MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
Regression & Extrapolation
統計学で学んだ回帰分析を、今日の"Communication for Managers"という授業でケースを用いて行った「倫理的判断」の議論の様子に当てはめると、自分がこの多様なスローンの中で何を学べるのかが少し見えてきました。

背景1 - 回帰分析
今週統計で学んだ(正しくは10+α年ぶりに基礎から復習した)回帰分析とは、複数のデータの間に定量的な関係の構造を求め、従属変数を独立変数で説明するための分析です。
簡単のため二変数の例を挙げると、ある年の売り上げ(=Y : 従属変数)と、前年の広告費(=X: 独立変数)との間の関係を、同じ業界の20社の過去5年のデータから分析すると、 Y=aX+b というような関係が見出せるものです。これを回帰直線といいます。
この回帰直線が現象をよく説明できるのであれば、本年度の広告費から来年の売り上げを予測することができます。

決定係数(R-square)など細かい話は飛ばすとして、実用面で注意すべき点としては、元のデータの範囲を超えて回帰直線を引っ張り(外挿: extrapolation)、予測しないようにすることです。回帰直線を求めるのに使った広告費が10億円から200億円までの範囲だったなら、400億円かけたときの売り上げは精確に予測できないためです。


背景2 - 倫理的判断についてのケース
今日のケースは、ハーバードケネディスクールのもので、性差、文化の違いなど複数の対立軸があるなかでの判断を問うものでした。
男性社会の石油産業で女性に対する偏見に抗いながら順調に出世したブラジル人の女性が、エクアドルの石油パイプラインの一大プロジェクトを任されたのですが、開発対象となるアマゾンに住む部族を訪れてその文化や人々の営みに触れ、さてプロジェクトを進めてこの文化を破壊するか、反対を唱えて「これだから女は」と言われるか、ジレンマに陥る、というケースでした。
実際はもう少し要素が加わっており、ビジネスにおける性差(別)や異文化への接し方といった主題を議論し、その中で人々が何をvalue (価値)と見做し、その価値をもとにどのように倫理的判断をし、どのような帰結に至るかを討議するケーススタディ・・・のはずでした。


背景3 - ケースの議論の発散
本来このケースは複数の対立軸をうまく整理して、多様なバックグラウンドを持つSloan生の経験や考えを引き出し、深い議論へと導けば面白くなるものでした。
担当教授は普段から、あまり表立って議論を制さず、生徒間の自由かつ活発な論議を生み出そうというファシリテーションのスタイルをとっていました。残念ながら今回はそれが裏目に出たようです。
自由な議論にすると、どうしても「性差」というセンシティブかつ皆一家言持っている論点に拘泥しがちで、議論がどんどん発散していき、深みに乏しくなりがちでした。そればかりか、異文化への接し方といった他の視点が必要な論点までも、男女差に帰結しようとする強引な意見まで表れてしまいました。

そんな中でひとつだけ印象深かったのは、実務経験豊富なトリニダード人が、同じ黒人の女性が以前バイト先で差別された経験について
「他人の行動や発言を正しくない、あるいは差別的だ、と判断するときには、君の中で黒人はこうあるべきだ、女性はこうあるべきだ、という観念、そしてそれもまた偏見があり、他人の行動や発言を通して自分の偏見を表しているに過ぎない」
という旨の発言をした時でした。

ともあれ、最後まで今回のケースで何を学ぶのかが不明なままに終わりました。


本論1- ケースの議論から何を学んだか
そのような「荒れた」ケース議論になりましたが、途中から一歩引いてこの議論そのものを眺めることで、学びがありました。
例に漏れずアジア人は総じて発言が少なく、議論の殆どはアメリカ人またはイスラエル人が行っていました。そして彼らの論じる内容は、私からしてみれば、これまで5年余りを西洋的文化・価値観を具現化したコンサルティング・ファームで働いた経験から、予測可能な論点や意見ばかりで、重みのある発言は先述のトリニダード人のものくらいでした。

アジア的な観点で、西洋的観点と大きく異なるものに関しては、ほとんど考えが及んでいないように思えました。教授が「世界で共通とされている8つの価値」について触れたときも、論語や武士道での価値と比べて、ああ、礼や勇や克己といったものは重視されていないな、と感じ、あるいは異文化への接し方に関しても、ああ彼らは基本的にクリスチャンだから、アニミズム的な文化や価値観は理解していないな、と思いました。

それらをケース議論の中で課題提起して、深みを増すことが私(や他のアジア学生)の使命であるのでしょうが、残念ながらいい反応が返ってくるような雰囲気ではありませんでした。異文化を理解するということを、political correctness 以上の意識として持っていない人が(不幸にも声の大きい人に)散見していると思えてならなかったためです。とはいえ、この不作為については私は咎められるべきでしょう。

このように、授業を一歩引いて観ることで、MIT Sloan の学生という頭の良い集団でも、自分の考えの及ばないものへの想像、理解、寛容は難しいのだな、と実感と共に理解することができました。


本論2- Regression (回帰) と extrapolation (外挿)
一を聞いて十を知る、という諺がありますが、これは自分の中に多様な知識や論点が蓄積されているため、頭の中にある種の回帰直線(実際は重回帰)が引かれており、一というインプットから(最小二乗法で?)regression model を最適化し、十までのアウトプットを予測・説明してしまうということだと思います。
特に日本人は「一定の時間的順序で入ってきた色々な思想が、ただ精神の内面における空間的配置をかえるだけでいわば無時間的に併存する傾向をもつ*」といわれています。一を聞いて十を知ることが賢いとされるのは、そこに重回帰的(複数の知識から一つの説明を行う)な構造関係を持っているからではないでしょうか。
そして最大の課題は、十を越えて百、千と推察をする想像力に在るのではないでしょうか。そこには自分の経験にはない結論が含まれ、それはいわばデータ範囲を超えた推論、つまり外挿になります。外挿であるが故に確からしさは保証できないのですが、議論の立ち居地としてその想像ができるかどうかで、人間的な広がりや、様々なバックグラウンドを持った人との深い議論ができるのではないでしょうか。

今日の議論を見ていて、真の論点が一部の人の経験値を越えていました。ある人はそこへ外挿を行って、想像した仮説や意見をぶつけて、他の経験を持った人の深い洞察を導こうとしました。ある人は外挿できないままに、自分の経験から理解できるものでしか話さない、あるいはそれしか理解しないでいました。外挿による想像力の差が如実に現れていました。


結論 - MIT Sloan で学ぶべきもの
複雑なこの世の事象に対し、自分なりの考えや判断軸を持つためには、

a. Regressionを行うためのデータ(知識・経験)を幅広く深く増やして決定係数の高い(質の高い)回帰分析が行えるようにする
b. 学びて思い、自分の中のデータに構造性を与え、判断軸を紡ぐ(作るとともに重み付けをする)
c. 自分で収集できない範囲の知識・経験は、他者の経験を引き出して己の糧とする。その際は、b.で作った回帰曲線(判断軸)を外挿し、best guessの仮説をぶつけ、より深い知識・経験を引き出す
d. 他者から得た知識をもとにregressionをかけ直し、己の判断軸をより精緻で幅広く使えるようにする

の4つのステップを繰り返し踏むことが肝要だと考えました。
今は様々な講演やワークショップに参加し、a と b を繰り返しているところです。そろそろ、cのステップに踏み出そうかと思います。

そして改めて思うのは、MIT Sloan での経験に学びが無いものは決してなく、今日ような学びを得るための刺激に溢れています。
もっともっと刺激を受けたい、その思いを新たにしました。


* 丸山真男 「日本の思想」より。丸山はこの構造性の欠如を問題と捉えている
[PR]
by flauto_sloan | 2007-11-06 02:07 | MITでの学び(MBA)
<< Demotivators Company present... >>