MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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ハイフェッツ教授のリーダーシップの授業を終えて
c0131701_524470.jpg密度の濃いロナルド・ハイフェッツ教授の2週間のリーダーシップの授業が終わった。
秋学期以上に、感情のジェットコースターとなる授業だった。1週目の終盤から、授業中に泣き出す人が現れ、私も最後の日は喜怒哀楽全ての感情が湧き起こり、最後は涙せずにはいられなかった。

ハイフェッツ教授自身の凄さはもちろんあるのだが、それ以上に彼が作り上げた環境(授業の設計とグループ・ダイナミクス)と、そこでお互いに刺激しあう学生のコミットメントの深さが素晴らしい。


授業や教授に対しては、心酔する人から反発する人、納得する人から懐疑的な人まで幅広い。多くが心酔することから「ハイフェッツ教」と揶揄されることもある。だがそんな価値観の幅を許容し、創造性・生産性を促す環境を作り、経験させることで、我々がリーダーシップを執る際に達すべき、環境の質についてのレファレンスを持たせてくれるのだ。

授業で教わる "holding environment" や "creative range of disequilibrium" といった抽象的な概念は、実際に経験しないことには理解できないし、それをどの程度まで持っていくと、目的を達成するための創造性を発揮できるのかについても、経験しないことには想像がつかない。授業中に様々な実験を学生に行わせることによって、自ら気づき学ぶことを促すのが、教授の役割なのだ*


c0131701_5293671.jpg特に冬学期は、自分の内面に抱えている役割や祖先への忠誠が、自分の行動や思考を如何に制約し隷属させているのかを学ぶ。
それを意識しそこからできるだけ自由になるためには、大きな苦痛を伴う。その副産物として感情の大きな起伏が個々人の中に生まれるし、それがクラスの中に共鳴し増幅して、大きな感情のうねりを生む。

その振幅がピークになる時、涙する者が現れる。

人生の様々な局面でリーダーシップを発揮すると、人々に変革を促し、喪失の痛みを始めとした大きな感情を生み出す。その感情の起伏を知ったからこそ、彼らへの憐れみを持てるし、その感情を包容することができる。その対処法と自分の許容量を知るための2週間だった。


授業が終わると、学生全員がスタンディング・オベーションを行った。自分を見つめ直し、将来を考え、傷を癒し前進するための機会を与えてくれた、素晴らしい授業だった。

だが、学びを「ハイフェッツ教」として絶対視・神聖視してしまうことは生産的ではない。彼のフレームワークにも限界はあるし、日本というコンテキストであまり有用ではないものもあろう。それを見極めて、極めて個人的な学びとして消化し昇華することが、今後求められる課題だ。


* 勿論この手法には限界がある。教授が授業の設計時に大きく参考にした心理療法の手法(教授は精神科医)にも限界があるのと同じだ。ある信念を長年かけて増強し続けてきてしまった人は、その信念を失う・変更することに対して大きな抵抗を覚え、その試みを持ちかける教授や友人を敵視しかねない。そんな学生を個別対応することは、授業を通じては行えない
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by flauto_sloan | 2009-01-16 22:44 | Harvardでの学び
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