MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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電気自動車で世界を救う - Shai Agassi, Betterplace CEO
c0131701_1403314.jpgBetterplaceのCEO、Shai Agassi氏がMIT Sloanにて講演を行った。(講演の映像はこちら)
ベタープレイスといっても、日本ではまだあまり馴染みがないが、電気自動車のインフラ整備を推進める企業だ。エネルギー問題の解決には電気自動車が不可欠だとの信念の下、アガシ氏がルノー/日産やイスラエルの企業を主要パートナーとして電気自動車のインフラ(バッテリー及び充電スタンド...ガソリンスタンドに相当)整備プロジェクトを立ち上げ、投資家からの資金を得て法人化したものである。

氏の構想は電気自動車を中核とする社会インフラ全体に亘り、非常に説得力がある。ガソリンから電気へという大きなパラダイム転換には、技術と政策の両面が必要であり、そのため彼は午後にMITで、夕方にHKS(講演の映像)で講演をダブルヘッダーで行った。そのMIT講演である。

アガシ氏
アガシ氏はイスラエル出身で、MITに合格していたがイスラエルに残り、Technionのコンピューターサイエンス学科を優等で卒業し、しばらくソフトウェアエンジニアとして働いた後、スタートアップを興した。会社をSAPに売却し、自らもSAPに入った後は、次期CEOと目されるまで昇進する。だがそこでベタープレイスを立ち上げ、現在に至る。

優れた技術への知識や知見、イスラエルとアメリカに持つ豊富なネットワーク、そして氏のリーダーシップを発揮して、ベタープレイスは瞬く間に自動車/エネルギー業界で大きな存在になっている。

ベタープレイス
ベタープレイスのビジネスモデルは面白く、携帯電話におけるキャリア(NTTやAT&Tのような通信インフラ企業)だと思えばいい。大雑把に言って、充電スタンド=携帯電話基地局、バッテリー=電話番号(アメリカならSIMカード)、電気自動車=携帯電話端末、走行距離=通話時間と対応する。
  • ベタープレイスは各国政府や地方行政団体と連携して、充電スタンドの敷設を推進めていく
  • 自らは電気自動車用のバッテリーを開発し、そのバッテリーを電気自動車ユーザーに貸す(売るのでもリースでもないのがポイント)
  • ユーザーは走行距離を購入する(定額制や従量制などプランは分かれる)
  • 電気自動車自体は自動車会社にリベートを払い、極めて低額(場合によっては無料)で販売する
  • バッテリーは標準化を狙い、提携するルノー/日産以外の電気自動車も対応することを期待するし、対応すれば供給する
既にイスラエルやデンマークでインフラ整備を始めており、アメリカでもカリフォルニアあたりを候補にしている(地上交通として比較的閉じており、人口が多い地区を選定)。

世界をより良いところに
アガシ氏の活動は、エネルギーへの問題意識と、分子から電子という洞察から始まった。氏は次のように彼の取り組みを語った。
ベタープレイスは、「2020年までに世界をより良いところ(Better place)にするには、何ができるだろうか」という問題意識から始まった。その答えが、エネルギーを分子から電子にする、というアイディアだった。

エネルギー問題において、自動車燃料は大きな役割を果たしている。特に進行目覚ましい中国が今後も自動車保有率を高めていくとなると、サウジアラビアがもう一つないと石油を供給できなくなってしまう。だがこれまでの電気自動車を巡る議論では、便利さと買い易さが大きな障壁となっていた。この障壁を乗り越えるには新たな技術が必要だ。

ここで世の中の趨勢を見ると、世界は分子から電子へと移行している。ハイブリッドは移行にあたっての中間体でしかない。音楽は分子(ポリカーボネイトによるCD)から中間体(CDの音楽をPCに落とす)を経て、電子(mp3)に至った。通信手段も、分子(手紙)から中間体(ファックス)を経て電子(eメール)となった。自動車燃料は分子(ガソリン)から、中間体(ハイブリッド)にまで来ている。だが中間体で真の問題解決はできず、必ず電子(電気自動車)に辿り着く。

だが電気自動車を不便なく走らせるには、2MWを出力し、120マイル走れるバッテリーが必要になる。仮にこのバッテリーを積んだとして、まず行き当たる問題はバッテリーをどう充電するかだ。ガソリンのように5分で充電するとどうなるか。MITだからすぐに非現実的なことだとわかるでしょう。

充電は時間をかけないといけない。自家用車が一日どれくらい駐車されているかを考えればこれは解決できる。夜に12時間停めている間に充電すればいい。電力スタンドの敷設コストは、1年間電気自動車を走らせればカバーできる。

次の懸念は、もし充電する時間がなくて、高速道路の真ん中で止まってしまいそうだったらどうするかだ。これは複数のバッテリを搭載し、主電源があがりそうになったらサブ電源に切り替える技術で対処できる。

こうして問題を一つずつ技術で解決していき、同時に電気自動車が普及しエネルギー問題を改善するための社会システム全体を設計していくと、極めてシンプルだ。だが実現には各国の政策による支援、関連業界の協調が不可欠だ。幸か不幸か、現在自動車業界は未来を見据えた大きな変革を求められ、またオバマ大統領は新エネルギーへの注力を宣言しており、この構想を推進めるのには絶好のタイミングだ。

政治面での障壁も勿論多い。石油業界との政治的な軋轢、他の自動車メーカーとの標準規格争い、政治的に好ましい関係にない国々でのインフラ受け入れなど、様々なレベルで課題が多い。だがより良い世界を作る為に、技術・政策両面で今後も電気自動車の普及を推進めていきたい。


世界が変わるのか、いつ変わるのか
アガシ氏の構想は、一つの社会システムを見事に描いており、非常に説得力がある。携帯電話事業をベースにしながら、SAPで培ったであろうビジネス生態系の概念や、自動車に対する多様なニーズを理解している。会場からのどんな質問にも、よく練られた回答が出てくるあたり、サブシステムまで十分に練っているのだろう。

問題はいかに早く、どこからこの"Better place"に移行するかだ。エネルギー問題を改善するという主目的に反対できる政府や自治体はもはやあるまい。あとは既得権益との衝突だが、このシステムはネットワーク外部性が非常に強く働くため、地続きである限り、利用者とインフラ整備がクリティカル・マスに達した地域からどんどん拡大していく可能性がある(勿論、立ち上がらずに結局消えてしまう可能性もある)。そうなると、破壊的イノベーションとして、自動車業界を刷新してしまうだろう。

日本は島国なので、最後までこの変化から逃れることは可能だ。だがそれは、ベタープレイスがモデルとした携帯電話同様、世界での存在感とシェアを失っていくことを意味する。そうなると、日産が中核にいる分、自動車業界としてはこの変化にも対処するだろうが、日本が誇る交通インフラ技術の優位性は、新市場で発揮されない可能性がある。

ではインフラを独自技術で対応しようとすると、これもまたガラパゴス化した携帯電話の二の舞になりかねない。ベタープレイスは既に政策が鍵だとして、各国政府と協調し始めている。ガソリンスタンドのノズルが標準化されているように、充電スタンドは国を跨いで標準化されなければならない。既にここで欧米・イスラエルで先手を打たれている以上、新しい技術での世界標準化は困難だろう。

勿論、ベタープレイスの最大の仮説は、ハイブリッドから電気自動車に移行する、というものであり、ここにチャレンジすることはあり得る。ハイブリッドの更なる推進だ。だがこれは当面の電気自動車の参入障壁とはなっても、ハイブリッドが準安定の中間体でしかなく、電気自動車がコストと品質面で破壊的イノベーションとなるならば、いずれ来るであろう電気自動車への趨勢を止めることは難しい。やはりいつ舵を切るのかというタイミングの問題に思える。

日本としては、石油依存からの脱却、自動車産業・インフラ産業の競争力維持のため、敢えてベタープレイスを奇貨として、その生態系の中心に食い込んでいく政策を採ってもいいのではないかと思う。日産が主要なパートナーとなっていることも幸いだ。

それにしても、スケールの大きい人物というのはこういう人なのか、社会システムを設計するとはこういうことなのか、と感嘆した、素晴らしい講演だった。


参考サイト(一部)
Betterplace
ベタープレイス・ジャパン記事(社長はSAPジャパン元社長、マッキンゼー出身の藤井清孝氏)
シャイ・アガシがベタープレイスを立ち上げるに至る半生記
Wiredvision記事
ダイヤモンド社によるアガシ氏へのインタビュー
GAZOO記事
元同僚Golden Bearさんのブログ: アガシ氏UCバークレー講演
清水典之氏のブログ
Initial Directory (日本語によるベンチャー紹介サイト)

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by flauto_sloan | 2008-12-04 22:56 | Guest Speakers
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