MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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Israel Trek (2/9) - 聖地エルサレム
イスラエル探訪は、聖地エルサレムから始まった。
エルサレムでは、宗教と歴史が複雑に入り組み、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教が積み重なっている。ユダヤ人は、メシアがオリーブの丘から現れ、人々を救うと信じている。その時に一刻でも早く復活できるよう、丘に墓地を築いている。
彼らにとって、オリーブの丘からやってきたイエスはメシアではなく、未だに「真の」メシアを待ち続けている。待ち続けねばならないから、去ることもできない。
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そのイスラエルは、アブラハムが息子イサクを生贄にしようとして、神に信仰を認められた地であり、キリストが磔刑に処せられた場所であり、イスラム教も聖地と定めた地である。3つの宗教が時間的にも物理的にも積み重なり、それぞれの思いが複雑に交差している。イスラム教徒が建てた岩のドームは、このイサクの生贄の為の岩があったとされる、ユダヤ教の最も神聖な地に建てられている。
イスラム教徒にとっては、ユダヤ人の預言者も、キリストも皆預言者であり、最後の預言者がムハンマドであり、歴史も宗教も2宗教に上書きしている。それが物理的に象徴的に表されているのが、このエルサレムであり岩のドームなのだ。
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嘆きの壁(西壁)には、いつもユダヤ人達が列をなし祈りを捧げている。私のような異教徒も、神に対して頭を隠すため、簡易キッパをかぶらねばならない。

普通の観光客は壁に祈りを捧げるだけだが、ユダヤ人マイクが壁の脇にある礼拝所に案内してくれた。全身黒い服を着た超正統派ユダヤ教徒が、トラーという聖書を巻物で読み、祈りを捧げている。人数が揃わないと祈れないため、グループ待ちの人々は書物を読んで教義について研究している。

超正統派ユダヤ教徒の男性は仕事をしないそうだ。教義の研究をするためであり、また「生めよ、増えよ、地を満たせ」で子沢山だ。母親が働いたとしても、裕福な暮らしはできない。だがユダヤ人のコミュニティは互恵精神が高く、社会福祉が彼らをサポートする。ウォールストリートやフロリダのユダヤ人からもお金が送られてくる。
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キリストがゴルゴタの丘に向かって十字架を背負いながら歩いた道は、今や雑然とし土産物屋が立ち並ぶ。エルサレムの城内は4つの区画に分けられ、ユダヤ教徒、イスラム教徒、キリスト教徒、アルメニア人キリスト教徒とが住み分けている。それぞれの区画では雰囲気が全く異なり、この道はイスラム教徒の区画にある。改めて、政治的な領有と、宗教上の位置づけとが複雑に絡まりあっているのを実感する。
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キリストが磔刑にあったゴルゴタの地に建てられたとされる、聖墳墓教会には、世界中のキリスト教徒が巡礼する。訪れた日も、コプト正教会の司祭が公祈祷を行っていた*2
教会内にあるキリストの石墓には、キリスト教徒が列をなしていた。ちょうどドームの窓から差し込む光が神々しい。
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あいにく今回の参加者には、人種・宗教を問わず信心深い人がいなかった。ガイドが宗教上の意味合いを説明しても、みな「そういえば聖書で読んだ気がする」という反応。口々に「エルサレムに来るなら、事前に旧約聖書と新約聖書を読んでくればよかった」と残念がっていた。

信心に関係なく楽しめるのが、城外にある市場だ。色とりどりの香辛料や、新鮮な魚、地中海の果物が賑やかに並べられている。ある女性はスカーフを買うために値切り交渉をして、8割引にしたと喜んでいた。戦利品を見て値段を聞いたガイドは「・・・ふぅん」と意味深な反応。やはり中東の交渉はタフだということか。
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エルサレムはイスラエルの「自称」首都であり、国際的には認められていない。クネセトと呼ばれる議会もあるが、各国の大使館は見做し首都のテル・アビブに置かれている。
長い歴史と宗教的背景とから、「聖地」としての位置づけすら国際的に合意が難しいのに、「首都」の役割まで認められるのは難しいのだろうか。ラクダの向こうの岩のドームを見ながら、そんなことを考えた。
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*1 キブツ出身のイスラエル人ガイドのシャナイが語る宗教観は、ユダヤ人としての視点でありつつ、バランスを取っていてわかり易い。今回得た情報の多くは彼経由なので、学問的中立性は担保しない
*2 宗教史に明るくなかった私は、次々に挙げられるキリスト教の宗派の数と、それらが複雑に思惑を交差させるこの教会に圧倒されてしまった

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by flauto_sloan | 2009-03-20 14:39 | Japan/Israel Trek
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