MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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チームワークと信頼
c0131701_5415992.jpgハイフェッツ教授のリーダーシップの授業では、グループによるコンサルテーションが重要な要素となる。二つの授業のチームは、メンバーだけでなく、グループダイナミックスの発生と発達の仕方も異なる。
その結果、異なる信頼関係が醸成され、非常に学ぶことが多かった。


秋学期は、チームが週に一回、10週間にかけて集まり、それぞれの失敗例をケースとして、どういった構造的要因が失敗を生み出したのか、どうしたらその構造を知り得、対処できたのかを議論した。同時に、ミーティングの中で、チームがどのような動き方をしたか*1を分析する。この過程で、ゆっくりではあるが深い信頼と、お互いを認め合い衝突も許容できる環境 (holding environment) とが培われていく。そうして、後半となると驚くほど深く生産的なミーティングとなりうる。

チームメンバーは、アメリカ人(白人とユダヤ人)、ドイツ人、フランス人、ナイジェリア人、パキスタン人、ベトナム人、日本人と、実に多様で年齢層も幅広い。この多様性によって、自分が思いつかなかったような視点が持ち込まれる。チーム内の大小様々な衝突も生産性に寄与するようになっていく。チームワークによって、陳腐な言い方だが「1+1を2以上にする」ことを実際に目の当たりにすると、その効果を信じざるを得ない。


一方この冬は、チームが毎日顔を合わせ、ミーティングを行う。火曜などは一日中コンサルテーションだ。長時間を共にすることで信頼を急速に醸成する一方、対立構造を深く考え、表に出すことはなかなか難しい。個人の内面というトラウマを曝け出すためには、かなりの信頼が必要なのだが、自然とそこまでの信頼を醸成したというよりも、お互いに自分が曝け出したから相手に曝け出させる、という、囚人のジレンマ的行動によって信頼が作り出されたのだと思う。

また、偶然とはいえ、チームメンバーの多様性も秋に比べて低かった。日本人がなんと2人、中国人、アフリカから2人(エチオピア、ケニア)、アメリカ人2人(白人、ユダヤ人)という構成で、年齢も非常に若い人が二人。他にも推測だが、信頼関係における心理学的な問題もあったと思われる*2。これでは真のholding environmentが生まれず、なかなか上手く高い生産性の議論に化けない。

後半の途中から議論が深まってきたが、秋ほどの深みではない。多様性の重要さと共に、環境作りの難しさを学んだ。最後の授業の時、何故か私は秋学期のチームメンバーと並んでいた。最後は彼らと一緒にいたい、と思ったし、彼らもそう思ってくれたのだろう。

冬のチームの中でも、教育学部のドクターであるカレンとは、それぞれの複雑さを理解した上で特に仲良くなった。Confidant (刎頚の友)を作ることが重要だ、と教授は説くが、カレンは秋のチームメンバーの数名ともども、そんなConfidantになった。


*1 どんな対立構造があったか、発言や議論への介入がどのような効果をもたらしたか、以前の行動と今週の行動とがどう影響しているか、など

*2 グループワークの中では、各人がトラウマを曝け出し、自己と組織に対する欺瞞を明らかにすることで、嫌が応にも自分を冷静に見つめることとなる。これは恐ろしいことである。
心理療法で最後まで医師を欺こうとする人がいるように、この恐ろしさから防衛や規制がはたらく人がいるのも止むを得ないだろう。私は敢えて自分を全て曝け出そうとしたが、それでも欺瞞が全くなかったかと言われると、ないと言い切る自信はない。
他のメンバーにも、恐らく全てを語っていない、或いは我々をミスリードするように情報を隠したり偏在させたりしているのではないか、と思われる人がいなかったわけではない。人はそれを感じ取ってしまう。これでは純粋な信頼関係を構築するのは難しい

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by flauto_sloan | 2009-01-17 04:32 | Harvardでの学び
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