MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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コアタームの学びを習う - コミュニケーション
コミュニケーション(Communication for Managers)は、いかに効果的にコミュニケーションを行うかを、様々な表現スタイルを教えて実行させることで実につけさせる授業であったが、あまり効果があったようには思えなかった。

授業内容
ダイレクト・ストラクチャー(結論を頭に持ってくる構成)、ピラミッド・ストラクチャーといった文章の構成方法、および読み手の背景・コンテクストに応じたスタイルの使い分けを授業で取り上げた。OP(組織論)のプロジェクトの最終発表はコミュニケーションの授業の内容としての位置づけであった。
また、補完クラスにCommunication Lab.というものがあり、これはTAが各チームを対象に、プレゼンの仕方やレジュメの書き方などもう少し実践的なことを行う授業であった。

MITにおけるコミュニケーション
MITは "Nerd Pride" を掲げる学校である。雄弁家が犇く学校であるはずがない。
ただそれでは組織の中の科学者として大成できない、ということで最近はコミュニケーションの授業はSloanに限らず時折見られるものの、特にMITやSloanが強いわけではないだろう。
ただし言語学およびコンピューター"言語"の分野ではMITは一定の地位を築いている。

Roberta Pittore教授
確か金融業界などに身を置いた上でSloanにやってきた講師。
以前少し取り上げたが、ケーススタディやクラス内の議論を全く御すことができない。特に後半、授業内容の空虚さと教授のスキルの低さで、授業には「必修だから仕方なく出ている」雰囲気が溢れかえっていた。

授業での学び
文章の構成に関しては特に目新しいものはなし。今更ピラミッド・ストラクチャーの説明をされても…
レポートに対しても、内容や論理構成への鋭い指摘はなく、文法の誤りを直すなど英語の勉強に近く、得るものは少なかった。ネイティブあるいは相当の英語力を持っていないと、授業からの学びは少ないということであろうか (ただネイティブのチームメートも授業のひどさを嘆いていたから、恐らく英語力の問題ではないのだろう)。

そして我々のチームを最も憤慨させたのは、OPプロジェクトの最終発表をインダイレクト・ストラクチャー(結論を最後に持ってくる構成)にしたところ、大幅減点をされたことであった。最初のほうの授業で、フローチャートを使って「こういう状況と内容の時のみ、インダイレクト・ストラクチャーを使うように」と教わり、今回の発表はそれに当て嵌まったので用いたに過ぎない。自家撞着は止めて欲しかった。
結果的に、今学期で最も悪い評点がついた科目となった。


授業の感想
アメリカの大学(教授)は日本よりも視野が広く、正しい意見であれば授業で教えたことから逸れていても評価する。
…そんなものは幻想に過ぎない。

この授業は、一学期かけて「結論は最初に持ってきなさい」と言う3文節(英語なら "always use direct structure"の4単語)を教えたに過ぎない。少なくともうちのチームで皆が持った感想はそうであった。
その授業内容というか教授の信念というべきものに沿った成果物を提出することは、高い評点を受けるための必要条件である。

妻のロースクールでも同様らしく、ある授業で中間レポートを書いたところ、教授が「君らが書くべきは、選んだ題材についての自分なりの分析ではなく、この授業の内容をどう応用するかだ」とクラス全体へフィードバックをしたらしい。

大学は確かに概念や理論を学ぶところであり、自らの基礎となる考え方を教授から直輸入する(それが正しいと学問的社会的に認められているという前提で)のは簡便で効果的であることは間違いない。ただそれは教養課程、せいぜい学部生での話。
ニュートンではないが、一旦巨人の肩の上に乗れば、そこから世界を見るのは自分の目である。

MBAやLLMなど、プロフェッショナル・スクールと呼ばれる大学院では、生徒は皆、学を修め実務経験を積み、自分なりの考えや価値観を程度の差こそあれ確立している。新しく学ぶことを無批判に受け入れるのではなく、これまでの経験と照らし合わせた上で、最も自分に効果の高い部分を、効率的なやり方で吸収するだけの知恵を身につけている。
だからこそケース・スタディが効果的だとされているし、多様なバックグラウンドの学生を集めている。

それでいて、教授(陣)の信じるものを無批判に受け入れ、それを是としてレポートなり提出物を書け、というのは狭量と言わざるを得ない。
残念な授業であった。
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by flauto_sloan | 2008-01-15 10:20 | MITでの学び(MBA)
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