MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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Robert Merton - 神の声
c0131701_5555023.jpg昨年までHBSにいた投資銀行出身の友人こっちゃんが、授業を「神の声」と呼ぶほど崇敬していた、ロバート・C・マートン教授がMIT Alumni Awardを受賞し、母校MITで講演を行った。
(講演の様子はこちら)

マートン教授は、ファイナンス理論の金字塔であるブラック・ショールズ方程式を数学的に証明し、両名とともに1997年のノーベル経済学賞を受賞している。そして伝説的ヘッジファンドのLTCMを経営し、やがて空前の規模の破綻に至る。今はHBSで教鞭を執り、今学期はスローンから日本人も一人受講している。

そのマートン教授の受賞講演は "Observations on the Science of Finance in the Practice of Finance" と題し、金融危機の構造の一端をプット・オプションの考え方を用いて解き明かし、またソヴェリン・ウェルス・ファンド(SWF)が新興国のリスクをどう分散して成長を促せるのかについて議論した。(式や図表なしには説明が難しいので、興味ある方は上記の録画を観て頂きたい) 本論の概略は以下の通り。
この金融危機は、リスクが資産価格に対して非線形に変化するという構造のために生じたものであり、強欲で利己的な連中を追い出せばいいという類の問題ではない。非線形なリスク変化は、複雑な金融工学商品に固有のものではなく、ごく普通の住宅ローンにも在る、金融に携わるものなら誰もが理解しているはずのものだ。本来はその特性をリスク管理に利用していたのだが、利用の仕方が極端になり、大きな問題を引き起こした。どんな美徳も、極端が過ぎれば悪となる

住宅ローン(企業の借入も同様だが)を貸すというのは、貸付と保険という二つの異なることを同時に行っていることを意味する。
Risky debt + Guarantee of debt = Risk-free debt
という式を変形すると、
Risky debt = Risk-free debt - Guarantee of debt
となる。右辺のRisk-free debt は貸付を意味し、Guarantee of debt は自分自身でかける保険を意味する。この保険はプット・オプションを売ったことと同じ働きをし、担保物件の資産価値が簿価を下回って初めて、保険が発生する。CDOなどのCredit Default Swap はこの保険の役割を果たし、借手資産に対するプット・オプションを売買していたのが本質だ。

オプション価値のグラフを見ればわかるように、資産価値の変化に対して、オプション価値は非線形に変化する。これは貸付側にしてみれば、リスクが増大していくことを意味する(アメリカの住宅ローンはノンリコース・ローンであり、金融機関はショートプットであるため)。そして資産価値の変化に対するリスクの増減(感応度)は、資産価値が下がるほどに大きくなっていく。また、ボラティリティが高いほどオプションの価値は高まる。

つまり、資産価値が下がり始めてボラティリティが高まると、金融機関はプットのショートポジションに伴うリスクが非線形に増大していき、どんどん損失を出していったのだ。理論上は状況はコントロール可能であるが、実際は大きな混乱が事態の収拾を難しくしている。特に、人間は馴染みのあるリスクを低く見積もり、新しいリスクを過大評価することが、誤った行動を促した。

そして政府が金融機関を支援したのだが、それはプット・オプションに対するプット・オプションを意味し、非常に感応度が高いリスキーな支援である。巨額の支援を用意しても、それがすぐに足りなくなってしまう可能性がある。

今回の危機は金融工学のイノベーションの一部が引き起こしたが、問題は金融工学ではなく、業界がおかれた構造であり、その正しい理解が出来ていなかったことにある。高度に発達した金融の世界を規制するならば、規制側は正しい構造を理解し改善するために、金融工学への深い理解が必要だ。何が起きているのかを理解するためにも、今後も金融工学へのニーズは高まるだろう。これからも金融工学の世界で活躍して欲しい。
(SWFの話は省略)
マートン教授らしい、ファイナンス理論の視点から金融危機の構造の一側面を力強く断ずる講義だった。これまで様々な経済学者による今回の危機の構造の仮説を聞いてきたが、「これはプット・オプションだ」という非常にシンプルな視点でありながら、マートン教授の論は非常に説得力があった。また、講演の端々で伺える深い洞察は、なるほどこれが「神」の視座かと感銘させられた。


今回の危機は新しいだけで、未知のものでも制御不可能なものでもない、というのは半ば同意するが、半ば同意しかねる。多くの専門家が、共通する部分が多いとは雖も、これだけ別の切り口で今回の危機を解説しどれにも理があるのを見ると、やはり危機の全体像と本質はなかなか理解できず、制御が難しいのだと実感する。

群盲象を評す、という言葉があるが、盲人どころか世界中の専門家達ですら、金融危機と言う巨象の一部しか語れないという感がある。さしずめマートン教授は象の頭を撫でているために、もっとも説得力のある象の描写をしている、ということかもしれない。

一方で市場総体として見れば、合意される部分に着目し、異なる部分の断片を繋ぎ合わせると、どうやら象という生き物のようだ、という実感が生まれてきたのだろう。不確実性は依然残るが、リーマン・ショックから半年経って市場が感じるリスクは大分落ち着いてきたように思える。ただこれが、現象の理解が進んだことによる不確実性の本質的な低下なのか、ただ新しいリスクに慣れたために過大評価しなくなっただけなのかは分からない。行動経済学や行動ファイナンスの研究者にとっては、この上なく面白い半年間だったことろう。
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by flauto_sloan | 2009-03-05 05:35 | Guest Speakers
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