MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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日中韓で相手を聞き合う
ハイフェッツ教授のリーダーシップの授業で、冬の主要テーマの一つが、「祖先への忠誠」とそれに伴う「喪失の痛み」だ。そのテーマの最中、教授は日中韓に根深く残る戦争の傷跡を刺激してきた。

ある韓国人は、身内に日本軍に酷い仕打ちをされた人がいたことから、日本を激しく糾弾する。日本は自ら行ったことに対して無知であり傲岸だと非難する。ある中国系アメリカ人は、日本に対して好感を持っているものの、祖父母から繰り返し聞かされた日本軍の残虐行為を思い返すと、日本に対して怒りを覚えざるを得ないという。ある中国人は小泉首相の靖国参拝を非難する。それに対して日本人も自らの立場や信念を述べる。


ここまでだと、歴史問題が争点となる議論ではよく見る光景なのだが、そこはハイフェッツの授業。適宜教授が介入し、「相手を聞く」ことを強く求める。そして教授は、かつてある日本人生徒が名づけたという "victim's trauma (被害者のトラウマ)" と "aggressor's trauma (侵略者のトラウマ)" という考え方を提示した。そう、日本はこの両方を持っていて、それぞれのトラウマに対して歴史と記憶を持っているがために、中韓に対しても複雑で一貫性のない対応となってしまう。

さらに日本人は、和辻哲郎が『甘えの構造』で論じたような、甘えを基調とした精神構造のために、中韓の被害と被害者意識を包摂して、自らの痛みとして自傷行為に耽ってしまう。その結果が自虐史観だ。私個人の中でも、この自己矛盾的感情は解決されずに残っている。


ではどうしたらよいか。答えなどありはしない。

ハイフェッツ教授は有用な考え方・ツールは与えてくれるが、それを選び、磨き、使うのは我々だ。そして最も重要なことは好奇心を持つことだ。予見なく相手のことを知ることは、正しい解を得るための必要条件だ(言うまでもないが、十分条件とは程遠い)。

授業が終わると、自然と三カ国の学生が教室に残って集まり、それぞれの考えを話し、反論することなく聞く。歴史認識の違いだとか、どちらの教科書が正しいとか、そういう論戦は時には必要だが、一方でこうして相手を聞くこともまた重要だ。

ケネディの日本人に比べ、ビジネス畑の私は、日中韓の関係についてかなり楽観的なのだろう。ひとまず、夕食は三カ国(+インド人)と食べ、それぞれが築き上げてきたDNAのうち、どれくらいが共通でどれくらいが異なるのかの感覚を強固にした。くだらない話も相当にした。

答えなど見えないが、少なくとも後退はしていないだろう。
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by flauto_sloan | 2009-01-08 20:36 | Harvardでの学び
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