MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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"I'm sorry" と謝ってはいけない?
日本にいたとき、「アメリカ人は謝らない」という話を時折耳にしました。
謝ると自分の非を認めたことになってしまい、後に訴訟に発展したときに自分に不利になるからだ、というのがその理由です。訴訟社会アメリカらしい理由です。
ただ一方でその「謝らなさ」加減はアメリカ人にとっても耐え難くなってきており、最近は謝ることがむしろ推奨されるように、ゆり戻しが来ているそうです。

謝らないアメリカ人
アメリカ人が謝らない、というのはアメリカでビジネスをしたり、事故を起こしたりした人の多くが経験しています。本にまでなっているようです。
よくアドバイスされるものに「交通事故を仮に起こしてしまっても、"I'm sorry" とは絶対に言うな。自分の非を認めたことになり、訴訟で多額の賠償を請求されるぞ」というのがあります。

日本人であれば、ちょっとしたことでもすぐに「すみません」が口を付いて出てきます。そのように些細なことでも謝られることに慣れていると、車をぶつけられて謝罪一つもない、というのは耐え難いことです。

アメリカ人は謝られないことに、なんの不満も持っていないのでしょうか。
当然そんなことはなく、人間の素直な感情として、謝って欲しいと思っているのです。

謝罪のコストとベネフィットの変化
かつては、謝罪をすると賠償金が発生する、という論理で謝罪が避けられていましたが、意固地になって謝らない姿勢は、むしろ高コストを招いていることがわかってきました。

最近は、謝罪をして相手の怒りを和らげることで、むしろ訴訟にまで発展せず和解で解決できる確率が高くなる、あるいは賠償(または和解)額も謝罪しない場合よりも少なくなる、といった見方が出てきております(データは見つかりませんでしたが、おそらく実証研究もあるかと思われます)

むしろ最近は、謝罪は衝突解決の強力な手法として認知されてきており、企業の謝罪のあり方を中心に、どう効果的に謝罪するかが研究されています。上手く謝れば企業イメージを下げずに訴訟リスクを下げられる一方、下手な謝罪はむしろ状況を悪化させうるからです(日本の不祥事のいくつかの例を挙げるまでもないと思います)。

謝罪しないことのコストが増大し、謝罪することのベネフィットが増大してきましたのです。

謝るための法改正
こうした功利面での謝罪への見直しが進むのと平行して、謝りやすくするための法整備も整ってきています。コロンビア大法科大学院で妻が履修した "Evidence (証拠法)" の授業でも謝罪について取り上げられたそうです。

今では、交通事故などを起こしてしまった直後(和解交渉前)に、"I'm sorry" と同情を示しても、特定の州の法廷では責任を認めた証拠と見做されないようになったそうです。つまり、とっさに謝ってもよくなったのです。ただし "I'm sorry. That's all my fault." などと自分の過失を積極的に認めた場合は証拠となり得るため、注意が必要ですが。

この謝罪を許容する法律はマサチューセッツ州でまず制定され、その後各州に広がっているそうです。マサチューセッツ州の議員の娘が交通事故にあったとき、事故を起こした男が最後まで一言も謝罪を口にしなかったことに対し、議員が落胆したことに端を発して法が整備されたそうです。法で悪化した道徳を法で立て直さねばならないのもアメリカらしいといえばそうですね。

企業の謝罪に関しても、謝ることで法的責任が生じないようになってきています。2003年のBusiness Communication Quarterly では、
"In the United States, a company can apologize to someone who has been injured by a product or an employee without creating a legal liability for the company. Indeed, an appropriately worded apology can produce several positive effects."
と、法的責任がないことからむしろ企業に積極的に謝罪をするように促しています。

謝り始めたアメリカ人
これらの法整備や社会的風潮に後押しされて、少しずつアメリカ人も謝ることをし始めているようです。一旦常識になってしまった「謝らない」という行動規範を変えるためには、まだまだ時間はかかるのでしょうが、正しい方向には向かっているようです。

日本人・企業が、「間違ったことをしても謝ってはいけない。それがアメリカの常識だ」といって悪びれないことを正当化しようとしても、それはむしろ時代遅れだし社会的責任を果たしていないだけだということです。

謝罪は正しく使えば社会の潤滑油です。するしないの二元論はもう終えて、どう謝るかに知恵を使う段階に来たのではないでしょうか。
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by flauto_sloan | 2007-12-29 15:28 | NYでの生活
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