MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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質問
今ハーバードで履修している、ハイフェッツ教授のリーダーシップの授業では、様々な質問を投げかけられる。教授から、TAから、そしてチームメートから。では「質問」とはなんなのだろうか、と考えさせられる。

質問の力
あるユダヤ人の成功者が書いていたのをどこかで読んだことがある。
「毎日夕食のときに、父親に必ず聞かれていたことがある。『今日は学校でどんな良い質問をしたのか』と。父親に納得してもらえるような良い質問はなんだろうか、と毎日考えているうちに、勉強は楽しくなり、ものごとを深く考えるようになった」
質問をすることで、相手を深く考えさせ、一層深い考えを引き出す。そんな質問をするには、質問する側にも相当の覚悟と知識が必要だ。 

こう書いてしまうと、当たり前のように聞こえる。コンサルティングの仕事ではインタビューが多く、如何にいい質問をするのかは相当に訓練されるから、「良い質問」の重要性はわかっていた。だが、この授業で投げかけられる問は、少し性質が違う。

答えのある質問
仕事や普通の授業、生活上の多くの質問は、答え(あるいはそれに準ずるもの)がある、またはあると期待している。答えがあるならば、その答えは何かと問うだけで言い。

智慧が必要となってくるコンサルティングでは、相手が考えてもみなかった、あるいは考えても様々な前提や制約で表に出てこなかった考えを引き出すための質問をする。そのために、仮説をぶつけて刺激・反応させたり、フレームワークに論点をあてはめて漏れている部分を抉り出したりする。すると時には創造的で深い考えが引き出せ、時には感情が爆発してしまう(まあその感情もより深い質問への手がかりとなりうるのだが)。

これらの質問は、相手に思考の枠組みを提供して、その枠組みに則った答えを引き出す技術だ。これはこれで非常に大事な技術だが、枠組みに乗り得る性質の答えしか引き出せない点で、万能ではない。

答えのない質問
このリーダーシップの授業の教科書は "Leadership without Easy Answers" という。投げかけられる問いも、答えなどない。問を問のまま相手に飲み込ませ、答えを作り出すために自分の内面へとどんどん深く潜らせる、そんな質問が投げかけられる。

例えば、あるレポートにTAがこうコメントした。
「あなたはBさんの意見について深く分析しているけれども、その直前にはAさんが新しい視点を提供していたでしょう。 なぜあなたや他のチームメンバーはAさんの論点を黙殺してしまい、議論を深められなかったのでしょうか? Bさんの意見に気をそらされたように感じられるけれども、なぜBさんの意見はそんなに重要だとチームに感じられたのでしょうか?」

このレポートのこのTAの問に答える必要はないし、TAもこれらのコメントに一問一答の回答を期待していない。だがこれらの質問によって、自分が、またチームがAさんやBさんに対して持っている認識や偏見と、それを生み出す価値観や信条、また感じている信頼や権威、そしてそれらがチームの間にリアルタイムに、ダイナミックに発展し消失していくメカニズムを考えさせられる。

そうして考えを深めていくと、自分の次のアクションが変わってくる。深い質問は、答えを引き出さない代わりに、行動を変えていく。


質問の「質」は第一義的には、本質や性質の「質」のように、物事の本来のかたちや意味を指す。人間が社会を形成し、同時に思考が深まっていく過程で、その過程を促進するために生み出されたのが質問というものだったのだろう。相手が物事の本質を捉え、行動を変えることを助けるために、相手に自分を見つめさせる作業を投げ返す。

今は技術的な側面が強調され洗練されてしまっているが、こうして本質的な質問の役割を知ると、質問することの難しさがよくわかる。冒頭のユダヤ人が最も重要視しているのが質問だというのは、今ならばとてもよく理解できる。この授業で学んでいる多くのもののひとつが、この質問の役割と難しさなのだろう。
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by flauto_sloan | 2008-10-19 22:53 | Harvardでの学び
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