MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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天安門事件
リーダーシップの授業の一環で、天安門事件を取り扱ったドキュメンタリー映画 "The Gate of Heavenly Peace"を観た。三時間の大作だが、文化大革命から天安門事件に至るまでの時代背景から、天安門で何が起きていたのかまでを詳細に描いており、非常に見応えがあった。

事件当時はなかなか情報が中国の外に出てこなかったため、詳しいことは知らなかったのだが、この映画を通じてあの民主化運動の悲劇を初めて知った。悲劇と言っても、人が亡くなったことそのものだけではなく、人が死ななければならないところまで、活動が目的を失って先鋭化していった構造とプロセスに、むしろ悲しみを感じた。

映画で語られる天安門事件の概略は以下のようなものだ。
毛沢東の文化大革命後、停滞した経済と社会を変えるため、鄧小平が「改革開放路線」で資本主義を取り入れた。漸進的な資本主義の導入は成功をもたらしたが、学生はより急速な問題解決を望んだ。その手法が民主化だった。

「百花斉放・百家争鳴」で民主化を後押しした胡耀邦が失脚し死去すると、北京の大学生が追悼のために天安門広場に集い、民主化運動が形作られていった。当初は共産党政府への民主化請願だったが、政府がそれを黙殺し、人民日報で運動を動乱と非難すると、学生が反発し運動は先鋭化していった。

天安門広場を占拠する群衆は数を増やし、学生に加え、雇用が保護されていなかった労働者や、依然貧困にあえぐ地方の市民も参加した。柴鈴を筆頭に運動の指導層が組織され、抗議運動は加速した。学生がハンガーストライキを行い、自らの生命を危機に曝すと、社会全体を巻き込んだ運動への様相を見せ始めた。

ハンガーストライキの影響拡大や、ゴルバチョフ書記長の訪中などを経て、政府はついに対話を行う。だが結果は決裂。強硬派の李鵬首相は戒厳令を敷き、人民解放軍を天安門へ向ける。この時は衝突を免れたが、最早平和的な解決は極めて困難となる。

この頃に、指導者の柴鈴がイギリスのメディアに行ったインタビューで、衝撃的な告白をしている。
「(要点意訳) この運動はこのままでは上手くいかない。群集が血を流さない限り、この運動は前に進まないから、そこまで事態を追い詰めないといけない。それが分かっているので、私は悲しい。でも私はそこで死にたくないから、指導者をやめたい」
この後運動は勢いを失い、内ゲバも始まる。方向性を失い、占拠し続けることが目的化してしまった民主化運動。権力の維持だけが目的となってしまった指導層。

事態を変えようと、リーダーではない4名がハンガーストライキを再開し、運動はまた活力を得始める。激しい感情が天安門に渦巻き、再び政府は軍を天安門に向ける。警告に従わない群衆に対し、軍は発砲した。柴鈴ら指導者の姿は既になく、その4名が中心となって人々を説得し、天安門からついに群集は姿を消した*

当時を振り返る運動参加者が言う。
「あの運動はその後消え去ってしまった。飢えていた人々は、果実が熟れる前にもぎ取ろうとしてしまったのだろう。そして腹を痛めて病気になってしまった」
映画の後、中国からの学生が話していた。
「当時私はあの場にいた。だがこの映画は重要な事実を一つ省いてしまっている。事件前夜、学生によって人民解放軍兵士が一人殺されていて、軍の方ももはや退けなくなっていた」

結果的に、柴鈴の狙い通りに血は流れたが、もはや民主化運動は前に進みはしなかった。鄧小平以降の漸進的な改革によって、今や中国は再び大国となっている。学生の当初の目的である、社会の不公平を正すことを中心に据えていれば、対話の結果も違っていたかもしれないし、指導者が権力争いに道を見失うこともなかったかも知れない。

後からそう言うのは容易いが、人々の多様な期待を一身に受け、批判が身体的危険につながりかねないような状況で、本当に正しい決断ができるのか、自分にはわからない。次善の判断を積み重ねた結果、最後に残された選択肢は最悪なものになるかも知れない。

かつてウォールストリートから監獄に入った人が話していたように、大したことがないように思える決断が、自らを縛る構造を生み出しているかも知れない。その構造を、システムを逐次把握できるだろうか。把握したとして、自らの身の安全を保てるだろうか。

リーダーシップ、システム・ダイナミクス、ネゴシエーションの授業を通じて、理論としてはどうしたらよいのかは見えてきた。だが実践するに当たっての精神的強さや覚悟をどう養うか。

学びと自己鍛錬に終わりはない、映画を見てそう感じた。


ちなみに、翌日のチームミーティングではこの映画の話があがった。皆柴鈴を非難したが、その彼女がその後川向こうのHBSに通い、Bain & Companyのボストンオフィスに勤めた後に、民主化運動時に結婚した夫と別れてそこのパートナーと再婚し、二人でソフトウェアベンチャーを立ち上げて、ボストンの象徴であるプルデンシャルタワーにいる、と知ると非常に複雑な気分になっていた。彼女は天安門の過去を知名度向上のために利用しつつ、民主化活動とは完全に距離を置いている。リーダーとしてどのような生涯を送るのか、その一つのケースとして、彼女が強烈な印象を我々に与えたのは間違いない。


* 実際にその時天安門広場にいて、運動の中心にいた人々のインタビューでは、後日言われているような「戦車が人間を轢く」「大量の死傷者が出る」という事態ではなかったという
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by flauto_sloan | 2008-12-01 22:19 | Harvardでの学び
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