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MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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MBA Media & Entertainment Conference (3/3) - "ゲーマー"なんていらない
カンファレンスでもう一つ面白かったのが、ゲームについてのセッションだった。要点をまとめる
  • 不況は家族が家に一緒にいる時間を増やし、ゲームをする時間が増え、結果的にゲーム需要は減っていない。これは任天堂Wii が、今までゲームをしなかった層を取り込んだが故の需要維持である
  • 「ゲーマー」と呼ばれてきたコアなゲームファンよりも、軽い楽しさを重視するユーザーが増えてきており、ゲームの目的もちょっとした気晴らしや生活の一部となってきている。この「軽さ」は「真面目に長時間」やらないという意味ではなく、姿勢や気持ちの問題であり、ゲームの遊び方はハードコアと変わりない
  • ゲームは生活と一層結びついていく。モバイル機器(iPhoneなど)でのゲームや、教育へのゲーム導入など、まだゲームじゃないところを探して、ゲーム需要を発掘していけば、機会は限りなく大きい
  • 「ゲーマー」という言葉をなくすべきだ。「テレビジョナー」や「ミュージック・リスナー」という言葉はないのに、「ゲーマー」という言葉はあり、特定のイメージを持つ。生活の一部になれば意識しなくなるので、ゲーマーといちいち区別する必要はなくなるはずだ
他にもチャネルの話、海賊版や開発上の問題などが議論されたのだが、何といってもこの「ゲーマー」を無くせというメッセージは強烈だった。ゲーム業界にしてみれば素晴らしい世界だが、そこまでゲームがあちこちにある生活というのは、直感的にやり過ぎだと思う。ゲームは誰かが設定したルールの中で最適なものを求める作業が主だ。勿論その中で創造性を発揮する場面はあるのだが、本質的に発想が制約されることになってしまう。

私は教育やトレーニングにゲームを取り入れることは効果的だと思うのだが(スローンも最初のオリエンテーションで「ビア・ゲーム」というシステム・ダイナミクス理論に基づくゲームを行う)、それはあくまで、ゲームによってある理論とその効果を実感させ、実生活に意味合いを出すことにある*。だがゲーム自体が目的となると、ただの中毒性のある習慣になってしまう(私もよく中毒になったものだ)。

何事にも物には限度、使いようというものがある。ゲーム業界が自己肥大を目的としている気がして、少々危うさを感じた。


* 教育効果の高いゲームとしては、「モノポリー」が有名だが、モノポリーの発祥は、ジョージズムの信奉者リジー・マギーが、土地は平等に分け与えられるべきだというジョージズムの考えを教育するために作ったゲームだと言われる。だがマギーの意に反して、土地を持つものがいつもゲームに勝ってしまうため、失業者チャールズ・ダローが逆に土地を独占して勝つ「モノポリー」という名のゲームにしたところ、大ヒットしたのだという。当初の目的と正反対になってしまった教育ゲームだと言える

by flauto_sloan | 2009-02-27 06:19 | Guest Speakers | Trackback | Comments(0)
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