MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
Acumen Fund創立者 ジャクリーン・ノヴォグラッツ氏 - 貧困とは収入のなさではなく、自由のなさ
c0131701_20453939.jpg貧困問題に取り組む起業家を支援するNGOのAcumen Fundの創立者、Jacqueline Novogratz氏の講演がMITのLegatum Center for Development and Entrepreneuship主催で行われた。
Legatum Centerは2007年に投資ファンドのLegatumの支援で創立された、開発支援のためのプログラムで、スローン生も何人か所属している。

ノヴォグラッツ氏はウォールストリートの投資銀行から身を転じ、貧困問題に取り組んできた。そのきっかけはドラマチックだ。
小さいとき、青いセーターがお気に入りでいつも着ていました。でも周りの子に「あの青いセーターのやつ」って呼ばれて嫌になって、衣類リサイクルの慈善団体に寄付しました。

投資銀行に勤めていた時、アフリカに休暇に行きました。ジョギング中一息ついて、風景を眺めていると、あの青いセーターを着た子供を見つけました。驚いて駆け寄り、セーターの襟元を見ると、私の名前が縫ってあったのです!! 

この偶然きっかけで、衣類のリサイクルについて調べ始めました。すると、リサイクルの衣類によって、地元の織物産業が衰退していることを知りました。好意のために貧しい人をより貧しくしてしまっていたのです。これを知った私は、現地の貧困層が本当に暮らし向きをよくするためには何ができるかを考え、一大決心をして退職し、開発支援の世界に身を投じました。
その後氏は色々な失敗に試行錯誤しながら、ロックフェラー財団を経て創業したAcumen Fundを成長させていった。ファンドは有望な起業家に資金やノウハウを提供するマイクロファイナンスを実践していく。そこからの学びは愚直で誠実だ。
アキュメン・ファンドで学んだことは3つあります。
  • 人の心には、富よりも尊厳こそが重要である…金銭的に成功することよりも、成功そのものが重要
  • 援助や慈善行為だけでは貧困問題は解決しない…腐敗や賄賂の温床になってしまう
  • 市場(メカニズム)だけでも貧困問題は解決しない…市場に依存しすぎると、却って自体は悪化する
ファンドがうまく機能するには、ペイシェント・キャピタル(長期的・社会的リターンを目的とし、市場平均よりも低いリターンでも許容できる資本)の存在が重要で、その上で金融と社会を結びつけることが成果につながります。

ただペイシェント・キャピタルだけが全てではなく、資本には様々な性格のものがあるので、目的やプロジェクトの性質に合わせてそれらを結びつけています。そうすることで、企業からも公益団体からも資金を調達できるようになりました。

支援の現場では、現地のニーズを知った上で、使い易くわかりやすいデザインが重要です。例えば安全な水を販売するスタンドを作ったとき、IDEOのチームを招き、人々の動き方を観察して設計したところ、古いスタンドよりもより効率的に水を売れるようになっただけでなく、地元の人の利用も増えました。

現地の起業家のエネルギーと行動力を決して侮ってはいけません。アフリカの蚊帳ネット(住友化学の製品)は、マラリア予防に効果的です。この事業に投資した結果、工場は拡大し、100人、1000人と雇用を創出し、しかも最先端の工場に劣らない生産性を達成しました。

一方で地元の文化に合ったやりかたを見つけていくことも必要です。この工場では最初、中国のように従業員の女性たちを寮に住まわせました。彼女らはすぐにお金を貯めて、家に仕送りしたり、買い物を楽しんだりしました。ですがその結果、家族の男性達の面子をひどく傷つけ、暴力など事件につながることもありました。この微妙なニュアンスを、現地に入って理解しなければなりません。

貧困とは収入がないことではなく、選択の余地や自由がないことです。収入レベルを上げようと議論するよりも、実際に現地に行って、目で見ることが、何が必要かを理解する近道です。

恐れや不安から人々を解き放ち、働き、希望を持ち、心を癒すためには、イノベーションと起業家精神が重要です。ただ技術もそれ自体が問題を解決するわけではなく、現地のニーズや、そこで成り立つビジネスモデルを深く理解したうえで、技術をコミュニティと結びつけることが必要です。
ノヴォグラッツ氏は、パッションの塊というような人だった。現場に飛び込み、本当に必要なものを見極めるまで、何度失敗してもくじけない。そして、恐れを脱し、瞳に希望が燈った起業家たちの写真を、嬉しそうに紹介する姿には、心打たれるものがあった。

ただ、ここまで開発に興味を持ちつつ、そして経験するチャンスが何度かあったにも関わらず、2年間結局実地で関わることはなかった。意志はあったし不運ももちろんあるのだが、結果は結果として何故何もしなかったのか、自分の何がこの結果につながったのかを考えておきたい。ノヴォグラッツ氏のように、どんなきっかけでそちらの道に進む覚悟を決めるかわからないから。
[PR]
by flauto_sloan | 2009-04-09 20:43 | Guest Speakers
<< West Side Story... スコルニコフ教授 – 科学技術と政治 >>