MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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仮面(persona)
仮面はラテン語でpersonaであり、personの語源です。仮面をつけることで演劇の役が決まるように、仮面と人格は密接に関わるという思想があります。

思えばこれまで様々な仮面を、脱ぎたいと思いつつ被り続けていました。
特に「職業人格」と呼ばれる仮面は脱ぎたくて仕方がありませんでした。
この仮面を作るのに苦慮し、結果としてあまりいいものができなかった結果、石仮面のように逆にその出来損ないの仮面に自分が振り回されてしまっていた気がします。

「コンサルタントたる者、こう振舞わなければならない。こんな振る舞いはしてはならない」

先輩や上司から様々なフィードバックや指導を受け(それら一つ一つは素晴らしく有用でした)、草食獣的でソフトな私は、肉食獣的で剛胆なキャラクターの多い会社の中で仕事をしていくために、自分本来の資質とは異なる、職業人格という「仮面」を拵えてかぶっていました。
渡米してからでさえも、会社関連のイベントですと、いつのまにかこの仮面をかぶり、面白みのない人間になってしまっていました。

Temazcal で脱いだこの仮面を見てみると、妙なプライドや、一面的な職業観、同僚にもクライアントにも舐められてはいけないという強迫観念、昇進への焦り、そういった質の悪い絵の具で彩られています。


でも、僕が被りたかった仮面はそんなのではなかった。
仮面を着けている時の自分は、一番好ましい自分ではないことも知っていた。
それに、そもそも別に仮面を被りたかったわけじゃない。



今回、世界のトップクラスのエリートが集まると云われる MIT Sloanで半年間多くの人と出会い、また学科の成績も出揃ってみると、top of the tops ではありませんが、決して自分は出来損ないでも鈍くもないと自認できました。

仮面さえかぶっていなければ、自分の考えること、話すこと、為すことに自身が持て、また結果も付いてきています。対偶を取れば、駄目なときは仮面冠者です。

そもそも仮面を本当にかぶらなければならないのか、かぶる必要があるならどんな仮面であるべきか。この二つの問いを十分吟味しないまま、追い立てられて出来損ないの仮面をかぶり、花形から道化までを彷徨っていました。

仮面を剥いでみれば、仮面の醜悪さと、まだ捨てたものではない自分を見つけました。久々に皮膚呼吸する自分を労わり、仕事に復帰するときには仮面をつけないで(着けるとしたら、その時は適した仮面を手にして)勝負します。
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なれないものにはなれません。弱みは克服できないから弱みなのです。仮面でどうこうなっても、畢竟見せかけでしかありません。ならば強みをとことん伸ばして、弱みをカバーすればよいだけ、という至極当たり前のことを忘れていました。自分の強みを活かし伸ばしていくのみです。

年の初めに、色々な思い、情報、経験が重なり、この「自分」と「仮面」を自覚できたのは必然だった、と柄にもなく運命論的に捉えることとします。
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by flauto_sloan | 2008-01-07 12:49 | Mens et Manus
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