 2008-01-18 08:00 | 音楽・芸術
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