MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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Global Economic Challenge- 異文化間で、異なるものと同じもの
フォーブズ教授の"Global Economic Challenges" の授業で組んだチームは、4人までで2大陸3カ国以上の混成チームであるのが条件だったのだが、この多様なチームから学んだことは多かった。私のチームは私(日本)、Mさん(アメリカ)、Iくん(エジプト系アメリカ)、Sくん(南アジア)というチームだった。

政策に対する許容幅の違い
マクロ経済の授業なので、Aggregate Demand - Aggregate Supplyモデル、IS-LMモデル、BB-NNモデルなどを使って、経済危機にある国の置かれた状況を理解し、どのような金融・財政政策を取るべきかを議論する。

1回目の課題では、好調だったロシアが2008年以降どのように経済が危機的状況に陥ったのかを分析し、どうやって経済を好ましい平衡状態に持って行くのかを検討するものだった。そこで取りうる政策は、なかなかありきたりのものしか出てこない。アメリカ人は特に、踏み込んだ財政政策があまり好きでないようだ。

だが対象国はプーチンが院政を敷くロシアだ。本当に経済を回復し、強いロシアにするならば何をするだろうか。レバーの一つに人口があり、生産レベルを維持したまま人口が減れば、好ましい平衡状態に収束し易い。グルジア侵攻や、貧しい地域の分離・独立は人口減少のために有効な政策なのではないか、と言ったところ、さすがに黙殺された。

これは極論だったが、全体に社会主義的である日本の国民として想像しうる政策は、アメリカ人からすると介入しすぎであり、個人や市場の自由を阻害すると受け取られた。柳澤教授が述べていた事前主義の日本と事後主義のアメリカ、社会や集団を重視する日本と市場と個人を重視するアメリカ、という違いを感じた

空気と村八分
逆にアメリカと日本も実は同じだと感じたのは、チームには読むべき「空気」があり、それを読めないと村八分になる、というものだ。日本特有の文化のように思われがちだが、ハイフェッツ教授のリーダーシップの授業でも学んだように、これは人間本来の行動規範であり、文化による程度の差こそあれ、共通だ。今回のチームでは、それを改めて感じた。

ひとつのケースとして紹介する。
    1回目の課題の提出直前、S君が最後の手直しをすると言ってきた。答案が返ってきてわかったのは、S君は提出直前にこれまでの議論を1から覆す大変更をし、しかもそれが間違っていて(当初のチーム議論が正しかった)、チェックプラスを逃してしまった。

    チームの努力を勝手に無駄にするS君の行動は、我々の信頼を失わせるに十分だった。もともとミーティング中に明らかに貢献していない(恐らく課題を読んできていなかった)ことで十分、場の空気が彼のチーム内のポジションを一番低いところに押しやっていた。最後の手直しを彼に任せたとき、チームの期待は校正とロジックの甘いところを埋めることであり、一から書き直すことではなかった。

    2回目の課題に向けたミーティングの日、彼は風邪を引いたので、スカイプで参加したいとメールに書いてきた。誰も返事をしない。ミーティングの時間に集まった3人は、誰もS君を呼ぼうとしない。彼は村八分になっている、という空気をひしひしと感じたし、私も彼の行動に納得がいかなかったので、結局3人で議論を進めることに。

    補足ミーティングにはS君が来たものの、彼の意見は発言時に既に割り引かれてしか受け入れられない。さすがのS君も気づいたらしく、だんだん発言が少なくなっていく。議論の後、今回は私がレポートの論旨を構成した。私の答案に対してS君から反論はあったが、存在感を増すための反論のための反論でしかなく、他の二人の支持も得られず、結局今回も彼の貢献度は非常に少なかった。
私が言いたいのは、S君を非難することでは全くない。4人の異文化のチームであっても、チーム内で生まれる空気というグループ・ダイナミクスがあり、そこで期待された平衡状態を超えてしまう「やり過ぎ」を侵した者は、空気によって無力化されてしまう、という構造が短期間で見事に発生するのが非常に興味深かった。

ハイフェッツ教授クラスのグループに比べ人数が少なく、また課題に回答するという比較的シンプルな目的しかなくても、そこで学んだものは再現された。かなり抑圧的な空気の中で私はレポートをまとめるというリーダーシップを執ってみた(「介入」した)のだが、S君の反論は悲しいくらいに予測可能であり、他の2人の私への支持もまた、予想通りであった。


一人ひとりの考え方や、価値観は異なっていても、集団の置かれた環境や構造によって、どのようなダイナミクスが生じるのかはある程度予測可能である ― これこそマクロ経済に通じる学びではないか。授業の主題も、これまでに起きた幾多の経済危機から学んだ構造と、今回の金融危機は本質的には変わらず、未曾有であり未知であると過剰反応することなく、正しい判断をすることにある。個別の企業や社会・文化を捨象してマクロ視点でモデル化するからこそ、再現性のある構造が見えてくる*

まさかフォーブズ教授が、チームワークからこれを学ぶことを期待していたとも思えないが、やはりシステムが重要なのだ、と気づくチーム経験だった。

* この考えは、システム・ダイナミクスのスターマン教授も、先日講演したマートン教授も強調している
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by flauto_sloan | 2009-03-07 21:39 | MITでの学び(MBA)
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