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MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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寓話 - 平和な島のワジン
ある島に、ワジンという哺乳動物がいると聞いたことがある。ワジンはその島にしかいない固有種として独自の進化を遂げ、他にはない生態系を作り上げていった。

気候が変わったのだろうか、ある頃からその島の食料が増え、個体数が増えていった。特に美味しい実のなる植物が多かった島の南東の沿岸部へと、群は移動し密集するようになった。南東沿岸部は土地が豊かで食料も多く、外敵も少なかったため、ワジンの平均余命は伸びていった。驚くべきことに、ワジンが多く生息するほど、肥料が多いせいかこの実のなる植物は早く豊かに成長していった。だが成長スピードには限界があり、程なく増えすぎたワジンの群を維持できなさそうになった。

自然の摂理とは不思議なもので、個体の繁殖率と子育て行動に変化が訪れた。平均余命が伸びたために、繁殖可能期間を過ぎた個体の比率が高くなった。また密集地域での食料獲得競争が激しくなったため、より強い子孫を作らねばならなくなった。一組のつがいが産み落とす平均個体数は減り、その代わり餌を多く与えて育てるようになった。また、親が食料収集に長けてからの方が、幼い個体のうちから餌を多く与えられるため、初産時期が遅くなった。少なく遅く生む結果、ワジン棲息数の増加率は鈍化し、やがて減少に転じた。

島中に群が分散していた頃は、群で子育てをするのが種として合理的だったワジンだったが、密集してからは少ない子を生み、自分の子のみを育てるのが、自らの遺伝子をより多く残せる最適戦略となった。この戦略と整合して、他の個体や群を騙して食料を掠め取る行動が以前よりも見られるようになった。

また、いつごろからか海を渡って、ワジンによく似た近縁種がこの島に棲息するようになった。多くは固有種と棲み分けたのだが、島で個体当たりの食料の分け前が減っていくと、縄張り争いが激化した。個体外見からの判別がつきにくかったため、同種である確からしさが少ない場合は、ワジンは近縁種と見做して徹底的に攻撃するようになった。近縁種のほとんどは、新しい食料採集の方法を群に持ち込んでくれる有益な個体であったのだが、群単位としては共生よりも排斥の行動が顕著に見られるようになった。


今この島を訪れると、ワジンの5分の1以上は生殖機能をほぼ持たない個体であり、雌は生殖可能期間の4割くらい経ってようやく繁殖を行い、しかも多くの場合1度に1個体しか生めないにも関わらず、一つのつがいは生存中に平均して1.3回しか子を産まない。生息数は減少しており、個体あたりの食料は平均すれば生存・繁殖に十分なものの、力のない個体が自力で食料にありつけない確率が増加傾向にある。依然、島の南東沿岸部に棲息数の3分の1が密集している。他の地域の多くは山がちで食料に乏しく、南東部への密集後は、ワジンが従来行っていた集団での食料採集もできず、いまでは群の維持ができないほど棲息数が減少している。

もしこのワジンという動物に感情があるならば、今の平均的な感情は、不安で悲観的で攻撃的だ。ただし攻撃的といっても遠方からの威嚇か、群から異分子を追い出すのが主で、戦闘行為が稀にしかみられないのもこの種の特徴のようである。


もちろんこれは寓話なのだが、このワジンという哺乳動物は何か間違った行動を採っているのだろうか。間違い、とは動物行動学的な間違い(種の拡大を阻害する行動)なのか、人間の価値観をこの動物に押し付けて評価した場合の間違いなのだろうか。その間違いはいつ行われたのだろうか。そして、この島にいるワジンの将来はどうなるのであろうか。

私は、このワジンを観察するに、種としてただ環境に適応・順応し続けているだけのように思える。昔この島を訪れてワジンの群の美しさを賞嘆した人にとってみれば、今のワジンは別の動物のように見えるかもしれない。だがそれは適応した姿なのだ。ただし、私個人という一日本人の従来の価値観を押し付けると、より「正しくない」方向に向かっているように見える。

ワジンは適応性が高いので、島から絶滅することはなさそうだが、何らかの恵みによる食料の増加が起きない限り、南東部以外で群を維持可能な地域への再移住、平均余命の減少、食料にありつけないか繁殖を行えない個体の増加が起きるだろう。

その上で、うまくいけば初産年齢の低下、繁殖率の増加、群による子育て(特に繁殖可能年齢を過ぎた個体による)の復活といった、群の若返りが起きるかもしれない。勿論それはやがて同じ問題を生み、レミングほど極端でないにせよ、個体数および平均月齢がするだけの可能性もある。


人間がこのワジンのような架空の動物と異なるのは、遺伝子にプログラミングされた本能的行動を、意思と知恵によって修正し乗り越えていく力がある点だ。圧制者を生みにくい代わりに本能的行動が是認され易い、民主主義という社会システムの下で、本能や直感と相反する正しい道を見つけ、実行することは非常に難しい。

だがそれをできるのが人間であり、今必要なリーダーだ。民主主義の国アメリカで、オバマ大統領に私が感じているリーダーシップは、こういう人間の動物としての本性を理解した上で、確信的に人々を変えていく力と言葉だ。
by flauto_sloan | 2009-04-14 22:35
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