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MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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破壊的イノベーション
今学期楽しんでいる授業に、James Utterback教授の「破壊的イノベーション」がある。アッターバック教授は『イノベーション・ダイナミクス』や近著『デザイン・インスパイアド・イノベーション』で知られるイノベーション論の大家だ。MITらしく、イノベーションを科学的アプローチで解明しようとしていて面白い。

大御所アッターバック教授
アッターバック教授はHBS学部長のキム・クラーク教授が若いころから共同で働き、、『イノベーションのジレンマ』を著し、昨年はスローンで短期集中講義を行った(ブログ未収録)HBSのクレイトン・クリステンセン教授や、スローンきっての人気教授(来年からHBSに移籍するそうだが)、レベッカ・ヘンダーソン教授らはクラークを通じた孫弟子のようなものだ。

役者が違うと思わせるのは、そのクリステンセン教授の理論の批判だった。
私がMITの学生だったとき、ある教授が授業のたびに「直線を引くときは、必ず3つ以上のデータポイントが必要だ」と口酸っぱく言っていた。
クレイの理論はこれに似て、結論を導くためのデータが、期間・業界ともに少なすぎる。拡大解釈を見事なレトリックで納得感を持たせているが、イノベーションの事例でクリステンセンの理論に合わないものはいくらでもあり、一般論とはとてもいえない。
アッターバック教授は、豊富な事例(新しいものだけではなく、19世紀のボストンの氷産業といったものもある)とデータ分析とで、イノベーションの仕組みや現象について、何が言えて何が言えないのかをきちんと切り分けて議論していく。


アバナシー・アッターバック理論
アッターバック教授と共同研究者のウィリアム・アバナシー教授(故人)のイノベーション論 "Utterback-Abernathy model" は非常に洞察深い。イノベーションには、流動期、移行期、固定期の3つのフェーズがあるとする。流動期は多くの企業がその製品・技術に流入し、多くの商品が生まれる。その中でドミナント・デザインが生まれると、プロダクト・イノベーションによる移行期へと移り、ドミナント・デザインの製品によって市場が急拡大する。やがて市場や技術が(一見)飽和すると、固定期に移り、プロセス・イノベーションによるコスト削減や、サービスへの転化が行われる。こうして市場規模はSカーブを描く。

そこで新たな機能を持った新製品が登場し、その新製品がドミナント・デザインを得ると市場が侵食される。旧製品はこの時、対抗するために往々にして既存技術に新たなイノベーションを生み、寿命を延ばすのだが、やがて新製品に市場の大部分を奪われることになる。

このメカニズムは組立産業とプロセス産業で少々異なり、プロセス産業の場合はプロダクト・イノベーション以上にプロセス・イノベーションが破壊的である。プロセスのいくつかのステップをまとめる技術が生まれると、コストは劇的に低下し、市場を席巻する。

クリステンセン教授が、破壊的イノベーションはシンプルなアーキテクチャーで、低コストなものであり、性能過剰な旧製品をローエンド市場から侵食すると理論付けたのは、一部の組立産業やプロセス産業では成り立つだろう。だがアバナシー・アッターバック理論では、低機能や低コストを破壊的イノベーションの要件とはしない。この二つの理論の差と、そこからの意味合いを考えるのが非常に面白い授業だ。


下着から視力矯正へ
この授業ではある業界を取り上げて、チームを組んでどのようなイノベーションが生み出され、業界内にどのようなダイナミクスをもたらしたのか、将来どのようなイノベーションが起こりうるのかを調査する。そのために、個々人で興味ある業界を取り上げて、一人2分でクラスに向けてセールスピッチを行い、人を集めた。

私は仕事でさんざんハイテク業界を取り扱ったので、電機やIT産業ではなく、クラスで他に誰も取り上げないであろう下着業界を選んだ。下着を馬鹿にしてはいけない。MITのイノベーション論の教授、エリック・フォン・ヒッペル教授が、私の発表の次の日の授業で次のように語ったそうだ。
「人類の進歩に最も貢献したのは、木綿の下着だ。
ヨーロッパの知識階級が着心地のいい下着を身に着けるようになって、肌ずれを気にせず集中力を上げることができ、多くの発見に結びついた*1
この発表のお蔭(?)で、クラスの人と話すと「ああ、下着の人か」と言われるようになったが…

結局チームは、視力矯正産業に加わった。眼鏡、コンタクトレンズ、視力矯正手術(レーシックなど)と、馴染み深い進歩を遂げてきた業界だ。破壊的イノベーションが生まれながら、古い製品が生き残り続けているのは何故かを考えるのが面白そうだ。

最終学期になって、ようやく日本にいた頃の問題意識である、イノベーションとは何で、それはどのような人間の活動メカニズムから生み出されるのか、という疑問に立ち戻った。色々と考えていきたい。


*1 中世ヨーロッパはコルセットなどの硬くて窮屈な下着を身に着けていたが、産業革命の頃にミュール等の柔らかい下着が生まれて普及した。機能やデザインはその頃にだいたい固まり、それ以降は素材による漸進的な発展が行われた
by flauto_sloan | 2009-02-23 23:23 | MITでの学び(MBA)
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